5—4 レンくんを傷つけさせない
柔らかい笑みを浮かべたまま、イーシアさんは1100年前のイーシアさんと一緒に、僕たちが入ったカプセルを優しい瞳で見つめ解説を続けた。
「この頃には狂気に陥っていたアケルウスは、世界を破滅させるため『エンチャンター計画』の子供たちを狙っていたわ。そんなアケルウスからレンくんたちを守るのが、私たち空中戦艦シェパーズクルークの任務だった。そうして私たちは、サンラッド上空に留まったの」
12のカプセルは空中戦艦から降ろされ、廃墟になる前のサンラッド地下に広がるジオフロントの研究所へ。
空中戦艦はサンラッド上空でマゾクやマモノとの戦いを繰り広げる。
それはまさに、伝説にある通りの空中戦艦シェパーズクルークの姿だ。
「任務は順調だったわ! だって私たち、最終戦争からも『運命の18時間』からもレンくんたちを守ったのよ! フフ、私も艦長もクルーたちも、抜群のチームワークだったわね!」
絵に描いたようなドヤ顔のイーシアさん。
映像はノイズと紫の光に覆われ、すぐに『運命の18時間』を過ぎた暗い世界を映し出す。
「旧文明崩壊後も、私たちはレンくんたちを守ることにしたわ。艦長がいなくなって、クルーのみんなも歳をとって、私は一人ぼっちになって……それでも私は1100年間、レンくんたちを守り続けたの」
映像では一瞬で過ぎ去る、想像もできないような長い時間。
だけど、映像の中のイーシアさんから笑みが消えることはない。
「でも、ね。長すぎる時間が油断を呼んだのかしら。私は失敗しちゃったのよ」
ここではじめて、イーシアさんの表情から笑顔が消えた。
「忘れもしない16年前、サンラッドにマモノの軍勢が襲い掛かったわ。人間たちに被害が及ばないよう、私はサンラッドから離れてマモノを退治したの。ところが、私のいないうちに一部のマモノがサンラッドに雪崩れ込んだ」
廃墟となったサンラッドのジオフロントには、マモノの死骸が溢れている。
研究所に並んでいたカプセルは破壊され、歪なガラスの割れ目からは、空っぽの中身がのぞく。
赤ちゃんの姿はどこにもなかった。
「帰ってきた頃には、この有様よ。『エンチャンター計画』の子供たちのうち10人が死亡、2人が行方不明」
表情をなくしたイーシアさんは、ただただ空を眺めている。
シェパーズクルークは、変わらずサンラッド上空を飛んでいる。
「不思議ね。守るべきものを守れなかったのに、それからもずっと私はサンラッド上空に留まり続けた。1100年間よりも長く感じた16年間、奇跡を願い続けた。そして、願いは届いたの。行方不明になった『エンチャンター計画』の子供の一人が、こんなにかわいい子になって帰ってきたのよ」
満面の笑みを浮かべたイーシアさんとともに、ミードンと一緒にマモノに襲われる僕の姿が映像に映し出された。
自分のかっこ悪い映像を見るのは、なんだか恥ずかしい。
でも、これが僕とイーシアさんの〝再会〟の瞬間だから、大切な映像だ。
イーシアさんは1100年もの間、僕を見守ってくれていたという真実。
なんだか今の僕は、本当のお母さんを見つけたような気分だ。僕の望んでいた真実は、まったくの幻想ではなかったみたい。
これで真実のお話は終わり。映像は消え、僕たちはまたガラス板に囲まれる。
優しく笑ったイーシアさんは、そっと僕を抱きしめた。
「私はもう、レンくんを傷つけさせないわ」
それは何度も聞いたセリフなのに、真実を知った今では、たくさんの想いに包まれた言葉だというのが分かる。
だから僕は、あえて尋ねてみた。
「ねえ、イーシアさん」
「何かしら?」
「イーシアさんは何で、1100年間も僕を守ってくれたの?」
するとイーシアさんは、フフフと笑って答える。
「最初は任務だから、かしらね。でも気づけば、レンくんを守るのが私の人生の楽しみになっていたわ。だから前にも言った通り、私がレンくんを守る理由は、私がそうしたいからよ」
イーシアさんの僕を抱きしめる力が、一気に強くなった。
そして彼女は、僕の頭をそっと撫でながら、柔らかい口調で言う。
「レンくんが何者かなんて、関係ないわ。神の子? 『エンチャンター計画』の産物? マモノみたいな存在? どれも間違いよ。レンくんはレンくんなの。レンくんはかわいいレンくんなのよ。だからね、レンくんは自分の好きなように生きていいのよ」
優しい言葉が、僕の心の霧を晴らしてくれる。
ゲブラーが口にした真実と、イーシアさんが教えてくれた真実が合わさり、僕はようやく未来に目を向けられる。
「僕の好きなように生きる……」
親は誰か分からない。生まれた場所は研究所のカプセル。僕はマゾクによって作られた存在。これが僕の真実。
僕はイーシアさんに1100年間、守られ続けた。一瞬の不幸でイーシアさんとは離れ離れになったけれど、村のみんなに育てられ、ここまで育ち、イーシアさんと再会できた。これもまた、僕の真実。
僕は旧文明時代にマゾクに作られ、1100年間イーシアさんに守られ、16年間、村のみんなに育ててもらった、レン=ポートライトなんだ。
僕は僕。だったら、今までと何も変わらない。僕は僕のやりたいことをやるだけだ。
――みんなを守ろう。
そのためには、マゾクと戦わないといけない。
このタイミングで、突如として僕の脳内に少女のねっとりとした声が響いた。
「やっほ~! また会えたね~!」
間違いない、これはヘットの声だ。
ゲブラーの言った通り、ヘットが僕を迎えにきたんだ。
なら、今こそ僕のやりたいことをやるときだね。
「イーシアさん、僕のやりたいこと、手伝ってくれるかな?」
「フフ、もちろんよ! 私はレンくんのためなら、なんでもするわ!」
そうと決まれば、すぐ行動。
ブリーフィングルームを飛び出した僕は、イーシアさんと一緒に操舵室へ向かう。
1100年前の映像と何も変わらない艦内を歩けば、重厚な扉が目の前に。
扉に手をかざし、扉を開けようとしていると、足元からかわいい声が聞こえてきた。
「にゃ~ん!」
「ミードン!?」
これは意外な人――じゃなくてネコの登場だよ。
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