5—2 1100年前
私の知っているレンくんの真実を教えてあげる。
どこか吹っ切れたようなイーシアさんの、そんな宣言が終わる頃には、僕たちはとある部屋に到着していた。
その部屋は、操舵室にあるのと同じようなガラス板に覆われる、半球状の部屋。
「ここは?」
「ブリーフィングルームよ。本来は作戦の確認とかをする場所だけど、艦のアーカイブと繋がっているから、いろいろと説明するにはちょうどいい部屋ね」
説明しながら、部屋の端にある端末を操作するイーシアさん。
少しすると、ガラス板に光が灯る。
「さあ! 1100年前にタイムスリップよ!」
ガラス板に灯った光に包まれて、僕は辺りを見回した。
光は徐々に立体的な形を作り、大きなホールと、そこに集まる大勢の人たちへと姿を変える。
荘厳なホールと、スーツや白衣に身を包んだ人たちに囲まれて、僕は右往左往。
ここでイーシアさんの解説がはじまった。
「これは1100年以上前の映像よ」
つまり、荘厳なホールも、この人たちも、みんな旧文明時代の映像ってこと?
周囲を立体的な映像に囲まれて、まるで旧文明時代にやってきたみたいな気分だ。本当にタイムスリップしたみたい。
ところで、これはなんの映像? と尋ねようとしたところで、イーシアさんは映像の人たちを見つめながら説明をはじめる。
「彼らはアケルウスの創設者たち。アケルウスっていうのは、魔力の発見後、魔力を使った文明社会を作り出すため創設された国際機関ね」
たしかゲブラーもアケルウスっていう単語を使っていた気がする。
もう少し説明を聞いてみよう。
「政治家や官僚、財界人、大企業の幹部、各分野の研究者、医療関係者、軍人、文学者、スポーツ選手――アケルウスにはたくさんの人が参加していたわ。彼もその一人」
イーシアさんは大勢の人たちに紛れた、一人の男性を指さした。
白衣を着た真面目そうな顔つきのその男性は、僕の知っている姿ではないけれど、僕の知っている人物。
「ゲブラー!?」
「彼の名前はフェデリコ=ラーズ。著名な研究者の一人で、アケルウスの中でも中心的なメンバーの一人だったわ」
予想だにしなかった人物の登場に、僕は首をかしげた。
――どうしてマゾクのゲブラーが、人間の姿、人間の名前を持っているの?
その疑問に対する答えは、まだ教えてくれない。
代わりに映像は、旧文明時代の街並みを映し出す。
色鮮やかな電灯に照らされ林立する超高層ビル群、地上に張り巡らされた道を行き交う乗り物たち、人々が持つ小さな機械、お料理やお掃除を手伝う道具たち、そして、悠然と空を飛ぶ巨大な空中戦艦。
「アケルウスは魔力を研究し、魔力をエネルギー源として利用した道具をたくさん作ってきたわ。これらは全部、アケルウスの研究あって誕生した道具たちよ」
今なら神器と呼ばれるような道具が、街に溢れかえる光景。
思わず僕はつぶやいた。
「旧文明時代の発展に、アケルウスは欠かせない存在だったんだね」
「ええ、その通りよ。ただ、魔力という大きな力を扱っているうち、アケルウスも少しずつ狂っていったわ」
「狂う? それって、どういうこと?」
「これを見てちょうだい」
映像は切り替わり、僕たちの周囲に真っ白な部屋が広がった。
部屋の中心では、紫の煙が流れるチューブをいくつも挿されたフェデリコがベッドに横たわっている。
ベッドの周囲では白衣を着た人たちが集まり、機械を操作していた。
「彼ら……何をしてるの……?」
「当時、人間と魔力の一体化により人工的な人類の進化を実現する、っていう考え方が一部で流行っていたわ。フェデリコも含めて、アケルウスにもそうした考えを持つ人はいた。そして彼らは、その考えを実行に移すため、自分たちの体に魔力を注入したのよ」
それがどんな結果を生み出したのか、映像は僕たちに教えてくれる。
フェデリコたち魔力を注入されたアケルウスメンバーたちは、体を自在に変化させ、あらゆる道具を使いこなし、次々と優れた研究成果を残していった。
それはあまりにも分かりやすい〝神のような〟行い。
「魔力を注入された人間は超人的なパワーと、魔力が持つ自然界の膨大な知識を得るに至ったわ。しかも、彼らは魔力と一体化して魔道具と直接に繋がることもできた。レンくんが空中戦艦を操作できるのと一緒ね」
まるでマゾクの力と一緒だ。
けれども、まだマゾクを知らない人たちは、その力に恐怖心なんて抱かない。
再び映像は切り替わった。
今度の映像は、魔力が流れるチューブを挿された人たちが、ずらりと並ぶ映像だ。
表情を強張らせたイーシアさんは、説明を続ける。
「アケルウスが作り出した〝進化した人間〟に憧れて、多くの人たちが体に魔力を注入したわ。魔力を注入した人の数は、たしか8000人だったかしらね」
思っていたよりも膨大な数に、僕は驚く。
イーシアさんは魔力を注入される人々をじっと眺め、言い放った。
「そして問題が起きたわ」
続けて映し出された映像は、凄惨極まりないものだった。
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