2—5 力試し2戦目

 2戦目のため、再び僕とシェノは距離を取り、お互いに睨み合う。

 さっきと同じくシェノは低い姿勢で模擬ナイフを構えたけど、僕はあえて模擬ナイフを構えない。


 今回は魔法のイメージに集中する。そのためなら、戦う姿勢だって放棄する。

 棒立ちする僕を見て、シェノは首をかしげた。


「レン、どうしたの? 何を企んでるの?」


 完全にシェノは警戒モード。

 彼女はこちらの考えを知るため、少しずつ僕との距離を詰めてくる。

 もうすぐでお互いの間合い、というところで、シェノは低い姿勢から模擬ナイフを突き出し、僕の首元を狙った。


――今だ!


 すかさず僕は空中戦艦を包んでいたシールドをイメージした。

 イメージに応え、体内の魔力が放出され、僕とシェノの間に光の障壁が現れる。


 光の障壁はシェノの模擬ナイフを受け止めた。

 攻撃を受け止められたシェノは、わずかに姿勢を崩す。


――よし! うまくいったよ!


 ここで僕はとっさに模擬ナイフを振り下ろした。振り下ろした模擬ナイフは光の障壁を抜け、シェノの胸元へ。

 それでもシェノは焦りを微塵も抱いていないみたい。


「へ~、だったら……!」


 シェノは腕を伸ばし、僕の頭に掴みかかる。そしてそのまま跳躍し、僕を飛び越えた。

 いきなりのことに対応できず、僕の模擬ナイフは虚空を切る。

 一瞬の間に僕の背後に移動したシェノ。なら当然、シェノは背後から模擬ナイフを突き出してくるはず。


――もう一度シールドを!


 イメージし、背後に光の障壁を発動。

 すぐに振り返れば、しかしそこにシェノはいなかった。いつの間に、シェノは僕の背後ではなく、僕の左横に移動していたんだ。


 シェノは僕の脇めがけて模擬ナイフを突き出す。光の障壁が存在しない方向からの攻撃に、僕は唇を噛んだ。


――せめてシェノのナイフを払わないと!


 そうして僕がイメージしたのは、よりにもよってヘットと同じリボンのような魔法だった。

 どこからともなく現れた細いリボンは、突き出されたシェノの模擬ナイフを払う。

 払われた模擬ナイフはシェノの手から離れ、宙を舞い、床の上へ。


――ここがチャンス!


 丸腰になったシェノに向かって、僕は右手に握っていた模擬ナイフを突き出した。

 対するシェノは回し蹴り。彼女の足首が僕の背中に叩きつけられる。


 まさかの模擬ナイフ以外の攻撃に、僕は床に倒れ込んだ。そしてそのまま、僕はシェノに組み伏せられた。

 地面に転がり、動きを封じられ、僕は叫ぶ。


「痛い痛い! 降参!」

「やった! 2戦目もわたしの勝ち!」

「勝者、シェノ様なのです」

「にゃ~ん! にゃ!」

「あぁ~! レンくん、負けちゃったわ! でも、惜しかったわね! 魔法で障壁を作ったところなんて、かっこよかったわよ!」


 地面に崩れ落ちながらも、イーシアさんは僕に優しい(?)言葉をかけてくれた。

 組み手から解放された僕は、床に倒れたまま関節の痛みに耐える。

 対照的に余裕の表情を浮かべるシェノは、僕の隣に屈み込み、目を輝かせた。


「レン、すごいね。詠唱も魔道具も使わずに魔法を使うなんて。近接戦闘ならわたしの圧勝だけど、魔法勝負だったらレンに勝てる気しないなぁ」

「……ホント?」

「ホントホント! もしかしたらレン、魔導師団の誰よりも強いかも」

「さすがにそれは言い過ぎだよ」

「そうかなぁ?」


 口に指を当てながら、シェノは僕に手を差し伸べた。

 彼女の手を掴んで立ち上がった僕は、まだ痛む関節の恨み節をシェノにぶつける。


「ところでさ、さっき組み伏せられたとき、異常に痛かったんだけど? というか、まだ痛いんだけど?」

「え~? フッフッフ、あれはね、わたしの下着姿を見た代金だよ」

「は、はぁ」


 これは何も言い返せないね。いろんな意味で負けた気がするよ。

 シェノとの勝負は完敗だ。やっぱりシェノは強い。

 僕が床に座り込むと、今度はイーシアさんが僕の隣で体育座りし、微笑む。


「魔力の使い方、だんだん慣れてきたみたいね。さすがレンくんだわ」


 そう言って、また僕の頭を撫でるイーシアさん。

 たしかに、もうずいぶんと自然に魔力が使えるようになった気がする。昨日までは魔法を使おうとして杖を折っていたくらいなのに、たった一日でいろんなことが大きく変わったよ。


 この一日での変化、全部が空中戦艦――イーシアさんと出会ったおかげだ。

 イーシアさんのおかげで、僕は自分の本当の力に気づけたんだ。


 なら、もしかしたら、僕の両親や生まれ故郷のことも、イーシアさんが教えてくれるかもしれない。

 僕は唾を飲み込み、おそるおそる尋ねる。


「あのね、イーシアさんに聞きたいことがあるんだけど……」

「何かしら?」

「……ううん、なんでもない」


 なんでだろう。やっぱり質問できなかった。

 僕の両親について、生まれ故郷について。どちらの答えも僕は求めているはずなのに、なぜか答えを知ろうとすると、躊躇しちゃう。


 もしかしたら僕は、『知らない』という答えを恐れてるのかも。あるいは、イーシアさんが本当のお母さんであることを期待して、それが否定されるのを恐れているのか。

 臆病な僕を前にして、イーシアさんは首をかしげながら、すぐに笑った。


「さあ! そろそろご飯ができる頃よ! レンくん、行きましょう! シェノちゃんとメイティちゃん、ミードンちゃんもおいで。騎士のみんなも一緒よ。フフフ、久々に大人数での夕ご飯、楽しみだわ!」


 満面の笑みを浮かべたイーシアさんは、とても幸せそうだ。

 だから僕たちも、軽い足取りでイーシアさんについていくのだった。

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