ふたなりVちゅーばーができるまで
ふみのあや
プロローグ
お姉ちゃんにリアルで女体化させられてから早二年。今年の一月にハタチと化したボクは、半年前、二次元でも性別を偽ることに決めた。
『みんな~、性自認してる~?(挨拶) ばーちゃるふたなりユーチューバーのあらいむだよ~』
同年代のオトモダチが大学に行くか労働しているであろう時間帯に、ボクはお姉ちゃんが一括で買ったマイホームの自室で、これまたお姉ちゃんにもらったお小遣いで買った録音機器に語りかける。
『今日はね~、とある大好きなゲームをプレイしたいと思いま~す』
そう言ってPS4のコントローラー(これもお姉ちゃんの以下略)を握り締める。
その時だった。
ピーンポーン。
インターホンが鳴った。
「生放送じゃなくてよかったー。まあこんな平日の昼になんかライブはやらないけどねー」
ボクは録音を一時中断してそうぼやくと、リビングへ向かう。
そうこうして、リビングのインターホンの画面を確認。
映っていたのは、黒縁眼鏡をかけた金髪の綺麗な女の子。たぶん同い年くらいかな?
「どちら様ですかー?」
通話ボタンを押してたずねると、
「シロタチムサシです」
凛とした見た目から受ける印象とは少し違って、インターホン越しの彼女の声はとっても無機質で業務的だった。
大手運送会社の制服っぽいお洋服を着てるという観点からすれば、見た目通りのセリフではあるのだけれど……。
それにしても女性にしては声にトーンがない。生真面目な人なのかも。
「はーい」
最近は女性も社会進出しててすごいなー……なんて、お姉ちゃんのヒモとして生計を立てているボクは他人事のような感想を浮かべながら玄関へ向かう。
ボクなんて男だけど、社会進出どころか家庭隠匿してるしなあ。働くってどんな感じなんだろう。まあボクみたいな引きこもりの社会不適合者な雄の代わりに、彼女達みたいに盛んな雌達が働いてくれているということなんだよね、きっと。したがってボクのような働かないダメ男がいるから、その浮いた枠分女性の就業率が上がっているわけで。つまりボクは男女共同参画社会を影で支えているのだ!
なんちゃって。こんなことツイッターで呟いたら大炎上だね。嫌な社会だよまったく。だからこそボクは引きこもってるんだけども。自己防衛というやつだね。自己防衛。
そんなことを考えながら階段を降りて、一階へと至り玄関の扉を開ける。
すると目の前にいたのは割と高身長な女の子だった。
インターホン越しではわかりずらかったけど、170以上ある。おっぱいも大きい。
これ、つけてる眼鏡とかマスク、制服と帽子全部脱いでおしゃれしたらもうモテモテだろうに……。なんで運送業なんか(この言い方だと語弊を生むかな?)してるんだろう?
そんな余計なお世話でしかない感想が浮かぶほど、目の前の異性は美しかった。
「ごくろうさまですー」
そしてボクはもはやこっちが普段使いの声となっている完全に女性のものとしか聞こえない作り声で配達員さんに声をかける一方、
――あれ? そういえば最近なにか通販なんかしたかな?
なーんて疑問を、ようやく抱き始めていた。
そう、今思えばこの時のボクは油断していた。配達員さんが女性だということで、気を緩めきっていたのかもしれない。
……えと、一応言っとくけど、鼻の下を伸ばしてた的な意味じゃないよ? 勘違いしないでね? ボクはお姉ちゃん以外に欲情しないように出来てるから。ただ単に、一般的に鑑みて、男女間における暴力の出力差的観点から安心しただけだよ? 女性の一人暮しで配達員が男の人だったらちょっと怖いでしょ? そういう意味だからね?
って、心の中でお姉ちゃんからの報復逃れの為の自己弁護をしている場合じゃなくて。
閑話休題。
目の前では綺麗な配達員さんが仏頂面で手持ち無沙汰に立っていた。
「いえ。それよりこちら、荒城魅鴉(あらきみあ)さんのお宅でお間違いありませんでしょうか」
「はい」
「では、あなたが魅鴉さんでよろしいですか?」
「いえ、ボクは妹の来夢(らいむ)です」
ボクはここでようやく、あれ? 印鑑押すだけじゃないのかな? なんでこんなこと聞くんだろう? そんな疑問を浮かべる。
でも基本ボクはアホの子なので、ただ丁寧に確認してくれてるだけだろうと思って、自分より背の高い金髪美人配達員さんをにこにこと眺めていた。
――ん、でもそういえば荷物も持ってないしなんならトラックとかも停まってな……。
ボクがようやく見た目は子供頭脳は大人的なヒラメキを頭に浮かべそうだったその瞬間。
「なるほど、妹……。妹、ときたか……」
さっきまでの無機質な声はどこへやら、急に芝居がかかったイケボちっくな声で配達員さんは何事かぼやき始めた。
「え、ええと、どうかしたんですか……?」
ボクは彼女の不審な言動に対し、びくびくと震える小動物の様にかわいい声を上げて困惑する。
そんなボクに彼女は、
「どうもこうもないと思わないかい? むしろ、どうかしたのは来夢の方だろう?」
豹変した口調で謎掛けみたいな事を言い始めた。
新手の宗教勧誘? 変質者? 怖くなったボクは急いで扉をしめようとする。
「ご、ごめんなしゃいっ!」
しかし。
「逃がさないよ?」
彼女は扉と壁の隙間に足を挟む込んでこちらへぐいっと踏み込んできた。
こ、こわい……。
犯……罪……? ボク、とうとうお姉ちゃん以外の人にまで犯されちゃうのかな……。
「な、なんなんですか、あなた……? つ、通報しちゃいますよっ!?」
「まったく、なんなんですかとはあんまりじゃないか。まだ気付いてくれないなんて、罪だね。来夢は」
彼女はなぜか親しげにそう言うと、もはや恐怖からその場にへたりこんでしまったボクに歩み寄り、目線を合わせると右手でクイッとボクの顎を引き寄せた。
そして、マスクとメガネを左手で外す。
顕になる美貌。煌く金髪。中性的で、やや宝塚めいた甘いマスク。
「これでも、気付いてくれないかい?」
その瞬間、ねっとりとした声と共にボクの脳に送り込まれた映像は、恐るべき回答を引きずり出した。
「も、もしかして……。あ、あまえ……?」
つまり、目の前のイケメン女子が、三年前に同じ大学へ行こうと誓い合って互いに励まし合っていた元同級生の天羽あまえだっていう答えを。
だけど、どうしてあまえがうちに……?
「やっと気づいてくれたか。嬉しいよ。ずっと会いたかった、来夢……」
「で、でももうボクは、あまえの知ってる俺じゃないんだぞ……?」
あまりのことに気が動転して素の男声を出してしまった。
「分かっている。さっき実際に聞いたとおり、『妹』になったんだものね。私の知っている君は、弟だったけれど」
「引かないの……?」
「何を馬鹿な。そんなもの、引くに決まっているだろう。今もドン引きしているさ! だってそうだろう? 幼馴染でずっと好きだった男の子と久しぶりに再会したら、見た目も声も女の子になっていたんだよ? こんな罪な話があるかな、来夢? なんか昔キングオブコントでみたコントにこんなのあったよね? あれはそうだ、息子と親だったけど。なあ、言っていいかい? なんて日だ!」
「うーんと、その、なんかごめん……」
正直、言っている内容の割にその綺麗な顔だけはあまりにも平然としているから反応に困っちゃうって感じです。
そんなこんなで困り顔のボクに、あまえちゃんは数年前とはだいぶ印象の変わった(さすがにボク程ではないけど)笑顔――イケメンスマイルで語りかけてくる。
「君が謝る必要はないよ。なにせ悪いのは全部、例の毒姉の魅鴉だろう?」
「ん、え、ちょ、ん???」
なにか今、聞き捨てならない単語が……。
「安心してくれ。私は来夢が受験勉強の辛さから姉に縋りその代償としてかわいい女の子にされて浪人生活から脱落し姉の性奴隷として洗脳されただけでなくそのストレスからかふたなりVtuberとして倫理観ギリギリの動画を広大な電子の海に投稿し一年の大半を家の中で過ごすような救いようのない社会不適合者になってしまったとしても、君を愛している。――だって来夢は、それでもまだ私を愛してくれている」
「……は?」
まずいまずい。
あまりのことにもうしばらく出していないせいで出し方を忘れつつあった男声を一億年ぶりに再び発声してしまった。なるほど、自然な発声ってこんな感じだったんだね。懐かしいなー(……バレたらお姉ちゃんに殺されるバレたらお姉ちゃんに殺されるバレたらお)。
「どうしたんだい? そんなに呆けた顔をして。私と久しぶりに会えたのがそこまで嬉しかったのかな?」
あ、あれ~? あまえちゃんってこんな子だったけー?
なんでこんな白馬の王子様というかBLゲーの攻めみたいな感じになってるの~?
そもそも、こんなに背が高くはなかったと思うんだけど……。
「う、うん、そうだね。……で、あまえちゃんは何をしにここにきたの?」
そして、色々と動転してとりあえずそんな言葉をひねり出したボクに、あまえちゃんはこれまでで最大の爆弾をお見舞いするのだった。
女の子だって落とせそうな、素敵な笑顔を共に添えて。
「それはもちろん来夢、君と結婚するためさ」
「…………………………………………………………………………………………は?(男声)」
こうして、ボクの安泰だったお姉ちゃんヒモライフは狂い始めた。
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