第88話 謁見
「いや、ちょっ……待ってくれ。なんでそうなる? 僕は、君に言ったよね? 二万ルベトのために、小国とはいえ王族を敵に回すのはばかげてるって?」
「そうですね」
「そうですねって……」
「だから、俺にとっては、王家の人間を敵に回してもやらなくちゃならないことだ、っていうことです。そこはわかってもらえてますか」
「…………」
ジュディオランは小さく舌打ちすると、足を組みなおしながら腕組みをし、下から見下すように胸を張りながら言い渡してくる。
「君の方こそ、わかってくれてる? 君の言うことを僕が聞かなくちゃならない、っていう理由はなにもないってことがさ。僕が王子とはいえ正式には王家の人間、というより人間としてすら認められてない存在で、本来ならたとえ親であろうと女王陛下と口を利くなんて許されない立場で、女王に謁見の申し出をするってだけでも宮廷の人間からは睨まれる立場なのに、君みたいな王女のことでいちゃもんをつけてくる相手を女王陛下と会わせるなんて真似をすれば、それこそ厳罰をくらってもおかしくないんだってことを、理解した上で言ってるのかい? 君」
「はい。女王陛下と会わせない、っていう選択をした時に生じる不都合を考えれば、やむをえないと宮廷の人たちも判断すると思うので」
「……不都合?」
「もしこのままあなたが女王陛下に会わせない、と言い張るならば、俺は王城に赴いて、城門の前で大声で、あなたの妹がしてのけたことを話し、その罪に対して罰を与えることと、俺に二万ルベトを返済することを要求します」
「……それが脅迫になると本気で思っているのかい? 王家侮辱罪で罰せられるだけだよ。この国では男に女を訴える権利はないんだ、侮辱する権利もね」
「そうでしょうね。だから、罰せられた後に報復をします」
「……なんだって?」
「この国中に霊を放ち、夢枕に立たせて、あなたの妹がしてのけたことを夢に見させます。娼婦のふりをして二万ルベトをだまし取ったこと、そしてそれを少しも悪いと思っていないこと、あなたや王宮の人間も同様であることを。幾度も、幾度も」
「なっ……」
「何年も、何十年も、いついつまでも夢に見させ続けます。それならば少なくとも、王家の威光に泥を塗ることくらいはできるでしょう」
「っ、君はなにを言っているんだ! わかってるのか!? それはれっきとした犯罪だ、国家の運営そのものを揺るがそうとするなんて、本気で首を落とされかねない重罪だぞ!」
「? だから、罰せられた後に、って言ったでしょう」
「……は?」
「人間じゃない相手が王家を侮辱したんだから、首を落とされるのは当然です。だから、首を落とされたあとに、俺は霊になってあなたの妹の親を呪う、って言ってるんです。俺は霊と魂の扱いについてはそれなりに心得があります、自身の命を奪った女王を、全力で憎み、呪う霊と化すのは、それほど難しいことじゃないでしょう」
「……………」
ジュディオランが絶句してこちらを見上げるのを、ロワは上から見下ろし、冷たく硬い口調で言い放つ。
「さぁ、どうします? 女王を何年も呪い続ける霊を産み出すか、うまく立ち回って問題を解決するか。こちらも好きで事を荒立てたいわけじゃありません、あなた方が誠実に対応してくれればこちらも誠実に対応します。そして、あなた方が無法な対応をすれば、こちらも全力で無法な対応をするでしょう。それをきっちり認識した上で判断してください。女王陛下と謁見の機会を設けるか、否か」
「…………っ」
「さぁ、どうします。答えてください。さぁ!」
ありったけの激情を視線に込めて、睨み下ろしながら言い放った言葉に、ジュディオランはその白い肌をさらに青白くして、小さく「……わかった」と呟いた。
「っつかさ。お前、本気で死ぬ気だったわけ?」
登城するために改めて化粧をし直してくる、とジュディオランが妹を連れて席を外した隙に問いかけてきたヒュノに、ロワは眉を寄せて首を傾げた。
「どういう意味だ?」
「そのまんまだよ。交渉のために『殺されたら霊になってこの国を呪うぞ』って脅かしただけなのか、本気で死んで霊になるつもりだったのか」
「あぁ……別に、自分から死ぬ気なんてなかったよ。こっちの望みは話をしたいだけなんだから、悪霊を産み出す危険性とかを鑑みれば、言うことを聞いてくれる可能性は低くないと思ったし」
「死ぬつもりはなかった、ってことなのか?」
「『死ぬつもり』はなかったよ。殺されたら女王を呪う悪霊になる、っていうのは本気だったけど」
「ふーん……」
ヒュノはかりこりと頭を掻きながらそう呟いただけだったが、今度は他の仲間たちが顔をしかめて口々に文句をつけてくる。
「つまり、死ぬかもしんねーって思ってたってことじゃん! パーティ組んでる俺らになんの相談もなしに死ぬかもしんねーこととかすんのやめろよな!」
「まったくだ。僕たちだって命懸けで冒険者をやっているんだ、それなのに仲間が個人的な理由で勝手にパーティを抜ければ、死ぬ可能性が一気に高くなるんだぞ!」
「……まぁ、相談はしてほしかったよな。俺たちの人生にも関わってくることなんだし……」
仲間たちの『死ぬ可能性』については、ロワは一切気にしていなかった(というか、英雄たちも認めるほどの強さを手にした、これからもさらに強くなっていくだろう仲間たちが、自分がパーティから抜けたところで、死の可能性が高まるなんてまるで思っていなかった)のだが、『こちらにも関わってくることなのだから相談をしてほしかった』と言われると、さすがに返す言葉がない。
怒っていた相手が目の前からいなくなり、ある程度気持ちが落ち着いてきたこともあって、「……ごめん。考えが足りてなかった」と頭を下げると、仲間たちは不承不承、という顔をしながらも「まぁ、わかったっていうんならいいけど」「今度から気をつけろよな!」ととりあえずは許してくれた。
「本当にごめん。なんていうか……ものすごく腹が立ったから、正直我を忘れちゃって……」
「え、あの顔でそんなに怒ってたの。ロワってあんまり怒ったりしねー奴だと思ってたけど、単に顔に出ねーだけ?」
「いや……普段あんまり怒ったりしないのは確かなんだけど。怒り慣れてないからなのかもしれないけど、そもそも気持ちを外に出す、っていうのがあんまり得意じゃないから」
「ふぅん……まぁ、普段あんまりそういう話しねぇからな。知らなかったのも当たり前っちゃ当たり前か……」
「というか、僕としてはお前がなんでそこまで怒ったのか、っていうのがそもそも疑問なんだが。……なにか理由でも、あるのか?」
「……それは――」
口を開きかけた時に、応接間にジュディオランとライシュニディアが入ってきた。どちらもそれなりに豪奢な衣装に身を包んで、ジュディオランの方はきっちり化粧をして女性の姿になりきっている。ロワは女性にそれなりに慣れているので、同調術がなくともあちらこちらの違和感から男性だと気づくのはさして難しいことではなかったろうが、一般的な男性が見たならば、まず間違いなく女性だと判断するだろうくらいには堂に入った装いだ。
「王宮との連絡がつきました、あなた方との謁見――といっても公式なものではありませんが、女王陛下がお許しくださったそうです。さ、参りましょう。王宮に赴くことが決まった以上、さっさと終わらせるにこしたことはありませんからね」
むすっとした顔で黙りこくっているライシュニディアの横で、優雅に扇で口元を隠しつつ微笑むジュディオランの言葉に、思わず首を傾げる。
「それは、こちらとしてもありがたい話ですが」
「なー、あんたら、その恰好で城まで歩いていくの? 目立つ……のはまーいいとしても、服がめちゃくちゃ汚れねー?」
ジルディンの言う通り、二人がまとっているやや古風なドレスは、足がまるで見えなくなるほど裾が長く、まともに外で動けるような代物ではない。完全に室内用、それも夜会のような華やかな席に着ていくためのもののように見える。
だがジュディオランはにこりと笑んで、さらりときっぱり言ってみせた。
「少なくとも、外を歩くわけではないのですから問題はありませんでしょう」
「へ……」
「〝天よ転じよ、三十七の鏡より十二の宝石箱へ〟」
ジュディオランが詠うように唱えると、一瞬視界が歪んだ、と思った時には目に映る光景が変わっていた。さっきまで自分たちが立っていた清潔だが簡素な応接間が消え失せ、その代わりにいくぶん華やかというか、カーテンに刺繍が入れられていたりシャンデリアに小さな宝石があしらってあったりと、調度にそれなりに金がかかっているだろう部屋が目に入ってくる。
「ここは……」
「私が後宮……といっても下宮と呼ばれる男用の宮ですけれど、に持っている部屋の中です。しばらくここで待っていなさい。到着の連絡をしてきます。行きますよ、ラィア」
「……はい、兄さま」
それだけ言って出て行く兄妹を見送ってから、ネーツェがふぅっ、と息をつく。
「驚いた。腕に覚えがある、っていう台詞は冗談口じゃなかったらしいな。まさか転移術を、こうもやすやすと駆使できるほど術法に明るいとは」
「えー、そんくらい俺だってできるぜ? ネテだって何度も練習つきあってたくせに」
「お前の場合は女神さまから恩寵として授けてもらった術法なんだから、いろんな意味で比べるべきものじゃないだろう。あの人は明らかに、自力で転移術を身に着けた人間だ。自力で転移術を身に着けることができるということは、時間と空間を数学的に解析できるだけの学問の素養と、空間制御系の術法に対する高い技術と知識、それに加えて相当に高度な魔力制御能力を有している、ということになる」
「へー、そーなんだ?」
「……お前その顔とその口ぶりで転移術を恩寵として身に着けさせてもらったとか言うなよ、殴られても文句は言えないぞ。とにかく、転移術を自力で使えるようになったという時点で、術法使いとしては相当な高位にあると証明しているようなものなんだ。その上、同じ都市内とはいえ、一度に七人を、短い詠唱で、まるで体に負荷をかけずに転移させられるというのは、大陸全土を見渡してみても、たぶん上位数万位以内には入ってるだろう腕前のはず。おそらく転移の難易度を下げるためにそれなりに準備もしてるんだろうが、それを鑑みても術法使いとして大した腕を持っている、と言っていいと思う」
「へぇ……あの兄ちゃん、意外と本気で腕に覚えあったんだな。術法使いとしてどうかってことになると、俺全然わかんねーかんなー」
「お前、向こうの腕前とか探ってたのかよ。やめろよな、どんな相手だろうととりあえず斬って捨てれば終わり、みてぇな感覚で動くの。サツバツとしてるにもほどがあんだろ」
そんなことを部屋の中で立ったまま(薄汚れた旅装のままこんな豪華な調度の上に腰を下ろすのは気が引けたので)ぐだぐだと話していると、ふいにがちゃがちゃがちゃっ、と鎧を着た複数の人間が駆けてくる音が聞こえた。反射的に身構え武器に手をかける仲間たちを制し、仲間たちより一歩前に出て向こうのお出ましを待つ。
予想通り、現れたのは十数人に至るほどの、鎧や盾まで含め、完全に装備を整えた女戦士たちだった。いや、これは正しくは騎士と呼ぶべき連中かもしれない。軍制というものはもちろん国によっていろいろだが、小国であればあるほど人口が少なく、それに伴い有する軍隊も小規模になるため、王制の場合は軍人に貴族に変わる特権階級の証として、一代限りの騎士の称号(と、それに伴う数多の特権)を与えることが多いと聞いている。
全員揃って、兜を身に着けず、その美しい顔をあらわにしている女性騎士たちは、こちらの姿を見るや忌々しげに顔をしかめつつも、なにも言わず自分たちを十重二十重に取り囲む。しかも全員抜き身の剣を構えた状態で、だ。
ちらり、とヒュノがこちらに視線を向けてくるのを感じたが、ロワは首を振ってみせる。ヒュノは肩をすくめたのみでなにも口に出したりはしなかったが、その指先はとん、とん、とん、と剣の柄を叩き、いつでも臨戦態勢を取れる体勢を崩さなかった。
カティフは動揺を特に表に出したりはしなかったが、これほどの美女に取り囲まれても我を忘れていないのだ、やはりそれなりにこの状況に対する危機感は持っているのだろう。ネーツェとジルディンは気圧されて身をすくめたものの、状況に即応しようとする思いが強いためか、特に文句も言わず周囲を見回している。
そんな中、しずしずとジュディオランが現れ、「では、こちらへ」とのみ告げて背を向ける。女騎士たちもそれについて鎧を鳴らしながら移動し始めたので、ロワたちも素直にその後を追った。
調度や装飾のあれこれが相当に、少なくともさっきのジュディオランの私室よりははるかに豪奢ではあるものの、窓が少なくときおり目に入る中庭も狭く、全体的にやや閉塞感のある廊下や部屋を通り抜け、進むこと四半
これまで見てきた部屋の中で、文句なしに一番金がかかっているだろう壮麗な装飾の数々。眩しいほどに輝く照明を照り返して銀色に光る揃いの装備を身に着けて、微動だにせず立ち並ぶ数十人の女騎士たち。なにより最奥の、この上なく豪奢でありながら調度として美麗な玉座の上で、優雅にそして迫力満点に足を組んでこちらを見下ろす、王冠を頭に乗せた美貌の中年女性。
つまりここが謁見の間ということなのだろう、と理解して、思わずぶるりと身が震え――再度、総身に闘志が満ち満ちてくるのを感じる。ここが気合の入れどころだ。自分はなんとしても、ライシュニディアに教えてやらねばならないことがあるのだから。
ジュディオランは謁見の間に入る間際ですすっと横に逸れ、代わりに女騎士の一人が前に立ち、自分たちを謁見の間の中央辺りにまで先導する。それからぴたりと足を止めるも、自分たちを抜き身の剣を構えて取り囲んだ状態のまま、それ以上なにかするわけでも口に出すわけでもない。一度軽く周囲を見回すも、殺気のこもった視線で睨まれるだけなので、ロワはそれ以上あれこれ言うことなく、玉座に座る女性を見上げ、真正面からきっぱり告げた。
「あなたがライシュニディアのお母上ですか」
『――――!!』
謁見の間の女性騎士たちが一気に殺気立ったが、玉座の女性は小さく口の端を吊り上げて、冷然とした口調で言い渡してくる。
「我がビュセジラゥリオーユ女王国に喧嘩を売ってきた男というのは、そなたで間違いないか?」
「あなたがライシュニディアのお母上だというのなら、まず言いたいことがあります」
「話を聞く気もない礼儀知らずの言を、なぜわらわが聞き入れると思えるのか、理解に苦しむな」
「あなた方がこちらと話をしようという気がないのに、話をしようとしても意味がないでしょう。まず言わなければならないのは」
「我が国を呪おうなぞと公言する輩の話を聞いて、意味があるとでも? こちらが言い渡す言葉は、ただひとつ」
「少なくとも、俺に呪われるのは困る、交渉のテーブルに着かねばならない、と考えたから俺たちをここに呼んだんでしょう。俺の目的はひとつです。あなたの娘のライシュニディアを、きちんと教育し直してください」
「国家の安全、王家の威光をおびやかさんとする者は、それすなわち犯罪者。犯罪者を裁くのは国家の安寧をつかさどる、わらわの役目のひとつ。その者らの首、余さず叩き落として、この国から消し去ってやるがよい」
女王の言葉と同時に、じゃりぃんっ! と金属音を奏でつつ、自分たちを取り囲んでいた連中以外の女騎士もいっせいに剣を抜く。ロワの背後で仲間たちが身構えるのを感じたが、そちらの動きを手で制し、ロワは真正面から女王に言い放つ。
「あなたの娘のやったことも犯罪です。それを正すのもあなたの仕事です。そして、子供に教育を施すのも親の仕事です。つまり、今のあなたは二重に仕事を放棄していることになる」
「――――」
「それを無視して、あなたの過ちを正そうと声を上げた人間の首を落とそうというのなら、俺にはあなたがたを呪う正当な理由ができてしまうことになる。それを理解した上で、あなたが俺たちを罰そうとしているというのなら、こちらも相応の対応をしますが、いいんですね?」
「………ふん」
女王がさっと手を挙げるや、女騎士たちはそれぞれに忌々しげな、あるいは腹立たしげな、そうでなければ憎々しげな顔をしながらも、剣を鞘に納める。自分たちを取り囲んでいる女騎士たちは剣を納めはしなかったが、元から剣を抜いていた以上、これは王宮に無頼の連中を招く際の当然の用心、という扱いなのだろう。こちらとしてもそれに文句をつける気はない。
呪い、そしてそれを取り扱う呪術というのは、邪神のもたらした邪術であると同時に、特徴的な術式の一分類として公的に認められている分野でもある。術法として存在しているのではなく、様々な法理に基づいて執行される術による式の一種、という扱いだ。
それは当初邪法以外の代物ではありえない、とされていた呪術が、実際には同様の性質を持つ術式がいくつもの術法の中に存在する、術式の分類のひとつでもある、ということがのちの研究によって知れ渡ったためだ。そのせいで呪術が使用可能な術法を習得していた者に、厳しい差別が行われていた時期もあるという。ちなみに召霊術や操霊術は、どちらも『呪術が使用可能な術法』になる(魂を取り扱うということは、一歩間違えば他者の魂を弄ぶ、邪術使いに堕しかねないのも一面の事実ではあるのだ)。
だが、ある意味そのおかげで、呪術に対する研究は急速に進んだ。王侯貴族であろうとも、大量の怨念と代償さえ用意すればたやすく狂死させられるような術式。それに対する対抗手段を権力者たちが求めないわけがなく、有力国家はこぞって呪術に対する研究を推し進めた。
なので呪術への対抗術式というのは非常に豊富で、有能な(人を守護するための術法を習得している)術者であるならば、たいていの呪いはあっさり無効化することができる。術式制御が得意な術法使いならば解除ができるし、神職系の術法使いならば浄化もたやすいだろう。概念操作が可能な術法使いならば、それこそ一瞬で呪いを消滅させられる。
だが、それでも王侯貴族が呪いを恐れてやまないのは、この世には『たいてい』の範疇に収まらない呪いがあるからだ。大量の怨念と高い代償を消費すれば呪いが強力になる、という呪術の特性は失われていない。強度が高い術式ほど対抗する難易度が上がるのはどの術式も同じだ。普通の恨み、一般的な人間程度が抱え込める程度の怨念では術式がそこまで強固になることはないが、並外れた精神力を有する人間というのはどこにでも生まれうる。
さらに、呪いの中にはひとつだけ、解除も浄化も無効化も消滅も、極めて難しい代物がある。それが、『相手を呪う正当な理由が存在する呪い』なのだ。
なぜそんな特性があるのかはっきりわかっているわけではないのだが(一説によると、邪神だけでなく神々すらもその術理を後押ししているからなのでは、と考えられているらしい。以前ネーツェが教えてくれた)、『これは呪われても仕方ない』と思われるほどの非道の被害者となった者が、その非道をおこなった者に向けた呪いというのは、対抗術式がほとんど効果を発揮しない。まったく効かないわけではないのだが、効能が著しく低くなっているのだ。
そんな呪いに怨念と代償をつぎ込めば――『正当な理由が存在する呪い』に術者が命と魂をすべてそれに費やし棄てきってまで、全身全霊を込めて呪いをかけたならば、たとえ初心者程度の実力しかない術者によるものであろうとも、この上なく対処が難しくなる。下手をすれば、呪われた相手が死に至るまで、呪いが解けないことにもなりかねない。
だからこそ、たとえ王侯貴族でも、呪いの対処には常に気を使う(まともな頭があるならば)。ただ、呪う対象が国家や一族のように、規模が大きすぎるもの――呪われるような行為に対して、罪悪感を抱いたり止めようとしたりしていた人がいるような、『呪われても仕方ないとは言いきれない』対象が存在する代物に対しては、『呪いの正当性』に基づく効果はさして現れない、らしい(なので侵略戦争の結果どれだけ不幸な人が量産されようと、『呪いのせいで国家が傾く』ということは起こらないのだ。非道な作戦を指示した者が呪い殺されることはあるにしろ)。
だが、逆に言えば、『呪われても仕方ないようなことをした』のが個人であり、明確にその相手を呪う意思と能力がある場合には、たとえ国王でも呪いが発動したあとにどうこうするのは難しい。できる限り呪いがかけられる前に対処しなくてはならない。
『犯罪を犯した子の罪を認めず、その罪を告発した者を法で正当化して殺害する』というのは、間違いなく『正当な理由』とみなされるとは言いきれないものの、みなされないとも言いきれない、微妙な境界線上にある案件。安全性を考えれば、呪いが発動する前になんとか対処した方がいいに決まっている。
なので、こちらの言い分はかなりの確率で通る、とロワが読んだ通りに、女王はこちらを殺したくてしょうがない女騎士たちを諫めた。それだけの知性と、統制力を有する、有能な女王であるというわけだ。
「よかろう。話を聞いてやろう。そちがなにを思ってこのような面倒ごとを申してきたのか、余さず語ってみせるがよい」
高飛車で傲慢な台詞と語調。そしてそれに相反する、瞳の中に映る冷静な理性と知性を確認し、ロワは小さく息を吸い込んだ。
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