1—5 操舵者 前編

 体が重い。おかげで目が覚めた。

 ゆっくりと目を開けると、ミードンが僕の胸の上で丸まっている。


「にゃ~」

「おはよう。起こしてくれたの?」

「にゃ~?」


 首をかしげてるから、たぶん起こしてくれたわけじゃないんだろう。


 数分してミードンが床に飛び降りれば、ようやく僕は体を起こす。

 故郷を飛び出して以来のふかふかベッドで熟睡したおかげか、体は軽い。

 背伸びをし辺りに目を向ければ、静かな部屋の光景が広がっていた。


「あれ? イーシアさん、どこ行ったんだろう?」


 久しぶりに一人になって、僕は髪を結びながら疑問を抱く。

 ふと視線を下げると、テーブルの上には畳まれた服と置き手紙が。

 どれどれ、手紙を読んでみよう。


『レンくんの服はお洗濯中よ。代わりの服を用意しておいたから、それに着替えてちょうだい。着替えが終わったら食堂においで。追伸、レンくんの寝顔は天使さん!』


 なんか恥ずかしかったので、手紙はそっとテーブルに置き戻す。そしてイーシアさんに用意してもらった服に袖を通した。

 用意してもらった服は、ちょっとダボっとした、どことなく軍服っぽい青い服。


「似合う……かな?」

「にゃ~」


 悪くない反応がもらえた。


 さて、着替えも済ませたし、手紙にあった通り食堂に向かおう。

 と、ここで問題発生。


「食堂ってどこ?」


 昨日は睡魔に襲われていたせいで、食堂からこの部屋までの道順を覚えてない。

 だから僕は、とりあえずテキトーに艦内を歩くことにした。


 空中戦艦シェパーズクルークの艦内を、ミードンと一緒に歩く。

 イーシアさんがいない艦内は、世界から隔離されたみたいな静かな空間だ。こんな静かな場所に、イーシアさんは1100年間も一人でいたのかな?


 無機質な廊下、無機質な階段、無機質な扉。徹底的に合理的な艦内を、僕はただ歩く。

 たまにミードンを撫でて寂しさを紛らわせながら、僕はただ歩く。

 そうしてたどり着いたのは、頑丈そうな真っ黒い扉の前。


「この扉、他と雰囲気が違うなぁ」


 たったそれだけの感想とともに、なんとなく扉に触れる。

 すると、扉に触れた手から熱が発せられるような感覚に襲われた。

 同時に真っ黒な扉は紫色の幾何学模様を浮かべ、小さな機械音を鳴らしゆっくりと開く。


「これは……どう見ても食堂じゃなさそうだね」

「にゃ? にゃ! にゃ!」


 この先が目的地じゃないのは分かってる。それでも僕は、開かれた扉の向こう側に足を踏み入れていた。


 扉をくぐった途端、白い明かりが一斉に点灯する。

 白い光が照らし出したのは、真ん中に鎮座する機械のような椅子と、それをぐるりと囲んだガラス板が並ぶ部屋だった。

 ここが何か特別な部屋であるのは一目瞭然。


 重厚な雰囲気への好奇心に負けた僕は、さらに歩を進め、機械のような椅子に手を触れた。

 結果、再び扉に触れたときと同じような感覚に襲われる。


「また!?」


 ただし、今度は扉が開くだけじゃない。

 椅子を囲むガラス板には外の景色が映され、部屋にはイーシアさんの冷たい声が響く。


『魔力エネルギーの接触を確認。魔力認証完了。これより有人操舵システムを――』

「なに!? どういうこと!? なにが起きてるの!?」


 意味不明な言葉の羅列に、僕もミードンも半ばパニック状態だ。

 そんな僕たちの耳に、イーシアさんのあたたかい声が届く。


「なかなか来ないと思ったら、こんなところにいたのね。もう、レンくんは方向音痴さんなんだから。あ! でもその軍服、似合ってるわね!」


 いつの間にイーシアさんはこの謎の部屋に来ていたらしい。

 イーシアさんは頬に手を当てて、僕の格好をまじまじと眺めていた。

 なんだかのんきな感じだけど、そんな場合じゃないような気がするよ。


「ごめんなさい! 僕、なんだか変なことしちゃったみたいで、さっきから――」

「フフ、大丈夫。これは空中戦艦の操舵者がこの部屋にやってきたときの正常な動作だから」

「く、空中戦艦の操舵者? それって、イーシアさんのこと?」

「いいえ、レンくんのことよ」

「ほえ!?」


 また訳の分からないことを言い出したよ! 僕が空中戦艦の操舵者!? どういうこと!?

 混乱する僕を尻目に、イーシアさんは僕の背中を押す。


「細かい説明より、実際に体験すれば分かるわ!」


 そう言われて、僕は椅子に座らされた。

 椅子に座ると同時、またも体内の熱が椅子に吸われていくような感覚が。


 ガラス板に映し出されていた外の景色は、天井や床にまで広がる。

 空中戦艦が透明にでもなったみたいに全周が外の景色に囲まれて、僕たちはまるで宙に浮かんでいるかのよう。

 ただし、ガラス板に映し出されているのは外の景色だけではない。空中戦艦が搭載する数多の大砲だけは〝透明〟にならず、あるべき場所に見えている。


 不思議な光景に、僕は椅子から体を乗り出した。


「これは……」

「実はね、この部屋は空中戦艦の操舵室なの。そして今のレンくんが見ているのは、空中戦艦の有人操舵モードにおける映像よ」


 人さし指を立て、イーシアさんは解説を続ける。

「空中戦艦の操舵は、強い魔力を持った人が空中戦艦の魔力と直接に接続することで可能になるの。レンくんは空中戦艦を操舵するのにふさわしい魔力の持ち主、ってことね」


 思わず僕は首をかしげた。

 そして、単純な疑問をイーシアさんに投げかける。


「待って。僕、まともに魔法を使えたことなんてないんだよ? 魔法を使おうとしても、すぐに魔法の杖を折っちゃうんだよ? そんな僕が、強い魔力の持ち主?」

「レンくんの持つ魔力はね、普通の人と違う方法じゃないと使えないの。普通の人は魔法の杖みたいな媒体を通して魔法を使うけど、レンくんは媒体を通さず、直接に魔力を操作しなくちゃ魔法が使えないのよ」

「もしかして、魔法を使おうとして杖が折れちゃうのって……」

「レンくんの魔力が強くて、媒体になる杖が耐えられなくなっちゃうから、かしらね」


 王国軍をクビになり、自分の命も危うくするような、僕の今までの失敗。それが、こんな形で説明されちゃうの?

 これじゃまるで、僕が特別な人間みたいだ。

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