5—3 出生の秘密
人の体が粉々に破裂する瞬間、人の体が溶けていく瞬間、人の体が砂に変わっていく瞬間。
死なずとも、体の形が変化し、人間から遠ざかっていく人々の記録映像。
虚な表情で少しも動かない灰色の男性、床をのたうち回る蛇のような女性、大声で叫び続ける岩のような子供、人を傷つけ笑う真っ白な少女――この子はヘットかもしれない。
牢に閉じ込められたフェデリコは今と変わらない鱗に覆われた姿で、不敵な笑みを浮かべこちらを睨みつけている。
かき集められたこの世の地獄の全てが、こちらを睨みつけているかのような映像の連続だ。
このままこの映像を見続けていれば、こちらの正気までもが失われてしまうかもしれない。
僕は耐えられず、映像から目を背けた。
一方のイーシアさんは、少しも映像から目を離さず、悲しい声色で言う。
「見ての通り、魔力を注入された人たちは、ほとんどが死んでしまったの。フェデリコをはじめ生き残った数少ない人たちも姿形は人間ではなくなり、正気を失ったり力に呑み込まれたりした人がほとんどだったわ」
これは大きな悲劇のはじまりでしかない。
「正気を失った人たちは人間性を失い、自らを神と同等の存在と信じるようになった。このときから、フェデリコはゲブラーを名乗り出したわ。そして、彼らに支配されたアケルウスはついに宣言したの」
イーシアさんの解説に応えるように、映像は閉じ込められていたフェデリコたちが看守を殺害し、外に飛び出す光景を僕に見せる。
逃げ出した彼らはアケルウスの本部と思わしき立派な建物を占拠し、そこから全世界に宣戦布告した。
『我らは人を超越せし神なる存在。人類よ、我らは汝らに進化の機会を与えよう。この惑星を魔力で満たし、全生物が次なる段階へと昇るための試練を与えよう』
これほど身勝手な宣言、聞いたことがない。
イーシアさんも拳を握り、声に少しの力がこもる。
「もちろん、人間たちは抵抗したわ。人間たちは、人間性を失ったアケルウスのメンバーを神と呼ぶことはなく、彼らをマゾクと呼んだの」
静かな怒りが含まれたイーシアさんの言葉に、僕は思わず声を張り上げた。
「マゾクって、元は人間だったの!?」
「そうよ。マゾクはね、体に魔力を注入した結果、人間性を失い、人でなくなった者たちの総称だったのよ」
そんな彼らが人間に仕掛けた最終戦争。
映像に人間たちとマゾクたちの激しい戦闘が映し出されれば、イーシアさんは言った。
「後は知っての通りだわね」
「人間とアケルウス――マゾクの最終戦争が起こって、『運命の18時間』で旧文明時代が崩壊した……」
「これがマゾク誕生の歴史よ」
はじめて目にした世界の真実。
今まで人間が戦い続けたマゾクの正体は、自分たちと同じ人間だった存在。道を踏み外した人間たちが、人間を捨てた姿がマゾクだったのだ。
ゲブラーもヘットも、1100年前はシェノやメイティと同じ人間だったのだ。
でも、ちょっと待ってよ。じゃあマゾクに作られた僕は人間なの? マゾクなの?
真実を知って、より深まった疑問。
イーシアさんは優しい笑みを浮かべた。
「次はレンくんの誕生物語を見ていきましょう! アケルウスが人間に魔力を注入しはじめて少し経った頃に時間を巻き戻すわね!」
一転して楽しそうなイーシアさんに応え、映像も凄惨な光景から研究所の一室へ。
研究所の一室では、白衣を着た人やスーツを着た人たちが、赤文字で『機密』と書かれた分厚いファイルに目を通していた。
「人間に魔力を注入すると超人が作れる、と知ったアケルウスは、次の計画を秘密裏に始動させたわ。それが『エンチャンター計画』と呼ばれるものよ」
解説と同時に現れたのは、暗い研究所に並ぶ、紫の煙と混ざり合う液体の詰まった12個のカプセルだった。
イーシアさんの解説は続く。
「保存されていた遺伝子素材をランダムに組み合わせ作り出した受精卵――親が誰かも分からない、生まれるずっと前の子供に魔力を注入することで、先天的な超人を産み出そうという『エンチャンター計画』。これによって、6人の男の子と6人の女の子が誕生したわ」
よく見ると、カプセルの中の液体には赤ちゃんが浮かんでいた。
ここでようやく僕は気がつく。
試験体レンと書かれたカプセルの中に浮かぶ赤ちゃんは――
「もしかして……」
「そう、レンくんは『エンチャンター計画』で誕生した子供の一人、試験体レンくんなのよ」
目の前に広がる映像は、僕の探し求めていた答えだったんだ。
僕の本当の両親は、誰か分からない。僕の生まれ故郷は、あのカプセル。
――そうか、そういうことだったんだね。
ひどく素っ気ない答えに、僕の感情もまた素っ気ない。
一方で、イーシアさんの表情には一段と優しさが増していた。
「レンくんたちは無事に人間として生まれたわ。ただ、生まれたのと同時期に、魔力を注入された人間が死んでしまったり、正気を失ったりする事例が増えたの。この混乱の中、国際連携は『エンチャンター計画』を知り、ある決断を下したわ」
映像の中で集まる大人たちは、『エンチャンター計画』についての書類に『凍結』の文字を刻み込む。
そして凍結されたカプセルの中の僕たちは、1隻の空中戦艦に運ばれていった。
空中戦艦の艦内に並べられたカプセルの前には、歴戦の英雄のような男性を中心に大勢の兵士たちが集まっている。
知らない人たちばかりの中で、今と少しも変わらない、けれどもどこか緊張した面持ちの女性が一人。
「イーシアさん!?」
「懐かしいわね。この映像、私たちがレンくんたちをサンラッドのジオフロントに連れていってあげているときの映像よ」
「僕とイーシアさんって、1100年前に会ってたの!?」
「フフフ」
驚く僕に対し、イーシアさんは楽しそうに笑う。
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