第54話 女神さまも知らぬこと

 ―――そして以下略。


「ロワくん。本当に……本当に、お疲れさまでした……」


「ぁ、いえ、その。恐縮です」


 そろそろと雲の高台から降りて、真剣な面持ちで(立ったまま)深々と頭を下げてくるエベクレナに、ロワも深々と頭を下げ返す。でもお疲れさまって言われても、俺がやったことって英霊召喚術式を発動させたことと、一回だけカティの盾になったことだけなんだけどな、と内心で首を傾げるや、頭を上げたエベクレナに、ぎぬんと光る眼で睨まれた。


「いや違うでしょ! だけとか言っていいレベルじゃないでしょ! そもそも一番大きな功績はそこじゃないですよ、嘘のつけない心と心が触れ合う世界の中で、仲間の男子たちと邂逅し、その心を救った! そこが一番大きな功績なんじゃないですか!」


「は、はい?」


「カティくんの心が救われる展開は来るな、と思ってたんですよ、これまでの展開からしても。ネテくんもジルくんもそういう展開ありましたから、ここでカティくんだけハブられるというのは可哀想すぎますし、私の推しがそんな無残な真似するわけないですし。伏線も張られてましたしね。ちょっとずつちょっとずつカティくんのコンプレックスに固まった心を解きほぐしていって、そして最後に心を通じ合わせて、シンクロさせて英霊召喚! お約束ですが、私のような推しとその周りの幸せ至上主義者にはそれでいい、むしろそれがいい勢いですんで! 最初はカティくんのヘタレ非リアキャラの反応がメインになっちゃって、ちょっとなんだー、みたいに思わなくもなかったですが、私は二人を信じてましたよ! 最終的には二人の仲が、がっつり近づく展開になるに違いないと!」


「は……はぁ」


「そして同時進行でヒュノくんとの仲も近づいてくださるのがね! もう本当感謝感激雨あられとしか! トップを切って英霊召喚術式の対象になった分、個別回の掘り下げが足りないとは思っていたものの、ここまでがっつりやってくださるとは! 回想シーンは二回も入るし、その両方で二人の仲のよさというか心の近さが! お互いの重要性が! マジでがっつりこってりしっかりと描写されてましたもんね! いやもう本当、私お二人のハイパイ推しでよかったぁぁ………! と心の底から何度絶叫したことか! だってねぇ私、さすがにヒュノくんが冒険者を続ける理由も仲間と一緒に冒険する理由もロワくん発だとはさすがに想像してなかったですよ! いやもう本当にあそこは作画も演出も神すぎて………! 久々に人次元にんじげん生で見ながら泣きましたよ、この二人を推しにさせてくださった神と世界への感謝のあまり! 普段は生で見てる時は『大丈夫!? お願い生き延びていて!』と祈るのに必死で泣くまではいかないんですけど、もう本当に今回はもう、二人の結びつきの強さにひたすらに悦るしかない状態でして……!!」


「はぁ………」


「あっ、もちろんカティくんのシチュもしっかり堪能させていただきましたよ。命を救ってくれた仲間のために、意地でもなにがなんでも生き延びようとするとかもう本当、男子同士って感じで悦るしかなかった……んですが、さすがに生で見てる時はお二人のことが心配で、『しっかりして! お願い生きてて!』と祈るのに必死でしたね、やっぱり。いやだって推しが敵の攻撃から仲間をかばって瀕死ってシチュじゃ、そりゃ悶えるものはありますけどやっぱり心配すぎますよ普通に。カティくんも本当全力でぼろぼろで、『しっかりしてー! 無理しなくていいからお願い生き延びていてー!』とひたすらに叫ぶしかない状況で……生き延びてくれていることが確定した後は、改めて見返して素直にニヤりまくることができたんですけどねー」


「そ……そう、ですか」


 意味がわからない部分もいろいろあるが、エベクレナが『本気で心の底から自分たちの安否を気遣ってくれていた』ということはなんとか理解し、ロワは思わず顔を赤らめつつ、微妙に視線をそらしてしまったが、エベクレナはそれを気にした様子もなく、さらに勢いを増して語り続ける。


「いやでもね、今回は本当、がっつりカティくんルートがオープンされた気がして……正直最高でした。私基本人次元にんじげんの男子みんなが推しを愛すべきと思ってるとこありますから。あくまで推すハイパイは固定ですしメインの推し剣は動きませんが、それはそれとして推しがモテモテな展開最高派ですから。でもカティくんの反応本当私的にはツボでしたよぉー……ヘタレ非リアキャラの、女にしか反応しない思考回路全開で、普通死ぬレベルのボス戦に突貫したカティくんが、ですよ? ヘタレ非リアの拗ね拗ねコンプレックス全開で、死ぬ間際でもあっさり諦めて命投げだしちゃうくらい、自分なんかどーでもいいやみたいに投げやりになってたカティくんがですよ? ロワくんのかすかな心の声を聞いて奮い立つっていう、ここがもう! もう最高としか! 自分に対する評価は相変わらず激低のままなのに、自分を命懸けで護ってくれた仲間のために! 友達のために、死ぬ気の先の気迫を絞り出して戦っちゃうんですよ!? もう、これはもう、私の性癖として、悶え転がらないわけにはいかないというか!」


「……はぁ」


「そしてね! そしてね! 剣同士の心の交流もまた感服仕るとしか言いようがなくてですね! ロワくんのとはまた違う、遠慮のない男同士のやり取りがね、本当もう! コンプレックスの対象に、自分のことを認めてるっていう本心をあっさり告げられて、顔を隠しながら泣きそうになってるカティくんの神作画たるや………! もう本当あそこ泣けましたよぉ。今回だけで私ティッシュの箱一箱使いきりました。私基本が男子同士の友情、絆、心の繋がりに悶え転がるタイプの人なので、こういう剣同士の心の繋がりを描いてくれると、もう本当すんごい嬉しくなっちゃうんですよねぇ。私推し盾のモテ展開大歓迎派ですが、剣同士が仲良しなのも超歓迎派ですんで。まぁそれでも、最終的に『この気持ちを語りたいのは一人だけ』とか言っちゃうところも、もう絶叫しつつ悶え転がりましたけどね。幸せすぎて逝きかけましたマジで。もう本当、神の恵みにひたすら感謝の祈りを捧げまくるしかないですよね。そして推しに加神音かきぃん。これは絶対です」


「はぁ……」


 だからどれだけ語られても、俺エベクレナさまが俺に理解されたくないことは、絶対に理解できないようになっちゃってるんだけどな、とロワは相槌を打ちつつ嘆息する。自分に理解されたくはないのに、なんで自分にここまで語りまくるのだろう。正直、そこらへんのエベクレナの気持ちは、いまだにさっぱりわからない。


 そんなロワの気持ちを感じ取ったのか、エベクレナは口を閉じてから一度ん、んと咳払いし、すっぱり話題を変えてきた。


「いやでも本当、気をつけてくださいね。正直今回、私見ててだいぶひやひやしましたんで。ロワくんが外傷でここまでの命の危機に追い込まれるとか、何気に初めてじゃないですか? 最初のヒュノくんの時は、怪我を負った時に無理やり英霊召喚術式使ったせいってのが大きかったですし……」


「あ、はい……たぶん、そうですね」


「というか、気づいてます? ロワくん、前に私が贈った『生き延びる力』、一回分消費してますからね」


「あ……そう、なんですか?」


「そうです。つまりそれがなかったら、ほぼ間違いなくロワくんはあの世行きだったってことになります」


「そ、そう、ですか……」


「いやそうですかじゃないですよそうですかじゃ。ロワくんの行動選択が妥当なものだったかについては、私たちは素人ですし、なんにも言えないですけど……本気で命の危険が高まってきたことは、紛れもない事実ですよね? そろそろ私の加護、受け容れる気になりません?」


「いや……それは、その。……俺は……」


 ロワが口ごもったところで、唐突にピピピピピピッ、と甲高い、笛を短く幾度も鳴らしたような音が響いた。エベクレナは目をぱちくりさせてから、あっ、と慌てたように手を打つ。


「すいません、えっと、今回もアジュさんを呼ぶのが必須条件なんで、あんまり私が最初に長話してたらアラーム鳴るようにしとくこと、って言われてて……ええと、その。アジュさん呼んで、いい、ですかね?」


 気遣われたな、と思った。警報が鳴るようにしておくのを忘れていたのは間違いない事実だろうが、ロワの答えを聞くのを優先せず、仕事の流れに乗せたのは、疑いようもなくエベクレナの気遣いだ。ロワの心情を読み取った上での。


 申し訳ないな、と思ったものの、これ以上時間を取ってもらっても、なかなかその問いに答えが返せそうもなかったのも間違いのない事実だ。ロワは小さく息を吐いてから、「よろしくお願いします」と頭を下げた。


 とたん、いつものように水晶の窓が唐突に現れ、これまで三度見てきたのと同じ姿のアーケイジュミンが、これまでとは比べ物にならない勢いで身を乗り出しながら(窓の中にいるのにのしかかってこられたような気さえした)、これまでで一番の勢いで喋りかけてくる。


「ねっ二人とも! 今回マッジヤバかったよね!? カティくんついにぶち抜かれちゃってたよね!?」


「………はい?」


「え……と、なにが、ですか?」


「なにがじゃないでしょなにがじゃ、カティくんのお初だよ!? 『ピ――――ッ!』だよ『ピ――――ッ!』! いやあたし正直もしかしたらピンチになるかもなー、とは思ってたけどここまでズッコンバッコンヤってくれるとは思わなかったわ! いや、だってねぇ!? お腹ぶち抜かれてんだよお腹! 『ピ―――――――ッ!』だよ!? もうこれ本当なに、っていうか神さまそんなにあたしの性癖狙い撃ちにしてくれていいんですか!? と詰め寄りたくなるほどの厚遇具合! まだまだ未熟とはいえちょっとずつ筋肉のついてきてるカティくんのカラダを、肉系触手が情け容赦なく『ピ―――――――――ッ!』! いやもう久々にマジでガチで神に感謝の祈り捧げちゃったわ! もちろん『ピーッ!』は筋肉がもっと育ってガチマッチョになってくれた辺りがベストオブベストではあるんだけど、こういう風にまだ未熟な稚い筋肉を『ピ――――――――ッ!』するっていうのはまた別のよさがあるよねぇ、ぐっへっへ……!」


「は……はぁ……?」


「いえロワくん、返事しなくていいですからマジにというかむしろ存在認識しないでいただけるとありがたいんですが……! ちょっとアジュさん! 盛り上がるのはいいですけど、その手の性癖語りを思春期男子にするとかマジで正気度ちゃんと残ってるんですか!? 不定の狂気表振ってないでまともに理性働かせてくださいよ! そーいう性癖語りが普通の性癖語りよりさらに相手選ぶこととか、アジュさん当然私よりよっぽどよくわかってますよね!?」


「いやわかってるよ? わかってるんだけどさぁ、こんな風に世界が、公式があたしの性癖に歩み寄ってくれるのとか本当に久々でさあ……! 強い筋肉になってほしくて加神音かきぃんすればするほど、そーいうガチの『ピーッ!』シチュってどんどん縁遠くなっていくんだよ!? あたし邪神じゃないから推しには生き延びてほしいし、その周りの人間含めちゃんと幸せになってほしいんだけどさ、心からすっごいそう思うんだけど、それはそれとしてたまにはあたしの性癖も満たしてほしいんだよ………! 本当少ないんだよ、今時ここまでのガチの『ピーッ!』シチュに陥ってくれる子! あぁっ……もっともっと加神音かきぃんして、筋肉をもっともっと育てて、全力最強バリカタマッチョになってからまたちゃんと『ピーッ!』されてほしい……! あたしそれだけでその先千年頑張れるわ、マジで!」


「うぐっ……そういう風に言われると、共感できなくもないというか、公式が自分の性癖に歩み寄ってくれる奇跡を知る者として、わかるわかると言ってあげたい気持ちが湧いてきますが……いやでもそれでもこれはダメです! 推しへの愛と大人の理性で判断し、あえて良識という強権発動です! そーいう話するならちゃんとロワくんがいない時にしてくださいよ! 肝心なところが聞こえなかったらなに言ってもいいってわけじゃないんですからね!?」


「えぇ~だってさぁ、エベっちゃんだってロワくんが理解できないことをいいことに、さんざんっぱら性癖語ってたじゃん?」


「うぐっ……そ、それは……そうですが。でもほら……だって。その………推しに公式のよかったところを語れるとか……パワーワードテイストにもほどがないかってシチュですが、正直、楽しくて、ですね……! 自分が性癖ぶちまけても推しには伝わらないという安心感も相まって、つい、つるつると口が滑って……! ………うぅっ……すいません、私もアジュさんどうこう言えるような良識持ってませんでした……」


「でっしょぉぉ? やっぱこーいう語りは熱いうちにぶちまけたいじゃん? 人次元にんじげんの、さっきまで見てた映像の一員だった子に、形だけでも燃え上がる想いを伝えられるとか、フツーにアガるでしょ!」


「うぅぅう~………っ、納得したくはないのに納得できてしまう自分がッ………!」


「……あの、すいません」


『へっ?』


 ロワがおずおずと手を上げると、エベクレナとアーケイジュミンは揃って、ぎょっとした顔で驚いたようにこちらを見た。


「え、ぇえ~~~………? な、なん、ですか……?」


「俺がちゃんと理解できてないだけかもしれないんですが……」


「い、いや、理解できてないなら理解しないままでいいんじゃないですかね……? 無理に、理解しようと、しなくても……?」


「いえ、その、やっぱり気になるので。……アーケイジュミンさまは、もしかして、カティが苦しんでるのを見るのが好きなんですか?」


「あたしィィィ!?」


「ほらバカやっぱりいくらピー音鳴らしてても露骨な性癖語りとかダメなんですってやっぱり!」


「いやでもだってなんで、この部屋できわどいこと喋ってても人次元にんじげんの子には通じないよう、フィルターかかってんじゃなかったの!?」


「そうですそのはずですそのはずなんですけど……! ま、まさか、そのフィルターが今回だけちゃんと仕事してなかったりとか………!?」


「いえ、あの、エベクレナさまのお話は、ちゃんとっていうか、いつも通りに『なにを言ってるのかよくわからない』としか思えないお話だけだったんですけど」


「ほぉぉぉ―――っ……よ、よかった……死ぬかと……マジで死ぬかとっ……!」


「でも、アーケイジュミンさまのお話は、最初からあんまり変わらず、普通に『意味がわからない』って思うことはあっても、どれだけ聞いても頭に入らない、みたいな、『絶対に『なにを言っているのかよくわからない』としか思えない』みたいな感じはしなかったですよ?」


「え……そ、そーなん?」


「ちょっ……アジュさんあなたまさか、フィルター意図的にオフったりしてませんよね!?」


「そ、れはしてない、はず……うんしてないしてない、けど……え、じゃあ、あれ? なんでフィルター仕事してないの?」


「そ、それはわかりませ……んけど、アジュさん。あなたもしかして、フィルターオンにするスイッチ、ちゃんと意識してない、みたいなことありませんよね……?」


「え、なにそれ。そんなのあったの?」


「ちょおぉおーっ!! なんであなたが知らないんですか私より千年以上古株のくせにっ! フィルターが発動するのは『重大な私的情報に関わる話』をしてる時だけなんですから、フィルターに仕事してほしい時は話してる間中、『これは『重大な私的情報に関わる話』だ』って意識してる必要があるんですっ! まさかあなた最初っからその意識全然なかったんですか!?」


「いやだってそんなん説明してくれなきゃわかんないよ! フィルターかかってるっていうからそこらへんは自動で判別してくれんのかなって……人次元にんじげん見る時に使うフィルターも、最初に設定しとけば自動で全部弾いてくれるじゃん! そーいうのかなって……」


「うぐっ……そ、それは、そう思うのも仕方ないのかもしれませんがっ……だってアジュさん古株だから、そこらへん伝わってないとか思わないじゃないですか! ゾっさんは普通に知ってたっていうか私たちにそこらへん教えてくれるぐらいだったし……」


「いやゾっさんとあたし一緒にしないでよ、あの人の勤続年数あたしの倍以上あんだからね!?」


「……つまり、連絡の行き違いがあったわけですよね」


『うぐっ……』


「ま、まぁ……そうですね。そういうことですよね、どっちにも責任ありますよね……すいませんでしたアジュさん。私がうかつでした……」


「いや、まぁ、あたしも悪かったわ……そこらへんの連絡、これからはちゃんとしようねってことで、両成敗でいい?」


「はい……」


「それはそれとして、質問に答えていただけるとありがたいんですが。アーケイジュミンさまは、カティが苦しんでるのを見るのが好きなんですか?」


『うっ………』


 エベクレナも、アーケイジュミンも、揃って呻き声を上げて沈黙した。素早く視線を交わして無言のうちに相談をし、エベクレナの方が(『渋々』というのを絵に描いたような面持ちで)問うてくる。


「ええとその……それはつまり、アジュさんが口走ってたことをいくぶん漏れ聞いたことから、想定されたご質問なんでしょうか……?」


「はい。そうです」


「ええと……ですね。つまり……ですね。アジュさんのそういう思考が……やはり仲間として許せない、というご判断で……?」


「許せない、というわけじゃないです。そもそも俺なんかが神さまにつべこべ言える立場じゃないっていうのはわかってますし。今回もいろいろお世話になっておきながら、やめろだのだのなんだの偉そうに抜かすほど、恥知らずじゃないつもりですし」


「そ、そう、ですか……」


「ただ、それとは別に、できれば知っておきたいんです。仲間に対して、加護を与えてくださっている女神さまの胸の内を。……アーケイジュミンさまは、カティが苦しんでいるのを見るのが好きなんですか?」


『うぐぅっ……』


 女神二人は揃って唸って黙り込み、うつむく。ロワがそれでも沈黙したまま答えを待っていると、か細い声で、アーケイジュミンから、「そう……です」という答えがあった。


「そう、ですか」


「…………」


「いや、あの、ロワくん、ちょっと待ってください! 前々から何度も言ってますが、私たちが人次元にんじげんに介入するとか、どう転んだってできませんから!」


 無言でうつむくアーケイジュミンの前に、エベクレナがばっと進み出て、わたわたと手を振りながら言い訳する。その顔は一生懸命を絵に描いたように歪み、揺れた表情で、アーケイジュミンに対する心配と気遣いが、ロワにすら読み取れるものだった。


「私たちがどんなことを考えようと、公式に、人次元にんじげんに、神の創った世界に介入して、好き放題いじるなんてことは絶対できないんです! 私たちの思惑なんかが神の思惑に影響することは本気で、絶対、100%ありえないので、運命を変えることなんかも起こるわけがなく……!」


「そうでしょうか。俺は、みなさんの想いが、みなさんの崇める神さまに、影響することは普通にあるはずだ、って考えてるんですけど」


「え、は? な、なんで……いやだから本当にありえないんですよこれマジで!」


「だって、神雷しんらいがあるじゃないですか」


「へ、え? 神雷しんらい? が、どうしたんですか?」


「エベクレナさま、言っていたじゃないですか。神雷しんらいは、『神の意思と、我々眷属の想いと、加護を与えられる人の感情が、相乗した時に起こる』現象だって。そういう、加護を与えられる側の感情はともかくとして、みなさんの崇める神の意志と、エベクレナさまのような一般的な神さまの意思が、同じ人間に対して向けられる、っていう単純に確率で言うならものすごく起こりにくそうなことが、現象として俺たち人間にも知られてるくらい、これまでに何度も起こってるわけですよね?」


「は、はぁ……まぁ、そう、なるんでしょうけど」


「つまり、みなさんの崇める神さまも、みなさんの想いを察して……もしかしたら神音かねの動きを察してのことかもしれないですけど、その察したものにある程度意志をそわせる、っていうことはあるんじゃないでしょうか。いつもいつもではないにしても、ある程度影響は受けうるって考えた方が当たってる気がするんですけど」


「え、ええぇ!? いやあのそんな、私たち公式を、神の御意思を私たちに従わせようとか、本当に微塵も考えてないんですけど!? いや公式に祈りと願いをぶつけることはあっても、あくまで公式が主で私たちが従っていうのが絶対的スタンスで、私たちの意思で公式を作り変えるみたいな、それこそ作品に対して敬意もなにもない、冒涜としか言いようのないことをしようと考えるほどド外道なわけじゃ決して……!」


「エベクレナさまたちがそう思っていても、エベクレナさまたちが崇める神さまが、みなさんの祈りを受け取って読み取って、それに沿うように世界を変えてるっていう可能性が、否定できるわけじゃないですよね?」


「そっ……それは、まぁ、そうですが。でっ……でもですね! そのっ……アジュさんも、そりゃ確かに心の中で筋肉凌辱されてくれと常に祈ってるかもしれませんが、それでも、その凌辱されてほしい相手に、愛がないわけじゃないんです! むしろ愛溢れてるんです! いくらでも使い捨てていいペットみたいな扱いなんて断じてしてません! アジュさんは、本当に、嘘偽りなく、推しを愛でて、愛しんで、最終的には幸せになってもらうために全力尽くしてるんです!」


 エベクレナは必死の形相で、慌てうろたえながらも懸命にアーケイジュミンを弁護する。一歩も退く様子は見せなかった。友達のために、これまでの話し合いでは迷惑をかけられた機会の方が多かったような友達のために、本当に全霊を尽くしているのだ。


「そりゃ私たちが推しにできることなんか、究極的には加神音かきぃんしかないのかもしれませんけど! 単に神音かねを払うだけ、って思われちゃうのかもしれませんけど! でも本当、私たちも、アジュさんも、推しへの愛に人生の一部を支払ってるんです。人生懸けて命懸けて推してるんです。推し活それなりに真摯にやってるんです! だから、その、ですね」


 みるみるうちに勢いをなくし、うつむきか細く小さい声で、けれどはっきりと告げる。


「できれば、その。き、らわないで、いただけ、ない、でしょうか………」


 その言葉に、ロワは思わず目と口をぽかんと開いた、間抜けを絵に描いたような顔で言ってしまった。


「え、なんですそれ。嫌いませんけど? え、嫌ってるようなこと言っちゃってました?」


 ロワの答えに、エベクレナの方もぽかんと小さく口を開けて(そんな顔もいつものごとく人を超えて美しい)、おずおずと問うてくる。


「いや、あの……お、お嫌いになられたわけじゃ、ないので……? いやだってさっき、『そう、ですか』とかおっしゃってましたよね、なんかすごい不穏な感じに……?」


「え、不穏!? いやなんでそうなるんですか!? あれは単純に、対策を考えていたというか……」


「対策ッ……! こ、『このド腐れ女神どもを冥府にたたっ込むための対策練ってやらにゃあなぁ』的なもの、ですかね、やっぱり……?」


「いやいやいやなんでそうなるんですか本気で!? だって女神さま相手に言うわけないじゃないですかそんな不遜というか失礼も甚だしい台詞!」


「えっ、いやだって、普通思うところじゃありません……? 仲間を心から大切に思うロワくんだからこそ、仲間を損なうようなことはどう考えても即死地雷級、天地がひっくり返っても言語道断抹殺指令ものだと……」


「……本当に、そういう風に、思われたんですか?」


「はっはいぃぃっすいません私なんぞが推しご本人の心を推し量るなど不遜極まりなくッ!! 差し出た振る舞いをどうかどうかひらにご容赦賜りたくッ……!!」


「いやあの、そういうことじゃなくて、ですね……」


 エベクレナはこんな風に、ロワが機嫌を損ねるのを嫌がるというか、怖がっているところがあるとは思っていたけれど。それでも、そこまで、深刻に痛切に思いながらも、彼女はロワに、『私の友達を嫌わないでほしい』と、言わずにはいられなかったのか。身を震わせ、声を掻き消えかけさせながらも、それでも真正面から、きっぱりと。


 ロワは思わず、ふふっ、と小さく笑い声を立ててしまった。この人は、うすうすそうじゃないかとは思っていたけれど、本当はすごくすごく、友達思いな人なんだなぁと実感してしまったのだ。


「ちょ……ちょ、ちょ、ちょ―――ぉっ!! ちょっと待ってくださいなんですその結論、別に私が友達思いじゃないとは言いませんがなんですその優しい視線!? わ、私ごときが推しにそんな慈愛の視線で見られるとか、解釈違いとかいうレベルじゃない自身抹殺するべき大罪なんですが!?」


「え、でもあの、エベクレナさまって友達思いですよね? 前々からいろいろ文句言ってたりはするけど、すごくお友達のみなさんのことが好きで、大切なんだなぁとは思ってたんですが、今回それが本当に命懸けってレベルなのがわかったんで、心の底からすごいなぁって感服しちゃったというか……」


「いやですから本来推しに認識されない部屋のシミであるべき私ごときにそういう、私らが推しに向けるものと通じるものがなくもないような優しみとか温かみとかのこもった視線向けられるとかですね!? 曲がりなりにも推し活を志す者として、す、すさまじく申し訳ないというか、いてもたってもいられない感全開というかでして………!」


「え、なんでですか? エベクレナさまが俺たちに向けてるものと通じるものがあるってことは、その、すごく優しい視線だってことなんですよね?」


「ぅぐっ……」


「それだったら、俺はその、不遜っていったらこの上なく不遜なんですけど、正直、嬉しいんですけど。エベクレナさまを、エベクレナさまが俺たちを見るような優しい目で見ることができたってことは、なんていうか、その……少しエベクレナさまと同じものを見ることができたみたいな気分、っていうか。思い上がりだっていうのは、わかってるんですけど……」


 少し申し訳ないような気分も入り混じりつつも照れ笑いをしてみせると、エベクレナは一瞬硬直し、それからその場に頭を抱えて座り込み、ううぅぅうと唸り始めた。


「え? あの……エベクレナさま?」


「うぁぁあ私のことを好意的にとらえてくれていて嬉しいという気持ちもありつつも、圧倒的なまでの罪悪感ッ! いや違う違うんです私そんなに立派な視点とか持ってないんですぅと言いたいけど言えないッ! 推しの圧倒的なまでのぴゅあっぴゅあぶりに悶え狂いつつも、今はその眼差しが死ぬほど申し訳ない……! すいませんごめんなさい服の隙間からチラ見えした二の腕とかにハァハァしまくっててすいません、こんなアレな生態晒して心の底から申し訳ないッ……!」


「え、ええと……」


「えっと……あのさ、ロワくん」


「は、はい?」


 おずおずと、水晶の窓の向こうからかけられたアーケイジュミンの声に、エベクレナに気圧されていたロワは振り向く。アーケイジュミンは微妙に目を逸らしつつ、探るようにちらりちらりとこちらの様子をうかがいながら問うてきた。


「さっき、嫌うわけないって言ってたけどさ。普通に考えて、仲間がひどい目に遭うの大好きっていうか、ひどい目に遭ってくれないかなーとか思ってる神さまがいたりしたら、やじゃない? なにこいつとか思わない? そこらへん、心の中でどーいう風に解決してんのかなー、って思ったんだけど……」


「いや、別に嫌じゃないですよ。だって、神さまって、だいたい理不尽なものじゃないですか?」


 こういう言い方も不遜だということは承知しているのだが、この場所では嘘を言うことも問いに答えないでいることもできない。正直なところを言うしかないので、ロワはできるだけ素直に思うところを打ち明ける。


「俺の故郷は、エベクレナさまを主神のひとつとして奉じる帝国に滅ぼされました。まぁその帝国っていうのも、とっくに滅びて名前もまともに憶えてないんですけど。そのせいもあって、神さまっていうのは基本的に、上の立場から好き勝手なことを言う方々だ、っていう意識がもともと俺にはありました。まぁ人間の方も人間の方で、神々の言ってることを好き勝手に使って大義名分作ったりしてますから、どっちもどっちだ、とは思ってたんですけどね」


「うん……」


「でも、エベクレナさまにお会いして。エベクレナさまが本気で俺たちのことを気遣って、俺たちのために働いて得た神音かねをつぎ込んで、できる限り俺たちに加護を与えようとしてくれてることを実感したので……俺はエベクレナさまのことなら素直に、ありったけの感謝と尊敬を捧げられるんです。だから、エベクレナさまが心から大切にしてるお友達の神さまに、俺の感覚にそぐわない嗜好があったくらいで、嫌ったり反感もったりしませんよ。エベクレナさまのお友達なら、あんなふうに一生懸命エベクレナさまが弁護するような方なら、そんなこと問題にならないくらい、いいところがあるんだろうって思いますから」


 そうきっぱり告げたロワを、アーケイジュミンはまじまじと見つめたのち、ふふっと楽しげに笑ってみせた。


「なるほどねぇ……これはもう、アレだね。あたしとしては推すしかないね」


「え? あの、はい?」


「半生もの、しかも片割れが自分の友達っつーキワといえば果てしなくキワなジャンルだけど、そーいうのも経験ないわけじゃないし! あたし的には大いにアリ! 自分の最推しとは別に幸せになってほしいノマカプとして、こっそり投げ銭していくのでよろしく!」


「え、いや、あの、すいません、なにを言ってるのかよくわからないんですが……」


「ん? そんなん決まってるっしょ? 神の御言葉だよ、神の御言葉」


「はぁ……」


 まぁそりゃ確かに、女神さまがおっしゃられたことなのだから間違いなく神の御言葉ではあるんだろうが。ちゃんとわかられたくないことはこっちにわからないようにして喋ってますよ、という宣言なのだろうか。さっきの言葉は、エベクレナのこれまでのいくつもの言葉と同様、『絶対に『なにを言っているのかよくわからない』としか思えない』という感じでなにを言っているのかよくわからなかったし。


 ともあれ、ロワはいまだにしゃがみ込んで唸り声をあげているエベクレナへと向き直り、彼女が復活するのを待った。エベクレナが立ち直ってくれないと、話がどこにも進められない。

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