第2章 本当の力

2—1 初戦闘 前編

 これは想定外の事態だった。

 僕は戦闘訓練のため、イーシアさんの案内に従い『人間界』と『虚無』の境目へ向かった。

 ところが、その境目には、たくさんのマモノに襲われる騎士団の姿があったんだ。


「大変だよイーシアさん! 騎士団がマモノに囲まれてる!」

「にゃ~!」

「ちょっと厄介なことになってるわね。マモノだけなら相手じゃないんだけど、マゾクまでいるわ。しかもあの子、ヘットちゃんよ」

「ヘットちゃん?」

「加虐趣味のマゾクでね、人間を解体するのが大好きな子なの」

「か、解体!? それ、すごく危ないマゾクだよね!?」

「ええ、何度お説教しても懲りない、悪い子よ」


 話を聞いてるだけでも鳥肌が立つようなマゾクだね。

 そんな危ない敵を前にして、それでもイーシアさんは笑顔で手を叩いた。


「まあいいわ! レンくん、戦闘訓練を兼ねて騎士団のみんなを助けてあげましょう!」


 普段と変わらない軽い調子のイーシアさん。

 僕はそこまで軽い調子ではいられない。今の僕は恐怖に包まれ、手足が震えている。


 マゾクといえば、強大な魔力を使い、旧文明を崩壊させ、残虐に人間を殺すのを楽しむような連中だ。

 僕よりも遥かに強くて恐ろしい存在を前に、僕は自分に自信が持てない。


「あ、相手はマゾクだよ? 僕が勝てる相手なの?」

「心配しないで、私よりもレンくんの魔力を使った方が、マゾクを倒せる可能性は高いのよ。それに、私がレンくんを完璧にサポートしてあげるから!」


 胸を張るイーシアさん。

 と同時、外の景色を映すガラス板に大量の輝点と、空中戦艦に搭載された武器の情報が浮かび上がった。


「これは?」

「たくさんの輝点は、私がマーキングしたマモノの位置を表わしてるの。特にヘットちゃんは目立つように、名前付きにしておいたわ。武器の情報はリアルタイム情報になってるから、レンくんが必要とする情報を素早く伝えてくれるわよ」

「マモノの居場所が分かりやすくて、武器の状態もすぐに分かって……すごい!」

「フフフ、完璧にサポートしてあげるって、言ったでしょ?」


 ほんのちょっとだけ、マゾクとも戦えるような気がしてきたよ。

 よし、怖がってばかりじゃダメだ。いい加減、マゾクと戦う覚悟を決めないと。

 震える手で拳を握り、僕はイーシアさんに聞いた。


「空中戦艦の武装は、どうやって使うの? これもイメージ?」

「正解よ! やっぱりレンくんは天才ね! あ、でも空中戦艦を動かすときよりは、ちょっとイメージが複雑になるわ。連装主砲4基、三連装副砲4基、連装高角砲12基、近接防御魔銃28基、それぞれ別々に、相手を見極めて動かすイメージをしないといけないからね」


 一気にいろいろ言わないで! 混乱してきた!

 こんな僕が本当に空中戦艦で戦えるのか、心配になってきたよ。

 いや、そんなことしてる場合じゃない。眼下に広がる大量の輝点は、雪崩のように動き出していた。


「あ! マモノが騎士団に襲い掛かった!」

「マモノ相手なら副砲と高角砲で充分だわ! レンくん、艦体の操作は私がやってあげるから、レンくんは攻撃に集中しましょう!」

「うぅ、頑張らないと……!」


 騎士団を守りたい気持ちは本当だ。だから、それをイメージすればいい。

 幸いなことに、武器の情報は表示されているし、武器の様子を見ることだってできる。イーシアさんのおかげで空中戦艦は傾き、全部の武器もマモノたちに向けられている。


 僕は三連装副砲4基と連装高角砲12基でマモノたちを狙うようイメージした。

 イメージすれば、副砲と高角砲の砲身は滑らかに動き、マモノたちを捉える。

 続けて思い浮かべたのは、廃墟を崩した空中戦艦の攻撃。


――あのときの青白い光線をイメージして、マモノたちを吹き飛ばそう!


 と、次の瞬間、今まで以上の勢いで体内の熱――魔力が空中戦艦に吸われていった。

 吸われた魔力は副砲や高角砲に流れ、光線として撃ち出されるのを待っている。

 一連の流れを感覚で理解した僕は、反射的に叫んだ。


「はっ、発射!」


 言葉に応え、36本の青白い光線が一斉に発射された。

 発射された光線は、騎士団を襲おうとするマモノたちの頭上に雨のように降りかかる。


 地上に衝突して、光線はそれぞれに破裂し、そのたび爆炎が盛り上がった。

 36の爆炎から弾け飛ぶのは、真っ黒に焼け焦げ原形も留めぬ数百のマモノたち。

 遅れてきた爆音と振動に揺られて、僕は開いた口が塞がらない。


「今のが……空中戦艦の力?」

「違うわ! 今のはレンくんの力よ! レンくんがマモノたちを吹き飛ばしたの! はじめての攻撃なのに、すごい威力だったわよ!」

「にゃ~ん!」


 僕の手を握りぴょんと跳ねるイーシアさんと、尻尾をフリフリするミードン。


――この調子なら行ける……かも! 


 ちょっとの自信を得た僕は、でもおっかなびっくり攻撃を続けた。

 おっかなびっくりなわりには攻撃が強烈で、マモノたちは次々と吹き飛んでいく。

 気をつけないと騎士団も吹き飛ばしちゃいそうで、ちょっと怖いくらい。


――マモノの数も減ってきたし、騎士団のためにも攻撃は弱めよう。


 そう判断して、僕は副砲の攻撃を中断した。

 おかげで降りしきる光線の雨は弱まり、地上に盛り上がる爆炎の数も減る。

 これを機にマモノたちから離れはじめる騎士団。


 後はマゾクのヘットが騎士団に向かわないよう注意しないと。なんて思ったのも束の間、脳内に直接、吐息の漏れるねっとりとした少女の声が響いた。


「なんで~? なんで攻撃、緩めたの~? ああぁ……もっとぉ~! もっと欲しぃ~!」


 興奮した声と同時、地上から凄まじい勢いでこちらに伸びる数十のリボンが僕の視界を支配する。

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