第75話 移籍交渉開戦、終了

「……さて。それでは、始めましょうか」


 土精人らしき眼鏡の男性の宣言に、ロワは「はい」とうなずいた。エリュケテウレが『上と話をする』と引き下がってからだいたい一長刻クヤン。昼食を終えてすぐという辺り。自分たちパーティは、揃ってギルドの会議室のひとつへと呼び出された。


 机を挟んで向かい合うのは、蜥蜴人の老婆、土精人の眼鏡の男性、おそらく冒険者上がりの鬼人の男性、色白で肉感的な人種を隠しているらしい中年女性、それにエリュケテウレ。全員、自分たちがムィベキュツノクを倒し、ゾシュキーヌレフへと戻って来た時――十万の邪鬼の眷族を処理しなければならないという仕事の時に、見た顔だ。


 彼らと向かい合うこちら側は、ヒュノはいつも通りの飄々とした顔だが、ネーツェはギルドの幹部との対面交渉ということでいくぶん気圧されている様子だし、カティフはあからさまにうろたえて目が泳いでいる。ジルディンはやたらやる気満々だが、こいつがやる気満々でもあまり交渉に寄与できる気がしない、というのはさすがに傲慢な言い草か。


 それはともかく、ロワはロワなりに、自分の役目を頑張って果たすつもりでいた。女神に授けられた同調術はこういう時も有利に働くだろうし、今このパーティの中でもっともギルド幹部相手に物おじせずに交渉ができるのは、たぶん自分だろうからだ。能力についてはどうあがいても仲間たちに置いてけぼりにされてしまうのが必定である以上、こういうところでせめて少しでも役立たなければ申し訳が立たない。


 まず、鬼人の筋骨たくましい男性が、最初にずいっ、と身を乗り出して告げてくる。


「まぁまず最初にだ、言っておかなきゃならねぇことがある」


「はい」


「ギルド側としてはだ、お前さんたちがこの街を出て行くことに、文句をつける気はさらさらねぇってことだ」


「へっ……?」


「えぇぇぇ!? なにそれ、なんで!? だってこのねーちゃんがさっき……」


「エリュがなにをどう言ったにしろ、冒険者ギルドの方から、冒険者が河岸を変えることを差し止めることはできないよ。あんたたちだって、冒険者試験を受ける時に習っただろ? 『実際の現場ではそんな規則あまり守られたりしてないんだろう』って考えたのかもしれないけど、あいにくうちのギルドはそこまで腐っちゃいないよ」


「それに、エリュがなにを言ったかについては、私たちもだいたい聞いたけどねぇ。どの発言も、ギルド職員の職分を外れる、とまでは言えない発言だったんじゃない? あなたたちに、ギルドの命令を聞けとか、こっちがこれだけ苦労してるんだから命令を聞くのが当然、みたいなことは言ってなかったわよねぇ? 単に、あなたたちにこちらの事情を慮ってはくれないか、ってお願いをしただけで」


「お、お、お願い、って……」


「それであそこまで威圧的になる必要がありますか!? どう見たってこちらを言い負かして思い通りに使ってやろう、って考えてるとしか見えませんでしたが!」


「それはあなた方の意見ですね。こちらにはこちらの意見があります。時間がもったいないので、本題に入らせていただいても?」


「あ、え、はい」


 こくこくうなずいたカティフに、ギルド幹部たちから『よしっ!』とばかりに安堵と快哉の想いがほとばしるのを、ロワは同調術で感じ取った。どうやら向こうはその辺りを念入りにつつかれると面白くないことになりかねないので、さっさと流してうやむやにしよう、という腹積もりだったらしい。


 こいつら、と少しばかり怒りを覚えないでもないが、それについての落とし前は後でもつけられる。ロワは素直に前へと向き直り、ギルド幹部の話を聞いた。


「先ほど申しました通り、あなた方がこの街を出て行くことに関しては、こちらからなにか申し上げる気はありません。拠点となる街を変えるのは冒険者の自由です。むしろ、ある程度の腕に達したならば、新たな冒険の地を求めて大陸中を巡るのは、半ば規定事項とさえいえるでしょう。そもそもギルド支部に冒険者が『所属する』という形を取っているのは、あくまで人員管理のための便宜上の形式でしかない。移籍だなんだと騒ぎ立てるほどのことでさえありません」


「そ、そっすか……」


「ただ、今回こちらとしては、そちらに願い出たいことがある。もちろんあくまでこちらの要望であって、そちらが唯々諾々と条件を飲む必要はない。ただ、こちらとしてはぜひとも受け入れてもらいたい要望なんでね、それを吞んでもらえるならこちらとしても、そちらからの要求を相応に受け容れるつもりさ」


「要望……ですか。それはどのような?」


「まず、あなた方が邪鬼征伐の仕事で得た報酬の一千億。これの資産運用を、ゾヌのギルドに任せてほしいってことねぇ。当たり前だけど、あなた方が当座の生活資金やら、ポーションやら装備やらを整えるだけのお金やらを使ったあとでかまわないから。もちろん、それ以外にもお金が必要ならいつでも振り出せるようにしておくわぁ。どう?」


「え、っと……」


「それは……」


「もちろんあなたたちが嫌だ、というなら無理強いはできないけどぉ。冒険者が資産運用をする時には、ギルドに頼むのがやっぱり一番お得よぉ? 少なくとも、冒険者を続けようと考えてるならねぇ。他の商人やらなんやらに任せると、どうしたって少しでも自分たちが得になるように、ってあれこれせこい真似をされることが多いしぃ。その点冒険者ギルドは、相手が冒険者としての仕事をつつがなく続けてくれることが第一なわけだから、できる限り相手を煩わせないように、税金やらなんやらの細かいことは全部引き受けた上で、どこにとってもそれなりに得になるように仕事するしねぇ」


「ぜ、税金……ですか。そうだな、確かにそういう問題が……」


「ギルドの中でも、ゾヌ支部はそういう、お金を取り扱うことにかけては定評があるのよぉ? 顧客に対する、細やかな気配りに関してもねぇ。仕事に満足してくれるお客は、実に九割以上って実績もあるしぃ。あなたたちは大陸中好きな場所に行って好きなように冒険をして、お金が必要になったらゾヌのギルドにやってきて、引き出しを命じてくれればいいの。別のギルドでもお金を引き出すことはできるかもしれないけど、やっぱりそれなりに手続きとか必要だし、場合によっては節刻テシン単位で時間がかかっちゃうこともあるからねぇ、転移術が使えるあなたたちなら、ゾヌに戻ってきてお金を引き出すのが一番早いと思うわぁ」


「え、あの、ええと……」


「ゾヌのギルドならどれだけの金額だろうと、受付に来て本人確認さえさせてもらえれば、細かい書類とかまるで必要なしで限界額まで即時支払いが可能だしぃ。ギルドでポーションやらなんやら買ってくれる時には、ギルドに大金を預けてくれる冒険者ってことで自動的に割引されるしぃ。そういう細々した面倒ごと一切無視できる上に、ちょっとずつだけど貯金が増えるの。私としては、個人的にも、冒険者を続ける限り一番お得な選択だと思うんだけど、どうかしらぁ?」


「ど、いや、どうってあの……」


「……いいんじゃないかな。資金については、預けちゃって」


『えっ……』


 告げた言葉に驚いてか、部屋中の視線が一気にロワに集まる。思わずうっとたじろいで身を退きたくなるが、いやこういうのも俺の役目のひとつだろうし! と気合を入れ直しあえて前に出て宣言する。


「ギルド幹部の人たちは、少なくとも嘘はついてない。冒険者が資産運用をするにはギルドが一番得っていうのも、その中でもゾヌのギルドが一番っていうのも、本音なのは間違いない」


「そ、そうなのか……いや待て、お前なんでそれ」


「ただ、言ってないことはありますよね? 一千億という莫大な報酬を、資産運用という形で預かることで、事実上ギルドのものにできる、とか。そういう風に、ゾヌのギルドから完全に離れられないようにすることで、ある程度ゾヌのギルドの紐つきとして扱って、ギルドの運営にいろいろと役立てようとか」


『………!』


「特に、後者が重要なのかな? タスレクさんたちのような、大陸でも随一の英雄たちの段階には当然達してないにしろ、『いずれはその域に達する〝かもしれない〟』冒険者に対して、ギルドが影響力を持ってるっていうのは、安全保障的な面からいっても、冒険者ギルドの支部として大きな顔ができるって意味でも、相当おいしいから、ってことで」


『…………』


 ギルド幹部たちは沈黙し、ロワをじっと(エリュケテウレを除き、睨み据えるというほどの強い視線ではないが)見つめている。その中で鬼人の男が、ずいっと身を乗り出すようにして問うてきた。


「お前がそこまで読み取ったのは、同調術を使ってのことか」


「はい。禁術でもないし、使ったとしても罪に問われることもない術法ですから、問題はないですよね?」


「……まぁ、な。今現在は、ゾヌでもそういう扱いを受けてる術法じゃあるが」


「君ほどの精度で相手の心情を読み取る術者が現れたとなると、それを改める必要が出てくるかもしれませんね。というか、同調術でそんな細かい思念まで読み取ることができるなんて、聞いたことがないですよ。神より恩寵として授かった術法であるがゆえ、ということですか?」


「それはわかりませんけど……少なくとも、今現在俺にはそのくらいならわかる、というのは確かです」


「なるほど……ま、少なくとも今現在、使っても違法でもなんでもない術法なのは事実ですしね。今回は思う存分それを使っていただいてかまいませんよ。こちらには是が非でも隠したいことなんて、少しもないですからね」


「はい。ありがとうございます」


 すました顔でそう言って、ロワは幹部たちに軽く頭を下げた。幹部たちからは苦笑が返ってくるが、一人エリュケテウレだけは、これまでうつむいていたのが、突然悪鬼のごとき形相になってこちらに射殺さんばかりの視線をぶつけ始める。


 まぁ、そういう反応するだろうと思ったから、早めに伝えたかったっていうのもあるんだよなぁ、とロワは内心苦笑した。さっきのやり取りで、ロワは幹部たちに、ロワが同調術を取得していることを伝えたかったのだ。


 その行為の理由はいろいろだが、ひとつにはそれによって、向こうがロワを主な交渉相手として認めてくれるだろう、というのもある。交渉相手がこちらの心をある程度読み取れるとわかっているならば、少なくとも無駄なごまかしをされることはない。


 土精人の男が、小さく咳払いをして、話を再開した。


「それでは、改めておうかがいしますが。資産運用については、我々冒険者ギルドゾヌ支部の人間に、任せていただける、ということでよろしいですね?」


「どうかな、みんな?」


「えっ……いや、その……それ今決めないと……」


「あなた方はこれからゾヌを旅立たれるのでしょう? 今以外に決められる時間の余裕がありますか?」


「ぬっ……それは、その……でもそのええと」


「……僕はロワの意見を容れていいと思う。ロワが読み取った以上、たぶん幹部の皆さま方の心情についての情報は確かなものなんだろう。これまで見てきた限りでは、幹部の皆さま方は別に無能でも勘違いした奴でもない。本人が心の底から自分たちのところに預けるのが最善だと思ってるっていうなら、少なくとも他の選択肢に比べて大きく損ってわけじゃないはずだ。向こうからすれば、それは受け入れてもらわないと始まらない、ってくらいに重要な要求らしいしな」


「えっ、ぁっ……う、のっ」


「んー、ロワとネテがいいっていうなら俺もいいぜ、それで」


「ヒュノ……お前の考え方は理解できているつもりではあるが、それでも一応は考える姿勢くらい見せたらどうだ」


「いや見せても見せなくてもお前らはわかってんだから一緒だろ。お前らがいいんなら俺もいい。あとから文句抜かしたりはしねぇよ」


「んー……じゃー俺もそれでいい! ロワの腕前は信用してるし! ネテの言うことフツーに当たってるだろ!」


「……珍しいな。お前にしては通常まずありえないことに、まともに頭を働かせたようじゃないか。普段はそれなりの頭脳を持っているくせに、まともに動かそうという気力がまるでない奴が」


「はぁ!? ネテお前俺のことすっげー舐めてね!? まーそりゃ普段めんどいからいちいち無駄なこと考えたりはしねーけど、今回はみんなの意見をまとめるのが重要だってことらしいから少しは考えたんじゃん! 必要なら俺でも少しは考える真似事くらいできるよ!」


「必要でも真似事しかできない、と抜かすあたり、お前の思考能力を認める理由が見つからないんだが……まぁそれはいいとして、カティ。お前はどうだ?」


「えっ、やっ、そのっ、う、うぅっ……あーっ……わ、わかった、それでいいよぉっ! うぅ、ぅぅう……」


「……お前にしては相当に渋るな。この状況下でもそういう反応ということは、よほど嫌なことなわけか」


「心配しなくていいよ。カティは単に大金を持っているのに誰かに預ける、っていうのが嫌なだけだから。これまでに何度も嫌な思い出を抱かされるようなことがあったせいで」


『あぁ~……』


「確かに。前に言ってたな。持ち金を合法的にかっぱぐ人間の悪辣さについて、いろいろと」


「まー確かに、あれだけ何度も騙されてりゃ心の傷にもなるわな」


「それなのに女に未だに夢抱けてるとか、ある意味すげーよな!」


「ぬぐっ……ぅぅっ、おま、お前らぁぁぁっ……!」


 半泣きになるカティに見ないふりをして(ここでは『見ないふり』をしなくてはならなかったのだ。カティの頑なさの理由は説明しないと幹部たちに悪印象を抱かれる可能性があったが、それを『些事』として扱う態度を見せないと、向こうに付け込まれそうな気配も感じた)、ロワは幹部たちに向き直り、話を続ける。


「そういうわけで、こちらとしては報酬を預けることについては同意ができました。次の要望について、お聞かせ願えますか?」


「……それではおっしゃる通り、次の懸案事項について話を進めましょう。資産の問題に次いで検討していただきたいのは、冒険者ギルドゾヌ支部があなた方に、どのような時にでも連絡が取れるような直通回線を用意させていただけないか、というものです」


「……直通回線? って、伝達術のですか?」


「その通り。特定の術者間ないし術法具間に回線を通し、どのような時にでも術的障害がなければ即座に連絡が取れる、術的構造体を構築させていただきたい。こちらから頻々に連絡を取るつもりはありませんが、少なくとも大きな案件が浮上した際に、最低でも英雄候補ぐらいの働きは期待できる相手と即座に連絡が取れるか否かは、致命的な展開を回避できるか否かに繋がりかねません。縁あって同じ街のギルドに所属した方が、その『英雄候補』と呼ばれるほどの領域にまで至ったのです、できる限り誼を通じておきたいと考えるのはごく当然のこと、とご理解いただけると思うのですが?」


「えっ……と、えー、と……」


「しかし伝達術であろうと魔術であろうと、そういった直通回線はそれ専用の術法具でも作製しない限り、非常に混線しやすい代物でもあると聞きましたが? 普通の伝達術が指定した相手に直接、いわば転移のごとく間の空間を無視して〝繋げる〟ことが可能なのに対し、あらかじめ回線を繋いでおくやり方では、空間の移動に伴い回線も移動するため、どうしてもねじれが生じる、と。単純に連絡担当者の方といつでも〝繋げる〟ことができるように、互いの心魂の波長と色を脳に刻み込んでおく方がいいのでは?」


「それではその担当者が、不慮の事態で任を退かざるをえなくなった際などに困ることになります。複数の担当者を置けばそういった事態は起こりにくくできるとはいえ、それでもその可能性をなくすことはできない。それに、我々としては、そこまで高度な伝達術を身に着けた人間は、いざという時に全力で働いてもらえるよう、できる限り動きやすい立場でいてもらいたいのです。あなた方との連絡だけに使うのはさすがに、人的資源の浪費でしかないでしょう」


「そ、それはそうですが……その、別に、その方を僕たちとの連絡だけにしか使えないようにしろ、とは言ってないと思うんですが……」


「先ほども申し上げました通り、こちらとしては『いついかなる時も確実に』使用できる回線を保持しておきたいのです。別にそちらにとっては手間になることではありません、その回線に使用する術法具はこちらで用意いたします」


「えっ……いや、しかし、それって、相当の費用が必要になりませんか……?」


 おずおずと問うたネーツェに、土精人の男性は、にこりと、眼鏡を光らせながら笑みを浮かべてみせた。


「あなた方に払った報酬よりは、はるかに安くつきますよ」


「そ、そう、ですか……」


「それに、術法具の作製に時間がかかる、というご懸念も必要ありません。現状のような事態に備え、ゾヌ支部はその手の術法具を、予備含め複数保有しておりますから。ご承知いただけるならすぐにでも術法具の準備にかかりたいのですが、いかがでしょうか」


「え……えぇっ、と……」


 ネーツェがちらちらとこちらに視線を向けてくるのに、ロワは大丈夫だと力強くうなずいてみせながら、あえて念を押す。


「無駄を承知で確認させていただきますが、その術法具を所持することで、こちらに不都合なり損害なりが生じることは――」


「ありません、ご心配なさらず。契約書は用意済みですので、ご確認してくださってかまいませんが、あなたが我々の心を読んでいる――いや、感じ取っている、ですか。ならば、我々があなた方に不利益を与えようとしているわけではない、ということはすでにご理解いただけていると思うのですが?」


「ええ」


 ロワは大きくうなずく。まさにそう言ってほしかった。そういう反応を引き出すために、わざわざロワの同調術の精度についての情報を、事実上開示してみせたのだから。


「それならこちらとしても、断る理由はないでしょうね。……みんな、これも受ける、ってことでいいか?」


「あー、うん。まーロワがそう言うんなら間違いはねぇだろうし」


「俺もいーよ。っつかいちいち俺たちに確認取んなくても全部そっちで進めちゃってよくね?」


「いや、一応確認を取っておかないと、いざ問題が起きた時に責任を追及できなくなるから。『いいって言った』っていう形を残しておくんだよ」


「え!? ロワ、俺らに責任取らせてーのっ!?」


「まぁそういう気持ちがないわけじゃないけど……なにより幹部の方々にとっても、安心できないだろうってことだよ。言質を取ることができなくなるから」


「いぃ……!? や、やっぱ幹部の人ら、俺らの言ったこと全部覚えてて、隙ついてこっち騙してやろうってうずうずしてんのかっ! ちょっとでも下手打ったら金巻き上げられて無一文ってことになんだなっ!?」


「いや、それはないから。まぁそこらへんについては……あとで詳しく説明するよ。まずい事態になったら警告するから、そっちは単純に、相手の言うことを受け入れてもいいって思ったらうなずいてもらえればいいだけ。一応、ある程度の説明はするし、俺がいいと思った選択をしてくれるように説得はするけど……少なくとも、俺がみんなを利用しようとも、裏切ろうともしてない、っていうのは信じてもらえるだろ?」


「そりゃ……まぁ」


「ロワがんな真似するってことは、よっぽどの理由があるんだろう、ってくらいには信じてるけど……」


「……おい、ちょっと待て。そういう信じるだなんだってこととは別問題としてだな……携帯できて、かついかなる状況でも連絡が取れるほどに強固な回線を構築できる術法具なんて、最低でも数十億はすると思うんだが。そんな代物を……これから持ち歩くことになるのか、僕たちは?」


『げっ……』


「なんだよそれ、ムリムリ絶対ムリ! そんなの壊したら一生かかっても返しきれない借金背負うことになるじゃん!」


「ありえねぇだろんな選択肢ナシだナシ! ロワお前なに考えてんなこと……」


「いや、だって……みんな、今の俺たちの持ち金の総額、忘れたのか? 少なくとも数十回は軽く弁償できるだろ?」


「あっ……」


「いや俺たちだぞ!? これまで何十回依頼人に運ぶもの傷つけただなんだってケチつけられてきたと思ってんだ! その術法具だけ何十回も壊すとか、普通にありえるだろうが!」


「……そういうことでしたら、その術法具は、いかなる理由で壊したとしても……まぁ、あなた方が故意にこちらに損害を与えようとして壊した場合は除きますが、弁償金を請求しない、という事項を契約書に書き加えさせていただく、ということではいかがでしょう?」


「へっ……? や、だってあの、数十億ですよ!? 数十億! そんなもんそんな風にあっさりと……」


「まだちゃんとわかってねぇようだから繰り返し言ってやるとな。俺たちは、それだけの金をどぶに捨てることよりも、お前らという戦力を常時確保することを重んじてる、ってことだ」


『…………!』


「あたしらは冒険者ギルドの人間だよ。そして少なくともこの街では、防衛戦力の要であり、いざという時に市民たちが自分たちを護ってくれるとあてにする相手であり、防衛の役目が果たせなかった時によってたかって袋叩きにされる存在でもあるんだ。だからその『いざという時』の助けの手は、喉から手が出るほど欲しいのさ」


「あなたたちは、それだけの力を手に入れてしまっているのよぉ? 女神の加護と、邪神が転生した邪鬼の討滅という、とんでもない試練を乗り越えることでねぇ。大陸内でも有数とされるような、とんでもない英雄とまではいかなくとも、その候補として扱ってもどこからも文句が出ないほどの力を、もうあなたたちは持っている。そんな相手を、あだやおろそかに扱えるわけがないでしょぉ? ……というか、そうねぇ。ここはきちんと、筋目を通しておくところ、かしらねぇ?」


「……そうなるかね。というか、もっと早くにやっておくべきだったか。やれやれ、あたしらも焼きが回ったもんだ」


「まぁ、しょうがねぇだろ。こっちもやれるだけのことはやっとかなきゃならなかったんだ。だが、まぁ、そうだな。ことここに至っちゃあ……わざわざ向こうさんの方からお膳立てまでしてもらってるんだしな」


「それでは、みなさん……エリュさん、あなたもですよ」


「………はい」


 小さくかすれた声でエリュケテウレは答え、ひそやかに立ち上がる。他の幹部の面々も揃って立ち上がると、いっせいに音を感じるほど深々と、自分たちに向けて頭を下げた。


「………へっ?」


「ぇ、え……? なに?」


「このたび、英雄の領域へ至られたみなさま。どうか、切にお願いいたします。我々を、お救いください」


「この街が再び脅威にさらされた時の救いの手となっていただけまいか。民人の心の支え、希望の灯となってはくださらぬか」


「そのためならば我々は、みなさまにできる限りの支援をし、できる限りの協力をいたしましょう。お望みのことあらば、それを叶えるべくできる限りの血を注ぎましょう。ですからどうか……」


「私たちを、この街の人々を、災厄からお守り下さい。お救いください。街を護り、救う、英雄となってください。どうか、伏してお願い申し上げます」


「…………、…………」


 その場が数瞬しんと静まり返る。固まった自分たちの前でギルド幹部たちは、頭を下げた姿勢をしたまま身じろぎもしない。そのままきっちり一短刻ナキャン頭を下げ続けたのち、幹部たちとエリュケテウレは揃って身を起こした。


「……さて、それではお話を続けましょうか。この件に関しては同意がいただけた、ということでよろしいですね? 続いての懸案事項についてですが――」


 それからの話し合いは、誰も特に言葉をさしはさむことのないままさくさくと進み、ギルドからの申し出をすべて全面的に受け容れる形で――ただしその申し出がすべてギルド側が大きく譲歩した、というかほぼこちらに無条件降伏する形のものであることが伝えられた上で、会議は終わった。

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