第73話 決意と先導、ないし扇動

「別の街に行く。この街出る。断じて、断固として、なにがなんでも、天地がひっくり返っても、この街出て行く」


 据わった目で宣言するカティフに、仲間たちは揃ってため息をついた。


「カティさぁ……まー、そう思う気持ちはわかんないでもねーんだけど……」


「そういうことを考える動機が、娼館の客になれないから、というのはさすがになんというか、物悲しいものがあるぞ……」


「まー、真面目に気持ち、そこそこわかるしな。俺も焦ってはねーにしても、いつまでも童貞捨てられないっつーのはさすがにちっと嫌だし。けど、理由そんだけで街出てくったって、どこ行くんだよって話になんねぇ?」


「うるせぇ。俺はなにがどうなろうとこの街出て行く。お前たちが嫌だっつーんならパーティ抜けてでも出て行く」


「お前な……」


「っつかさー、単にどっか別の街の娼館に行きたいだけならさ、転移術のお試しついでに、これまで行ったことのある別の街まで転移して娼館に行く、っつーんじゃ駄目なの?」


「それ本気でできんのかっ!!」


 すさまじい勢いで喰いつかれ、ジルディンは目を瞬かせつつ後ずさりしたが、問いには素直に答える。


「うんまぁ、まだ長距離転移はやったことねーから、そのお試しついでにってことなんだけど。あのおばさんたちに、大陸のあっちこっちへ転移させられたじゃん。俺がはっきり覚えてるとこなら、普通に転移できると思うぜ?」


「よっしゃあっ!! ならっ……」


「いや、待て。はっきり覚えてるところって、どこだ。一度は僕もお前があちこち転移させてもらった場所に自在に移動できる、という前提で話をしたが……考えてみたらだな、転移術に暴発や暴走の危険性がほぼないとはいえ、転移する先の情報を取得できない状況では、転移そのものが普通できないと思うんだが? はっきり像を描けるほど覚えているなら可能だろうが、お前あちらこちらへ転移させられた時に、そんなにはっきり行った先の景色やら状況やらを覚えられたか?」


「うっ……そ、それは、その……まぁ、そんなにはっきり覚えてるかっていうと、嘘だけど……」


「駄目なんじゃんっ!!!」


 再び絶叫して、慟哭するがごとく頭を抱えて床に伏せるカティフを横目で眺め、こりこりとこめかみを搔きつつヒュノがネーツェに問う。


「んじゃ、ジルの転移術って、もしかしてこれからもまともに役に立たねぇのか? ジルがそこまではっきり景色やらなんやらを覚えられる気、俺あんましねーんだけど」


「いや、それは心配ない。僕が勉正術で、記憶・記録した土地の情報をジルの脳に刻み込む。それならどれだけ時間が経とうとも、行ったことのある土地のことを忘れることはないはずだ。景色が変わることがあっても、座標情報があれば使い魔を転移させることはできるだろうから、使い魔から情報を送ってこさせれば安全に転移ができるだろうし。……まぁ、英雄の人たちに連れ回された土地については、そもそも僕もあんまりはっきり印象に残っていないし、情報を記録してもいないしで、どうにもならないんだが……」


「へー、そのべんせいじゅつ? って、そんなこともできんのか。便利なんだな」


「え? ……ふっ、ふふっ、そうだろうそうだろう。僕の選択の正しさがようやく理解できたようだな。それならそれで言うべきことがあるんじゃないか? え?」


「うん、これからよろしく頼むぜ」


「あ、うん……じゃなくてだな!」


「やっぱり俺は街を出る。出るしかねぇ。この街以外、邪鬼の噂なんてまともに届いてもないようなとこで、娼館借り切って童貞捨ててやるっ!」


「いやだからお前、それはいくらなんでもな!」


 仲間たちがわいのわいのと騒ぎ出した頃を見計らって、ロワは口を開く。まさかこういう状況で言うことになるとは思っていなかったが、これは、ある意味好機だろう。


「なぁ。聞きたいんだけど。……この街を出て、別の土地で冒険しちゃいけない理由って、なにかあるか?」


「え……」


 不意をつかれた顔になって、ネーツェは眉を寄せ考え込んだ。


「……まぁ、確かに、今となっては別にない、のか……? もともと僕たちがこの街で冒険者になったのは、この街でなら初心者でも食べていけるぐらいの依頼は大量にあったから、なわけだし……少なくとも、加護によって大きく成長した今の僕たちの腕ならば、むしろこの街を出て広い世界に出て行く方が、当たり前というか、あるべき姿なのかも……」


「おっ……だろだろだろっ!? やっぱこの街出てくしかねぇよなっ!?」


「んー、言われてみりゃ、確かに。俺らの場合、依頼請けてもやたら面倒なことになる時ばっかだったから、どんな依頼請けてもあっぷあっぷしてたけど……基本的にはこの街での冒険者の仕事って、あんま腕のいい奴がやるようなもんじゃない時の方が多いもんな。基本、駆け出しが冒険者の心得を学ばせてもらうような、勉強料込みでの依頼が大半っつーか……まぁその分、受ける依頼がなくて困るってことはなかったけど」


「あー、それはそーかも。ゾヌでの冒険者の仕事の大半はだいたい金持ちやら一般市民やらの下請けだ、ってーのは誰でも知ってる話だし。んじゃさ、俺らも一応……たぶん、駆け出しぐらいのよりは、腕が立つ? よーになった? からには、ゾヌから別の土地に旅立ってった方がいいのかな?」


「うん、まぁ……そうなるのか。女神さまの加護で急成長させていただいたから、自分たちが駆け出しを脱したという実感がある、というと嘘になるんだが……」


「いやでも実際、駆け出しの域くらいは普通に脱してると思うぜ? っつか、腕前だけだったら女神さまに加護をもらう前から脱してたんじゃね? 扱いが駆け出しだったのは、依頼と運の巡り合わせが悪くてまともに依頼達成できなかっただけで……」


 話の流れが『ゾヌを出て別の街で冒険する』という方向に向かっていることに、ロワは内心安堵の息をついた。この街に居座るということになったらどうしようかと、実は話を聞いてからずっと危惧していたのだ。


 まぁ大きい仕事を片付けたばかりだし、とりあえず一巡刻アユンぐらいは休んでから話をしようと考えていたものの、もし万一女神さまたちが危惧した展開が訪れてしまったらと思うと、正直不安だった。なにせ人間とは比べ物にならないほど長い時を生きる女神さまたちが、その叡智でもって導き出した『最悪の未来』だ、そこに繋がる流れは断ち切っておくに越したことはない。


 エベクレナたちは『いや別にそんな大したもんじゃないから!』とは言っていたが、未だに自分では理解しえない知識を当然のように語り合う方々の言葉なのだ、できる限り謹聴するのが当然だろう。……たとえ、単に茶飲み話の流れでそういう話をしただけだというエベクレナたちの主張に、限りない信憑性を感じていようとも。




   *   *   *




 茶菓子とお茶をいくつも消費しながら、二度目の茶会が始まってから体感で半長刻クヤンほど過ぎた頃、ふいにゾシュキアがこんなことを言いだした。


「あのさ、聞きたいんだけど。これから先の最悪な展開って、どんなのが思いつく?」


『はぁ……?』


「なんですかそれ? いきなり推しがその辺のメスとできちゃった婚とか、そういうのじゃなく?」


「や、まぁそれはフツーどんな人も嫌だと思うけどさ。なんつの、あくまで健全な視点から見た時の……『こういう話の展開とか常識的にどう考えてもなしだろ』みたいな展開。フのない視線で見てすら、こーいう展開は絶対納得できない、みたいの。今日ジル子たちがあたしらの加護を受け続けるために冒険者続けなきゃ、って話してたじゃん? そんでついそーいうこと考えちゃったんだけどさ。なんかある?」


「えぇー……そういう風に聞かれると難しいですね……まぁそりゃ個人的な話の好みっていうのはありますけど、そもそも私らが推してる相手って、人次元にんじげん上でちゃんと生きて魂持ってる子らなわけですし……」


「あー、そこらへんの違いはあるわよねぇ。『話的にここで推しが死ぬとかありえない』みたいな安心感皆無というか。生存率が加神音かきぃんした分だけしか保障されないというか。まぁ逆に言えば、少なくとも加神音かきぃんした分だけは確実に保障されるわけだから、神に日々祈りと神音かねを積み上げる今の推し活ライフは、私的には嫌いじゃないんだけど……」


「命と魂を実際に持ってる相手だって知ってるから、やっぱりどうしてもある程度の遠慮はしちゃうよねぇ。まぁフ妄想はするけど」


『それはね~』


「もはや人生のパートナーだものね、そういう思考。それなしでひたすら純粋な目で鑑賞せよ、って言われてもそんな無茶なとしか言えないっていうか」


「推しご本人さまには断じて見せられないし、見せたくないし、そういう妄想の存在すら知られたくないけど、しちゃいますよね~。もちろんその妄想を推しさまの住まう次元に影響させるとかは、断じて許されませんけども。もし影響させようとしてる奴とかいたら即極刑ですけども」


「まぁ、あたしらは次元の違う子たちの人生を鑑賞して、それを好き勝手に応援してるだけにすぎないんだから、そんな自分勝手っちゃあ自分勝手な想いを、実際に必死に生きてる子たちに一方的にぶつけるとか、普通に迷惑だし失礼だよね。ただまぁ、それはそれとしてよ? 健全に、普通に、あくまで一人の推しを素直に応援する女子として、推しがこういう目に遭ったら嫌だな、みたいなの、なんかない?」


『う~ん……』


「……そうね。やっぱり、ネテくんが脱・眼鏡とか、悪夢よね」


「あっは、やっぱギュマっちゃんはそこにきちゃうかー」


「ギュマっちゃんらしいといえばらしすぎる台詞ですね……」


「当然でしょう? 私の推し欲はどこまでいってもどれほど高まっても、究極的には眼鏡愛。たとえそれが推しにとってかけがえのない成長の証とか勇気をもって踏み出す一歩とか心からの愛を示す形とか、そーいう高尚っぽい付加価値がどんだけくっついていようとも、脱・眼鏡というのは私にしてみれば推しの死も同然。泣き叫び猛り狂い絶望に打ちひしがれてもまだ足りない惨事よ。そんな悲惨な展開にだけはなりませんように、と個人的に毎日神に祈ってるくらい、私真面目に脱・眼鏡については警戒してるから」


「もぉー、ギュマっちゃんってば単一属性主義者なんですから……まぁ、推しのどこに推し欲を掻き立てられるかっていうのは、推し活する者にとってはいわば、魂の根源に根差す命題ですからね。そこに口を出すなんて野暮な真似はしませんけども」


「ほほう。そーいうエベっちゃんはどーなの? なんかそーいうのあんの?」


「え、私は……そうですねぇ、やっぱりこれは普通に勘弁してほしいっていうのは……パーティ解散、ですかねぇ……」


『あぁ~……』


「それは確かに健全な視点から見ても嫌だわ。いや話こっからやろ! って言いたくなるところで別れ別れになっちゃうとか」


「でしょ? 新たに力を得た今一人一人それぞれの道を新たに歩み出す……みたいなアオリついてても絶対嫌ですよそーいう展開。新たな道を歩み出すからこそその隣に友達が、仲間がいてほしいと思うってのに、あっさり別れ別れになっちゃうとか! 寂しいでしょ切ないでしょやってらんないでしょ、嬉しいも楽しいも充実も、隣にいて一緒にその気持ちを分かち合ってくれる相手がいるからこそより輝くってのに、時々そこらへんのこと全然わかってない人がしゃしゃり出てきて、そーいう展開に持ち込んだりしちゃうんですよ……! もう本気で絶許としか!!」


「あー、エベっちゃんらしいねー……まぁエベっちゃんはそもそもさ、仲間同士の仲良し友情描写大好きだからそういうの嫌なのはわかるけど。誰も彼もが嫌がるわけじゃないよ? あたし的にも寂しいなーとも思うし、別れ別れになった後でここであの子がいてくれればーとかも思うけどさ、あたし的には仲間と別れて新たな旅へ、っていうのわりとアリだから」


「えーっ、そうなんですかー!?」


「うん。別れたらまた新たな出会いがあるわけだし、推しのいろんな相手との組み合わせを見れるのって嬉しいし。それにあたしの価値観からすると、推しが誰かと別れるのって、わりと性癖に沿ってるんだよね。出会いと別れをくり返して、人生経験を積んでいってこそ、男には深みが出るもんでしょ。それでこそ筋肉もより輝きを増すってもんよ。まぁいついつまでも気の合う仲間たちと一緒、ってーのもそれはそれで好きなんだけど」


「うーん……アジュさんの性癖のツボって、いまだに私よくわかんないですねぇ……地雷もどこにあるのかわからないですし。ていうか今晩カティくん娼館に向かってましたけど、あれはアジュさん的にはいいんですか? 私だったら確実にポイント減なんですけど。だって男が同じ女を金で買うって、ある意味人身売買みたいなもんって感じしちゃいません?」


「あっはっは、まーエベっちゃんの気持ちも理解できなくはないけどさ……あたしはぶっちゃけそれでガッカリとか全然ない。だって女だって男金で買うことあるんだし、お互い様じゃない? 男の中には女をものとしてしか見てない、自分を気持ちよくしてくれる道具としてしか見てない奴ってけっこういるけど、女だって男をまともに見てない、自分の描いた青写真の構成要素として使うだけって奴とかそれなりにいるんだし。男も女も人それぞれ、身勝手もエゴの押しつけもあって当たり前ってもんでしょ」


「えぇー? これそういう問題ですか? 私は男だろうと女だろうと、性を金で買うって、すんごい失礼っていうか、人の尊厳を踏みつけにする行為って感じるんですけど?」


「でもそーいう風に、関係を金で、誰でも必死になれば稼げる代物で手に入れられることで、救われる人も確かにいるでしょ。風俗やらなんやらがあったおかげで、一瞬でも夢が見れて、一瞬でも救われて、それをよすがに一生を過ごした人はけっこういると思うんだよね。まーその何倍もの人を不幸にしているんだろうな、とも思うけど?」


「ダメじゃないですか! いや、ていうかそういうことを話したいんじゃないんですよ私は!」


「そーそー。せっかくの機会なんだもん、推しへの思いを語ってよ。アジュさん的には、カティくんが女買ってもガッカリしたりはしないってのはわかったけど、具体的にどう思うのかは教えてほしいかな、せっかくだから」


「……んー? そーだねぇ……むしろおいしいシチュかな、あたし的には」


「お、おいしい、んですか」


「うん。無事童貞を捨てられても、本番を前にしてヘマこいて脱・童貞ならずでも、どっちでもおいしい。童貞捨てて男になっていく過程ってーのは、筋肉に深みを与える経験の中でも、最上級ってくらいにおいしいシチュじゃん? エロを我が身で味わって、汚れた世界に踏み出して、そこで筋肉を鍛え続けられるかが男の真価を決めるわけだしさ。そうしていい男になってく推しの筋肉をぶち抜いて凌辱してこそ、最高の歓びが味わえるわけだし……!」


「くっ……わかりたくないですが、わからなくもない自分がいるのが悔しいッ……!」


「じゃあ脱・童貞ならずっていうパターンもおいしいっていうのはなんで? 男として成長していくのを阻害するってことにはならないの?」


「いやそれはそれで、現在の行動の端々から匂う童貞スメルの堪能継続できるから楽しいじゃん。恋愛は手を繋ぐまでが一番ドキドキするっつー乙女思考って、何気に正しいと思うんだよね。そういうイキそうでイケないもどかしい青春の青臭いなんじゃかんじゃをニヤニヤしながら見守るとか、あたし的に推し活の中で、どんな相手でも共通して楽しめる鉄板シチュなんだけど、みんなは違うわけ?」


「ぐぬっ……それは、まぁ、素直に同意できなくもないところですが……私たちだけじゃなく、どんな推し活民にとっても楽しめる、王道的シチュだとは思いますし……」


「まぁ私たちは基本その青春の相手が男であってほしい、あってくれっていう欲望を抱いてはいるけどね。もちろんそんな欲求を神に凸する、なんて迷惑この上ない真似はしないけど」


「う、まぁ、そうですね……でもフとしての視点とは別に、推しが女子と青春してるのって、わりと見てて楽しくないですか? いやどんだけ見せつけられてもフ的な視点は消えませんし、隙あらば全力で『実は推しはこの時こんなことを思って、後で誰も知らないところで彼と会ってこんな風にいちゃいちゃしたに違いない……!』的な妄想はねじ込みますけども! それはそれとして、推しが女子にモテてるのはまた違うよさがあるというか、健全な男女交際的シチュで青春してくれてるの見てるのは、心が和むというか暖かくなるというか……」


「えぇー? 私は全然思わないけど……そんなシチュ見ることになったら『私の推しが女に穢された!』ってクッションにナイフ突き立てちゃうなぁ、絶対」


「いやギュマっちゃん、いつも言ってますけど突然病まないでもらえせんかね……? 私そういうのマジ怖い人なんですが……」


「まぁまぁ落ち着いて落ち着いて。ギュマっちゃんだってそーいう反応、プライベート以外で見せたりしないって、エベっちゃんもわかってんでしょ? っていうか誰にでもそーいうとこあるから。単に表に出さないだけで。ってかそれよかさ、エベっちゃんって男女もイケる人だったんだ? 何気に初じゃない、それ聞いたの?」


「……いや、イケるってほどじゃなくて、単に見る分には楽しめる場合もあるってだけなんですけど。というか今さらですが、アジュさん的な青春と私の想像する青春に、なんかかなり開きがあるような気がしてきたのは私の気のせいですか? なんかアジュさんの青春って、青臭いって言葉からもう、別の意味合いに聞こえてきちゃうというか……」


「ああ、それ私も思ったわ。ある意味文学的? と言えなくはないのかもしれないけど、なんていうか……」


「ああ、『ピーッ!』臭い的な?」


 唐突にぶふっ、とエベクレナとギュマゥネコーセが揃って噴き出す。


「ちょっとアジュさん……! それ、ちゃんと意味がわからないよーにフィルターかけて言ってるんでしょうね!?」


「だいじょぶだいじょぶ。いまさらエベっちゃんにキレられるのもめんどいし、ちゃんとかけてるって。おんなじことくり返すのって、お笑いの技術的には加減何気に難しいんだよ?」


「いや私別にこーいう状況でお笑いとか求めてないんですけど!? 推しのぴゅあっぴゅあな心が穢されるかどうかって、私的にはマジで自裁するか否かの瀬戸際なんですが……!」


「まぁ、アジュさんも別にエベっちゃんをキレさせたいわけじゃないだろうし、そこは信用してあげなさいよ。……っていうかやっぱり、アジュさんそーいう意味も込みで言ってたんだ?」


「むしろそういう意味しかないぐらいの勢いだったけど? 男子の青春っつったらエロ、下ネタ、性欲なしじゃ始まんないでしょ! 二輪の片割れ、比翼の片羽、トマトのついてないハンバーガーってなもんよ!」


「……ハンガーガーって普通、トマトってついてないものじゃないの? それを言うならキャベツでは?」


「え、むしろキャベツがついてるハンバーガーの方がレアじゃないですか!? いやどちらも変ってほどではないですけど……」


「えぇ、トマトないハンバーガーとか味気なさすぎない!? 味のメインでしょ! トマトごとがっぷりかじるからパンに付けたソースが生きるんじゃ!?」


「え、パンに付けてるんですか、ソース!?」


「どうどう、落ち着いて落ち着いて。生まれたとこによって料理に違いがあるのは当たり前だから。むしろ翻訳機能が『だいたいこんなもん』的に近いものを持ってきてるだけって可能性もあるでしょ? あたしらが同じ料理のことを話してるかどうかも、実際にはわかんないんだからね」


「う……そうでした。翻訳機能、便利というかそれがなくちゃなんにもできないものではありますけど、微妙に仕事雑ですもんね……」


「だねぇ……どんなもののことを話すにしても、ニュアンス込みでだいたい近いものを即座に当てはめてくれるのはいいんだけど、近い言葉とか全然なかったら、『なんかよくわかんないことを言われた』みたいにテキトーに訳されたりするもん」


「基本深いところまで喋ろうとしたら難儀する機能よね、実は。話通じてるようで通じてない、とか仕事の時でも時々あったりするし。……まぁ、創始者の方々が万が一を考えて打った手が見事に当たった今となっては、そういうところも必要だったのかなと思うけどね」


「確かに! 創始者の方々にはマジに足を向けて寝られませんよ私。もしその万が一の時の備えがなかったら、私がロワくんと会ってパニくって暴走した時とかに、漏れた言葉をもしロワくんが『理解』してしまったらと思うと、真面目にぞっとします!」


「ま、それはそれとしてさ。アジュさん的に、健全な視点から見ての、推しに訪れる『頼むから勘弁してくれ』って感じの展開って、なに?」


 問われてアーケイジュミンは、うーん、としばし考え込んだ。


「そーだねぇ……健全な視点から見て、って言われると……んー。やっぱりそーだなぁ……鍛えるのをやめる、って展開かな」


「……え、それって……真面目に、健全な視点から見ての話なんですか?」


「うん。あたし的に推しを推さずにはいられないっ! って熱情の根本はさ、筋肉なんだけど。いわばそれって、推しの男としての人生の集大成でもあるわけよ、健全な視点から見ると。人生の中で、目的の大小はあるにしろ、自分を高めようっていう意識があって、それに全力を尽くしてきたオスとか、いい男にしかなりようがないでしょ? あたしはそーいう男が好みなわけよ。まぁ性癖的にはそーいういい男を凌辱したいわけだけど、健全な視点からってことなんで、そこはいっぺんおいとくとしてもさ」


「うぅん……まぁ、推したいという想いって、性癖とある程度関わってくるのは、ある意味必然的ですからね……」


「そうね、エロに一度染まった人間なら、推し欲にエロ視点が入り混じるのはしょうがないと言えるかも。むしろアジュさんの中に健全な視点というものがあったことが驚きだわ」


「まぁほぼないけどね、そんな思考。健全に考えろっつーから無理やりひねり出しただけで」


「いやそこ威張るとこじゃないですからね!?」


「ともかくさ。筋肉大好きで、それがない男とか基本男として見れないあたしだけどさ、究極的には『いい男だったら是非もない』って感じなわけで。あたし的ないい男っつーと、そういう自分を死ぬまで鍛え続ける、進み続ける男になるわけだからさ。頼むから勘弁してくれって展開っつーと、そうなるかなーって」


「なるほどねぇ……」


「……っていうかゾっさん! ゾっさんはどーなんですか! あれこれ私たちに聞いといて、自分は全然ネタ提供してないですよね!」


「あたし? あたしは単純だよ。足を止めちゃう展開」


「……え、どゆこと?」


「抽象的すぎてピンとこないから、もうちょっと詳しく」


「ん-とね、アジュさんの、鍛えるのをやめる、って展開と、似てなくもない感じなんだけどさ。どんな道を進むかは推しそれぞれで全然違うのは当たり前だし、冒険者だった子が引退するとか、英雄と呼ばれた子が隠遁するとか、そういうのもあたし的には全然アリな感じなんだけど。それでも、なんつの……あたし、生きるってのは、前にしろ後ろにしろ、どっかへ進むことだと思ってるから。どこにも進まないで、停滞し続けるってのは、あたし的にだいぶナシな展開なわけね、推しの人生としてはさ」


「あー、なる……」


「……でもそれ、基本自宅でのリモートワークを何百年何千年と続けてる、私たちが言っていいことなんですかね……?」


「確かに」


「あー、まーそれはそーなんだけどさ、だからこそそーいう進み続ける子があたし的に推しになるわけよ。そういう風に進み続ける子をずっと応援することで、この大陸っつーかこの世界を、ちょっとずつ前に進ませてるって気持ちにもなれるしね」


「なるほど……」


「そんなわけで、あたしとしては、進む足を止めて停滞し続けるって展開が一番最悪な展開で。ギュマっちゃんが推しの根本の存在意義を見失うこと、エベっちゃんが仲間が別れ別れになること、アジュさんが鍛えるのをやめること、って感じでいい?」


「え? ええ、まぁ……ギュマっちゃんについてはだいぶ粉飾してる感ありますけど……」


「いえ、その通りよ。私にとって推しの眼鏡はなににも勝る存在意義! それを見失うことはすなわち、私の中の推し欲を殺されることに他ならないのよ! キリッ」


「キリッ、じゃねーわ。……っていうかあのさ、ゾっさん。このタイミングでその発言って、まさか……」


「うん。……とりあえずこんなのがあたしたちの考える最悪の未来なんだけど、納得してくれたかな?」


「あ、はい……ありがとうございます」


 味わっていた茶菓子を慌てて飲み下し、ロワはゾシュキアに深々と頭を下げる。とたん、女神たち――主にエベクレナが絶叫した。


「……え」


「え゛、え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛え゛ぇ゛っ゛!!?」


 そして叫ぶのみならず即座に立ち上がりゾシュキア(の姿の映った水晶板)に飛びついてがっしとわしづかみ、すさまじい勢いでくってかかる。


「ちょっとぉぉおっ!! ゾっさんなんですか、あんた詐欺師ですか、私の推しに私たちの評価を下げさせて、穢れを注入して貶める策謀でも張り巡らせてんですか!? 私思いっきり何度も言いましたよね、ロワくんと話す時はちゃんとフィルターつけろって、アジュさんの失敗エピソードも交えて、全力ガチの勢いで! このお茶会の前にもその話したでしょ!? まさかそれ忘れたとか抜かすんじゃないでしょうね、どういうつもりなんですか、え、どういうつもりなんですか!?」


「ちょっエベっちゃん、言う、言うから端末振り回すのやめて、それやってもあたしには視覚的ダメージしかないし……」


「ま、待ってください、エベクレナさま! あの、今回の一件は、俺がゾシュキアさまに頼んだことなんです!」


「………えっ?」


 ぽかんとした顔になって振り返るエベクレナに、ロワは懸命に説明を始めた。こちらの願いを聞き届けてくれたゾシュキアに、これ以上断じて迷惑はかけられない。


「あの、これはその、俺ができれば女神さま方に、ご意見を伺いたいな、って思っていたことなんです。女神さま方から見た時の、自分たちの最悪の未来というか……避けるべき選択というものについて、教えていただけないか、って。それを察してくださったゾシュキアさまが、『私が茶飲み話の中でそういう話題を振って、自分の言葉だけは人間にも聞こえるようにしておくから、女神たちの率直な意見を聞いてはどうか』って提案してくださって……!」


「え、ちょ……ゾっさん……あなた、ロワくんがそんな様子を見せてたのに、気づいたんですか……!?」


「そりゃまぁねぇ。私も長いこと生きてるし。ただでさえなに言ってんのかわかんない女どものお茶会に付き合わされて、退屈してんだろうなー、なんかわかる話振ってあげた方がいいかなー、って思って様子うかがってみたら、そういうこと考えてたからさ。じゃあ一肌脱ぎますか、って思ったわけ。ジル子たちの話で、こーいう話を思いついたっていうのもホントのことだしね」


「え、でも口に出してそんな話してたわけじゃないよね? かといって端末持ってない相手にメッセージ送れるわけないし……」


「いや送れるよ? 文章の形で人次元にんじげんの子にメッセージ送る機能って、普通にあるし。ちゃんと簡易文字会話としても使えるようになってるから。まぁこの部屋にいる子に向けて送るには、ちゃんとそれ用のフォーマットに変えないといけないし、その上で座標やら個人識別信号やらの情報ちゃんと調べて入力しないといけないしで、無駄にめんどくさいから誰もやらないだけで。マニュアルにちゃんと書いてあるし」


「うっわ、さすがベテラン」


「ゾっさんってほんとそういう、なんのためについてるのかわからない機能とか、活用するのうまいわよねぇ」


 ゾシュキアとアーケイジュミンとギュマゥネコーセがそんな和やかな会話をしている横で、エベクレナはふらりとよろめき、そのままがっくりと膝をついた。戦い破れた戦士のごとく、打ちひしがれながらも悲嘆に耐えかねたというように慟哭する。


「世界の誰よりもロワくんを見つめている私がっ……全身全霊でロワくんを推していると自負する私がっ……推しの細かな感情の揺れに、気づくことができなかったとかっ……! しかも友達に気づかれて、私が気づかない間に相談まで受けられてるとかっ………! 女神がどうこうって以前に、推し活民としてっ、推しを愛すことを知る者としてっ、情けなさすぎるっ……! 私はっ……私は、自分が、恥ずかしい………! もはや自裁するしか……!」


「いやいやいや落ち着いてください落ち着いて! 別にそんな他の人がなに考えてるか気づかないとかごく普通ですし!」


「っていうかさ、それってエベっちゃんがロワくんのこと、ロワくんとの業務連絡やらなんやらが終わるや否や、できるだけ見ないように意識しないようにってしてたからじゃないのー? あたし的にはむしろそっちの方が気になったな、なんか無理してんなーって」


「しょうがないじゃないですかっ!! だってお茶会ですよ!? お茶飲んでスイーツ食ってしょーもないことぐだぐだくっちゃべってなんぼの席ですよ!? そんなプライベートタイム以外になりようがないところに、推しが! 天に輝く眩い星が降りてくるとか! ド緊張丸上がりなんてレベルの話じゃありませんよ、ぶっちゃけロワくんのこと意識してたら私まともにしゃべれませんでしたからね!? でもこのお茶会は上司からの指示だから断れないし! できるだけ見ないように、存在すらできる限り意識しないようにするしかやりようないじゃないですかっ!」


「あー、まぁねぇ。複数の神の眷族との同時交流のデータが必要ってことらしいから、しょうがないっちゃしょうがないんだけど」


「でもそれでお茶会って言われてもねぇ。これまでみたいに話さなきゃならない大事なことがあるっていうんなら、まぁ覚悟を決めてしゃべるしかないけど。ぐだぐだ無駄話するのを楽しむ席で、推しと面と向かって話せ、っていうのは無理よねぇ、普通に。私聞いた時エベっちゃんに同情したもん」


「わかってくれますかギュマっちゃんっ! うぅ、ぅうう、おのれ上司、おのれ技術部、推しとの時間を無駄にさせたこの報復は必ず……!」


「あ、えと……すいません、俺、なにかまずいことを……?」


「いえいえいえいえっ、ないですっ、そういうんじゃないですっ、ホント全然気にしないでいいことですからっ!」


「本当、ロワくんは全然悪くないから。気にしないでね、お願いよ?」

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