第七章 旅立つとき
第68話 尋常と異常・1~戦士の稽古
エリュケテウレは、冒険者ギルドゾシュキーヌレフ総本部の一室で、全力で眉を寄せながら自分たちに問うた。
「………つまり、みなさんは、祝勝パレードには参加しない、ということでよろしいのですね」
「おう!」
「まぁなぁ、街中の女子に顔が知られる有名人になれるのとか、ちっと憧れなくもねぇけどよ~」
「さすがに仕事のほとんどを、英雄の方々に全面的に手助けしてもらっておきながら、ぬけぬけと名声だけ得るというのはさすがにどうかと思うしな」
「つかぶっちゃけめんどくせーし! 街中の人に顔知られるとか、得より損が多い気しかしねーもん! そんなとこ孤児院の連中に見られたらぜってーまた寄付だのなんだのせびってくるし、だからヤダ!」
「おいジルお前な~、俺らがせっかくきちんとまともなこと言ってやってんのによ~」
「え、カティのは別に全然まともじゃなくね?」
「ばっおまっ、俺のはちゃんとネテの台詞の前振りになってっからいーんだよ! 落として上げるは話の基本だろーが! 上げて落とすだったら落とす方が話のメインになっちまうだろ!?」
いつも通りの自分たちのやり取りに、エリュケテウレははーっ、となぜか深いため息をついたのち、ぎっといつものように零下の視線で自分たちを睨みつけてから、くるりと背を向けつつ言い捨てる。
「承知しました。ご要望は確かにお伝えいたします」
「おう! っつかさ、俺らいつまで閉じ込められてんの? ってゆかそもそも、なんで閉じ込められてんの?」
「そーだよ、せっかく仕事終わったってのに飯もなんもなしでさー」
「報酬を払い出すのに少々時間がかかりすぎでは? なにか問題でもあったんですか?」
わいわい声をかける仲間たちにエリュケテウレは振り向き、またも酷烈な視線でこちらをぎろりと睨みつけたのち、低く鋭い声で「失礼いたします」とだけ告げて、さっさと部屋を出て行く。仲間たちは目をぱちくりさせてから、ぐでぇ、とソファの上に体を沈めた。
「なーんだよ、結局こっちの質問にはなーんにも答えねーのかよー。あのねーちゃん、そこらへんほんっと人間関係の基本がわかってねーよなー」
「彼女もお前に言われたくはないだろうけどな。……まぁ、確かに、いつまで僕たちを閉じ込めておくのか、とは普通に思うが」
「まーなぁ。ま、依頼を果たした後ってだけあって、贅沢な応接室で高そーな茶菓子まで出してくれてる辺り、一応こっちを気遣う気持ちはあるんじゃねぇの? どっちにしろ俺ら雇われの身としちゃ、雇い主が報酬払ってくれるまでへいへいって言うこと聞くしかねぇだろうよ」
「そーだけどさー」
ふん、と鼻を鳴らしながらばくばく高そうなクッキーを食い荒らすジルに苦笑しながらも、全員内心ではジルに同意しているようだった。まぁ、現状では仕方がない、といえるだろう。シクセジリューアムの転移でこの冒険者ギルドゾシュキーヌレフ総本部の一室まで転移してきて、英雄たちが依頼を果たしたと報告するや、なぜか顔面蒼白のギルド職員たちに誘導されてこの応接室に連れ込まれ、しばらくこちらでお待ちください、と告げたきりそれ以上なにも反応がない。
なぜか扉の前では見張りの職員まで立っているし、自分たちが部屋を出てもいいかと聞くとなにか御用がありましたら承ります、と笑顔で押してくる。さすがに便所には行かせてくれたが、便所に行く間も帰る時も付き添うし、用を足している間は便所の扉の前で待っているという警戒厳重っぷりだ。
依頼を果たしたのになんでこうも警戒されているのか、と訝っているとエリュケテウレがやってきて、ああだこうだと意味のわからない、面倒な、ややこしいことを言ってくる。それに応えていたら不機嫌になって帰られてしまった、というように現況を言い表すのならば、確かに不満を抱くのも当然、と考える人の方が多いかもしれない。
だが、同調術でギルド職員たちの内心がある程度感じ取れてしまうロワからすると、『まぁこの扱いもやむをえないところもあるんじゃないかな……』と思えてしまう。ギルド職員たちの立場からするならば、上からも下からも、というか国家上層部からも市民からも、ああだこうだと申しつけられ突き上げられ、ギルド上層部は大激論の真っ最中、そのせいで現場は混乱しきり、右往左往するばかり。そんな中エリュケテウレも自分たちの担当職員として慌てて北大路地区第七支部からすっとんできたというのに、自分たちにこうも呑気に対応されて、イラッとこないわけがない。
だがまぁそれでも、ロワも職員の人たちよりは仲間たちの気持ちの方に近しい、というか職員の人たちがそうも右往左往している理由がぴんとこなくはあるのだが。彼ら彼女らがそういう反応をする根本的な原因というものを知ってはいるものの、実感には遠いというか、『いやそれいまさらじゃないか?』と呆れたくなってしまう。
まぁ、応接室に俺たちを放り込んだ以上、それほど時間をかけるつもりがあるとも思えないけど、と肩をすくめていると、唐突に部屋の扉が開き、タスレクが顔を出した。
「おう、お疲れさん」
「あ、お疲れーっす」
「どしたのタクさん、もう上の人たちとの話終わった?」
「あー、まぁ、話をさっさと終わらせたくなった、ってとこかね」
背後でわたわたと狼狽している職員たちに(職責を越えた状況にどうすればいいかわからなくなったのだろう。こういう時的確に動ける人を見張りに配置できていないほどに、ギルドの現場が混乱しきっているのだ)、ちらりと苦笑を向けたのち、タスレクはくいっと親指を傾けた。
「とりあえずよ。ちっと、稽古しねぇか?」
* * *
「……ここで稽古、っすか。いいんすか? こんなとこでやっても」
冒険者ギルドゾシュキーヌレフ総本部は、基本的にゾシュキーヌレフ全体のギルド支部を統括し、その運営を幹部たちが話し合う場所であるため、一般の冒険者たちとは少し距離がある。とはいえ、冒険者ギルドである以上、荒くれ者たちを集める状況も当然想定されるので、中庭にあたる場所は稽古場として、斬った張ったができるだけの空間を保持してあった。
そこで軽く周りを見回して問うたヒュノに、タスレクはそのいかつい顔をにかっと緩ませて、軽く斧を振ってみせる。
「ま、お前の心配することもわかるけどよ。そこらへんは気にすんな。シリュとルタがそこらへんはちゃんとなんとかしてくれるってよ」
「そっすか。なら遠慮なく。……わざわざ稽古って声かけてきたってことは、本気の稽古ってことで、いーんすよね?」
「おう。邪鬼を倒し……てはいねぇんだったか。まぁ邪鬼の戦力の一角である難敵を倒したんだから、まぁだいたい一緒ってことでいいだろ。とにかく……死闘を越えたお前の剣が、どれだけ前に進んだか、俺もちっと気になるからな。思いっきり来ていいぜ」
「うっす」
ヒュノはなんということもなさそうな顔で小さくうなずき――次の瞬間、ぎゃっ! という音を立てて火花が散った。
速い。前からヒュノの動きは目にも止まらないほど速かったが、今の一閃はそれこそ目の前で見ていたというのになにが起きたかわからない、というほどの代物だ。目にはちゃんと見えているはずなのに、追えないし認識できない。
人の意識の間隙に滑り込み、閃光のごとき一閃で急所を断ち斬る剣。もし自分がヒュノの前に立ったとしたら、斬られて首が飛んだあとでも、なにが起きたかわからないままに違いない。
だがタスレクは、当然ながらその一閃を、そして続けざまにひらめく剣戟を、巧みに盾で受け止め、斧で弾き返す。ぎゃぎぎがぎぎががっ、と一瞬のうちに幾度も行き交う剣閃が受け止められる音が、子供の乱打する金管楽器のごとく耳障りな、けれど途切れない音を立てた。
時に右から、時に左から。時に上から、時に下から、そして正面から。幾度かは一瞬で背中に回り込んでまで、ヒュノは『必殺』の名にふさわしいだろう一撃を、幾度も幾度も打ち放つが、そのことごとくをタスレクは受け、止めた。並の戦士ならば『稽古』というくくりの中でさえ、打ち据えられて立てなくなっているだろうに、平然とした顔で笑ってみせる。
「へぇ、剣のえげつなさが増してるじゃねぇか。どの一撃も、うまくこっちの意識の隙間やら、気圏のひずみやらを突いてきてやがる」
「んー、でもやっぱタクさんには全然通じてねぇっすね。まだまだ精度が甘いってことか……」
「いやいや、その年でこれだけ使えりゃ上等なんてもんじゃねぇぜ。ただまぁ、どうせならお前の『剛剣』ってやつも見せてほしいところだな」
「『剛剣』っすか」
「ああ、防御の上から丸ごと斬り裂く、『強い』一撃。お前ももうそういうこともできるようになったんだろ?」
「んー……ぶっちゃけまだまともに練習してないんで、タクさんに見せるにゃあしょーじきお恥ずかしい代物なんすけど」
「冒険で厄介事の前にいつも練習してる暇あるか?」
「……ま、そりゃごもっとも。んじゃ、お恥ずかしい出来ですが、ちっとお目にかけますか」
言ってヒュノは中段に構える。ヒュノにしては珍しい、一般的、というか基本的な剣術の構えだ。ヒュノは基本走りながら剣を振るうというか、間合いを詰めては離し、敵の死角へ回り込み、周囲の状況を利用して敵が動きにくい場所へ誘導し、と素早い移動が必須の戦法を主に用いるため、型通りというか、道場のように素直に真正面から打ち合う、というやり方はほとんどしない。
だが、今回のヒュノはごく自然に、かつ堂々と当たり前の構えを取り――唐突に、そして急激に、自身の有する魔力を高め始めた。
魔力というのは心魂の力。術法を使う際の力の単位。それはこの大陸に生きる者ならば誰もが有する力ではあるが、その多寡には明確な違いがある。
高い魔力を有する者の大半は、術法に慣れ親しみ、腕前が上達することで、心魂が鍛えられ、魔力が増幅する、という術法使いとしてごく当たり前の成長にもとづきそれだけの魔力を有しているのだが(そして、術法の知識のない人間は、それ以外に魔力を増やす方法があることも知らないが)、実際にはそれはどちらかというと、術法の腕前が上がったことで魔力が効率的に使えるようになった、という効果の方が大きいらしい。むろん魔力を日々消費することで心魂が鍛えられるのも、魔力が成長するのも確かなのだが。
それ以上に魔力を成長させるのは、なによりもまず『身体を鍛えること』だそうなのだ。心魂は身魂と共に在りて力を発揮するもの、というよりむしろその二つは馬車の両輪、二つそろって互いを支え合うことで本来の力を発揮するらしい。
そして身体を鍛えるという行為は、苦しい状況に自らを追い込むということであり、自然に精神力、心を鍛えることにも繋がる。直接的に精神を鍛える方法もむろんあるが、身体を鍛えるというのが一番効率がよく、かつ肉体的な頑健さも得られるため一石二鳥、なのだそうだ(英雄たちから訓練の際に教えられたことだが)。
つまり、本格的に、かつ全身全霊で身体を鍛え、十年もの間剣術に打ち込んだヒュノは、さすがに術法を学び日常的に使用していたネーツェやジルディンほどではないにしても、高い魔力――術法を使う際に消費する力を、多く、高品質で保有している、ということらしい。
むろん、ヒュノはこれまで術法を積極的に学ぶつもりなど毛頭なかったのだろうが、エベクレナから恩寵を与えられ、三つの術法を自由自在に使えるようになった今ならば、その利点を最大限に活用できる。ヒュノはみるみるうちに、かつ曲がりなりにも術法使いであるロワの目から見てもとんでもない量の魔力を高めきり、剣に集めた。
そして、それを、静けさすら感じさせる動きで振り下ろす――や、世界が割れた。
「っ!」
「っと!」
「うひゃっ!」
「うへぇ……」
稽古を眺めていた仲間たちともども、身を伏せて押し寄せる風圧に耐えながら思わず声を漏らす。それこそ世界に穴が開いたのではないかと思うほどの、唐突、かつ急激な力の奔流に耐えかねて、空気が竜巻となって吹き荒れたのだ。
シクセジリューアムとルタジュレナが『なんとか』してくれているというのは本当のようで、本来なら屋根の一つ二つは吹き飛ばしているだろう勢いの竜巻も、中庭の外に影響を及ぼした様子はない。だからこそ中庭の中の竜巻の勢いはよりすさまじくなったのだが、カティフはそんな中でもどっしりと構え、風圧を跳ね返して立っていた。が、カティフらしいというか、そんな中でもあからさまにうんざりとした顔で、かつどこかしみじみとした口調で慨嘆の声を漏らしてみせる。
「天才さまが女神さまの加護を受けて、恩寵まで与えられたら、あっという間にここまでのことができる代物に育っちまうのかよ。そりゃ女神さまの加護を受ける人間が、特別視されるはずだわ……」
「え、いやカティだって女神さまの加護もらってんじゃん。忘れたの?」
「忘れるかボケっ、俺は天才じゃないからそこまでの代物にはなれねぇな、ってしみじみしてたんだよっ! そのくらい悟りやがれ!」
「えー、だって口に出してもいないこと悟れとか言われたってさー……俺同調術とか勉強する気ねーし」
「というかお前は勉強しても使えないと思うぞ……同調術は相手の気持ちを受け容れる、素直で謙虚な気持ちがなければ発動しない術法だっていうのはまぎれもない事実なんだからな。読心術として扱うなら、その力は『相手のまとう空気を読む能力を強化する』範囲に限られるんだから。そういう『伝えたいことを受け取る』術法だからこそ、普通なら個人的な情報の秘匿権侵害に当たるとして問題視されかねない分野の術法なのに、誰でも学べる術法のひとつとして数えられているんだからな」
え、あれ、俺わりと『これ相手の方は知られたくない話なんじゃないかな』っていうのまで感じ取れちゃってるけどな、あれ? などと首を傾げながらも、ロワは仲間たちと並んで中庭の中央を見つめた。もうもうと舞う粉塵の中から、剣を振り下ろしてから即座に構え直したのだろうヒュノと、あれだけの一撃を受けたのだろうにもかかわらずまるで微動だにしていないタスレクの姿が現れる。
「あー……やっぱタクさんにはまるっきり通用しないっすね。剣も術法も、まだまだ精進が必要ってことか……」
「……ま、神々から恩寵の形で授けられた術法は、特に術法の勉強をしなくても、使ってるだけで腕前は伸びるからな。別に気負う必要はねぇだろ」
「そーなんすかね。ネテもそーいうこと言ってましたけど……まぁ、鍛錬の時間はこれまで通り、身体づくりと剣術の修行だけに費やせるっつーのはありがたいっすけどね」
「ま、お前は余計なことを考えない方が伸びる奴だろうしな……じゃあ次だ、カティ! ちっと来いや」
「へ……え、え゛ぇ゛ぇ゛!? お、俺っすか!?」
「おう、次はお前だ。腕前がどんくらい伸びたか見てやるからちっとこっち来い」
「いやいやいや俺なんかは本気で全然! タスレクさんのお相手務めるとか力不足すぎて!」
「別にお前ひとりに相手しろっつってんじゃねぇよ。ま、それはそれで面白いかもしんねぇけど。お前ら前衛で組作ることになるんだろうが、連携見せてみろっつってんだよ」
「……あ、そっすね。これからはカティと二人で一組になることが多そうだもんな。連携とかも練習してった方がいいのか」
「え、は、え!? いや別にいいよ俺お前の鍛錬に嘴突っ込む気ねーし! 俺の方が合わせるからお前は自分のやりたい鍛錬しろって!」
「や、やりたいもなにも、これからは基本ロワは中衛に回ることになるだろうし、俺らの連携が前線維持できるかってことにかかってんだから、やんない選択肢なくね? 必要な練習しねーで命失うことになるとか嫌だぜ、俺」
「っつかな、お前らは伸ばしてる能力と役割が、攻撃と防御にはっきり分かれてんだから、連携必須だろうが。お互いがどう動くかって勘所を押さえてねぇと、普通に各個撃破されてやられるぞ」
「ぅ……そ、それは、そうなんですけども……うぅう」
「いーからとっとと来い。これ以上押し問答する気なら無理やりこっちに引きずり出すぞ」
「は、はいぃっ!!」
カティフは慌てて自分の装備を確認したのち(ゾシュキーヌレフに転移してきてから着替えもできていないので、当然全員武装を解いてはいない)、わたわたと中庭に出て、ヒュノから数歩離れた場所で剣と盾を構えた。ヒュノもその間合いを保ったまま再び剣を構える。タスレクは「ふぅん」と小さく鼻を鳴らしたのち、ひょいと斧を振り上げてみせた。
「んじゃ、行くぜ。あっさり潰されるなよ!」
「………っとぉっ!」
まるでカティフの方を見ないまま、とんでもない速度で振り下ろされた戦斧をカティフはかろうじて盾で受け止めた。その衝撃の強さにカティフの身体が地面にめり込むのが見えたが、カティフはかろうじて足を止めることなく、だだだっと時にヒュノの反対側へ、時に近くへと走り回りながら、ヒュノ同様にタスレクに生まれた隙めがけて、剣を突き出す。
「……ロワ」
「なに?」
「剣術の素人である僕にはいまひとつピンとこないんだが。あれは、カティは、役に立ってるのか? タスレクさんの動きは質実剛健という感じはするがすさまじい迫力は感じるし、ヒュノの動きも流麗さのようなものを感じはするんだが、カティの動きは泥臭いというか、素人くささがはたで見ていると感じられてしまうんだが……」
「……横から見ていたらそういう風に感じるかもしれないけどな。はっきり言って、カティの動きも充分以上にすごいよ。『素人くささ』が感じられるのは、カティがそう見えるように装ってるからだ」
「え、そーなの? なんかすげー必死っぽくて、そんな余裕あるように見えねぇけど?」
「余裕がないのは確かだよ。達人同士の斬り合いに、首を突っ込んでるわけだからな。だけどカティは、そんな中でもできる限り自分の役目を果たしてる。誘引術を直接的にかければタスレクさんに無効化されるから、自分の『目を引く動き』を強化する術式で、できる限りタスレクさんの邪魔をしてるんだ」
「あー、あの魔力の動きそーいうことだったのか! 自分を強化してるのはわかったんだけど、なんか動きの感じがややこしいっつーかこまこましてて、どーいう働きしてんのかまで読み取れなかった! すげー、カティなにげに誘引術使いこなしちゃってんじゃん!」
「お前だって新しく与えられた術法完全に使いこなしてるだろ……でも、確かにそう言われてみると、なるほどという気はするな。相手に術式の性質が見抜かれないようにする粉飾も、戦法のひとつなわけか。というか、その粉飾すらもが擬態ではなく、相手の注意を引きつける、という目的のために使う戦術の一環でもある、と……なるほどなぁ。やはり前衛後衛の違いは大きいな、僕だけで見ていては絶対に気づかなかった。ありがとう、ロワ」
「いや、まぁ、うん、別に……」
というか、ロワが同調術で感じ取っている細かいところまで、普通に見ているだけで気づくネーツェにそんなことを言われてもな、という気はするが。
だがなんにせよ、カティフの動きがはたから見ているより、はるかに高度な意図を含んだ、洗練された戦法であるというのは確かだった。カティフは自分には才能がないと常々言っているし、実際に『才気あふれた』とは言い難いところがあるのは確かだが、骨惜しみなく地道な鍛錬を続けてきた地力はもとより相当高いし、才知でもって勘所やら要領やらをつかむのが苦手な分、地に足のついた、乱れのない戦い方をする。たぶん自分の動きを完全に統御する、という点においては、ヒュノよりも上だろう(ヒュノはそれこそその溢れる才気で、なんでも勢い任せでなんとかしてしまう、できてしまう奴なので)。
そしてその能力を存分に活かしつつ、タスレクの足を引っ張って攻めを妨害するのみならず、ヒュノの攻撃を支援することすらしているのだ。見たところ、カティフの基本の動き方は、タスレクの視界の端で微妙に出たり入ったりを繰り返しながら、タスレクが(わざと生じさせているのかどうかはロワの目からは見切れないが)作った隙に、目立つような目立たないような微妙な動きで剣を突き込む、ということをくり返しているように見える。
だがその単純な動きの中にも、カティフは幾重にも仕掛けを作っていた。上から攻撃しながら下に意識を引きつけるという簡単、かつ効果絶大だろう技のみならず、意識させる点を微妙にズレさせて剣や体さばきの軌道を錯覚させたり、ヒュノが攻撃する際に強弱をつけて自分のそばや微妙にズレた場所や唐突に空を通った鳥に誘引術式を使ったり、タスレクの攻撃の際にもそういった手管を使いながらできる限り自分で攻撃を受け止めようとしたり、と、相手側にしたらすさまじくうざったいだろうことを思いつく限り全力でやってのけているのだ。
むろんタスレクはその並外れた精神力と戦術眼で、直接的にかけられた術式は無効化し、小癪な小技はすべて見抜いて、ヒュノにもカティフにも的確かつ熾烈な攻撃を加えている。が、抵抗しようと無視しようと、『気になる』と意識づけられてしまったものは、そうそう気にならなくなったりはしない。カティフも的確に全力で、微妙に気になるだろうものに意識を誘引させているので(そしてその本命の他にもいくつもの対象に強弱高低をつけながら誘引術式を使っているのだ)、たとえそのすべてに抵抗していようと、どうしても気が削がれ集中力が乱れる。
そして一瞬でも防御する手が緩めば、ヒュノがそこに全力で攻撃を叩き込んでくる――
「っ……!」
「ん……の、ぉおっ!」
ヒュノの剣閃を、タスレクはぎりぎりのところで盾で防ぎ、大きく斧を振りかざしつつ間合いを取ると、ごくわずかではあるけれども息を荒くしながら宣言した。
「よし、俺の稽古終わり! 次はネテとジルだな!」
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