12、黒猫の誘い
「もう、キミは仲間を斬らなくていい、頑張らなくていいんだ。後はおじさんに任せておきな」
不恰好な構えでギュスタヴは翠嵐を構え、倒れたサフィールの首にその刀身を振り下ろす。
「いや……止めて!」
ルクスリアの悲鳴が響き渡る。
きっと、御伽噺なら、ここで、素敵な何かが、サフィールに特別な抗う力を与えてくれるのだろう。
そんな都合のいいことは、決して起きない。
並べた事実だけが、ここで起きた真実なのだ。
だが、まあ、なんだ……今際の際に、サフィールが真っ黒な尻尾を、騎士達の隙間に見止めたのも、これもまた事実だ。
「喰い散らかせ――
翠嵐の刃が自らの肌に触れた瞬間、完全に振り下ろしきるまでの僅かな間、実際には数センチ、ギリギリ骨に到達していない間に、サフィールは術を発動させる。
「何ッ!?」
柄を握っていなくても、刃に触れてさえいれば、自分の得物であると、告げるように、サフィールの周囲に上昇気流が巻き上がる。
その風は間近にいたギュスタヴと、ルクスリアを捕らえていた騎士を巻き込み、壁に叩き付ける。
「私の背にお掴まり下さい、殿下」
打ちあがった翠嵐を空中で掴み取り、ルクスリアに手を伸ばす。
「サフィール、首から血が……!」
「問題ありません。しっかり掴まっていて下さいね」
ルクスリアを逃がすには、と枕詞を付け忘れているが。
「悪足掻きを!」
「絶対に逃がすな!」
有象無象が吼えている。
だが、そんなものに、千刃は止められない。
番風で、立ち塞がる騎士たちを蹴散らし、道を生み出す。
「突き進め――『
ルクスリアを背に乗せたサフィールは、一陣の風を起こし、その足を一本使い潰す。
踏み込みと共に、骨は粉々になっているだろう、しかしながら疾風に背を押され、人間では到底追うことの出来ない速度で城門を突破する。
たった一歩、精々が五十メートルくらい。すぐにまた追いつかれるだろう。
それだけで、次の一歩が出ない。けど、サフィールにとってはそれで十分だった。
「フェスタぁぁぁぁ!!!!」
近くにいるはずの黒猫に聞こえるように、血を吐き出しながら可能な限り叫ぶ。
「にゃぁ……」
そんなに叫ばなくても聞こえている。とでも言いたげに低く唸る黒猫が、いつの間にか目の前に現れている。
「フェスタ……こんなことを頼める義理じゃないのは分かってる。だが、今だけはお前の力を貸してくれ!」
頭を下げると同時に、酷使された足が限界を向かえ、そのまま、前のめりに倒れこんでしまう。
「にゃ」
黒猫は背を向け、尻尾で答える。
『早く着いて来い』と。
「ありがとう。殿下を頼む……」
「サフィール、大丈夫ですか!?」
「殿下、時間がありません。騎士団は、国賊の手に落ちました。不本意ですが……ギルドを、
もう立ち上がることもままならないサフィールは、自慢の剣技すら扱えない中で、無様な姿で術を放ちながら追いかけてくる騎士を迎撃しながらルクスリアに伝える。
「貴方はどうするんですか!」
「殿下……俺は、まだ、貴方の、帝国の騎士です。役目を全うさせてください」
段々と風の力が衰え、術だけで騎士達を捌くのも限界が近づいている。
「…………皇太子ルクスリア・レグルス・ルミナスが命じます。サフィール・アルフェルグ。必ず、生きて再び、私の前に馳せ参じなさい」
ルクスリアは両手を祈るように合わせ、涙を堪えるようにじっと瞼を閉じる。
「貴方の正しき行いに、星の導きがあらんことを――『天使の
それは、祈りではなく、激励。
彼の両手には仄かな輝きが燈る。国のためその篝火を絶やそうとする騎士に与える月明かりの
「今の僕の能力では、貴方の痛みを完全に癒せない」
柔らかな光は、サフィールの傷を塞ぐ。首から流れる血は止まり、倦怠感が和らぐ。だが、全快とはいかない。
「いえ、殿下が俺のためにその力を使ってくださった。その事実が、万病の薬です」
「にゃっ」
『きもっ』みたいな鳴き声を吐き捨て、黒猫フェスタはルクスリアを急かす。
「確かに拝命いたしました。殿下、必ず、お迎えに上がります」
「待ってますからね、サフィール!」
黒猫に連れられルクスリアの背が霞みのように消えていく。
「ちょっと、遅かったんじゃねぇか? 歳だからって運動しねぇから、肝心なところでもたつくんだよ、クソじじい」
「まだ、おっさんはじじいなんて歳じゃないよ、少年」
背を強く打ったのか、部下に肩を支えられながら、ギュスタヴは城門の前で再び対峙する。
「吼えるのは構わないけど、満身創痍なのは変わらないんじゃないの、サフィーちゃん」
「どこ見て、言ってやがる? 殿下のおかげで今の俺は全力全開だよ!」
鞘を使い無理矢理立ち上がる。
精々が鎮痛と外出血の止血程度、折れた骨やズタズタの筋肉は依然として警鐘を鳴らし続けている。
「殿下を逃しちゃったし、計画を少し修正しないとだな……とりあえず、キミはここで再起不能にしないとね」
ギュスタヴの背後から、ぞろぞろと騎士達も集まってくる。
数は……両手で数えられなくなってから、サフィールは数えるのを止めた。
「やれるもんなら、やってみな……だが、これ以上、殿下を追おうってんなら」
暴風がサフィールの周囲を駆け回る。
「斬られてぇ奴から列に並びなァ!」
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