第2話

「こんな所で、何してるの?」

「…………。」


 偽りの仮面を外して、ぐったりしている所を同じクラスの青木かなに見られてしまった。


 って、呑気に思ってる場合じゃねえぇぇぇぇぇぇ!!どうしよう!?見られてはいけない部分を見られてしまった…………!!


 いや、落ち着け、まだなんとかなる。冷静に。仮面を付けていつもみたいに演技をして誤魔化しきれ。


「何って……、ゆっくりしてただけだぞ?」

「ゆっくりするなら教室ですればいいんじゃない?何で誰も使ってないこの教室なの?」

「…………。」


 返す言葉が見つからない………。まずい。


「それに、さっきの新庄君、いつもと違って暗い顔してたけど?」

「………いつからいたんだ?」

「深いため息をついた時に見つけて、二度目のため息を吐いた時に声かけたんだけど、聞こえてなかったのね。」

「つまり……、最初からいたのか………。」


 最初からいたのなら取り繕う意味が無い。としとも、どうする……。本当の俺の一部を見られてしまった。


「………この事は、みんなに絶対に言わないでくれ。頼む。」

「別に言うつもりはないけど、どうして隠したがるの?」

「……こんな情けない姿は誰にも見せたくないんだ。」

「なんで?」

「………。」


 本当の事を言ってもいいだろうか。少しは楽になってもいいだろうか。

 

『新庄君がもっとしっかりしてくれたら……、私、死ななかったのに……。』


 気の迷いを掻き消すように、耳元で少女の囁き声が聞こえた。


『痛いよ……。辛いよ………。死にたくなかったよ…………!』

「–––––––––。」


 それはまるで呪いのように。俺の幸せを決して許さないように………。

 甘えなんて許されない。だから俺はそっと仮面をつける。


「………俺、実は家が貧乏でさ。良い大学行って良い会社に行って世話してくれてる親を楽にしてやりたいんだよ。」

「……それになんの関係が?」

「ちょっとでも可能性を上げる為に内申点を上げたいんだよ。みんなに良い顔見せて完璧を演じていれば評価も上げれるだろ?」

「確かに、それはそうだけど、疲れないの?」

「疲れるから、みんなにバレないようにこういう風に息抜きしてた。」


 最後以外の言葉は全て嘘だ。中身のないでまかせ。こんなにもすらすらと嘘を語れる自分に笑ってしまいそうだ。


「………そういうわけで、この事は、俺と青木だけの秘密にしてくれないか?」


 ……完璧だと思っていた男がふと見せる弱音。そして、秘密の共有。このシュチュエーション。女子は大好きだろ?


「言わないよ。自分で聞いておいて何だけど、あんまり興味ないし。」

「えっ、あ、そう……。」


 本当に何だよ。聞いておいて興味ないのかよ。架空の設定まで作り上げて誤魔化したのに。


「じゃ、私は先に教室に行くからね。」

「うん。俺ももう少し休憩してから行くよ。」


 そう言って青木が去っていくのを見届けた後、再びぐったりと力を抜く。


 ………悪いな青木。本当のことを言わなくて。……言えなくて。


『それでいいんだよ?誰かを巻き込んだら駄目なんだよ?』

「–––––––うるさい。わかってる。わかってるから静かにしててくれ。」


 誰かと話す時と同じ声量で呟く。


 ………青木がいなくなった今、この教室にいるのは俺一人だけだ。


 だが、俺の耳元には少女の声が聞こえてくる。

 その声には、苦痛や、憎悪、怒りなどの負の感情が込められていた。


 その声の正体は、阿黒百合香。


 もうこの世にはいない者の声だった。





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