第48話 戦士迷走
ずっと誰かを見上げてばかりの人生だった。カティフ・キーンツは、自分の人生を振り返り、そう思う。
カティフが生まれたのは、フェデォンヴァトーラ大陸中西部、フィネッカンと呼ばれる国の辺境――というか、前線区域に築かれた、城塞都市のひとつだった。
フィネッカンはそれなりの大きさの魔物生息地帯――人が住んでおらず魔物が主となっている地域と、小さな国家が興っては滅びをくり返しているため、難民や暴徒がおそろしく生じやすい地域とに、国境線を挟んで隣り合う、大陸内で『前線』と呼ばれるような、戦争とは呼ばずとも戦とは呼ばれるほどの大規模戦闘が起こりやすい、数少ない地域に属する国家のひとつだ。当然ながら、国府は相応の予算を軍備に費やし、いくつもの兵隊、いくつもの騎士団を有している。
その中でカティフが属していたのは、ダトゥアニガ騎士団従者隊。ダトゥアニガ騎士団専属の従者たちの隊。騎士団の使い走りとして、雑用にこき使われ、戦では肉の盾として使い捨てられる、まともな存在価値を誰からも認めてもらえない隊の一員として働いていたわけだ。
カティフがそこにいたのは単純に、そこにいれば少なくとも食いっぱぐれることはなかったというのもあるが、なにより父親がそこに所属していたからだった。結婚当時四十になるならず、という年頃だった父は、その年まで従者隊で生き延びて積み重ねてきた貯金を見込まれて、親戚に女をあてがわれた。そうして生まれたのがカティフで、それからも父は従者隊の務めを続け、カティフが成人するまでの食い扶持を稼いでくれたのだ。
母はカティフが五歳になった頃、他に男を作って逃げたので、カティフに母の記憶はほとんどない。カティフが成長するまで面倒を看てくれたのは、ダトゥアニガ騎士団の関係者内の、後家や夫に捨てられた女たちによる娘子隊だった。そこでは似たような境遇の子供たちが何人も集められ、飯と生活の面倒を看られながら、将来は従者隊の一員となって働くよう、日々あれこれの技術込みで教え込まれていたのだ。
そんな環境で生まれ育った以上、選択の余地はなく、カティフは成人するや否や従者隊へと放り込まれ、戦に明け暮れることとなった。それまでろくに話したこともなかった父と、肩を並べて戦ったことも一度や二度ではない。
まぁ同僚としての父も、これまでカティフに接してきた時とさして変わらず、無愛想でいつも仏頂面の面白みのない男ではあったのだが。少なくとも、これまで自分の食い扶持を稼いでくれた男の命を、一再ならず救った経験は、それなりに胸のすくものではあった。
けれど、それ以外に、その頃のカティフに、『喜ばしい記憶』というものの持ち合わせはない。その頃のカティフの扱われ方は、いうなれば『口を利く家具』というものでしかなかったと思う。
仕事時間中、一番多く接する相手だった騎士団の連中も。周りの同僚も。本拠地へ戻ってきた時に世話を焼いてくれる、かつて自分を育ててくれた娘子隊の人々でさえも。従者隊で一番の新人だった自分を、『自分たちより下』の、『どうとでも扱っていい相手』というようにしか見なかった。命懸けの戦いを何度も繰り返し、必死に仕事をこなして生き延びたとしても、自分に賞賛を、それどころか労わりの言葉さえも、向けてくれる人はいなかったのだ。
騎士団からは、いくらでも使い捨てていい道具としかみなされなかった。従者隊の同僚たちは、新人であり先輩の命令を聞かなければならない立場にあるカティフを、自分が少しでも長く生き延びるために使える肉の盾として使おうとした。娘子隊の人々は、従者隊に入った自分を、もう『育てる』という仕事の埒外にいる者であり、仕事の一環である『可愛がる』という行いを与える対象ではない、とみなした。個人的に『愛情を与える』、ひいては『結婚相手として狙いをつける』ほどの価値があるとも考えなかった。
周りからいいように扱われ、力尽きて死んでいくだろう相手、死んでしまったところでどうでもいい相手、自分の勝手で適当に扱い、自分のために役立てるのが当たり前の相手。カティフは従者隊にいる間中、ずっとそのように扱われてきたのだ。
戸惑い、苦しみ、じわじわと絶望が心を満たしていった。心の中に幾重にも澱が積もった。そしてそれを、カティフはどうすることもできず、ただ耐え続けることしかできなかった。他にどうすればいいのか、誰も教えてくれなかったからだ。
同じ戦場で戦った騎士団の凱旋を、何度遠目に眺めただろう。はるか彼方を往く馬上の人々を見るたび、つのる嫉妬とやるせなさに、腹の底が煮えた。自分もあそこに立てたなら、あそこに立つ人々と同じものを、環境を、金を与えられていたなら。
恨みと嫉みが、憎しみと妬みが、カティフの胃の腑の底に溜まり、固まっていった。『だからといってどうすればいいというんだ』『どうすることもできない、できるはずがない』という、これまでの人生で否応なしに学ばされてしまった、体に重くのしかかる諦念とともに。
そんな生活が三
そして、それから一
だが、同時に、フィネッカン軍上層部の権力闘争によるものでもある、とカティフは聞かされた。ダトゥアニガ騎士団の本拠地のある方面への影響力を強めることを望んだ軍の有力者が、敵対者との暗闘に勝ち、自身の影響力の強い兵団を新たにその方面へ送る権利を獲得したのだと。それが真実なのかどうかはさておき、この上なくありそうなことではある、とカティフは思った。
当然ながら、それなりに有力な家の人間の集まりである騎士団はとにかく、従者隊の人間は改めて人員の確認を行ったのち再編制される、と通達された。もしそれに逆らえば、罪人としての扱いが待っている。否応のない、選択の余地はない事態、と考えてしかるべきではあったのだろう。
だが、カティフは、その話を聞いた翌日には、全財産を袋に詰め込み、財産の半分以上を費やして購入した馬を駆って、城塞都市を飛び出していた。その先の生活の見通しも、未来の展望も、まるでないままに。勢い任せに、衝動のままに、想いに正直に従って。
この時しかないと思った。自分に与えられた唯一の機会だと思った。これまでの自分の人生で積もり積もった諦念も、宿怨も、絶望も、なにもかも振り捨てて、新たな人生を得るための、神が与えてくれたただひとたびのきっかけだとカティフには思えた。父が死んだことも、自分をしがらみから解放するべく、神が為してくれたことのようにすら思えてしまった。
誰かを見上げ続けるのはもうまっぴらだ。そんなごく単純で、はちきれそうなほど強烈で切実な願いを、祈るように思って。
―――思って、出奔したのは、いいのだけれど。
それからもずっと、カティフは自分より上にいる相手に、嫉妬と羨望の視線を絶えず向け続ける人生を送る羽目になったのだった。
半
どこかの傭兵団に所属しようとして、試験相手の剣をろくに防ぐこともできないまま張り倒されるという、情けない姿を何度さらすことになっただろう。街の衛視隊にでさえ、自分の学んだ剣はろくに通用せず、採用試験に受かったことは一度もない。騎士団の従者隊なんてものについては言うに及ばずだ。
三
……今になって思えば、それは基本的には、自分が『命を懸ける以外の戦い方をよく知らない』せいだったのだろうと思う。仲間内での稽古でもない、『他人との争い』を『本気になって、全力を尽くして』『殺さないようにしながら勝つ』という、これまでの人生に存在しなかった状況に、戸惑い、怯え、すくんで、どう動けばいいのかわからなくなってしまったのだ。
だがその時の自分は、『自分はこれまで思っていたよりずっと弱い』『生きていくことなどできないほどに弱い』『これから先もずっと、他人を見上げて、周りの顔色をうかがって、怯えすくみながら生きていくしかない』と思い込んで、死ぬほどみじめな思いで涙を噛み殺していた。そうする以外にどうしようもなく、それ以外のやり方も思いつかず。
……それまで『なにも考えず』『やれと言われたことを言われるままに』やるだけしかしてこなかったことの、それ以外の方法があるなどまるで考えようともしてこなかったことのツケが、そういう形で回ってきたのだと言われれば、反論のしようはないが。
そんなみじめでみじめでどうしようもない想いに浸りながら、少しでもマシなところで飯を食うため、少しでも多く他人のおこぼれを頂戴するために豊かな街へと流れゆき、やがて自分はゾシュキーヌレフへとたどり着いたのだ。そこが大陸一の商業都市だということも、食料自給率が二十割以上にもなる大農産国家である事実も、ろくに知らないまま。
そこが大陸一の名を冠されるほど豊かな都市であることを広く知られながら、大半の人間はそこに向かうまでの途上で命を落とすほど、周囲に強力な魔物がうようよいる領域が広がっていることも知られているために、周囲の国々からさして人が減ることもないのだということを知ったのは、ゾシュキーヌレフにたどり着いて三
仲間と出会って、自分はそれなりに強いのだという事実と、その程度の強さでは取り柄とは呼べないほど、この世界は強者でひしめいているのだという事実の両方を、身に沁みるほど思い知るようになってからだっただろうから。
* * *
「さぁて、てめぇら。準備はいいな!?」
『はいっ!』
「うっす!」
「はぁーい」
「………はい」
ほぼばらばらな調子で返事を返してしまった自分たちに、タスレクはわずかに苦笑したが、そこにあえて触れず、気合と気迫のこもった声で鼓舞を続けた。
「作戦は頭に入ってるな? よっし、なら行ってこい。今回は俺たちの援護はねぇ――が、お前たちじゃどうにもならなくなったら助けには入ってやる。作戦がうまくいけばいろいろと都合がいい、ってだけのことだと考えて、気楽に、その上で全力でやってやれ!」
「たとえロワくんの英霊召喚術式が発動さえできなかったとしても、その時はその時で別の作戦に移るだけのことだ。そちらの作戦についても頭には入っているね? ならばけっこう。最初の作戦はあくまで、運よくことが運んだ時の成果を見越して、打てるだけの手を打つだけのこと、と考えること。達成目標を勘違いしないように。いいね?」
「想定外の事態になれば、基本的にはすぐこちらが助けに入るわ。逆に言えば、困った事態になった時に、私たちの助けがすぐに入らないのであれば、それはその『困った事態』が、実際にはあなたたちだけで充分解決できる事態であるか、私たちの方にも不測の事態が起きているということ。その見極めはそう簡単にできることではないと思うから、『見極めよう』みたいなことを考える必要はないわ。あなたたちは単純に、どんな事態に陥ったとしても、あなたたちにできる全力で解決を目指してくれればいい。それがどちらの場合にも最善の選択でしょうからね」
「だけど、『自分たちの力では解決できない』って思った時は、いつでも逃げに入ることができるようにしておくこと。冒険者だったら当たり前の心得だ、全員頭に入れておくんだよ。あたしらも、どんな問題が起きようと、できる限り早く片付けて助けに入れるようにする。だから、あんたらはあんたらで、作戦目標の達成と、なによりあんたら全員が生き延びることができるように、全力を注ぎな。それぞれがやるべきことをやるだけだ、なんにも難しいこっちゃないだろう?」
三人の女性英雄たちの励まし(と言っていいものなのかどうか)に、自分たちはまた『はいっ!』「了解っす!」「はぁーい……」「はい……」とばらばらな調子で返事を返す。苦笑する女性英雄たちに、カティフは内心すいませんすいませんと頭を下げた。
正直カティフからすると、この四人の英雄たちに逆らうなんぞ、常識外れなんぞという言葉ではすまないような、言語道断というのも生易しい、命を捨てたいと宣言しているも同じ所業、としか思えなかった。今のようにジルディンがふてくされたような返事をするたび、背筋が冷えてしょうがないほどだ。
なにせ、四人が四人とも、カティフでも知っている、というより大陸でもまるで知らない人の方が少なかろう、というほどの有名人なのだから。世に知られぬ達人は数多いが、この四人は一国を救うほどの功績を、数十回はこなしてきている、問答無用で大英雄とみなされてしまうわずかな人々の枠に入っている。
能力もそれ相応に高いということは、これまでの一
……ジルディンにはまともにものを考える頭がある、と言いきるのは仲間であるからこそできないので、当然の帰結と言えば言えるが、巻き添えになるのはごめんこうむりたい。ので、できる限りジルディンに言い聞かせているつもりではあるのだが、あの天才術法使いであるクソガキは、大人の言うことをまともに受け取る頭も、受け取ったとしてもそれを覚えるだけの頭も持ち合わせていやがらないので、正直見通しは暗かった。
仲間たちは、そんな風に自分が必死に英雄さま方に媚びを売っているのを、女性英雄の方々を意識しているせいなんじゃないか、と考えている時もあるようだったが、カティフからすれば勘弁してくれとしか言いようがなかった。自分より圧倒的に強い、指先ひとつで簡単に自分を殺せる人々を、女としてどうこうするなんて考えられるわけがない。仲間内の一人がその超絶美貌の英雄さまに見初められるなんてことがあれば、それはもちろん妬むしひがむしその足を引っ張ることに全力を注ぐが。
カティフにしてみれば、英雄の皆さま方は、これまでの人生で何度も出会ってきた人々同様、というよりその中でも随一とみなすべきだろう、『ひたすらに見上げるしかない相手』だった。そんな人たちに特別扱いされる相手なぞに、仲間内の一人が選ばれるのも嫌だったが、自分が選ばれるのもまっぴらごめんだ。男女関係という、カティフの人生に残された数少ない純粋な憧れを抱ける代物にまで、そんないやというほど繰り返し味わわされてきた苦渋と苦悶の味を、交わらせたくはなかった。
「ロワくん。すでに渡した、英霊に捧げる供物の内容は確認したね?」
「はい。全部確認しました、どれも問題ありません」
「カティ。作戦開始後、自分がどう動くかは頭に入ってるな?」
「はい!」
「ヒュノ。あんたの役割は副次的、というかカティが仕事を十全にこなした上でのことになるわけだけど、それはわかってるね? なにもかもがうまくいったあとに、自分がどう動くかも理解してるね?」
「うっす!」
「ネーツェ、ジルディン。あなたたちの役目は、基本的には支援術式を使う程度のことになるけれど。ことがうまく進まなかった場合には、あなたたちにも死力を尽くしてもらうことになるわ。その場合、自分たちがどう動くべきか。それは理解しているでしょうね?」
「……はい」
「はぁーい……」
だっからちゃんと答えろよお前らぁぁ、と内心やきもきするカティフをよそに、英雄たちは小さくうなずきを交わし、改めて自分たちに向き直って告げた。
「よし! あとは運を天に任せて突っ込むだけだ。しくじった時には助けてやる、思いっきりやってこい!」
『はい!』
「うす!」
「……はい……」
「はぁーい」
そんな最後までばらばらな言葉を返して、自分たちは英雄たちに背を向けた。心臓と胃の腑にずっしりと重みがのしかかる。今回は自分たちが、ほぼ自分たちだけの力で、作戦目標を達成しようとしなくてはならない。失敗した時には助けてくれるというが、そのあと自分たちがどんな扱いを受けるかは想像に難くない。
なにより、これは仕事だ。自分に残された唯一の、曲がりなりにも口を糊することができる手段だ。そこから逃げ出せばどんなことになるか。また縄張り荒らしと咎められることを恐れながら、その日一日の飯と水を手にすることもろくにできない物乞いをしなければならなくなることを思えば、今の暮らしは(どれだけ苦しかろうと、どれだけ嫌な思いをすることになろうとも)極楽のようなものだ。
やってのけなくてはならない。どれだけ死ぬような思いをしようと、言われたことは成し遂げなければ。それが自分に、自分たちに残された、唯一の道なのだから。
そう思いながらカティフは、仲間たちと共に、英雄たちの視線を背中に受けながら、森の奥へと向かった。目的の場所には、英雄たちが全力で幻術を施しており、自分たちがなにをやっているかを、誤解しやすくするようにしてあるという。邪鬼・汪が自分たちに注目したとしても、ある程度の時間は稼げるそうだ。その間に英霊召喚術式を発動させられるか試みろ、ということらしい。
それを思うと、少し呼吸が楽になる。ちらりと仲間の一人に視線を向ける。ややうつむきながら歩を進めるその少年――ロワは、作戦すべての是非が自身の行動により定まってしまうという重圧に耐えかね、苦しんでいるように見えた。
それでも、カティフは思ってしまう。それがどれだけ身勝手な考えか、承知の上で願ってしまう。
失敗しろ。失敗してくれ。これ以上ないくらい最低の失敗をしてくれ、頼むから。自分の失敗が、少しでも目立たなくなるように。
そんな自分の感情に吐き気を催し、カティフはまた視線を歩む先へと戻した。
* * *
まぁ、なんにせよ。どれだけはっぱをかけられようと、自分たちの作戦というのは、ロワの英霊召喚術式が成功しなければ始まりようがない、というのは間違いのない事実ではある。
なので、カティフはロワの描いた術法陣――術式の成功率をわずかなりとも上昇させる、特殊な塗料で描かれる方陣の中央に座り、ロワが術式を発動させるのを待っていた。これまでこの術法陣というのを使ってこなかったのは、ロワ自身がその知識をうろ覚えでしか持っていなかったせいらしい。中途半端な知識を振りかざして成功率が下がったら、と考えると挑戦する気にはなれなかった、というのだ。
英雄たちもおおむねそれと同じ考えだったそうなのだが、シクセジリューアムはそれに納得せず、人を使ったり使い魔を使ったりして、ロワの流派の術法の知識というのを調べさせていたらしい。それが昨日ようやく形になったとかで、ロワは(術式も併用した)詰め込み教育を施されて、今回のように時間と準備の余裕のある時は、術法陣を使うことになったのだとか。
そしてそんな風に自分を方陣で囲んだ上で、あらかじめ作らされていたという祭壇を置き、そこに供物やらなんやらを捧げて、ロワはひたすらに呪文を唱えつつ怪しげな踊りを踊り狂っているわけなのだが――
「………なー。まだ終わんないの、これ?」
ジルディンがぽろっとこぼした言葉に、ロワは一瞬、びしっ、と硬直した。
かろうじて硬直を一瞬で終え、怪しげな踊りを再開させるが、その背後では黙って様子を見ていた仲間たちが、こそこそと声を抑えながらの怒鳴り合いというかいがみ合いというか、を始めている。
「バカかお前! この状況でロワの集中力を乱すような真似するな! ロワの英霊召喚術式の発動成功率が低いのはお前だって知ってるだろ、そんな精神に打撃くらわすようなこと抜かして、さらに成功率を低くしてどうするんだ!」
「えー、でもさー……俺の時なんかはけっこうさらっと発動したのに。なんでこんな時間かかってんの? なんか、あのおばさんが下手打ったりしてんじゃねー?」
「お前じゃないんだから、あの人がこんなことで失敗するわけないだろ! というかいいから黙れお前は!」
「つったってさぁ……術式って普通、こんなに時間かかるもんじゃなくね? 絶対なんかあのおばさんがへましたんだって思うけどなー……」
「だからっ……! あの人がそんなくだらない失敗するわけないって言ってるだろ! いいから黙って……」
「稽古でもしてるか」
「そうだな稽古でも……ってどこからそういう発想が出てくるんだ、僕たちがこの状況で稽古していったいなんの役に立つというんだ!」
「稽古なんだから、時間があるうちにやっとくにこしたことねぇだろ? 見た感じまだ成功まで時間かかりそうだし、時間無駄にするのももったいなくねーか?」
「だからお前もな! そういう……重圧を与えるようなことをな! この状況で口にするなと……第一どんな稽古であれ、お前がしてのけるような稽古をやって、僕たちの体力がもつわけないだろう! このあと戦いが待ってるんだぞ! ……まぁうまくいけばだけど……」
小声で囁き交わした言葉であろうとも、レウの耳にはしっかり入っているようで、ロワの心を揺らがすような言葉が発せられるたびに、ロワの体はびしりと固まり、揺れる。仲間内でも唯一、天資において自分と同程度だと常々感じていたロワの反応に、わかるわかるぜ、とこっそり心の中で何度も深くうなずいた。
才能のある人間というのは、まともな才能がない人間というものを、どうしたって踏みつけずにはいられない生き物なのだ。これはどちらが悪いというよりも、もともとが違う存在、生きる次元の違う相手なのだから、どうしたってそうなってしまうもので、世界の成り立ち自体がそうなっているのだから仕方がない、とカティフとしては思っている。
本来同じ場所にいるべきではないのだ。豊かな天稟を持つ者と、持ち合わせのない者は。向こうに悪気があろうがなかろうが、こちらはどうしたって向こうに傷つけられ、苦しめられる。そしてこちらも向こうに、まともに資質を伸ばすための刺激を与えることができない。住むべき階層の違う相手として、それぞれに棲み分けをした方が絶対に、どちらにとってもいい結果を生むに違いない。
だが残念ながら、今の世界は才能のあるなしを、目に見える形で判別できる技術も有してはいないし、棲み分けを実際に行えるような社会を形作れてもいない。結果、どちらにとっても不幸なことに、自分たちとヒュノたちは、一緒に仕事をせざるをえない、というわけだ。
初めに会った時はそんなこと考えもしなかったけどな、と、カティフは一瞬過去へ思いを巡らせる。初めて会った時は、どいつもこいつも、自分よりはるかに年下の、頼りない、世間知らずで才能の持ち合わせもない、どう生きていけばいいかもわからないという、自分と同類項の後輩にしか見えなかった。
――全員貧乏で、明日の食事にも事欠くような、社会の最底辺の生き物だったのは、間違いのない事実だが。
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