第87話 会合
「………はっ?」
「え……ちょ、ホントに?」
「つまり、あんたは……」
「この国の……王子さま、だと!?」
「そう言っただろう? ああ、いまさら礼儀だの作法だのを気にする必要はないよ。僕も曲がりなりにも王家に生まれた者でありながら、こんな場所で一人暮らしができるぐらいには腕に覚えがあるんだ。さっきこそこそ話していたことは全部、しっかり耳に入っているからね、どれだけ恭しい態度を取られてもいまさら何を、としか思えない」
ビュセジラゥリオーユ女王国第四王子、ジュディオラン・ビィージェンは、組んだ足の上で頬杖をつきながら、狼狽する仲間たちに楽しげにそう笑いかける。その仕草には不思議に優雅というか、婀娜やかとすら言ってもいいのではないかと思うほど、女性的なしとやかさと艶やかさが感じられる。
なので男性にしか見えない姿には非常に不調和というか、人によっては不快感すら覚えそうなほど珍妙な印象を与えてくるのだが、ジュディオランはこちらの受けた違和感を悟ってか、苦笑して肩をすくめてみせる。
「君たちのような外の人間には不快なのかもしれないが、礼をもってもてなす必要はない、と言ったからには容赦してもらいたいな。仕草については、それこそ赤ん坊の頃からずっと仕込まれていたことなので、いまさら修正するのは難しいんだよ。演技くらいならできなくもないが、君たちは別に社交や外交をしに来たわけじゃないんだろう?」
「はい。俺たち――というか俺は、あなたの妹が犯した犯罪と、あなたの家の教育について話し、俺が代わりに支払ったあなたの妹の負債を返済してもらうために来ました」
きっぱり言い放つロワに、ジュディオランはくすくすと優雅に、そして猫のように優美かつ意地悪そうに笑った。
「曲がりなりにも一国の王子に対して大した度胸だ。ま、王子といっても女王国の王子だ、存在がまともに認められていない以上、どんな無礼も表沙汰にしようがないんだが……もし王女に対してそんな態度を取ったのなら、即座に打ち首にされかねないだろうね」
「そうですか。ご忠告ありがとうございます」
「どういたしまして。……本当に大した度胸だな。腕に自信があるのかなんなのか知らないが、少なくとも君はビュゥユ女王国を敵に回すことを、少しも恐れていないらしい。なにがそこまで君に余裕を持たせているのか、さすがに少し気になるね」
確かに、それはそうかもしれない。いざという時には、少なくとも仲間はその実力を発揮すれば自由にこの国を出て行けるのだから、安全を確保しなければと考えなくてもいい、というのは大きな安心材料だ。
だが、ロワ自身にとってのビュセジラゥリオーユ女王国の脅威の程度というものに関しては、ロワはまるで考えていなかった。故意に無視していたと言ってもいい。
なぜならロワは今、後先なんてどうでもいいと断言できてしまうほどに、心底全力でどうしようもなく怒り狂っていたからだ。
「話を先に進めても?」
「……ま、君たちと長話をしても意味はないか。いいよ、どうぞ?」
「あなたの妹は――」
「僕の妹は七人いるけど、君の隣にいるその妹の名前はライシュニディア・ヌザレ・リーリア・ビィージェン・アルニャビオネだ。愛称はラィア。ちなみに僕の愛称はジュン。ま、君たちに呼んでもらいたいとは思わないけどね?」
「うっわ、名前長ぇ~……にーちゃんの方はフツーなのになんで妹の方だけこんな長ぇの?」
「バカかお前はっ、無駄に王族の名前を長くするのは格式を強調したい新興国にはよくある風習だろっ、それを男の王族には許してないということは、男の王族も正式には王族として認められてないという証以外の何物でもないだろうが! 少しは考えてものを言え!」
「え、なにそれ。それってすんげーこのにーちゃんかわいそーじゃねーの!?」
「だからお前それを当人の前で口に出すなと……!」
「……さっきも言ったけど、僕はそれなりに腕に覚えがあるから、君たちの内緒話は全部聞き取れちゃってるんだけどね?」
「いっ……」
「すっ、すいませんっ、このバカが馬鹿なことを申しまして! ですがこのバカにも悪気があったわけではなくっ……」
「いやだから君の方の対応も充分無礼だ、っていうことを言ってるんだけどね? まぁ君たちに正しい礼法を求める方が間違いだ、ってことはよくわかったよ」
「――あなたの妹、ライシュニディアは、娼婦を装って客を取る素振りをしたあげく、代金だけを奪って客の相手をせず逃げ去りました。今日たまたまその客がライシュニディアを見つけて言い争いになりましたが、そうでなければライシュニディアは代金だけをせしめて逃げおおせていたでしょう。この事実に対して、なにかおっしゃりたいことはありますか?」
「………ふぅん?」
ジュディオランは頬杖をついた掌の上で顔を傾け、からかうように口の端を吊り上げてみせる。そんな仕草にもまるで態度を揺るがすことなく、自分でも燃えるようだと感じるほど強い視線で見つめるロワに、ジュディオランはその姿勢のまま軽口を叩いてみせた。
「その客って、君?」
「は……?」
「違います」
きっぱり答えると、ジュディオランは苦笑して肩をすくめる。
「だろうね。ラィアが男を誘えるほど恥を捨てられるとは思えないし」
「え、なんで? だってこの子、女の客は誘ったんだろ? まー途中でとんずらして金だまし取ったわけだけどさ」
「それはまぁ、ラィアの性的指向は男に向いてるからね」
「へ? ……せ?」
「性的指向。または性指向。その人の恋愛感情や性的関心が、どの性別を対象にしてるかってことだよ」
「え、こいつ男が好きなんだ! この国の女って、みんな女好きなのかと思ってた!」
「女好きという言い方は語弊がありすぎるだろ……というか、さっきのこの女の子……王女殿下の言葉で、そうじゃないことは証明されただろうに」
「はは。ま、そういう風に思ってる外の人間は多い。実際、この国では女性しか正式に国民として認められず、男は扱いとしては愛玩動物でしかない。だから正しく人間である女性は、同じく人間である女性を愛するのがこの国の普通、当たり前だ。だけど、まぁ、これも当たり前のことだろう? 『当たり前』の親から生まれた子が、親と同じように『当たり前』の相手を好きになるとは限らない」
「……あ、そっか」
「考えてみりゃ、そらそーだよな。女好きの女って、女同士で結婚してる奴らの子供ばっかってわけじゃねーもんな」
「え、いやいやいやいや……女同士で結婚とか、そんなん簡単に認めていいこっちゃねぇだろ……!? だって結婚だぞ!? 子供まで作るってそんなん、いっくら神さまが許してくれてるからって……!」
「いやだから同性間で子供を作るための術式はいくつもあるし、同性間で婚姻関係を結ぶことだって別に珍しいことじゃないだろ。文明国なら普通そうだぞ。フィカはいったいどれだけ時代遅れだったんだ」
「いやだってなぁっ!」
「ふふ、君たちは意外と面白いね。この国の『当たり前』に対する反応が、意外と多様だ。……ま、それに僕たちの母上と父上……この国の女王陛下とその配偶者は、『当たり前』の婚姻を結んでるわけじゃないからね。僕が『父上』と呼んだことでわかると思うけど、男なんだ」
「へっ……」
「へー、そーなんだ?」
「……それは、この国にとっては極めて異例……というか、普通許されないことなのでは? 王配が男……正式に国民として認められない存在ということは、正式には女王には配偶者がいない、ということになるわけですよね?」
「まぁね。本来なら、国の成り立ちに基づく正当な倫理観によれば決して許されない。だけど、女王が配偶者として男を選ぶということは、本来なら許されることじゃないけど、これまでになかったことでもなくてね」
「え、そーなの?」
「うん。さっきも言ったけれど、『当たり前』の親から生まれた子が『当たり前』の相手を好きになるとは限らない。そして、この国の女王は、血族の中から女王が退位する際に指名することになっているんだけど、これは純粋にして厳格な能力審査に依るのが鉄則だ。政治の才能というのは誰にでもあるものじゃないし、わずかな差ならばともかく、能力に圧倒的な差があるのならば、女王の性的指向は無視されることの方が多い。まぁ、この国の『正しき女性』……女性同性愛者の守護をきちんと行う意思と能力があれば、の話だけど」
「へぇー……」
「……ところで、さっきからそこの戦士らしき彼は、なんでいきなりめちゃくちゃ不機嫌になってるのかな?」
「いやだって許せねぇだろ! この国の女どいつもこいつも死ぬほど美人なんだぜ!? それがみんな女好きばっかってのは死ぬほど悲しかったけど、まぁそれなら仕方ねぇかってあきらめもついたのにさ、その中にまれに残ってた男好きの女に惚れられるとかっ! 結婚までされるとかっ! ちくしょう納得いかなすぎる俺はこの国じゃ女を買うこともできねぇってのにーっ!」
「うん、まぁなんだ、本当に意外と面白いね。見てる分にはだけど」
「お、お恥ずかしいところを……こいつも普段は一応、まともな判断力もそれなりに持ってはいるんですが……」
「――もう一度お聞きします。あなたの妹の行いに対して、なにかおっしゃりたいことはありますか」
「………ふむ?」
ジュディオランは頬杖をつくのをやめ、背中をソファに預けた。細い人差し指で優雅にあごの下を撫でながら、また首を傾げてみせる。
「揺らぎがないね。まぁ君の剣幕からして相当に怒ってるっていうのはわかってたけど。なんでそんなに怒る必要があるんだい? 君にははっきり言って関係ないことだろう? まぁ、妹の代わりに二万ルベト支払ったわけだから、その分の損はあるにしてもさ。君の身なりからして、君にとっては二万が大金だっていうのもわかるけど? 小国とはいえ、一国の王族と喧嘩をしてまで取り返すほどの金額かな? どう考えても損益の方が大きくなると思うけど?」
「これで最後です。あなたの妹の行いに対して、なにかおっしゃりたいことはありますか」
「………本当に、意外と面白いね。君たちは」
一瞬ちらりと無表情をのぞかせてから言って、ジュディオランは大げさに肩をすくめた。
「いいだろう、ならば有体に言おう。僕としては別にそれほど気にならない。大したことじゃないように思える、と言ってもいいね」
「…………」
「さっきラィアの性的指向を話したから、わかると思うけれど。ラィアはこの国を出たいと思っている。この国を出て、男性と正式に結婚したい、とね。ただ、この国の王族はこの国を出てはならない――なんて掟があるわけじゃないけど、王室典範……つまり法律的に、この国を出奔した王家の人間に国庫から経済的な支援を行うことは禁じられている。そして、我が母上にして今代の女王陛下は、この国を出奔した我が子に対して、私費で支援をしてくれるような甘い母親じゃまったくない。つまり、ラィアは齢十一にして経済的な独立を迫られているわけだよ」
「…………」
「ラィアは隣国――ゾシュキーヌレフの学校に入学したいと考えている。そのためには入学金と寮費、つまりまとまった金がいる。女王陛下はその分の金も出してくれないだろうから、なんとか自力でその分の金を稼ぎださなくてはならない。そのためにラィアは王宮を出て、僕の家に転がり込み、毎日街へ飛び出して金を稼ごうとしているわけだよ。まぁ娼婦を装って枕探し……というより篭脱け詐欺か、なんてことをしてるとは思わなかったけどね」
「…………」
「どちらにしろ、ラィアは心底切羽詰まっていた。だからできることを考えて、してのけた。それをむしろ僕は評価するし、なにより、犯罪といってもその相手が、あんな少女の身体を金で買おうとするような輩だ。僕には擁護すべき相手だとは思えない。君がムキになって金を取り返そうとしているのも、ラィアの身体が目当てのように思えてしまうしね。そういう輩に僕の妹に触れてほしくない、というのが正直な感想なんだけど?」
「なっ……」
「……あんたな」
いきり立ちかけた仲間を手で制し、ロワは一歩前に出た。ソファに座ったまま優雅な微笑を浮かべているジュディオランに、上から力を込めて言い放つ。
「それが、あなたの、『おっしゃりたいこと』ですか」
「まぁ、そうだね。それが?」
「それならば、あなたとも話す必要はなかった、ということになりますね」
「……ほう?」
「あなたのご両親に会わせてください」
「………は?」
本気で意味がわからなかったようで、困惑したように眉を寄せるジュディオランに、きっぱり言い放つ。
「あなたのご両親に――この国の女王陛下と王配殿下に、娘のしてのけたことと施した教育について話した上で、二万ルベトを返済してもらいます」
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