第2話 理世視点

「あぁぁあああ」

 部屋で一人、前田理世は悶えていた。

「絶対引かれたじゃん……」

 かれこれ五日経つというのに全く立ち直れる気配がない。

 慣れない恰好で、慣れないキャラで振るまったことが、後々になって精神的なダメージを加えてくる。

 しかも……。

「アキくん、あれから連絡くれない……」

 これが一番ショックだったことに、理世は自分でも驚いていた。

 理世にとって、世界は常に仕事と共にあった。

仕事の内容を考えれば、慣れないキャラで立ち振る舞うことには慣れていたつもりでもあった。

 だというのにこの状況になっていることが、理世のダメージを増していた。

「やっちゃった……」

 仕事アイドルに少しだけ嫌気がさして、のめりこんだゲームで知り合っただけといえば、それだけの関係。

 だが……。

「よく考えたら私、仕事のこと関係なく見てくれる相手なんて初めてだったんだ……」

 こうして冷静に考えれば、平常心でいられないのも仕方ないのかもしれない。

 小学校を出る頃には業界にいて、そこから出会う人間にはみんな、そういうアイドルとして見られていた。

 初めて素の自分を出した相手が彰人だった。

 もっとも、会ったときの恰好が素だったかというとそうではない面もあるのだが……。

「うぅ……。でもあの服可愛いし……普段の私と違いすぎて街でも気づかれないし……色々都合よかったんだけど……。アキくん、ああいうのダメだったかなぁ……」

 部屋に置いてある自分の《・・・》ポスターを見つめる。

 白い衣装を着て、キラキラした笑顔で呑気に手を振っている。

 清楚アイドル前野理世。

 リヨンの今の売り出し方はこれだ。

「似合わないなぁ……」

 ぼそっと、自分の部屋だというのに誰にも聞かれないように小さくつぶやく。

「アキくんと仲良くなれたら、これも相談出来たのかな……」

 今となってはもうどうしようもない。

 また思考が悪循環に陥っていくのを理世は感じ取るが、考えれば考えるほど色んな後悔が頭をよぎって、頭の中で勝手にダメな方向に進んでいく。

 実際学校も仕事も、ここ数日はちょっと集中できてなくて細かいミスが出ているほど。

 そんな中で、何度も考え込んで、悪い方向ではないところに向かうときもある。

「あんな状況で断る子、実在するんだ……」

 ちょっと、いやだいぶ新鮮な感動を理世は覚えていた。

 理世自身にそういう経験があるわけではない。

ただ、周囲の人間たちから話を聞いている限り、男というのは誰しもみんな性欲が頭の八割を占めているものと思っていたし、そのつもりで活動しておかないといけないと思っていたところがある。

 理世の周りでは、そういった話は吐いて捨てるほどあるわけだ。

 男女ともに容姿に優れた人が集まる。

そしてその全員が聖人というわけでもあるまい。

男女のいざこざはよくあることだ。

 いざこざじゃなく、割り切った関係というのも、それが仕事に繋がってしまうことすらも、ないとは言い切れないのだ。

 でも……と理世は考える。

「アキくんはあの状態でも理性が残ってた……。これってすごいんじゃないの?! すごい……気がする。 そうだと思う。じゃないと私に魅力が……いやいやそれはない。大丈夫。だったらとっくに干されている。そうだよね?!」

 一人で暴走していって、っそいて冷静になる。

 いや、冷静にはなり切れていない言葉が、理世の口から洩れてくる。

「どうせ付き合ったり、そういうこと《・・・・・・》するなら、アキくんくらい誠実な方がいいよね」

 ついそんなことを想像してしまう。

 そしてまた、頭の中で勝手に想像が膨らんで……。

「うぅううううう」

 顔が熱くなっていく。

「だめだぁああああ」

 そもそもどれだけ思ってももう、最初のやらかしを取り返せそうにないというのが理世の結論だ。

「うぅ……」

 そう思えば思うほど、もったいないような、複雑な心境が頭と心を支配していく。

 でもどうしたらいいか、もう自分でもわからない。

 少なくとも理世にとって彰人は、気の合う友達で、始めたばかりのゲームでも優しく教えてくれる紳士で、毎日話したって飽きない、そんな相手だった。

 そういう関係・・・・・・になれなくても、失って平然としていられる相手ではもう、なくなっていた。

「どうせダメなら、連絡くらいこっちからすればいいんじゃないの……」

 そうだ、と気持ちを切り替える。

「これで返事がなければ諦めよう。色々」

 でももし返事があったら……と、携帯を握りしめながら思う。

「次は、もっとうまくやる……」

 私はアイドルなんだから、と。

 あれだけたくさんの相手を楽しませる仕事をしていて、ただの男一人楽しませられないんじゃやっていけないだろう、と。

アイドルが出来るくらいだ。

理世も自身の容姿については、多少なりとも自信がある。

 そのプライドにかけても……と考えて、立ち止まる。

「違うな……」

 単純に寂しいという自覚がある。

 他の言葉は、全部言い訳だ。

 だから……。

「……」

 決意を固めて携帯を手元にもってくる。

素早く操作をすると、その勢いのまま……。

「えーい!」

五日ぶりのメッセージを勢いだけで送り付けた。

 そして……。

「うわぁああああああ!」

 ベッドに潜ってゴロゴロ転がりながら、一人反省会が始まる。

良かったかなこんな文で!?

 もうちょっと考えた方が良かったかな!?

 いやでももう見直すのも怖いし、怖かったし、無理無理無理無理!

 だめだぁああああ。

 もし返事が来なかったらどうしよう!?

 そもそももうブロックされてるかもしれない。

 だったら私の決意は、見られることもなく終わっちゃうんだ。

 そんなことを考えて……。

「それは……いやだな……」

 とにかく彰人と、何かしらの形で繋がっておきたい。

 それが理世の、今の願いだった。

「これじゃほんとに、依存しちゃう地雷みたいじゃん……私」

 自分が好きなのはあのファッションだけのはず……。

 そんなとりとめもない考えがずっと頭の中をぐるぐるとめぐり続け、結局メッセージを送ってからも、頭の整理は一向に出来ない。

ベッドに突っ伏したまま、時間だけが過ぎていくのだった。

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