第66話 ことの終わり・人

「起きろーっ!」


 勢いよく毛布を引っぺがされて、ロワは反射的に飛び起き、枕元に置いていた剣に手をかけた。


「敵襲かっ!? ……って、あ……」


 自分の毛布を引っぺがした格好のまま、きょとんとこちらを見つめているジルディンと目が合う。どうやらジルディンは、単にこちらを起こそうとしただけのようだ、ということをその表情から見て取って、いささかきまりの悪い想いをしながらも、呼吸を整えつつ天幕の外に出る。


「……おはよう。なにか問題でもあったのか?」


「や、別に問題ってわけじゃねーんだけど……いやでもすっげぇことあったんだよ! こっち、いいから早くこっち!」


「ちょ……」


 半ば引きずられるようにしながら、ロワはかまどの周りにたむろしている仲間たちのところへ連れていかれた。全員揃ってなにやらきらきらした目をしている仲間たちは、ロワがやってくると各々咳払いやらなにやらで体裁を整えたあと、改まった口調で話し始める。


「来たか、ロワ。……まず、率直に聞くが」


「お前、女神さま、っつーか……神々から報酬ってやつ、もらった?」


「え? あぁ……もらったけど」


 そうか、仲間たちが心を浮き立たせているのは、女神さまとまた会って、直接報酬をもらったからなのか、とこっそり納得しつつ首肯する。すると仲間たちは喜び勇んで、そしていくぶんかはほっとした表情で、にぎやかに喋りはじめる。


「そっかそっか! よかったー、ほっとしたぜ真面目に! さっすがにこの状況で、一人だけ仲間外れにしながら盛り上がるとか罪悪感の方が勝っちまうからさ!」


「お前なにもらった? っつか、どんなもんもらった?」


「ええと……俺は、普通に、一般的な恩寵というか。今まで学んだこともない術法を、その術法の一般的な術式一通りと組み合わせて、ほぼ自由自在にってくらい習熟した状態で、使えるようにしてもらったというか……」


「ほほう、なるほど、そうかそうか。そこらへんは僕たちと同じだな……」


「っつかさ、女神さまに『望みの報酬はなにか』って聞かれた時びくつかなかったか? フツー女神さまたちにあれがほしいこれがほしいとか言えねぇよな」


「わかる。っつかお前でもそうなのかよ! まぁ当たり前っちゃ当たり前だけどな! あんな超絶美女美少女さまを前にして、あれこれ考えるとか無駄口叩くとか許されねぇし!」


「俺はんなこと考えなかったけど、びくつきはしたなー。だって迫力が半端じゃねーし。なんか下手なこと言ったら、女神さまたちは別に殺さなくてもその取り巻きに殺されるだろ絶対、って思ったもん! まー、女神さまたちの方が勝手に俺らの心読んでくれて、話進めてくれたから助かったけどさ!」


「お前、女神さまに対してその言い草は不敬にもほどがあるだろ……」


「え、なんで? 俺ゾシュキアさま本気で敬ってるけど? だってあれこれすげーことできる上に、俺らのこといろいろ助けてくれるし、大物感ものすげーし、敬わなかったら取り巻きとかに殺されるじゃん絶対!」


「だからな、お前……いやもういい、お前はそういう奴だしな。……で! パーティを組んでいる以上、お互いの能力を正しく把握するのは必須条件なのは、お前たちもわかっているな?」


「え……」


「えー、なにぐだぐだつまんないこと言ってんだよ。せっかくもらった新術法、お互いに自慢しまくろーぜってことだろ?」


「ぬぐっ……! お、お前な、世の中にはものの言い方というものが……!」


「じゃー俺からな! 俺三つもらった! 転移術と、治癒術と、滅聖術な!」


「ほう……!」


 ネーツェが瞠目し、他の仲間たちも「おぉ~」などと驚きを表す。


 治癒術は読んで字のごとく他者を癒すことのみを目的とした術法で、それ以外のことについてはまるでできない、専門的に学ぶには使い勝手の悪い代物だが、神官は古来より癒し手としての力を求められることが多いため(祭司にして医者にして学者という、専門知識が必要となる職能はすべて神官に任されていた時代の名残か)、この術法を学ぶことが多い。


 ジルディンはこの術法をきちんと学んだわけではなく、浄化術の中の治療・治癒効果のある術式を使ってパーティの治癒役を担っていたのだが、今回の一件で、その術式だけではいざという時の治癒力が足りない、と痛感したのだろう。浄化術の治癒術式は基本的に、『心魂の穢れを祓う→その影響で身体の悪影響も癒す→怪我や病気等が治る』というけっこう迂遠な手続きを踏んで傷を癒すものなので、いかにジルディンが高い魔力制御能力を持っていようと、効率はどうしても悪くなってしまうものなのだ。


 だが、治癒術は『傷を癒す』ことのみに限れば、当然ながら全術法の中でも最高峰ではあるものの、深く学ぶには医学・薬学といった難解な学問の記憶・理解が必須な上に、身魂の傷を癒すこと『だけ』しかできない代物なので、どうしても修養期間相応の成果を得るのは難しい――のだが、今回のように、修練の時間を無視していきなり術法に熟練することができるなら、治癒術はまさに妥当にして最上の選択といえるだろう。


 滅聖術はその真逆で、ほぼ完全な攻撃系の術法だ。邪神や邪鬼の眷族といった、邪なる者に特に強力な効果を発揮するため、これも神官が学ぶことが多い。


 ただこれも専門的に習熟しようとすると効率に疑問符がつくというか、ほぼ攻撃以外なにもできないため、極めるほどに習熟する人間は普通いない。のだが、これまた今回は学ぶための時間を無視して習得できるというとんでもない好条件を与えられているので、やはり妥当かつ最適な選択といえる。それに治癒術も滅聖術も浄化術と相性がいいし、風操術とかけ合わせることもできるのだ。ジルディンならば、これまで使ってきた術法とほぼ変わらない使用感で使えるはず。


 そして転移術。視界内など、情報がある程度取得できる場所に、即座に瞬時に、移動経路をすっ飛ばして移動できるわざ、転移を専門的に扱う術法。空間制御系の術法として、多くの応用術式を内包してもいる。これはゾシュキアが信徒に授ける恩寵としてはそれなりに一般的な術法であり、ゾシュキーヌレフでならば使える人間はそれなりの数がいるだろう。


 だが、その習得難易度は全術法の中でも有数だ。魔力制御の難易度、前提条件として身に着けておくべき術法の数、学問の高度さ、どれをとっても、そんじょそこらの人間では一生かけても完全に習熟するのは難しいとされているほどで。


 そのため、転移術を使用できる人間の一般的な習熟度は、大荷物を短い距離転移できるとか、自分一人だけを彼方に見える島まで運べるとか、その程度。自由自在に大陸中を転移して回れるような、シクセジリューアムのような術者は、それこそ大陸中を探し回っても千人程度しかいるまい。ゾシュキーヌレフが大金で抱え込んでいる実働人員の数となると、ゾシュキーヌレフの豊富な資金力をもってしても、両手で数えられる程度しかいないはず。それほどまでに術法習得も、術式使用も、難易度が高い代物なのだ。


 だが、魔力制御については、そのシクセジリューアムですら太鼓判を押すほどの才のあるジルディンならば。さらに言えば、『術法の一般的な術式一通り』を、『ほぼ自由自在にってくらい習熟した状態で』使えるようになれる、神々から下された恩寵による術法習得ならば、前提条件となる難しい学問も魔力制御の難しさも、まるで障害にはならないだろう。


 さすがゾシュキアと言うべき、完璧な選択だ。ジルディンが求めていることを読み取り、その要望に的確に寄り添いながら、相手の要求以上に有用な選択を出力してみせる。現在のジルディンにとって、これ以上に最適な報酬はないだろう。


「お前にしてはいい選択をしたじゃないか。いや、むしろこれ以上ないほどに的確な選択だな。お前に欠けている部分を埋めるのみならず、その能力を完璧に活かす新たな術法も手に入れるとは。やるじゃないか、大したもんだ」


「え……なに? ネテにそんな風にしおらしく褒められると気味悪ぃんだけど……」


「は!? なんだその言い草、人がたまには正当に評価してやろうと思ったら!」


「まぁまぁ、落ち着けって。ジルがこーいう奴なのはお前だって知ってんだろ? それよかお前はどんな術法選んだんだよ、言ってみ?」


「む……ん、そうだな。僕は、勉正術、律制術、増幅術の三つだ」


『………へ?』


 仲間たちが揃って首を傾げる。というか、ロワも首を傾げる思いだった。ジルディンの選択とは打って変わって、地味な感じしかしない選択というか……そもそも、ロワもネーツェの他の仲間たちも、たぶんそんな術法聞いたこともないのではないだろうか。


「なっ……なんだその反応はっ! 言っておくが、これは魔術師としては基本というか、魔術以外に学ぶ術法としては最適、王道の選択なんだからなっ! ギュマゥネコーセさまも『よい選択です』って褒めてくれたしっ!」


「いや……つーかなぁ……」


「なんに使う術法なんだ、それ? 俺一度も聞いたことねーんだけど」


「し、しかたないな、説明してやる。まず勉正術は、勉強の効率をよくする術法だ。記憶・記録・情報統御といった、学ぶ際に必要なもろもろの行為をやりやすくするための術式がそろっている。勉正術があるとないとでは、学ぶ際の効率が数倍は違うとさえ言われているんだぞ。さらに言えば、勉正術は脳における鍛生術、日々使用することで脳を鍛え上げ驚異的な能力を得る、訓練術法としての効能が全術法の中でもっとも高いとされている。これを用い続ければ僕の魔術師としての能力は、大きく向上すること間違いなしなんだ」


「ふぅん……?」


「続いて律制術。これは『術法制御術法』とされる代物だ。術式・術法の性質・効果・働きを操作し、あるいは成功率を高め、あるいは強度を上げる、その手の効能において律制術に勝る術法はない。魔術として同じことを行う際にも、律制術は術制御・操作のための道具として、効率と効能を一気に上げてくれるんだ。律制術を併用すれば、僕の術式の発動率・成功率は、これまでとは比べ物にならないほど高くなるだろう」


「そーなんだ?」


「さらに、増幅術。これは『力を強化する』ための術法だ。身体能力の増幅などにも使えるが、本来の用途は術式の強度・威力向上だな。律制術は術式そのものの構成をいじって強度を上げるが、増幅術は単純に術式の強度・威力そのものを強化するために、術式と併用して用いる類のものだ。だが、単純で用途が限られているからこそ、その効能は著しい。というか、単純に術式の強度・威力を増すという術法は、増幅術以外にほぼ存在しないんだ。それだけ増幅術が簡便かつ有用であるという証だな。増幅術があれば、魔術の弱点である術式の強度・威力の不足を一気に補うことができる。遠距離戦の火力が足りなくなるという事態も避けられるはずだ」


「へぇ……まぁ、ネテがそう言うんだったらそうなんだろうな」


「……なんだその気のない反応は。言っただろ、僕の魔術師としての性能が、これまでとは比べ物にならないくらい上がるんだぞ!」


「や、まぁ、そりゃすげぇとは思うんだけどさぁ」


「ネテの……魔術師としての、性能? っつーのに、俺ら別に不満感じたことねーからさぁ」


「うんうん。これまででもじゅーぶん役立ってたのにこれ以上っつわれても、そんな変わんの? って思っちゃうっつーか……」


「……この無駄脳味噌どもがぁ! 敵の情報と味方の能力を見比べて、適切な戦術を選択しなきゃならんこっちの身にもなりやがれ!」


 ネーツェはうがーっと吠えるが、仲間たちの反応は芳しくなかった。が、それは本当に仲間たちがネーツェの魔術師としての実力に、不満も不安も感じたことがないからなのだろう。ネーツェは実際これまでほとんど術式の発動に失敗したこともないし、失敗したとしても即座にそれを取り戻すための術式を使ってみせている。ネーツェとしては内心いつも緊張し通し、ひやひやし通しだったとしても、周りにはその気持ちまではわからない。


 だが、ネーツェは吠え猛りながらも、自分の魔術師としての力が高く評価されていることに関しては、まんざらでもなさそうな気配を漂わせていたので、基本的には問題はないのだろう。習得した術法がネーツェにとって有用なのも確かだろうし、それでも鬱積する不満や憤懣に関しては、せいぜい機会を見て聞き出して、発散させるしかあるまい。


「あーっと、そーだ、えっとじゃあヒュノ! ヒュノがもらった術法ってどんな感じ? 戦士系が恩寵としてどんな術法もらうのかって俺よく知らねーけど、ヒュノもカティも術法もらったんだよな?」


「ああ、まーな。俺のもらったのは……剣真術と、飛翔術と……あと、絶縁術、っつったかな」


『………はい?』


 ネーツェも含めて、そろって首を傾げる。飛翔術はわかるが、他の二つは本気で聞いたことがない。


「え、なにそれ、どーいう術法? 俺聞いたことねーんだけど?」


「そうだな、飛翔術はさすがにわかるが、他の二つは知らない。というか……それ、本当にこの世にある術法なのか? なにかと間違えたりしてないか?」


「名前間違えてねーかはまぁ、あんま自信ねーけどさ。この世にあることはあった術法らしいぜ。ただ、どっちの剣の腕がそれなりじゃねーと習得できねーし、そーいう奴らは術法を学びやすくして後継に伝えるとかできねーしで、今はすたれちまってるんだと。こーいう風に恩寵って形でしか世に出てこない術法、って扱いらしい」


「な、なるほど……というか、そんな術法、お前が知って……たわけじゃないよな、いくらなんでも」


「ああ、俺がこうこうこういう効果がある術法がいい、って言ったら、エベクレナさまが術法選び出してくれたんだよ。まーぶっちゃけ、女神さまにあれこれ注文つけるとかだいぶ腰引けてたけどな。そこで遠慮するわけにもいかねーし。ま、エベクレナさまの方が注文受け付ける態勢になってくれてなけりゃ、さすがに言えた気はしねぇけどさ」


「ま、まぁ、確かにそうだけどよ。……ったくこれだから天才さまは……んで? どういう効果があるってんだ、その失われた術法は?」


「おう。剣真術ってのは、剣技を真の在りようまで延長する術法で、絶縁術は本来なら斬れないものまで斬る術法だ、っつってたかな」


『……はい?』


「いやそれだけじゃ意味わからんだろうが、具体的に言え具体的に!」


「女神さまが詳しく解説してくれたわけじゃなくても、もう自分の身に着けた技術として自由自在に使えるんだろうが! どんな性質の術法かはわかるだろう!?」


「や、別にそこまで詳しくわかってるわけじゃねーんだけど……えーっとそうだな、剣真術は、だいたい剣の……強化っつーか、効果範囲の拡大? っつーか。剣を振るった時に、攻撃範囲をとんでもなく広くできたり、遠くにあるもんまで斬れたり、そんな感じ? で、絶縁術は、なんでも斬れるようになる、みてーな? 魔力とか呪いとか、そういうの込みでぶった切れるようになった……で、いーのか?」


「いや僕に聞くな。……でもまぁそうか、つまり要するにヒュノの取り柄である、剣術を爆発的に強化する術法なわけだな、どちらも。尋常の剣術では対処の難しい、敵の大群とか術法による攻撃とかに、対処できるようになったわけだ。白兵戦闘系の術法としては知名度の低い代物ではあるようだが、発想自体はごく妥当だな」


「なるほどー。……っつかさ、前衛職としてさ、鍛生術とか錬生術とかを自由自在に使えるようになんなくてよかったわけ? どっちも前衛には必須なんだろ?」


「ああいうのは積み上げてなんぼのもんだからな。地道な型稽古や身体づくりとおんなじだ。基礎はタクさんやらグェラさんやらにみっちり教わったし、あとは自分で鍛錬してって、術法と身体を同時に磨き上げてった方がいいだろ」


「ふーん……そういうもんなのか」


 なんとなく納得した顔をするジルディンとネーツェをよそに、カティフは一人愕然とした顔をしている。鍛生術とか錬生術とかを会得させてもらったのかな、と思いつつも、ロワはヒュノの会得した術法に、内心でこっそりうすら寒いものを感じていた。


 ヒュノの会得した術法はどちらも、『剣術』という代物の対応できる幅を広げるためのものだ。一人では処理しきれないほどの大群を、一閃で薙ぎ払う。剣では斬れない術法やこの世ならぬ力を、断てる力を刃に与える。


 つまり、これまででも充分すぎるほどの戦力だったヒュノの力が、ますます躍進するわけで。このまま力を伸ばしていけば、一人で軍隊を殲滅したりというような、英雄たちにしかできないような所業も、軽々やってのけることができるようになるだろう。


 正直周囲から、というか国家組織のような秩序側に立つ機関から、無理やりにでも隷属させようとされないか心配になってきたのだが、ヒュノはそこらへんを理解しているのかいないのか、いつも通りの飄々とした顔で平然と話している。まぁ自分が心配してもどうしようもないだろう、とわかってはいるものの、心はそういう正論を素直に聞いてはくれず、あちらこちらに揺れ動く。やれやれ、と思わず内心息をついた。


「……でぇ? カティ、お前はどんな術法にしたわけー?」


「ぬぐっ……」


「なんか地雷術法とかにしちゃった? ヒュノの一言ぐっさり刺さったりしちゃった? こんな術法選ぶんじゃなかったー、とか思ったりしちゃった?」


「おい、ジル! 死者に鞭打つようなことを言うんじゃない! 女神さまから直接術法をいただくというこれ以上ないとんでもない好機に失敗したんだぞ、本来なら一人地の底より深く落ち込んで泣き叫びたいだろう想いに必死に耐えて……」


「ちっげぇぇわ! そこまで考えてねぇぇわ! 別に俺術法選び失敗したりしてねぇから! 鍛生術も錬生術も選んだりしてねぇから!」


「え? そんならなんで……」


「衝撃を受けたような顔をしてたんだ?」


 首を傾げてみせる仲間たちに、カティフはチッ、と舌打ちしてから話し始める。


「っつかな。俺は最初っから、アーケイジュミンさまに術法選びお任せしてたから。私が選んでもいいけれど、っつわれた時にはいお願いします! って平伏しながら叫んだ奴だから。女神さまへの敬意的な意味で、お前らにどうこう言われる筋合いこれっぱかりもねぇから」


「え、そーなん? 女神さまってそーいうこともしてくれるんだ?」


「たぶん、カティの術法に対する知識の欠如を心配されたんじゃないか。戦士として自分の目指す道を決めるのにも、相当迷走していたし。見当違いの術法を選んでしまうかも、と慮られるのも無理はない」


「んなこたねぇから! ちゃんとアーケイジュミンさま好きな術法選んでいいっつってくれたから! 単に俺がアーケイジュミンさまへの敬意でお任せしただけだから!」


「わかったわかった、それはいいから、どんな術法を選んだんだ? 教えてくれ」


「っとによぉ……ええと、まずは、護盾術」


「ああ、防御力を強化する術法だな。護鎧術と比べると、より能動的な使用に重点が置かれている術法だ。極めればどんな攻撃も遮断する巨大な力の壁を築いたりできる……敵の攻撃を引きつけてさばき、反撃するというお前の目指す戦法に合ってるんじゃないか?」


「そ、そうだろ? で、次が……誘引術」


「え、それって、確か、なんかどっかの法律で禁止されてる術法じゃなかったっけ? 使ったら懲役何年か喰らう奴だったよーな……」


「へっ!?」


「いや、違う。禁止されているのは『相手の同意なく他者の心魂の状態を変性させること』だ。つまり、女性の誘惑とかに使うことを禁止してるんだよ。その禁止してる法律自体も、よほど悪質でなければ、特に倫理観の厳しい国家以外なら重い懲罰は受けない程度のものだし、事件の捜査などの際にひとつの手段として使った、などの場合はお目こぼしされるのが普通だ。なので、敵の攻撃を誘引する、というような目的で使うならば、禁止はされていないし刑罰を受けることも一切ない。……まぁ、嫌がる女性の心を無理やり惹きつけていいようにする、などという目的で使えば、実刑を受けるのは確実だろうが」


「ちょ、な……んっなことするつもりねぇよ! 本っ気でねぇよ! 真面目に、そんなつもりこれっぱかしもねぇから! 絶対に間違いなく全力で」


「や、ねーなら別にんな慌てることねーじゃん。んなに慌ててるとかえって怪しまれんぞ?」


「ぬ、ぐ、ぬぎぎ……」


「……それで、最後のひとつは?」


「あ、っと、性健術」


『はいっ!?』


「へ? ……あっ!」


 勢いで答えてしまってから、仲間たちが揃って唖然としていることに気づいたらしい。カティフは泡をくって、明らかに取り乱しながらも必死に、懸命に、言い訳という名のかえって不審さを増す言葉を連発する。


「ちっっげぇから! そういうんじゃねぇから! これはあくまで、なんつの、鍛生術の強化版みてぇなもんだから! 身体をがんがん健康にして、健全な働き保って、質そのものをどんどんよくしてって強化するっつぅ術法だから! 鍛生術も併用して使えばその効果は数倍数十倍になるって代物で、意味ねーわけでも変な効果なわけでもねぇから!」


「そ、そうか、そうだな、それなら前衛の盾役兼反撃役であるカティにとっては、理想的な術法ではあるだろうな、防御力も攻撃力も向上するんだから」


「え、や、でも、ならなんで性健術なんて名前なわけ?」


「やっ……それはっ……だな。なんつの……この術法の肝が、その、性欲と身体の生命力を、同調させて、増幅する、ことにあって、だな。術法に熟達すればするほど、その……精力絶倫になって、フェロモン的なもんも湧き出てくる、っつぅのが……」


『うわぁ……』


「んっだその反応てめぇら馬鹿にすんなら童貞で二十歳迎えてみろや術法にでもなんにでもすがりたくなるっつぅ気持ちわかんねぇのかぁっ!!」


「え、や、でも、それって法律違反になんねぇわけ?」


「う、ぅー、ん……フェロモン、というのは……基本的には、大半の人間からは失われた機能というだけであって、存在しない機能というわけではないからな……。実際にフェロモンをまき散らす体質の人は、現代でも少数ではあるけれども存在するわけだし……自分の体質を鍛えた結果、そういう効能を発揮する肉体になったというのならば、法律で規制するのは、難しいかも……」


「っしゃぁあああぁぁ!!!」


「本気で喜んでるし……」


「うーん……だがそれでもやっぱり法律ギリギリの線ではある、と思うんだが……少なくとも悪用したら本気で捕まりかねないからな? 気をつけろよ?」


「悪用って、具体的に言うとどんな感じのやつ?」


「だからその、女性を好き放題にもてあそんだり、喰っては捨て喰っては捨てと喰い散らかしたり……いや金が動かなければ個人的な恋愛事情の一環として片づけられなくもない、か……?」


「バッカお前心配すんなってぇの、俺別に女遊びしたいわけじゃねぇから! 単に一人でもいいから恋人作ってしっぽりぬっとりいちゃいちゃしてぇだけだから! ……まぁ? 山ほどの女に惚れられたっつぅんなら? ハーレム的なものを作ってやんのも男の甲斐性、と思わなくもねぇけど?」


『うわぁ……』


 仲間たちに可哀想なものを見るような目で見られながらも、カティフは心底ご満悦のようだったが、ロワは内心大丈夫かな、とカティフの目算を危ぶんでいた。童貞で精力絶倫というのは、たいていの女性に嫌がられるだろう、迷惑な組み合わせのような気がするのだが。


 フェロモンを発することができるとはいえ、本能を超克する理性を駆使できるのが人間というものだ。カティフ自身に女性に好かれる要素がないのなら、フェロモンがあろうがなかろうが、敬遠され相手にされないのが当然という気はする。


 だがまぁロワもそこまで女性心理に詳しいわけでもないし、口に出しては言わなかったが。それに今回はカティフも本当に死に物狂いで頑張ったのだ、幸せな夢を見る権利ぐらいあるだろう。


「……えーっと、んじゃさ、ロワは? ロワも術法三つもらったんだよな?」


「あ、う、うん。俺がもらったのは……操霊術と、同調術。それから、神祇術だよ」


「へー……操霊術って、召霊術とどう違うの?」


「ええと、召霊術は、霊を『喚ぶ』ことに重点を置いた術法で、操霊術は霊を『操る』ことを主目的にした術法、っていうか。俺の使ってた召霊術が、霊に対して頭を下げて、どうかお願いを聞いてくださいって拝み奉る感じなのに対して、操霊術はもう意識とか半ば以上なくなっちゃってる霊を命令して動かす感じ、かな。意識がないから偵察とかには使えなくて、基本的には土人形を作って即席の戦士として使うとか、敵の使う霊に対する支配力に干渉して霊を解放したりとかに使うことになると思う」


「へー……」


「いい選択だと思うぞ。召霊術と組み合わせれば意識のある霊を強制的に操ることもできるだろうしな。とっさに使える霊の数は、どれくらいなんだ?」


「んー、全力を振り絞っても数十体かな……それにそこまで数を動員すると操作の方がおぼつかなくなるから、的確に運用できるのは十体と少しってぐらいだと思う」


「そうか、それなら充分いざという時の壁として使えるな。安価なゴーレムを使って壁や盾にする戦術は、魔術においてもそれなりに研究されている戦術だ。つまりそれだけ有用とされているってことだからな、ある程度は協力もできると思う」


「そ、そうか? ありがとう。……ええと次は同調術か、これは基本的には、召霊術の成功率を上げるためにもらった術法かな。別に霊についてだけじゃなくて、生きてる人間でも、動物でも植物でも無生物でも、心魂や身体や存在の在りようの波長を近づける、対話と交流のために使う術法ではあるらしいんだけど。これを併用することで発動しやすくなったり効果が上がったりする術法や術式は、召喚系をはじめとしていろいろあるらしくって。だから俺に必要な術法ではあるかな、って」


「あー、なるほどなー。今回みてーに英霊召喚が必要になるような状況はそうそうねぇだろうけど、普段から霊の召喚とかがもっと早くできるようになれたら便利だもんな。いいんじゃね?」


「うん……それで、神祇術っていうのは、その……神々から神託を授かるための作法というか、身や場をいかに清めるかってところから出発した術法らしいんだけど。神々にまつわるもろもろの、術的な作用を制御する、っていうのが本領なんだって」


「へー……? え、いや悪ぃ、お前その術でなにがしてーの? ぶっちゃけ全然わかんねぇんだけど」


「だよなぁ、神祇術って神殿付きの神職だったら必須の術法らしいけどさぁ、ぶっちゃけ結界一個張るのにもすっげー時間かかんじゃん! それだったら別に結界張んなくても浄化術で吹っ飛ばしちまえばよくね!?」


「ええと、つまり結界を張るための術法なのか? すまん、神職系の術法は専門性が高いものが多すぎて、僕も正直把握しきれてないところが……」


「いや結界っていうか、世界を神々の力に容易に反応するような、純化された、本来の状態に導くのが目的で、その関係で結界・浄化関連が得意な術法ってだけで」


「え、いやすまん、本気で意味わからん。浄化は別に本物の神職に任せとけばよくねぇか? そこに才能だけはどこの誰からも太鼓判を押される天才児神官さまがいやがるわけだしよ」


「はぁ!? 才能だけって、カティまでなに褒めてんの!? 嬉しくないとは言わねーけど真面目に気味悪ぃよ!」


「いやなぜ褒められたと受け取る、そして喜ぶ!? その上で気味が悪いとか面倒くさい上に可愛くない奴だなお前は!」


「はぁぁ!? 可愛くねーとかネテには言われたくねーし!」


「なぜそこにだけ反応する、他にも文脈上考慮すべきところはいくつもあるだろうが!」


「んっとに四方どっちから見てもイラッとくる奴だよなこいつ……」


「で、ロワ、結局お前その神祇術? で、なにがしてーの?」


「そっ、れは……その。………女神さまたちにまた会った時に、少しでも役に立てることがあったらなって思った、っていうか……」


『………はぁ!?』


 にぎやかに喋っていた三人が、いっせいに声を揃えて叫びこちらに向き直る。突然の勢いに、ロワは気圧されながらも「な、なんだ?」と問いかけたが、三人の勢いはまるで減じなかった。


「なんだじゃねーだろ! てっめぇなにか、つまり女神さまたちの好感度稼ぎに報酬の三分の一使ったってか!? てめぇこの野郎許せん絶対許せん、俺ですらちゃんと真面目に冒険のために使える術法選んだってのにこの色ガキが、そんな面で女神さまたちの隣に立っていいとか思ってんのかぁぁ!!!」


「カティの言に同調するのは業腹だが、この点に関してのみはまったくの同意見だな! 女神さまたちに少々馴れ馴れしすぎはしないか、お前! 人が神から好意を獲得するなど加護を与えていただいている俺たちぐらいでもうほぼ限界というところだろうに、何度も会話するのみならずその先を望もうなどと、思い上がりにもほどがあるぞ!」


「ってゆかフツーにおかしくね!? 冒険者やってんのに、冒険に超役に立つよーな報酬もらえんのに、その三分の一女の人に貢ぐとかさ! そこでちゃんと役に立つもんもらってたらなんとかなったのに、っつー状況だってけっこーあるかもだろ!? なんでそこで女の人に媚売っちゃうわけ!? 同じパーティ組んでる俺ら的にすっげー迷惑なんだけど!」


「そっ……そこまで言うことないだろ。女神さまたちに媚とか、そういうんじゃなくて、俺はこれから何度も女神さまに会うわけだから、そこで少しでも役に立てるならって」


「そーいうのが媚じゃん! 点数稼ぎじゃん!」


「そもそも人の身で女神さまの役に立とうなどと考えること自体が不遜だ! お前はいったい何様のつもりなんだ!」


「っつか何度も女神さまに会うとか無意識に上から抜かしてきやがる時点で許せねぇわ、本気許せねぇわ!」


「というかジル、お前も女神さまを女の人扱いするとか失礼すぎるからな!? お前曲がりなりにも神官だろうが、もっと神という存在を敬え!」


「えーっなんでここで俺に説教するわけ!? ネテってほんっとーに空気ってもん読めてねーよなっ!」


「貴様に言われたくないわこのド無礼天才児がぁぁ!」


「てめぇらどっちも阿呆か、この超弩級大罪犯しくさった奴前にしてどぉでもいいことで喧嘩してんじゃねぇわ、余裕か! まだ童貞でも許される年だっつぅ余裕か!」


「こっちはこっちで面倒くさいし鬱陶しい! お前もその言い草たいがい不敬だからな!?」


 そんな風にぎゃあぎゃあ喚きあっている中、一人いつものごとく平然とした顔でその様子を眺めていたヒュノが、ふいにひょいと視線を動かして、呟いた。


「お、英雄さんたち、起きたみたいだぜ」


『へっ……』


 思わず視線を、自分たちが寝ていた天幕の隣に立てた天幕へ向ける。ロワたちが地面に降り立った時気を失っていた英雄たちはなかなか目が覚めず、放置しておくわけにもいかないし、そもそも彼らに目覚めてもらわなければ(ジルディンが転移術を習得する前だったので)ゾシュキーヌレフに戻りようもなかったため、予備の天幕を張ってその中に四人まとめて寝かせておいたのだが。その天幕の中から――ロワでさえも感じ取れるほど、苛烈な殺気が漂ってくる。


 えっなんで殺気、という戸惑いと、いや殺気ぶつけられる筋合いないですよね、という理不尽に対する憤懣を、その殺気の強烈さが凍てつかせる。思わず揃って居竦む自分たちの前に、英雄たちがのっそりと現れた。

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