第82話 解説

「い、いや……なに言ってんだよお前っ! んな、いっくらなんだってそりゃ無茶だろ!」


「無茶とはどういう意味だ? なにについてそう言ってるんだ?」


「いやどっこもかしこも無茶苦茶だろ! まずそもそもっ、女同士で子供作れるわけねぇじゃんっ!!」


『はぁ……?』


 カティフの絶叫に、ネーツェとジルディンは揃って(この二人がこういう場面で反応を同じくする、というのはめったにないことなのだが)眉を寄せた。


「いやお前の発言の方がなにを言ってるんだ、だが。お前は同性同士で子供を作るための術式が存在することを知らないのか?」


「は……はぁっ!?」


「いろんな術法ん中で、何種類もその手の術式あるよな。聖産術にもとーぜんあるし、改生術にも遺伝術にも、確か魔術にもあったよな、そーいうの。まぁビュゥユは女聖術っつー、ビュセジラゥさまが授ける、信者以外には伝達許可を出してない特製の術法使ってるらしいけどさ」


「まぁな……」


「へ、え、えぇぇえ……!? んな、なんで、んな……使う奴いねぇだろそんな術式っ!」


「使う人間がいるから継承されているんだろうが。というかお前、僕の話を聞いていなかったのか? ビュゥユは女性同性愛者の一大拠点なんだぞ? つまり、大陸全土を俯瞰してみれば、女性同性愛者の総数は一国の人口をはるかに上回る、ということになるだろうが」


「やっ……なっ……だって……」


「なんか、いつの時代も何柱か、そーいう辺りに加護を与えることに特化した神さまっているらしいからな。男同士でも女同士でも、ビュゥユみたいな国ってずっと前からいくつもあったらしいぜ」


「というか僕としては、お前がむしろそういう事実をきちんと認識した上で、ビュゥユの人間に対し腹は立てても、繊細な取り扱いを要求される点に関してはまったく触れようとしなかった、というのが気になったがな。そういう教育をきちんと受けていたのか?」


「そりゃな。ゾヌの孤児院育ちなら、フツーそこらへんはがっつり教えられるんじゃね? 隣にビュゥユがあるから、問題発言とかしたらことが大きくなりかねないし……それに、ゾシュキアさまの教えにだってそこらへんの取り扱いは細心の注意を払え、っていうのあるし。っつーか、たいていの神さまはそーいう少数派への区別差別みてーなの嫌ってるらしーし」


「なるほどな……」


「いや、待てよ、待ってくれよ。そういう問題じゃねぇだろこれはっ!」


「ならどういう問題なんだ。というか、なにが問題なんだ?」


「いやだって駄目だろおかしいだろそんなんっ! 女が女を好きとか……男に惚れねぇとか……駄目だろ、あっちゃなんねぇだろそんなん! 許しといちゃいけねぇだろそんなもんっ!」


「や、だって神さまたちがそーいうの区別差別すんな、って言ってんだぜ?」


「それでもなぁ! 絶対駄目だろそんなんっ! だって、だってよぉ……それが正しかったら、俺はっ……この街でも童貞捨てられねぇってことになるじゃねぇかよぉぉぉっ!!!」


『……………』


「そうだな。ご愁傷様」


「っつーかそれってさ、ちゃんと調べとかねーカティのが悪くね?」


「むしろビュゥユがそういう国だってことをゾヌに一年以上いながら知りもしない、っていう方に問題があるって、たいていの人は言うんじゃないかな……」


「……っぅぁっ、ぅああぁぁああんっ!!!」


 カティフは顔を押さえ、身も世もないという勢いで泣き崩れた。






「……で、どうする。この国というか、街に入るのはやめにして、とっとと次の街へ向かうか? それはそれでひとつの手ではあると思うぞ。まぁ一人五万ルベト払ってしまった以上、僕としてはせっかくだから街中の様子を見てみたい気はするが……理不尽な契約を結ばされた上で、と考えると面倒の方が大きそうだしな」


「っつぅかお前らさぁ……なんで俺にちゃんと、この国がどういう国かって教えようとしてくんなかったわけよ……」


「いやだって、女だらけの女王国、って鼻息荒くしてるカティにどんな説明したって勢いに負けそうな気しかしなかったっていうか……」


「目の色変えてるカティ説得すんのめんどくさそうだったんだもん。っつか、それ俺らに文句言うの筋違いじゃね? 行きたいと思ってるとこがどんな場所か、ってくらい自分で調べとくのがフツーじゃん」


「ぐぬぬっ……ちくしょう反論できねぇ……ジルに言われるとてめぇの馬鹿さ加減が死ぬほど身にしみる……」


「はぁ!? なんで俺に言われると、なわけ!?」


「いやそれいまさら言われなきゃわかんねぇことか?」


 衛士の女性たちの横を通り抜けて、番小屋に向かうごく短い距離の途中で、自分たちはしゃがみ込んだ体勢で車座になり、そんな風にぐだぐだいまさらなことを話し合う。こんな場所で話し合うことじゃないんじゃないかな、とロワとしては思わなくもなかったのだが、カティが真実を知った以上、確認しておくべきことを確認しておかないと、あとで文句を言われそうだというのも確かではあるので、会話をぶった切る気にもなれない。


「ていうかさー、俺今日一日ほぼずーっと走ってたから疲れてんだけど! ここまで来ちゃったんだからとっとと街入ろうぜ! 一人五万ルベトも払ったんだしさー。その分いい宿取って元取んなきゃだろ!」


「まぁ、向こうが高い入国税を取る理由を考えると、『やっぱり入国するのやめます』といまさら言いだしても文句は言われないだろうけどな。入国税を素直に返すかどうかまでは請け合えないが」


「そんなん決まってんだろー、あのねーちゃんたちみたいな奴らが素直に金返すわけねーじゃん! あーいう奴らっていっつもえらそーに上からああだこうだ言うくせにさ、自分の得になることとかはぜってー他人に渡したりしねーで、その上自分は別にそんなの欲しくないけどー、みたいな態度取ってくんだぜ!? ぜってー素直に金返したりはしねーくせにあーだこーだいちゃもんつけてくるってぜってー! そんな奴らの思い通りになりたくねーじゃん!」


「それは……さすがに、悪いように取りすぎ、ではあるんだろうけど……正直俺も、似たような反応をしそうな気はするな……」


「ふーん、ロワがそう言うってことは本当なんだろーな。まー俺もそんなこと抜かしてくる奴らとかはイラッとくるし、好き好んでそんな話したいとは思わねぇけど。ま、この国に一番入りたがってたのはカティだし、カティが決めちまっていーんじゃねぇの? それが一番文句出ねぇだろ」


「ぅ……うぅぅうう……」


 カティフはしばししゃがみ込んだ体勢のまま頭を抱え、うんうん唸りながら身をよじる――だが実のところ最初から結論は出ていたようで、しばしの煩悶のあとばっと顔を上げたカティは、きっぱりはっきりしっかり真正面から宣言した。


「入ろう。この街」


「……いいんだな? それで」


「ああ……女王国なのに女買えねぇとか無茶にもほどがあるし、契約結ばなきゃなんねぇとか本気ですげぇ嫌ではあるんだけど……衛士やってる女があんだけ美人なんだぜ!? そんなん街の中の一般的な女がどんだけ美人か、とか見てみてぇじゃん、男として!」


「その美女たちを許可なく一短刻ナキャン以上見つめたら罰金の上国外退去でも?」


「ぬぐっ……こ、この際いい! ってことにしとく! 少しでも美女の顔目に焼きつけて元を取らねぇと、女王国に向けて高まりまくってた俺の期待がみじめすぎる!」


「まぁ……そこまで言うならいいということにしておくか。他のみんなもいいな? それで」


「いーよ?」


「おう」


「うん。かまわない」


「よし。……ただし、覚悟はしておけよ? 僕がゾヌで調べただけでも、充分以上に理解できてしまうくらい、この国の男に対する扱いは理不尽だからな?」


「お……おう! どんと来やがれってんだ!」


 カティフは力を込めて胸を叩いたが、これまでに知った情報だけでも、理不尽の度合いがそれなりに想像できてしまうからだろう、額にはじっとりと冷や汗が浮かんでいた。

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