第一章 プロフェッショナル ヒモの流儀
あの事件が起こる少し前の都内某所。閑静な住宅街のいたって平凡な一軒家。
この、普通なら女手一つでは買えないであろう一戸建てが、ボクの仕事場だ。
たぶん日本でも屈指の引きこもり。クズニート。姉のヒモ、肉奴隷。
ボクの仕事ぶりは、決して人様に褒められたものではない。
だが、底辺のボクは繰り返しの日々に変化を告げるべく、今日という一日を脳内プロフェッショナルで乗り切ることにした。
「ふわあ……。お姉ちゃん起こさなきゃ……」
時刻は八時三十分。
二人で暮らすには少し大きすぎるニ階建ての一室でボクは目覚めた。
ボクがこの時間に起きるのには理由がある。
もちろん、敬愛すべきお姉ちゃんを優しくお起こしさせていただくためである。
今日は彼女の出勤日なのだ。
だが、ベッドの隣で今も健やかに眠るお姉ちゃんをいきなりは起こしたりしない。
女王様を起こすにはそれなりの準備が必要だからだ。
「いやー、こういう気遣いの有無がデキるヒモとデキないヒモとの差を付けるポイントですかね~」
ボクは空想上のお茶の間と取材班に向けてひとりごちた。
「といっても、これもまたお姉ちゃんの教育の賜物なんですけど(笑)」
そう語るボクの声は震えていた。
過去の調教の光景が軽くフラッシュバックしたのだろう……というか、したんだけど。
お姉ちゃんとボクの間にはなにかきっとただならぬものがある。そういうことなのだ。
「まあお互いにとって都合がいいから、こうなったわけなんだけどー」
なんだかんだいって、この生活を謳歌している。
ボクは隣で眠るまるで小学生のように愛らしいお姉ちゃんに愛してるよと囁くと、まだすやすやと寝息を立てる小さな彼女をおいて寝室を後にした。
「とーん(SE)、~ドレッサーの前に座るボク~」
お姉ちゃんのすっぴんでも美しいお顔を朝一から堪能できたことに感謝しながら、ボクは鏡に映る自分の女々しめな顔を見つめていた。
「うーん、やっぱり工事しないとちょいブスかな~」
そう、ボクが毎朝起きて初めにすることは、身だしなみを整えることである。
起きて数分でもう化粧。そんな慌ただしくも思える朝の日課。
だが、愛する姉にかわいい顔を見せたい――その想いが、毎朝ボクを突き動かすのだった。
基本的にただ一人の家族にしか見せないこの顔面。その一日で殆どの時間を誰に見られるでもなく過ごすただ一人の為の仮面を、そのへんを歩いて一日に数十数百の人間に顔を晒している女子達なんかよりもよっぽど丹念に調整する。
この一見無駄にも思える努力が、ボクにとってのお姉ちゃんへの愛情表現なのだ。
とはいっても、ヒゲは剃らない。
なぜなら、既にお姉ちゃんのお金で全身脱毛を終えているからだ。
「あの時は痛かったな~」
お姉ちゃんのくれる痛みは痛くないからいいけど、あれは本当にただ痛いだけだからしんどかった~。なんならお姉ちゃんに全身の毛を定期的に抜いてもらう方がよかったなー。まあそんなことでお姉ちゃんの手を煩わせたらヒモ失格だし、これでよかったんだけど。
ところで。
――ヒモとヒゲ、字面が少し似ている。
「……どうでもいいね、この情報」
つまらないギャグも真面目なナレーション風で読めばシュールギャグっぽくて面白い気がする。
そんなくだらない雑念は、お姉ちゃんと相対する時には不要である。
ボクは頭をさっと切り替えて寝室へと戻った。
「たしか昨日のお姉ちゃんの機嫌はななめだったな……」
そういう日のお姉ちゃんの起こし方は決まっている。
普段の性的なアレは控えなくてはならない。
なぜなら、そういった行為はなんでもない日にやるならお姉ちゃんも喜んでくれるが、こういう日にやると必然的に昨日の仕事であったなにかしらの嫌な出来事を彷彿とさせやすく、彼女を朝から不機嫌にさせてしまう可能性大だからだ。
「つまりー、正解はー」
ボクはベッドに寝転がってお姉ちゃんに腕枕をすると彼女の耳元で優しく囁いた。
「お姉ちゃん、起きて。朝だよ~」
すると、
「あ~……。あたしの世界は夜うぅ……」
きっといつものお姉ちゃんを知っている人からしたら信じられないような情けない声を上げて、お姉ちゃんが寝返りをうった。
そう、彼女は朝に非常に弱い。
これが本当に『プロフェッショナル』だったら、「もう、九時を回っているが……?」という疑問のナレーションが入ることだろう。
でも、これでも頑張っている方らしい。
何を隠そう、ボクと同棲を始める前のお姉ちゃんは正真の夜型人間だったそうだから。ちなみに、だからなのかそのせいでなったのかはわからないが、かつてのお姉ちゃんは仕事を遅番で入れていたと聞く。
なのに、今はボクとの時間を多く取るために朝番でシフトを組んでくれているのだ。
泣ける話だよ……。
ボクはお姉ちゃんにこっそりすきすき光線を飛ばした。
そうこうするうちに、なんとかお姉ちゃんが起きた。
「おはよ~、来夢~」
いつも放っている鋭い眼光はどこへやら、寝起きのお姉ちゃんはその低身長(未だに小学生と間違われることがあるらしい)に見合ったかわいいお目目でボクを見つめた。
「おはよう、お姉ちゃん」
「大好きのちゅーして~」
お姉ちゃんはいきなりそう言うと甘甘な声でボクに擦り寄ってきた。
「はいはい、大好きだよー」
ボクはそう言ってお姉ちゃんの柔らかい唇に接吻をする。
官能の味は勿論、頬をかすめる長い黒髪から濃厚なお姉ちゃんの香りがして、ボクは朝から滾ってしまう。
しかし大満足なボクに反し、お姉ちゃんは貪欲だった。
「なんかかる―い。やり直しぃー」
不服を申し立てる、姉。
むっとむくれるとアラサーなのに本物の小学生みたいに――というか、小学生よりも、かわいい。
こういう時に感じる。ボクはやっぱり、お姉ちゃんの奴隷なのだと。
「もう、お姉ちゃんったら。もういっかいだけだよ?」
「えー、やだやだー、あと百回ほしいー、ほーしーいー!」
わがままを言っているだけなのに、ひたすらにかわいい。
本来ならこねられれば苛立ちを呼ぶだけのはずの、駄々。しかしこの駄々、彼女にあっては人に快楽を与えるという本来とは真逆の性質を帯びたものへと変容する。そしてそうした既成概念を打ち破るという意味合いにおいて、お姉ちゃんはまさしくダダイストなのだ。ドSなとこなんて、破壊を肯定するダダイズムそのものだし(暴論)。
……ん? こんなかわいくて小さな女の子のどこがドSなのか、ですか?
それはすぐわかると思うよ?
「そんなことしてたらお仕事に間に合わないでしょー?」
「いいよーそんなのー。……あたしに待たさせてもらえるんだから豚だって喜ぶでしょ?」
ほら、早速お姉ちゃんの声と顔つきがいつもの張り詰めた女王様のものに豹変した。さっきまでの小動物のような愛玩性はどこへやら、お姉ちゃんはもう本職のサディストの空気を纏い始めている。吊り上がった冷たい切れ長の目が笑顔ながらにボクを威圧していた。
「と、当然そうだよね……」
ボクはその背丈139の女性から放たれているとは思いもよらないプレッシャーに怖気付いてしまう。
しかしそんな怯えというのはドSのお姉ちゃんにとって格好の餌なわけで。
後はなるようにしかならない。
「嗚呼……。なに? 来夢? その表・情♡ もう、そんな最高の困り顔見てたら、お姉ちゃん、スイッチ入ってきちゃうじゃない。……ちょっと首絞めてもいい?」
「は、はい。お姉様」
言われるがまま、ボクは細い首をお姉ちゃんの小さな手に委ねる。
「ああ、たまんない。ほんとあたしと同じ血が流れてるだけあって来夢って本当にかわいいわ。愛しい、愛しい。壊しちゃいたいくらい……」
「ボっ、クもっ……大好きっ、……だよっ……」
人生は全て死ぬまでの気晴らしだという思想があるらしい。
だが、お姉ちゃんはそのくだらない気晴らしからボクを救ってくれている。つまり、こうして常に死なない程度に痛めつけることによって。そうしてボクは死を想う。メメントモリ。お姉ちゃんはその教えを愛情的限界体験を通し身を以てお教えくださっているのだ。ボクはそんなお姉ちゃんが大好きだった。呼吸器を圧迫されて酸素が薄くなった脳内で、妹はお姉ちゃんに愛を謳う。
そしてそんなボクの想いなどお姉ちゃんの千里眼の前では丸裸なのだろう、彼女は忠実な下僕にねぎらいを込めて、倒錯的な笑顔でボクに囁いてくださる。
「よくできましたっ♡ えらいね、来夢。よく頑張ったね」
頭を撫でるという特典までつけて。
だというに、ボクは
「けほっ、けほっ……」
むせてしまった。
であれば、そんなだらしない奴隷の末路など決まっていた。
「ねえ、せっかくあたしがあんたみたいなゴミを褒めてあげてるのに、そんな情けない声出すなんて、どういう了見なの、かし、らっ!」
容赦ないビンタがボクの右頬を襲う。
「っ! ご、ごめんなさいお姉様」
「じゃあ馬になりなさい」
じゃあというのは便利な接続詞だ。女王様が使うそのフレーズは、以下にどんな言葉が続こうと機能する。前後の繋がりは、さしたる問題ではない。それよりも、今問題なのは奴隷が粗相をしたという事実だけだ。
「はい」
ボクはお姉ちゃんに言われるがまま、カーペットの上に四足で立った。
すると、惨めな姿を晒すボクの背中に重みが。
「いいこね~、来夢~。えらいえらい」
同時に頭上から響くご主人様の御声。
お姉様自ら下賎な奴隷の上に跨りさらにはお褒めの言葉までくださった光栄に、自然と口から感謝の思いが溢れ出た。
「ありがとうございます。ボクは朝からお姉様の驢馬になれて嬉しいです」
「うんうん。いいこころがけよ。あたしも姉として鼻が高いもの」
「ボクもお姉様みたいな素晴らしい方がお姉ちゃんで本当に良かったです」
交わされるあたたかい姉妹間の会話。
だが。
「そうね~。でもさァ、来夢ぅ。――どうして馬が人の言葉でしゃべってんの?」
「す、すみませ」
「なあにそれ? こう言わないとわからないのかしら? 人の言葉でしゃべんなよ、家畜」
お姉様の冷淡な命令がボクの言葉、いや、呻きを遮る。
そうだ、今のボクは馬。ならば人様の御言葉を話すことができるはずもない。
「……」
「返事」
しかし沈黙は許されなかった。
ボクはなんとか馬らしい擬音を模索する。
「ひ、ひひーん」
「上手ねえ。やれば出来るじゃない。じゃ、このままリビングまで行きなさい」
「ひん」
言われるがまま、ボクはお姉ちゃんを背に乗せて四足歩行を始める。
けれど、いきなり最初の難関が。
ドアノブである。
手を封じられ、半ば四つん這いのようなって移動している現状では、どうあがこうとドアノブなど捻れない。
ボクはどうしようもなくなって、首を回してお姉ちゃんの方へ向けた。
「何してるのかしら? 早く開けて?」
「で、でも……」
「いつからあなたは人になったの?」
「ひん……」
「お馬さんておバカさんなのね。こんな扉一つ開けられないなんて。ほんとに使えない。どうして生きてるの?」
「ひ、ひん。」
「ひんひんひんひんうるさいわね。それ以外に何か言えないわけ? いつまでも楽してんじゃないわよ。いい加減あたしにもわかることばで喋ったら? この種馬」
理不尽――奴隷如きが女王様にそういった憤りを抱くことはない。
「は、はい。申し訳ございません」
「違うでしょ」
「へ……?」
「生殖器の長さくらいしか能のない種馬のボクなんかにお姉様と同じ高度な言語を口にする許可を与えていただいてありがとうございます、でしょ?」
「は、はいっ。生殖器の長さくらいしか能のない種馬のボクなんかにお姉様と同じ高度な言語を口にする許可を与えていただいてありがとうございます」
「あはっ、肉親にこんなこと言わされるのってどんな気分?」
「幸甚の至りです。お姉様」
「どうして? どうして実のお姉ちゃんにこんな屈辱的なことを言わされて幸せなの? もしかして、変態?」
「はい。ボクがどうしようもない変態マゾ豚だからです」
「ふーん、そうなんだー。でもさあ、それってどういうつもりなのかしら。だってそうでしょう? お姉ちゃんの妹がそんなどうしようもない家畜だったらさあ、お姉ちゃんの立つ瀬がないと思わない? ねえ、どういうつもりなの、変態さん?」
「そ、それは……」
「お姉ちゃんを困らせるような性癖に育っちゃてさあ、来夢はお姉ちゃんに楯突くつもりなのかな~?」
「そ、そんな、め、滅相もありません! ボクはお姉ちゃんが大好きです!」
「そっかー。なら、大好きなお姉ちゃんの言うことだったら、なんでも聞いてくれるわよねえ、妹ちゃん?」
「はい。もちろんです」
「あら、いいお返事♡ ふふ、今日の夜が楽しみね……」
お姉様はそう言うとこれまで以上に嗜虐的な笑みをその美貌に浮かべのだった。
さて、さっきも言ったけどお姉ちゃんは朝が弱い。
だから当然の帰結として、朝ごはんもあまり食べれない。
本来ならボクはお姉ちゃんのため豪勢な食事でも用意すべきなんだろうけれど、そういった理由から泣く泣く朝はサボらせてもらっている。
また、他の日はお弁当を作ったりもしてるんだけど、今日は会食の予定があるとかでその労働も免除された。
というわけで、今日のボクが準備させていただいたのは……。
「来夢~、あーん」
さっきのお馬さんごっこでサド的欲求をある程度発露したらしきお姉ちゃんはまただだ甘な声でボクに甘えていた。
お姉ちゃんの小さなお口がボクの方へとあんぐりと開けられている。
かわいい。
恐れ多くもボクはお姉ちゃんの親鳥にでもなったような気分を味わいながら、彼女の口へと牛乳を多分に含んだシリアルをスプーンで運び込む。
「あむ。もぐもぐ」
それをさっきまでのアレが嘘だったかのように幼女然として大人しく受け入れるアンビバレンツなお姉ちゃん。
かわいい。かわいすぎる。
こうしてボクにだけ見せる柔和な表情は、その小柄で細い体格も相まって本当に子供のよう。それを独占できる幸せ。だってボク以外の全ての人間は、お姉ちゃんの凄惨さと淫靡さしか知らないのだ。
なんて思いながらシリアルを食べさせていると、
「じゅーすぅー、じゅーすちょーだーい?」
もはや幼稚園児みたいな愛らしさでお姉ちゃんが唇を尖らせた。
「はいはい」
そう言ってボクはコップに入れられたミックスジュースを口に含む。
ちなみに、このジュースは仕事柄胃腸に気を遣う必要のあるお姉ちゃんの為に毎朝ボクが調合している特注品で……。
って、え? そんなことよりなんでお前が飲んでいるのかって?
それはすぐにわかるよ?
ほら。
「んむ」
ボクはお姉ちゃんに唇を奪われた。
目の前に迫る最愛の人。蕩けた表情。大きな瞳。長い睫毛。メスの香り。
甘い感触がボクの中に入ってくる。犯されていく。
首に巻き付いた腕の熱さえも気持ちが良い。
舐め回され、吸い尽くされる。この感覚が、これほど気持ちいいということを、世のどれだけの人々が知っているのか。これ以外何もいらないというこの快楽を。
「ちゅっ」
ああ、なのに……もう。終わってしまった。
荒らされたボクの口内からお姉ちゃんの長くて淫らな舌が去っていく。
「おいしかった……♡」
子供の身体に大人の表情を載せるお姉ちゃんは、ひどく艶かしい。
ボクは思わず渇きを満たすかのように、もう一口、ジュースを口に入れた。
「もう、欲しがりね」
お姉ちゃんはそんなボクを流し目で見下して。
けれど、もう一度。
「……いいよ」
奪いに来た。
官能の渦にうもれてゆく。
ボクたちの朝は、得てしてそのようにして過ぎていく。
そんなこんなで、朝食を摂り終えたお姉ちゃん。
その後もボクは彼女の髪を梳かしたりお洋服を着せたりとお世話に奔走する。
しかして、時刻は十一時頃。
彼女の出勤の時がやってきた、
行ってきますのキスをして、彼女は家を出る。
ボクはお姉ちゃんの姿が見えなくなるまで、お見送りをした。
主人が出て行って閑散とした家内に、ボクという従者だけが取り残される。
けれど、ヒモとしての働きはむしろ、ご主人様が去ってからの方が大変だ。
ボクはまず、掃除に取り掛かる。
お姉ちゃんの仕事がある日は、毎日取り組んでいる掃除。
二人の愛の巣を清潔に保つこの作業は、AV女優が定期的に性病検査を受けるのと同じくらい大切なことだ。
フローリング周りを愛撫でもするかのように念入りに吸い尽くすのはもとより、普段は表に見えない裏の裏、奥の奥まで太い掃除機の先端を突っ込んでいく。
ボクのその姿は、さながら熟練のAV男優のようだった。
それもそのはず、ボクはあのお姉ちゃん手ずからの調教もとい指導を受けているのだ。しかもそれを二年間実践し続けている。そこに妥協や甘えは介在しない。そんなボクの仕事ぶりには、いよいよプロとしての風格が滲み始めていた。
「ずっと、さがしていた~♪」
鼻歌を歌いながらの掃除を一時間ほどで終えたら、次はお昼ご飯の準備である。
といっても、お昼はそんなに凝ったものを作ったりはしない。
お姉ちゃんに食べさせる為の夕飯とは違い、お昼は自分一人だけ。
やはりそうなってくると、そこまで立派なものを作ろうという気概はなくなってしまうもの。そんなわけでボクの昼ごはんはいつも質素だ。
けれど今日はプロフェッショナルの取材が入っている(という脳内設定)。
なので、さすがに納豆ご飯とか卵ご飯は控えることにして。
ボクは小さく刻んだ野菜と焼豚を軽くごま油で炒めた中華鍋の中へ、昨日の残りの白米に溶いた卵を混ぜたものを投入。
ぶおんぶおんと鍋を振る。ぱらぱらと宙を舞う具材、米粒。
香ばしい香り。
チャーハンの完成だ。
パシャ。
思ったより見栄えが良かったので、映えるように写真をとってVtuberのツイッターアカウントにアップした。ボクは不定期で料理画像をSNSに「#あらいむごはん」というタグでアップロードしているのだ。こういうことをしているVtuberは珍しいが、だからこそ他と差別化が図れていいはず。料理という特技も活かせる。
趣味にすら、創意工夫。
ヒモであるからこそ、パトロン女性と一緒にいない時間だって有意義に過ごさなければならない。そうして生き生きと日々を楽しむ愛しのヒモの笑顔の為に、パトロン女性は貢いでくれているのだから。
「まあでも、今日のは結構手抜きなんですけどねー」
そう語るボクの瞳は、と言いつつもどこか得意気である。
それは「今時のヒモは料理もできないといけない」そんなボクの矜持を暗に示すかのようだった。
チャーハンを完食したら、優雅に食後の運動タイムだ。
本来は別の用途で使われている防音仕様の地下室にて、カラオケを楽しむ。
歌うのはもちろん、ハードなデスメタル。
本来なら三人分のパート分け(女性、男性、デスボイス)のあるその曲を、ボクは絶え間無いドラムとロックなビートに合わせて歌い分ける。ついでにヘドバンをしたり六弦をいじったりしながら。
気持ちが良い。
もうしゃべる際には使わなくなった男っぽい声も、歌う時だけは使ったりする。
お姉ちゃんに仕込まれてからのボクはよほど特異な歌でない限り、ボーカルの男女問わず歌いこなせるようになった。
こんなところからも、プロヒモとしてのボクの実力を垣間見ることが出来るだろう。
パトロンの好みに合わせて性別すら超越する。昨今のヒモにはそのような特殊能力さえ必要とされうるのだ。
しかし、排水口に吸い込まれる下水のように歪んだ音を響かせるボク。何かに取り憑かれたかの如くそうして咆哮するボクのその姿は、かわいらしい外見の内に潜む何か深いものを我々(架空の視聴者達)に予感させることだろう。
ヒモとて楽な仕事ではない。(空想上の)取材班は、ボクの荒々しい歌声からそんな片鱗を確かに感じ取った。
時刻は午後一時五十分。
リビングの大型テレビにはとあるアニメが映し出されていた。
「……」
スクリーンを眺めるボクの目は真剣だ。
なぜなら、見ているのが今話題の百合アニメだからだ。
だがなぜ、百合に真剣になるのか――?
その答えは、ボクとお姉ちゃんの関係にあった。
「ボクとお姉ちゃんの関係も、ある意味百合だからね」
はっと息を呑むお茶の間を想像して無聊を慰めながら、ひとりごちる。
そう、かつて弟だったボクは、二年前。お姉ちゃんのモノによってメスにされた。妹になったのだ。
したがって、今のボクとお姉ちゃんの関係というのは百合である。広義においては性別の関係なくとにかく関係性を持てば百合なのだから、概念的に同性同士であるボクとお姉ちゃんとの関係などは議論の余地もなく完全に百合なのだ。異論は地雷。
故にボクはお姉ちゃんとの関係を深める為、他の百合を参考にすべく勉強会と称して百合アニメを鑑賞していた。
ドラマ、映画、小説、実用書、漫画、ゲーム、掲示板、風景……百合に貴賎は無い。関係性と感情のあるところ、どんな荒地だろうとオゾンより上だろうと百合は咲く。
この時間は、そうした百合の花を愛でるためにあるのだった。
ボクのお昼時は、こうして消化されていく。
暴力的尊さを浴びて死ぬ程百合を堪能し修羅と化したなら、お昼寝と筋トレがまっている。
「ヒモにとって体は資本ですからね、大事にしなきゃ」
ボクはそう言いながら、三十分の睡眠を終えたばかりの足を動かす。
元々お姉ちゃんのトレーニング用に用意されたランニングマシンを拝借して、お家の中にいながらにして、運動。
お姉ちゃんの弟として現代日本に生まれ、妹となった悦びに歓喜しながら走り続ける。
ただ筋肉を太くするのではなく、女性的な細い身体を維持しつつ鍛えるというのは難しい。だが、その絶妙な鍛錬の塩梅こそボクがプロたる由縁。抜かりはない。
スクワットやベンチプレスも適切な回数を適切な負荷で行う。
太い筋肉ではなく、しなやかな筋肉。それを強くイメージしながら。
短時間にてきぱきと決められたメニューをこなしてゆくボク。
そんなボクの真摯な肉体探求の姿勢。その向上心溢れる佇まいは、一般的にヒモと聞いて思い浮かべられるであろう自堕落な像からかけ離れていた(ナレーション調)。
運動後にシャワーを浴びて身を清めたボクはキッチンにいた。
もちろん、夕飯の支度のためである。
そろそろ仕事を終えたお姉ちゃんが帰ってくる時間だ。
お姉ちゃんは大抵七時頃帰ってくる。それまであと一時間といったところか。
ボクはVのものによるトーク配信を聞きながら、おもむろに米をとぎ始めた。
朝こそシリアルだが、元来お姉ちゃんは米派の人間なのだ。
パトロンの好みを活かした夕飯メニューのチョイスに、プロヒモとしての技が光る。
あとは焼き魚用の干物を解凍して、味噌汁や回鍋肉の具材を切って……。
「ただいまー」
そうこうするうちに、お姉ちゃんが帰ってきた。
ボクは調理の手を止めると、玄関へと走る。
「おかえりなさい」
少しだけ疲れた顔つきをしているお姉ちゃんに安らぎを与えるべく声をかけた。
「うにゃあー……。来夢ぅー、だっこー」
今日も立派に女王様としての勤めを果たしてきたらしいお姉ちゃんは、家に着くなりこの有様。
ボクはぐっでりしたお姉ちゃんをだっこして二階まで運ぶ。こういう時ばかりはお姉ちゃんが小柄で良かったなと切に思う。
しかし仮にお姉ちゃんの身長が139ではなく170だったとしても、ボクは喜んで彼女を抱きかかえたことだろう。なにせ、世界中のドM達を一瞬にして自身の虜にしてしまう稀代の女王様たるお姉ちゃんも、ボクの前でだけはお姫様になるのだ。この愉悦の前には、全ての事象が無力である(ボク以外に女王様をお姫抱っこ出来るマゾ犬、おりゅ?)
「来夢―、きょうのごはんなにー?」
「お姉ちゃんの好きな回鍋肉と、焼き魚、味噌汁、居酒屋風のサラダとご飯だよ」
「あーそれサイコー。お姉ちゃん来夢大好き」
「ボクもだよ」
「知ってる」
自分の腕の中から伝ったそのたった一言に、ボクはキュンキュンしてしまう。
「そういえば、ただいまのキスしてなかった」
恍惚とするボクに、さらにお姉ちゃんの綺麗な顔が近付いてくる。
さっきまでの甘えん坊ぶりが嘘のように妖艶な瞳。
であればその口先がどうなっているのかなんて、言うまでもないことだろう。
「ちゅ。んむ、じゅ。じゅるるるる」
ただいまのキスというには激し過ぎる愛が交錯する。
甘美な感覚に脳が麻痺してしまう。
この器官が食事や呼吸といった生命維持の為でなく、性的情感の為だけにあったんじゃないかと錯覚するくらいに、ボクの中でなにかが高まっていく。
「ちゅぱっ」
けれどお姉ちゃんはあっさりとボクの口内からいなくなった。
仕方なく、自分の名残惜しさが結晶化したかのような唾液のアーチを見つめるボク。
「そんなにもの欲しそうな顔しないで? お楽しみはご飯の後で。ね?」
「うん……」
「おあずけもできない馬鹿犬に躾けた覚えはないわよ?」
「ごめんなさい。お姉ちゃんがえっちすぎて」
「正直なのはいいことね。まあでも、あたしの許可なく発情したってことでお仕置き確定だけれど」
今日は何をされてしまうのだろう。
完全にお姉様のモノとしての教育を施されたボクは、この後に迫る矯正への期待に胸をを膨らませることしかできない。なんと浅ましい家畜だろうか。
救いようのないボクに、お姉ちゃんはは優しく笑いかけた。
「まったく、お仕置きと聞いて喜ぶなんて終わってるわね。あなたみたいな人間未満のマゾ豚の面倒をみてやれるのなんて、あたしくらいなものよ?」
「はい、お姉様以外の誰かなんて考えられません」
お姉様との専属契約を結ばせていただけている光栄に打ち震えるボク。
けれどそんな模範的奴隷のボクへ、お姉ちゃんは先程までの吊り上がった女帝のような目付きではなく、保母さんの如きバブみすら感じさせる視線を向けた。
「うんうん。いい子いい子。でもちょっと今は仕事終わったばっかだから休憩ね。先にご飯にしよ、来夢?」
「はひいぃぃィィン!」
いわゆるギャップ萌えという奴にやられたボクは、吠えた。
「なにそれ? 来夢ったらほんとかわいいんだから。お姉ちゃんのことそんなに好きぃ?」
「だいすきー」
「もおー、お姉ちゃんも! ぎゅーっ」
お姉ちゃんはそう言うと、ボクに抱っこされた状態から更にコアラみたいに抱きついてきた。
はあ、はあ……。
か、かわいい。
頭の中がお姉ちゃんだけでいっぱいになってしまう。
元々小さいのにドSという時点でその倒錯的在り方にギンギンなのに、時折見せるこうした姉みというか包容力でもうドピュドピュだ。
そしてしかも今度はそうやってボクを甘やかした声でボクを罵倒する。ボクより遥かに小さな矮躯で。
嗚呼、なんたるアンビバレンツ、背反、多面性。そこにはボクにだけ見せる表情という秘密の共有や、本当は姉妹なのにという背徳、斯様な蜜まで付随する。
そうなのだ。攻撃的な面と包容力と圧倒的ロリさ、これらのギャップが無限に円環し続け、お姉ちゃんという女性の魅力は毎秒30万kmで更新され続けていく。
お姉ちゃんへの愛は、終わりがない。無限。永遠回帰。
これはいわばお姉ちゃん沼だ。ボクはお姉ちゃん沼にはまってしまった。
けれど、臆することなかれ。
この沼には、金銀財宝が山程眠っている。
なぜならお姉ちゃんは高給取りでボクはその扶養家族という名のヒモ。
だからボクは安心して沼の中で暮らすことができる。
世間にごまんといるオタク達のように、金のかかる沼にハマるなんてのは馬鹿だ。ボクに言わせれば、こういうお姉ちゃんのような魅力的女性の沼にハマるのこそ至高の生き方である。無限に愛することができるし、沼に落ちれば落ちるほどお金が貰える……。
最高かよ!
最高だよ!!!
だからみんなもアイドル沼やパチンコ沼、某ソシャゲ沼とか2・5次元沼、その他色々な沼から抜け出して、今すぐヒモ沼に浸かろうね!
まあ、女体化する覚悟程度の思い切りは必要かもだけど!
ボクがそんなことを考えながらお姉ちゃんを抱きかかえてリビングまで運んでいると、満面の笑顔で局部――即ち玉を鷲掴みにされた。
「っ!」
心臓を握られたも同然の行為に、一瞬で心が凍てつく。
女体化といっても性転換やホルモン注射まで施したわけではないボクは、メス堕ちした今も、未だに股間は弱点なのだ。
「来夢ぅ~? いま、お姉ちゃんに対してなにか失礼なこと考えてたでしょ~? やめてねー。いまお姉ちゃん、あんまりそういう気分じゃないから、やらなきゃいけなくなったら、手心加えらんないよ~? 本気のおこ、刻み込んじゃいますよ~?」
「ご、ごめんお姉ちゃん」
確かに御主人様のことを沼と表現するのは失礼だったかもしれない。本当にお姉ちゃんのことを崇拝していたなら、そうした不適切と思われても仕方のない表現は、脳内に浮かばないはずだ。つまり、ボクにはまだお姉様への隷属願望が足りていないということだろう。だからあんな形容をしてしまった。
そして、そうしたボクの深層心理における不敬な態度でさえお姉ちゃんは敏感に感じ取ってボクを裁くのだ。
「いいよ。お姉ちゃんは来夢の聖母だからね」
だが、今のお姉ちゃんは残念ながら女王様モードではないらしい。
その慧眼こそ健在だが、残虐性はなりを潜めている。
今のお姉ちゃんは正しく一般的な優しいお姉ちゃんといった感じだ。
ただ、身長の低さだけは異常だが。
まあ、それがまたかわいいし夜なんか年下のJSあたりにぶち犯されてるみたいではちゃめちゃにそそr……
「あれ~、おかしいな~? もしかして来夢ぅ、今日は潰されたい気分?」
柔和な笑顔こそ崩していなかったけど、ボクの玉が崩れそうだった。
お姉ちゃんの洞察力は、本当にすごい。
時刻は七時半。
性器損傷プレイをなんとか回避したボクは、お姉ちゃんと共に食卓についていた。
ボクはお姉ちゃんの真横に座り、ひたすらお姉ちゃんの焼き魚の骨をほぐす。
「あーん」
そしてある程度小骨がとれて食べれる部位が増えてきたら、その都度口を開けて待つお姉ちゃんの口の中へとホクホクの白身を送り込む。
「はむっ。んー、おいしー」
地味な作業ではあるが、幸せそうなお姉ちゃんのゆるみ顔を拝めるのだから、何も不満はない。むしろ満足しかなかった。
お姉ちゃんは根がドSなだけあって、こういった食べるのに一工程挟まないといけない食物を忌み嫌っている。面倒なことは嫌いなのだ。
だが、単純に味だけに関して言えばこの手のものは好物らしい。
例えば魚以外でも手羽先とか蟹とか枝豆とか、色々。
というわけで、なんの労も費やすことなくそれらを食べれる状態にするというのがボクの使命だった。
手羽先をお姉ちゃんの手が汚れないように食べさせてあげるのも、蟹の身を殻から剥くのも、鞘から枝豆を取り出すのも、全て奴隷として当然の務めである。
だから、これは決してまだ手つきの覚束無い幼児に代わって母親がその手の面倒事を引き受けている、といった類のお世話ではないのだ。
お姉ちゃんの身長的に時々そんな気分になりかけるが、断じて違う。
「来夢ぅ~?」
ほら、またこんなことを考えてしまったせいでそれに感づいたらしきお姉ちゃんがボクに疑惑の目を向けている。
しかも目尻こそ優しいもののその手に持ったスピリタス(度数96のお酒)の瓶を意味ありげにこちらへと掲げ始めちゃいましたよ?
まあ酒に異様な強さを見せるお姉ちゃんがスピリタスとかいう人外御用達の珍味を嗜むこと自体はとりたてて慌てるべきことでもなく平常運転のことなのだが、どことなく漂う不穏な気配。
嫌な予感……。
すると、お姉ちゃんは唐突にスピリタスをラッパ飲みとかいうそれだけで一発芸モノの奇行を開始した。
けれど、なぜかお姉ちゃんはいつものように一気飲みはせず、そのすべすべの頬をリスのように膨らませる。
そして――
にっこりと微笑んだお姉ちゃんは、そのままボクへと顔を近付け、
「くちゅ」
キスをした。
しかし、スピリタスなんて劇物を口に含んだ状態でドッキングなんかしたら……。
「うぐっ……」
焼けるような感覚がボクの口内を駆け巡る。
今すぐに吐き出したい。
だが。
「(だーめ♡)」
お姉ちゃんは目でそう語ると、ボクの鼻をつまんだ。
い、息が出来無い……。
つまりこれは、全て飲み込めということだろう。
なんて酷な……。
今は女王様モードじゃないのに、この仕打ち。
やはりお姉ちゃんは根がSなのだ。酒豪的な意味でもSだし。
まあ別にボクだって同じ血を引いてるわけだしお酒が弱いわけではないが、これはそういうレベルのアルコールじゃない。70回も蒸留されたこのポーランド生まれの劇薬は、もはやお酒じゃなくて消毒液か何かに違いないし、消防法では歴とした危険物扱いだ。なぜって、単純に燃えるから。タバコなんか吸ったら一瞬でアウトだ。
手に塗った場合はアルコール消毒みたいにあっさり気化することからも察して欲しい。
そんなものを口移しで飲まされるボクって一体……?
というかなんでお姉ちゃんはこんな焼けるようなもの口に含んでるのに笑顔なんだろう。
今も余裕綽々でボクの口内を舌で蹂躙してるみたいだけど、ボクはいつものように感じることが出来無いというのに。スピリタスが痛すぎて。
……段々意識が遠くなってきた。酸素が薄い。でもこの感覚の方がスピリタスの刺激よりも苦じゃない辺りに、ボクの奴隷としての経歴が表れている気がする。
そんなギリギリの刹那で、進退窮まったボクはいよいよ口の中のものを飲み干した。
「ぷはっ」
お姉ちゃんもそれを感じ取ったのかボクの頭を撫でると、唇を解放。
いつもならその寂寥に身を焦がすのだが、今のボクはアルコールで焼け爛れていた。
「ああああああああああああああああ!!!」
「あははっ、来夢ちゃんったら大げさなんだからー」
そんなことはない。
馬鹿がノリで作ったとしか思えないこのほぼ純粋なアルコールと遜色ないナニカを常人が飲んだ場合、喉と胃に炎を入れられたかのようにでも錯覚することだろう。
それほどまでに熱い。
このお酒の常軌を逸している度合いはそれだけのものなのだ。
けれど。
「ごくごくごく……。ぷはあ~」
お姉ちゃんはボクが一口で悶えていている間に、スピリタスの酒瓶を平然と一人で飲み干していた。なのにそのほっぺたはまるで赤くない。
というかスピリタスに対してごくごくという擬音はどう考えてもおかしいよ。普通ちびちびでしょ……。
「……。」
常軌を逸しているのはスピリタスだけではなかった。お姉ちゃんもまた、然り。
「ねえねえ、お姉ちゃんのお酒、美味しかった?」
「……お、おいしかったよ」
「よかったー。じゃあ、もう一口、あげるね?」
そう言うとお姉ちゃんはいそいそと新しいスピリタスを台所からとってきた。
そもそもこんなものが数十本単位でストックされている我が家のアルコール事情はどうなってるんだろ……。
「い、いや、もうボクは……」
「お姉ちゃんのお酒が飲めないの?」
「……」
この時、ボクの脳裏に大層恐れ知らずな愚考が浮かんだ。
即ち、お姉ちゃんのこの幼児体型はお酒を自分で買えないようにするための神様から贈り物なのではないか――と。
だって仮にお姉ちゃんの容姿が年相応のそれになって自分で意のままにお店でお酒なんか買えちゃったらもう人間酢酸製造機と化しちゃうだろうし。そうなるよりは初見で小学生と勘違いされて販売をお断りされる今の方が健全な気がしてきた。
――瞬間、さっと部屋の温度が下がった。
真偽は定かでないが、少なくともボクはそう感じた。
ふと気付くと、お姉ちゃんの目から光が消えていた。口元は相変わらずうっとりするような微笑みをたたえているのだけれど、瞳だけが、笑っていない。
「ふふっ、来夢ちゃんはさ~、お姉ちゃんが大人だってことー、わかってないみたいだからあ、大人の飲み方っていうのをー、みーっちり教えてあげるね?」
「お、お姉ちゃん、誤解してるのかもしれないけど、ボクはお姉ちゃんのその小学生みたいな見た目が大好」
「ええ? なんの話かな? お姉ちゃんはただ、来夢に飲み方を教えたいだけだよ~?」
「は、はい……」
ボクはお姉ちゃんの奴隷であり、従ってお姉ちゃんのモノである。
その肉体にも精神にも自由は許されていない。
だから、生意気にもさっきのようなお姉ちゃんを侮辱していると捉えられかねない思考をした場合……何が起こるかはお姉ちゃんのみぞ知る。
と、とりあえず今回は再びスピリタスを口移しで飲まされることになりそうだ……。
「ちゅっ」
通常であれば至福の柔らかさに肉の悦びを覚えるはずの唇が、ヒリヒリと痛い。
ボクはお姉ちゃんの有無を言わさぬ笑顔を肴に、96度のアルコールを一滴残らずごっくんした。
ぐらつきだした頭の中で、お姉ちゃんの瞳がゆらゆら揺れる。
さすがのお姉ちゃんもボクを急性アルコール中毒責め(そんなプレイは存在しません)にはしないと思うけど、その一歩手前までは追い込まれそうな気運がある。なにせお姉ちゃんは生物をギリギリまで追い込むのがこの世の誰よりも上手いのだし。死ぬか死なないかの瀬戸際の絶妙な塩梅を熟知しているんだもの。もはやそれは冥土の神といっても過言ではない気がする(イザナ魅鴉)。だってお姉ちゃんは人の生き死にさえコントロールできるわけだからね。例えばあと何発鞭を打ち込んでも良いだろうかとか、あとどれくらいの強さで縛っても大丈夫だろうかとかそういう。これを素人さんがやったらワン相方殺害とか普通にあるからね。……阿部定かな?
……脱線したね。
とにかくここでボクが言いたいのは、お姉ちゃんとの夕食は命懸けってこと。
気付くと、ボクは拘束されていた。
身動きはとれないし手首とかに圧迫感はあるしで確実にそうだ。あ、でも、腰だけはある程度自由だから、ギロチン状の台に拘束されてるっぽい。何回もやられた経験があるので間違いないはず。あと、たぶんボクいま全裸。
しかし記憶が飛んでいる。
どうやらあの後ボクは気を失うまで飲んだらしい。
頭がガンガンするのがその証拠だろう。
てか、目の前が真っ暗だ(今更)。
目隠しまでされているのかな。
「んん」
声も思うように出せない。ポールギャグでも咥えさせられているのだろう。
ただ、地面に足が触れているのと、頭の痛みは鬱血によるものではなさそうなことから吊るされているわけではなく、磔か何かにされていると推測できる。
常人であれば適応できないであろう異常事態への瞬時の対応。
ヒモ生活の中で培ってきた性奴隷としてのポテンシャルが、活きた――(プロフェッショナル風)。
「んー! んんー!」
とりあえずボクは周囲にいると思われるお姉ちゃんに目が覚めたことを知らせるべく声を上げる。
顔が不快に湿っていないことから、冷水をかけられて強制的に起こされるなどのご褒美はもらえなかったようだ――なんて分析は続けつつ。
「あら、やっと起きたの?」
「んー!」
ベチン!
わざわざ酔いつぶれたボクを地下室(調教が行われるのは決まってここなのでたぶんそう)まで連れてきていただいただけでなく、拘束まで施してくださり、挙句ボクが起きるまで近くでお待ちになってくださったお姉様の偉大な慈愛に血流を加速させながら肯定の声を漏らすと、後背部に広がりのある衝撃。
派手な音の割にあまり痛くないのと、拡散性のある衝撃という痛みの質的にバラ鞭で叩かれたのだろうだろうと推測。
初っ端から一本鞭を使わない辺りにお姉様の深い愛を感じる。
「御主人様へのお返事が「んー!」って、なによそれ? 馬鹿にしてるの?」
「ん、んんー!」
自分でポールギャグをボクの口に括りつけておきながら、この言い様。ボクから発言権を奪ったその当人にきちんとした言語を話せと言われるこの屈辱。
はあ、はあ……。
たまらない……。
そしてそんなボクの浅ましい内心を鼓舞するように、再びムチが入る。
ベチン!
「んうっ!」
「なにを嬉しそうな声あげているのかし、らっ!」
ビタンッ!
「ぐぶっ!」
「これはお仕置きなのだけど? わかっているの?」
ベチッ!
「んんんっー!」
立て続けに振るわれるムチ。響く嬌声と詰問。
毎回違う角度や強度で異なった箇所に振るわれる鞭。そんな非作業的なウィッピングから、毎鞭毎鞭が一度きりの生のお姉様の感情を伝えてくれているのだと実感する。
ボクは口に含んだ大トロが舌の上で溶けるのを待つようにじっくりと、この喜ばしき苦痛を堪能した。
真っ暗な視界の中で、痛みだけがボクとお姉様を繋いでいる。
愛は痛みとなってボクの肉体に植えつけられていく。であれば、痣を花にでも見立てようか。嗚呼、お姉様の愛が、こうしてボクに刻印される。惜しむべくは、目隠しのせいでそれを目視できないことだけだ。
けれど、構わない。視覚などという不確かな五感など使わなくとも、こうしてヒリヒリと痛む肉体が、お姉様からの愛を完全に証明してくれているんだから。
「はあ……。呆れた。調教しすぎるってのも考えものね。いじめられて悦ぶようなマゾいじめたって、あたしはなーんに楽しくないもの。それじゃあむしろあたしが奉仕してるみたいじゃない? 馬鹿みたい。あなたとの関係も、もう終わりにしちゃおうかしら?」
そ、そんなっ……!?
「んんん! んんん!」
ポールギャグ越しに声の限り叫んだ。
「うるさい!」
バチン!
「ぐうっ……!」
「許可も与えていないのに口を開いたらだめでしょう? さっきの言葉は撤回ね。あたしが質問してるわけでもないのに勝手に口をきくなんて、その辺の犬にも劣るもの」
はい、そうです。ボクは犬以下の変態マゾ豚です。
うううっ……。ァァッッ。
たまらない。たまらない。
暗闇の中でボクの耳に伝うお姉様の艶かしい罵倒。視覚を奪われた中でのこの美声。
集中した耳が、上からの声を下腹部へと――
「しかもこんなにここを醜く膨れさせて……。なに、コレは? 一体どういうつもりなのかしら? まさかとは思うけれど、あたしのことを犯したいだなんて分不相応な世迷言、考えてやしないでしょうね?」
つんつんと秘部を細い感触がつついた。それだけでボクは達しそうになる。
「んん! ん!」
「どっちなのよ!」
ビタン!
「んぬァ!」
信じられないような痛みでボクは悶絶する。暴れ回ろうとする体は拘束具に戒められた。しばらくの間ガチャガチャジャラジャラという音だけが鳴って、ボクの抵抗は終わる。
アメとムチ。その言葉の意味を、ボクは生殖器への刺激で再教育された。
すると患部を撫でるような感触が襲う。
「まあ、どっちでもいいのだけれどね。だって、奴隷を犯すのはいつだってあたしだもの。そうでしょう?」
お姉様はそう言いながらボクの汚い部分へ這うように愛撫を続け……そして。
ボクの裸体の更に秘奥、最も汚い部分へと(おそらくは)その指を入れ込んだ。
「んー!」
本来は出すべき器官でしかない排泄溝に、何かがずぶずぶと逆行してくる。目で見なくとも、腸壁ごしにはっきりとわかる。ボクのお尻の穴を突き進むこのドリルは、この細くて冷たく容赦のない侵入者は、お姉様の指だ。それもきっと、中指。
全裸で拘束され目隠しまでされながら肛門で悦ぶド変態に、お姉様はうっとりとそれでいて吐き捨てるように語りかける。その手を止めることなく。
「うふふ、嬉しいのね。わかるわ。いつもならこんなにすぐには入れてあげないのだけれど、今日のあたしは早くしたい気分なの。あたしは家畜の都合なんて考えない。もっと焦らしたほうがあなたは気持ちよくなれるだろうけれど、今日はそうはしないわ。だってそうでしょう? あなたはあくまであたしの道具であって、パートナーなんかじゃ断じてない。だから、あたしが気持ちよくなるためにあなたがいるのであって、あなたのためにあたしがいるんじゃない。あなたが気持ちいいかなんてどうでもいいの。そんなつまらないこと、あたしの知ったことではないの。心の底からどうでもいい。あたしさえ気持ちよければそれでいいの。でも、嬉しいでしょう? 自分のカラダで御主人様に気持ちよくなってもらえるんだもの。それが道具の悦びってものよ? わかるわよね?」
「ん! ん! んー!」
これから来る甚大な快楽への飢餓と現状感じている気持ちよさとの間で脳みそを縮小させたボクは、まるでクスリのおかわりをせがむヤク中のように涎をダラダラと垂れるがままにまかせながら、必死で懇願する。
すると、
「うん、いいお返事♪」
満足気な声と共にずりゅんと指が引き抜かれ――
ぬぶっ。
先程までとは比べ物にならないほどのナニカが、ボクを貫いた。
「があっんんんんんんん!!!!」
痛みと快感、その二つの極点を一瞬にして叩き込まれたボクは訳も分からず吠えた。
一突きで理性を打ち砕かれたボクは朧な意識の中、愛しい声を聞く。
「あたしの感触はどうかしら? ……あはっ、なんて、聞くまでもないか」
「あっ、あっ、あっ!」
お姉様がボクの奥の奥を突く度に、ボクは耐え切れず声を漏らす。
抵抗など何もできない、何も見えない。ただ、お姉様の存在だけを体内に感じる。それだけの時間が続いていく。いつ終わるのかさえもわからず。
お姉様とボク、それ以外の何もかもが存在しないかのような感覚。暗闇。痛み、快感。
つまりそれは、何に勝るとも劣らない至上の幸福だった。
ずぷっずぷっという音の合間に、お姉様の声が聞こえてくる。
「ほら、まだまだ挿れたばかりなんだから、へばってないのっ!」
ビシッ!
「あうっ!」
背中を強烈な痛みが襲った。なるほどボクは今、一本鞭でシバいていただけたらしい。
体内にもお姉様。体外にもお姉様。そして――。
「なに喜んでるのよ、この変態。そんなに気持ちいいの? 自分より身長の低い女の子に犯されて、ムチで叩かれて? 本当は男のクセに女の格好してお姉ちゃんの逆アナルでメスイキして? ねえ、あなたイマどんな気分なワケ?」
精神にもお姉様が干渉する。
体の内外全て、心中まで。その尽く全てをお姉様に犯され、支配される。
最高の感覚だった。
「ああ、あっ、ああ……」
「うんうん。わかるわよ、気持ちいんでしょう? 自分じゃ何も決められないグズだから、完璧で完全なあたしに全部を支配してもらえるのが嬉しいんでしょう?」
「ああっ、あん、あん!」
うれしい、うれしい、うれしい、うれしいうれしいうれしいうれしいうれしいいい!!
「ふふっ。素直な子は好きよ? でも、ちょっとはしゃぎすぎかも。だって、夜はまだまだこれからよ?」
「あっ! あっ、ああう、あっ、ああっ! あん!」
もうなにがなんだかわからないくらいの快感が止まることなく押し寄せてきて、ボクはもう延々と喘ぎ声をダダ漏れにさせることしかできない。
「だから、夜が明ける前に気絶なんてしたら――――お仕置きだからね?」
瞬間、猛烈な刺激が全身を駆け巡った。もはやなにをされたのかも分かららず、ボクは理性と決別する。
「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
きもちいい……。
おねえ、さま……。
頭が真っ白になって、しばらくするとその二つの単語だけが無数に空白を埋めた。
そうして、夥しい数の悦楽に脳が焼き切れそうになった頃、ボクの意識は途切れた。
ボクにとって、『プロフェッショナル』とは?
――尻穴をしこたま犯されても、大便をブリブリとぶちまけないこと、ですかね。
なんだそれは……。
これじゃあもうプロフェッショナルというかただのプロアナルだよ……。
そして次週のプロフェッショナルはVtuber編。
今巷を騒がせるVirtual YouTuber、その中でも特に異端であると噂される『あらいむ』。次回の番組では彼女(彼)の素顔に迫る――。
……なんちゃって。
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