3、極道と騎士
一旦馬鹿騒ぎは、公爵が間に入ったため
ソルと俺は公爵と共に黒猫に先導され下町の路地裏を歩いている。
ちなみにラヴィと他の北蠍の双爪の連中はどこかに逃げた。
「姐御、またこんな小汚いとこに何しに来はったん?」
「公爵相手に馴れ馴れしすぎるぞ」
「構わないわ。ソルが頭を垂れた日には槍が降るわよ」
「そんなことせんでも、ウチならいつでも槍の雨降らせられるで」
馬鹿がよ。
「登城する前にちょっと北蠍の双爪の組長に挨拶をしておこうと思ってね。お忍びなのよ」
「なら、せめて変装の一つでもしてきてくださいよ。下町連中にはバッチリ見られてますよ。貴方はただでさえ目立つんですから」
「美しさとは、隠すためにあるものではないのよ」
こんな堂々としたお忍びがあってたまるか。
皇族の男児は遺伝的に白金の髪を持っている。皇家直系のやんごとなき血筋を持つ公爵は、それはそれは人の目を惹く美しい白金髪。この人の場合は手入れを欠かさないので、ほとんど純正品の絹。
それだけならまだしも、尋常ではないほどに美容に気を使っておられるせいで市井の民では到達のしえない均整の取れた男女を超越した美貌をお持ちだ。
噂では宮廷画家も彫像士もその美しさを再現できないとその場で自らの指を切断しようとしたり、世に出回り始めたばかりのカメラでさえもフィルムを焼付ける光が強すぎて発火したり、荒唐無稽なはずなのに若干ありえそうなのもこの人の怖いところだ。
どうやって従者の目を掻い潜ったんだ……。
「なんや、目的は親父かいな」
「もちろん貴方の様子も見に来たの。お土産もあるわよ」
「姐御……好き」
ソルが公爵に抱きつく。
不敬、すぐに引っぺがす。
「公人が
「公爵として来てるわけじゃないの。昔からのお友達とその娘の近況を心配してるだけよ」
「てか、何でサフィーが着いて来とん。組の事務所に騎士は立ち入り禁止やぞ」
「こんな場所に公爵一人置いて帰って、万が一のことがあれば陛下に顔向けできん」
かすり傷の一つでも負って戻られた日には、俺は腹を切って陛下に詫びねばなるまい。
「この子はこうなったら聞かないわよ。ま、護衛ってことにしておいて入り口に待機していてもらうわよ」
「少しでも怪しい動きを見せたら中の連中を撫で斬りにするからな」
「やれるもんならやってみろや、御上の飼い犬」
「汚い言葉を使わないの。何も危険なことは起きないわ」
まあ、公爵の顔に免じて皆殺しは勘弁してやるが、場所さえ分かればいつでも
「無駄よ」
俺の考えが顔に出ていたのか、俺にだけ聞こえる声量で公爵は話す。
「フェスタが案内してくれている以上、事務所の正確な位置は私達は把握できないようになってる」
フェスタ、俺たちの先頭を歩く黒猫の名前だ。
「あの子は北蠍の双爪の水先案内人。組長が客と認めた人間にしか彼女を遣いに出すことはないの。貴方がソルに目くじらをたてている間は安々と北蠍の双爪には招かれないわよ」
フェスタは生きた招待状っていうことか。
そんなことを話していると、路地から出た瞬間、下町を歩いていたはずなのに、気がつけば洛中のどこかの小路に出ていた。
「なるほど、このためのフェスタか……」
「ここやで」
そう言って、ソルが首で示したのはどこにでもある
宿場が密集している場所なんて洛中にどれだけあると思ってるんだよ。
「ウチの組が借金の形に
公爵はソルに促され旅籠に入るが、俺はフェスタに行き先を遮られて本当に中には入れてもらえないらしい。
「犬っころは犬っころらしく、大人しゅう待っとけ」
「さっきの続きをしたいなら、そう言えよ」
鯉口を鳴らしたら、喧嘩を売ったソルと共にゴチン! と仲良く公爵に拳骨を貰った。
ソルと公爵が旅籠に入ってしまったので、仕方なく俺は待っておくことにした。
「お前も残るのか」
旅籠の壁にもたれかかっていると、俺の足下にフェスタが寄ってきた。
「にゃ」
フェスタは小さく鳴いたあと、前足で顔を洗う素振りを見せる。
すると、先ほどまで黒猫がいた場所に無愛想な黒髪の少女がしゃがみ込んでいた。
戻して。
「自分はお前の監視だ。アストレアとの約束を破って殴りこんでくる可能性がある」
「信用ないな」
「そりゃあ、極道と騎士だからな」
人間の言葉を話せるようになったが、こいつは間違いなくさっきまで俺たちを案内していた黒猫のフェスタだ。ただし、猫になれる人間なのか、人間になれる猫なのか、そこのところはソルも良く分かっていないらしい。
「お前みたいなちっこいのじゃなくて、中の男連中かソルが監視に入ったほうがいいんじゃねぇの」
「安心しろ。ソル以外でお前を止められるのは組長か自分しかいない」
流石は若頭の相棒。自信が違う。
「なあ、前から気になっていたんだが」
「どうした急に、暇なのか?」
「そりゃ、待ってるだけ、監視してるだけなんて互いに退屈なだけだろ」
「一理ある。話せお前のしょうもない話に付きやってやる」
一言余計だな……。
「ソルと公爵ってどういう知り合いなんだ?」
「まあ、当然の疑問だな。帝国の実質№2が下町のチンピラと対等に話をしているのは不自然に見えるだろう」
何でコイツは一々小難しい言い方をするんだ。
「そうだな……たしか二年くらい、ソルはアストレアに育てられていたはずだ」
公爵が治めるアストレア領は南西部に位置する帝国一の港町のあるエリアだ。なるほど、そこの出身だったから西部訛りが強いのかアイツ。
「…………え、アイツ貴族だったのか?」
「いや、貰い子だよ。野盗の下人をさせられていたソルをアストレアが|使用人として引き取ったんだ。当時、十歳だったかな」
「下人ね……」
それが今や一大極道の若頭。随分出世したもんだ。いや待て。
「どう考えてもチンピラやってるより公爵家の使用人の方が立場はいいだろ」
所属している時点で、帝国の警察機関から要注意のレッテルを貼られ公に身元を保証されない。
「なんだって暴力団なんかに」
「さあね。ま、さっきの雰囲気的に喧嘩別れって感じでもないらしいがね。アストレアの元を離れてから十年はずっと北蠍の双爪の一員だよ」
「ざっくりしてるな」
「自分も別にずっとソルの傍にいるわけでもないし、アイツはあんまり自分のことを話すタイプでもないからな」
「…………」
なんだって態々、自ら恵まれた環境を捨てたんだ。
「お前が何を思ってソルの生い立ちを知りたいのかは知らんが、一つだけ忠告しといてやる」
フェスタがしゃがんでいるせいで、どんな表情をしているかは見えない。
「理解しようとするな」
「どういう意味だよ」
「あの子は、本物の修羅だってことだよ」
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