第71話 願いへの応え

 一通りの説明を終えたのち、とりあえず考える時間を要求した自分たちに、エリュケテウレは『それではもうしばらくこちらでお待ちください』とだけ告げてとっとと退出する。まだここにいろってことか、とげんなりした顔を見せる仲間たちに、ロワは「ここにいる間に結論を出してくれってことなんじゃないか」と話題をそちらへ誘導しようと試みた。


「それは、まぁ向こうもとっとと結論を出した方が嬉しいことは間違いないだろうが。しかし……資産運用、ねぇ……」


「なに言ってんのか、ぶっちゃけよくわかんなかったなあの女」


「俺も俺も! なんかやたら長々あれこれ喋ってたけど、よーするになにが言いたいのかはっきりしてくれって感じだよな!」


「つーか……よくわからん、っつーより怪しくねぇか? 要するに、金を預けろ、って言ってんだよな? 預けた金を好き放題使われても、俺らは文句言えねぇってことじゃねーのか?」


「いや待てそれはさすがに文明から後退しすぎだろう。お前らだって、貨幣経済において資産運用がどれほど大きな意味を持つか、わかってないわけじゃないだろう?」


「いやわっかんねぇよ。なんでわかってると思うんだよ」


「つかかへーけーざい? ってなんだよそれ? しさんうんよーとどう関係してるわけ?」


「いやいやいや! これがわかってないとかさすがにまずいだろう、お前らいったいどういう教育を受けてきたんだ!?」


「え、孤児院の教育係の神官のおっさんおばさんたちから、神官になるのに必要なきょーいく? ってのはあれこれ教えられたけど、しさんうんよーがどうとかってのは一回も教わった事ねーなー」


「っつか、教育ってのはどーいうもんなんだ? 俺誰かに教わったことって、ギルドで冒険者試験に合格する前に教わったあれこれと、今回英雄の人らに教わったあれこれ以外だと、親父に教わった剣術しかねーけどな? あ、剣教わる前に一時期預けられてた人のところで、簡単な読み書き計算は習ったんだったか……?」


「……俺は生まれてこの方、教育なんてもんを受けたのは、ガキの頃に受けた騎士隊の従者になるための最低限の教育と、冒険者ギルドで冒険者になるための最低限の教育との二度だけだ。自分の受けた教育を他の誰も彼もが受けていて当然、なんぞと勘違いしたこと抜かしてんじゃねぇぞ」


「っ……」


 ネーツェは顔からざっと血の気を引かせて、小さな声で「悪かった」とだけ呟く。カティフは鼻を鳴らしながらもうなずきを返し、ヒュノとジルディンは『なにを謝られているのかわからない』という顔で首を傾げる。お互いの反応を見届けたのち、ロワは再びさっきの話題へと話の流れを引き戻した。


「じゃあ、資産運用っていうのはどういうものなんだ? ネテ、説明してくれよ。俺だって完全にちゃんとわかってるかっていうと、そういうわけでもないしさ」


「そーだな。頼むわ、ネテ」


「うんうん、てきぱき説明してくれよな! あとわかりやすく!」


「……ああ、そうしてくれると助かるな。頼めるか、ネテ?」


「し……仕方ないな。じゃあ簡単に、かつわかりやすく説明してやる! ……というか、要点だけしか言えないからな、僕も。決して専門家というわけじゃないんだから」


「わかりやすいんだったらなんでもいーよ。とっとと言えって」


「じゃあ、本当に要点だけ言ってやる。資産運用というのは、金持ちの持っている金を増やすと同時に、周りにちょっとずつ金を配るための仕事だ」


『………はい?』


「いやわかりやすく言えっていったじゃん! なに言ってんのかさっぱりわっかんねぇよ!」


「それじゃあ一から説明するぞ。まず金持ちがいたとする。周りの人間全部の持ち金を合わせたよりも金を持っている金持ちだ。こいつが金をずっと貯金しっぱなしにして、質素倹約に努め、どこかに大金を支払ったりしない生活をしていると、周りはすごく迷惑する」


「へ? え、な、なんで?」


「仕事が生まれないからだ。たとえば金持ちが大金を払って大きな屋敷を建てようとするなら、大工、技師、林業、鉄鋼業、いろんな人に仕事が生まれるだろう? そういう大きな仕事を発注するのは、金持ちにしかできない。社会全体の富の総量……大陸に住んでる奴みんなの持ち金の合計は決まってるんだから、金持ちは適度に金を使う仕事を発注して、いろんな人に、自分の富を分配する必要があるわけだ」


「え? た、大陸のみんなの持ち金の合計って、決まってんの? な、なんで?」


「………今回僕たちは、仕事の報酬として大金をもらったよな? その金は誰が払った?」


「え、っと……ギルドの人らじゃねーの?」


「ギルドの人たちは、その金をどこからもらったんだ?」


「えぇ? し、知らねーけど……国の上の方から、とか?」


「国の上の方の人たちは、その金をどこからもらってると思う?」


「えぇ!? そ、そりゃ……あ、税金! 国中から税金搾り取ってんだよなっ!? 税率が上がって経営が苦しいとか、神官の人らが言ってるの聞いたことある!」


「つまり、僕たちが僕たちの報酬の一部を支払った、ともいえるわけだ」


「えっ? ………あっ!」


「正確にはいろいろ違うところもあるだろうけどな、大雑把に理解するならそういうことだよ。そういう風に、持っている金を社会全体でぐるぐる回して、社会を回していくのが貨幣経済の仕組みなんだ。資産運用っていうのは、金持ちが発注するべき『大きな仕事』を、金持ちが損をしないように行うっていう仕事なんだよ」


「え、仕事って……つまり、金持ちが金払うんだよな? え、それでなんで損をしないようにとかできんの?」


「代表的なのは、投資だな。事業の立ち上げには、金がかかる。方々から借金をしなくちゃいけない。で、その借金の貸主になって、後で利子をつけて返してもらうことで、損をせずに金を社会に回せるわけだ」


「え、それじゃ借金する方が損すんじゃねぇの!?」


「そうだな、事業が失敗すればそうなる。だが事業が成功すれば、借金を返してもおつりがくるくらいの儲けが出るだろう。そうでない事業なんて誰も立ち上げようとはしないからな。まぁ、そこらへんの見極めが甘い奴もいるだろうけど」


「………えーとつまり、資産運用って、損することもあるのか?」


「まぁ、大きく得をしようとすればするほど、その可能性は高まるな。失敗する可能性がそれなりにあるから誰も金を出さない事業に、金を出すことになるわけだから。そういう事業ほど成功した時の見返りが大きいのは、わかるだろう?」


「えーと……つまりその、誰も金を出さないから、借金を返してもらう時、儲け分を独り占めにできるから……?」


「そういうことだ。まぁ資産運用の専門家は、そこらへんを見極めて、できる限り損をしないように立ち回るだろうけどな。そうやって出た儲けの中から、報酬が出るわけだから」


『はー………』


 揃ってため息をつき、ぐでぇと長椅子にもたれかかる仲間たちに、ネーツェは苦笑しつつ肩をすくめる。


「だから、僕は専門家じゃないんだから、詳しくは話せないぞと言っただろう」


「や、なんとなくはわかったぜ? わかったけどさぁ……」


「ややこしー……。世の中の奴らって、みんなこんなくっそめんどくせーこと考えて生きてんの?」


「みんなというわけじゃないだろうが、な。賢く生きている人たちは普通に考えているだろう」


「じゃー俺かしこくなくていーや……。一生冒険者やってる。こんなめんどっちーことずっと考えてなきゃなんない人生とかぜってーヤダ」


「俺も俺も。一生冒険者がいいぜ、真面目にな。仕官の道早めに諦めることになって正解だったぜ」


「お前らな……冒険者っていうのは一生続けられる仕事じゃないだろうに。引退した後の身の振り方ぐらい……いや、まぁ今回の報酬で老後の資金くらいは間違いなく確保できることになったわけだが……」


「あそっか、そーなるのか。うおぉ、すっげぇな、なんかちょっと運いいな俺たち! なんか真面目に運回ってきたんじゃね!?」


「いやそういう言い方やめろよ、女神さまたちが俺らに目をかけてくれたから、幸運だのなんだのが巡ってくることになったんだろうが。……まぁなんで女神さまが俺らに目をかけてくれたのかは、本気でさっぱりわかんねぇけど……」


『顔だよな……』と反射的に呟いてしまいそうになったのを咳払いでごまかし、ロワは仲間たちを見回して口を開く。さっきからずっと話題をそちらへ持っていく隙をうかがっていたのだが、話の流れとしてはちょうどいいはずだ。


「あのさ。俺、ずっと言いたかったんだけどさ。俺以外のみんなは、女神さまから加護をもらってるわけだよな」


「え? うん。そーだな」


「それで、その……もちろん英雄の人たちには遠く及ばないにしろ、今では前とは比べ物にならないくらいの実力も、着けたはずだよな」


「えー? うん……そー、なのかな……?」


「いやなんでそこで迷う。自分の実力ぐらいきちんと把握しろ。普通の術法使いがアィク平野全体から風を集めてくる、なんて真似できるわけがないだろうが」


「え、じゃーネテは自分がどんくらい腕上がったかとかわかってんの?」


「む、それは、まぁ、それなりにはな。今の僕ならば、まぁ、たぶん、ロヴァガの術の学院の卒業生と腕を比べても、なかなかいい勝負ができるぐらいの力は身に着けたんじゃないかと。加護を得た上で、熾烈な戦いを幾度も経験したし、それにまぁ、その、神雷しんらい状態も経験したし?」


「だよなぁ。っつかよー、あの時神雷しんらい状態経験したのとか、俺だけだろって普通に思ってたらよー、パーティの面子で加護得てる奴ら全員経験してるとか……地味にがっくりきたぜ。せっかく天才組二人が経験してねぇこと体験できたかと思ったのによー」


「ま、あの時は全員が、英霊を憑けてもらってても、実力以上のもんを発揮しなけりゃ無理そうな状況だったからな。神さまたちも、神雷しんらいが落ちるように頑張ってくれたんだろ。少なくとも俺は、神雷しんらいが落ちてきてくれなきゃ普通に死んでたと思うし」


 仲間たちの発言に思わず苦笑する。邪鬼の本拠地に乗り込んだ戦いの、最後の場面でのそれぞれの詳しい状況を聞いてみると、そういうことらしかった。自分以外の全員に、神雷しんらいが落ちてきたそうなのだ。


 全員全力を揮ってもできるかどうか、という難事に取り組んでいたので(ヒュノ以外は『小さな奇跡』をまだ使用していなかったのでなくてもたぶん大丈夫だろうと思ったそうだが、すでに使用済みだったヒュノは真面目に命を捨てる覚悟をしたそうだ)、心身と魂の出力を思いきり増幅する神雷しんらいはこの上ない手助けとなってくれたそうだが、神々の実情を聞き知っているロワからすると、よくまぁちょうどその機を見計らって、神雷しんらいが落ちてきてくれたものだと思う。


 なにせ神雷しんらいは神々にとってすら制御できない、人の想いと神の加護に加え、神々の崇める神の意思が成立の必須事項となる現象。それが本当によくまぁ四人同時に起こったものだというか、正直作為的なものを感じてしまうくらいだ。まぁことは邪神から邪鬼へと堕したウィペギュロクと深く関わる問題なのだから、神々の崇める神そのものにとっても注目せざるをえなかった事態なのかもしれないな、とも思うのだが。


「ええと、とにかく。自分たちが以前より格段に腕が上がったっていう事実は、把握してるんだよな?」


「あー、それはわかるぜ! 女神さまたちからいろいろ術法もらったし!」


「じゃあさ。俺たち……っていうか、俺以外のみんながさ、周りから英雄扱いされてもおかしくないっていうのは、わかってるか?」


『えぇえ!?』


「いやお前無茶言うな冗談じゃねぇぞ俺らにあの人たちみてーな真似ができるわけねーだろっ!!」


「まったくもってその通りだ! 無茶振りにもほどがあるぞ!? 仕事を振る時相手の能力をきちんと把握するというのは、冒険者のみならずどんな仕事であろうとも最低限のっ……!」


「いやそういう意味じゃなくて! 邪鬼を倒した英雄、っていう感じの意味で!」


『えぇぇ……?』


「いや倒すもなにも、俺ら別に邪鬼倒してねーだろ。単に邪鬼追いつめて、本拠地ごと自爆されかかったところをなんとか生き延びたってだけで。邪鬼ウィペギュロクをどうにかしたのは、神々だろ? ウィペギュロクが掟を破ってフェド大陸に邪鬼として降臨した、ってことを突き止めた神々」


「だよなぁ。まー俺らの仕事もウィペギュロクを追いつめる助けになったってことで、女神さまたちから報酬として恩寵はもらっちゃったけど」


「まぁそうなんだけど……それでも『邪鬼をなんとかする』って依頼を請けて、英雄の人たちの助力を受ける形で、実際になんとかしたのは俺たち、っていう形になるだろ?」


「まぁ、そういわれりゃそうかもだけど。それが?」


「……そういうのってさ。大衆受けするっていうか。物語の英雄、みたいに見ようと思えば見られるっていうか……」


「はぁ……?」


「つまり……その、評判になってるみたいなんだよ。ある意味。ゾヌの、国府でも冒険者でもない、一般人の間で」


「は? はぁぁ!?」


 ネーツェが仰天した声を出してじたじたと後ずさりする。ジルディンはきょとんとした顔をして、ヒュノはなにを言っているのかよくわからない、という顔で首を傾げる。そしてカティフは、顔を真っ赤にして立ち上がった。


「おい……おま、どこでんなこと知ったってんだ? いい加減なこと言ってたら潰すぞ?」


「いや、その……同調術の練習をしてる中で、読み取れちゃったんだよ。主にエリュケテウレから」


「え!? 同調術ってそんなに細かいところまで読み取れるのかっ!?」


「い、いやどうなんだろ、わかんないけど……この件に関しては、向こうの方が読み取ってほしがってるというか、なんでわからないんだってイライラしてるみたいだったから」


「えー、なにそれ。あのねーちゃんいっつもいっつもすっげー上から目線で、すっげー身勝手な理由で不機嫌だよなー。めーわくな女ー」


「そ、のことについてはともかく。これは、英雄の人たちから感じ取れたことからしても、間違いないことだと思うんだけど。神々が、ゾヌの国府の上層部やギルド幹部、あと邪鬼の派遣した大群と戦った冒険者とかに、一方的な神託を与えたっていうのは言ったよな? それぞれに神々から、贈り物という形のお詫びを送った時に」


「それは聞いているが……え、まさかそこから!?」


「うん。俺たちがやったこととかを、だいたい伝えられたみたいなんだ。伝えられた方からすると、驚くし慌てるし、周りの人に話したくなるよな? もちろん、これは秘密にしておくべきと考えて黙っていた人もいるんだけど、国家の要職についているわけでもない冒険者たちや、国家の要職についていても自覚の薄い人なんかは、普通に他の人に喋りまくった。そこからすごい勢いで噂が広がって……」


「……今じゃゾヌ全体で、俺たちが、英雄扱いされてる……って、ことか?」


 カティフの震える声での問いに、ロワはしっかりうなずきを返す。


「うん。少なくとも、エリュケテウレたちの調べた限りじゃ、街中にその噂は浸透して、すごい騒ぎになってるみたいだった。神々から恩寵を与えられる人間はそれなりにいるけど、加護まで与えられる人間は本当に少ないし、駆け出し冒険者だった奴らが加護を与えられるや邪鬼を、それも邪神ウィペギュロクが、神々の掟を破ってフェド大陸に転生するという形で受肉した邪鬼を倒すなんて、見ようによってはその、劇的だろう? それも相まって噂がどんどん過熱して……」


「どのくらい騒がれてんだ? 酒場で酒の肴になるぐらい?」


「いや……ほとんど街中がこの噂一色になってるみたいだった。少なくとも、エリュケテウレたちが調べた限りでは。街中の冒険者ギルドに俺たちへの面会の申し出が殺到して、勢いに任せて人が集まって新しい英雄に会わせてくれって騒ぎ立てて、後援者になりたいと殊勝な申し出をしながらなんとか俺たちを食い物にしてやりたいって下衆な商人たちが山ほど集まって……」


「うお、本気でか」


「うん。それにさっき、ジルがシクセジリューアムさんとルタジュレナさんと一緒に、街中に女神さまたちとの邂逅の思い出を伝えただろ? それでもうほとんど街中が狂乱状態になってて、しかもタスレクさんとの稽古やシクセジリューアムさんとのえっと、術理界戦? の様子も街の一部には中継されてたみたいで、騒がれてるだけじゃなく腕前の方も確かだって認知されたから、抱え込もうとする奴らもすごい勢いで増えて……」


「は? 中継? なんだそれ、誰が……って、英雄の人たちしかいないけど。なんでそんなことを……」


「なんていうか、その……冒険者ギルドの行動指針についての意見を、俺たちの『保護』という結論に一致させるため、みたいだな。冒険者ギルドの人たちはさ、基本的な立場としては、俺たちをそういう周囲の軋轢から護らなくちゃいけない立場なんだけど、街の人たちからのそういう山ほどの申し出はあるわ、国府の上層部からはなんとかして俺たちを国家に隷従させろみたいな指示はくるわで、その上そういう無茶な申し出をする人たちは、基本全員冒険者ギルドのお得意先だろ? 断るのか、受け容れるのか、受け容れるとしたら断るとしたらどこからどこまでどのように、ってずっと議論しっぱなしなんだよ。だから俺たちも、しばらく黙ってどこにも行かないで閉じこもってろ、ってつもりで今みたいに応接室に入れられっぱなしなんだ」


「はぁぁぁ!? なにそれ意味わかんねーっ、ギルドのおっさんたち普段あれほど偉そーにしてんのに、自分たちがちょっと困るとあっさりそれかよ!?」


「うん、だから英雄の人たちが、さっきみたいに、みんなの力を示させることでギルド上層部の意見を統一させたんだ。たぶん、ギルド幹部の人たちの何人かは、みんなの力がどれくらいになったのかってことを完全につかめてなかったっていうか、ある程度舐めてる……っていうか、甘く見てた部分があったんだと思う。うまく言いくるめればうまいこと扱えるんじゃ、みたいな。で、そういう人たちに現状を見せて、説得したっていうか……俺たちの『保護』以外の選択肢をなくした、みたいなんだ」


「へー……え、あれ? じゃー俺ら、あのおばさんたちに親切にされたってこと?」


「う、うんまぁ、だいぶ思いっきりな」


「えー!? なんだそれやめろよなー気っ持ち悪ぅ、別に俺らんなこと頼んでねーのに! ぜってーあとで恩着せがましいこと言われるぜこれ、うっぜぇのっ!」


「おいジル、親切にされておいてその言い草はやめろよ。確かにお前が頼んだことじゃないだろうが、それでも俺たち全員が、あの人たちのその行動で助けられたのは確かなんだ。それを損なうようなことは、たとえその場の勢いでも言うな」


「う……わ、わかったよぉ。わ、悪かったからそんな顔して見んなって……」


「……なるほど。お前は、僕たちがきちんと敬意を持ってあの人たちと向き合わなくてはならないほどの、強い恩を受けたと思うわけだ。それほどまでに、周囲の反応が激烈だった、ということなんだな?」


「うん、まぁ……さっきエリュケテウレから読み取れた限りではな。街中の反応が本当に過熱する一方のこの状況で、ギルド幹部の人たちが、俺たちを保護するって意見を統一して、『一般市民』から俺たちを護る策をあれこれ講じてくれてるってことが、どれだけありがたいかってことは、はっきり伝わって……」


「待てや」


「え?」


「なんでそうなる。それこそおかしいだろ。そんな風に保護しなけりゃならねぇってくらい、街中の人間が俺たちを英雄扱いしてるって状況で――なんで俺らが逃げ隠れしなきゃなんねーんだよ!! そんなおいしい状況ならっ、その展開をこれでもかってくらい、味わわせてもらうのが筋ってもんだろうがよぉぉ!!?」


「え、えぇぇ……?」


 思わず唖然とするロワや、意味がわかっていなさそうな顔で首を傾げるジルディン、呆れた顔のネーツェに肩をすくめるヒュノなどの様子を気にも留めず、というか完全に狂騒し熱狂しながら、カティフは怒濤の勢いでまくし立てる。


「英雄だぞっ、街中が俺らのことちやほやしてくれんだぞっ!? そんなおいしい状況この先まずありえねぇだろ!? 街中の女の子が俺らの言うことなんでも聞いてくれっかもって時に、お触りしても許してくれっかもって時に、そーいうおいしい状況から保護って名目で遠ざけられるとか、じょおっだんじゃねぇぞ心の底から! ふざけんな許せねぇ断固拒否だ絶対拒否っ、俺らが受け取るべき当然の権利だろそれって俺は全力で主張するぞ! 英雄扱いなんで拒否だの保護だのって話になんだよおいしさ嬉しさしかねぇだろうがよっ、俺は絶対なんとしてもなにがなんでも死ぬ気で、街中の女の子やお姉さまに英雄扱いしまくってもらってちやほやされるからなぁぁぁ!!!」


『……………』


 はぁはぁと息を荒げつつ言いきって、まだまだいくらでも叫び怒鳴れる元気と覇気を体全体からまき散らしているカティフに、ネーツェははぁっ、とこれ見よがしにため息をつき、ロワに向かって問うた。


「ロワ。さっきのお前の言い方からすると、お前は基本相手の伝えたいことは全部しっかり読み取れる、ってことでいいんだな? 魔力の方は大丈夫か?」


「え、うん。同調術は、少なくとも俺が恩寵として授けてもらったものは、普段使いする分には魔力をほとんど食わないみたいだから。ぶっ続けで同調術を使いづつけても、俺の体力がもたなくて倒れる方が、魔力が減って倒れるのよりたぶんずっと早い」


「なるほど。で、ギルド幹部の方々は、俺たちに監視をつけてるんだよな? 現在進行形で。俺たちがなにかとんでもないことをしでかさないか、言い出さないかって警戒して」


「? なに言ってんだよネテ、お前だってそんくらいわかんだろ?」


「お前みたいな前線要員と違って、僕には気配を感覚だけで察する、なんて真似はできないからな。僕が女神の加護によって大きく成長した部分は、魔術師としての技術や心魂の力、それと主として脳に基づく知性だ。術式を使えば探知自体は簡単にできるだろうが、この状況でそんな真似をしても、相手の不信感を買うだけでまるで意味がないし。……ロワ、どうだ?」


「う、うん、まぁ、そうだな。基本的には俺たちの様子をうかがって、俺たちが過度の嫌な思いをしないように、っていう気遣いによるもの、ではあるんだけど……」


「そういう建前で、僕たちの様子を厳しく監視してもいるわけだ」


「うん、まぁ、そうかな……」


「よし。なら、とりあえず扉の前に立って監視してくれている方々に、こう言おう。『状況を偵察する人材を一人、使ってみませんか』ってな」


「え、ぇぇぇ……」


 ロワが思わず上げた唸り声に、ヒュノは同意するように、ジルディンはなんとはなしに悪意を感じ取って思い悩むように、それぞれ眉を寄せたものの、ネーツェはまるで気にした風もなく、ふんと鼻を鳴らしてみせる。


「自分から生贄になりに行ってくれるっていうんだ、せいぜい活用すべきだろ。状況の偵察、見せしめ、向こうの真剣みの度合いも含めた実地調査、その他もろもろに使える人材が自分から立候補するっていうんだ、それ相応に使ってもらおうじゃないか」


「いや、あのさ、つかさ……ネテ、お前、なに怒ってんの?」


「僕は単に状況の見えていない、近視眼的な、自分の欲望さえ満たせればそれでいい奴が好きじゃないだけだ。……それで文句ないな、カティ!? お前が自分から言い出したんだぞ、どうなっても知らないからな!」


「おお上等だ、もみくちゃだろうがボロ雑巾だろうがどんとこいだぜ! こんな機会どう考えてももう巡ってこないに決まってんだ、なら俺はどれほど後悔しそうな選択だろうと、女の子やお姉さまにちやほやされる方を選ぶっ!!!」


 きっぱり言いきって力を込めて胸を張るカティフの姿は、なぜか不思議に輝いて見えた。力を込めて心の底から思いの丈を叫ぶというのは、それだけでここまで眩しい輝きを放つものなのだろうか。一瞬カティフの主張の方が本来人として正しい行為なのかもしれない、と錯覚してしまったほどだ。


 ――まぁそれも、ネーツェがカティフに追尾させた使い魔による、カティフがボロ雑巾になる過程の実況映像を見せつけられるまでだったのだが。






『え、えぇと! みなさん、どうも……っておっさんばっかしっ!?』


『は? え、いや、後援とかそういうのは俺に言われても……へ、俺個人の? いやそれだって俺だけでどうこうって決めるのは……へ!? こ、高級娼館の無料利用権!? そ、そうっすね、そういうことなら……え、ちょ、ちょっと? 待っ……いやいきなり契約書ってちょっと!?』


『いや、んな、んな勢いで一斉に言われてもわかんないっすから! なっ、ちょっ、引っ張んないで、いや押さないでって、だから一斉に言われても全然、いややめて拇印押させようとしないでってやだよ契約書とか怖いから! うわ、ぁぁ、ぁぁぁぁ……』


『………うわぁ………』


 ネーツェが映し出す幻像の中で、中年男性たちにもみくちゃにされつつ、無理やりにでも契約書に印を押させようとされているカティフの姿に、恐怖と拒否感で思わず声が揃う。そんな自分たちの横でふん、と鼻を鳴らしながら、『だから言ったことじゃないだろうに』という優越感のこもった気配を全力で発散させつつ、ネーツェは端的に告げる。


「予定通り、転移で回収する。かまわないな」


「うん……はい、同意」


「俺も……」


「まー、これで同意しねぇとかどんな嗜虐趣味だよってぐらいの話だもんな。俺も同意」


「よし。……〝汝八百八十八角の白黒門、彼方の同胞より我が前への帰路を繋げ、虚無にして無限たる数式に基づく世界の在りながら在らざる不可視の扉にして穴たるべし、戦士より一の王と一の帝へ、界相によりて帰らしめよ、還〟」


 ネーツェが呪文を唱え終わるや、だいぶずたぼろになったカティフが、ふっと自分たちの目の前に転移してくる。ネーツェはカティフとあらかじめ、『仲間たち全員が即時帰還に同意した場合、転移で状況から無理やり脱出させる』という約束を交わしていたのだ。


 まぁカティフはこんな風に、全員が揃って即時帰還させた方がいいと思うような目に遭うとは思ってなかったんだろうけど、と思いつつぐったりと床に伏しているカティフを見ていると、唐突にすさまじい勢いで体が起こされ、そのままネーツェへと飛びかかるようにくってかかってきた。


「なんで戻したぁぁぁ!?」


「えっ……お前、あの状況で、まだあの場にいたいとか考えてたのか……?」


「あそこにいたのおっさんたちばっかだったじゃん。カティ、別におっさんとか好きじゃないだろ?」


「好きなわけあるかんな話してねぇ、俺の様子見てたんだったらわかんだろぉがっ!! 英雄扱いされるためにドキドキウキウキしながら向かった先がおっさんのみっつぅ状況が遺憾なのは確かだが、あそこには天に通じる門の通行切符があっただろうがよっ、なんでそれに気づかねぇんだっ!!」


『…………?』


「いや、すまん、まったくわからん。え、なんだ、なにかとんでもなく有利な契約を持ちかけてきた奴でもいたのか? さすがに契約書のひとつひとつまで精査はできてなかったが……」


「ちっげぇよ阿呆か契約書なんて怖ぇもん俺がまともに見るわけねぇだろっ! あそこの商人のおっさんたちはっ! 『高級娼館の無料利用権』、俺によこそうとしてくれてたんだぞっ!!!」


『……………』


「そんな好機も好機、俺の一生でこんなこともう二度とないだろうって大好機に、いきなり術法で転移かましてくるとかなに考えてんだお前らぁっ! 許さねぇ、絶対に許されねぇぞこれはっ、男の本懐男の憧れ男の夢っ、そんなもんを鼻先にぶら下げられながらいきなりぶち壊された時の気持ちがお前らにっ……」


「……や、あのさー。つか……無料利用権もなにもさ、フツーに金払って客になればいいんじゃねーの? とりあえず今一千億の報酬あるんだしさ。フツーに高級娼館一晩貸し切りとか、いっくらでもできんじゃねぇの?」


「………あっ」

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