第67話 ことの終わり・人~熟

『……………』


「……………」


「……………」


「……………」


「……………」


 言葉を発することもできない自分たちに対し、四人の英雄は揃って無言。というか全員目が据わっている。こちらをちらりと眺めやるその視線だけで、数回殺されたような気分になるほどの、圧力に満ち満ちた気配を周囲に発散していた。


「ちょっ……ちょっとさぁ! あっ、あんたたちっ……えっ、えらそーなんじゃねーのっ!? いざって時にあっさり敵の罠に捕まっちゃってさぁっ! 俺らのこと助けてくれるとか言ってたくせにさぁ! 俺らそのせいですっげー苦労したし! あんたたち捕まえてた檻ぶっ壊して、気ぃ失ってるあんたらを助けて天幕に寝かしたのも俺たちなんですけど!? フツーそーいうことに対するお礼とかお詫びとか言うのが先なんっ……」


『………あぁ?』


「ぴっ……」


 ぎぎぎぎろぉおっ!! と音が聞こえたと思うほどの、苛烈な視線の集中砲火を浴びてジルディンが固まる。半泣きになった顔のまま身動きもできない様子、というかもはやこれはお漏らしの危険を想定してしかるべき段階だ。近くにいるだけのロワですら背筋が震え膝が笑う、そんな恐怖を凝集したかのごとき暴威を目の前にして、どうすればいいかまともに考える余裕さえない――そんな自分たちに向けて、ふいにルタジュレナが、はぁ、と小さく、力なく息をついた。


「やめましょう。そこの小坊主の言い草はともかくとして、私たちが大口を叩いておきながら、敵の罠にかかり捕えられたのは間違いのない事実よ。こんな小僧っ子たちに八つ当たりしてもどうしようもないわ、恥の上塗りになるだけよ」


「……………。確かに、ね」


 そう深々と息をついて言ったのはシクセジリューアムだった。持っている杖をみしみしと音がするほどの力で握り締めながら、同じ英雄たちに向けて鋭い視線を飛ばす。


「タクもグェラも、いいね? これ以上見苦しい姿をさらすのはやめよう。正直、私もこの子たちをこの世から消滅させて、自分の失態を知る人間を消し去りたい気持ちは溢れんばかりだが――」


『ひっ……』


「そんな真似をしたところで神と自分は騙せない。これまで私たちが築き上げてきた業績の誇りにかけて、粛々と自分の失敗を受け容れよう。それもできないというのでは、神々が我々に目をかけてくれたことが過ちだったということになってしまう。そんなことは、断じて許せるものではない。そうだろう?」


『……………』


 シクセジリューアムにじっと睨まれても、グェレーテとタスレクは無言で、かつ重々しい威圧感を周囲に振りまきまくる不穏な表情でシクセジリューアムをしばらく睨み返していたが、やがてグェレーテはふっと息をついてから苦笑してうなずいた。


「わかった、わかったよ。……わかっちゃいるんだよ、最初からね。ただ、この年になると恥をかいた時の受け身の取り方なんて忘れちまってるってだけで」


「それは私たちも同じよ。それでもここは耐え忍ばなくてはならないところでしょう」


「ああ……タク! あんたもいいね? この後この一件であたしらに恥をかかせるような真似をしたら、それこそ大陸中にあんたの恥を広めてやるからね?」


 それでもタスレクは無言だったが、ずっと周囲を睨みつけていた視線をすっと逸らし、その場でくるりと背中を見せて後ろを向いた。思わず安堵の息をついてしまった自分たちに、ルタジュレナとシクセジリューアムは険しい顔をしながら向き直る。


「……それでは、改めて。あなたたちに言わなくてはならないことがあるわね」


「へっ? な、なん、すか?」


「うろたえなくて結構。まず、説明からさせてもらうが。……諸君に、一度だけ、我々に依頼をする権利を与えたいと思う」


『………へっ?』


「くだらない相槌を打たないで。私たちは決して機嫌がいいわけではないのよ」


「もう一度言おう、君たちに一度だけ我々に依頼をする権利を与えたいと思う。もちろんどんな依頼でも引き受けるわけじゃない、我々にとっても妥当と思われる依頼のみだ。だが、まともな倫理性、論理性を有する依頼であるならば、できる限り君たちに歩み寄り、依頼を果たすと約束しよう。依頼料を払う必要はない。この権利、受け取るや否や?」


『……………』


 しばしの沈黙。それを、いまだにいくぶんびくびくしながらも、懸命に顔を上げて破ってみせたのは、ジルディンだった。


「あ………のさー。き、聞きたいんだけどさー」


『ぁ?』


「ぴっ」


 睨まれてまた硬直するものの、その睥睨は反射的なものだったようで、無言のうちに視線を逸らされてほっとした顔になり、また必死の形相で問いただす。


「あ、んたらってさー。なにが言いたいのかよくわかんなかったけどさー。つまり、ほんとは……『失敗した』って思ってんの? しくじった、下手打っちゃったって」


『……………』


 返ってくるのは無言。だが、グェレーテもルタジュレナもシクセジリューアムも、すっとわずかに視線を逸らした。


「……え、つまりこーいうこと? ホントは自分でもしまったー、やらかしたー、って思ってんのに、それ素直に言うのやだから不機嫌になって俺ら怖がらしたわけ? 力でびくつかしたら突っ込まれないとか思って? ホントはごめんなさい失敗しましたって謝んなきゃなんないとこなのに!?」


『ぐっ……』


「はぁぁぁ!? ばっ、かじゃねーのぉっ!? ガキかよあんたら!」


『ぬぐぐぅっ……』


 唸りながらも反論しようとしない英雄たちに、ジルディンは嵩にかかって勢いよく居丈高に責め立てる。まぁジルディンとしてはこれまでさんざん馬鹿にされてきたのだから、できる限りその敵を討ちたい気持ちなのだろう。正直、ちょっと気持ちはわかる。


「さんざんさんざん俺のことあーだこーだ言っといてさぁっ、自分らの方がよっぽどあったま悪ぃんじゃねーのぉ!? これまであんだけえらそーにしといていざって時に役に立たなかったってだけでフツーにぶっとばしもんなのにさぁっ、素直に謝りもしねーとか! それで人のことあーだこーだ言うとか最低じゃんっ! あんたらと比べたら俺の方がまだマシだよなっ、俺自分が悪いって思ったらフツーにごめんなさいって言うしさっ!」


「だっ、だから我々としても君たちに依頼を請けるという形でその補償をしようとだねっ……」


「わ、私たちほどの人間を無償で働かせられるっていうのは、それこそ王侯貴族だろうが不可能な話なのよ!?」


「はぁー!? だったら謝んなくていいって!? いいもんやるから黙って俺の失敗忘れろやへっへっへ、ってぇ!? それもー汚職役人とかのやることじゃんっ! さいってーだなっ、あんたらっ! ゲスじゃんゲスっ! それで人のことだけはえらっそーに上からいろいろ言っていいって思ってるとか、ホンットさいてー!」


「ぐ、ぎ、ぐぎぎぎぎ……」


 気持ちよさそうに責め立てるジルディンに、シクセジリューアムは折れよとばかりに持っている杖をすさまじい力で握り締めるが、さすがに反論はできない。まぁ自分たちでも正直どうかなと思うやり方ではあったのだろう。ただ、持っている矜持が高すぎて、素直になることが難しかっただけで。


 英雄たちほど高名でも優秀でもないが、そういう性格の老人にはそれなりに出会ってきたロワとしては、まぁそこまで責める気はなかったのだが、子供にその辺りを鑑みて容赦してくれ、というのは無理な話だ。


 それに正直言われ放題になっているシクセジリューアムやルタジュレナを見て胸がすく気持ちもなくはなかったので、どうしようかなーと思いつつもとりあえず傍観していると、おもむろにタスレクがぱぁん! とすさまじい音を立てて自分の頬を叩き、こちらを振り向いて、ぶんっ、と勢いよく、そして折り目正しく頭を下げてきた。


「申し訳なかった! 護衛の依頼を請けておきながら、いざという時に助けられなかったことも、それどころか逆に助けてもらってしまったことも、言い逃れようのない俺たちのしくじりだ! そして、その失敗を素直に謝罪することもできない情けない態度も、失敗を償おうという気持ちがあるとはいえ補償の申し出をする際の態度も、どちらも曲がりなりにも英雄と呼ばれる者の、それどころか真っ当な大人としての態度ですらなかった! 重ねてお詫び申し上げる!」


「えっ……へ、ぇ……」


「そして改めてお願いしたい! これは失敗を粉飾しようという意図からではなく、雇い主にも俺たちの失敗はきちんと伝えさせてもらうが、それはそれとして俺たちのせめてもの気持ちとして、君たちにお詫びをさせてもらいたい! 俺たちにできることならば、できる限りの要望に応える! せめてそのくらいのことはさせてもらえないだろうか! どうか、詫びを受けてくれるよう、伏してお願いする!」


『……………』


 深々と頭を下げるタスレクの迫力に、その場はしーんと静まり返る。そして誰も口を開こうとしないので、やれやれと肩をすくめて、ヒュノがジルディンを肘でつついた。


「……おい。ジル、返事」


「へっ!? お、俺がすんのっ!?」


「お前が英雄さま方を責め立ててたんだから当たり前だろうがっ!」


「えっ、な、なんてっ!?」


「そのくらいのことも考えねぇで人のこと楽しそうにいじめてんじゃねぇぞクソガキっ! っとにもーおめーはー!」


「だ、だってー、だってぇぇ……」


 小さいながらも鋭い声で仲間たちから叱られて、ジルディンはちょっと泣きそうになりつつも、おずおずとうなずく。


「わ、わかり、ました……お詫び、受け、ます」


「………ありがとう」


 息を吐き出してうなずきを返したのち、タスレクはぱっと表情を変えて笑顔になってみせた。


「さってお前ら、それじゃせいぜいすげぇ依頼をしてくれよな! 期待してるぜ?」


「へっ!? 期待!? な、なんで?」


「そりゃ曲がりなりにも俺たちは英雄と呼ばれるような年寄りだからな、しょぼい依頼に使ってくれちゃあ面子が立たないってもんだ。少なくとも今のお前らにできちまうくらいの依頼じゃあ困っちまうな? まぁそれが依頼だってんならやってみせるが、俺たちへの依頼権をそんなもんに使っちまうのはあんまりもったいなくねぇか?」


「……そうだねぇ。あたしたちとしても、できるならそれなりに歯ごたえのある依頼の方が嬉しいからね。別に冒険者にするような依頼じゃなくてもかまわないけど、できればあたしたちにしかできないような依頼だとやる気が出るかな」


「え、えぇぇ……」


「……思いつくか? そんなもの」


「いやいやどー考えてもねぇだろそんなん! この人たちにしかできないような依頼がごろごろあるとか普通に世界終わるわ!」


「ふ……ふふっ、そうだね! できれば思いきり高度な技術を駆使した依頼であると嬉しいね? もちろん補償である以上依頼に文句を言うつもりではないけれど、あまりに簡単な依頼だと甘く見られているのかと勘繰りたくなるかもしれないね?」


「そうね! こんな展開になるとは思ってもいなかったけれど、曲がりなりにもエミヒャルマヒさまに拝謁する機会を作ってくれたことでもあるわけだし、こちらとしても気合を入れて仕事がしたいものね?」


「えっ、神さまに……拝謁?」


「ああ、お前らは聞いてるか? 邪鬼・汪が、邪神ウィペギュロクが神々の世界の掟を破り、人間の世界へと自ら堕した代物だってのは」


「それは、まぁ、もちろん。神々の御言葉ですから、当然聞いていますが」


「え、そ、そんな話あったっけ……?」


「お前聞いてねーのかオイッ! 本気かてめぇ脳味噌あんのか真剣に聞くが!」


「だっだっだってゾシュキアさまがくれた報酬がすごすぎて他のこと気にしてる余裕なかったっていうか……みんなだってそんなことわざわざ口にしたりしなかったじゃんっ!」


『うっ……』


「ふっ……まぁ若い子のやることというのはそんなものか。私たちも褒められたものじゃない姿をさらしてしまったことだし、あえて責めることはしないがね?」


「ぬ、ぐぐぐぅ……」


「とにかくだ。今回の邪鬼が普通の邪鬼とは桁違いの代物だったのは、それが理由だったわけだろ? 俺たちが不意をつかれあっさり捕えられたのも、ウィペギュロクが邪神としての力の名残を振るい為したことなわけだ。そういった人の世界では反則技ともとれる奇跡がなければ、俺たちはおそらく邪鬼ウィペギュロクには勝てていた。つまり、神々からしてみれば、ウィペギュロクの為したことは曲がりなりにも、神々の一員が人の世界の理を曲げた、ということになる。ゾシュキーヌレフの首脳陣とかにはそこらへんを説明する神託が下されてるそうだが、俺たちウィペギュロクに直接的に迷惑をこうむった者には、神々が直々に会い、詫びの言葉と品というか、望みのものを与えるという形で補償を与えてくださったんだ」


「なるほど……」


「……加護をくださっている神ご自身と直接お会いすることができるという、本来ありえないほど幸運な機会だったというのに、そのお話が私たちの失態に対し詫びてくださるという、情けないことこの上ない状況だというのは、心底口惜しいけれどね……! 私の『心魂を錬磨した状態ならば神々と対峙しても威圧感に負けずにすむのではないか』という仮説についてまで、エミヒャルマヒさまじきじきに『それは無理ではないだろうか』と駄目出しをいただいてしまったし……!」


「まぁ、ねぇ。あたしらとしても情けなくはあったけど。でもしょうがないじゃないか、やっぱりあたしらはしょせん神々の被造物、次元の違う存在でしかないんだろうしさ。あたしはむしろ、あたしのこれまでの人生に、暖かいお言葉というか、『加護を与えて本当によかったと思っている』って言っていただけて、すごく嬉しかったね」


「……ああ、それは確かに間違いではないよ。私もロヴァナケトゥさま直々に『いつも研究を楽しんで拝見させてもらっている』とか『これからも人の世の魔術をその知性をもって正しく導いてくれ』とか激励を受けてしまって、泣けるほど嬉しかったのは間違いではないとも。だけれどね……! だからこそ、こんな状況でお会いしてしまったことについての口惜しさ、憤ろしさが湧いてくるというか! これほど認めてくれている方に、もっと最高の形でお会いしたかったというか! しかも我々の失敗を、そこの駆け出しの小僧っ子どもに取り返してもらったと、他ならぬこれまで千年加護を与え続けてくださった方に告げられることの情けなさたるや……! 本当に、起き抜けに衝動的に君たちを殺さなかった我々の理性に感謝してほしいくらいだね!」


『えぇぇえ……』


 ぎっ、と鋭い視線を向けられ萎縮しつつも、仲間たちと一緒にその理不尽さに呆れかえる。まぁ気持ちがわからないとは言わないが、それでもやっぱりそんな気持ちのはけ口にされて殺されたくはない。


「まぁ、な。そういう気持ちは、俺にだってあるが。こんな形で報酬までもらっちまったんだから、申し訳なさと情けなさはいや増すしな。だがまぁ、だからこそ俺たちとしては、お前らにできる限りのことをしてやりたい、と思うわけだ」


 タスレクは自分たちの方に向き直って、にやっと笑う。


「俺たちの失敗を駆け出しのお前らに押しつけちまったっつぅ罪悪感やら、自分たちの働きに不相応な報酬をもらっちまったっつぅ申し訳なさ、いたたまれなさやら。そういうもんをできる限り解消してほしいからな。お前たちにはぜひとも、俺たちが必死になってもそうそうできねぇような、とんでもなく難易度の高い依頼をしてほしいって思ってるのさ」


「まぁ、私たちにも自分の仕事があるわけだし、そう長々とそれを放り出してはいられないが。一度の依頼ということでなら、それなりに言い訳も立つだろう」


「できれば早めにお願いしたいわね。私たちの熱意が少しでも萎えるようなことがあれば、神々に申し訳が立たないし。時間を空けるのもどんどん難しくなってしまうし。もちろん、こちらは依頼を請ける側なのだから、依頼者相手にどうこう言うつもりはないけれど?」


『う、ぅぅ……』


 仲間と一緒に、思わず唸ってしまう。いや充分どうこう注文つけてるじゃん、と言いたい気持ちもあるが、やはり向こうはこちらより圧倒的な上位者、たとえ向こうが頭を下げているとしても、そこに追撃をかけて激昂される展開を考えるとどうしても腰が引けてしまう。まぁ向こうもそういう展開を狙ってはいるのだろうが、厄介な手を打ってきてくれるなぁ、と内心ため息をつく――や、隣のヒュノがひょいと手を上げて、軽い口調で言った。


「あ、じゃあ、俺さっそく頼んでいいっすか?」


『えっ!?』


「え、駄目なんすか?」


「い、いえ、そんなことはもちろんないけれど?」


「も、もちろんだとも。さぁ、なんでも言ってくれたまえよ、我々に相応の依頼というものをね」


「ちょ、ヒュノっ、お前、大丈夫なのか!? この状況で下手な依頼とか言ったら後でどうなるか……」


「や、下手かどうかはわかんねぇけど、すんげぇ人に依頼ができるっつーんだったら、俺の頼みてぇことってこれしかねーからさ。……えっとっすね、みなさん」


「おう。なんだ?」


「俺の、装備をあつらえてくんないっすか?」


『………はい?』


 突然の唐突な言葉に、場の全員がきょとんとした。英雄たちのみならず、仲間たちも首を傾げ、怪訝そうにヒュノに問いかける。


「え、それ、なんでこの人たちに頼むわけ? この人ら別に鍛冶屋でも武器屋でもねーよな? あ、ただでこき使えるから無料で高い武器買わせられる、みてーな?」


「お前ちょっと黙れや言い方がいちいち不穏すぎんだよ!」


「や、そーいうんじゃねーよ。別に高い武器がほしいってわけでもねーし。ただ、なんつーか……武器やら防具やらが、腕に馴染むようにしてほしいんだよな」


『………はぁ?』


「いや、どういう意味だそれ。この方々にわざわざ頼む理由も含めて、本気で意味がわからんぞ」


「や、だからさ。俺今回剣振ってて思っちまったんだよな。俺の剣ってほとんど俺が剣振り始めた頃から使ってる年代もんなんだけどよ、物足りなくなったっつーか、俺の腕についてこれてねぇな、って思ったわけ。まー剣術ってのは、言っちまえば固い棒を振り回して敵を殺す技だからさ、役に立たねぇってわけじゃねぇんだけどよ。これまで俺の体の一部みてーなもんだった剣が、なんか体から離れちまったっつーか、動きについてこれてねぇっつーか、この勢いで剣振りまわしてたら、できる限り剣をかばうように振っても、あんま長持ちしねぇだろーなって思えちまったわけよ」


「そ、そりゃまぁ、腕が上がりゃそれ相応の武器に買い替えるのは当たり前だろうが。そうでなけりゃ武器屋も商売にならねぇだろ」


「まぁそうなんだけどさ。新しい剣買うっつってもさ、どーしたってある程度馴染ませる時間は必要になるじゃん? 試し斬りしてできるだけ身に馴染むもんを買うにしたって、どーしたってそう簡単に前の武器同様に振るえる、っつーのは無理だろ? けどそーいう剣や鎧のちょっとした馴染まなさが、命取りになるっつー可能性は十二分にあり得る、っつーのが今回はっきりしたからさ。俺も考えたわけよ」


「まぁ……今回のような、普通ならありえない激戦を経験したお前が、そういう風に考えるのなら、そうなんだろうが。なにを考えたというんだ?」


「おう、要するにさ、装備やらなんやらが壊れなきゃいいわけよ。んで、いつでも身に馴染む使い慣れた状態でいりゃあいい。そこらへんをな、英雄の人たちの力でどうにかしてもらえねぇかって思ったわけ」


「えっと……具体的に、どーやって?」


「だからよ、今俺が使ってるこの剣と鎧を、英雄の人たちのすげぇ術法やらなんやらで、絶対壊れねぇもんにしてもらうんだよ。んで、俺の腕が上がるにつれて、武器としての格が上がるようにしてもらうわけ。それならいつまで経っても剣が腕についてこれない、なんてこたぁ起こりようがねぇし、身体に馴染まねぇせいでへまをするってこともねぇだろ?」


『…………!』


 先ほどから、なぜかひどく真剣な面持ちになっていた英雄たちの間に、衝撃が走った様子が目に見えた気がした。表情に表さないようにはしているが、今のヒュノの台詞は英雄たちにとってはとんでもなく強烈な一言であったらしい。


 だが仲間たちはそんな英雄たちの様子に気づくこともなく、ヒュノの言葉をつつきまわす。


「えぇ……や、まぁ、そりゃ理屈の上ではそうかもしんねぇけどよぉ。それ、この大陸有数ってぐらいの英雄の人たちにわざわざ頼むことか? 一回の依頼料が基本一兆って人たちだぜ? 武器の値段なんて最高価格帯でも数千万、大陸で一個しかねぇってほどのもんでも一億ってぐらいなんだからよ、普通に買い替えてった方が得じゃねぇ?」


「つったってこの人たちを始終連れ回せるわけでもねぇし、助けを頼みたい時ならいつでもどこにいても頼めるってわけでもねぇだろ? だったら俺は命を護れる可能性をちっとでも上げるために使うね」


「いやしかしな……絶対防護の術式というのはそりゃ魔術にだってあるが、そういうものはより強力な術式の前では意味がなくなるものだぞ。絶対に壊れない、なんていうものはこの世界のどこを探したって存在しない、というのが定説で……」


「そーか? んー、できねぇっつーんならしょーがねぇから、壊れても治るようにしてもらうかな。折れても俺が魔力やらなんやら注いだりすれば、すぐに治る、みてーな。俺らの腕やら足やらだって、治癒術式で治してもらえるんだしよ」


「そりゃまーそーかもだけど……一兆ぶっこんで、単にいつでも腕に合った武器を使いたい、っつーだけ? いっくらなんでもしょぼくね?」


「そーか? なら剣が手から離れても、いつでも手元に戻せるようにしてもらうとか。鎧も別に着けてなくても、着けようと思えばいつでも完全装備状態にできる、とか便利だよな。あ、あと鎧は手入れをしやすくしてもらえると嬉しい。汗とか汚れとかこまめに落とすの相当手間だしな」


「ま、まぁそういう機能は俺も確かにほしいけどよ……別にそのぐらいだったら術法でぱぱっとできるんじゃねぇの?」


「まぁそうだろうけど、自分の装備の面倒を他人に見てもらうわけにもいかねぇだろ? かといって俺はそんな便利な術法勉強してる余裕ねぇし。それだったら信用できるこの人たちに、装備の基本性能としてそういうのを着けてもらうのがいいかなって思ってさ」


「うーん……まぁ、そこまで考えた上で、お前がそれでいいと言うなら、止めはしないが……」


「おっし。じゃーみなさん、どっすかね? 俺の依頼、請けてくれますか?」


『……………』


「お?」


 英雄たちが返してきた、無言と無表情に、ヒュノは小さく首を傾げる。まぁヒュノにしてみれば、英雄たちならばさして苦でもないだろうことを頼んだつもりなのだから、怪訝に思うのも当然と言えば当然だ。


 だが、同調術の基本術式のひとつ、思考受容の術式を常時使用を始めていた(同調術に慣れるにはそれが一番、と術法と同時に得た基礎知識の中にあったのだ)ロワの心には、英雄たちが念話の中で周章狼狽しているさまが伝わってきてしまっていた。


『………できる、確かに、できるが………! 今の私たちならば、確かにそれだけのことはできてしまうが! できてしまうんだがっ……!』


『だけど、だからって………! 想念結晶も、神和結晶も、精髄結晶も有限なのよ!? もう二度と手に入らないだろう、神々から直接下されたこの上ない褒賞なのに、それをぬけぬけと請求するとか、悪魔なの、こいつ!?』


『……こいつにしてみりゃ、英雄なんだからたいていのことはできるだろう、って発想なんだろうがな……。こいつの頼んでる、成長する武器、自動修復する武器、壊れない武器、自分と一体化できる武器なんて代物は、それこそ古代遺跡にでも行かなきゃ見つかるもんじゃねぇって、わかってねぇんだろうな……』


『こりゃ、参ったね……。まぁあたしらから言い出したことなんだし、素直に受け容れて結晶を使うしかないんだろうが……』


『嫌よそんなの! こいつの言う通りの性能を持たせようと思ったら、すべての結晶が十分の一近く消費されてしまうのよ!? 私たちの装備を強化するのにそれぞれの結晶の五分の一程度が消費されてしまうのだから、残りは七割しかなくなってしまうじゃない! 私はエミヒャルマヒさまから直々に、『いつかこの結晶を創り出せるまでにあなた方が進歩してくれることを望む』と申し渡されているのよ!? 自分たちの装備はともかくとして、残った分はあなたたちから買い取ってでも研究を進めるつもりでいたのに……!』


『冗談じゃない! 言っておくが、私もロヴァナケトゥさまから『君たちがよりこの世界の知と術を進歩させてくれることを願って』と結晶を与えられたんだからね!? 私だって私以外から結晶を買い取るつもりでいたんだ!』


『いや、まぁ、俺らとしちゃ自分の装備に使う以外に使い道なんてねぇし、別に売ってもいいんだが……お前ら、もう少し欲を秘めろや。動機があからさますぎて、慮ってやろうって気が失せる』


『ぬぐっ……』


『ぬぬっ……』


『だけどさ、シリュもルタも、だったらこの状況どうするってんだい? 自分たちから依頼をするように促しておいて、いざ依頼をされたらそれが『自分たちにとって都合が悪いから』『欲を満たす邪魔になるから』って理由で断るのかい?』


『よ、欲とはなによ。私たちにあるのはあくまで、神々の期待に応えたいという真摯な想いであって……』


『それも要は欲のひとつだってことくらい、わかってんだろ? シリュもルタもよ』


『ぐぬっ……そ、それは確かにそうだが、この研究は成功すれば文明を飛躍的に進歩させうる代物であってだね……』


『二人とも協力して研究しようとせずに、一人で他の奴らからできる限り結晶を買い取ろうなんぞと画策してる辺りで、もうお題目に説得力なんざ残ってねぇよ』


『ぅうっ……』


『くぅっ……』


『あたしらがやろうとしてんのは、たとえ邪神の卑劣な手口によるものだろうと、あたしらが罠に引っかかっちまったっていうしくじりの始末なんだ。それも自分たちから言い出したことなんだ、この段階で『やっぱりやめた』なんぞと抜かすのは、あまりに見苦しかぁないかい?』


『……………』


『それにだ。今になって『やっぱりやめた』だの『別のにして』なんぞと言い出したら、ジル辺りがどんだけ大騒ぎするか目に見えてんだろ? 鬼の首を取ったどころの騒ぎじゃねぇだろうよ』


『ぅ、ぅうぅ……』


『唸ったってどうしようもないだろ? とにかく、ヒュノの依頼は素直に受ける、ってことでいいね?』


『わ、わかったわよ……』


『……仕方ない、君の言葉に従おう……』


 ルタジュレナとシクセジリューアムが、いかにも不承不承といった感じの思念を発し、改めてヒュノに向き直る――よりわずかに早く、カティフがぽろり、と言葉をこぼした。


「俺もヒュノとおんなじ依頼にしよっかなぁ……」


『………はい!?』


「え、な、なんすか!? 俺なんか悪いこと言ったっすか!?」


「い、いや、別に悪いってこたぁねぇが」


「だけどなんで急に気が変わったんだい? あんたさっき、そんな依頼に使うのはもったいない、みたいなこと言ってただろうにさ?」


「や、なんつーか……俺前衛職じゃないっすか? だからこれからもヒュノと並んで戦うっつぅか、その横で攻撃をできるだけ引きつける役することになるわけっすよね? だから、盾や鎧、あと反撃のこと考えると武器も、できるだけ強力なもんを身に着けてねぇと、仕事できねぇな、って思って」


「だ、だけどそれなら、定期的に買い替えた方が圧倒的にお得なのじゃないかな?」


「そ、そうよ! 成長に合わせて装備の格が上がるといっても、装備できる最高価格帯のものを買った時の性能の上昇幅と比べればどうしても劣るでしょうし! いざという時のために、私たちへの依頼権を持っていた方がはるかに……」


「や、でも、みなさんみてぇな超英雄って方々に、わざわざ頼むようなこと、これから俺らに起こるかっつぅと、全然そんな気しねぇっつぅか……みなさんが何度も言ってた通り、俺ら半人前の駆け出しですし。いっくら女神さまの加護もらってるからって、そうそう大した仕事回ってこねぇだろうし……それだったら装備に金使わなくてもいいようにして、報酬を消耗品やら生活費やらにあてた方がお得かな、って……」


「は……?」


『……っ発破をかけるために言った言葉がこんなところでこちらの足を引っ張ろうとはっ……!』


『報酬を生活費にあてるってなに!? 今回の報酬で充分一生分の生活費には足りるでしょうよ!』


「あぁ……それは、確かに、そうだな……。英雄の方々への依頼権といっても、僕たちがこれから、『英雄の方々でなければならない』なんてくらいに、困難な状況に遭遇する可能性はほぼ皆無だろうし……。装備を昇格させるための費用が不要になるということは、報酬のやりくりも一気に楽になるだろうしな」


「だろ? だからよく考えてみたら、地味に得かなってよ」


「うん、そうだな。なら僕の依頼もそれにするか」


『げぇぇぇっ!!』


「ジルはどうする?」


「えー、っつってもなー、俺武器は使わないし、防具だって軽いもんしか装備できないし、そんなもんに依頼権使っちゃうのはさすがにもったいないと……」


『そ、そうだその通りだ頑張れジルディン! そのまま他の三人も翻意させろ!』


『あなたを応援する時が来るとは思っていなかったけれど、今は心の底から言うわ! 頑張って! ジルディン!』


「けどジルよ、お前以前弓習ったことがあるとか言ってなかったか? けっこう成績よくて褒められたとかよ」


「え、うん。そりゃあるけど、もう数転刻ビジンは前の話だよ? 習ったっつってもほんのちょっとだし」


「待てって。俺の経験から言うとな、翼人ってのは、基本空中射撃に才能があるもんなんだよ。飛翔術で縦横無尽に空を飛び回りながら、弓を撃ちまくるってやつ。お前、飛翔術まともに使えるようになったんだろ? んで、風操術は女神さまの加護もあって、どんどん成長してる。なら、弓を使わない方がもったいなくねぇか?」


「えー、だってさぁ、遠距離攻撃なんて術式使った方がいいに……」


「いや、そうとは限らないぞ。遠距離に物理的な一撃を与えられる、ということが状況をひっくり返すことはそれなりにあるんだ。それに、滅聖術は確か、弓に光の矢をつがえて放つ、という術式もあるんじゃなかったか? 超遠距離射撃用に使うやつ」


「あー、うん、あるわある! 使える! え、なら俺も普通に弓使った方がいいのかな?」


「俺はそう思うぜ。ヒュノは遠距離の相手も斬れるようになったこともあって、剣以外使う気なさそうなのが目に見えてるし……」


「あー、うん。まー確かにそーだな」


「ネテはそもそも運動神経も指先の器用さも死んでっからしょうがねぇとしても、俺とロワとお前は、必要になった時のために弓なり投石紐なり買った方がいいと思うんだよな、せっかくそれなりに報酬入るんだしよ」


「そっか……なら、俺もヒュノと同じ報酬にしちゃうか! 装備の買い替えがなくてすむってのはめんどくさくなくていーよな!」


『ああぁあぁぁっ!!』


『やっぱり君はそういう奴かっ! このどうしようもないド低脳の脳味噌腐れがぁぁっ!!』


「……で、ロワはどーする?」


「えっ」


 ふいにジルディンにこちらを向いて問いかけられ、ロワは思わず固まった。そんなことを、今この状況(ルタジュレナとシクセジリューアムの嘆きと怨嗟の思念が伝わりまくってくる)で問われても。


「え、えぇと、俺、は……」


『否定してぇぇっ! せめて一人でもっ! 自分にはそんなものいらないって言ってぇぇっ!』


『頼む、どうか、頼むからっ! 私に少しくらいは救いの手を差し伸べてくれぇぇっ!』


「や……やめた、方が」


「いや駄目だろ。お前は絶対頼まなきゃ駄目な話だろ、これ」


「へ?」


「そうだな……ロワは確かに、ヒュノと同じ依頼を頼むべきだと思う。是が非でもな」


「え、えぇ……?」


 カティフのやけにきっぱりとした言葉にネーツェも同意し、ヒュノとジルもうんうんとうなずく。そこまで意見が一致する理由がよくわからず、ロワは首を傾げてしまった。


「な、なんで? なんで俺だったら絶対頼まなきゃならないって話になるんだ?」


「決まってんじゃんそんなの! だって、この依頼にしとけば、装備はどんな時だって、それこそ食うに困った時だって、その時の腕に見合った中で最高の品質のもんになるんだぜ?」


「う、うん。それが?」


「生存性が上がるだろうが。お前は僕たちと違って女神の加護を受けていないんだからな、鍛生術の効率も僕たちより落ちる以上、心身の強度はどうしたって僕たちより常に数段劣ることになる」


「だからしっかり装備固めんのは当たり前だろーが。俺が防げなかった攻撃を食らっちまったとしても、即死しねぇように最高の装備を整えててもらわねぇと、こっちが困るんだよ。万一強敵と遭遇して、その戦いでお前が死ぬようなことになったら、真面目に全滅する未来しか見えねぇからな。戦いをしのぎきれたとしても、探索や道案内にはお前がいてくれねぇときついし。だから、お前にはできる限り安全性、生存性を高めてくれねぇと困るんだ」


「………―――」


 ロワは、思わずぽかん、と口を開けていた。


 正直言って、ロワは自分がこの先もこのパーティにいられるかどうかは五分五分、よりやや分が悪い、くらいに見ていたのだ。女神の加護を受け、邪鬼を討滅し、力と技を一気に引き上げた仲間たちの中で、自分一人が足手まといになっていることは自覚していたし、この先邪魔になるだろうことも予想がついた。


 だから自分からパーティ脱退の要望を告げるべきか、とも思っていたのだが――自分の仲間たちは、驚いたことに、微塵もそんなことは思っていないらしい。いてくれなければ困る、生きていてもらわないと困る。なぜか、それほどに自分を買って、頼みにしているらしい。


 それは驚き呆れ、唖然として困惑する事実であり――同時に、やはり『嬉しい』と、自分にも少しくらいは価値があるのかもしれないと、心地よい自惚れを呼び起こす事態でもあった。


 なので、ロワは、英雄の方々には申し訳ないと思いつつも。


「……じゃあ、俺もそうしようかな。そう簡単に死ぬわけにもいかないしね」


「簡単じゃなくても死んでもらっちゃ困るっつぅの」


 そう言って肩を小突いてくるカティフに、こちらも軽く肩を小突き返す。また再度小突かれ、横から入ってきたジルに小突かれ、いつも通りのじゃれ合いが始まった。


 英雄たち、というかルタジュレナとシクセジリューアムは、もはや忘我に近い状態で呆然としていたが、まぁ今くらいはいいだろう、と気にしないことにした。これまでで一番大きな仕事を片付けて、解放された今くらいは。ゾシュキーヌレフに戻れば一千万ルベトの報酬が待っている。それがあれば高い薬やらポーションやらを買って、またちょっとくらいは大きな仕事だってできるようになるはずだ。


 ――そんなことを考えていたロワは、仲間内で一番客観的な視点を持っていると自負しているにもかかわらず、やはり自分たちの状況がまるで見えていなかった、ということなのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る