6—4 夢が叶った日
そっとまぶたを開ければ、辺りは操舵室の変わらない光景だ。
変貌したままの体を持ち上げた僕の耳には、シェノとメイティ、ミードンの声が響いた。
「レン? レン! 良かった! 無事に帰ってきた!」
「シェノ様を失望させず、よくやったのです」
「にゃー!」
目の前に並ぶ3人の心配そうな顔が、笑顔に緩んでいく。
ふと隣に視線を向けると、そこにはいつも通りのイーシアさんが。
ただし、僕の強い魔力にさらされたせいか、僕の手をそっと握るイーシアさんの両手は焼け焦げていた。
おかげで、僕ははじめてイーシアさんが人間でないことを思い知った。なぜなら、焼け焦げたイーシアさんの両手は、機械の手そのものだったから。
「イーシアさん、その手!?」
「大丈夫よ、大丈夫。私は見ての通りのプロテクター・オートマタ。こんなのすぐに修理できるわ」
そう言うイーシアさんは、どんな人よりも優しい笑みを浮かべていた。
機械だろうとなんだろうと、イーシアさんの優しさは何も変わりはしないんだ。
さて、外に目を向ければ、ゲブラーが立ち上がりこちらを睨みつけている。
いい加減、決着をつけよう。
「僕が、みんなを、守るんだ!」
タキトゥスの針から得た魔力を、僕は全て主砲に注ぎ込んだ。
あまりに強大な魔力に、空中戦艦は鉄の軋む音を鳴らす。
滲み出る魔力はゲブラーにも伝わったらしい。ゲブラーの震えた声が僕の脳内に届いた。
「な、なんだこれは!? なんだこの力は!?」
恐れは怒りに達し、ゲブラーは罵る。
「鬼め! 神の子ならぬ、鬼め!」
「そうかもね。僕はマゾクにとっての鬼かもしれない」
手加減するつもりは、少しもない。
僕が決着をつけようとしていることは、騎士団のみんなにも伝わった。
騎士団は逃げ出そうとするゲブラーに炎の鎖を巻き付け、その動きを一時的に封じてくれる。
自分の結末から逃げることも叶わず、いよいよゲブラーは正気を失いはじめた。
「あり得ない! あり得ない! 俺は絶対的な強者だぞ! 弱者に負けるはずがない!」
現実を受け入れられぬ元人間の叫びが、虚しく響き渡る。
悦楽をどこかに忘れて、ゲブラーはあの波に溺れ沈んでいく。
すでに歪んでいたゲブラーの心が、溶解していく。
「おかしい! 世界の理が狂っている! あの〝声〟に選ばれた強者である俺が、こんな報いを受けるはずがない! クク、ククハハハ! そうだ! 世界が狂っているのだ! こんなことはあり得ない! すぐに狂いは正される! 俺がここで死ぬはずがない! クハハハ!」
裏返った笑い声。ドラゴンの笑った口は今にも裂けてしまいそう。
完全に勝負はついたんだ。
「これで終わりだよ! ゲブラー!」
僕は強大な魔力をそのまま主砲から撃ち出した。
空中戦艦を後退させる勢いで飛び出した4本の光線は、1本の巨大な光線に。
周囲は光線に照らされ、何もかもが青く染められていく。
山ほどの大きさを誇るドラゴンの体は、巨大な光線の中に包まれた。
魔力の根元から分解されていくゲブラーは、それでも笑ったまま。
「クハハハハ! 報いを! 正しき報いを! クククハハハハ!」
そう、ゲブラーは今までの残虐な行為の報いを、たった今受けたのだ。
光線に包まれて、分解されたドラゴンの体は紫の煙となり、その煙もまた分解され、青の光線に混じり合う。
遥か彼方に光線が消える頃には、空中戦艦の前にはもう、何もありはしなかった。
あれだけ巨大なドラゴンが、跡形もなく消え去った。のたうち回るような笑い声も、二度と聞くことはない。
静寂が訪れて、シェノとメイティ、ミードンはおそるおそる口を開く。
「すごい……本当に倒した……」
「マゾクの撃退なのです。歴史的なのです」
「にゃ~」
目の前で起きた出来事に、誰もが驚きを隠せないでいる。
僕は、大量の魔力を使ったからか元の人間の姿に戻った自分の手を、じっと見つめた。
直後だ。満面の笑みを浮かべたイーシアさんが僕に抱きついた。
「レンくん! すごいわ!」
よっぽど嬉しいのか、僕に抱きつくイーシアさんの力はすごく強い。
おかげで僕の顔は完全にイーシアさんの胸に覆われ、もはや息苦しい。
とはいえ、柔らかい優しさに包まれて、僕はようやく自分のやり遂げたことを認識した。
「やった……僕、みんなを守れた……!」
少しでも多くの人を守りたいという、そんな曖昧な夢を、僕は叶えたんだ。
夢を叶えて、僕の気持ちは一気に明るくなる。
気づけば僕は、イーシアさんの胸の中でふわりとした想いに頬を緩めていた。
しばらく優しさに包まれて、けれども僕はシェノに言わなきゃいけないことを思い出す。
「シェノ、ごめん! 僕のせいでみんなを危険な――」
「バーカ」
言い切る前に、シェノが僕のおでこを小突いた。
意外な展開にぽかんとしていると、シェノは腕を組む。
「わたしの仲間の命を奪ったのも、メイティを傷つけようとしたのも、レンがそうやって自分を責めてるのも、全部ゲブラーのせい、でしょ」
人さし指を立て、片目を閉じ、そう言い切ったシェノは、ニカっと笑った。
「悪いのは全部ゲブラー。そして、そのゲブラーはレンが吹き飛ばしてくれた。レンは仲間の仇を討ってくれたわけ。だから、謝る必要なんてない」
「まったくなのです。このくらいのこと、自分で気づけなのです」
「二人とも――」
そっか、シェノもメイティも、ずっと僕のことを信じ続けていてくれたんだ。
なんだか、あんなに自分を責めていたのがバカらしくなってきたよ。
と、ここでシェノが苦笑いを浮かべ、僕たちに向かって言い放つ。
「ったく、それにしても、イーシアもレンも、ホントに過保護だよね」
「え? 僕も過保護?」
「あれだけゲブラーから守られたら、そう思うでしょ、普通」
ちょっとだけ口を尖らせたシェノに、僕は何も言い返せない。
一方のイーシアさんは、さらに僕を強く抱きしめた。
「子は親に似る、ってことかしらね」
そうなのかな? うん、そうだといいね。
「さあ! 戦いは終わりよ! 騎士団のみんなも呼んで、お祝いのパーティーをしましょ!」
夢が叶い、戻ってきた平穏な時間。
僕の望んでいた日々が、たった今、目の前に広がっていた。
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