第47話 英霊布教

「アーケイジュミンさま。それじゃ、俺たちの作った一覧表の中に、アーケイジュミンさまの眷族の方のお名前と、一致する部分がないか、確認していただけますか?」


「へ? あ、うん、はいはいオケオケ! えっと、とりあえずさくっと検索すんね? 動画のログから映像抜いてー、画像情報から文字情報に変えて検索ー、と……」


「……アジュさんって、なんのかんので仕事はできますよねぇ……私その作業、いまだにマニュアルと首っ引きでないとできないレベルなんですが」


「あー、まーそこらへんは、単純に普段どれだけ情報端末をいろんな用途で使ってるか、ってだけの違いじゃない? あたし動画の中から個人的お気に『ピ―――――――ッ!』リストとか作ったりしてるから、画像関係は比較的いろいろ使うしさぁ」


「ちょっと! 持ち上げてみたら即座に叩き落とさざるをえないような発言すんのやめてもらえます!?」


「あ、このくらいでも十八禁発言になるんだ。まぁいいじゃん青少年には聞こえてないんだし……はい、ロワくん。そっちで作った表と一致する名前のリスト」


「あ、はい……」


 眼前にふわっ、とさっきの騎士の幻のように、影の上に浮かび上がった何人かの名前を見て、ロワは思わず眉を寄せた。いや、その名前がどうこうというのではなく、まさか候補が複数存在するとは思っていなかったのだ。カティフの知識でも相当珍しい能力ではあるようだったし、『アーケイジュミンの眷族≒かつて加護を与えた先人たち』という狭い括りの中で、選ぶほどの数が存在するとは思わなかった。むしろ一人もいないかもしれないとすら思っていたので、この結果は僥倖、と言うべきではあるのだろうが。


「まぁさぁ、ほらあれよ、ヘイト管理をリアルにやるとさ、生まれ持った能力ってんじゃなかったら、なんか精神操作系の術法使うのが効率いいじゃん? 『攻撃性を惹きつける』って、それ言い方変えたらフェロモンじゃん? そーいう系の術法って、あたしが女神的に司る範囲に入ってるからさぁ」


「そ、そう、なんですか」


「うん。あと、あたし豊穣の女神って見られてることもあって、頑健な肉体……つまり筋肉をよりマッシブに、かつ人外レベルにまで良質にしていくための術法やらなんやらも司る範疇、むしろ本領! なんで、あたしが加護与えてる子って、防御力の高い戦士が基本なんよね。アタッカーに寄るかディフェンダーに寄るかは人それぞれだけど……ぶっちゃけカティくんのご要望って、あたしの眷族の子たちの能力傾向と、わりとベストマッチなんだぁ」


「そ、そうなんですか……」


 偶然と言えば偶然だが、運命的、ないし作為的なものすら感じられる展開だ。いや、だが考えてみれば、女神たちとしても好みの傾向というものはあるだろうから、加護を与えた対象の中で、似たような能力の持ち主が多くなるのは、当たり前といえば当たり前のことなのかもしれない。


 しかし。となると、ロワとしては、この中から一人を選んで狙いをつけなくてはならないわけで。


「……あの、アーケイジュミンさま。この一覧に載ってる方々の、持ってる能力や技術の詳細とか、どんな性格や価値観を持ってるか、みたいなことって教えていただいてもいいですか?」


 引けそうになる腰に力を入れ、なんとしてもここは聞いておかなければ、と気合を入れて、真正面から問いかける。その言葉にか、あるいは透けて見えるだろう心情にか、アーケイジュミンはにやっと笑ってみせた。


「いーよぉ? 一人の英霊狙い撃ちして、シンクロ率やら祈りの言葉やらいじって、狙った英霊に来てもらえるようにする、って作戦だよね?」


「っ……」


「………はい」


 ロワは今にも気が引けて逃げ腰になりそうな体を無理やりしゃんとさせ、うなずく。そんな風に作戦だなんだと言われると、『いやそんな大した話じゃないので』と申し訳なさのあまりへこへこ頭を下げてしまいそうになるのだが、ここで逃げてもしょうがない。


 もとはといえば、カティフの注文に対応できるような英霊はそうそういないだろう、という考えのもと、それなら一人の英霊に狙いをつけて術式を使った方が成功率が上がるのじゃないか、という発想だった。希望する能力を持つ英霊の絶対数が少ないのだから、これまでのように『来てくれる英霊ならば誰でもいい』という想いで術式を使ったら、外れというか、その能力を持っていない英霊が来る確率の方が高いのじゃないか、と思ったのだ。


 もちろん『狙った英霊を呼び出す』、つまり『召喚する英霊にあれこれ注文をつける』という発想は、術式としてはごく当たり前の働きで、これまでそんなことをする余裕もなかったロワの方が問題ではあるのだが、少なくともこれまでのロワのような、『来てくださる方なら誰でもいいのでどうかどうかお願いします』とひたすらに平身低頭して拝み倒す、というやり方より高次というか、術としての段階が上ではあるだろう。これまでの経験が役に立たない段階に足を踏み入れるのだから、気後れもするし、ただでさえ過小な自信が消え失せもする。


 なので、少しでも発動成功率を高めるために、アーケイジュミンの眷族の中に、求める能力を持つ英霊がいるかどうかをまず確認し、いてくれたのならその英霊の人格・価値観・趣味嗜好といったものを聞き出して、それに応じて呪文を変え、ロワとカティフの心魂の波長をそちらに寄せ、場合によってはその英霊が喜ぶような捧げ物を奉じて、といった小細工を施したいと考えていたのだ。術法使いとしての腕前に自信がないがゆえの、せせこましい策でしかないが。


「えー、そんな風に思うことなくない? 英霊で眷族ったって、心的なところの基本は人間なんだからさ、『誰でもいいから誰か来て』って呼ばれるよかさ、『あなたじゃなきゃダメなんです』って勢いで呼ばれる方が絶対嬉しいって」


「そ、そう……なんですかね。でもその、前にギュマゥネコーセさまが、『眷族は死んだ人間そのものじゃなく、その反応を模した人形』……みたいなことをおっしゃられたと思うんですが」


「んなの気にすることないない。AIの感情とかだってさ、全部プログラムに命じられた通りに反応を返すだけのものだったとしてもさ、『AIだから』って理由ですげなく接するよかさ、人間みたく優しくいたわってあげた方が、こっちの精神衛生上もいいじゃん。本当はこうだからー、とか難しく考える方がストレス溜まんない? 優しくされたら向こうも優しく接しようって気になるだろうし、お互い気持ちよく話せるのが一番っしょ?」


「それは、まぁ……そうですね」


「んじゃ、そゆことで……あたしの推してた英霊メンバー、ヘイト管理タンクwithカウンターズを紹介させていただきますか! ふっふー、何気にこゆシチュめっちゃ貴重だよねぇ……自分の推してた子たちを、現在の推しのメイン盾に布教できるとかっ! おしゃべりしながらのガチ布教ってシチュも神の眷族になってからはそうそうないし、がっつりがっちり布教させてもらうから覚悟してねん?」


「は……はぁ」


「んじゃまず一人目! はやっぱそーだなー、今からだいたい二千年くらい前のー、あたしの今世での推し活人生の中でも、かなり初期メンバーに近い子ね? この子の頃はぶっちゃけあたしも今世での推し活のやり方とかよくわかってなかったんだけど、苦労しながらも必死に推してた分思い入れが深くって……うぉー、あの頃の思い出よみがえるー、脳汁どぱどぱ出まくるー!」


「は、はぁ………」


「……っっっちょっと待ったぁっ! 私も! 私にも私の歴代推しを布教させてもらいたいんですがっ!!!」


 唐突にエベクレナが手を挙げ、勢いよくロワとアーケイジュミン(の姿が浮かぶ水晶の窓)の間に割り込んできた。仰天して固まるロワをよそに、アーケイジュミンはあからさまにムッとした声になる。


「ちょっとぉ、エベっちゃん、あんたさぁ、この状況でそれはないんじゃないのぉ? あたしだって、相手が推しの相手役の一人って条件を差っ引いても、一応それなりに礼儀守って、向こうから教えてくれって言われるまでこんな真似しなかったのにさぁ。そこでエベっちゃんが凸してきたら、神の眷族としての心得的なのとか込みで、あたしらまとめてダメな子扱いじゃん」


「わかってます! それはわかってるんです! わかってはいるんですがっ……!」


 アーケイジュミンの言葉の正しさ(ロワはなにを言っているかよくわからなかったのだが)を認めているのだろう、狂おしげに奥歯を噛み締めながら、エベクレナは切々と訴える。


「わかってはいてもっ、これを黙って見過ごすわけにはいきませんっ! だって、私の推しの、布教初体験なんですよ!? 推しに布教するとかもう言葉の時点でそのパワーワードっぷりに頭がくらくらしますが、それでもマイ推しの早朝に降った雪のごとく真っ白純白ピュアホワイトな心に足跡をつけることになるんですよ!? その相手が十八筋肉のオーソリティとあっちゃ、推しの性癖やら推し観やらが歪む予感しかしませんよ!」


「えー、んなことゆったってさぁ、話の流れ的に役が回ってきたんだもん、しょうがなくない? そこに唐突に意味なく割り込んできたってさぁ……」


「わかってます! だからこそ、考えました! ロワくんたちが作戦会議してた頃から、考えて考えて考えて、なんとか意味をひねり出しました!」


「ひねり出してる時点でダメじゃない?」


「いえ、それなりに意味も意義もあるんですホント! ロワくん! 相談なんですがっ」


「は、はい?」


「カティくんに英霊を縁り憑かせたあと、ヒュノくんに新しく英霊召喚術式を使ってみたらどうでしょうかっ!」


『……………』


「え、どゆこと? 意義ってどこにあんの?」


 本気で怪訝そうにするアーケイジュミンに、エベクレナはふんっと鼻息を鳴らしながら(そんな顔でもやはり気配まで込みで美しい)、胸を張った。


「まずですね、もうすぐそこまで迫っているとおぼしき、邪鬼・汪という人との戦いを見据えた布石です! これまで話を聞いた限りでは、五体の邪神の眷族を倒したあとは、速攻で最終決戦に入る予定なんですよね? となれば、ここで練習しておくしかないわけですよ!」


「練習って……なんの?」


「英霊召喚術式の、複数同時使用の練習です! 邪鬼・汪って人がどれほど強いのかはわかりませんが、それでも少なくともボスキャラではあるわけですよね? これまでの敵とは比べ物にならないくらい強い敵が想定されてるわけですよね? だったら、一度に複数の英霊を仲間に憑依させるという離れ業をしてのけなきゃいけない可能性が高くなるわけですよ、ロワくんは!」


「っ………!」


「あー、あーあー、それは確かに……これまで一度も、複数の人間にかけるっていうか、英霊召喚術式が発動中に新しく術式を発動させる、みたいなことやったことないもんね、ロワくん」


 アーケイジュミンが水晶の窓の中で納得したように手を打つが、ロワは仰天すると同時に、背筋を凍らせていた。『え、これ本気で言ってるのか、この人』と思わず頭の中で呟いてしまうぐらいには。


 確かに、理屈ではある。邪鬼・汪の強さが明確に推し量れているわけではないが、それでも『英霊召喚術式の複数同時使用』などという、まさしく離れ業ができないよりはできた方がいいに決まってるし、そのための練習がまるでできていないぶっつけ本番よりは、一度でも練習する機会があるにこしたことはないだろう。


 だが、それは、まともに術式を発動することができる人間の話だ。ぶっちゃけこれまでの発動経験を経ても、発動がおぼつかない、というよりむしろこれまで女神の方々の加護や与えられた幸運に頼った力業や、運を天に任せた万に一つの幸運を拾って、かろうじて発動を成功させるぐらいがせいぜいの自分の腕で、『術式の同時使用の練習』なんぞ、おこがましいという段階の話ではない。


 だが、そんなロワの戦慄に気づいているのかいないのか、エベクレナは勢いを削ぐことなく話を続ける。


「で、なんでヒュノくんなのかっていうとですね」


「メイン推し剣だからでしょ?」


「だぁっ! そうですけどそうじゃなくてですね、私これでも一生懸命、誰にでも胸を張って説明できる理由をでっちあげられるよう、頑張って考えたんです!」


「でっちあげたとか言っちゃってるけど?」


「この部屋以外なら口で言っても文章にしても、それを考えた動機とか伝わらないので無問題です! とにかくですね! ヒュノくんでなければならない理由はなにかっていうとですね、ヒュノくんが昨日から作戦会議の間もずっと、『一撃で五体の敵を倒す』っていうやり方を気にしていた、ってところにあるわけですよ!」


「え、推し剣の願いをかなえてあげたい的思考?」


「だぁっからそうじゃなくっ! ちゃんと言い訳が立つように考えてますから! ヒュノくんでなければならない理由というのはですね、神雷しんらいの再現を目指すため! ってことなんですっ!」


「ぇ……」


 さらにとんでもないことを言いだしたエベクレナに、ロワは思わず固まった。


 神雷しんらい。初めて自分たちが邪神の眷族と遭遇し、初めて自分が英霊召喚術式を発動できた時に、ただ一度だけ起こすことができた奇跡。


 ヒュノはその時すでに、年齢に比すれば十分な腕前を有してはいたが、それでも神雷しんらいへと至った時とそれまででは、明らかに力の桁が違っていた。剣の腕がどうこうではなく、能力すべてが桁外れに増幅され、強化されていた。相手の攻撃を防ぎ、傷を自動的に癒す副次的効果さえもあったはず。まさに神の奇跡と言うべき、爆発的な力の増幅だ。


 それを、再現する? つまり、二度三度とできるようにしろ、と?


 そんな無茶な、ご無体な、としか言いようのない心境で呆然としているロワをよそに、エベクレナたちはにぎやかに話を進めていく。


「あー……もしかして? エベっちゃんとしては、これまでに唯一神雷しんらい状態に持ち込めたヒュノくんに、もう一度神雷しんらい状態を経験させて、神雷しんらい状態に持ち込むコツをつかませる、みたいな感じ? を求めてるわけ?」


「そうですそうです! 神雷しんらいに至るためにはなによりヒュノくんのやる気が重要になるので、今も『一撃で五体の敵を倒す』やり方を模索しているヒュノくんは、その前提条件をたやすく満たせるはず! まぁ実際に神雷しんらい状態に持ち込むには、ヒュノくんの意思や私のつぎ込む神音かねのみならず、なにより神の御意思的なものが必要になるわけですから、絶対に再現できる、みたいなコツとかは絶対つかみようがないわけですが」


「あ、だよねぇやっぱ。エベっちゃんもわかってるよねぇ、それ。え、なのになんでそんな、神雷しんらいの再現って話に?」


「それでも、前回みたいに、半ば無我夢中、みたいな感じよりは、意識して神雷しんらいの再現を目指すことで、ヒュノくん側のコツに近いものを得ることはできるはずです! ……というかですね、別にコツとかつかめなくても、それはそれでいいんですよ。私の求めてるのは言い訳なので! ぶっちゃけ、ちょっと聞いた時に一応それっぽい筋が通ってればそれでよし!」


 がくっ、と思わず体から力が抜ける。なんだそりゃ! と突っ込むべきところかもしれないが、不敬とかいうこと以前にその気力もない。


 もうちょっと話を聞く側のことも考えて喋ってくれませんかとこっそり心の中から念を送ったが、話に夢中になっているエベクレナたちには気付く様子もなかった。


「わー、開き直ってるぅ……まーあたし的には別にいーんだけどさ。んでも、それ、ちゃんと言い訳立つかな? だってさ、あたしの場合はロワくんから求められて、加護を与えた人間の守護のためって大義名分もあってって状態だからいいにしても、エベっちゃんの方は完全にエベっちゃんから言い出したことになるわけでしょ? そーいう風に自発的に積極的に、ロワくんのために頑張っちゃうとさ、『神の眷族は加護を与える以外のやり方で人次元にんじげんの問題にかかわるべからず』って鉄則の方に触れちゃわない、それ?」


「そこもちゃんと言い訳考えてますし! まずですね、今回の邪鬼……邪鬼・汪が、普通の邪鬼の在り方から外れてるところを突くわけですよ!」


「ほほぅ?」


「明らかに成長速度がおかしいっていう疑問点に加え、邪神ウィペギュロクさん本人とも連絡が取れないという事実も添えて、不穏な気配が存在することを強調するわけです! で、なにか神次元しんじげん的にまずいことが実際にあったとしたら、ですよ? 法務部の人たちがウィペギュロクさんを確保できるなら、そしてそれで問題が解決するならなんの問題もないですけど、万一神次元しんじげんのシステム的にまずいことがあって、とんでもない邪鬼が爆誕してたとしたら、ですよ? 神次元しんじげんのせいで人次元にんじげんに迷惑をかけるっていう、神の眷族的にとんでもなくよろしくない事態が発生した、ってことになりますよね?」


「……そだね。そうなるね」


「で、それを解決するために一番穏当な方法は、ロワくんたちに神次元しんじげんの禁忌を犯さないレベルでできる限り協力して、強くなってもらって、邪鬼・汪を倒してもらう、ってやり方なわけですよ! 神次元しんじげんのしわ寄せを引き受けさせちゃったロワくんたちにはできる限り報いなくちゃなりませんけど、それでも神次元しんじげんのせいで人次元にんじげんに『人間が対処できないレベルの邪鬼を放つ』なんていう、超絶問題を引き起こすよりはマシなはず! それを防ぐための対応策の一環としてならば、このくらいの逸脱は許容範囲とされてしかるべきです!」


「あー、ま、確かにそだねー。すごい正論で心からうなずけちゃうんだけど……エベっちゃんさー。そこまでちゃんとした理由思いついたんだったら、最初から言い訳じゃなくて、こういう理由で役に立ちたいっ! って主張した方がロワくんの好感度は稼げたんじゃない?」


「うぐっ……そ、それは正直ちょっと考えましたが……でもここでは嘘をつけない以上、言い訳を考えていて思いついたという嘘偽りのない事実をごまかしてもどーしよーもないので! そーいう本音を隠していいように見られようとする小汚い性根を、ひた隠しにする方が好感度下がるだろうという判断です!」


「ほほーぅ、なるほどねぇ。ちゃんと考えてんじゃーん。こういう風に、あれこれ小汚いことも考えるけど、そういう考え方が小汚いって自覚もあって、根本的なとこで人間関係は正面突破しようとしちゃうところって、エベっちゃんの可愛いとこのひとつでもあると思うんだけど、そこんとこどうですかロワくん」


「ぇっ、ぅ」


「ちょっ、ちょっとぉぉっ! やめてくださいよマジで、そういうのやられる方からしたらクッソ迷惑以外の何物でもないですからね!? 私風情と男女的にうんぬんとかされる推しの気持ち考えてくださいよ! 立場的にこっちが強い以上、セクハラパワハラレベル天元突破してますからね!?」


「あー、そう言われると確かに……いやでもこういう身内での囃し立てって必要じゃない? そーいうんで後に引けなくなってくっついて幸せになるってパターンそこそこあるし?」


「後に引けなくなった結果、人生が狂わされる恐れも思いっきりあるでしょうが! いい加減にしてくださいよその陽キャ脳! いいですか、推しが! 天に輝く眩しい星が! 私みたいな干物女とリアルでどうこうなるとか、私のクッソ特大級地雷なんですからね!? 正直こうして同じ部屋の空気を吸ってることさえ申し訳なくなること度々だというのに!」


「えー……推しったって男なんだから、そーいう過剰に神聖視とかかえってよくないと思うけどなー」


 にぎやかに言い争うエベクレナとアーケイジュミンの横で、ロワは懸命に空気との一体化を試みる。エベクレナのように、なぜかこちらを尊いもののように扱われるのも困惑するが、アーケイジュミンのように、こちらを女神とどんどん絡ませようとするのも、勘弁してくれとしか言いようがない。自分と女神さまたちの存在の隔絶性うんぬんということを差し引いても、こんなに頭から指先まですべてが美しい人と自分が男女としてどうこう、なんて考えただけで恐ろしさに寒気がする。


 ……隣にいるだけで、申し訳ない気分になるのは、どう考えても自分の方だろうに。


「……どっちも難儀ってゆーか、思考回路がめんどくさいってゆーか……」


「はい?」


「なーんでーもなーいよー。んっじゃ、エベっちゃんの方から推し布教すんのね? いいよ、どーぞ」


「えっ、本気でいいんですか、太っ腹が過ぎませんか!? 私自分で言い出しといてなんですが、ふざけんなと言われる可能性そこそこ考慮してたんですけど!?」


「まー、推しの初めてを他担に奪われるとか、超絶拒否したくなる気持ちはわかんないでもないしねー」


「うっ……ありがとうございますアジュさん、このお礼は必ず! ……さて! ロワくん! それじゃ、ヒュノくんに新たに憑ける英霊として、私が入念に選出したかつての推したちの布教をしたいと思うわけですが! ……覚悟の方は、よろしいですか?」


「は、ぁ……」


 その『布教』というのがなにをどうすることなのか、英霊たちの情報をただ説明するのとどう違うのか、という疑問をはじめ、納得いかないところもないではなかったが。少なくとも、ロワはエベクレナになにをされようと、文句を言うつもりはなかったので。


「……どうぞ、なんでも、どうとでも」


 なにをされようとも受け容れる気持ちでそう告げたとたん、エベクレナの瞳がぎらりと輝き。


「よぉぉぉっしそれじゃまず一人目、私の今世の推し活人生最初の子から行きますね!? この子はですね、私もこっちでの推し活ほぼ初めてだったんでいろいろ苦労もあったんですけど、それでもいろんな人に助けていただいて、最終的には天寿を全うし、かつ推し剣と死ぬまで仲良し親友関係を継続してもらうという、私的に満漢全席役満達成! と言うべき偉業を達成できた、神と世界にありがとう! としか言いようのない幸せな結末を迎えられた子で……! いや結婚は女としたんですが。でも結婚してもちゃんと仲良し親友関係続けてくれたので! これはですね、私的ハメパターンというか勝ちパターンというかにうまく持ち込めたことが勝負の決め手でして、あっそこのシーンは動画で見ないとですよね! ちゃんと人生の最初から最後までの神シーンは編集して保存してありますからご心配なく!」


「………は………はぁ」


「……ハメ『ピ―――――――――ッ!』」


「ちょっとそこすっこんでていただけます!? 私かつての推しを現推しに布教するという、推し活人生を懸けた一大事業の真っ最中なんですが!? ええとそうですね、人生の最初から最後までだとさすがに時間がかかってアジュさんにも申し訳ないんで、最低限ここだけは見てほしい、ここだけはキャラを理解するのに重要ってところをダイジェストで流しつつ説明しますねっ! まず幼年期! これね、さすがに私も幼年期からチェックできてる推しってめったにいないんですけど、この子の時はマジ運よかったんですよ! だってですね、この子ですね、推し剣、いや親友とですね、幼馴染なんですよ………! 幼馴染で! かつ親友で!! 死ぬまで仲のいいお友達だったんですよ!!! ねっ、これすごすぎませんか神すぎますよねこのシチュ、だってリアルに幼馴染で親友とかって普通います!? いませんよね!? いやどこかにいるはいるんでしょうが相当レアなことは確実です! でも当然ながらその関係性だけじゃなく、それぞれのキャラ性もイイんですよ………!」


「……………はぁ」


「でもそのキャラ性そのものにお互いの存在が食い込んでるというのがまたよくてですね! あっ、ねっ、ここ、ね、ここ! この角度! うつむき加減の私の推しが、推し剣の差し伸べた手におずおずと顔を上げるこのシーン!! 私ここで惚れました。だってねぇもうこれ惚れるしかないじゃないですか、内気で不器用で家の中ではみそっかすで、誰からも見つめられることのなかった推しを、推し剣だけが見つけてくれた!!! もう私本当ここ何度見ても泣いちゃうんですよぉ……!! この時は笑顔さえ浮かべることができなかったんですけどね、この時の想いを推しはずっと、本当に、生涯………!!! あーもう駄目ですまた泣く……。いや本っ当私の推し活人生の基本になりましたわこの二人。同級生ブロマンスだったら私基本どんな二人でもガチラブなんですけど、ぶっきらぼう体育会系×内気文系って本当前世から何度も何度も好きになってきた関係性なんですよねぇ……。もちろん破天荒×振り回されモブとか、飄々×苦労性とかも本当超好きなんですが! あっやっ、べ、別にこれはロワくんたちのことについて言ったわけではなくっ……いやお二人も本当ガチ愛してる関係性ですけどね!?」


「……………………はぁ」


「エベっちゃーん、ロワくん自分のことに言及されてるとか微塵も思ってないのに、顔だいぶ無表情になってきてるからねー? ……あー聞こえてないか」


「そんでね!? ここ! ここですよ! 二人が初めての剣の誓いを捧げるシーン! 私このシーンのために全力振るって神音かねつぎ込んだんですよぉ……! いやだってこんな幼い頃から心と心を、魂と魂を結び合わせちゃった二人に、誓いの儀式とかさせちゃったらマジ最強じゃね? って思って……! 正直この時ほど最初に誓いも権能に含む、って設定にしといてよかったー! と神と過去の自分に感謝したことはありませんでしたね。いやこれから先もいろんな推しのいろんなシーンで同じくらいそう思うんですけど。当然ながら公式を動かしてどうこうとか死に値する所業なのでね、新たな女神としての職務の一環として、信仰が広まり始めてる≒推しのいる街に、加護を与えやすい行為として剣の誓いという習慣を広めた上で、私の推しに剣の誓いの重さについて説明する的な託宣を夢の中で与えてですね……なにせ初の加護対象なので、自分の司る権能について説明するのは必要ですよね、ねっ!? と上司に迫ってですね……! で、その時の上司の台詞が『別にいいけど、加護を与えやすい行為を流行らせるのは別料金ね』でして。それでも私頑張りましたよ、新人でろくに貯蓄もないうちから、全力でお布施して加神音かきぃんして、少しでも二人が誓いを結ぶ可能性を高めるために、『加護を与えやすい行為』に職務の範囲内+新人の貧乏眷族の稼げる額限度いっぱいいっぱいまで神音かねつぎ込みまくって。そしてついに二人がまだ少年と呼べるかどうかってうちから、剣の誓いを結んでくれた時の絶頂感たるや………!!!」


「………………はぁ………………」






 はっ、寝てた!? と慌ててロワが顔を上げた時、そこはもう自分たちの天幕の中だった。自分の横でもぞもぞと起き出していた、何人かの仲間たちと目が合う。


「おー、起きたかぁ。首尾、どうだった?」


「まぁ、俺はぶっちゃけ、失敗しても、全然気になんねぇけどな。っつぅかな、人間の分際で女神さまに、あの超絶神級美人さまに、あれこれ訊ねるとか、普通におこがましすぎんだろって話だし……ふわぁ」


「そういう価値観を冒険の時に持ち込むな……ただでさえ負担過剰な現況をさらに面倒にするとか、ごめんだからな。あと話してる時にあくびするな、つられるから……で? どうだったんだ本当に」


「……あー………。うん、まぁ……いろいろ、詳しく教えてもらったよ。女神さまも俺たちの作戦に乗り気で……俺にはよくわからないところもあったけど、本当に、あれこれ、詳しく……」


「いっ、いろいろ、だとぉ? 詳しく教えてもらった、だとぉ? ふっざけんなてめぇ本気でふっざけんなよオイコラテメェ俺と同じ冴えねぇ男の分際でその台詞」


「だからそういう価値観を持ち込むなって! ……なら、じゃあ、英霊召喚術式の準備は万端、ってことでいいんだな」


「いや万端とか、依頼受けてからだってそこまで時間経ってない状況で、そんなの絶対無理だからな。……それに、ちょっと作戦を微調整した方がいいことも、教えてもらったから。とりあえず、英雄の人たちに、相談した方が……」


「……そうか。……とりあえずジルを起こすか、そういう話をするなら……別に役には立たないけど、ジルもいた方がいい……かどうかはともかく、いないと駄目だろう。放置したら正直、どんな嫌味を言われることか……」


「しゃあねぇな、そうすっか。こいつ起こすの面倒だからやなんだけどなー」


「いや、完全に獲物狩る体勢で言うか、それ……」


 小声でおしゃべりしつつジルディンを起こそうとする仲間たちの横で、ロワはまだ呆然としていた。そんなことはありえないと理解しているのだが、時間にして少なくとも一巡刻アユン、下手をすれば一節刻テシン以上ずっと不眠不休で『布教』をされた気がして、いまだにまともに現実に戻りきれていない。


 いやたぶん『眠らないことによる疲労』というのはたぶんまるでなかったと思うのだが。あそこでどれだけ時間を使ったとしても、ロワたちの世界ではまるで時間は経っていない、とエベクレナが太鼓判を押してくれたし。だが、それでも、だとしても、あれはきつかった。本当に終わりはないのではないか、と絶望しかけたほどだった。これはもしかしたらエベクレナの課した試練なのかもしれない、と懸命に耐えたはいいものの、最後の方はどこまで耐えられたか正直自信はない。


 まぁ少なくともエベクレナもアーケイジュミンも比較的早期に、英霊召喚術式の助けとなるような情報は与えてくれたので、必要な情報はきちんと得ることができた、と思う。……その後に、まだまだまだまだ果てしないほどの『布教』が待っていた、だけで。


 ロワはのろのろと顔を上げる。しゃんとしよう、気力はたっぷり眠ったのに削られてるけど。なにせ、今日は、たぶん――この依頼の中で一番長い日になるのだろうから。

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