第55話 神々の打った手、女神の打つ手
数
「えっと、ちょっと気になったんですけど。結局、さっき言ってた、『対策を考えてた』って、どういう意味だったんですか?」
「え? ああ、あれはなんていうか……いざという時に、その手が使えるかなって考えてただけです」
「その手?」
「アーケイジュミンさまは、カティが苦しむのがお好きなんですよね? だったらどうしようもない窮地の時に、カティにあえて重い負担を背負ってもらって、より多くの加護をもらうようにする手もあるのかな、って思ったんです。まぁ確実性に欠けるっていうか、神々からいただく加護は主に成長性を強化するものだってことを思い出したので、危険性の方が大きいな、ってことでやめておこうって決めましたけど」
「は、はぁ……な、なるほど……ま、まぁ加護を最大限利用しようってことなら、眷属側の趣味嗜好を利用しようって考えるのも、まぁ普通ですよね……うん、普通……」
「まぁねぇ、柔軟性があるルールを前にしたら、プレイヤーとしちゃその隙を全力でついて、有利な結果をもたらそうとするのは、別にマンチキンじゃなくても普通だしね。しかも命かかってんだから、そりゃ全力でゲットできる特典はできる限りゲットしとこうと思うのが普通だわ。でもさロワくん、あたし別にピンチだったらなんでもいいってわけじゃないからね? あたしなりに好みというものがあるというか。まぁ教えちゃって、狙ってそーいうシチュに持ち込まれても、萎えるから詳しくは言わないけど」
「あ、そうですか……」
「っていうか、あたし的にはそれより気になるというか、教えときたいことがあるんだけど! いい?」
真剣な瞳できっと見つめられ、ロワは思わず居住まいを正す。どんな内容の発言か予測はつかないが、女神さま本人が『教えておきたい』と言っていることを、あらゆる意味で無視していいわけがない。
「は、はい、お願いします」
「あのね。今回ロワくんが召喚した英霊の、あたしの眷族ね。かなりカティくんと深く同調したから。つまり、次回以降の召喚しやすさとか、同調深度による能力技術の上昇具合とかが、ぐぐっとアップしてるから!」
「え!?」
ロワは仰天して思わず目と口を揃ってかっ開く。そんなことが起こりえるということ自体、ロワは初めて聞いたのだ。
「え、ええと、それはその、どういうわけで……?」
「どういうわけもなにも、そのまんまだってば。カティくんに今回召喚した英霊は、すっごい深く同調したわけ。っていうか、その英霊の人生とか抱いた感情とかが、すんごいカティくんと近しかったから、もう精神的に共感しまくっちゃったわけよ」
「ああ! 英霊とカティくんが、『自分よりモテる年下の仲間の恋路の足を引っ張る』ってことで同調しまくってたの、それでだったんですか! いや似たような経験はしたんだろう、とは思いましたけど、普通英霊として扱われるぐらいにまで能力を鍛え上げた子なら、ほとんどの場合モテモテ人生になるはずだから、昔似たような経験したことがあるってことなのかなーって思ったんですけど、本当にずっとそーいう人生だったんですね!」
「そーなんだよねぇ~。区分的にはヘタレ筋肉っていうより不憫筋肉っていう度合いの方が強くって、本当に日々努力して能力鍛え上げて強くなってるのに、まったくもってモテないし、年齢問わず女から好かれない子だったんだぁ」
「ちなみになにか理由あるんですか? 趣味がすごいキワだったとか、女の子目の前にするとキョドるとか……顔面が極端に不自由だとか?」
「その全部かな~。顔面偏差値も相当低かったのに加えて、女子目の前にするとすぐ、鼻息ふんはふんはしたり息荒げたりしながら胸元ガン見しちゃうタイプというか」
「うわぁ……」
「当然会話もろくにできないし。できたとしても自慢話か、女の子受けの悪いタイプの下ネタで。おまけに『ピ―――ッ!』で、『ピ―――――ッ!』で、『ピ――――――ッ!』。女の子の『ピ―――――――――ッ!』したりしてたし」
「え、それ……まさか本気で盗んだりしてたんですか?」
「うん、わりと常習だったかな。何人かにはバレて、訴えられそうになった時もあったよ。まぁ逃げ出したり金でカタをつけたりで前科はついてなかったけど」
「えぇぇ……。いやそれ、どう考えても本人に問題がありすぎでは……。アジュさん的には、それ許容範囲だったんですか? 私の場合、基本いい子大好きなので、そういうタイプって敬遠しちゃうんですけど」
「全然オッケー、問題なし。あたしだって人のことどうこう言える趣味してないし? それになんのかんので男気はあったからねぇ、仲間のために当たり前みたいに命を張れるぐらい当たり前って勢いだったし。やっぱ男はハートでしょ。まぁ、女の子にはそこらへんさっぱり理解されずに、一生『ピーッ!』だったけど」
「あぁ~………」
「文化的に、商売女の地位が高い辺りに住んでたしねぇ。金払っても女に嫌われる奴は相手してくんない、みたいな。ま、『ピーッ!』じゃなかったから、特に問題はなかったと思うけど」
「えっ………マジですか!!」
「当然でしょうがよぉ、あたしの推しになるくらいの筋肉だよ? そりゃもうすんごい完成度だったもんあの子の筋肉。そーいうタイプだったら、不細工の方が受け入れられやすいまであるからねぇ。仲間からも可愛がられて、最終的には『ピ――――――ッ!』まくりーの『ピ―――――ッ!』しまくりーのって、『ピ――ッ!』みたいな生活送ってたから、幸せだったと思うよ、最終的には」
「う、うわぁぁ……み、見たいような見たくないような……。でもまぁアレですよね、そういう人生を素で送ってくれてる子を見ると、正直人生に希望が湧いてきません? 私の妄想は夢じゃなかった! 的な」
「わかるわかる。まぁ別に推しの誰も彼もにそういう人生送ってほしいわけじゃないんだけどさ、推しに馳せる想いが決して間違ってなかったって思える数少ない機会、的な? そーいう風にありがたく拝ませていただいてた昔の推しが、今の推しに深く共感してくれてるのってさぁ、あたしの推し活間違ってなかった、みたいに思えて地味に嬉しいっていうか……」
「…………」
肝心なところでピーピー音が鳴るから、どういう話をしてるのかさっぱりわかんないな、と思いつつロワは卓子に置かれた茶器を取り上げ、まだ湯気を立てているお茶をできるだけ静かにすすった。ロワとしてはそれはいつものことなので、別に気にしてもいなかったのだが、アーケイジュミンが先に気づいて、「あーごめんごめん、あたしらだけで話しちゃったね」と笑い、話題を元に戻してくれる。
「だからね、まぁ、今度カティくんに英霊を憑ける時は、今回呼んだ子をまた呼ぶのがおすすめだよ、ってことなわけ。次はいよいよボス戦なわけだから、英霊を召喚する時の早さとか、けっこー重要でしょ?」
「そ、そうですね……といっても、俺の召霊術の腕前そのものが、そもそも英霊召喚術式を普通に使うにはまるで足りてないんで、いくら憑ける相手と英霊の相性がよくても、即時発動させられるかっていうと、相当心もとないんですが……」
「あー、まぁそこらへんは、あたしら素人としてはなんとも言えないけども……いやでもそんだけじゃないんだよ。
「恩恵、ですか?」
ロワが首を傾げると、アーケイジュミンはちらりとエベクレナに目配せして見せた。エベクレナはしばし慌てたように目を白黒させたものの、最後には咳ばらいをし、ロワに向き直って告げてくる。
「ロワくん。私たち四人……私エベクレナと、ギュマっちゃん……ギュマゥネコーセと、ゾっさんことゾシュキアと、アジュさんことアーケイジュミンから、あなたたちパーティに、贈り物をしたいと思います」
「お、贈り物、ですか?」
「はい。あなたたち五人全員に、『生き延びる力』と、『幸運』。それに加えて、『小さな奇跡』を、お渡ししたいと思うんです」
「え、えぇぇ?」
意味がわからず、今度はロワの方が目を白黒させる。これまで自分が受け取ってきた贈り物と、同じものが大半ではあるが、それでもそれらは女神さまたちが、『人の世界の存在に迷惑をかけてしまった』という落ち度の責任を取るために、せめてもの面目を果たすために、という理由があったからこそ贈られたもののはずだ。
神々の世界の存在が人の世界の存在に関わることができるのは、加護を与えるという形においてのみ、というのが神々の世界の大原則のはず。これまでそれを何度となく自分に教えてくれたのはエベクレナさまなのに、と思わず様子をうかがって、エベクレナの真面目な顔つきとぶつかり、思わず居住まいを正す。
どうやら、これは、神々の世界においてすら、ただ事ではないことが起きた、ということのようだ。
「……まず、最初にお伝えしなくてはいけないのが、ですね。これまで何度も不穏なお知らせをせざるをえなかった、邪神ウィペギュロクについてなんです」
「はい」
「強制捜査に踏み切った、というわけじゃないんですけど。法務部……私たち神の眷族の中で、法律的に問題が起きた時に、それを解決してくれる部署が動きました。前にゾっさんが、ウィペギュロクと連絡が取れないって言ってたの覚えてます? ゾっさんにせっつかれて法務部の人が個人的に調べてみて発覚したらしいんですけど、ウィペギュロクはここしばらく、仕事をしてないらしいんですよね」
「……はい? え、すいません、それって……」
「はい、神の眷族としての仕事をしてない、つまり眷族としての社会生活を放棄してるってことです。そういう場合、
「生きるか死ぬか、ですか」
「はい。私たちは神の眷族として働くことを前提に、第二の生を与えられたわけなので、それを一ヶ月以上完無視っていうのはまぁ、生きる気がないんじゃないかこの人、っていう話になったわけです。で、法務部の方では緊急対策会議とかやって、強制捜査に踏み切るかどうかってことを喧々諤々してるそうなんですが」
「え、『強制捜査に踏み切るかどうか』を会議してるんですか? ウィペギュロクのやったことへの対策をどうするか、ってことじゃなくて?」
「まぁ、私も悠長だなー、とは思うんですけど……一ヶ月仕事してないって事実が発覚したのが今朝なので。ウィペギュロクの方も、上司とか周囲とかに根回しして、自分が仕事してないって事実がバレにくいようにって、手は打ってたみたいでして。んで、
「はぁ……」
「でもまぁ当然のことですけど、だからといって
「はぁ」
「でもウィペギュロクが実際になにをやったかもわかっていない現状、
「はぁ」
「ってことでですね、ロワくんたちには噴飯ものの結論じゃないかとは思うんですけど、私らの『個人的な加護の一環』という形で、ロワくんたちパーティを支援させることでお茶を濁そうって話らしいです。私らがそれに使った
「……なるほど」
ロワにもだいたいの理屈は呑み込めた。思いきった手を取るのも後のことを考えると怖いが、手をこまねいた結果大問題になるのもまずい。なのでその中間ぐらいだろう作戦を実行して、どう転んでもそれなりに言い訳できるようにしておく。お茶を濁すという言葉がそれなりに妥当だと思えてしまうような、中途半端な手だ。
だが、ロワがそれよりも気になったのは。
「……すいません。その話、いつお聞きになったんですか?」
「え? さっきですけど。具体的に言うと、卓子を出す寸前辺り?」
「えぇ? いやあの、それにしてはなんかやけに事態の理解度高いですね?」
「そりゃまぁ別時間チャットで超速会議しましたから。上の方からの即時連絡だったんで、
「えぇっ……と?」
「あ、そーですね、これ言ってなかったですね。えっと、私ら神の眷族が
「………はい?」
「なんというかまぁ、限定的ではあるけど時間停止秘密道具的機能が、最初から盛り込まれてるんですよね、私らの使う端末って。
「は、はぁ……?」
「この部屋の中では長話しても時間があんまり流れてない、っていうのもそれと同系統で、お互いが嘘をつけないよう裸にした精神だけを取り出して会話してるかららしいんですけど、外部の方とも端末を通してシンクロさせておけば、同じ超速の時間の流れで話せたりしますし。シンクロしてない相手と話す時は、自然にその相手の方に時間の流れが修正されるんですけどね。端末を介した……情報の、やり取り? 的な行為なら、時間の流れにめちゃくちゃ融通利くんです。基本的に。買い物なんかも端末を介した情報のやり取りに入るんで、超速でいけます。なんか理屈的には、私らが普通の生命体じゃなくて情報思念体になってる証じゃないか、とか書いてる人もいましたけど、まぁぶっちゃけ私よくわかってないんでそのへんはおいておくとして」
「はぁ……」
「で、ですね。端末のその機能を使えば、情報のやり取りだけじゃない、ガチの時間加速的なこともできるんです。
「え……ちょ、それ、めちゃくちゃ便利じゃないですか!?」
「そう思うでしょ? でもね、これね、めっちゃくちゃ
「………、あぁ……」
「私もこれまでに、どーしよーもない時はその機能に頼ったりしましたけど。でも、ぶっちゃけた話、普段使いできる機能じゃないんです。気軽に使ってたらよほど稼いでる人でも収入激減するレベルなんで。なんで、本当にどーしよーもない時、神さま助けてと祈るしかないっていう状況とかで頼る、最後の切り札的なもののひとつとして扱ってますね、私は。そうしないと真面目に推し活に支障が出るレベルの支出になるんで。今回は上の人が
「な、るほど……」
ロワは何度かうなずいて、深い納得の意を表す。相当に
「えっと、贈り物の内容、ですけども。『幸運』と、『生き延びる力』は、もうどういうものかってお分かりだと思うんですけど、『小さな奇跡』について、ちょっと説明しておきますね。まぁ読んで字のごとく小規模な奇跡、って代物ではあるんですけど、その効果範囲的なものとかは、説明しないとわかんないと思うんで」
「あ、はい。お願いします」
「えっとですね、この奇跡でできることの限界は、『素人の人が一人で一般的な邪鬼一体を殴り倒す』ぐらいだ、って考えてください。それが『間違いの起こりようもなく完璧にできる』ことのリミットです」
「え……いやあの、限界っていうか、そういうことが間違いなくできるって時点で、すごすぎませんか……?」
「そうですね、だいぶすごいです。この手の
「え、それを……俺たち全員、一人一人に……?」
「はい。でも遠慮とかしないでくださいよ、これは
「は、はぁ……」
「それにですね、そもそも『素人の人が一人で一般的な邪鬼一体を殴り倒す』っていっても、それは奇跡の力をすべてひとつの目的、一つの行為につぎ込んだ場合です。実戦のさなか、冷静に見極めをつけて一番効果的な方法とタイミングで発動させる、なんて無茶にもほどが、って感じでしょ? その上邪鬼・汪は普通の邪鬼より相当強力な力の持ち主だ、っていうのがほぼ確定してるわけですから、この奇跡をもってしても問題に確実に対処できるとは言い難いんですよ」
「それは……そう、かも、しれませんけど……」
「ただ、この『小さな奇跡』って本気で最高価格帯っていうか、新人の神の眷族なら、推し活込みでの数年分の生活費に匹敵するぐらいの超高価な代物でして」
「え゛っ……」
「しかもこれ以上に効果的な贈り物、っていうのもあんまりなくて。他のはどっちかっていうと、特定状況下における鬼札、的なのがほとんどなもんで。コストパフォーマンス的にこれがベスト、って上の人の言い分にも納得せざるをえないというか。いくら経費で落とせるったって、
「いや、あの、いや、いやいやいや………」
畏れ多いにもほどがある事態に、ロワはひたすら手を振るしかない。いくらなんでも自分たちのためにそんな
もちろん実際には自分たちのためなんかじゃなく、神の世と人の世、双方に強い悪影響が出るからこその選択ではあるのだろうが。それを理解してはいても、心臓に悪いことこの上ない。自分たちなんかのためにそんな
そんなロワのうろたえる心をよそに、エベクレナはふんっと力を込めて胸を反らし、自信満々で言いきってみせた。
「その代わり、私たちが全力であなたたちのことは加護しまくりますから!
「いやいやいやいやいやいやいや!」
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