14、偽善の対価
「ちぃーっと、数が多いな……足るかいな」
四枚目、五枚目、六枚目、巾着袋の中に入っている硬貨の枚数を数えながらソルは四人目、五人目、六人目を殺す。
建国祭での消費、一〇〇枚。
サフィールとの喧嘩で十三枚。
火事の救助や戦闘、アルターの運搬代で諸々三十七枚。
総計一五〇枚。全て五〇〇コル金貨で、合計七五〇〇〇コル。
残りは五〇枚。
いくら極道でもポケットマネーで十万コルはそうそう持ち歩かないが、所持金イコール継戦能力のソルだからこそ、一日の頭には巾着袋に硬貨二百枚は確保している。
本当は旅籠の自室から補充をしておきたかったが、今日はどたばた続きでそうも言っていられなかった。
「お前らに一人に五百の価値もないわな」
都合、一人一枚よりも少なく、十人一枚くらいが丁度いい。
ソルはサフィールとの喧嘩での手癖で散財してしまうのだけは避けるようにと気をつける。
旅籠から騎士を引き剥がしながら、蹴散らす。
「銃兵部隊! 魔術部隊! 奴の間合い外から撃ち続けよ!」
周囲の建物の屋根や倒壊した家屋の物陰から、中遠距離で狙われる。
ソルが槍使いと知っての配備だろう。近接で戦う剣士や槍兵なんかで、動きを止めて、中遠距離の部隊で集中砲火。
それを意識してか中遠距離部隊がおおよそ半数を占めているように見える。
理に適っている。ちゃんとしている。
「うざった……」
拾い上げた騎士の遺体を盾にすれば銃弾くらいなら防げるが、魔術によっては、”ごと”丸焼きにされる。
「
一枚、
狙う標的を見失い、狼狽える魔術兵を一人、背後から突き刺しながら、人数を確認する。
「五個……固まってると槍やと面倒やな」
今しがた貫いた魔術兵の腰から飾りとなっている剣を奪い取る。
剣術など習ったこともないが、纏まった相手に一点を突く槍より、線で叩き斬ったほうが早い。
「な、なんで一瞬で!」
「こ、こっちだ! こっちに現れた!」
「やかましいわ」
報告や連携が素早いのは流石は、統率の取れた騎士団というところだろう。
だが、連携の要になるような指示係は、例に漏れずソルの最優先目標になる。
銃兵や他の騎士がこちらに矛先を向けるより先に、声を上げた方の魔術兵の首を力任せに刎ね飛ばす。
「やっぱ間合が分からんな、剣は使いづらいわ」
などと言いながら、返す刃で一人、二人と斬り捨て、遺体に突き刺さっていた槍を再利用し、残る一人を金属の柄で兜ごと叩き割る。
「足して十一個、節約できた」
ついでではあるが、旅籠から騎士たちの注意を惹きつけることができた。
このまま貴族街の方向へ向かっていけば、南門の方が手薄になる。そうすれば、北蠍の双爪の皆とアルターたちが洛外へ逃げられる。
「フェスタを残しておけばよかったな……」
既に騎士達は、一人で複数の敵をなぎ倒し続けるソルから視線を外せないでいる。
後悔は先には立たないが、十分、役割は果たせた。
「ウチ一人の命で、皆とサフィールの仲間の命……お買い得やでホンマ」
硬貨を弾き、洛中の中の中へ、街中でやるより、より広い場所。
城の全景が拝める広場へとソルは騎士を引き付けて誘導する。
「今日はよう手札を切らされる日やな。ままええわ」
先ほど、五人程度にもたついた。
そう判断したソルは硬貨を握り締める。
「
その手に握られているのは、槍……ではない。
薙刀、鉾、呼び方は様々あるし、厳密にはどれも違う武器だが、おおよそ、そういった類のモノ。長柄片刃の武器。
正直、ソルにとって長柄の武器であれば、それが切断する武器か、刺突する武器か、破砕する武器か、その程度の分類でいい。一応、今は薙刀と呼んでおこう。
つまり、ソルにとって、硬貨で交換する先のものは、その詳細を理解している必要はない。
「皆殺しにしてまえば、手札は裏のまんまや。見敵必殺? ってやつ」
意味は違うが、結果は同じ。
それを目にしたものを全て殺せば、使ってないも同然。
彼女の能力の詳細は、サフィールが把握していた『自身の手で触れた硬貨で即座に槍を購入する能力』という内容は、あながち間違っていない。
だが、それはあくまで、彼女の能力で出来ることの一つに過ぎない。
「使わんのやから……いや、使えんようにしたるから、
いつの間にか別の魔術兵部隊に接近し、薙刀で先ほどより効率よく、敵を始末したあと腰の剣を抜き取っている。
利き手に薙刀、対の手に剣を逆手に持つ、歪な状態。
「欲を出したな!」
その状態はあまりにも動き辛そうで、それを見て好機と捕らえた剣士が斬りかかる。
「そないなもん、持っとらんわ」
ソルは剣の刃先を剣士に向ける。まだ剣の間合いじゃない。
彼女にとっては関係ないが。
「
「何ッ?」
まだ、相手の刃が届く距離ではない。しかし、ソルの刃の方が先に敵を貫いていた。
剣を柄を握っていた手には、いつもの、槍が握られていた。
「こんなの情報に……」
「誰から仕入れたんか知らんけど、アテにせん方がええで、ま、どっちでも変わらんけど」
彼女の能力は、別に元手が硬貨である必要すらない。
大まかに言えばそういう能力だ。細かい所は見てれば自ずと分かる。
「これで十七……まだ、おるんか」
あと三十三。
貴族街の手前に流れる川が見え、更にその先に城が見える。
道が開け、式典が開かれる予定だった広場に出る。ルクスリアや皇帝が昇る予定だったお立ち台が燃え落ちている。
「こんなんもほっぽって、追いかけっこ、随分ええ身分やなぁ」
硬貨を移動に回し、細かく敵を攪乱し、斬りかかる騎士を空中でまとめて斬り裂く。
「十八、十九……」
数が減ってか、敵も及び腰になって攻撃の手も緩まってきたのだろうか。
剣を持つ騎士も、銃兵や魔術兵すらも、中々攻めてこない……というより、最初からこの捕り物に消極的な騎士達が残っている。
「お願いします。ソルさん! 武器を置いて投降してください!」
「ん?」
騎士が怯えた声で訴える。
その声に戦意がないことで、これまで十把一絡げに殺害していた騎士たちの顔をソルが初めてしっかりと見た。
「アンタら一番隊か……」
残った騎士達は皆、サフィール直属の一番隊隊士。
最もソルと顔を合わせている、日頃、下町を巡回している騎士達。
「なんでこんなとこにおんねん」
サフィールが騎士団を離れて単独行動しているとはいえ、全員、あのラヴィですら、なんだかんだ自分より若い隊長を慕って付き従っていたはずだ。
「俺達だって、こんな茶番馬鹿げてるってわかってます! だけど……」
「無駄だよ。ソルさんに泣き落としは通用しない」
今にも泣きそうな声で必死にソルとの対話を試みる騎士を制止して、奥から現れたのはもっと馴染みのある顔。
「ラヴィ……」
ヘラヘラしたいつもの様子は鳴りを潜め、いつに無く真剣な表情をしている。
「ソルさん、昼間はどうも」
「そうか……連中にウチの能力の情報を流したのはお前やな、ラヴィ」
「……はい」
申し訳なさそうにしながらラヴィは剣を抜く。
「ごめんなさい。ソルさん、私達の都合で貴方の帰る場所を奪った」
彼女の手には彼女の能力で出した耳の穴に入るサイズの角笛が握られている。
サフィールが持っていたのと同じ形状のモノ。ソルは同形の角笛を自分の弟分がラヴィから買い取っているのを知っている。おそらく、彼女の能力でサフィールや
「謝るんはそこか?」
「今の私達には、私達なりの戦う理由があるんです。謝ることじゃない」
そう言いながら剣を握るラヴィの手は、小刻みに震えている。
さながら、獅子に睨まれた兎。
「そないなるくらいやったら、逃げたらええのに。このままやったら無駄死にやで」
一番隊はソルの脅威を、よく知っている。
あの隊長と渡り合える帝都一の侠客。たかが一隊士が太刀打ちできる存在でないことを。
「に、逃げません!」
それでも。
「死にたくも、ないです……けど……隊長を救うにはこれしかないんです!」
「……萎えるなぁ」
言葉とは裏腹に、ソルは薙刀を構えている。
「一番隊副隊長、ラヴィ・レポリス。並びに一番隊隊士三十名。お、お覚悟……!」
「暫定無職、ソル。覚悟決めないかんのは、お前らやろ」
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