第二章 漂白される青春へ
ところで。
時はボクのお尻が滅茶苦茶にハチャメチャなお姉ちゃんフィーバーをしたあのプロフェッショナルごっこ開催日の数日後へと飛んで。
「それはもちろん来夢、君と結婚するためさ」
「…………………………………………………………………………………………は?(男声)」
というやり取りを自宅の玄関でした後のこと。
「ええっとー、積もる話もあるだろうし、中でお話聞いてもいいかな?」
言いたいことは山程あったけど、立ち話もなんだし、ボクは旧友の天羽あまえちゃんをとりあえず家に上げることにした。
もちろん、既にボクの声は女の子のそれに戻っている。
「望むところだよ、来夢」
彼女は見ていて心地いいくらいに清ました顔で頷いた。
なんかちょっとこっちが気圧されてしまうくらいだ。
「じゃ、どうぞー……」
「おじゃまするよ」
靴を脱ぎ、居間へと先導するボクの後を優雅な足取りでついてくるあまえちゃん。
でもその割にはやたらとキョロキョロとして、妙に落ち着きがない。
どうかしたのかな? お掃除もちゃんとしてるし、インテリアも特に変なとこはないはずなんだけど……?(というかあったらお姉ちゃんにお仕置きしてもらえちゃうよ……)
「じゃあ、そのソファにでもすわってて」
結局謎を抱えたままリビングまでたどり着いてしまった。
「ありがとう。失礼させてもらうよ」
あまえちゃんはボクに言われた通りソファに腰を下ろす。
が、やっぱりクールな顔してキョロキョロしている。
んー?
ボクは彼女にお茶請けを用意する傍ら、思い切って聞いてみることにした。
「なんか気になるものでもあるのー?」
すると。
「いや、そんなことはないさ。ただ、来夢の暮らしている環境がどんなものなのか気になってね」
「なにそれー? それじゃあなんかボク、野生動物みたいじゃーん」
……ま、実際のところ野生動物じゃなくてお姉ちゃんの愛玩動物なんですけどね。
と、心の中でつまらない冗談を言っていたら。
「私にとって来夢は天然記念物よりも厳重に守られるべき存在だよ」
「ふぇ?」
もっとすごいボケが飛んできた。
「ん? 天然記念物というのは法律で守られている動植物や鉱物のことだよ?」
超絶イケボでトンチンカンなことを言うあまえちゃん。
「あ、うん」
ボクが戸惑っているのはそれがわからなかったからじゃないんだけど……。
ま、いいか。
そうこうするうちにお湯が湧いた。
「おかまいなく」
かつての彼女からは想像もつかないほどキリッとした顔と声でそんなことを言うあまえちゃんに、ボクは紅茶を振舞う。
さて、お茶の準備もできたというわけで……ボクは机を挟んであまえちゃんとは向かい側のソファに座った。
本題に入ろう。
「うーんと、どっから聞いたものか迷うんだけど……」
「私のことが知りたいのかい?」
「え……? ま、まあ、そう……だね。」
やたら乗り気で身を乗り出してきたあまえちゃんにビクッとするボク。
しかしそんな引き気味のボクに反し、彼女はうきうきだった。
「何が聞きたいのかな? ちなみに最近のマイブームは……」
「ええと……そういうのはー、また今度でいい、かなー」
「そうかい? じゃあまた今度、ね?」
意味深に「今度」という単語を強調するあまえちゃん。
便宜的に今度って言っただけで、またお家に来られるのは困るんだけどなー……。
「それより、あまえちゃん大学やめたの?」
「どうしてだい? そんなわけないだろう?」
「いやだって平日なのにシロタチムサシの制服なんか来てるし」
大学生が暇だという話は聞くけど、順当にいっているならまだ三年生のはずの彼女がこんな真昼間からそんな格好をしているというのはやっぱり変な気がする。
でもあまえちゃんはさらっと。
「ああこれのことか。気にしないでくれ」
「気になるんだけど……」
「そうか。ならば……」
「って、ちょ、なにしてるのあまえちゃん!?」
ボクは慌てた。
なぜっていきなり人ん家の居間であまえちゃんがお洋服を脱ぎ始めたから!
だというのに彼女は平然と。
「来夢の気にならないように脱いでるだけだが……?」
急にどうした? みたいな顔でボクを見ている。下着姿で。
それはこっちのセリフだって!
いや、そんな立派なおっぱいだの太ももだのお臍だの、出して、何考えてんの???
しかもそのままボクの隣にぴったりっと密着して着席しちゃったし。
どういうつもりなんだろう。
これじゃあ完全に痴女だよ、あまえちゃん……。
「どうかしたのかな?」
なのにあたかもボクの方がおかしな人扱いされてるし。なんなのこれは……!?
「あの、女の子がそう人前で気安く脱いだりするのはよくないよ?」
「私は人前で気安く脱いだりなんてしないさ。君の前でだからだよ、来夢?」
「……へっ?」
彼女は突然ボクのほっぺたを両手で包み込んでおっきなおっぱいの方へと持っていった。
「来夢になら、見られてもいい――」
もにゅっとした感触と甘い匂いが脳を満たす。視界は肌色で埋まった。
全男子が勃起するような体験。なんというか、配達員さんが痴女だった系のエロ漫画でも読んでるみたいな気分。
でもね、悪いねあまえちゃん。ボクの性欲、お姉ちゃん専用なんだ。
「え、ごめんあまえちゃん、大学で何か嫌なことでもあったの?」
ボクはあまえちゃんのおっぱい枕からおさらばすると、平常心でそう言った。
が、対するあまえちゃんは、女性的誘惑に失敗したことに落胆する様子もなく、
「嫌なこと……? そうだね、君が大学にいないことかな」
痛いところをついてきた。
「あ、それはその、ごめん……」
昔からの幼馴染だったボクたちは、小中高と同じ学校だった。なんなら幼稚園も一緒。そして当然の成り行きとして(?)、大学も同じところへ進学しようと約束した。でも、結果、ボクだけが落ちて――。
お姉ちゃんとの楽しいヒモ生活の中で忘れかけていたあの約束。
なのに。
「いいんだ。今年はきっと来夢が合格するって信じてるよ」
「え……。あ、ありがとう……」
ボクは一瞬、固まってしまった。
だって、実家からお姉ちゃんの家に転がり込んで以来二年間ずっと音信不通だったボクのことを、彼女はまだ信じてくれているのだ。浪人生活に耐え切れなくて受験勉強から逃げ出しお姉ちゃんのヒモなんかやっているこのクズのことを。
そうだ――ボクの青春は大抵この元々女っぽい容姿のせいで台無しだったけど、あまえちゃんと遊んでるときだけは楽しかったかも……。
当時はそんなこと考えもしなかったけど、今思えば。
でも、昔のことをこうして思い返せば返すほど気になることがあって――。
「あまえちゃんさ、なんか……雰囲気変わった?」
実際のところは雰囲気どころのレベルでなく大いに変わっているんだけども、どう聞いたものかよくわからないしオブラートに包んでみたよ。
「そうかい? どうだろうね。ふふっ、まあしかし、私も大人の女になったということかな」
あまえちゃんかわいいし、処女じゃなくなったってことかな?
いや、もしかしたらボクの知らぬ間に中高で卒業してたのかもわからないけど。
「そっかー、あのちっちゃいころの無垢なあまえちゃんはもうどこにもいないんだねー」
「君が望むのなら、私は無垢にでも邪悪にでもなろう」
「あ、うん」
何を言ってるんだこの子は……?
「えーとやっぱりさ、あまえちゃんなんかかわったよね? ちょっと変だよ?」
それはもはや処女非処女とかの類のことではなく。根本的な主人格が。
「髪を染めてみたんだけど、似合わなかった……かな?」
さらさらの黄金を撫でながら、彼女は少しはにかんだ。
なんだよー、さっきまでずっとかっこいいオーラ出してたくせに急に乙女みたいな顔しちゃってさー。かわいいなーあまえちゃんってば。
「いや、それはめっちゃ似合ってるよ! かっこいいもん」
本心を告げる。
「そ、そうかい?」
あまえちゃんは露骨に照れていた。かわいい。
さっきまであんな凛とした顔してたくせに。もーこのこのー。
……って、そうじゃない!
今ボクが聞きたいのは、クラスの中心にいるタイプの能天気系な黒髪かわいこちゃんだった彼女が、なんで王子様タイプのイケメン女子になっているのかだよ!
けれど、いきなり核心を突くのはよくない。
まずは外堀から埋めていこう。この髪染めの話題から自然につなげられる外見の変化から聞いていくよ!
「なんかさー、髪染めたら身長まで大きく見えるねー」
なんとまあシークレットブーツを履いていたとかじゃなくて、玄関で靴を脱いだ後も彼女はボクより背丈が高かった。高校の頃はお互い160前後で同じぐらいだったはずなのに。
この不思議は聞かずにはいられないでしょ。
するとあまえちゃんは上品に笑った。
「あっはは、面白いことを言うね、来夢は。違うよ、これは本当に伸ばしたんだ」
……ん? あれ、おかしいな。なんか今あまえちゃん、伸ばしたって言った? 伸びたじゃなくて? ボクの聞き間違いかな?
「へー、大学生になってからも成長期ってくるんだねー」
「ん? 伸ばしただけだから成長期ではないよ?」
「……?」
ボクはよくわからず笑顔でフリーズしてしまった。
人間の体って成長以外で伸びないよね……? 伸ばして伸びるってなんなの。あまえちゃん、実は悪魔の実とか食べてる人だった?
「どうしたんだい、そんなぽかーんとした顔をして?」
「やー、伸ばしたんだあ……と思って」
「伸ばしたよ?」
「そっかー」
あまりに平然と言われるので頷くしかない。
つけま付けて睫毛伸ばすみたいな感覚で身長って伸ばせるものだったっけ……?
方法を聞いたらなんとなくスプラッタ入りそうな気がしたのでこの件について深堀はやめようと思う。だって人体を人力で10センチ伸ばすって……なんか、怖いし……。
と、そんなガクブルな内心が顔に出てたのか、あまえちゃんが心配そうに顔を覗き込んできた。
「嫌だったかな? 来夢には気に入ってもらえると思ったんだけど……」
「え、べつにいやとかじゃあないけどー」
単純に恐怖。
「来夢はやっぱり、あの毒姉みたいなちっこい方が好きなのかい?」
「え、ええと……」
なぜか彼女はお姉ちゃんのことを悪い人だと思っているらしい。
「……わかった。君がそういうのなら、次会う時までになんとか縮めておくよ。君の為に伸ばした身長だったけれど、無意味だったというのならもういらない――」
「ひっ!」
ち、縮める?! 縮めるって何!? 伸ばすはまだしも縮めるって!?
こ、怖すぎるっ……!
そしてなによりそういうことを何のためらいや決意も見せずに、淡々と話すあまえちゃんが怖い。なんなの次会う時までに縮めとくよって。それさ、おすすめのドラマとか教わって次会う時までに見とくよとかそういうテンションじゃん! そんな軽いノリで身長を伸び縮させないで?! もっとカラダ、大事に!(お姉ちゃんに毎晩ビシバシズコバコやられてるボクが言うとあんまり説得力ないな……)
「どうしたのかな、来夢?」
「や、その、本当に今のままのあまえちゃんが大好きだから、あぶない肉体改造はやめて欲しいなーって」
「なんだ、私の早とちりだったか。そうだったね、来夢が私のことを嫌いになるはずなんてないじゃないか。私としたことが、気の迷いというのは怖いものだね」
いや、ボクはきみが怖いよあまえちゃん。
昔の天真爛漫なきみはどこへ行ってしまったの?
「そ、それよりあまえちゃんさー、見た目もだいぶ変わったけど、中身も変わったよねー」
「私はいつだって君のことが好きだけどね」
さらっとホストみたいなことを言ってくるあまえちゃん。
「あー、それそれ、そういうの」
昔のあまえちゃんはこんなよくわからない冗談いう子じゃなかったし、ボクのことをただの幼馴染とかぬいぐるみかなにかとしか見てなかった気がする。仲自体はよかったけど、異性としてのそういうのとは無縁だった。
今になって思えば、ボクだけがあまえちゃんに恋してて、一人相撲だったのかなあ。
「嗚呼、なるほど。確かに昔の私は君への想いが恋だと気付いていなかった。だが、今ならわかる。私はずっと、来夢、君のことを愛していたんだ……」
なのに今になってこんなこと言い出すなんて、ほんとあまえちゃん、どうしちゃったんだろう? 大学で病んじゃったの? それとも新手のボクへのドッキリ? いやでもそれなら何のために?
そんなような疑念の数々と、彼女のやたらイケメンな声や大げさな身振りに参ってしまう。
「へ、へー。そうなんだー」
「そうだとも。来夢、好きだよ」
駄目だ。まるで話にならない。
どうなってるんだろう。かつてのあまえちゃんは、いつだってクラスのどんなはみ出し者の言葉だって一言一句親身になって聞いてあげるいい子だったのに。
それがなんということでしょう。今となっては一見こちらの話をちゃんと聞いているようでいて実のところはただずっと自分の意見を言うだけの王子様系になってしまった……。
大学というのは、こうも人を変えてしまうものなのか。
行かなくてよかった(唐突な自己正当化)。
ボクは変わり果てた旧友を眺めながら、俗な質問をしてみる。
「ふーん、じゃあ大学に入って彼氏とかはつくらなかったの?」
「そうなるかな。私の価値を正しくはかってくれるのはこの世に君一人しかいないからね」
やたら詩的だね……。
「そうかな? ボクはもうぶっちゃけあまえちゃんのことがよくわからないよ」
「これからいくらでも分からせてあげるよ」
彼女は極上のスマイルと共にウィンクを決めた。
「……。」
え、なんなのかな? あまえちゃんはもしかしてボクをオトそうとしてるの?
なんで? お金も学歴も職もない上に異性装の気がある変態だけど?
「それとも、もしかして来夢は今からにでも知りたいのかい? せっかちさんだね。でも、君がそれを望むのなら、私はそれでも構わないよ……?」
彼女はそう言うと、なぜかブラジャーに手をかけた。
まずい、このままでは豊満な二つのたわわが御開帳されてしまう。
「いやいやいやいや、ちょっとまって!」
開幕でお洋服を脱いだかと思ったら今度は下着まで脱ぎだそうとし始めたあまえちゃんを急いでたしなめる。
そういえば、彼女はさっき大学で彼氏をつくってないとは言ったけども、セフレをつくってないとはいってなかった。つまりそういうことで、そうなってあまえちゃんは大学という性の荒波に揉まれ、人前で平然と全裸にさえなれるビッチになってしまったのだろうか!?
だ、大学怖い。行かなくてよかった(自己正当化定期)。
「ん? 電気を先に消したほうが良かったかな?」
慌てるボクを見て、彼女はキョトンとした顔でそう尋ねた。
「そういうことじゃなーーい! そもそも昼間だからついてないし!」
というかむしろそれは女の子側が気にするアレじゃないの? お姉ちゃんは全然気にしないから、ボクは誰にも言われたことはないけども。
「つまりどういうことかな?」
「ボクは痴女は嫌いだよってこと」
これまでの彼女の発言的に、どういうわけかボクに好きでいてもらいたいらしい(さすがに自意識過剰とか勘違いではないと思う)あまえちゃんを制す為、そんなことを言う。
だが。
「急にどうしたんだい? 脈絡のない下ネタなんて」
おとぼけ顔を晒すあまえちゃん。
んんんーーーー、読解力がない!!!
自分が現在進行形でただの幼馴染に過ぎないボクへ痴女的行いをしているという自覚がないのかっ!?
どうしてこんなんであまえちゃんは最難関国立大学に現役合格できたのっ!!?
おかしいでしょ!?
「……とりあえず、お洋服、着てもらっていいかな?」
「それは構わないけれども……あの服を着ていると気になると言っていなかったかい?」
あーもうこのばか。
あまえちゃんの身体がどれだけ性的で、その身体がもたらす行動がどれだけ男の股間を刺激するのか、そしてそれがどんな悲劇を生むのかについて一々説明するのも面倒なので、ボクは彼女に他になにか着るものを渡すことにした。
「そうだねー。じゃあちょっと別のお洋服貸してあげるからそれ着てて」
「私はこのままでも構わないよ?」
「ボクがかまうの!」
「?」
いや、もっと恥じらってくれよ女の子。
そうしてボクは一旦彼女をリビングにおいてクローゼットへと向かった――んだけど。
よくよく考えたら、身長139のお姉ちゃんと160のボクしか住んでないこの家に、170以上ある人用の服なんてあるわけもなかった。
てなわけで、仕方なく丈の足りないジャージとTシャツを着てもらうことに。
とはいえあまえちゃんは長身の割にモデル体型でスリムだったから、横幅は問題なく。
問題なのは、胸、臍、腰。
ボンキュッボンのお手本みたいな体型になっていたあまえちゃんのそれらのセックスシンボルが、サイズのあっていないお洋服のせいでやたら強調されてしまっている。
短めのシャツを破く勢いで張り出す爆乳に、そうしてただでさえ足りない丈が上に押し出されたせいでチラリと見えてしまうお臍。極めつけは、ジャージ生地をパンパンに引き伸ばす巨尻。
これは着衣AVの撮影ですか? なんてことを考えてしまったり。
普段ぺたぺたつるつるの体しか見ることがないから、不覚にも性器が反応しそうになる。
というか仮にこれに反応しない男がいたら不能だと思う。
ボクはもう男の娘なので、その例にはもれさせてもらうけどね。
「そんなに見たいのなら見せてあげようか?」
いろんな意味でお姉ちゃんとは真逆の身体が物珍しくて眺めていたら、なんともまあサセコみ溢れることを言われてしまった。こんな感じで大学のチャラいヤリチン男達にも軽々しく股を開いているのだろうか。
やっぱり大学怖い。行かなくてよ(以下略)。
「結構です」
よって丁重にお断り。ボクはお姉ちゃん一筋なので。
「ふふ、来夢は照れ屋なんだね。でも、私の前では素直になってもいいんだよ?」
「じゃあ聞くけど、あまえちゃんはボクにこんなことばっかして恥ずかしくないの?」
「ん? 何を恥ずかしがることがあるんだい? 私たちは同性同士だろう?」
……そうきたか~~~~!
まあ確かにボクはお姉ちゃんの教育のおかげで見た目だけは女の子みたいになれたけどさー。性自認は男だし性愛対象も女の子なんだよなー。こういう格好をするのは好きだけども。単に自分をかわいくするのが楽しいだけなんだよね。
って、あれ? あまりにも自然に受け入れられてたのとあまえちゃんの豹変っぷりに驚いて聞くの忘れてたけど、どうして彼女はボクがこうなったことを知ってたんだろう?
いくらボクの見た目が生まれつき女々しかったとはいえ、ここまで完全に女の子女の子してたわけじゃない。昔のボクを知る人が今のボクを見たら別人だと思うか、仮にもし気付けたとしても自分の頭がおかしくなったのだなと思ってやっぱり勘違いだったと思うぐらいの歴然とした違いがある。
だからこそ知り合いとの関わり合いを絶ってボクはここにいる。連絡先を全て消去して地元を離れたのは、お姉ちゃんの命令ではあったけれど、それもボクを思ってくれてのことだ。だって、ボクが以前のボクを知る人ともうまともに付き合えないのは自明だもの。
どう言い繕うと、世間では男なのに女の格好で過ごす奴なんて変態でしかない。それは事実だもの。だからご近所さんにはボクは女だと思われてるし、お姉ちゃんの妹ということになっている。その方が都合がいいから。ボクも別にそれでいいと思う。
だけど、そうなってくるとやっぱり謎なんだよね。
なにがというのは言うまでもなくて、さっき言った通りのこと。どうしてあまえちゃんはボクのこの女体化を知っていたのか。もっと言えば、そもそもなんでこの家の住所を知り得たのか。
ボクの両親ですら知らないその情報は、かつてのボクを知る人の中ではボクとお姉ちゃん以外に知っている人はいないはずなのに。それくらいに、ボクたちは全ての縁を絶ってここにきたのに。
なぜ――?
と、
「あれ? そういうことではなかったのかい? ごめんよ、気を悪くさせてしまったかな」
考え込むボクの顔を、不安げにあまえちゃんが覗き込んできた。
「あーいや、そういうわけじゃないんだけどね。女の子扱いしてもらえるのはうれしいもん」
それだけちゃんとかわいく見られてるってことだし。
「そうか、よかった。だったら、エスコートなら任せてくれて構わないよ」
「わー、ちょっと楽しみかもー」
ペット扱いされることなら多々あるんだけど、そういうのは新鮮だなー。
ちょっと浮かれちゃったり。
「ふふふ、来夢は本当にかわいいね。じゃあ今週末にでも、どこかへ行こうか」
「うん!」
わー、あまえちゃんと週末デートとか、高校の時のボクが聞いたらどう思うのかな~。だって昔からボクって女の子からマスコットとしてしか見られてなかったからなー。
「……ってだめじゃん!」
「何か予定でもあったのかい?」
「いや、そういうわけじゃあないんだけど……」
買い物やゴミだしみたいな理由以外でお姉ちゃんの許可なく外出したら殺される――とは言えないよねえ……。
「と、そうか。来夢はまだ浪人生だったね。そんな君にデートの誘いなんて、私はなんて罪なことを……。済まない、来夢」
あまえちゃんの謎解釈に初めて救われたね!
騙してるみたいでちょっと胸が痛いけども。
「あ、やー、別にあまえちゃんはわるくないよー」
「来夢は優しいんだね。そういうところも、大好きだよ」
なぜかボクと目を合わせてそんな言葉を囁くあまえちゃん。あまりのイケメンっぷりにちょっとキュンとしてしまった。……なんてことだ、お姉ちゃん以外の人間にメスにされかけるなんて。なんたる不覚。プロヒモにあるまじき失態だよっ!
「でもだからこそ、そろそろお暇したほうがいいんだろうね。なにせ、きっと私は勉強の邪魔だろう? 長居して済まなかったね」
「えー? 全然そんなことないって~。息抜きは大事だもん。もっとあまえちゃんのお話聞きたいよー」
普段からお姉ちゃんとのイメージプレイや女の子への擬態、さらにはVtuber活動などに明け暮れて虚構の世界に慣れ親しんでいるボクの口からは平然と嘘八百が漏れ出ずる。
気分は浪人生。本気で勉強していた当時を思い出す。
懐かしいなあ。一年ともたなかったけど……。
「しかし……」
ボクの迫真の演技に騙されて真剣に考え込むあまえちゃん。
ふふふ、ボクってば、役者過ぎ?
調子に乗ってしまいそう。
でも、浪人生ぶっているのは歴とした嘘だけど、あまえちゃんともっとお話したいっていうのはあながち嘘じゃなかったりして。
「いいっていいってー。久しぶりに会えたんだから今日くらい問題ないよ~」
「そうかい? じゃあお言葉に甘えさせてもらうおうかな」
真実の混じった嘘というのはバレにくい。
彼女はボクの軽い言葉を聞くと、クールな顔で嬉しそうに笑った。
「じゃあ、今度こそお暇させてもらおうかな」
数時間後、あまえちゃんが席を立つ。
なんだかんだ言ってボクたちは幼稚園からの仲である二人なわけで、話は尽きなかった。
とはいえ、そうやって旧友同士話をするとなると、俄然話題は昔の話が多くなるわけで。
ボクは自分がかつてはこの男らしくない容姿が大嫌いだったということを思い出していた。そしてそんな青いコンプレックスに囚われていたダメダメ愚弟を常識という枠組みから解放してくれたのがお姉ちゃんであるということも。
そんな経緯で、他にも色々な理由があったけれど、ボクはお姉ちゃんの奴隷としての生を受け入れるのと同時に女の子らしい自分も受け入れて、男としての自分を捨てたのだった。つまり、女々しい男からかわいい男の娘へと進化したのだ。
ボクはそんなふうにして、変わった。まさしく、変態したんだ。
でも。
だったら、あまえちゃんは――。
あまえちゃんはどうしてこんなにもかっこよく、変わってしまったんだろう。
どうやら実はシロタチムサシ制服以外のお召し物も持参していたらしき彼女(帰り際になって急に、あまえちゃんは制服とは別のスタイリッシュなお洋服に着替えた。だったらなんでボクがお洋服を貸すと申し出た時にそれを持ってきていると言ってくれなかったのって感じだけど……)を眺めながら、そんな詮無きことを考える。
人の細胞というのは、毎日死んで新しいものへと生まれ変わっていく。だから、必然、人というのはどうしても変化する生き物だ。というか、生き物っていうのはみんなそうなるように出来ている。どうしても時と共に変わっていく。加齢みたいなわかりやすいもの以外でも、色々。
例えば、心とか。
昨日には好きだったものが明日には嫌いになってたりする。
よくあること。そういうのは、ありふれた、よくあることだ。
だけど、人格だとか口調みたいなパーソナリティに深く関わる部分ってのは、そうそう変わったりしない。
それこそ、ボクが一人称を「俺」から今の「ボク」に変えたのだって、そうそうたる決心あってのことだ。明確な原因、理由、ひいては信念がなければそんな変化は生じえない。言いかえれば、それは昔のそれらが自分の中で死滅して、新たな生き方が内的に誕生したということだ。それだけのことが起きるに必要なだけの衝撃が、精神へと去来したということだ。
だから、もっと自然体に能天気な声で「うち」という一人称を口にしていたはずの天羽あまえというボクが大好きだった女の子はきっと、その愛らしい自我を殺さなければいけないほどの何かを経験したのだろう。
今ボクの前にいるこのかっこいい長身の女性は、ボクの知るあまえちゃんではない。
ボクの好きだったあまえちゃんを殺したのは誰だ。彼女をこうも男性的に変えたのは何だ。
さっきからずっと、そんなことを考えている。
だけど、中々それを彼女に尋ねられないのは、ボク自身、薄々感付いているからだ。
それはきっと、一つの可能性。取るに足らない男性特有の自己中心的思考だと一笑に付すには、あまりにも論理が成り立ってしまう、最悪の可能性。
ボクはそれを断ち切りたかった。
「ねえ、あまえちゃんさー、さっきもいったけど、」
玄関でブーツを履く彼女の後ろ姿に声をかける。
「なんだい?」
「やっぱりさ、かっこよくなったよね? 顔付きも喋り方も、性格も……」
だけど――
「ああ、一応最後まで恍けてみるつもりだったのだけど、さすがにバレてしまったか」
かけられた声に振り返った彼女はボクの知らない精悍な表情で苦笑して、
「これはね、来夢、全部君のためなんだよ?」
ボクの一番恐れていた答えを――そうとはまるで気づかずに――告げた。
ただ、うっとりと。
「君は昔、確かこういう女性のことを好きだと言っていたよね?」
彼女は雑誌のモデルみたいにポージングをしながら、いつかの日に想いを馳せる。
そんなこと言ったけ? ボクにとってはその程度の些細な一コマに。
「「女の子なのに男の俺よりかっこよくて羨ましい。こんな人が理想だ」って。……君は私達が手渡したファッション誌に映るモデルの評価を求められると、いつだって流行の格好をしていた昔の私のようなガーリーな女の子ではなくて、少数派のマニッシュな女性を決まって褒めていた」
おそらくそれは、当時かわいい系だったあまえちゃんと似ているタイプの女子のことを彼女の前で好きだとか可愛いだとか言うのが照れくさかったからそう言っただけの方便だったんじゃないか――詳しいことは覚えていないけれど、そんな気がしてならない。
でも、そんな誰を傷つけるためでもなくついた何気ない嘘が、こうして。
彼女の今をつくるきっかけになってしまったことは明白で。
遥か昔に目の前の女の子と真剣に向き合うことから逃げたツケは、今のボクを苦しめる。巡り巡って。
逃げる奴がいるなら、追いかける奴がいてもおかしくはない。ただ、だけどボクはそんな人いるわけないと思ってた。
なのに。
そうしてすっかり別人となったあまえちゃんは、かつて異性としてなんてこれっぽちも認識していなかったはずのこのボクに、色恋の香りを……。
「だから私は、普通の女の子をやめて、来夢の理想、理想の女性になった。そう、なった……つもりだ。どう、かな? 私は、君の思い描く理想のヒトになれている、かな?」
言葉の途中で、出会ってからほぼ終始自信に満ち溢れていた凛々しき瞳が、一瞬だけ揺れた。心配、不安、憂慮、期待、高揚。
それは、紛う事のない、恋する乙女の表情。
だから、ああ。
ボクは確信してしまう。
あまえちゃんを、壊したのは、やっぱり。
――ボクだったのか。
否が応にも、それを理解させられてしまう。
かつてボクのことを恋バナでからかっていた、無垢過ぎる彼女はもうどこにもいなくて。したがってさっきまでのボクに向けられていた好意的発言や態度というのはどう考えても冗談でもからかいでもなく本気のそれで。
真剣な彼女の目は、心からの愛をボクに告げていたんだ。
けれど。
ボクはやっぱり、逃げることしかできなくて。
「うー? よくわかんないけど、かっこいいと思うよ?」
曖昧な返答ではぐらかす。
それはボクの理想の女性像ではないとも、君と付き合うことは出来ないとも、お姉ちゃん以外の女性に自分がなびくことはないとも、言わない。
断言、明言。それから逃げる。
断定的、明確化。苦手な言葉。
しかしそんな救いようのない敗北者のボクに、彼女は幽玄に笑う。
「ふふっ、まさか君からそんな言葉をもらえる日が来るなんてね。嬉しいよ」
そして。
「じゃあ、またくるよ。マイラブリーフィアンセ」
そう言って我が家の玄関をくぐり抜け、去っていった。
「……ば、ばいばーい」
ボクはドキリとしながら、その優美な後ろ姿を見送る。
ピンと伸びた背筋に長い手足、揺れる金髪。背面から見てもその存在感のある胸部をはじめとしたスタイルのよさ。ピタッとしたパンツのせいでヒップは妙に艶かしい。
いつから彼女はこんなにも少女ではなく、女に……。
「ぅぅ……」
思わずパッと目を逸らし、急いで家の中に戻る。
「はあ、はあ……」
ボクはすっかりいつのまにか収まりのつかなくなっていた下半身を持て余しながら、自分の部屋へと駆け込んだ。
この家で暮らすとなったとき、実家からはほとんど持ってこなかった荷物。でもその中に、確かただ一つだけ、彼女の昔の姿を映し出しているものがあったはず。
部屋を荒らし回る。もどかしい。どこに置いたんだボクは。
と――。
「あった」
もう越して以来一度も開いていなかったその冊子を、ボクは手にとってしまう。開いてしまう。
手が震えた。
高校の卒業アルバム。そこにはもちろん、ボクの知る、記憶通りのかわいらしい天羽あまえの姿があって。
「ぐっ……!」
それをみたと同時に、ボクの視界は歪んだ。目頭が熱い。
ぽたぽたと、旧友たちの記録画像に雫が垂れる。
「あまえ……」
こちらにむけて満面の笑みを浮かべる彼女は、どこまでも少女だった。
けれどその可憐さに、さっきまでボクが見ていたイマのあまえちゃんの姿が覆いかぶさる。
大人びた男性的微笑みが、金に染まった髪が、さらに大きくなった胸やお尻が、凄まじく伸びた身長が。
彼女のイノセンスを汚していく。
ダブルイメージに支配された網膜は、いつまでも潤い続けた。
そして――その相反す二つの視覚情報が、ボクのある器官へ延々と訴えかけてくる。ボクは自分という対自存在が真にはただそのためだけにあるかのように錯覚した。己の全意識が目の前の少女と女性だけに集中し、他の全てを置き去りにする。自己否定でショートした自我は獣化。先程から久しくその狂乱を表明していた外在器官へと逆らい難いある観念に突き動かされ手を伸ばす。不意に為された懐剣を研磨するかのような使役、体内を暴れまわる餓鬼の如き堕天使。悦楽。それは恍惚と己が右手首へ摩擦の続行を促した。永劫に続くかと思われた忘我による要求。しかし。やがて突き抜ける感覚がボクを襲う。ああ、終わるのだな――麻痺する脳の片隅に、そんな悟りが生まれ、刹那。ボクは分離散逸して絶望へと飛び立った……。
目の前には、真っ白になったあまえちゃんの顔があった。
ボクは止まらない涙を抑えることもせずに、嗚咽することしか出来ない。
だけど、ぶり返した往年の想いは一回なんかじゃ収まらなかった。
暴れまわる自分をなだめて、殺して。縛り上げて、逝かせて。
彼女の映り込む全てのページが、一ページ、また一ページと、おぞましくボクに染まっていく。
「そうだよ。ボクが、ボクが汚したんだ……」
自分でもよくわからないままに、ひたすら想いを吐き出し続ける。
部屋にはひどい匂いが立ち込めていた。
そんな獣の檻の中で、かつての少女は見るも無残に純白へと抱擁されていく。
「白がこんなに汚い色だったなんて、しらなかった」
ボクはそうしてぐちゃぐちゃになったかつての記憶を、ゴミ箱にそのまま叩きつけた。
ゴトン――。
収まりきらない醜さが底へと入りきらずに枠を揺らし、入れ物を倒壊させる。
横になったクズカゴから、どろりとした液体が漏れて床を濡らした。
この汚泥は、ゴミですら、クズですらないのか。
廃棄物未満の存在。埋め立て場にすら収まれないボクは、一体何者だ?
精神を侵す漆黒。
ボクはまたいつものように布団にくるまって。ただひたすらに何も考えないよう努力することしかできない。
嫌なことから逃げて、辛いことから逃げて、ここまできた。
だからボクは今日も、心地の良い布団の中に逃げ込んで立て篭る。
真っ暗なぬくもりの中で、手にしたスマートフォンだけが輝く。
お姉ちゃんが帰ってくるまでの短い時間、このあたたかい場所からでも繋がれる電子の海の善人だけが、今のボクを支えてくれる。
「ただいま~」
「おかえりなさい、お姉ちゃん」
ボクはその日の夜、いたってなにもなかったかのようにお姉ちゃんを出迎えた。
けれど、彼女はボクの顔を見るなり持っていたキャリーバッグをバタンと放り捨てて。
「なにがあったの? デリでも呼んだわけじゃあないでしょうね?」
「なんでもないよ」
「へえ、お姉ちゃんに嘘つくんだ」
「嘘じゃないもん」
「そう? でもあんたの目は腫れてるし、家からは精液と女の匂いがする。私以外の女としたってことじゃないの? 違う?」
お姉ちゃんに隠し事は不可能、そんなことはわかっている。でも、嘘はついてない。
だって。
「あまえちゃんが来たんだ」
ただ昔の友達が訪ねてきただけのこと、ただそれだけなんだから。
「誰?」
たぶん何度かあったことはあると思うんだけど、お姉ちゃんはあまえちゃんのことを覚えていないらしい。
「幼馴染の、天羽あまえちゃん」
「ふーん。気持ちよかった?」
「最悪だったよ」
「どうして?」
「ボクがクズだったから」
「そっか」
お姉ちゃんは肯定も否定もしなかった。でも、無視をしているといわけでもなくて。その視線は、いつになくあたたかい。
「怒らないの?」
「怒られたいの? 来夢は」
「たぶん」
きっとボクは、こんなにも最低な自分を罵って欲しかったんだ。いつものように。
だけど。
お姉ちゃんはもう一つの方の顔でボクを見つめ、抱きしめた。
「あたしはさ、来夢。あなたを愛してるよ。大好きだよ。他のどこの誰がなんて言おうと、他の女がどうだろうと、あたしはあなたを愛してるんだよ」
「うん」
「だから――ねえ、それだけじゃ、ダメなのかしら? それだけじゃ、あなたの心は癒されないのかしら?」
耳を満たす甘い声。身体を包み込む小さな体温。
満たされるものはある。
けれど、いまのボクには。
「ちがうんだよ、お姉ちゃん。そういうことじゃない。そういうんじゃなくて。ボクはどうしようもない社会不適合者の弱虫で、生きる価値のないド変態なんだ。だから、お姉ちゃん……」
「わかってる。あなたみたいなクズ、面倒見てあげられるのはあたしくらいなものだって」
ボクの考えていること、欲しいもの、お姉ちゃんはいつもわかってくれる。
けれど。
「……でも、あなたがどれだけ救えなくて無価値で生きる意味のない人間でも、あたしにとっては大切な家族なの。あなたがあなたであるだけで、あたしにとっては全てなの。それだけは、覚えていてね?」
「うん。ありがとう」
お姉ちゃんはやっぱり優しくて、ボクは本当に彼女なしでは生きられない。心の底からそう思った。
そして、だからこそ、お姉ちゃんは。
ボクを、いたぶってくれる。
「――じゃあ、こっからは容赦しないから。本気であなたを追い詰めるわよ?」
ゾクリ。腐りかけていたボクの心へ、ナイフで抉り込んでくるかのような冷たい声。
「だってそうよね、あなたはあたしに許可なく昔の女と会って、さらにあろうことかその女で抜いたんでしょう? ねえ、どういうつもりなのかしら? それって、御主人様を舐めているとしか思えないわよね?」
さっきまでの柔和な表情を鋭利なものに急変させたお姉様は、ボクの耳元に唇を当てながらその首筋を二本の指で圧迫する。
「は、はい。ごえんな、ざい」
苦しい。圧迫された頚動脈が痛みをボクに陳情する。苦しい。
けれどボクは、その痛み苦しみにこそ安静を感じていた。
お姉様はそんなボクを見下す。いや、正しくは身長差的に見上げているのだが、それでも。彼女は確実にボクを見下していた。
「ごめんなさい……ねえ? ごめんなさいって謝れば、来夢ちゃんはお姉ちゃん以外の女でシコシコ射精しても許してもらえる、なーんて思っているワケ?」
もう出ないくらいにしたはずなのに早々甘勃ちを始めた恥知らずなボクの恥部をデコピンみたいにして弄びながら、お姉様はそう問いかける。
「そんなっ、滅相もないです」
「だったら、なんでオナってんのよこのシコザル!」
お姉様は荒々しく吐き捨てると、ものすごい目でボクを睨みつけながら金的をした。
「んっ! うぐぐぐっ……!」
今日の全てを塗り替えるような激痛が患部を襲い、果てしない鈍痛が後を追う。
けれど、あまりの痛みに悶絶して思わずその場に座り込んだボクの股間をお姉様はさらに足蹴にした。しかも、彼女はそのままボクの顔面の方へとかがみこんで、ゴミを見るような目を突き付けさえする。
「あなたがあたし以外の女に手を出す勇気なんてない臆病者だというのはわかってるわよ? でもねえ、来夢ちゃん。あなたはあたしのモノなのよ? だったらその腰についてるきったない棒もぉ、あたしのものなの。これ、前にも言ったわよね、あたし? だから許可ない射精は許さないって。なのに来夢ちゃんときたら、あたしに隠れて許可なしで他の女のこと考えて射精しちゃった。そういうことなんでしょう? ねえ、今日どんな女の子がきたのか知らないけれど、そんなにエッチな格好でもしてたわけ? その子が帰ったら、その子のこと考えてこそこそ抜いちゃうくらい」
「う、ううっ……」
「いつまで悶えているつもりよ、駄犬が! 返事!」
命令と共に腹を足先でつつかれたボクは痛みの残る身体に鞭打って、なんとか声を捻り出す。
「ひゃ、ひゃい!」
しかし必死の返事に帰ってくるのは、底冷えした視線と罵倒。
「そもそもさあ、来夢ちゃん。ぴゅっぴゅしたってことはさあ、あたし以外のメスで興奮したってことになるわよねぇ? あのさあ、なんなのあなた? ふざけてるの? あたしの奴隷としての自覚、ある? なにクソ性奴隷風情があたし以外のもんにチンコおったててんだよ! もしかして来夢ちゃん、いっぱしに人間にでもなったつもり? 違うよねえ、おかしいよねえ? あなたいつも言ってるもの、ボクは最低のマゾ豚ですって」
「ごめんなさい。ごめんなさい、お姉様」
「ごめんなさいごめんなさいって、それしか言えないのかしら? 違うでしょ、来夢ちゃん。ほら、ちゃんと自己紹介して。ただの家畜に過ぎない自分のことを人間だと勘違いしちゃってごめんなさい、でしょ?」
「ボクはあろうことか思い上がって自分のことを人間だなどと勘違いするという奢った思考に至り、お姉様の許可も無く他のメスに反応してしまうどうしようもない性欲猿です。今後二度とこのような間違いを犯さないよう、お姉様に徹底的な教育をしていただけたらと思います。今日は本当にすみませんでした」
「上出来ね。褒めてあげる――――とでも言うと思った?」
パアン!
猛烈なビンタが頬を打った。
「いっ!」
「なにさりげなくおねだりしようとしてるの、来夢ちゃん? 死にたいのかしら? あたしはあなたに謝れって言ったのだけど。おかしいなー。あたし、あなたにそんなことしてもいいよなんて一言も言っていないわよね?」
「ごめんなさい」
「なにそれ? 今日はそれしか言えないの?」
「あ、あうぅ……」
「ふふっ、ごめんなさいを封じられただけで喋らなくなるって、あなた、本当に人間?」
「はい、ボクは人間ではありません。ボクはお姉様の道具です」
「そっかあ、そうだよね。来夢ちゃんはあたしの家畜だから人間じゃないもんね~。人間未満の畜生だもの。でも、偉いわ。ようやくあたしの奴隷としての自覚が芽生えたみたい」
お姉様は大きな目を歪ませながらゆっくりと微笑んだ。
「じゃ、早速あなたの体にあたしの奴隷である新たな烙印を押しちゃいましょう? もちろん、今日しでかした不始末の責任とお仕置きも兼ねて、ね? ほら、とっとと反省室、行くわよ?」
「は、はいっ!」
反省室というのは、たぶん地下室のことだ。お姉様の気分次第でお仕置き部屋とか調教部屋とか監禁室とか、色んな呼ばれ方がされる。
アンダーグラウンド。そこへ向かう階段を下る最中。ボクはようやくこの罪深い身体に鞭が振るわれるのだと、安堵にも似た感慨を覚える。
ゴミクズ未満のボクは、人間として愛されると不安になる。
だから、こうしてお姉様の道具として酷使されるこの時間が、なによりもボクを安心させる。
壊れそうな心を繋いでくれるのは、いつだってお姉様の鎖。
なのに。
「あたしじゃ、こうすることしか出来ない……。これでしか、あなたを満足させられない。ごめんね、来夢……」
夢の中で、愛する人がそんなことだけを言い残していなくなった。
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