1、建国祭と下町騒動

 皇帝のお膝元、城下ではまだ昼前だというのに多くの人で賑わっていた。

 普段でも町は活気を見せているが、今日は特にだ。

 それもそのはず。


「建国祭、限定の五〇〇コル記念硬貨販売中だよぉ!」

「天下統一二〇〇周年、帝都名物『レグルス焼き』だ! そこのお嬢さん方、お土産にいかがですか!」


 そんな名物は存在しない。

 大通りには屋台が地平の果てまであるのではないかと思うほどに並んでいる。

 今日は年に一度の建国祭。

 この国、アルステラ帝国では年末年始に次いで賑わう日だ。

 だが、俺は朝っぱらから祭りではしゃぐために出歩いているわけではない。


「こんな日に朝から市中の巡回なんて……」

「毎年のことだ諦めろ」


 渋々といった様子で隣を歩くのは帝国騎士団一番隊、俺の副官のラヴィ。


「だって酒も振舞われるんですよ! アストレア領から外国の珍味だって……ほら! あれ見てくださいよ隊長! 砂楼の国の香辛料理ですよ! あぁ~めっちゃ良い匂いする……」

「我慢しろ!」

「隊長は成人元服してないから、そんなこといえるんです!」

「次の巡回区画に行くぞ」

「サフィール隊長ぉ!」


 ごねるラヴィは一旦置いておいて、祭りで浮かれて羽目を外しすぎた市民がいないか注意深く観察しながら大通りを巡回する。


「毎年、酔っ払いの迷子やら、乱闘騒ぎやら、無銭飲食やら、不法投棄やらで忙しいんだ、交代まで我慢しろ」

「騎士団に入る前は、毎年楽しみな日だったのに……そうだ、聞いてくださいよ、最近彼氏が『俺より仕事を優先するんだね』って、面倒クサいんですよ」

「あのなぁ……今日は各領の領主や友好国の親善大使も来賓なされてるんだ。怠慢なんかでもし万が一があったら切腹だぞ」


 とは言え実際、今年は例年に比べて巡回を強化している。

 帝都での不逞浪士の検挙率が上がっているのが原因だろう。


「最近物騒ですよね。前は週一人くらいいれば多いくらいだったのに、昨日なんて……隊長何人斬りました?」

「三……四人だったか? 今月入って三十超えてからは数えてないな」


 現在の皇室が興ってから今年で二百年経ち、建立当初は近隣諸国への侵略戦争も多かったという記録が残っている。それもあって現在の帝国は実質的に多民族国家だ。

 多くの民族や文化が障害となって皇室の政治的支配力が薄れ始めて以降、領土拡大姿勢は鳴りを潜め、現在の皇帝が即位されてからは、めっきりと戦争行為は減った。


「ねぇ、あれ! 騎士じゃないのよ!! ちょっと憲兵は何してるの!?」

「奥さん、奥さん、安心しな! ありゃ正式な皇室仕えの騎士様だよ。アレが帝都の憲兵隊、帝都守護職……!」


 随分と鮮明に往来の雑談が聞こえた気がする。


「隊長、あのご婦人、適当に容疑でっち上げて斬り捨てて来ていいっすか」

「一々耳を貸すな。今年は各領に帝都までの鉄道が開通したばかりなんだから観光客も多いんだ、このくらいの中傷は織り込んでおけ」


 帝都から一歩外を出ると『騎士』という身分の人間を見る目はガラッと変わる。

 戦争行為が減り、軍縮によって近年、騎士階級の失業、脱領が相次ぎ、浪人(主家からクビを言い渡されたり領を脱けたりした騎士。浪士とも言う)が急激に増えて社会問題になっていると文屋が報じていた。


「最近は徒党を組んで、良からぬことを企でてるなんて噂も聞きますよね。同じ騎士ってだけで真面目に城仕えしてる私らまで誤解されて流れ弾が飛んでくるなんて、ほんっと、マジ勘弁って感じっすわ」


 やや後ろを歩くラヴィの方を見ると、まだご婦人を据えた目で睨みつけながらカチカチ鯉口を鳴らしている。

 そんなんだから誤解されんだろ……。


 世間の目が厳しいのは同じ騎士として恥ずかしい限りだが仕方ない。

 浪人に身を落とした騎士が辿る末路は良くて傭兵ギルドを立ち上げ自ら生計を立てたりするが。悪ければ野盗や海賊になったり、最近では富国強兵だの攘夷だの民族主義だのと排他的な政治活動を行なう不逞浪士テロリストなんかになったりする輩も増えている。


「夜には殿下の生誕祭も控えてる、こんなとこで文句垂れてないで日が高いうちに狼藉者はあらかたしょっぴいとくぞ」

「へーい」


 もうちょいやる気出せや。

 ハラスメントだと言われそうだが、ラヴィに気合を入れてやろうと拳を固めて彼女の方に振り向くと、その後方から騎士団ウチの騎士が慌てた様子でこちらに向かってくるのが見える。


「さ、サフィール隊長!」


 一番隊の隊士だ。たしか、洛外の下町を担当させていたはず。

 嫌な予感がする。


「報告を」

「南門洛外側の飲み屋横丁で女性が大勢の男に囲まれていると……」

「だろうな!」


 報告に来た隊士には申し訳ないが、『飲み屋』……の辺りから俺は下町の方へと全速力で走っていた。確認するまでも無くラヴィの足音も俺の後ろに続いている。



「遅かったか……」


 報告があった付近までくれば騒動になっていてすぐに見つかるだろうと思っていたが案の定だった。


「またお前らか! 北蠍の双爪リアレス!」

「やべぇ! 騎士団が来たぞ!」

「だから、表でヤキ入れはまずいって言ったんですよ、姉貴!」

わけは下がってろ。今日は最初から『千刃せんじん』が来やがった!」


 隊士の言うとおり、十人ほどの男たちが金髪の女性を中心に取り囲み……女と一緒になって四、五人のゴロツキを袋叩きフクロにしていた。


「あぁ? 千刃?」


 金髪の女はゴロツキ一人の胸倉を片腕で掴んで壁に押し付けながら、倒れているもう一人のゴロツキの歯をへし折りながらブーツの爪先を食ませていたところで俺に気づいた様子だが、目の前のことを優先させている。

 なんで数的有利なのに、一人で二人相手にしてんだコイツ……。


「サフィーか。ちょっと待ったってや。今、ウチのシマでみかじめ取ろうとしとった馬鹿共にヤキ入れとるところやから」

「馬鹿はアンタだ」

「なんや、相変わらずせっかちやなぁ」


 そう言って彼女は倒れている男を蹴り飛ばし、胸倉を掴んでいる男を投げ飛ばす。


「で、なんのようや。サフィー」


 彼女がようやく振り向いたと同時に、俺は奴を斬りつけていた。


「御用改めだよ。ソル」

「なんや、いつものかいな」


 器用に、先ほどまで男を掴んでいた手に握られていたソルの槍と俺の剣が甲高い音を打ち鳴らした。

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