2—2 初戦闘 後編

 ヘットの艶かしい喘ぎに呼応する、紫の煙をまとった異様なまでに白く細いリボンの大群に、僕は鳥肌を立てた。

 イーシアさんは僕の手を握ったまま、声を張り上げる。


「ヘットちゃんの攻撃よ! あの子、騎士団は無視してこっちに攻撃を仕掛けてきたわ!」


 そんな風に説明されたところで、僕はどうすればいいのか分からない。

 分からないうち、リボンの大群は空中戦艦に巻きつこうと放射状に広がる。

 広がったリボンの大群は空中戦艦を囲み、ところが青い障壁に阻まれ、空中戦艦に触れることはなかった。


 すかさずイーシアさんは、手を強く握り助言してくれる。


「シールドが頑張ってくれてるわね! 今よ! 近接防御魔銃をばら撒いて!」


 もう言われた通りにするしかない。


――このままじゃマゾクにやられる! 早くイメージしないと!


 僕の焦りに応え、近接防御魔銃28基全てが無数の光線をリボンに向かって放った。

 焦りの中のイメージだったから、狙いはきちんと定まってない。


 それでも、あらゆる方向にばら撒かれた無数の光線は、蛇みたくシールドに食いつくリボンの大群を撃ち抜いていく。

 リボンの大群は撃ち砕かれ、ボロボロの紙切れのように。

 間を置かず、再びヘットの声が脳内に響いた。


「んうッ……はぁッ……ああぁッ! この痛み、もうイっちゃいそう! これが戦いだよぉ~!」


 悦びの中にあるかのようなヘットの言葉に、僕は表情を歪める。


「ヘット、何を言ってるの……?」

「マゾクはね、みんなこんな感じよ。まともに相手しちゃダメ」


 たしかにイーシアさんの言う通りだ。

 とにもかくにも、次の攻撃に備えないと。


 僕は主砲を動かし、赤文字で『ヘット』と書かれた輝点を狙った。

 輝点を狙った途端だ。モニターのひとつがヘットの姿を大きく映し出す。

 リボンの巻きついた裸体を撫で回し、血に濡れた瞳でこちらをじっと見つめる少女。真っ白な長い髪と真っ白な顔は、まるで死人みたい。


 なんだかヘットと目が合ったような気がして、僕の体は硬直した。

 直後、耳元で囁くようなヘットの声が聞こえてくる。


「ねえねえ~、あなたの体はどのくらいの力で壊れるのかな~?」


 無邪気な声色とともに、リボンが近場の騎士2人の四肢を斬り離した。

 今までに見たことのない血の量と、バラバラに崩れ落ちていく騎士の体。


 赤い肉と白い骨に、僕の視界は消えかけ、吐き気が全身を襲う。

  正直なのは体だけではない。心もまた、凄惨な光景に正直だった。


――怖い。


 たったそれだけが、今の僕が抱く全ての感情だ。

 でも、僕の想像力をかき乱すのには充分すぎる感情でもある。

 気づけば僕は、何もできないでいた。そして、気づけば僕は、イーシアさんに手を握られていた。


「レンくん! 無理はしないで! ここからは私が――」


 イーシアさんが言いかけて、今度は低く唸るような声が辺りに轟く。


「下がれ、ヘット」

「はぁ~? ゲブラー何言ってんの~? ここからが本番じゃ~ん! あ、もしかして~、マモノたちがやられて~、ビビった~?」

「マモノなどという弱者がいくら死んだところで、それは世界の理が正しく機能している証拠だ。それより、今下がれば、さらなる悦楽をお前に用意しよう。楽しみは取っておけ」

「……ウソだったら~、許さないよ~」


 機嫌を損ねたヘットがそう吐き捨てると、紫の影が戦場から遠ざかり、ヘットを示した輝点が小さくなる。

 それがどういうことなのか、さすがの僕でもすぐに理解できた。


「ヘットが撤退した?」

「みたいね。好都合だわ」

「でも、どうしていきなり撤退? それに、さっきの会話はなに?」

「マゾクのゲブラーとヘットちゃんの会話ね。ゲブラーがいるとなると……」

「イーシアさん?」

「ううん、気にしないで。それより、レンくんは大丈夫?」


 吐き気はまだある。だけど、恐怖心はだいぶ小さくなった。体も動かせる。

 一応、大丈夫なんだろう。僕は小さく首を縦に振った。

 するとイーシアさんは胸を撫で下ろし、地上を見ながら言う。


「これからどうしましょう? ヘットちゃんを追う? 騎士団のみんなを援護する?」

「も、もちろん、騎士団のみんなを援護するよ」

「フフ、そう言うと思ったわ。そんな優しいレンくんが、私は大好きよ!」

「うわわ!」


 いきなり僕に抱きつくイーシアさん。あわせて大きく傾く空中戦艦。


 柔らかい感触に顔を包まれながら、僕は残ったマモノに光線を浴びせる。

 数分もすれば、マモノを示す輝点は地上から消え去った。

 なんだかんだと、僕は空中戦艦での初戦闘に勝利したらしい。


 いや、勝利と言っていいのかな?

 もしヘットがあそこで撤退してくれなかったら、僕は騎士たちを守れたとは思えない。

 みんなを守る、なんて大きな思いを抱きながら、恐怖でみんなを見殺しにしかけたなんて、情けない話だ。

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