第八章 女王国の第十七王女
第80話 疾走
「ヒーッ、ハーッ、ヒーッ、ハーッ、ヒーッ、ハーッ……」
「なー、これ大丈夫なの? ロワ、なんかくそ荒い呼吸が止まんねぇみたいだけど」
「ぜぇっ……心配、するほどの、ことじゃ、ない。はぁっ、ぜっ、単に、肺機能が、運動の、量に、ついてこれてない、だけだ。はぁっ、ふぅっ、疲労回復の術式っ、は、かけたし……過呼吸の段階にまで到達した時には、即座に、治療の術式をかければ、いいだけだ。はぁっ」
「いやだってさー、どのへんからまずいのかっていう……なんつーの、あんばい? って、わかんなくね? それだったら最初から術式使っちゃった方が……」
「……つまり、ふぅっ、お前はそれを、言いたかったわけか。まぁ、はぁっ、お前に今の、医学の、知識で、ふぅっ、判断しろ、というのは、無理な、話、だからな。はーっ……それなら、治癒術の、生体状態探査術式を使ってみろ。一般的な術式だから、お前にだって、使えるはずだ」
「えぇ!? んなの使ったってわかるわけないじゃん! だって状態探査術式っていろんな数字がわかるだけで、その数字がどんな意味かとか、どのくらいの数値になったらどういう状態ってことなのかとかが、詳しく教えてもらえるわけじゃねーんだもん!」
「そのくらいのことは、ふぅー……僕にだってわかってる。勉正術を使って意味を詳しく教えてやるから、勉強しろと言ってるんだ。パーティの治癒役として、お前にも医学を、ある程度、身に着けてもらわないことには困る」
「え゛え゛ぇ゛~!? ここまでずーっといっしょーけんめー走ってきたのにべんきょー!? やってらんねーよー!」
「僕と、同程度の、時間しか、鍛生術の鍛錬に、費やしていなかったくせに、しれっと当たり前のように、ヒュノやカティについていっていたお前が、言えた台詞か……! その有り余る魔力制御の才能で、楽ができた分の時間は、ちゃんと自己鍛錬に、費やせっ!」
「え゛ぇ゛~~~~……」
「はっは、まぁ頑張れや。実際お前が治癒役としていっちょ前になってくれたら、ネテの負担が減るのは確かだしな」
「まーネテは、どんな時でもいてくれねーと困るってくらいに便利だもんな。負担が減るにこしたことねーよな」
「……間違ってはいないが、便利とはどういう、言い草だ。僕は別に、お前たちの面倒を看るための、便利道具じゃないんだが……?」
「あ、わり。っつかさー、ここまで体力に差があるとなると、ただ走って移動するってのはちっと悪手じゃね? それなりに調子抑えて走ってここまで死にそうになるんだったら、疲れてきたら背負って走って、体力戻ってきたらまた自分で走って、ってのをくり返してって、本気でやっていーんじゃねーかな。どうだ、ロワ?」
「ヒーッ、ハーッ、ヒーッ、ハーッ、ヒーッ、ハーッ……」
「……あ、まだダメか。まぁ本気で死ぬ感じはしねーから、体力戻るまで頑張って耐えろ」
「おめぇな……自分が平気だからって、その言い草はねぇだろ。俺ですら、早く街に着きてぇからって、走って移動するなんて考えて悪かったなぁ、って反省してるってのに」
「カティだってすげぇ平気な顔してんじゃん。っつーか、もうカティ俺より体力あるだろ? 性健術、だっけ? それと鍛生術との併用、こんな短期間でもう効果出てくるんだな」
「だっろぉ!? お前もそう思うよなっ! ぶっちゃけるとな、俺ぁよ、もうだいぶ精力絶倫っつーか、二回や三回じゃ治まりもしねぇくらいになってきてるわけよ! フェロモンまき散らして出会う女全員即堕とす色男に近づいちゃってる気ぃしねぇ!?」
「……そんなことを僕たちに言われても、困るというか、反応のしようがないんだが。というか、フェロモンで女性を誘惑する、という人間を色男、の範疇に入れていいのか? 正直動物的というか、獣の段階にまで、退歩してる気しかしないんだが……?」
「ヒーッ、ハーッ、ヒーッ、ハーッ、ヒーッ、ハーッ……」
いつものように騒ぎしゃべる仲間たちをよそに、ロワは必死に呼吸を整えていた。疲れたとか辛いとかどうこう言う以前の問題というか、身体がまったく動かせない。今なし崩しのうちに休憩時間に入っているのは、必死に仲間たちのあとを追っていたロワが転倒して立ち上がれない、どころか口を開くこともまともにできないという、現在の状態に陥ったせいなのだ。
必死に全力で仲間たちのあとを追って走っただけなのに、足も腰も肺も脇腹も、喉も鼻も肌も腕も肩も、要するにどこもかしこも死ぬほど痛い。いや本当に死に至る類の痛みではないのだが、肉体の自然な反応に収まる程度の痛みの中では最上級、というぐらいには痛い。全身の筋肉の一筋一筋が悲鳴を上げている。体の中の力をすべて出し切ってしまったようで、脱力感がひどい。肺が空気を求めて全力で喘ぎ、苦しいのに激しい呼吸が止められない。
そんなわけで、ロワはすっころんだ状態のまま、指一本すら動かせずに、全身の痛みに耐えながら、ぜぃはぁひぃと喘ぐしかできないわけだ。
女神の加護を与えられた仲間たちと体力を比べ合うなど無謀に過ぎる、というのはよくわかっていたのだが、ただ走っているだけでここまで身体に負担がかかるというのは正直予想外だった。仲間たちは、『ロワにとっての完全装備で長距離を走る程度の速度』くらいに走る速さを抑えてくれていたはずなのだが、半
英雄の方々に稽古をつけてもらっていた時は、むろん死ぬほど辛くはあったものの、今のようにまったく行動できないほどに疲れ果てることはなかった。無駄な時間を作らないよう、負担が限界を超えないように、きっちり監督してくれていたのだろう。英雄の方々の指導力に改めて感服するべきか、自分の至らなさを恥じるべきか。
地べたに寝転がりながら見上げる空は蒼く、柔らかな雲がときおり数瞬日差しを遮る。
だがそれでも、もはやゾシュキーヌレフの勢力圏を抜け出てしまっているのは確かなはずだった。ゾシュキーヌレフは都市国家、それも主張する領土がほぼ都市(とてつもない巨大都市ではあるものの)の範囲内のみという国家なので、勢力圏が極端に狭い。
ただゾシュキーヌレフの近隣国家は、基本ゾシュキーヌレフに経済的・食料生産的に依存している国ばかりなので、ゾシュキーヌレフの領土を切り取るような真似はしない、というかできない。ゾシュキーヌレフが確保したいと考えている面積から、いくぶん余裕をもって距離を取り、国境線を構築している。下手をすれば、ゾシュキーヌレフの都市部分が今よりさらに拡大した場合、自分たちの領土を減らすことを考えるかもしれない、とすら思えるほどだ。
そもそもゾシュキーヌレフとの間の国境に関所を置いて通行税を取るのは、むしろ近隣国家の方に大きく損害を与えるので(少しでも多くゾシュキーヌレフから商品を流通させてもらわなければ、文字通り飯の食い上げになるのだ)、どの国も国境線をあまりがっちり定めたりはしていない。というか、ゾシュキーヌレフから流通する商品を少しでも早く、多く受け取るために、首都をゾシュキーヌレフにできる限り近づけているところがほとんどらしい。
ビュセジラゥリオーユ女王国――略してビュゥユもそのひとつ。ゾシュキーヌレフからさして離れていない、けれどゾシュキーヌレフが狭苦しいと不満を感じるほど詰められていない程度の距離に首都があり、そこが事実上の国境線になっているはず。アーィェネオソク平野全体からすれば、ゾシュキーヌレフの港から測って、直径の五分の一程度の距離、ということになるだろう。
ただしそもそもゾシュキーヌレフが都市としては異常にばかでかいため、ロワたちが出発した地点から測れば、六分の一程度にまで縮まる。むろんそれでもそれなりの距離ではあるが、これまで走ってきた分だけで、その五分の一程度、アーィェネオソク平野直径の三十分の一、ゾシュキーヌレフを直線距離で縦断したのと同じぐらいの距離は稼げているはずだった。
この調子でいけば、夕方までにはビュセジラゥリオーユの首都にたどり着けるだろう――ロワの体力では、たとえ術法で疲労を回復してもらっても、さっきまでの調子を崩さずに夕方まで走り続けるなんぞ絶対に無理だろうが、ヒュノの提案した『背負われては走りをくり返す』というやり方ならば、夕方までならなんとか体力がもたないでもないはずだ。
正直、こんな風に体力を一欠片も残さず使いきるまで走り続けるなんてのを何度もやらせられるとか、勘弁してくれとしか言いようがないが、疲れたら人の背に乗って休めるというのなら、なんとか日暮れまで持ちこたえられなくもない気がする。というか、なんとか持ちこたえてみせないと、さすがに足手まとい感に堪えられそうにない。仲間たちは全員、ロワの能力の不足のせいで旅に遅れが出ているのを、まるで気にしていない、という顔をしているが、だからといってロワの方が気にならなくなるわけではないのだ。
だからなんとか頑張って、少しでもみんなの足を引っ張らないようてきぱき動きたい――と思ってはいるものの、現状ロワの身体はどれだけ気合を入れようと微塵も動けない、と全力で主張してきているので、今のところひたすらこうして寝転がって休むしかできないわけだが。
旅立ちの初っ端からこのありさまとなると、いまさらとは思いながらもやはりどうしても考えてしまう。自分は仲間たちにとって迷惑でしかないのではないか、足を引っ張る邪魔者にしかなれないのではないか、というお定まりの思考回路が働き始める。
――まぁ、一度『それでも』と思い決めてこうして一緒に旅を始めてしまった以上、そんなこといくら考えても無駄で無意味で鬱陶しいだけだ、と理解してはいるのだが。
まだまだ淡い空の色を眺めつつ、ロワはぜぇはぁと荒い呼吸をくり返しながら嘆息する。いつもながら本当に、どんな時でも空は、こちらの心境とは無関係に蒼い。よきにつけ悪しきにつけ、それがこの世の条理というものだ。
ただ、そんな条理をぶった切れてしまうような、空を動かすことさえできてしまうような力を身に着ける、少なくともその端緒となる道へ足を踏み入れ始めているのが、自分の仲間だという事実を、ロワはたぶん、いまだにきちんと感得しきれていないのだろう。これまで走ってきた時間の中で、それは理解せざるをえなかった。
と、立ったまま周囲を見回していたヒュノが、さりげない仕草で剣に手をかける。それから数瞬遅れてジルディンが慌てて立ち上がり、その二人の反応を目にしたネーツェとカティフも立ち上がって身構えた。
「もーっ、風の探査術式で周囲探ってる俺より先に敵の位置わかるとかどーいう勘だよほんっとにー! 本気で術式使ってねーの、それ!?」
「使ってねーよ。っつか、『使う』とか意識あんのがよくねーんじゃねーの? 術式でもなんでも、身魂と心魂に技と力がきっちり合一してりゃ、あれこれ意識するより先に『悟る』よーになんのがフツーだろ」
「お前言っとくけどそれ真面目に剣の修行に一生を捧げた達人とかの段階だからな。依頼請けてせこせこ小銭稼ぎしてるような冒険者が達していい段階じゃねぇからな普通は!」
「というかジルの方だって常時風操術で広域探査術式発動させ続けるとか、普通だったら頭がおかしくなるような高難度の術式使用だぞ……そんなものを全力疾走しながらやってのけるとか、普通に考えたら人間業じゃないからな、そのくらいの自覚はしておけよ!」
いつも通りにわいわい喚きながら戦闘態勢を取る仲間たちを見やりながらも、ロワは相変わらず指一本動かすこともできないまま地べたにひっくり返ったままだ。さすがにまずいし申し訳ないしなんとか起き上がって構えるくらいのことはしようと、さっきから必死に身体に力を入れようとしているのだが、疲労しきった体は反応さえしてくれない。
――自分が反応しようがしまいが結果は一緒だろうという、これまでの道中での経験から、身体に鞭打ってでも起き上がろうというほどの気力を絞り出すことができなかったのも、一因ではあるだろうが。
そんなロワの様子など気にも留めず、仲間たちは手短に言葉を交わし合う。敵にどう対処するか――『どうやって倒すかを選択する』ための、作戦会議とも呼べないような事前協議だ。
「次はジルの番だったよな? どうする?」
「あ、俺滅聖術の弓矢使った術式使ってみたい! 弓から放った術式を直接撃ち込むのはやったことあるけど、弓矢に術式作用させるやつはまだやったことねーから!」
「んー……や、それじゃちっと数が足りねーかも。お前の使おうとしてる術式ってどーいうもんなのかよくは知らねぇけどさ、矢を相手に撃ち込んで初めて効果があるもんなんだろ? 一度に放てる矢ってのには、術式で命中するように動かすとしたって限界あっからな。二の矢まではなんとかなるかもしんねーけど、三の矢からは無理だ。先にお前のところに敵が押し寄せちまう」
「そうだな。さらに言うなら、僕の探査術式が正確ならば、その術式ではいくらお前が魔力制御の粋を極めようと、一撃では倒せない敵がそれなりにいるぞ。その術式は物理的な攻撃が弱点な敵には刺さるからものにはしておいた方がいいだろうが、威力、打撃力という意味ではどうしても、矢を介することによる限界が生じてしまう」
「えー、だったらどーすんだよ。練習しといた方がいいとか言うくせに、別の術式使えっつーわけ?」
「話は最後まで聞け。僕がその術式でも一撃で倒せるような敵を選定して印をつけ、お前の意識に支援術式と一緒に転送する。これなら僕の練習にもなるし、お前の術式の練習にもなるだろう」
「じゃ、大物は俺らに任せてくれるわけな。よっし、もっかい連携の練習しよーぜ、カティ」
「へいへい、わかりましたよ。お前との連携の練習とかクッソ疲れるから、俺一人で全部倒せとか言われた方がまだマシなんだけどなぁ……」
陣形を組みつつそんな言葉を交わし終えてからしばし。ロワたちが足を止めていた街道脇の、数
アーィェネオソク平野は基本的に平坦だし、ゾシュキーヌレフ近辺の森はあらかた丸裸にされてしまってはいるが、ゾシュキーヌレフの勢力圏を脱すれば、当然ながら相応に起伏や森林地帯もある。自分たちが最初に依頼を受けて訪れた村もそういった場所にあった。そして、魔物たちが活発に活動し、隙あらば人の命を奪おうと襲いかかってくるのも、そういった場所が多いのだ。
邪鬼の眷族たちとは違い、魔物たちには『人間を害さなくてはならない』といった使命はないはずではあるが、『魔力を制御する』能力を持っているがゆえに魔物と呼ばれる生き物たちは、積極的に人間を襲い、喰らう。おそらくは魔力を豊富に有する人間が獲物として口に合うからなのだろう、と賢者たちは考えているらしい。
ともあれ、強い魔物が多く徘徊するアーィェネオソク平野では、人間が数人でうろついていれば、このくらいの数の魔物に襲われるのはごく当たり前のこと。自分たちもこれまで依頼のため都市の外に出るたびに、数えきれないほどこうした襲撃を受けた。そして、そのたびに自分たちは決死の覚悟を決めて、必死にどう突破口を開くか考え、死に物狂いで作戦を実行しなくてはならなかったのだが。
「五
「あいよ! 〝おらこっち来いや〟!」
言ってふわりと空に舞い上がるジルディン(すでに飛翔術は完璧にものにしている)に応えつつ、カティは大きく剣を振って呪文を唱える。ただの呼びかけ、掛け声にしか聞こえない言葉の連なりで、強力な誘引術を発動させてみせる。
数十体の魔物の群れは見事にその術式に引っかかり、自分たちとある程度離れた場所へと走るカティフのあとを追って、すさまじい勢いで攻撃をしかけてきた。だがカティフはその剣と盾で、そして時には護盾術で造り出した光の盾で、見事にそのことごとくを受け止め、さばいてみせる。
「〝……一の王と一の帝より我が仲間へ律法によりて通ぜよ、鋭〟」
「〝―――祈疾矢〟!」
ネーツェが杖を振って呪文を唱え終えた直後に、ジルディンが空中から十本近い矢を撃ち放つ。青白く光るその矢は、空を割り裂いて飛び、カティフを襲う魔物たちのうち、小さいもの――ただしそのほとんどは素早かったり毒を持っていたり回避の難しい魔力砲撃を放ってきたりと、優先して仕留めないとまずいものたちの急所を貫き、一撃で仕留めた。
「〝―――………〟」
唸るような、吠えるような、言葉にはならない吐息のような声が響く。これがヒュノの『呪文』だった。呪文の詠唱は、基本的には単に自身の精神を集中させるための鍵であり、究極的には唱える必要すらないものではあるのだが、それでもやはり術法使いとして熟達していればいるほど呪文の詠唱は短くてすむし、初心者ならばある程度長い方が精神が切り替わりやすい。カティフもそうだが、初心者でありながらこういった一般的な呪文の構成をまるっきり無視した詠唱で術式が発動するのは、女神からの恩寵として授かった術法であるがゆえなのだろう。
だが、発揮する術式の効果は、すでに熟練した術法使いにも見劣りしないものだった。ヒュノは身体をふわりと浮かせて空を駆け、ほとんど宙返りをしているような姿勢で剣を振るい、魔物を倒し始める。その体さばきは大地を踏みしめているかのごとく安定して、剣閃の乱れはまるでない。のみならず迅雷の速度で振るわれた剣は、空を斬っているようにしか見えないのに、一振りごとに遠間、近間を問わず何体もの魔物の首を落としていく。
しかしそれも、カティフの誘導あってのことだった。数十体もの魔物の突撃をいなしきるだけでもとんでもないのに、カティフはその突撃を巧みに誘導し誘引し、ヒュノとジルディンが狙いやすいよう、急所を晒すよう動かしているのだ。ただ、ロワの目ではもはや初見では、魔物たちのどのような動きが『急所を晒すよう』な動きなのか判別ができない。あとで映像つきで詳しく解説してもらえばなるほどと納得することはできるのだが、カティフの敵の意識の誘因と誘導はそれほどに、自分程度ではもう見抜けないほど巧みになってきているのだ。
続いてジルディンが二の矢を降り注がせた時には、魔物はあっさりと殲滅させられていた。その間ロワができたのは、懸命に首を持ち上げて仲間たちの戦いを見守るだけだったのにもかかわらず、ロワは魔物が一匹でもこちらに向かってくるのでは、という恐れを感じる気配すら与えられていない。
前からそうなると予測はしていたことではあるが。本当に、今や自分と仲間たちの実力差は、大きく隔絶しているのだなと実感する。隔絶という言葉すら生易しく感じられるほどだ。最初からそれはわかっていたのだから、いまさらどうこう言う気もする気もないが、ため息をつきたい気分にはなった。
「さって、さくさく皮だの肉だの剥いどくかー。頼むぜ、ネテ」
「はいはい。〝汝八十七対の恩寵、我が前に並びて列せよ、供犠の盤上に在るがごとく分かたれし命の形に変ずべし……〟」
「魔術ってやっぱすっげー便利だよなー、魔物狩ったあとで肉とか牙とか皮とかきれいに切り分けられる術式があるとかさー」
「話には聞いてたけどな、便利とかいう段階じゃねぇよな。まぁこれ使ってもらえるの、いっつも獲物のきっちり半分だけだけどよ」
「……ふぅ。言っておくが、この解体術式はそれなりに高度な術式なんだからな。対象の生物学的な特徴を記憶しておくのはもちろん、解体の手法、手順をきっちり頭に入れた上で、念動で対象を一個一個解体していくのと同程度の集中はしなくちゃならない。もちろん、一個の術式として成立している分魔力消費と所要時間は格段に少なくてすむんだが……」
「わかってるってー。けど楽かどうかっつったらあっとーてきに楽じゃん。残り半分の方は血抜きとか皮剥ぎとか全部手作業だしさー」
「まー慣れてはきたけどな。俺以外のみんなに、収納術でさくさくしまってもらえるし」
「言っとくけど俺は収納術が使えるっつっても自分で使うもんをしまっておける、ってくらいだからな? ま、ジルもネテも収納術の腕前が上がって、相当大量に獲物でもなんでもしまっておけるようになってくれたおかげで、手間省かせてもらってるのは確かだけどよ。解体に手間かかる奴とか面倒な奴とかは、死骸そのまんまでしまっといてもらえるっつーのは、まぁ正直死ぬほど楽だわな」
和やかに話しつつ、仲間たちは的確に襲ってきた魔物たちの死骸を処理していく。魔物の身体は、基本肉は食用にはならないが、適切に処置しておけば体中どこも捨てるところがない。薬、工芸品、術法具等々、様々な物品の材料になる。ゾヌにおいての一流冒険者の仕事は、街近辺の魔物を狩って資材を手に入れることであるくらいだ。大陸のたいていの地域で、冒険者としての一般的な仕事ではあるだろう。
ただ、ロワはついつい、どうしても。
『……みんながほとんど流れ作業で倒してた魔物の中に、最初の仕事で死に物狂いにならないと倒せなかった魔物とかも、いたんだけどなー……』
などと、状況と環境の激変に想いを馳せたりしてしまうのだった。
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