4—3 僕にできること

 アヴェルスの穂先を巨大なマモノに向けて、シェノは叫ぶ。


「戦闘態勢! 敵は大物だよ! パターンは〝ハリネズミ〟で!」

『了解!』


 間を置かず騎士たちは詠唱を口にし、魔法で槍を強化した。そして数人ごとの横隊を何列かに重ね、淡く輝く強化された槍を針山のごとく突き出す。


 巨大なマモノは潰れた瞳で騎士たちを睨みつけ、ゆっくりとこちらに迫ってきた。

 騎士たちの目の前までやってきた巨大なマモノは胴体を持ち上げ、騎士たちを潰そうとする。が、突き出された30本の槍に阻まれ後退。


 この隙にシェノは騎士たちを飛び越え、アヴェルスを突き出した。

 アヴェルスは巨大なマモノの胸元に食い込むも、分厚い皮を貫くことはできない。


「コイツっ……!」


 唇を噛みながら、シェノは反撃を受ける前に即座に退き、騎士たちの後ろへ。


 シェノを追った巨大なマモノは、やはり騎士たちの槍に阻まれ、シェノの追撃を諦める。

 そして騎士たちと巨大なマモノは互いに防御に徹することを選び、睨み合った。


 僕とイーシアさん、メイティとミードンは騎士たちの遥か後方まで下がり、早くも膠着気味の戦場を眺めることしかできない。


「すごい。あんなに大きなマモノと戦えるなんて、シェノたちはやっぱりすごいよ」

「ええ、そうね。けれど、このまま睨み合いを続けたらジリ貧だわ。小さいマモノたちの援軍にも注意しないと」

「どれだけ早くマモノを倒せるかが重要なのです」

「にゃ~!」


 感心、心配、分析、応援。

 僕たちのそれぞれの勝手な言葉を横目に、シェノは再び叫んだ。


「わたしが相手の弱点を探す! みんなは魔法で牽制!」

『はっ!』


 短い指令を受けて、騎士たちは迷いなく光魔法を放った。

 炸裂した閃光は、しかし暗闇に住まうために視力を失っている巨大なマモノに効果はない。

 代わりに、閃光が炸裂した際に空間を駆け巡った音が、巨大なマモノの敏感な聴力を襲った。


 聴力が麻痺した巨大なマモノは、警戒心と焦りからさらなる防御体制に。


 シェノはすかさず飛び出し、スライディングしながら巨大なマモノの下に潜り込んだ。そしてそのまま巨大なマモノの脚や腹を斬りつけ、巨体の背後に回る。

 直後、怒りに燃えた獣の呻き声と、騎士たちの詠唱が空間を支配した。


『大地よ、惑星よ、罪人に炎の鎖を!』


 詠唱とともに騎士たちの槍から炎が吹き出し、それが巨大なマモノの脚や首を拘束する。

 おかげで巨大なマモノの意識は背後には向かわない。


 優位性と余裕を得たシェノはアヴェルスを細かく突き出し、敵の弱点を探った。

 すでに巨大なマモノは右往左往しはじめている。シェノに対応しようとすれば騎士たちに邪魔され、騎士たちを止めようとすればシェノを放っておくことができないからだ。


 シェノたちの戦いを眺めて、僕は思わずつぶやく。


「抜群の連携力……あれが本気で誰かを守ろうと決意した人たちの戦い方なんだね」


 一体どれほどの訓練を積んできたんだろう。どれほどの信頼がシェノと騎士たちの間にあるんだろう。

 きっとそれは、僕が想像できるものの何百倍もすごいものなんだろう。

 一方の僕は、シェノたちに守られるだけ。みんなを守るなんて大きな夢を口にしながら、誰かに守られるだけ。


――せめてシェノたちの手伝いくらいはしたい。


 そう思ったときだった。イーシアさんが振り返り、声を震わせる。


「まずいわ……」

「どうしたのです?」

「にゃん?」

「背後の通路からマモノが近づいてるわ! それも、かなりの数よ!」

「もしかして、マモノの援軍がもう来たのです?」

「にゃ!?」


 道中で倒してきた、小さなマモノの群れがこちらに向かっている。

 決して強いマモノではないけれど、巨大なマモノと戦う今、それは危険なことだ。

 イーシアさんは顔色を変えた。


「早くシェノちゃんたちに教えてあげないと!」

「その必要はないのです。シェノ様たちは、すでに気づいているのです」


 メイティの言う通り。

 巨大なマモノの弱点を探すシェノは、唇を噛みながらこちらを気にしている。


 シェノの表情を見れば、彼女が危機感を抱いているのが分かった。

 騎士たちは、仲間や僕たちを守るため、新たな敵に対処しなくちゃならないんだ。


――いや、シェノたちに守られてばかりじゃダメだ!


 僕は頬を叩き、息を大きく吸って、巨大なマモノに負けないよう大声を出す。


「こっちは僕に任せて!」


 それだけ叫んで、僕は振り返った。

 目の前には、今まで歩いてきた真っ暗な通路。暗闇の向こうには、赤い光の群れ。


「僕だって、みんなを救ってみせる!」


 この空間に、マモノは一匹も入れさせない!


 腕を伸ばした僕は、空中戦艦を包むシールド、シェノとの〝勝負〟に使った障壁をイメージした。

 イメージは魔力と一体化し、突き出された両手から体内の熱が放出される。

 熱――魔力は通路の真ん中で輝き、広がり、光の障壁となって通路を塞いだ。


 数秒もしないうち、数えきれない数のマモノたちが障壁にぶつかる。

 牙を突き立て、虫のような脚で障壁を引っ掻くマモノたち。数が多すぎて、もはや新しい壁ができたみたい。

 うごめくマモノたちを眺めながら、ミードンを抱えたメイティは、プイッとしながら吐き捨てるように言った。


「この程度でニヤニヤしないでほしいのです」


 なぜか不満そうな言葉を投げつけられちゃった。そっか、僕、ニヤニヤしてたんだ……。

 とはいえ、イーシアさんは目を輝かせぴょんと跳ねる。


「すごいわレンくん! さすがの判断よ! おとぎ話の大魔導師様みたい!」


 イーシアさんはさすがに褒めすぎじゃないかな?

 そんなに褒められると、ニヤニヤが止まらなくなっちゃうよ。


 チラリと背後に視線を向ければ、今までと変わらず巨大なマモノと戦うシェノの姿が。

 そう、シェノたちは巨大なマモノとの戦いを継続しているんだ。つまり、こっちは僕に任せたということ。


 シェノたちを失望させないためにも、絶対にマモノは通さない。

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