第78話 旅立ちによせて

「………………できたよ」


「えっ?」


「えっ? とはなんだい!? 君たちの依頼に誠実に答えて全身全霊を込めて君たちの武具に処理を施してきた相手に対して言う言葉かいそれが!?」


「あなたたち本気で私たちを殺す気なの!? 精神的に! 苦しめいたぶり苛め抜こうとでもいう気!? それでも人間!?」


「い、いやそういうつもりは全然ないですけど!」


「だってさ、おばさんたちこんな時間にいきなり出てくんだもん。しかも俺らが寝ようとしてるとこにいきなりさ。フツーそれって、礼儀正しくないって叱られるとこなんじゃねーの?」


 きょとんとした顔でジルディンが言ってのけた言葉の内容は、確かに疑問の余地なく真実ではあったが、おそらく全力で心がささくれているのだろう、瞬間移動で唐突に現れたシクセジリューアム(なぜか中年男性の偽装をしておらず、美少女の姿のままだ)とルタジュレナにとっては、苛立ちの火に油を注ぐ効果にしかならなかったようだった。それぞれ険しい顔でジルディンを見下ろし、呪文を唱える。


「〝七十八番返礼しっぺい〟」


「〝棘〟」


「あだだだいだだだあいだだだだだ!」


「え、ええと……お、お二人とも、お疲れさまです。わ、わざわざこんな遅くに申し訳ありません」


「ふん、頭を下げられる覚えはないよ。はっきり言って、こんな非常識な時間に異性の寝室を訪問してきたのは、その精神的苦痛よりもはるかに、とっととこの忌々しい仕事を終えてしまいたいという気持ちが強かったからだからね」


「本当に……地獄のような日々だったわ。刻一刻と貴重な素材がすり減っていくのをただ見守るしかないという精神的拷問……それでも自分たちの矜持がかかっている以上、仕事は完璧に行わざるをえないし……! 本当に、自分の誇り高さが恨めしい……!」


「えー、だって俺らがおばさんたちに頼んだのって、おばさんたちがなんかすごい仕事頼んでこいとか言ったからじゃん! その理由も結局おばさんたちが仕事で下手打ったからだし! だってのにその態度とか、おかしくね?」


「〝五十番日目おとがめ七十八番返礼しっぺい〟」


「〝棘と荊〟」


「あぎゃぎゃいぎゃぎゃぎゃうぎぐぎゃいだいいだいいだいっ!!」


 仲間たちが揃って『本当にこいつは……』と頭を押さえる中、ジルディンは寝台の上で激痛に悶え転がる。ロワは彼女たちが『自分たちの武具の強化』という仕事を、彼女たち自身が神々からお詫びと感謝の証として受け取った、なにやらとてつもない効果があるらしき超貴重な素材をつぎ込んでこなしてくれたらしいことを知っているので(そうでもしなければヒュノが言い出した自分たちの武具の強化につけた注文は果たせなかったらしい)、彼女たちの不機嫌さ加減をよく知っているため、よけいにジルディンの言動に冷や冷やせざるをえなかった。


 だがそれでも仲間たちにとっては、頼んでいた武具が無事出来上がったという事実は嬉しい話に違いない(ロワも嬉しくないわけではないが、やはり彼女たちにとってすら貴重な素材をつぎ込んだと聞くと緊張する)。シクセジリューアムが収納術で次々取り出す武具を、寝間着姿で(ギルドの人たちが用意してくれたのだ)わいわい言いながら受け取っていく。


「おお……な、なんというか……」


「強化してもらう前と変わってなくね? まー俺の武器はもともとほぼ新品みてーなもんだけどさ」


「ちょっ、まっ、このっ……ジル!」


「いや、変わってるぜ。まるで違う」


「そーなの?」


「あぁ、そうだな。なんつーか、俺らの場合もともと使ってた装備だから体に馴染むのは当たり前なんだけどよ、その馴染み具合が尋常じゃねぇんだ。しいて言うなら……本気で身体の一部になってるみてぇ、っつーか。軽く振ってみた感じ、『思い通りに動かせねぇ』みたいな違和感がまるでねぇっつーか。ヒュノほどじゃなくても、俺も自分の感覚で剣振ったら、あんま長持ちしねぇなっつー感じあったのに、そーいうのがきれいに消えてるっつーか……」


「へぇぇ……」


「……当然だろう。今君たちに渡した装備はすべて、『装備者と命を共有するもの』なんだから」


「え。い……命、っすか?」


「そちらの注文に応えるためには、そういうものとして形作る以外方法がなかったからね。あなたたちが渡してきた装備の中の、あなたたちと共有してきた時間、経験、込められた想念、そういったものをよすがとして、あなたたちと存在と魂を連結させた命ある武具。あなたたちの命が強く、たくましいものへと成長すればするほど、その武具もより強いものへと成長していくわ」


「え、や……あのでも、ジルの弓も含めて、飛び道具系は俺ら全然持ってなかったんで、ホント新品同様だったと思うんすけど……そういうのとも、命を共有とか、できたんすか?」


「積み重ねた縁が存在しないものは、あなたたちの血肉を形成の際に混合して、因果術式の類を付与することでなんとかしたわ」


「えっ……あ! あの一昨日俺らの髪とか切って、針とか刺して、なんかいろいろ持って帰ってたのそれだったんだ! 俺なんか呪いの人形とか作るつもりかと思ってた!」


「……私がその気で因果人形を作ったなら、とうにあなたは心臓が止まっているでしょうね」


「ぴっ……」


 因果制御系統の術式はそれなりに数があり、それぞれに用途も効果もまるで違うが、それでも同じ系統の術式として分類されるのは、『結びついた縁を利用する』という使用の際の特徴的な制約が同じだからだ。何らかの形ですでに縁が結ばれているもの同士についてしか効果を表さないので、どうしても用途としては迂遠になるし、偶発的な遭遇戦が主になる冒険者にとっては使いにくいことこの上ないので、あまり習得している人間を見たことがない――が、確かに今回のように、友好的な縁を結んだ相手に対して使うならば、すさまじく費用対効果の高い術式には違いない。


 呪術とは似て非なる代物なので、呪いの人形という言い方は適切ではないが(他者を攻撃するのに使えば呪術に似た効果は発揮できるだろうが、怨念や代償の多寡で効果に差が出たりはしない。むしろそのせいで因果を制御する難易度が上がり、術者自身もその攻撃術式に呑み込まれる可能性が高くなるという)、確かにルタジュレナほどの術者ならば(精霊術は因果術式がそれなりにある術法だったはずだ)、その気ならばいつでもジルディンの心臓を止める呪いの(ような効果を発動させる)人形を作る、くらいのことはできたに違いない。


 逆にいえば、それをしないということは、少なくともジルディンに対する怒りを激発させるつもりはない、という意思表示でもあるのだろう。が、ジルディンにそんなものが伝わるわけもなく、あからさまに怯えた顔になってロワの後ろに隠れた。


「いや俺の後ろに隠れてどうするんだよ……壁にだってなりやしないだろうに」


「べっ別に隠れてねーけどっ!?」


「……うん、いいな。最高だ。間違いなく一生使える剣だ……ありがとうございます、シリュさん、ルタさん。いい仕事、本当にありがとうございました」


 深々と頭を下げるヒュノに、自分たちも慌てて揃って頭を下げる。シクセジリューアムとルタジュレナはそれぞれ重々しい表情で、はぁ、とため息をついて手を振った。


「礼はけっこう。確かに私たちの名にふさわしい仕事をしたという自負はあるが、この仕事はもともと私たちの失敗の埋め合わせなんだからね」


『というかそんな礼を言うくらいなら、そもそもここまで法外な消費を要求する依頼をしないでほしかったが……』


『本当にね。報酬の十分の七が吹っ飛ぶとか、悪夢にもほどがあるわ……』


「……ああ、それとね。あなたたちの要求の中で、細かい要望……鎧の手入れが楽になるようにとか、そういう類ね。そういうものについての効果は、まだ発揮されてはいないから」


「え……まだ、というと?」


「あなたたちと『命を共有する』と言ったでしょ? 自分の身体の一部を適当に扱う者を、あなたたちは戦士と呼べて? あなたたちにはその武具を自力で丁寧に手入れして、心を添わせていってもらう必要があるのよ。あなたたちの方でも、その武具を自身の一部と呼べるくらいにね。そうして武具との共鳴度を高めていくことで、自然発生的に術式効果が発揮されるようにしてあるから」


「術式の組み合わせの設計上、細かい術式を無駄に組み込むと、武具の能力に悪影響が出てしまいそうだったのでね。基本的には渡した武具は、現時点では単に身体にしっくりくる装備品にすぎない。なんらかの特殊な能力を持たせたいというのなら、武具と共鳴度を高めることだね。剣心一致というのとは少し違うけれど、武具と魂を深く交感した結果として、通常の武具を超えた力は生まれるだろう」


「へー……」


「あ、や、まぁ、そんなしょーもない術式付与すんのめんどっちぃですもんね! 全然いっすよ、単にちょっと『できれば助かるかな?』って思って言っただけなんで!」


「………っ」


『そうじゃないだろう! なんでそんな受け取り方をする!? 我々は術式効果を付与するのではなく自然発生させる、武具としての性能のみならず術式効果さえも自力で生みだす、魂すら持つ成長する武具を製造したというのに……! 学会に発表したらどれだけの名声が得られる代物だと思っているんだ! 現段階では再現を要求されたら各種結晶をまた消費することになってしまうので発表できないからと調子に乗ってっ……!』


『しかもなによその上から目線の言い草は!? なんで私たちに対し『無理させちゃって悪いね』と抜かす先輩のごとく、『許してあげるよ』とでも言いたげな態度なわけ!? 『女の子の失敗を許してあげちゃう俺優しいなぁ』なんてたわけた勘違い頭の中で抜かしていそうな緩んだ口元がまた腹が立つ……!』


「え、や……あの、なんで俺……お二人にすっげぇ睨まれてるんですかね……?」


「……さぁね。自分の胸に聞いてみたらどうだい」


「え、や、あの……俺別にお二人になにもしてないっすよね!? 俺普通に品行方正に話してたと思うんですが!?」


『……あ?』


「ひっ……おいロワっ、俺なんかしたのか!? なにしたんだ!? 普通に話しててああも睨まれるとかっ……俺なんで女にこうも嫌われる星回りに生まれついてんだよぉぉ!!」


「……今反感を持たれたのは、別に星回りのせいじゃないと思うけどな……」


「なんだよそれ俺なんも言ってねぇだろうがっ、あぁぁなんで女の人は誰も彼も俺を嫌うんだぁぁ!」


 詳しく説明しようかとも思ったが、さすがにシクセジリューアムとルタジュレナ自身の前でかくかくしかじかと説明するのははばかられる。それに実際、男女問わず、人が他人のどこに反感を抱くかというのは本人にも定かではない部分があるので、ロワとしては無駄に気にしても身動きが取れなくなってしまうので意味がない、という気がしているのだ。もちろん性差による感覚・価値観のずれは大きいにしろ、同性だから異性だから、という枠組みがいつも通用するとは限らない。


「ふぅん……手入れの仕方とかは、前と変わってないんすよね?」


「ああ、性質自体は君たちが使っていた武器と変わっていないよ。現段階ではね。術式効果が発現すればまた別だけれど。……ああ、それと、武具にむやみやたらと衝撃を加えないようにね? 下手に折ったり壊したりすれば、君たちの命も危うくなるから」


『……えっ?』


「なんなのその顔は、当たり前でしょう? 言ったでしょうに、あなたたちと『命を共有する』武具だと。基本的にはお互い共鳴しあい支え合って、お互いの存在をより強固にはしてくれるけれど、決して誰にも壊せないわけではないわ。そして命を共有する以上、武具たちの死はあなたたちの死でもある。ごく当然の論理的帰結ではなくって?」


「え、や、その、あの……」


「その、ですね。武具が壊れるという事態が、即、死を招くというのはですね。さすがに、ご無体がすぎるのではと、愚考する次第なんですが……」


「そ、そーだよっ! むっちゃくちゃじゃんそんなのっ! 俺らそんな注文したわけじゃぜんぜんっ……」


「おや、なにを言っているんだい。『いつでも身に馴染む』『壊れても治せる』『ついでに便利な機能も付いた』武具だろう? 完全無欠に注文に応えているじゃないか」


「そうよ、身に馴染むことはあなたたちが今体感した通り。壊れたとしても、あなたたちが生き残ってさえいれば、あなたたちの身魂を治癒することでこれらの武具は修復できるわ。魂の損傷は治癒術だけで完璧に治すのは難しいけれど、浄化術や操霊術を併用すればあなたたちでもできなくはないでしょう。便利な機能については申し述べた通り、あなたたちと武具との共鳴度合いでいくらでも発展させることができる。完全無欠に注文に応えていると思うけれど?」


 心底楽しげな顔になって言ってのける二人に、ジルディンはどう言えばいいのかわからなくなったのか、口をひたすらにぱくぱく開け閉めし、ネーツェは硬直しきって声も出せていない。そんな中カティフは一人、顔を青ざめさせながらもへこへこ頭を下げつつ、二人の超英雄に揉み手をしてみせた。


「や、その、ですね。おっしゃることはしごくごもっとも、なんですが。その……注文の取り消しとか、できないですかね……?」


「ほう、我々の仕事に不満があると?」


「え、や、その! そーいうわけじゃないですけども!」


「どちらにしろ手遅れよ。これらの武具はあなたたちとすでに命を共有している。ここまで深く結びついた縁を解こうとすれば、それこそ生命に悪影響が出るわ」


「え、なっ……そっ……おい、ヒュノ! 黙ってないでお前もなんか言えよっ!」


「なんかってなんだよ」


「だからっ、文句とかっ! 勝手に武具と命共有させられて、納得いくわけねーとかさっ!」


「なんだそりゃ。なんで文句言わなきゃなんねーんだよ、完璧な仕事じゃねーか」


『へっ?』


 ヒュノは自分の剣を、時に構え時にその輝きに見入り、とずっと飽きもせず堪能し続けていたが、カティフに背中を叩かれてもそれを止める気配はなかった。むしろ陶然とした声さえ出して、ほうっとため息までついてみせる。


「ここまで俺の腕にしっくりくる剣を造ってくれて、鎧まで揃えてくれて、その上壊れても俺が生きてさえいりゃ直せるようにしてくれたんだぜ? んなもん感謝するしかねーじゃねーか。武具が壊れたら俺たちの命が危ねぇなんて、些細なこったろ。むしろ当然のこっちゃねーか、武具が壊れた時が俺たちの死ぬ時。そうはっきり示してくれるなんて親切この上ねぇ、俺としちゃ最大級の感謝程度じゃとても足りねぇ恩義ができたって思ってるぜ」


「な……お、おま、な……」


「け、剣術馬鹿にもほどというものが……」


「……まぁ、剣の達人というのは、大なり小なりこういうところがあるのは確かだが……」


「それでもこの年でここまで言う奴は、そうそういないでしょうね……」


 さっきまで楽しげに自分たちを追いつめていた二人まで揃ってヒュノの言動に引いているのを確認した上で、ロワは小さく肩をすくめてみせてから、シクセジリューアムとルタジュレナに問いかけた。


「すいません、お二人とも。『お互いをより強固にはしてくれる』ってことですが。具体的に、この武具は、どれくらい丈夫なんでしょうか?」


『えっ?』


「……少なくとも、一撃で折るためには、宙の彼方から隕石を落とすぐらいの力量アリアオンが必要になるだろうね?」


『はぁ!?』


「隕石召喚とか……禁呪ですよねそれ普通に!? 小規模でも発動させるだけで逮捕されかねないぐらいの!」


「そんなん一撃で都市丸ごと吹っ飛ばせるとか、そういうぐらいの力量アリアオンじゃんっ! え、なに、この武具って、そんなに丈夫なの……?」


「まぁ、そう言えるわね。通常の剣戟や、攻撃を受け止めた程度で壊れることはまずないでしょう。武器だけじゃなく、防具もね。タスレクの一撃を喰らったとしても、そうそう壊れはしないわ」


「えぇ!? な、んな、それって武具としてめちゃくちゃ強力すぎ、というかほぼ無敵なのでは……?」


「そんなわけがないでしょう。あくまで武具が壊れにくい、というだけの話よ。対衝撃防御効果なんかはあなたたちの命としての強さに見合った程度しかないし、達人は鎧に傷をつけずに中の肉体だけを斬る、なんてことも当然のようにやってのけるわよ?」


「それにあくまで『壊れにくい』だけであって『壊れない』というわけじゃないんだ。損傷を回復させる前に怒濤の攻勢をまともに受ければ、本当に壊れてしまう可能性もある。生きるか死ぬかのギリギリの戦いの中でこれらの武具が壊れでもしたら、本当に武具と心中しなければならない可能性が高い」


『うっ……』


「……まぁ、君たちの命の方を健常に保てば、武具の方も修復されるわけだから、治癒役が適切に役目を果たしているならば、まず壊れることはないだろうけれどね」


「つまりそれだけ治癒役の役割が重要、ということになるわね。治癒役の失敗が即パーティの壊滅の危機を招く、というぐらいに」


「うげ……」


 ジルディンがうんざりとした声を上げる。まぁもともと治癒役というのはそれくらい重要な役割ではあるのだが、勤労精神に欠けるジルディンとしては、新たに仕事が積み重なったような気分なのだろう。


 そしてロワも、内心で重圧に打ちのめされそうな重苦しい気分になっていた。魂の損傷を癒すために操霊術が有用ということは、いざという時に自分も治癒役として駆り出される可能性が高いからだ。確かに操霊術にその手の術式があることは知っているし、この一巡刻アユンの自主訓練の中で自分にも充分にその術式が使えることは確かめたが、治癒役として頼りにされる、なぞという展開は考えてもいなかった。


 神々の加護を与えられておらず、成長効率が仲間と比べて著しく低いからといって、自分には怠けている余裕も拗ねている時間もないらしい。せいぜい自分なりに自分なりの能力を研鑽しなくてはならない。まぁ、状況としては建設的というか、やるべきことがあるということ自体はごく真っ当なことで、ありがたいことでもあるのだろうが。


「……まぁ、けど、とにかくさ。時機としてはちょうどだったよな? 俺らの方でやることも、全部片付いたばっかだったし!」


 カティフが(おそらく今になって気づいたのだろう)突然嬉しげな笑顔になって、ばんばんと周りの仲間の背中を叩きつつ言ってくる。叩かれた痛みに顔をしかめながらも、ネーツェはその言葉にうなずいた。


「まぁ、そうだな。旅の準備も終わったし……ジルの術式も、少なくとも情報は全部取得できたし。お前の収納術も最低限は形になったしな」


「だっろおぉ!?」


「カティってばずりーよなー、術法まともに習得すんのこれが初めてなのに、一巡刻アユンでちゃんと使えるようになっちゃうとかさー」


「いや、そこはカティの努力と、僕の尽力を称えるべきところだろう」


「はっはっは、褒めんな褒めんな。あとネテは力になってくれてマジ助かった!」


「……まぁ、旅立ち前に収納術を身に着けろ、と言ったのは僕だしな……協力はするさ。本気で一日刻ジァンの間離れることなく、一緒に行動して勉強に付き合わされるとは思わなかったが……睡眠時間の確保が難しくなるぐらいに」


「はぁ? ちゃんと三ユジンは寝かせてやってただろ?」


「睡眠時間が三ユジンというのは、術式を併用してもそれなりに辛いからな? まぁお前自身はさらに辛い状況で、集中力を衰えさせることもなく必死に勉強していたのは認めるが……」


「……ふぅん。君たちは旅に出るのか」


「え゛っ……」


 カティフがぴしりと硬直する。さすがに女性に対して、『娼館に行きたいから旅に出る』という事実を語るのは顰蹙を買うだろう、ということを理解してはいるらしい。


「目的地はあるの? それとも足の向くままうろつくつもり?」


「ええと、とりあえずの目的地はイゲです。古代遺跡の攻略に手をつけても、問題にならない程度の実力は身についたのでは、と考えまして」


「それは確かにね。実力は冒険者の中でもそれなりにはなっている、と言っていいでしょう」


「そ、それは、ありがとうございます……」


 ネーツェは内心『本気で言ってるのかなこの人……』とルタジュレナの言葉の真意(悪意や敵意が潜んでいないか)を疑っているが、ルタジュレナの方としては『腹の立つことに、実力は認めざるをえない程度の域にまではたどり着いてしまったものね……!』とほぞを嚙んでいる。悲しいすれ違いと言えなくもないが、それを解消しようとするとロワが同調術でルタジュレナたちの感情まで読み取れてしまっていることを明かさなくてはならない上に、解消したところで人間関係は悪化する予感しかしない。ので、ロワはとりあえず特に感情を示さないよう心がけつつ、双方の思考を受け流すだけにとどめた。


「まぁ、ゾヌがそれなりの腕を身に着けた冒険者たちにとっては、物足りない場所なのも事実だしね。せいぜい頑張るといい。ただし、我々の方もこれで君たちに貸しも借りもなくなったわけだから、どんなへまをしようと我々に助けてもらえるなどという勘違いはしないように」


「はぁ!? んなわけねーじゃんなめんなよおばさんっ、俺たち人に頼って生きてくほど半端な気持ちで冒険者やってねーから!」


 威勢よくそうまくし立てるや、じろりとシクセジリューアムに睨まれて、ジルディンはぴゃっとまたロワの後ろに隠れる。もう人に頼ってるじゃんとか、正直俺の目から見ても半端な気持ちでやってるようにしか見えないんだがとかいう気持ちはとりあえず脇において、ぽんぽんと頭を叩いてなだめた。ジルディンをこの状況でしつけたところで、まともな効果があるとはどうにも思えない。


「ま、せいぜいやれるだけのことはやってみるつもりっす。どこまでいけるかはわかんないっすけど」


「その、タスレクさんとグェレーテさんに、よろしくお伝えください。いろいろ、ホントに、助かりましたって。あっいやそのお二人にももちろん本気でめっちゃくちゃお世話になりましたっ! ありがとうございますっ!」


 カティフに頭を下げられて、シクセジリューアムとルタジュレナはむしろイラッときた顔をしたが、口に出しては特になにも言わず、ロワの方へと向き直った。


「……それで。君は、最後まで彼らについていく、ということでいいんだね?」


「状況はあなたが一番理解しているでしょうから、くだくだしくは言わないけれど。それでも、一緒に行くのね?」


 この二人にしては珍しい、わかりやすい優しさに苦笑する。その上『状況を一番理解している』などと、自分のことを認めたようなことを口に出してくれるとは思わなかった。それだけ彼女たちの目から見ても、自分の存在はこの上なく危なっかしい、他の連中の命さえも危うくしかねない弱点でしかない、ということなのだろう。


 だがそれでも、自分の答えは決まっている。


「はい。やれるだけのことをやらないと、女神さまにも怒られちゃいますから」


 その言葉に二人は目を瞬かせたのち、自分が女神さまとしょっちゅう邂逅しているという事実を思い出してかすさまじい形相でこちらを睨んできたが、すぐに小さく息をついて肩をすくめてみせた。『それを持ち出されてはこちらもなにも言えない』というわけだ。


 ロワとしても物分かりがよくて助かった、としか言いようのない気持ちだった。『女神さま』にどんな理由で怒られるのかについては、ロワ自身、ちゃんと意味を理解しているとは言えないので。

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