2、タイマンと賭博と黒猫
「公道での私闘……何回捕まればアンタは気が済むんだ?」
「何回って数えられるほどの数で済んどらんやろ」
不意を打って間合いを詰め、何度も追撃を行なっているというのにソルは自身の身の丈よりも長い槍の柄を器用に扱い俺の攻撃を捌く。
取り回しの悪さの代わりに長いリーチを得ているはずの槍という武器が、彼女の手の上では自由に踊る。
ソルにとっては棍棒や長刀など、他の長物の扱い方に近いのかもしれない。……軽くても6㎏はあるはずなんだが。
「少しは反省しろという話をしてるんだ」
「反省せなあかんようなことはしとらん」
上段を狙った俺の水平斬りを受け止め勢いを殺した後、ソルは突然槍を手放し、空いた俺の腹を垂直に踏みつける。
「ぐっ……」
体格が近い俺とソルの間に大きな体重差はない、踏み込みが甘い蹴りで吹っ飛ばされるなんてことはない、僅かによろけるがすぐに体勢を整える。
「
「知ってる」
『僅か』なよろけを隙と見て守りから攻めに転じているソルの姿を俺は視ていた。
俺を
「なんかに祈っときや」
丁度、槍一本分の間合い。
奴の左手は反動で半身を引いて死角に入った腰の方へと伸びている。
ジャラ、と固い音が耳を伝う。
「『
サイドスローの動きで巾着袋から抜き放たれたソルの手から十五枚の
無音。
瞬きの間に絵が入れ替わったかのように、全ての硬貨がソルが愛用している槍へと変貌を遂げ、前触れも無く質量を増したそれらは、標的を穿つべく鋭く空を駆け抜ける。
だがな、ソル。
「祈らなくても」
『硬貨の表の向きが刃先となる』、その条件を俺は知っている。
「見てれば槍の刃先なんて掠るわけないだろ」
お前と初めて会ってまたぞろ五年、もう千回は刃を交えているんだ……ネタは上がってる。
俺の背に追い風が走る。
それは俺の前進を讃え、向かい来るたかだか十ニ本の槍の行方を妨げる。
「二桁程度の手数で『千刃』を止められるとでも?」
「言い方腹立つなぁ」
全ての槍を斬り掃われてなお、軽口が叩ける程度には余裕があるらしい。あるいは慢心か。
ともあれ、ソルも身体が温まってきたことだろう。ここからは一段階激しくなる。周囲への被害にも注意を払わなければ。
「ラヴィ、周辺の交通規制を――」
「はいはーい! 本日の『帝都一の剣客VS帝都一の侠客』の
「騎士が違法賭博やってんじゃねぇ!」
……コレが国家権力の腐敗か。
こっちが真面目に戦闘している最中になにやってんだ。
「直近十戦の戦績のデータはこっちだ! 一部一〇〇コル!」
「今日の予想を聞きたい奴はこっちに並びな!」
北蠍の双爪の連中もいつの間にか喧嘩があった店の前で好き勝手賭博関連の商品やらサービスを売り始めやがった。
そうこうしている間に、下町の住人がわらわらと集まり、なんなら近くの店では片手で食える軽食やらドリンクやらを店頭販売し始めている。
洛中では伝統ある祭典の最中だというのに……。
「ラヴィさん、ドリンク差し入れっす!」
「集計終わりました! ラヴィさんお願いします!」
「うむ」
「『うむ』じゃねぇ、なんでヤクザと協力して胴元やってんだよ」
上官の言葉を無視し、おもむろにラヴィは自分の剣を鞘ごと腰から外して口元に近付ける。
「皆々様! お耳を拝借……『
その声は人の壁で囲われた即席の闘技場に響き渡る。
『本日もお集まりいただき誠にありがとうございます!』
この国では、全ての人間が生まれながらに特別な才能、『能力』を持って生まれる。
いつの間にか、俺たちの頭上には
どのような理由があるかは諸説あって、神からの
ただ、一つ確かなことは古くから帝国民の血が流れる者は人間としての通常機能とは別に、なんらかの『
『今回のオッズは~~~~サフィール隊長! 1.5 ソルさん! 2.25!
本日は隊長の方が人気という結果になりました! 毎度相変わらずの接戦ですが……この予想をどのように見ますか?』
自身の能力によって無駄にでかくなった声で、勝手に実況を始めたラヴィは隣にいた訳知り顔の北蠍の組員に剣の柄を近寄らせる。
国家権力がヤクザと癒着してんじゃねぇよ。
『過去の戦績は互いに一進一退であることはもはやファンの間では常識ですし、古参の顧客が今日のコンディションの僅かな差を重視した結果なんじゃないですかね』
『コンディションの僅かな差、と言いますと?』
『ソルの姉貴は今日、ウチの組がケツ持ちしてる
『ソルさんの能力的に、コインは手数、使える手札が減ったようなものですからね』
「だから
「バラすなや……」
どうやら今日のソルは財布の紐が固いらしい。
ソルの手にはいつの間にか槍が握られていることがある。
それは奴の能力『
直接聞くのはプライバシーの問題もあるので詳細は知らないが、経験から推察するにこの能力は『自身の手で触れた硬貨で即座に槍を購入する能力』といえるだろう。
いつも能力使用時に使っているのは五〇〇コル硬貨。
少々買い叩いてはいるが、中古の量産品の槍であれば釣り合いが取れている。
俗っぽいところがいかにもソルらしい。
「今日は無礼講やから少しはパーッと
「散財する前に大人しく捕まっておくか? いつもの
祭りに乗じていつもより集まりが良い下町の連中に呆れている間、すっかり熱が冷めてしまい、ソルも俺も武器を収めて戦闘を中断していたが、互いに面子がある。
結局、落とし所を見つけて幕引きをしなければこの場は収まらないだろう。
「そうしたいところやけどなぁ」
ソルは視線で『周りを見ろ』と促す。
……促されなくても分かっている。
「今日は隊長さんに賭けてんだ! 折角のチャンス絶対に勝ってくれぇ!」
「頼むぜ……ソル……オッズが高くなることを見越して有り金賭けたんだ……負けたら明日から残飯生活……」
「どっちも応援してるぞ! もっと楽しませてくれよ!」
『さあ、両者どちらかが膝をつくまでが、路上喧嘩のルール! もっとオーディエンスを白熱させてくれ給え!』
下町の数少ない娯楽だ。皆一様に俺たちの喧嘩を見て楽しんでいる。
「どいつもこいつも……」
「まったくやな、
「いつもより、鬱陶しいくらいだよ。後でラヴィにいつもより重めの懲罰だな」
「終わってからの撤収作業あるさかい、ラヴィちゃんには手伝ってもらわなあかんねんけど……」
俺は剣を抜いて、ソルは硬貨を弾いていた。
「まあその辺は――」
「決着がついてからやなぁ!」
互いに一歩。
刺突と貫穿が交差し、頬を掠める。
「止まりなさい、馬鹿ども! ――『
新鮮な痛みが走り、刃が通った後に血が……流れない?
「何やってんのよ貴方達……」
呆れた様子の言葉と共に、人垣が割れて道を作っていく。
『やばっ……』
ラヴィはその声の主が誰か気づいたようで、慌てて自分の能力を解除する。
ちなみに、俺はもう声の主を把握し、観念して地べたに跪いている。
人の道が最前列まで拓き、真っ先に現れたのは黒猫。だが、問題はそっちじゃない。
先頭の黒猫がさも案内してきたかのように、そのすぐ後ろを歩いているのは……。
「お目汚しをお許しください……アストレア公爵」
「あら、すぐに跪く余力ぐらいはちゃんと残していたようね。サフィール」
「あぁ、やっぱり、姐御やったか」
「ソル、貴方は頭が高すぎる」
フォスフォロス・フォン・アストレア公爵。
帝都を有する皇帝直轄領レグルスに次いで広い、貿易と魔術研究で栄える帝国南西部アストレア領の現領主にして――
「相変わらず固いわね。知らない仲じゃないんだから。まさかこの私が多少の不敬で首を飛ばすとでも?」
皇室分家のアストレア家に養子に出された、現皇帝陛下の
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