2—4 力試し1戦目

 騎士たちの案内開始から、かれこれ2時間以上が経過した。

 食堂や休憩室、お風呂場、治療室、兵員室は騎士たちで満杯だ。

 僕とイーシアさん、ミードンしかいなかった空中戦艦が、今ではずいぶん賑やかになったね。


 ある程度の案内は終えて、僕とイーシアさんは艦内の廊下を歩く。

 廊下を歩く最中、トレーニング室と書かれた部屋からシェノとメイティ、ミードンの声が聞こえてきた。


「怪我の治療はいいのです?」

「にゃ~?」

「だから、このくらいの怪我は日常茶飯事だって。だから大丈夫」

「シェノ様がそう言うのなら安心なのです」


 仲の良さそうな会話だ。

 でもイーシアさんは頬を膨らませ、トレーニング室に飛び込んだ。


「もう、シェノちゃんったら治療室を抜け出したのね」

「あ、レンとイーシア!」

「二人はここで何を――って、うわわ!」


 イーシアさんの後を追ってトレーニング室に飛び込んだ僕は、すぐに目を逸らす。

 なぜなら、シェノが下着姿だったから。

 細くも締まりのいい肩と腕、布を巻いただけの胸、うっすらと腹筋が浮かぶお腹、黒いパンツから伸びた長くキレイな足。


 うん、やっぱり直視できない。

 直視できないのに、シェノは僕との距離をぐっと詰め、首をかしげた。


「どうしたの?」

「いや、だって、下着!」

「そりゃそうでしょ。トレーニング着に着替えてるんだから」


 何も気にせず前屈みになって答えたシェノ。肌色成分の多さに僕の体は熱くなるばかり。

 そんな僕を横目に、イーシアさんは普通に質問した。


「トレーニング?」

「シェノ様の日課なのです」

「騎士としての技、魔法を使った体の動き。こういうのって、日頃の訓練が大切でしょ」

「まあ! シェノちゃんは努力家さんね!」

「えへへ~」


 褒められたシェノは後ろ頭をかく。おかげで彼女の脇が僕の視界に入り、そろそろ限界かも。

 ここでイーシアさんは、僕の両肩を掴みながら声を張り上げた。


「でもね、レンくんも負けてないわよ!」

「うん?」


 何を言い出すんだと思えば、イーシアさんは続ける。


「さっきの戦いで、空中戦艦がマモノたちを撃退したわよね」

「ああ! あれ、すごかった! ビーン、ドドドドンって! あんなにすごい攻撃を受けたら、マゾクだって尻尾巻いて逃げたくなるよね!」

「あの攻撃ね、レンくんが魔力を使って撃ち出した攻撃なの」

「う、うそでしょ!?」

「ウソじゃないわ。騎士団を救ったのは、このかわいいレンくんなのよ!」


 まるで自分のことのように誇らしげな顔のイーシアさん。


 イーシアさんの言葉は間違っていない。

 ところがシェノは、間違った解釈をしたらしい。彼女は僕を指さし、大声で言った。


「ねえレン! 私と勝負!」

「ほへ!?」

「そうと決まれば、さっさと着替える!」


 勝手に話が進んじゃったよ!?


 下着姿のままのシェノは、僕の服を掴み、脱がそうとしてくる。

 対する僕は、服を脱がされまいと必死で抵抗した。


「ちょ、ちょっと! 着替えくらい一人でできるって!」

「なんでそんなに照れてんの? いいじゃん、わたしたち女同士……なんだ……から……」


 無理やり服を脱がされ、上半身裸になった僕を見て、シェノの表情が固まった。

 そして彼女は、すたすたと後退り、メイティの隣で放心する。


「レン、男だったんだ……」

「シェノ様は気づいてなかったのです?」

「だ、だって! イーシアが、レンは自分の妹だって言ってたから!」

「気持ちは分かるのです。レンの見た目はほぼ女の子なのです」

「だよね! だよねっ!! レンは女の子! レンは女の子っ! 胸が絶望的にない女の子! だから下着を見られたって恥ずかしくない!」


 なんとか自分を騙そうとするシェノは、顔を真っ赤にして、そそくさとトレーニング着に着替える。


 一方の僕はイーシアさんに連れられ、強制的にトレーニング着に着替えさせられるのだった。

 着替えさせられて、僕は小声でイーシアさんに尋ねる。


「シェノと勝負、しなきゃダメかな?」

「どうしても嫌なら断ってもいいのよ。ただ私は、二人の勝負が見てみたいわ」

「なんで?」

「だってレンくんが魔法を使う瞬間が見られるのよ! それだけで最高じゃない!」

「理由がストレート!」

「フフフ。それにしてもレンくん、トレーニング着も似合うのね!」

「うう……」


 目を輝かせたイーシアさんを見ていると、勝負を断る気にはなれない。

 仕方がないね。シェノとの勝負を引き受けよう。


 肝心の勝負の内容は何か。それは、ヘソ出しスタイルのぴったりとしたトレーニング着に着替えたシェノが教えてくれた。


「レン、これ持って」

「これは?」

「訓練のための模擬ナイフ。柔らかい素材でできてるけど、当たるとまあまあ痛いよ」

「痛いんだ。うう……」

「怖がらない怖がらない! で、勝負の内容は、このナイフを使った近接戦闘3本勝負! 怪我しない程度の魔法の使用もありだから。審判はメイティ。いい?」

「う、うん、分かったよ」

「じゃあ、はじめよっか!」

「が、頑張るよ!」


 唐突にはじまっちゃった勝負だけど、やるからには全力を出さないと。


 マットが敷かれた広めのトレーニング室で、模擬ナイフを持った僕とシェノは対峙する。

 僕は軍隊での訓練を必死に思い出し、教本通りの姿勢で模擬ナイフを構えた。


 対するシェノは、リラックスした様子で体勢を低くし、逆手で模擬ナイフを握る。

 イーシアさんはいつの間に持っていたポンポンを振り回し、僕を応援してくれていた。


「頑張れ頑張れレンくん! レンくんのかっこいいところ、シェノちゃんに見せてあげましょう!」


 なんだかその応援、ちょっと恥ずかしいかも。


 さて、模擬ナイフを構えた僕とシェノは、数秒ほど睨み合った。

 いつシェノが襲ってくるか分からない恐怖。先手を取らないと、という焦り。頭の中がごちゃごちゃとしてきて、僕は思わず一歩踏み込む。


 瞬間、シェノは地面を蹴り、目にも留まらぬ速さで僕との距離を詰めた。

 何が起きたのか分からない僕の首元には模擬ナイフの先が当てられていて、目の前ではシェノが八重歯をのぞかせている。


「どう? わたし、強いでしょ?」


 文字通り手も足も出なかった。

 ミードンを頭に乗せたままのメイティは、左手を挙げて宣言する。


「シェノ様が一勝なのです」

「にゃ~」


 正直、この展開は予想できていた。

 神器アヴェルスを振り回す闘う貴人に、僕なんかが勝てるはずなかったんだよ。


 軽々と模擬ナイフを振るシェノの後ろ姿を見て、僕のやる気は真っ逆さま。

 そんな僕の頭を、イーシアさんは優しく撫でてくれる。


「よしよし。最初に負けちゃったからって、落ち込む必要はないわ。魔法を使えば、レンくんが勝つ可能性は十二分にあるんだから」

「……かもしれないけど、いまいち魔法の使い方が分からなくて」

「難しく考えちゃダメ。いい? レンくんの魔力は詠唱や魔道具じゃなくて、イメージで発動されるものなの」

「空中戦艦の操舵と同じ?」

「その通りよ! ほら、イメージイメージ!」


 体じゃなくて想像力で戦うって感じかな。

 よし、きっと2戦目は……いや、シェノの鋭い視線を向けられると、やっぱり勝てる気がしないよ。

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