11、謀略と賢愚
「はい、そこまでよー」
シンの首に刃が振り下ろされようとした瞬間、入り口の方から何者かの声と共にサフィールの手から剣が零れ落ちる。
闘争のスイッチが切れたわけではない。未だ、返り血まみれのサフィールの目は戦闘状態から抜け出していない。
「邪魔すんじゃねぇですよ」
サフィールは低く唸るような声を発しながら、声の主を睨みつける。
「ギュスタヴ参謀……」
「サフィーちゃん、思ったより元気そうで、おじさん安心よ」
入り口を覆っていた炎の壁を部下の魔術兵に消火をさせ、騎士団の一部隊を従えながら入ってきたのは、帝国騎士団参謀ギュスタヴ・カルキノス。
「何があったのか知らないけど、騎士団同士で殺し合うなんて不毛でしょ? ここはおじさんに免じて、剣を納めてよ」
街に火が放たれ、団長が殺され、狼藉物が跋扈する今の状況で、ギュスタヴはさも平常運転ですといった呑気さで、サフィールに歩み寄る。
「コイツは、団長と八番隊隊長ワイスを殺害した挙句、町に火を放った張本人です。騎士団法度に
「そこまでの容疑が掛かってるんなら、もはや帝国刑法に照らし合わせるべきでしょ。我々の独断で処罰していい罪の許容量を越えている」
そう言って、ギュスタヴは従えている自らの部下にシンを拘束させる。
「待て、シンの首はここで断つ」
「それはキミにどんな権限があってそれを言ってる?」
「騎士団長と副団長により粛清執行を命じられている」
落としてしまった翠嵐を徐に拾い上げ、ギュスタヴに刃を向ける。
「これまで、アンタと団長に命じられ、どれほどの騎士を斬って来たと思ってる?」
「貴様! 誰に向かって刃を向けている!」
部下の騎士の一人がギュスタヴの前に出て声を荒げる。
「まあまあ、落ち着きなさいよ。俺は別に気にしてないんだから」
獲物を目の前で取り上げられた気が立った飢えた獣を前にしながら、参謀はその余裕を崩さない。
「別にいいじゃない。キミの言ってることが本当なら、どうせ後でシンは裁かれる。間違いなく極刑だ。そんなことよりも今は」
ちらっと、サフィールの手から翠嵐が離れたことで暴風壁の外に出ていたルクスリアを見る。
「殿下を安全な場所に保護しなきゃいけないんじゃないの?」
ギュスタヴは気が立っているサフィールに臆することなく、自身に向けられた刃に向かって一歩踏み出す。
その言葉にはっとしたのか、怯えて身体を縮こまらせているルクスリアを見て、その胸の熱が一瞬で冷めていく。
「殿下……」
翠嵐を鞘に納めて、サフィールは今更になって訪れた身体中の痛みで足を引きずりながら、ルクスリアに駆け寄り跪く。
「申し訳ございません、殿下。自らの私情に駆られ、守るべき御身を蔑ろにするところでした。この不敬、腹を切ってお詫びいたします」
徐に団長から託された短剣を取り出し、一切の躊躇なく、サフィールは自らの腹を掻っ捌こうとする。
「辞めて下さいッ!」
目の前で自ら命を絶とうとしたサフィールに、ルクスリアは声を荒げて、身を乗り出し、その馬鹿な行いを妨げる。
「殿下ッ!? 刃物を持っている人間に抱きつくのは危険です!」
「百も承知です! そうでもしないと、貴方は……大真面目に馬鹿なことをしでかすじゃないですか……」
その瞳には大粒の涙が溜まっていた。
「貴方は、僕の前で傷つかないと約束してくれたのに……こんなに、ボロボロになって、僕を……守って……城の皆も、僕の代わりに……」
「殿下……」
小さな皇太子は、自らの身よりも愚直な騎士を案じ、その涙を流していた。
「手当てします。少し、じっとしていてください」
そう言って、ルクスリアは自分の能力を使って、サフィールの怪我を治そうと、手をかざそうとする。
「いえ、殿下。その必要はありませんよ」
サフィールの折れている方の腕を乱暴に掴んで、地面に組み付け、ルクスリアの行いを制止する。
「な、何の真似ですか!? カルキノス参謀!」
ルクスリアが眼を丸くし、サフィールを拘束するギュスタブを見る。
「シン隊長に飽き足らず、俺にまで剣を向けてきた時には、肝が冷えちゃったよ……キミが、殿下に従順な飼い犬で本当に助かったぜ。サフィーちゃん」
「ギュスタヴ……てめェッ!」
サフィールの手から翠嵐を奪い取るのを確認すると、ギュスタヴの従者がルクスリアの身柄を確保する。
「殿下ッ! お前ら全員ぶっ殺すぞッ!」
「本当、殿下のこととなると、手に負えないねぇ、サフィーちゃん」
拘束を振りほどこうと暴れるサフィールを、地面に押さえつけ、ギュスタヴは部下二人に拘束を任せ、立ち上がる。
「いくら手負いとは言え、この
「お前……まさか……」
「殿下ってハンデを用意すれば、ワンチャン、シンでも勝機はあると思ってたのに、やっぱりキミは危険な男だよ」
「お前も、裏切っていたのか……!」
「心外だねぇ、反逆者はキミだよ。サフィール”元”隊長」
「何?」
憎らしいにやけ面をサフィールに近づけ、参謀は大仰に告げる。
「帝国騎士団、一番隊隊長サフィール。貴様は副団長、アルターと共謀し、団長を謀殺。さらには不逞浪士を帝都に手引きし国家転覆を企てた。結果、皇帝陛下が……何者かの手によって、暗殺された」
「ッ!? ……陛下、亡くなった……だと……?」
「白々しいな、元隊長。残念ながら、貴様は殿下誘拐を阻止しようと勇猛果敢に立ち向かったシン隊長と交戦していたため、アリバイがあるが。現場には副団長の羽織を着た人物の目撃証言が出ている」
「そんなの、出鱈目ですッ! サフィールは――」
「おっと、最も重い罪の供述を忘れていました」
ギュスタヴは、サフィールから奪い取った翠嵐をこれ見よがしに鞘から抜き、その刃をルクスリアに向ける。
「『追い詰められ、錯乱した元隊長は、皇太子殿下を斬り捨てた』」
「ふざけてんじゃねぇぞッ!!!!」
サフィールは、残る力を搾り出し拘束する騎士を振りほどく。
「はぁ、おじさんに、剣なんか振るわせるんじゃないよ……」
剣を失いながらも、掴みかかろうと手を伸ばすサフィールの姿を、ギュスタヴは視界に納めた。
「『
唐突に、ズタズタの足が《釣られる》。サフィールは激しく転倒する。
「何で、急に……」
「おじさんはさぁ、キミみたいに馬鹿みたいに剣の腕が立つわけじゃない。けど、足を引っ張るのは得意なんだ」
視界に納めた者が自発的に行動を起こす際に、ちょっとした不幸を及ぼす。それが『足を引っ張る会』
「ペンは剣より強いなんてことは決して無いけどさ……」
シンを動かし、帝都を混乱に陥れ、騎士団を乗っ取り、これまでの画図を描いた男は宣う。
「ペン一本で十分なんだよ。国を盗るなんてのはさ」
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