13、ギルド追放

 少し時間は遡り、一方、ソルとアルターは北蠍の双爪リアレスの根城である旅籠に身を寄せていた。


「面倒なもんを持ち込んでくれよったなぁ、ソル」

 ソルとアルターは食堂の上座に鎮座する北蠍の双爪リアレスの組長、バルクと対面していた。

 壮年の偉丈夫であるバルクは眉間に皺を寄せ、傷だらけの顔の威厳を帳消しにするような困り顔をしている。


「帰りしなに、巻き込まれてもうたんよ。ま、袖触れ合うも多少の縁ってな」

「経緯はもう聞いた。だからってよぉ、おめぇ……そこの騎士のお嬢さんまでウチに連れて来るこたぁねぇやろ」


 隻眼を細め、ソルの隣で傷の手当を受けているアルターを見据える。

 ソルの指示で弟分が医療箱を持って、アルターの足に包帯を巻いてあげている姿はなんとも珍妙だ。


「緊急事態とは言え、押しかける形になってしまった。誠、面目ない」

「普段は高慢ちきな騎士に、こうもしおらしい態度を取られると、調子が狂うわ」


 とは言え、だ。

 ソルが騎士、しかも目の敵にしている帝国騎士団副団長を、拠点につれて帰ってきた。これを面白く思わない組員は少なくない。


「命が狙われ取るって分かっとるのに、見捨ててはおけんかったんやね。ほんま、ソルは優しい子やわ」


 そう言うのは、バルクの傍に立つ、もう一人の若頭。


「せやけど、それはソルの私情や。自分で解決せな。組にまで私情を持ち込んだらあかんやろ?」

「イオの姉さん……」


 ソルよりも年上の女性組員、イオ。

 北蠍の双爪にいる二人の若頭の内、暴力担当がソルなら。イオは頭脳を担当している。


「ケジメつけや」


 『頭脳担当』に割り当てられている役割には当然、責任追及も含まれている。

 イオは卓上に包丁を投げる。


「薬指でええか?」


 それを受け取ったソルは流れで利き手ではない右手側の小指と薬指の間に刃を突き立てる。


「イオ! ソル!」


 二人の間で事務的に進められていた責任がどうのこうのの話を、バルクが机を蹴り上げ無理矢理中断させる。


「勝手なことすなや……!」

「すんません親父」

「怒らせる気はなかったんやけど。ごめんな」


 自分がここに匿ってもらったことで剣呑な雰囲気になっていることにアルターは居心地の悪さを感じていた。


「すぐに出て行く。怪我の手当てまでしてもらって、これ以上、迷惑は掛けられん」

「嬢ちゃん。いくアテはあるんか?」

「アテか……」


 アルターは知る由もないことだが、既に騎士団の過半数、道場時代から団長と馴染みのある隊長達を除いた、帝国騎士団結成後の隊長らは皆ギュスタヴ派に寝返っている。

 道場時代からの隊長ワイスも殺害されていたことから、従わない、従う可能性が限りなくゼロの隊長は始末される。

 騎士団には戻れない。


「行く場所がないんなら……しばらくはココにいたらええ」

「え?」

「親父! この子は騎士なんやで!」

「関係あらん。帰る場所を失くした人間を見捨てるんが、仁義か?」

「それは……」


 開いている目で異を唱えようとするイオを諌める。


「表の世界で助けてもらえん、ような人間を拾ったるのもギルドの役目や」

「親父はそう言うてくれる思っとったで」

「だが、俺がいることで、いらない危険が」

「『何か』があれば、ちゃんと拾ってきたモンが責任を取る」


 バルクはソルを見て、相応の責任を負う覚悟でつれてきたことを確認する。


「ケジメは、そん時でええ」

「ウチはむしろ、さっさとエンコ詰めた方が皆納得しよると思うとったんやけどな」

「てめぇは若頭やろ。上のモンが下に媚びんなや」


 初めてギルドというモノを直に見て、アルターはその異質さを痛感していた。

 団長と組長の違いは有れど、長が取りまとめる組織である点は一致しているものと考えていた。

 だが、北蠍の双爪は隊長会議のように団長や副長が会議の『一員』として参加するような決定方法を用いない。

 各々が独自に判断し、行動する。だが、それは、上が口出ししないときに限る。


 組長の言うことが絶対。


 ある種、前時代的な小規模な絶対王政。無法の中にある、力関係による法。それが極道。


「とりあえずは、安心やな。後のことはサフィーが皇太子とか皇帝を拾って来てから考えたらええ」


 ソルは先ほどまでの不穏な空気を一切感じさせない振る舞いで、バルクが蹴飛ばした机の位置を整えている。


「フェスタ」


 呼び出された黒猫姿のフェスタは、ソルの脛に頭を押し付けている。


「サフィーの様子を見てきてくれるか。状況を見て、あいつも旅籠に案内してやってくれ」


 「にゃ」と、凄く不満そうな表情をしているが、言われた通り、サフィールの元に向かったのだろう、猫用の入り口から外へと走り去っていった。


「ここで騎士に恩を売っておくのも悪くないしな。今後、こっちとしても、シノギが上げやすくなる……くくっ」


 仁義などと口にしていたが、含むところもあるのは、やはり極道といったところだろう。

 だが、もはや騎士団としての権力を持たないに等しいアルターに恩を売っても詮無いであろうに、それを言うということは、ソルが目を掛けた騎士がこのままでは終わらないと、期待もしているのだ。



「御用改めである! 全員、そこを動くな!」



 そこに『何か』が発生する。


「騎士!?」


 帝国騎士がぞろぞろと押し入ってきた。

 家宅捜査だ。


「急になにしに来よったァ? アァん!」

「ここは騎士様が出入りするような場所じゃねぇよ、とっとと失せな!」


 入り口の付近では、組員が騎士たちに威嚇をしている。


「アルター、奥に引っ込んどれ」


 ソルはすぐさまアルターを厨房の方へと身を隠させる。

「この店で、北蠍の双爪リアレスが放火の容疑者副団長のアルターを匿っていると通報を受けた。中を調べさせてもらう」


 とうとう正体を隠しての暗殺ではなく、大義名分をでっち上げて、堂々とアルターを捕らえに来た。


「そんな奴がここにおるわけないやろ!」

「ここは消火協力者の休憩所に使ってんだ、なんもしてねぇ連中が偉そうに敷居を跨ぐんじゃ――」


 組員の一人が、騎士に斬られる。


「捜査の邪魔をするな。公務執行妨害は現場判断で斬り捨て御免との達しが出ている」

「コイツら!」


 中にいた組員達の血の気が沸騰する。

 すぐにでも乱闘が始まってしまう。


「悪い。親父」


 想定よりも騎士が嗅ぎ付けるのが早い。

 フェスタの案内で周到に追跡の危険を排除していたのにも関わらず。

 おそらくは……と考えるのは後回しだろう。


「ソル、この落とし前、どうつけるつもりなんや?」

「わかっとるよイオの姉さん、急かすなや」


 そう言うソルは既に硬貨を握り締めていた。


「親父、杯、返させてもらってええか?」

「……組を抜ける気か?」

「ケジメって奴、この状況ならこれが最善策やと思います」


 ソルの面倒を見始めて、一体どれほどの月日が経っただろうか。

 ついぞ、彼女の心の内が分からぬままに、親の手から離れようとしている。


「……破門や。二度と、組の敷居を跨ぐんじゃねぇぞ」

「お世話になりました。フェスタとアルターをよろしくお願いします」


 ソルが珍しく膝を付いて頭を下げる。


エンコはフェスタに頼んで送らせます」

「いらねぇよ、堅気の指なんざ」

「さいですか」


 ソルは立ち上がり、硬貨を槍に変換する。


「大人しくしろ、若頭のソルが、アルターと共に行動していたという証言もある。言い逃れはできんぞ!」

「騎士さんや、その若頭のソルってのは」


 組員を斬った騎士を旅籠の外へ蹴り飛ばす。


「ウチのことかいな」

「ガハッ……」


 旅籠の店先で倒れこんだ騎士が問いに答えるより先に、その胸を槍で貫いていた。


「北蠍の双爪のソルだ! 情報は本当だったか」

「あぁ……ちっと古いなその情報は、ウチがアルターと一緒におった頃にはもうウチは組を破門されてたんよ」


 槍をクルっと回し血払いを済ませ、構えを取る。

 刃先を後ろに向けた横無相の構え、棒術の流用だが、こうするのが正しいと自然とソルはそう構えていた。

 前方を一掃するには。


「そんな詭弁が通用すると思っているのか?」

「わからん奴らやな……ウチらはここで休んどっただけ、そこにたまたま古巣の連中が来よって、居心地悪うしとったところに、お前らが押しかけてきた」


 包囲している、というだけはあって、相当な数の騎士が道を塞ぐように取り囲んでいる。


「そういうことにしとけや。勘違いで極道組織丸々一つ相手するより、少しは気が楽やろ?」


 二人掛りで襲い掛かる騎士が、なぎ払われた槍で剣を叩き落され、開いた脇に硬貨を叩き込まれる。


表裏一体ラッキーストライク


 二人、最初のを含めて三人、後、四十七個。

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