第62話 邪神降臨(かつては)
ヒュノの放った一撃できれいに斬り裂かれ、部屋の向こう側へばったりと倒れた扉の向こう、壁に開いた穴の奥へと、ロワは全速力で駆け込んだ。一見しておかしな気配が感じられなかったことから、たぶん入るなり即死するような罠は仕掛けられていないだろうと考えてのことだが、不用心といえばこの上なく不用心ではあるだろう。
だが、たとえ時間をかけて様子を見定めようとしたところで、自分の能力では邪鬼が仕掛けるような罠を完全に見破ることなど不可能だ。裏をかこうとすればいくらでもかけるだろうほどに能力が隔絶しているのだから、どれだけ用心を重ねてもさして意味がない。
そして、自分が少しでも早く邪鬼・汪をなんとかしなければ、嘘でも誇張でもなく掛け値なしに、仲間たちの命が危ないかもしれないのだ。
カティフが一人、大広間中に溢れた邪神の眷族を惹きつける囮として残ってくれてから、もうそれなりの時間が経ってしまっている。ジルディンも呪いの浄化と支援の風を吹かせるために一人要塞外壁部に残ったが、風が一度も吹いていないことからして、おそらくのっぴきならない事態に追い込まれてしまったのだろう。
ネーツェは二つ前の部屋で別れたばかりだが、それでも魔力を絶えず制御しながら襲いくる邪鬼や邪神の眷族どもの攻撃をしのぎきるのは間違いなく難事ではあるだろうし、ヒュノはさっき扉を見事に切り開くいつもの見事な腕前を見せてくれたことからしても、一番不安は感じない奴ではあるにしろ、さっき自分の背中側で生じた不穏な気配を一人で相手しなくてはならないのだから、いつ間違いが起きてもおかしくない。
その前に自分がするべきことをしなければ。できることをやらなければ。自分の能力ではたとえ奇跡が与えられても届かない相手かもしれなくても、できる限りのことをしなくては。そうでなければ、自分は、本当に、今この時息をしていることすら許されなくなってしまう。
だから、その前に、たとえ命を落とそうとも。そんなことを一心に思い詰めて、ロワは部屋に飛び込み、叫んだ。
「邪鬼・汪よ! ウィペギュロクより加護を与えられた邪鬼よ! お前の首を刈る刃の、先触れがやってきたぞ! 姿を現し……」
「ヤダ―――――――ッ!!!」
唐突に返された場違いな絶叫に、ロワは一瞬呆気に取られて声の主を探す。冷静な視線で周囲を眺めまわしてみると、そこは寝室、それもさっきの部屋と同じような、悪趣味といっていいくらい、過剰なほど豪奢に飾り付けられた私室だった。だが、ぱっと見の印象で伝わってくるのは、『だらしない』の一言だろう。
部屋の奥には人が入れるほど大きな納戸があったが、その扉は大きく開かれている。中に詰まっているのは、衣類ではなく本だ。本棚が納戸の向こうに隠されながら、ぎっしりその空間を埋めている。
なんで素直に書庫にしないんだろう、と思えてしまうその隠し本棚は、立派な造りに反してほとんどその用をなしていなかった。そこに入っていたとおぼしき書籍は、部屋中にまき散らされて、そこら中に読みかけの状態で放置してあったり、何冊も積み重ねられて本の塔を作っていたりするのだ。
散らかされているのは本だけでなく、衣類もそうだった。しかもこちらは書籍と異なり、まとめようという意欲すら感じられない。そこら中に脱ぎ捨てた、薄汚い衣類らしきものが散らかっている、しかもそのうちのいくつかは雑巾として部屋にできた染みを拭くのに使われたとおぼしき痕跡さえある。
その上、信じがたいことに、この部屋の主はゴミはゴミ箱に入れるという常識に価値を認めていないようで、そこら中にゴミが、しかも鼻をかんだちり紙とおぼしき代物がやたら大量に散らかっているのだ。見た限りでは、この部屋にゴミ箱が用意されていた痕跡すらまるでない。そして当然の帰結として、床に丸めたゴミとその中に包まれた液体はそのまま放置されていて、ところどころでそのゴミを踏んづけて中の液体を漏れ出させたのであろう痕跡も、そこかしこに見つけることができるのだ。
というか、この部屋、臭い。空気の入れ替えをしている形跡がない。そこら中にゴミをまき散らしておきながら。じっとりとした湿気と不潔な気配が空気をほぼ支配していて、隠されている場所にカビが繁殖していたとしてもおかしくない、いやむしろ現在進行形で繁殖しているとしか思えない質感が、肌に触れている空気からも、吸い込む空気からも、みっちりじっとりと感じられる。
そんな豪奢なゴミ捨て場のごとき部屋の中央、これまた豪奢で不潔な、そして巨大な天蓋つきベッド(ちり紙のゴミがいくつもベッドのシーツの上に放置されている)の上、カーテンに使われていたものを流用したとおぼしき猩々緋に染められた天鵞絨が、人の形に盛り上がっている。大きさからすると、それなりの身長と体格を有した、人型の男だ。
「なんなんだよなんなんだよマッジふざけんなよ、え、なんなんマジで? なに、俺そんな悪いことした? 何年も何千年もまじめーに邪神稼業やってきてよ、あげくの果てがこれ? 神さま俺のこと嫌いなん? 俺ちょっと転生する前にお願い叶えてほしいっつっただけじゃん!? 勤続数千年のご褒美なんだからそんくらいよくね!? ひっでぇよ理不尽すぎだろ俺のこと男どもが勇んで殺しにやってくるとかなにそれホラー? 一ミリも嬉しくねぇんですけど!? どうせ俺のこと殺しにくるならせめて美少女にしてくれよ無機質系の! そんで俺にあっさり押し倒されて淫虐の虜になってくれよ!! そのくらいのサービスもねぇとかマジ納得できねぇんですけど……」
ぶつぶつぶつぶつと、ロワを認識して言っているかすら怪しい独り言を、ベッドの上のカーテン生地にくるまった男はひたすらに呟いている。ロワは数瞬沈黙したのち、とりあえず腰の剣を抜き、腰だめに構えて突撃、その男に突き刺した。剣はそのカーテン生地にも、中にいるらしき男にも突き刺さらずに跳ね返されたが、男にとってはその刺激すらもが恐怖の呼び水になったらしく、絶叫して転げまわりながら妄言をまき散らす。
「ウギャ――――ッ!! ちょ、なに!? え、なに!!? やめろよやめてくれよ俺別になんも悪いことしてねぇだろ!!? ただちょっとご褒美もらいたかっただけじゃん!? せっかくだからちょっとシチュにこだわってみたってだけじゃん!!? おれは単に、単にさあ………!」
ほとんど泣き声でひんひんと、悲痛かつ切実かつ見苦しく。
「童貞捨てたかっただけじゃん!!! せっかくだから好みの凌辱シチュで! この際だから凌辱ハーレムとか、家具とか便器とか公開とかさぁ! いろっいろ楽しみにしてたってのに! なんでこーなるわけ、なんでぇ!? なんで何千年も働いてきたってのに……童貞ひとつ捨てらんねぇんだよぉぉ―――ッ!!!」
「………………」
ロワは深く嘆息しかけ、この部屋の空気を深々と吸い込みたくなかったので途中でやめた。つまり、これは、そういうことなわけか。今まで自分の身に起きたことも、この時のためだったのではないかと思うのは、さすがに馬鹿馬鹿しくもみじめでやりたくないが。
ともあれ、自分にどんな役割が期待されているのかはともかく。自分はこれを、ただ単に斬り捨てることは、おそらくできない。つまり、自分に残された、行えることは。
「………〝我が祈る声よ風に届け、響き渡れ我らの風に、吾と彼を結び繋ぎ、絶えず巡るものを形作る詠を導け………〟」
覚悟を決めて、呪文を詠唱する。同時に神に、エベクレナに、奇跡を願った。自分では果たせぬことを果たすため、神に力を貸していただきたいと請願する。
正直勘弁してくれという気もするが。それでも自分にできることは、これしかない。
「〝吾と彼、邪神ウィペギュロクの心を、一時繋ぎたまわんことを、我と我らが神と女神に、伏して希い奉る………〟!」
呪文の最後の一言を詠唱したとたん、世界は暗転した。
『………へっ? えっ? なんなん……? なんか、え、なんか変な感じが………』
『俺の心とあなたの心を繋げて、心話をしている状態に持ち込んだんですよ。邪神ウィペギュロク』
心話状態においては、互いの心の形をつぶさに感じ合う過程において必要だからなのか、視覚情報が人間の受け取ることができる感覚の中で一番大きいからなのか、実際のお互いの状況――位置関係や身体状況とは関係なく(傷や強い疲労感を感じている時などは、精神がそれに引きずられるので、相応に影響するのだが)、『お互いが向き合った状態で会話している』という光景を視覚情報として受け取る場合が多い。
実際に目で見ているのではなく、頭が『そういう光景を見ている』ように感じているわけだが、心話状態の時は実際の五感の働きは一時停止していることが多いので(思考が走る速さに『身体がものを感じる』という機能がついていけないから、らしい)、心話状態に入った時は、『自分が相手と向き合って話している』という状況にいきなり放り込まれた、と感じる人も多いようだ。この男――邪神ウィペギュロクもそのくちらしい。
邪神というのはどんな顔をしているのかと思ったが、少なくとも見かけは女神さまたちのように美しくはなかった。というかむしろ、邪鬼の眷族たちのような化け物じみた醜貌に近い。邪鬼の眷族はたいていそうだが、まともな服を身に着けておらず、かろうじて股間を覆っている腰布さえも相当状態が悪そうだ。頭には二本の大きな角があるが、口元の牙の大きさはおとなしく、人間でもいなくはない程度の大きさに留まっていた。肌は緑、体毛は銀鼠、頭部の体毛が逆巻き、というか逆立っているのが一番珍しい特徴だろうか。
『へっ? えっ? へ、なに言ってんの? え、おま……も、もしかして
『……どこからそんなお気楽な発想が出てきたかは知りませんが、まったく違います。俺はあなたを殺しにきた側です』
『………へっ?』
『あなたは、あなたを殺しに来た人間の顔をまともに把握してなかったんですね。まぁ、俺相手じゃまともに顔を覚える気にもならなかったのかもしれないですけど。俺はあなた――邪神から邪鬼へと堕したあなたを殺せ、という依頼を請けてここまでやってきた冒険者です。まぁ、依頼を出した相手も、まさか邪神ウィペギュロクの本体そのものが邪鬼になってる、なんてことは想像もしてなかったでしょうけど』
『………………』
ウィペギュロクは、しばし呆けた顔で沈黙し、それから『うっぎゃぁ――――っ!!!』と絶叫しつつ体をのけぞらせた。のみならずいきなり背を向けて全力疾走で逃げ出そうとする。
『なんだよもうふざけんなよもう何様だよ美少女でもねーのに俺を殺しにくるとか悪魔かよ!? いやなんで、マジなんで!? 俺別に悪いことしてねーっつーか何千年も真面目に邪神稼業営んでたってのになんでこんな最後迎えなきゃ……!』
『邪神をやっているっていう段階で、普通に考えて悪いことだと思いますけどね。まぁ、神々のご事情については俺もよくわかってないですけど』
『へっ……うっぎゃぁぁぁぁ!!? おっおまっなんでっ、なんで全力で逃げたのにそこに立ってんのっ!? 悪霊っ!? この身体百メートル三秒で走れんだぞっ!?』
『最初に言ったでしょう、心話状態に持ち込んだって。今は、俺とあなたの心が直接話をしている状態なんです。心と心が繋がってるんですから、逃げようとしたって逃げられるわけがない。まぁ、本来なら心話っていうのは心と心が深く同調した結果生まれる状態なんですから、どっちかが相手から逃げ出したい、なんて思ったら即座に解除されるものなんですけど……神々の奇跡を頼って、この状態に持ち込んだわけですから、そうそう解除はされないってことなんでしょうね』
『へ……なに? 奇跡? って?』
ほとんど腰を抜かした状態で、ぽかんと口を開けぱちぱちまばたきする。邪鬼の眷族同様の化け物じみた顔でそんな表情をされる不調和に、なんとなくイラッとくるものを感じたが、今はそんなことを話している場合ではないのだ。
『邪神ウィペギュロク――いえ、かつてその名で呼ばれた邪鬼よ。俺は、神の世界で、神々より拝顔の栄に浴することを許された人間です。もちろん、それは非常に限定された条件の中での話ですが』
『へ? え? え、なに? なんの話?』
『……俺はあれこれ事情があって、神々の裏事情をある程度うかがい知っている人間だ、ってことです。そして、あなた――邪神ウィペギュロクが、周囲の神々に根回しをした上で、まったく仕事をしなくなった――神々が神の世界に居続けるために必要な、最低要件を放棄したことが知られ、神々の世界では大きな問題になっているそうです。神々の世界における絶対の掟、『神々の世界の都合で人の世界に迷惑をかけることは断じて許されない』という掟を破り、人の世界を自らのほしいままにしようとしているのではないかと。……まぁ、まさか問題になっているウィペギュロクの加護を受けた邪鬼が、ウィペギュロクそのものだとは思っておられなかったと思いますけど……』
『え……え、え、え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛え゛!? ちょ、や、マジ、ちが、やっ……ちが、違うんだって!! 俺は別にんな、掟破りとかそんなんしてんじゃないんだって!!』
『なにがどう違うんですか。少なくとも、人間の女を思うさま貪って、凌辱の限りを尽くそうとはしていたわけですよね? まぁ、邪神が人の世界にやってきて、実際にすることが女漁りというのは、漁り方が邪悪この上ないものであろうとも、問題外というか、信者たちも泣き崩れるだろう情けなさだとは思いますけど』
『なっ、やっ、ちが……違うんだって! マジ違うんだって! ホント……ホントに、俺そーいうこと……まぁしたかったわけだけどさ!! しまくりたかったけど! 掟破りとかじゃないんだって、マジに!』
『どこがどう違うのか、具体的に言ってください。子供扱いをされたいのだとしても、俺はあなたの追求に手を緩めるつもりはありませんから』
『ちょ……も、なに!? なに怒ってんの、怖ぇんだけどマジ!? なんで俺がこんなに怒られなきゃ……』
『あなたは十万の眷族を遣わして、一千万もの人が住む都市を蹂躙しつくしようとしました。あなたの居所を突き止めようとした英雄の方々と俺たちを、邪神の眷族を放って殺そうとしました。それから懲りずに総計十四万の眷族を大陸のあちこちの都市に放って、蹂躙の限りを尽くそうとしました。そして今この時も……まぁ心話状態に入っているから『この時』というのは一瞬で済むでしょうけど、道を切り開くため戦ってくれている俺の仲間たちを、眷属を使って殺そうとしています。これで怒られる意味がわからない、とあなたは言うんですか? 本気で?』
じっ、と静かな口調で告げながら、邪鬼・汪にしてウィペギュロクである相手の顔を静かに見つめると、ウィペギュロクはその邪鬼らしい醜貌をびくっと震わせ、視線を逸らした。その本気で怯えたらしい様子に正直呆れ果てたし、かつ絵本で描かれるような邪鬼そのものの姿でそんな仕草をされるのは違和感がある上に神経に障るものがあったが、ともあれ話を先に進める。
『あなたは掟破りをしたわけではないと言っている。それに、あなたなりの理屈、理由があるというなら言ってみてください。そうでないならばあなたは、迷惑極まりないことをしでかした邪鬼として、俺たちに討伐されることになりますが』
『ちょ、ちょ、ちょぉ……! だからそーいう、怖ぇこと言うのやめてくれってばぁ……!』
『あなたが女たちにやろうとしていたことよりは怖くないと思いますが。俺たちにあえて敵を苦しめる趣味はないですし。殺せるものなら一撃で殺せるよう努力しますから』
『こっぇえよ! そーいうこと当たり前に言うとこがもうこっぇえよ! もーホント勘弁してくれよぉ……俺がなにしたって言うんだよぉ……』
『さっき言ったことをくり返す必要がありますか?』
『うぅぅぅ……』
ウィペギュロクはしょんぼりとうなだれたのち、こちらと視線を合わせようとしないまま、ぼそぼそと話し出した。
『だからさぁ……俺はホント、掟破りとかしてないんだってぇ……』
『していないという根拠を、具体的に言ってください』
『うぅ……だってさぁ……俺がこーいう風に、
『……始末部? なんですか、それは』
『だからさぁ、神の眷族の……なんつの、人生の終わり? や、人生っつっていいのかは知らんけど、とにかく神の眷族としての終わり? の面倒を看てくれる部署があんだよ、
『……神さまに、終わりがあるんですか?』
予想もしていなかった言葉に、思わず唖然として問い返す。ウィペギュロクは(ロワが弱いところを見せたのが嬉しかったのか)上機嫌になって説明しだした。
『あったりまえだろぉ、大陸の面積は有限なんだからよぉ。まー広いから、きっちり仕事回すにゃそれなりの人数はいっけどさぁ、だからって無駄に人がいても困んだろ? 新しい眷族が来たら、いつかは古い奴らが仕事辞めねぇといけねぇわけじゃん。まーそこらへんのタイミング、具体的にどーやって決めてんのかは知らねぇけどさ。俺はちょっと前に神の眷族辞めることになって、その人らに声かけられたわけ』
『……その人たちが、神の寿命を決めているんですか?』
まだ半ば呆然としながら問うた言葉に、ウィペギュロクはきまり悪そうにまた視線を逸らす。
『や、なんつーかさ。俺はそろそろ神の眷族辞めてーなって思っててさ。上司とかにも何度も言ってたし。だからその要望聞いてくれたんだろーけど』
『神を……辞めたい? 辞めたいって言って、辞められるものなんですか?』
『辞められる、っつーか……まぁいちおー命拾ってもらったわけだし、辞めるってことはまた命捨てることになるわけで、ほいほい辞めたがる奴はそんないねぇけどさ。辞めたいって思う奴はいるし、辞めさせてもらった奴もいるぜ? まぁ普通最初に言った時は『少なくとも後任が決まるまで待ってくれ』っつわれるけどさ』
『命を、捨ててでも……辞めたい、と?』
『いや辞めたいっつぅかさぁ……仕事自体にそこまで不満はねーんだけど。なんつの……もう充分生きたかな、っつぅ気になっちゃうっつーか……』
『充分、生きた……』
『まぁ俺らって基本、突然死だか病死だか寿命が尽きたかって違いはあっけど、基本前世に不満抱いてた奴らじゃん? もっと生きてたかったーとか、もっとまともな人生送りたかったーとか。まぁ時々、特に不満はなかったけど誘われてやってきたっつー人もいっから、それが選出理由のすべてじゃないってことはわかんだけど。とにかく基本、新しく人生を与えられたら、それなりに頑張ろうとする動機ある奴らなわけよ。わかる?』
『……頑張る動機がある、ということは』
『んで、こっちに来て、神の眷族としての仕事始めるわけだけど。なんつの……こう……思ってたのとは違った、とまでは言わねぇけど……俺らの仕事って、クッソ地味なんだよ! ちまちまちまちま端末の上で
『どんな人生を求めてたんですか?』
『そりゃあ美人金で集めて凌辱ハーレム結成よ! 媚薬多人数豚化公開家具便器触手異種妊娠その他もろもろ全部乗せのすんげぇの! 朝な夕なに美女美少女にひたすら突っ込んで凌辱して中……ぉぉおいんな怖ぇ目でこっち見んなよぉぉ!?』
『……別に怖い目をしようと思ってたわけじゃないですけど。こんな目で見られる程度で怯えるような人が、ハーレムを作る適性を持ってるとは思えないですね』
『バッカお前美女美少女の冷たい視線とか怒った顔とかご褒美以外の何物でもねぇだろ! そーいう奴を徹底的に調教しまくって心から奴隷に堕としてやんのが醍醐味ってもんだろーがよぉ!』
『それほどの甲斐性を持っているとも思えないですし』
『グホァッ』
端的に告げたロワに、ウィペギュロクは胸を押さえ大きくのけぞった。
『仕事もさしてできそうな人には見えないですし』
『グブァッ』
『そんな人がハーレムを作るだけの金を稼げるとは正直とても……そもそもあなた、童貞ってさっき言ってましたよね? そんな人が女の人を調教できるって、ちょっと誇大妄想が激しすぎるのでは?』
『グブフゥッ』
ロワが素直な感想を告げるたびに、ウィペギュロクは打ちのめされたようによろけのけぞる。しまいには半泣きになって、ロワにひんひんと訴えてきた。
『なんだよもう! 俺お前になんか悪いことしたか!? そんなひっでぇ、冷てぇ、心ねぇことずけずけ言って楽しいかよ!?』
『もう一度言いますが、あなたは十万の眷族で都市を襲い、邪神の眷族で俺たちを殺そうとし、総計十四万の眷族を大陸のあちこちの都市に放ち、今この時も戦っている俺の仲間たちを、眷属を使って殺そうとしているんです。それを理解した上で言ってるんですか、それ? あなたの言葉を使って言うなら、そんな風になにも考えずに周囲に迷惑をまき散らして楽しいんですか? 人の世界だけでなく、神々の世界でも、あなたのやっていることは現在進行形で迷惑をかけてるんですが?』
『うっ……ぐっ……ぬっ……だ、だからぁっ! 俺は別に掟破りをしたわけじゃ……』
『だから、とっととその証明をしてください。要するに、あなたは真面目に仕事をするのに飽きて、人生を放り出そうとしたんですね?』
『ぬっ……なっ……だっ、からちげぇよっ! 俺は単に新しい人生にチャレンジしようとしただけなのっ!』
『新しい人生。というと?』
『異世界転生だよっ!』
『……はい?』
聞いたことのない言葉に、ロワは思わず首を傾げる。言葉の意味がわからないわけではないが、具体的にどういう行為をさすのかよくわからない。
『や、だからぁ……俺ら神の眷族が、他の世界で死んだ人間だってことは知ってっか?』
『ええ、そう伺いましたけど』
『でぇ……俺らがこの世界、っつーか大陸で、もう充分生きたな、自分の人生これで終わりでいいなって思って申請すっとぉ、さっき言った始末部の人らが、俺らを新しい世界に転生させてくれるわけよ。元居た世界に転生させてもらうって奴もいっけど、基本少数派だな、そーいう奴ら。大半は今まで見たことも聞いたこともないよーな、新しい異世界に転生させてもらうわけ』
『……人間として、ですか?』
『そこらへんは人それぞれじゃね? ……っつかさ、転生っつっても単に新しい人生を与えられるってだけじゃなくてさ。ある程度、俺らの注文に応じた転生先を用意してもらえるようになってんだよ』
『注文。というと?』
『だからまぁ、王族とか、貴族とかの跡取りとか、三男坊とか。大商人の、養育費きっちり払ってもらえる愛人の子とか。魂が入る体そのものの素質を、他の奴らより抜きん出たレベルにしてもらうとか。あと両親にすごく愛されてるとか、前世の詳しい記憶を引き継げるとか。そういういろんな要望に応じた転生先を、その始末部の人らが用意してくれんだよ。これまでの、神の眷族としての働きに応じて』
『……なるほど』
それなりに腑に落ちて、ロワはうなずく。つまり、神として何千年も働き続けたことに対する報酬を、その始末部の方々が用意してくれるわけだ。神々の転生の仕組みがどうなっているかについては、エベクレナたちもよくわかっているわけではなさそうだったが、それについての専門家である神々も、やはりきちんといるのだろう。
『で、さぁ……俺も、その始末部の人と、面談? してさぁ。あなたの働きだとだいたいこれくらいの転生先がご用意できます、って一覧見せてくれたんだけどさぁ』
『はい』
『もう……なんつの、マジ……しょっべぇんだよ! 俺マジ何千年も真面目に働いてきたっつーのに、ぜんっぜん見合った報酬じゃねーっつーか! 普通異世界転生っつったらさぁ、楽勝で世界最強になれるチートっぷりっとかさぁ、クッソ金持ちでどんな女も一発陥落のフェロモンっぷりとかさぁ、そーいうのが用意されててしかるべきじゃね!? だってのによぉ、才能に全振りしても『死ぬ気で努力しまくっても世界最強になれるかどうか怪しい』レベルだしよぉ、環境に全振りしても『その地域では有数レベルに金持ちな商人の三男坊』くらいだしよぉ』
『………はぁ』
『あといっちゃんひっでぇのがチート異能力な! フツー異能力っつったらどんなんでも使い方次第で世界最強になれるって約束されてんのが筋だろ!? だってのにテレポート系だったら百メートルが限界、テレパシー系だったら狙いをつけた相手の心が読める程度とかさぁ! 能力のレベル上げしようとしたら、一回使うたびに死ぬほど疲れるとか失敗の可能性が高まるとか、そーいう限定つけなきゃダメとか言うし! せめて会う女全部メロメロにするくらいのフェロモンよこせっつったらさぁ、持続時間三十秒とかんっだそりゃって話だろ!? 異能力は本来その世界に存在しない代物だからコストが高くなるとか、そんなん知ったこっちゃねーっつーの!』
『……………』
ウィペギュロクは愚痴を言うのに熱中し始めた様子で、ロワの視線の温度がさらに一段階下がったことに気づいた風もなく、むしろ胸を張りながらまくし立てる。
『だからよ、俺考えたわけよ。なら、この世界、っつかこの大陸への転生だったらどうかって。っつかさ、俺聞いたことあったわけよ。俺ら神の眷族がこの世界に転生すっとさ、神の眷族としての能力を一部引き継げる、っつー噂! 信者連中の祈りに応じて、チート的能力が使えるとか、いろいろさぁ! だったらそれ選ばない方が嘘だろ!』
『……それで、あなたは邪鬼に転生することを選んだんですね』
『おぉよ、やっぱ転生すんだったら凌辱ハーレム! 鉄板だろこれ! それっくらいもできねぇで転生する価値マジなくね!? 邪鬼だったらそーいうのバリバリやってもどっからも文句出ねぇしさぁ!』
『……………』
『んで、邪鬼に転生させてくれっつったらさ、なんかそっからの話の進みが遅くってさぁ。調整中なのでもう少しお待ちください、的なレスしかこねーの。んだからまぁ、その時間利用して、ちっと裏技駆使したわけよ』
『裏技?』
『おう。俺ら神の眷族のできることの中に、『術法の創造』ってのがあんの知ってっか? これこれこーいう術法創りたいです、って技術部の人らに頭下げてお願いして、それなりの
『……なるほど。つまり、あなたは、自分に都合のいい術法を作って、その人たちに認めさせたんですね』
『そそ! 技術部の連中って、プログラムがまともに走るかどうかとか、悪影響が出ないかとかはがっちり調べっけどさ、その術法がどんなことに使われるかとかはいちいち想像したりしねーわけ! 術法自体のモラル的なのはチェックシートがあっからそれで調べはすっけど、『こんな術法なにに使うんだ、まさか悪用しようとしてるのでは』とかは考えねーわけよ、技術屋だから!』
『……………』
『まぁそこらへんをうまく突いてな、特定の魔力波長さえ満たせば、簡単に、低コストで、俺っつーか、邪神ウィペギュロクの邪神の眷族やら邪鬼の眷族やらを召喚できる術法ってのを認可してもらったわけよ! そんでもまだ時間余ったから、特定の魔力波長を満たした時に、生来の空間制御能力を爆発的に強化する術法、ってのも認可してもらったわけ! これ考えついた時、俺すっげ頭よくね!? って思ったわー!』
『……………』
『んでな、さらにな、これまでの仕事で貯めた
『……………』
『基本神の眷族が作った眷属ってのは、信仰が完全にすたれるまでは残るって知ってたしよ、俺! 召喚用に邪鬼の眷族を邪神が作る、とかフツーんな意味のねーことわざわざする奴いねーんだけど、禁じられてるわけじゃねーからな! 貯めた
『……それが、『処女・童貞以外には傷つけられない』ですか』
『そそ! 俺的には処女以外ってしたかったんだけど、そうすっとコストが跳ね上がって、眷属の能力がシャレにならんくらい落ちんだよな……落としても作れる数めっちゃ減るし。そんならまーしょーがねーかって処女&童貞ってしたんだけど……マジ処女だけにしときゃよかったわー……! 男にやられるとか、それが同胞だろーがマジ許せねぇ、ガチで!』
『……………』
『それとな、そーいうのにプラスして、『小さな奇跡』とかの、
『……………』
『これ地味に役立ったんだぜぇ、初期の能力値ブーストとか、超速レベルアップとか……まーそんでも能力が馴染むっつーか、ある程度使い慣れないと能力的に定着してくれなかったんだけどさ、どの能力もスキルも。クッソ高くて予算的に一個が限界だった『小さな奇跡』だって、さっき空間制御能力事実上封じられちまった時に、『こんなことした奴ら一生出られない牢獄に閉じ込めちゃってくれ!』って願いかなえてくれたしさ。……まー、『こんなこと』に関わってはいないけど、俺を殺そうとしてくる奴らとかがいるとかいう超反則事態とか、さすがに全然考えてなかったけどさ……』
『……つまり、あなたは、こちらの陣容を調べるとか、その類のことは一切やっていなかったと?』
『ったりめぇだろぉ!? せっかく無事邪鬼に転生したのに、んなつまんねーことに労力割いてる暇ねーじゃん!? 俺基本放置ゲー万歳って主義だし! 俺の部下が全部お膳立てを整えてくれたあとに、ラスボスっぽく登場しておいしいとこだけ全部いただくつもりだったんだよ、凌辱とか凌辱とか凌辱とかっ! それ以外は基本、作るのにそこそこコストかかった軍師系の能力持ってる邪鬼の眷族の言う通りに、転移能力使ったり眷族召喚したりしてただけだよ。……なのにそーいう奴ら、この本拠地が攻撃されてるってどっか行ったと思ったら、もー全然帰ってこねぇし! 調べてみたらなんか、過剰な魔力負荷で潰れた、とかいうなにそれ意味不な報告しかこねーしっ!』
『……………』
『俺マジで全力でお膳立てしてたんだぜ? 神の眷族としての俺の権限で、『邪鬼ウィペギュロクに対する情報封鎖』とかもしたしさ。こーいう系統の加護って、基本技術部にオーダー出してやってもらうんだよ、ぶっちゃけ大した手間じゃねーから向こうもさっさか済ませちゃうし。けど技術部に許可もらって、個人でやるってことも、技術部のチェック通過すればできるわけ。んで、そーやって個人でやった情報封鎖は、やった奴に連絡取ったりなんだりってめんどくっせぇ手間がいろいろかかっから、技術部連中あんましたがらないんだよ。だから俺が周りに根回しして、俺が転生したってことが知られるのを先延ばしにしとけば、情報が洩れる時期とか遅れまくる、って予測できんだろ? 俺この作戦考えた時、自分マジ頭よくね!? って思ったわ!』
『……………』
『そーいう、こまっかいお膳立て全部終わったあとに、さんざん待たされてよーやく邪鬼への転生が許可されて。これまでの仕事への報酬分として、邪鬼としてまぁそれなりの能力持ってる身体と、術法使いとしての技術と、ちょっとばかしの空間制御能力と、よわっよわの恩寵を数だけなら無限に与えられる、っつー能力をもらって……ようやく、ほんっとに、やっとのことでまともな異世界転生できたんだぜ? これでようやく、やっとのことで、数千年越しに童貞捨てられるってウッキウキしながら! なのによぉ……!』
きっ、とニ十
『なんっで俺の邪魔すんだよ! 何度も何度もしつっこくさぁ! マジ信じらんねぇ、人の心とかねーわけ!? 同じ童貞だったら俺の気持ちちったぁわかんだろ!? 数千年越しのささやかな悲願くらい、叶えさせてくれてもいいじゃんかよぉ!』
『……………』
無言のままちろり、とウィペギュロクの方を見ると、こちらを責め立てていたウィペギュロクは、ひっと怯えて身を縮めた。
『だ、だ、だからんな怖ぇ顔でこっち見んなってぇ! マジ、ホント、やめ……勘弁して、やめろって、怖ぇんだってぇ……!』
ロワとしてはことさら怯えさせようとしてウィペギュロクを見たわけではないが、別に彼が恐怖に震えてもこちらとしては一向にかまわないので、気にはしなかった。それよりも、ロワとしては、ウィペギュロクの話を聞いた結果、とりあえず思いついた取るべき方策以外の手段がないか、必死に考えずにはいられなかったのだ。正直、そのやり方は申し訳ないというか、あの方々に面倒を押しつけてしまう度が過ぎる気がしてならなかったので。
だがしばし懸命に考えたものの、結局それ以外の方策は思いつかず、ロワは一回深々とため息をついてから、祈った。『女神エベクレナさま、お願いします。この声が届いたならば、どうか聞き届けてください』と。
普通に考えれば、そんな祈りを神々が本当に聞き届けてくれるなどありえないことだったろう。たとえそれが神々の失策に端を発することについてだったとしても、神がただの人間一人の祈りを、耳に入れること自体本来ならありっこないことだとロワ自身思う。
だが、あの女神さまだったら。あの一生懸命に自分たちのために頑張ってくれている、優しい女神さまだったなら――
そんな自分でも思い上がりでないとは言いきれない、不遜に過ぎるだろう祈りを、ウィペギュロクに不審げな視線をぶつけられながら捧げることしばし。世界を一瞬、眩しい光が照らした。
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