第70話 行いの報い

「報酬の再計算、ですか?」


「はい。仕事を依頼した際に想定していたあなた方の働きと、実際の働きがあまりに違いますので。改めて報酬の計算をし直して、妥当な金額をお支払いすることになりました」


 稽古を終え、応接室に戻ってきた自分たちの前に、再び現れたエリュケテウレが最初に告げたそんな言葉に、仲間たちは揃って慌てた顔になりいきり立った。


「ちょっ……ちょっと待ってくださいよ! そりゃまぁ俺たちも、いろいろ失敗とかしくじりとかしましたけどね、それでも一応ちゃんと、邪鬼ウィペギュロクは倒したんですから! 女神さまたちにやたらめったら助けまくってもらったとはいえ!」


「そーだよっ、ちゃんと依頼された仕事果たしたのに報酬減らすとか、ひどくね!? 期限とか条件とか、あんたら最初言ってなかったじゃん!」


「少なくとも、報酬を減らすというなら、それなりの妥当性と、我々がそれに値するだけの失敗をしたという証拠、ないし証言は用意していただきたいですね。用意しているというのなら、僕たちに確認する機会ぐらいは与えてくれてもいいんじゃないですか? そうでなければ一方的に過ぎる、横暴だ、とこちらも裁判の準備をさせていただきますからね」


「おい馬鹿お前なに言ってんだよ、裁判ってお前、俺たちにまともな法務官雇えるだけの金があるとでも思ってんのかっ!?」


「馬鹿はお前だ、僕たちにはすでに神々から与えられた報酬があるだろうが! いただいた報酬を駆使すれば、裁判を執り行ってもまだ余るぐらいの金は一日で稼げる!」


「え、ちょ、ええ!? 誰だよそんなおいしい術法教えてもらったやつー! 不公平じゃん、一緒に女神さまから報酬もらったのにー!」


「……そして阿呆はお前だ、ジル。そんな短期間で大金を稼げる術法なんて、お前の転移術ぐらいしかないだろうがっ! これまでに方々の土地に転移させてもらった経験を、今活かさずしていつ活かすっていうんだ!」


「え!? 転移術ってんな金稼げんのっ!? やべぇ俺一気に大金持ちじゃんっ、あ、でも転移術使える誰も彼もがそんなに金稼げてねーってことは、やっぱ中抜きとか抱え込みとか、どーぎょーたしゃへの嫌がらせとかが多いのか……」


「いやだからそれはなっ、まぁ確かに同業他者への嫌がらせとか、コネがない相手を市場から締め出したりみたいな展開はありえそうだと僕も思うが……」


 ばしぃんっ、とエリュケテウレが思いきり手に持っていた書類留めの板を叩き、反射的に視線を向けた自分たちひとりひとりに、冷たいことこの上ない視線をぶつける。冷たいのみならず、その視線には、苛立ちと腹立ちに満ちた殺気にも似た迫力があったので、仲間たちは揃って黙り込んだ。


「………あなたたちがどうお考えなのかは理解しましたが。少なくとも、我々が行ったのは、報酬の減額ではなく増額です」


「へ……」


「え、え!? な、なんでぇ!? だってあんたら俺らに邪鬼倒せーとか、倒すまで帰ってくるなーみたいなこと言ったじゃんっ!」


「いや倒すまで帰ってくるなは言ってないだろ、むしろ何度も帰ってくることを想定してるとか言ってたぞ。ただでも、英雄である方々に護られるのではなく英雄を使えとか、無理難題にもほどがあるだろうってことは確かに言っていたし、実際僕たちは基本的には英雄の方々に護られ導かれながら、おんぶにだっこされてるような状態で依頼を達成したというのも事実だし……」


「あなたがたが、依頼を果たす際の経緯はともかく。結果的には、あなた方が間違いなく、邪神から邪鬼へと堕したウィペギュロクの討滅――いえ、正確には打ち負かして、神々に隷従させる形となったわけですが、とにかく神々すらもが納得する形で邪鬼問題を解決したことは事実です。それを考慮せずに報酬を定めるなど、商業の国ゾシュキーヌレフ冒険者ギルドの名折れ。正当な報酬を払うべく、英雄の方々からいかに依頼を果たしたか、という内容を詳しくうかがい、吟味し、改めて報酬の再計算を行った結果、大きく増額を行うこととなったわけです」


「……なーんだ、要するに神さまたちに逆らうのがヤなだけなわけか。俺らのやったことに文句つけたら、納得した神さまたちに文句つけることになっちゃうから。思ったより肝っ玉ちっちゃいなー、ギルド幹部の連中って」


「報酬が増えるのに文句言ってんじゃねぇっ! すんませんうちのクソガキが偉そうなこと言って! 悪気がない……とは言えませんが、こいつほんっとにただクソ馬鹿なだけですんで!」


「ええ、そこの頭の悪い子供の言うことはどうか無視してください。こいつはただ、どうしようもないほどに愚昧であるせいで、状況も理屈も理解ができないだけなんです。これからはしっかり教育させていただきますので、今回はどうかご容赦を……!」


「なんだよその言い方、俺別におかしなこと全然言ってなむぐぐ」


 頭を下げるカティフとネーツェの横で、ネーツェが頭を下げさせるのに抵抗しながら、文句と反論を言い放とうとしていたジルディンの口を、椅子の後ろからヒュノが塞ぐ。ついでに身動きも封じる。この状況で、報酬を増額してくれようとしている相手にあれこれ文句をつけるのはまずい、とヒュノもさすがに常識的な判断をしたらしい。


 そちらに感謝の視線を送ってから、ネーツェとカティフは再度頭を下げた。


「ほんっとに、申し訳ありませんでした……! で、その、さっそくで申し訳ないんですが」


「……増額された報酬というのは、いかほどで?」


 エリュケテウレは、頭を下げられながらも険しい顔を崩さず、それでも激昂はしないままに、書類留めに挟んでいた封筒から、報酬明細(報酬額が相当大きい依頼の時にのみ、冒険者に渡される書類だ。冒険者に対する税金は基本報酬からギルドが天引きする形になるため、身体を動かすことしか知らない連中が大半である冒険者たちは、普通税金や財産の管理を行う必要がない)を取り出し、すっと自分たちの目の前に置く。


 応接室の立派な机に乗せられたからか、明細の内容を知っているからか、ロワは地味にその明細に圧力を感じてしまったのだが、他の面々はそんなものまるで感じてはいないようで、ネーツェが勇んで明細を手に取り数字を眺めやり――ぱかっ、と口を開けた。


「? なんだよその顔。え、本気でなに? まさかやっぱ実は減額されてたとかそういう……!?」


 戦慄し問い詰めてくるカティフに、ネーツェは無言のまま、震える手で明細を渡してよこす。怪訝そうな顔をしながらも、カティフは素直に受け取って内容を確認し、やはりぱかっと口を開けて固まった。


「……む、んもっ、放せって! いー加減なにが書いてあんのかさっさと……へ、え?」


 ヒュノが手を離すや、カティフの持っている明細を奪い取り、内容を確認したジルディンも、やはりぱかっと口を開けて固まったが、ジルディンの硬直は数瞬で終わった。その代わり腹から全力で声を出し、明細に書かれた内容を絶叫する。


「い……い、い、一千億ルベトォッ!!? 一人につきっ!? え、え、えっ、なにこれなに、ほっ、ホントのホントなのこれっ!? ちょ、ちょ、ちょ……うっそだろぉぉっ!?」


「間違いではありません。みなさんに払われる報酬金額は、一人一千億ルベトです。正確に査定するならばもう少し金額は下がったことでしょうが、国府の財務官の方々が、みなさんのように大金を扱われ慣れていない方々にはキリのいい金額の方が印象がいいだろう、とある程度金額を補填して、一千億ちょうどに調整した形ですね」


 驚愕し、仰天し、半ば恐慌状態に陥った仲間たちに向け、エリュケテウレは冷静、冷徹な口調で言葉を紡ぐ。ヒュノもさすがに目をかっぴらき固まって驚きを示していたが、同調術でエリュケテウレがやってきた時から、なんとなくの金額を感じ取っていたロワには、さすがにそこまでの驚きはない。


 だが他の仲間たちには文字通り青天の霹靂だったらしく、本気で慌てうろたえまくった顔と声で、エリュケテウレにすさまじい勢いで言い立てる。


「いやいやいやだって! だって! いっくらなんでも!」


「というかそもそも、あなたたち最初に報酬、百万だとか一千万だとか言ってませんでした!? それでも充分すごいと思いますが、一千億って! 多い方の報酬と合わせても一万倍ですよ!?」


「はい。ですがそもそも、その百万や一千万という金額は、ゾヌが邪鬼の軍勢十万の襲撃を受ける前、いまだ敵勢が恩寵を与えられたゴブリン数体しか確認されていない状態で、敵戦力を仮に概算した上での、最低限のものでしかありません。しかもその段階の中ですらも、あなたたち自身が邪鬼を討滅するなどとは想定もされておらず、あくまで『契約を守り、依頼に全力を尽くしてくれたなら』という、最低限の働きに対してのみ払われる報酬金額だったはずです」


「たっ、確かにそんなことは言われましたがっ……で、ですがこれは本当に、いくらなんでも! 一千億なんて、英雄の方々に払う金額の、十分の一にもなってしまうんですよ!? それを俺たちみたいな駆け出し冒険者に払うって……いくらゾヌの財布が底なしだからって、無限ってわけじゃないでしょうに!」


 狼狽しつつそうまくしたてたネーツェに、エリュケテウレは小さく、深く息をついてから、鋭く、冷たく、屠殺場の豚を見るよりもなお温度の低い、見下げ果てたと雄弁に語っているかのような視線を向けた。ネーツェのみならず、自分たち全員を、その零下の眼差しで眺め回し、きっちり全員に縮み上がるような思いを味わわせたのち、その視線と同質同温の声音で、殺意のこもった言葉を叩きつけてくる。


「以前も似たようなことを申し上げたと思いますが。あなた方は、ご自分の功績を自覚しておられますか。英雄の方々に護られてのこととはいえ、邪鬼の放った十万の大群を撃退し、邪神の眷族たちから成る恐るべき刺客を退け、他国を襲撃しようとしていた十四万の大群を殲滅し、邪鬼の居城をこの世に現出させた上で、英雄の方々が囚われてしまったのにもかかわらず、邪神ウィペギュロクが堕ちた存在だと証立てられた邪鬼をほぼ討滅し、神々に隷従させたのですよ。しかも神々から直々に、その働きについて申し述べられるという名誉まで与えられたのです。これを評価し、相応の報酬を払わない方が、ギルドと国府の信用を損ない、存在意義を失わせる愚行だと、ご理解いただけていないのですか?」


「えっ、いや、その、それは……まぁ、見方によってはそういうことになる、のか………?」


「や、でも、俺らがそれだけのことやれたのは、やっぱ大半は英雄の人たちが、万全の支援態勢取っててくれたからなわけだし。そもそも今回の邪鬼は、邪神ウィペギュロクが堕ちた代物だって、神々ご自身が調べ上げられてたわけだし。それで女神さまたちから加護を与えられてて、位置的にも能力的にもウィペギュロクを倒せる可能性の高い俺らに、あれこれ助けの手を差し伸べてくれたから、ウィペギュロクをなんとかできたってのが本当のところなわけで。俺らの実力でやったことかっつーと、ちっと違うんじゃねーかって思うんですけど?」


「それが功績を減じることになると、本当にお思いですか。一千万都市を壊滅させかけたほどの邪鬼を、神々の加護を受けて討滅した冒険者の、功績を減じ、ギルドの評判を損ない、国府の評価を落とし、商業の国であるゾシュキーヌレフの価値を落として泥を塗る、それほどの意味と価値がその違いにある、と?」


「え、や、まぁ。そう言われると、そこまでは思わねぇっすけど……」


 ヒュノもエリュケテウレの苛烈な眼光に気圧され、言葉を濁す。だが実際、客観的に見てみればエリュケテウレの言葉通りなのだ。自分たちパーティは、というか正確に言えば自分以外の仲間たちは、一千万都市どころか、ことによっては大陸そのものを救った、と他者に思われるほどの功績を立ててみせたのだ。その行いは正当に評価されるべきだし、評価には相応の報酬があってしかるべきだろう。ゾシュキーヌレフ冒険者ギルドも、ゾシュキーヌレフ国府も、ごくごく真っ当に仕事をしてくれているということになる。


 一千億ルベトという報酬が、妥当なものなのかどうかはわからないが――少なくとも、エリュケテウレの態度の裏にある思考も、感情も感じ取ってしまうロワからすると、少なくともエリュケテウレとその周囲は、妥当で相応だ、と考えていることはわかった。


「え、じゃ、じゃあ、その一千億って、ホントに俺らがもらっていいの? 自分の好きなように、好き勝手に使っちゃっていいの?」


「どうぞご随意に。働きに対して払われた報酬ですので、どう使うかは受け取った方の自由です」


「す、すっげえぇぇぇ! どーするどーする、俺らいっきなり超大金持ちだぜっ!? 一千億とかあったらさっ、本気で毎日くそ高い飯とか食っても一生保っちゃうんじゃねぇ!?」


「いや普通に計算してみろ、飯なんてどんな高級店でも一食数万ルベトだぞ? 一日刻ジァンで仮に十万として、一転刻ビジンでも三千六百万。それが百転刻ビジン続いたとしても三十六億だぞ? 千転刻ビジンでも三百六十億だ。つまりこの先僕らの人生がどう転んだとしても、食費だけに使うのなら、少なくとも本当に一生そんな食生活を続けても使いきれないんだよ」


「す、す、すっげえぇぇぇ!! うっわやべぇ、すげぇ、どーしよっ! うおぉ俺ら本気で一生遊んで暮らせんじゃんっ!」


「……いや、待てよ。確かに俺も一瞬そう思って浮かれたけどよ、まともに考えてみろよ。俺ら、遊んで一生暮らすような、しょうもねぇ人生送れる立場か?」


 唐突に顔を厳しく引き締め、そんなことを言い出したカティフに、ジルディンはきょとんと首を傾げ、てからなにかに気づいたように目をみはり、声を上げる。


「へっ? なんでそんな………あっ」


「ようやく気づいたか。……そうなんだよな、僕もあまりに莫大な金額に一瞬目がくらんだが、考えてみたら、女神さまたちから加護をもらっている以上、現状を気軽に放り出すわけにはいかないと思う」


「うん、少なくとも俺はそーだな。エベクレナさまに、俺の剣を振るう理由について、誓いを立てちまったわけだし。いまさら『それなし』とか抜かしたら、真面目に神罰くらっちまわぁ」


 ネーツェとヒュノもそれぞれに、険しい顔で、あるいは納得顔で、こっくりと、あるいはうんうんとうなずいた。自分たちの現状――自分たちの人生に女神さまたちの加護が与えられている以上、自分たちの人生には価値が付与されていること、その価値を投げ捨てるわけにはいかないこと――その事態への理解を示してみせたのだ。


「ヒュノだけじゃなく、僕たちも、冒険者として生活する中で女神さまから加護をもらったわけだから、その生活を気軽に変えるのは、女神さまの怒りを買ってしまうんじゃないかと思う。切実な理由があって生き方を変えるならまだしもな。そこらへんどう思う、神官殿」


「え、お、俺ぇ!? やっ、別に、その、そんな……んんん、加護をもらったからって、そうそう神罰をくらうなんてことはない、はず、だけど……んんん……まー俺も確かに、あっさり加護を放り捨てるような真似するのは、ゾシュキアさまに嫌われそうで、嫌かなぁ……。『思う通りに生きよ』とは言ってくれたけど、『思う通りに、すべきことを、したいように、為せ』とも言われたし……」


「やっぱそう考えちまうよな、ある程度。アーケイジュミンさまは特にああしろこうしろとかは言わなかったけど、『これからのあなたの人生がどれほどの華を開かせるか、楽しみにしているわ』って仰せからすると、やっぱある程度功績とかは立てとかないとまずいんだろうし……」


 ロワからすると、女神さまたちは功績とかは特に気にしないだろうとは思うが、それでも自分たちが懸命に生き、『加護するに足る』とあの方たちが考えた価値を存分に発揮することが、ご意向にかなうことなのは間違いあるまい。なので特に口を挟まず、仲間たちが『とんでもない大金をもらったけど、かといって(少なくとも今は)冒険者を引退するわけにはいかない』と結論づけるのを見守った。


「え、じゃあどーすんだよ? 一千億もらったってのに、贅沢とか全然できねーわけ?」


「いや、まぁちょっとくらいの贅沢ならいいんじゃないか? もらった一千億は、一応は間違いなく、僕たちがもらった正当な報酬なんだから。ただ、僕たちのできる程度の贅沢じゃ、一千億はまるで減らないんじゃないかとは思うけど」


「え、ホントにっ!? ぜーたくしても金減らないとか最高じゃんっ!」


「いや、別に少しも減らないわけじゃないからな、使った分は間違いなく減るからな。単に割合で言うならほぼ無意味なぐらいの減少にしかならないだろうってだけで」


「っつーか……俺らなんぞのできる金の使い方じゃ、どうしたって大きくは減りようがねぇんじゃねぇか? 俺ら、武器防具は英雄の人らに準備してもらうことになってるし、あと使うっつったら宿代食費ぐらいだろ? まぁポーションとかは大量に買い込むにしてもよ、俺たちなんぞが高級ポーションなんぞ準備したら、あっちゅー間に貯金が吹っ飛ぶし……」


「いや吹っ飛ばないだろう、今一千億渡されたばかりだぞ。俺たちを回復させられる程度なら、高級ポーションといってもせいぜい一本数十万とか、数百万とか、そんなものだろう。確かに充分高くはあるが……」


「え、けどルタジュレナさんとかが、一本で億を超えるような値段の超高級ポーションとか使ってたっつったのお前じゃん」


「あれはあの人の魔力量が底なしで、かつ効率を度外視して全力で魔力を使っていたからこそだ。普通なら、命の危機が迫ってるわけでもない状況で、あんなポーションをばかばか使うわけがない。一本でたいていの術法使いの魔力を、枯渇状態から全快状態まで持っていけるんだぞ、普通なら英雄と呼ばれるほどの冒険者でも、万が一の時に備えてお守りとして持っておく、ぐらいの扱いが普通だ」


「あぁ……そりゃ確かに」


「そもそも、効率を考えれば、ポーションは高級であればあるほど、薬師とか医師とか、専門家が使う方がいいんだ。そういう人たちが、困難な治癒や治療を行うために作られてるものなんだからな。ルタジュレナさんもある程度薬学を修めてはいるだろうから、連続使用に踏み切ったんだと思うが……それだって、効率の上からいったら、代金の半ば以上をどぶに捨てているようなものだ」


「え、そんなに無駄多いの!? ポーションってそんなもったいないもんだったわけ!?」


「そこまで高級品じゃないポーション……さっき言った、数十万とか数百万とか、そのくらいまでならそこまで無駄はない。基本、素人が万能傷薬として使うために作られてるものだからな。ただ、本職なら種々の技術と組み合わせて、ポーションの効果をより引き出してみせる。最高級ポーション一本を術法と併用して、天災で壊滅した都市の生き残りの人々数万を、一瞬で健康体にしてみせた、なんて例だってあるんだ。最高級ポーションというのは、そもそもがそういう風に使うものなんだよ」


「そ、そーなんだ……知らなかった……」


「まぁ、普通の人生を送ってれば、最高級ポーションなんて代物、まずお目にかからねぇもんなぁ」


「ああ、だから僕は、万一の時の備えということにするにせよ、数十万数百万くらいの代物を、ある程度の数……数十本程度を常にそれぞれが確保しておく、ぐらいが一番いいと思う。治癒・治療を担うのは基本的にはジルの治癒術だ。ジルの治癒術の練習にもなるしちょうどいい。まぁ本当にどうしようもない状況まで追い込まれた時のために、最高級ポーションを一本それぞれが持っておく、というのはありかもしれないけど」


「や……けど数十万数百万ってくらいのでも、普通にとんでもねぇ値段だぜ? 先に一千億とか聞いたから麻痺してっけどさ……普通に数十本買ったら一億超えんじゃん」


「ああ、だから基本的には使わないで持っておいて、ジルが治癒に回れない状況になった時に使うものとして保持するんだよ。そして使った分だけ補充する。数十本くらいならそこまで場所は取らないし……」


「いやいやお前、収納術使える奴と一緒にすんなっての! 普通にポーション数十本とか、対策してても割れる心配あるし、荷物にするにしたって相当邪魔になるからな!?」


「あー……」


 ネーツェが『それは盲点だった』と言いたげな顔で眉間にしわを寄せる。収納術は全術法の中でも有数、というくらい習得しやすい術法である上、あるとないとでは生活の利便性が桁違いなため、習得者は未習得者がどういう不便さに甘んじているか、ということを失念しやすい。


 収納術というのは要するに、自分のすぐそばについてくる極小の目に見えない箱を作る術法で、基本的にはその箱は物を入れることだけにしか使えない。術法の腕前が高い低いは、やはり基本的には、その箱の中の空間を制御し、どれだけ多く、大きい物を入れることができるか、ということに表れる。箱の中に空気は存在せず、かつ生物を入れることもまた基本的にはできないので、術法を習得する利点が『大量の荷物を重さを感じることなく持ち運べる』ということにしかなく、術法に親しみのない人間は、わざわざ習得しようとは思わないのが普通だ。


 だが収納術の取り柄は、その簡易性にある。曲がりなりにも空間制御術法のひとつなのに、術法習得のコツを会得している人間ならば、一から学んでも一節刻テシンもせずに習得できてしまうのが普通、というほど習得しやすいのだ。その上使用・制御もたやすく、消費する魔力も少なく、術式の暴走や制御の失敗も、まず起こらない。


 そして術法を普通に使っているだけで腕前が向上しやすく、どこにでも大量の荷物を持ち運ぶことができ、その上箱に収納している荷物はすべて性質を簡単に感知して取り出せる。箱の中にしまったものを検索して調べる、といった探査・補助術式も豊富なため、しまったものがどこにあるのかわからなくなる、ということもない。


 つまり収納術の箱にしまっておけば、いつでもどこでも手に入れたものを自由に取り出すことができ、なくすこともどこに置いたかわからなくなってしまうこともないため、術法使いのほとんどは収納術を習得し、普段使いしている。魔術のような、収納術の代用ができる術法を会得している術者でさえ、収納術の習得は推奨され、そして実際に習得した人間のほぼすべてから好評を得ているのだ。ネーツェも、魔術の空間制御で収納術を代用する、という選択肢などほとんど考えたこともない、と言っていた。


 冒険者の中でも、ある程度以上の稼ぎがある者は習得しているのが普通、というくらい身近な代物だ。自分たちのパーティの中でさえ、ネーツェだけでなく、ジルディンもロワも習得している。三人とも冒険の中でも当然のように活用してきたので、ネーツェも『カティフとヒュノは収納術を習得していない』という事実をうっかり失念してしまったのだろう。


「……この際だから、二人とも、きちんと収納術を習得してみたらどうだ? 授業料を払う金はあるんだし……」


「えぇ!? や、まぁ便利ではあんだろぉけどさぁ……」


「俺はそーいうのに使ってる時間ねーかな。せっかく剣術の幅が一気に広がる術法もらったんだから、そっちの方の鍛錬に時間使いたい」


「……まぁお前はさっきから、というか応接室に通されてからずっと、こっそり小さく術式の展開してるくらいだからな、そういうこと言うだろうなとは思ったけど。カティはどうだ?」


「えぇ……や、まぁ、嫌とは言わねぇけどさ……そういうのって、けっこ金かかんだろ?」


「いや、一千億もらっておいて言う台詞か、それ? まぁ僕もいまだに現実感がないのは確かだが」


「や、持ってる金額がどうこうとかいう以前にさ。やっぱ金払うからには無駄にしたくねぇじゃん。しっかり元取りてぇじゃん。だってのに、一人でやるっつぅのはちょっと……っつぅか、俺勉強なんてギルド入る時に受けた授業くらいしか経験ねぇしさ。きっちり完璧に習得できるまで続けられるか、っつぅと、あんま自信が……」


「お前な……」


「……つまり、お持ちの資金を無駄にしたくない、というご要望をお持ちだということですね?」


 自分たちが盛り上がり始めた頃から、ずっと口を閉じ沈黙していたエリュケテウレが、唐突に問う。カティフは不意をつかれて目を瞬かせたが、返事をしないのも怖いと思ったようで、あいまいにうなずいてみせた。


「あぁっと、まぁ、そう、かな? 一応……いやまぁ一番は時間を無駄にしたくねぇってのなんだけど。いやほらだってさ、俺らまだまだ駆け出しだし、そうそう無駄にできる時間とかねぇじゃん?」


「なるほど。承知いたしました。こちらとしてはまったく問題はございません」


「はぁ……?」


「皆さんが報酬を無事受け取り、その金額を認識してくださったところで、改めてひとつの目論をご提案したいのです」


「目論……?」


「直截に申し上げるならば、資産運用についての一案です。現在皆さまに報酬として与えられ、ギルドからいつでも振り出せる形となっている一千億ルベトという現金資産の運用を、ギルドに委託するおつもりはございませんか」

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