第46話 英霊下調査

 そんなこんなで、一応とりあえずは作戦の概要も決まり、それを英雄たちに隅から隅まで英雄たちに駄目出しをされた上で、細かい作戦行動についても一応は決定づけられ、と、明朝からどう動くかということについて、なんとか結論を出すことができたので、ロワと仲間たちはとりあえず、安心して天幕の中で床に就いた。






 ―――そして気がつくと以下略。


 いつものようにエベクレナは前回は本当にすいませんと頭を下げてきたが、前回謝るべきことをしたのは徹頭徹尾アーケイジュミンだと思っているからか、土下座ではなく立ったままの、ごく一般的な謝罪の礼だった。


「いや、エベクレナさまが謝ることじゃないですよ。というか俺は、悪いことをされたとは思ってませんし。アーケイジュミンさまの言っていることが、よくわからなかったのは確かですけど……アーケイジュミンさまも気を使ってくださって、何度もわかりやすく言い換えたりしてくれましたし」


「そういう風に若い男の子に気遣われてる時点でだいぶダメだと思うんですけどね……というかですね。前回の経験を踏まえて、私も考えました」


「はい?」


「アジュさんが放送禁止用語言ったり、青少年の教育上不適切と思われることを抜かした場合、発振音……ピーッという音が鳴って、発言を他人に聞こえなくします」


「え……な、なんでですか?」


「青少年、というか推しの、健やかな成長を阻害する――ぴゅあっぴゅあな心を穢すような真似が、私にとってクソ地雷だからに決まってるじゃないですか!」


 ぎぬん、と殺気をこめて目を見開き、エベクレナは怒濤の勢いでまくし立てる。


「いやわかってるんですよ? どんなぴゅあっぴゅあな心の持ち主の男の子でも、いつまでもそのままでいられはしないって。人間として生きてる以上、どうしても汚れずにはいられないって。汚れ穢れて人間の汚さ、自分の汚さを知って自覚して、っていうのも成長のひとつだって。人間社会の中で生きてく以上必要なことだって……わかってはいるんですけど! いるんですけどぉっ! 今目の前にいる奇跡のように白く眩しい少年の心に、土足で足跡をつけるのとか、やっぱりどうしても嫌なんですよ! 躊躇しちゃうしそんなこと死んでもやりたくないって思っちゃうんですよ! 友達がそんなことやろうとしくさったら、殴り倒してでも止める勢いですよマジに!」


「は……はぁ」


「だってねぇ、私別に詳しくあなたの経歴調べたわけじゃないですけど、ネタバレ厳禁断固拒否の姿勢を貫いても、どうしたって自然に過去の人生でなにがあったか、どれほど辛い出来事があったか、ってのはわかっちゃうわけですよ。心の中の声全部聞こえるんで、ほのめかされちゃうわけですよ。もちろん私的には、そういうのは公式が見せてくれてることなので、大歓迎なわけですが……とにかくそういう辛い人生を送ってきた子が、他人を憎まず、世間を恨まず、世界を蔑まずに、人に素直に感謝ができる超絶いい子のまま育ってきたんですよ? これを奇跡と呼ばずなんと呼ぶというのか、って話ですよ! そんな、もう、神に感謝するしかない奇跡でここにいる男の子の心に、ですよ? 下世話なノリと勢いで、世の穢れや汚れをぶちまけて、神の奇跡を無に帰すとか! ガチで、マジで、死んでも許せない最低の行為じゃないですか!」


「はぁ……」


「だから私はあなたとアジュさんをできる限り会わせたくないんですけど……アジュさんって歩く十八禁というか、呼吸するようにゲスい言葉を吐く、脳髄までそっちに浸かってる人なんで……でも、どんなにやりたくなくても、それが仕事だと上司に言い渡されちゃうと、宮仕えの身としては、死ぬほど、心底、口惜しく嫌な話であろうとも、なかなか逆らえず……」


「いや、別にそこ逆らうところじゃないですよ。真面目に仕事してる人が、上司に逆らうとか、ろくなことにならないの当たり前じゃないですか。いくら助けたいって思う人がいても、それよりまず自分を優先するのは当たり前です。自分を助けることができた上で、その余力で人を助けるぐらいでなきゃ、人生とか簡単に破綻しちゃいますよ。そんなことになればあなたは不幸になるし、まともに生きていられなくなるし、あなたが余力で助ける予定だった連中も助けられなくなるしで、誰も得しないじゃないですか。自分を助けられない人が他人を助けるとか、不幸しか生まないでしょう?」


「うぅっ、推しのそういう、公平かつ広大無辺な優しさとか普通にマジ泣き案件というか、心震わされまくるんですが……それはともかく。それでも、曲がりなりにも推し活してる女子の端くれとして、あなたとアジュさんを完全放置で会話させる、とか許されることじゃありません。というか断じて許しません! 全力全開全身全霊で拒否です!」


「は、はぁ……」


「ので、さんざん上司とやり合ってですね、未成年、というか年若い青少年の人権保護と秘匿責任という、私が未成年だったら言われてもあんまりありがたくないな、という言葉を前面に押し出してですね、ピー音で無理やり十八禁発言削除という譲歩案を勝ち取ってきたわけですよ。ぶっちゃけあなたにとっては別に嬉しくないだろうことは理解してますが、ゆえにこそ! だからこそ、推し活女子の端くれやってる者として、ここは無理を通させていただきました。その……お気に障ったら、ごめんなさい」


 そう言って深々と頭を下げるエベクレナの手が、わずかに震えていることにロワは気づいた。エベクレナにとっても、自分の個人的な趣味というか、好みを押し通して、周囲を振り回し迷惑をかけるというのは、『申し訳ない』と罪悪感を覚えるとともに、『責められるかもしれない』という怖さを喚起させるものなのだろう。


 それでも真正面から事実を明かして詫びてくる、エベクレナなりの誠実さに、ロワは小さく苦笑して、首を振った。


「謝る必要ないですよ。まあ、確かに、俺にとってはそんなことする必要ないというか、意味がないように思える話ですけど……」


「うぐ」


「でも、エベクレナさまにとっては大事なことだったんでしょう? だったら、俺はそれでいい……というか、エベクレナさまの想いを貫き通せる方がいいですよ。エベクレナさまが嬉しいことだったら、俺にとっても嬉しいです」


「ぬおふぉっ! ……あのですねっ……そういう、こっちを夢女にしてくるような発言は、どうか控えていただけると嬉しいんですが……! 私、本当、他の人の妄想を読むのならともかく、自分なりのガチ妄想と夢女妄想を並行して進められるほど、器用じゃないので……!」


「は、はぁ……すいません」


 瞳をぎらつかせ殺気立った顔で、そう迫ってくるエベクレナに、なにを言っているかはさっぱりわからなかったが、とりあえず頭を下げる。『エベクレナの想いを貫き通せる方がいい』という言葉は、間違いなくロワの正直な想いなので、エベクレナが嫌な思いをするのは、自分にとっても嫌なことでもあるのだから。


「ぬぐっ……だから、その……そういうところ、なんですがマジで……。ええととにかく! とりあえずアジュさん呼びますね! アジュさんとの会話が主要検証項目に含まれてる以上、さすがに呼ばないとか無理なんで!」


「あ、はい。お願いします」


 エベクレナが手元に浮かぶ窓をあれこれいじった、と思うやいつものように卓子と椅子が現れ出て、ロワの対面となる位置に水晶の窓が浮かぶ。その窓の向こうに映るアーケイジュミンは、前回と同じく褐色の肌の上に散る濃茶の髪の一筋にすら色っぽさが匂い立つような、色気にまみれた女性の姿だったが、その顔がロワを認めるや、にこっと朗らかで無邪気さすら感じるような満面の笑みを浮かべ、手を挙げて挨拶の言葉を告げる。


「お『ピ―――――――ッ』!」


「……へ?」


「ちょっとぉぉぉっ! アジュさんっ! あんたのっけからなにぶちかましてんですかぁぁぁっ!? 挨拶の勢いで放送禁止用語ぶちかますとかっ、もう普通に人として犯罪のレベルなんですがぁっ!?」


「え、だって。放送禁止用語言ったらピー音入るようになったんでしょ? だったら言えるだけ言っても、エベっちゃん怒んないかなって」


「そ、それはそうですがっ……あのですねっ、発振音が鳴るっていっても、私には聞こえない設定になってるんですよ! つまり私からすると、アジュさんは唐突に放送禁止用語ぶっぱする変態女にしか見えてしまうわけでして……」


「え、知ってるよ? そのつもりで言ってるわけだし、あたし」


「………はい?」


「エベっちゃんの推しには聞こえないけど、エベっちゃんには聞こえるって設定だったら、エベっちゃん恥じらって可愛いとこ見せてくれるかなって。そーいうとこ推しが見てちょっとでも『可愛いな』とか思ってくれたら、なんかよくない? あたし的にすごくいい仕事したって気分になれるし、ロワくんは可愛いエベっちゃん見て嬉しいし、エベっちゃんは可愛いし、で三方丸く収まって大勝利じゃね、的な?」


「私的に微塵も丸く収まってないんですが!? 何度も言ってますが、私基本的には推しに認識されたくない人ですからね!? 今回はこんなことになってますが、基本部屋のシミだと思ってください派ですからね!? というかたとえ聞こえてないとしても、推しの眼前で放送禁止用語ぶちまける奴とか、普通に殴りたくなるんですが私!」


「えー、そぉ? ならそれはそれで、エベっちゃんの真実を見せられたってことで、気を張る必要がなくなって仲が深まる、的な展開でどうかな?」


「どうかな? じゃないんですよ脳味噌湧いてる発言しないでくださいよ、もー何度も繰り返してますが、私は推しに一ファンとしてもさりげなく好意だけを伝えて去っていきたい、陰ながらお布施を平積みしたい派でですねっ……!」


「『ピ――――――ッ』! 『ピ――――――ッ』! 『ピ――――――――――――ッ』!!」


「だから放送禁止用語をいい笑顔でぶちまけてんじゃないですよぉぉっ! あんた絶対放送禁止用語言いまくりたいだけですよね!?」


 水晶の窓の向こうのアーケイジュミンに、エベクレナはほとんどつかみかかるようにして押さえつけようとするが、アーケイジュミンも巧みに水晶の窓を操って避けようとする。女神二人の間接的なつかみ合いの喧嘩に、ロワは前回同様、できる限り気配を殺し、空気と一体化しようとしながらそっと目を逸らした。






 女神たちがぶつかり合い、喚き合うこと数短刻ナキャン。二人はようやく落ち着いて、席に着き、お茶とお茶菓子を出してくれた。


「そ、その……ですね。……すみませんでしたぁっ! 本当に申し訳ありません! 前回でもご迷惑おかけしまくったというのに、今回もまたしょっぱなから……!」


「いえ、あの、大丈夫ですよ。さっきみたいなの、別にこれが初めてってわけじゃありませんし……」


「ぬぐっ……」


「というか、本当迷惑とか気にしなくていいですよ。どっちがお世話になってるかって言われたら、俺たちの方が圧倒的に比率大きいですし……なにせ命助けられてるわけですから。エベクレナさまや、他の女神さまたちのおかげで、これまで生き延びることができたんですから。正直、みなさんが日々の仕事で稼いだ私財にご負担をかけてしまうのは、ものすごく気が引けるんですけど……それでも、みなさんがいなければ、俺たちはたぶん生きていられなかったのは間違いない、と思うんで。この程度のことで、迷惑だなんだってことを気にする必要全然ないです。むしろ、そっちの方が気持ちが軽くなるんで、嬉しいくらいですよ」


「ロ、ロワくん………! 呼吸するように笑顔でファンサとかっ! もう、本当もう、天才すぎます……! 人の心を幸せにする天才……! お布施、お布施を……! 同じ世界に存在させてくれてることに、感謝の課金を……!」


「エベっちゃん、息が荒い息が。ってゆかこゆこと毎回やってるんだから、もちょっと時短ってゆか、巻いていかない?」


「いやそれあなたが言っていいことじゃないですからね!? 今回の原因八割がたあなたですからね!?」


「あはは、ごめんごめん。まーとにかくさ、今日はロワくんの方からもあたしに話したいことがあるみたいだし? とりあえずそれ済ませてからの方が、ロワくんも気が楽じゃない?」


「む……それは、まぁ、そうですが……」


「……そうか。俺たちが作戦会議してるところも、やっぱり見られてたんですよね」


「え、うん。そうだけど。あ、もしかしてロワくんって、自分の人生を鑑賞されるのとか嫌いなタイプ? や、あたしの常識としてもそういうのが好きな人ってあんまいないんだろうと思うけどさ、あたしも女神人生長いから、人に人生覗き見するのとか、もう生活っつーか人生の一部になっちゃってて、そこらへんの配慮に神経使ってるかって言われるとうなずけないからさー」


「…………! た、確かにっ……普通の神経持ってる人だったら、自分の生活誰かに見られるのとか嫌ですよね!? プライバシーフィルターがバリバリ仕事してる検閲済みの状態だろうが! 私でも部屋でだらけてようが一生懸命仕事してるとこだろうが、自分の生活観察されてるとか思うとぞっとしますし! えっこれ何……私、推しのために推し断ちをしなくちゃならないところなのでは………!?」


「いや別にそういうわけじゃないですから! 確かに普通の人間に覗き見されるのは抵抗ありますけど、女神さまたちに見られるのは、むしろありがたいと思ってますよ。俺たちが少しでも、女神の方々の心を支える役に立てたっていうんだったら、むしろ光栄ってくらいです」


「………ッ!! 神……ファンサの神ッ!! これ……これ本気で言ってるんですよ私の推し………!!! ねぇちょっと、いい子すぎませんか? 天使すぎませんか? こんないい子に世界中が優しくしないとか、むしろ罪悪だと思いませんか!?」


「うんうん、そうね。まぁ気持ちはわかるけど、そゆ気持ちの時にかまってあげてもいいことないって、どっち側からの経験でも実感してるんで、話を先に進めるけど。ロワくんたち、なんか、昔の英雄の一覧表とか作ってたよね? カティくんにあんな博覧強記系の特技があるとかあたしも初めて知ったけど、ヘタレ筋肉だったら最初は微妙に頭でっかちなところがあるとか、むしろ好きポイントでしかないんで悦ったわけだけど」


「は、はぁ……悦……? いやえっととにかく。俺たちの作戦会議をご覧になってたなら、もうおわかりだと思うんですけど……」


「いや一応見てたは見てたけど、その大半は神作画とか仲間と交わす言葉やら表情やらの気安さかわゆさを鑑賞してたんで、勘違いとか見落としとかしてたらやだし、ちゃんと教えて?」


「は、はぁ。えっと……ですね。俺たちは、明日から、邪鬼・汪が構築した異空間を壊すために、それを維持する要を護る五体の邪神の眷族を、倒さなきゃいけないわけなんですが……」


「うんうん」


「その時に、カティの能力を引き上げるために、カティに英霊召喚術式を使うべし、って英雄の人たちに言われたので、カティにどういう英霊を憑けてほしいか、ってことを考えてもらわないといけなかったんですけど。英霊召喚術式を神の加護を受けた相手にかければ、その時に使った能力が爆発的に伸びる、ってことはわかってるんで、カティがこれから先どういう能力を伸ばすか、ってことにも関わってくるんで」


「うんうん。それで?」


「……それで、カティが選んだ能力っていうのが……」


 ロワはわずかにためらってから、カティフの言っていた言葉をそのまま告げる。正直、ロワとしては、これがどういう能力なのか理解できていないというか、具体的になんの役に立つのかいまひとつぴんときていなかったのだ。


「……『敵の攻撃性を強制的に惹きつけた上で、攻撃に的確に、弱くてもいいから反撃ができる能力』なんだそうです」


「あー、なるほどねー。ヘイト管理系の、カウンター持ちタンクがやりたいわけだ」


 さらっと意味不明な言葉で返したアーケイジュミンに、ロワは思わず目を瞬かせる。


「へ、え? あの、すみません、もう一度……」


「あー、別にわかんなくていいって。単純に、神の眷族的専門用語……っつーほどのもんでもないけど、そーいうのでカティくんの台詞を説明しただけ」


「そ、そう……なんですか」


「え、あの、すいません。私も正直いまいち意味わかんないんですが……どういう意味なんですか?」


「あー、エベっちゃんって、あんま普段ゲームやんない子だっけ?」


「いえその、ゲームはけっこうやってると思うんですが。基本ずっと一人でオフラインゲームをぽちぽちやってるのが好きなので、ゲーマー的専門用語にはあんまり詳しくないっていうか……」


「や、だから専門用語ってほどのもんじゃないけどね。だからカティくんの言葉通りだって。『敵の攻撃性を強制的に惹きつけた上で、攻撃に的確に反撃ができる能力』。なんてゆっかな……ま、実際に見てみる方が早いか。そーだなー……これなんて、ど?」


 水晶の窓には映っていない手元で、アーケイジュミンがあれこれなにやらいじると、ロワたちの目の前にふっ、と影が浮かんだ。水晶の窓とは違う、少し頼りなくぼやけた影の中で、戦場で大立ち回りをしている騎士の姿が映っている。


「え、これ……ゲームのプレイ動画ですよね? え、別に前世から持ってきたわけじゃないですよね? こっちの世界でも上げてる人とかいるんですか?」


「エベっちゃんってばもー、自分の興味外のこととか全然知ろうとしないよねー。フツーにいるよ、上げてる人。基本ここでの買い物って、自分が死ぬまでに前世であったものは、なんでも買えるじゃん? んで、死んだあとのでも、この作品の続きが読みたいとか、そういう手がかりがあったら買えるじゃん」


「そ、そりゃ、それは知ってますけど」


「でさ、他の人の前世にあったもんでも、ある程度の神音かねを払えば手に入れられるっていうのは、知ってた?」


「えっ……それは、知りませんでした。そうなんですか?」


「そーなの。だからこのゲームを広く知ってもらって、みんなにやってもらって、ゲーム友達増やしたい、って人はプレイ動画けっこう上げてるよ。まぁ分母がちっちゃいから、そこまで数はないし、どっちかっていうとそれ系のコミュに所属した方が早いってのはあるんだけど……まぁ、人を呼ぶ入り口にはなるだろうし、ってことなんじゃない?」


「へぇ……知りませんでした。でも、さすがに全力で推し活してる時に、ゲームをガチでプレイするとかはあんまりやりたくないですねぇ……ちょっと目を離してる隙に推しが死んじゃったりしたら、もうマジでガチで自裁するしかないじゃないですか」


「えー、自裁とかやめてよぉ、エベっちゃんがいなくなっちゃったら寂しいっしょー?」


「はいはい、ありがとうございます……っていうか、この動画でやってるプレイが、さっきの……敵を惹きつけてうんぬん、ってやつ、なんですよね?」


「そだよ。なんかわかんないとこある?」


「わかんない……というか……」


「……すいません、アーケイジュミンさま。なんていうか、なにもかもがすごすぎて、この中のどこからどこまでがカティの求めてるものなのか、よくわからないんですが」


 影に映る大立ち回りの中で、騎士(一人の騎士を少し離れた背後から映しているもののようだった)は、それこそ八面六臂の大活躍をしていた。雲霞のごとく押し寄せる敵軍の戦士たちの攻撃を、目にも止まらぬ速さで一瞬で捌きながら、的確に反撃をしていく。


 おそらく鍛生術で鍛え上げた身体能力を、錬生術によってさらに爆発的に高めているのだろう。ほとんどの敵兵は反撃を一発喰らうごとに倒れ伏し、一撃は耐えた相手でも、再度攻撃すれば、どれだけ有利な角度から放たれた攻撃であろうとも、きっちり反撃を急所に決められ、沈むことになる。


 ほとんど戦場を支配しているというか、敵軍すべてを一人で相手取っているかのような戦いぶりで、感心する気持ちもあるが、驚きや畏れも覚える。倒れ伏した敵兵の姿がなぜかそのまま消えていくので(神々が見る映像なので、不快なものは映さないということなのかな、と内心なんとなく納得していたが。何度もそんなようなことを言っていたのは聞いた覚えがあるし)、戦場の悲惨さが薄れているのがまだしもだが、これほどに強い騎士を擁する国は、周囲から警戒され、ことあるごとに足を引っ張られることになるのではないだろうか。


 自分の故郷をなくした帝国が、かつてそうやって潰れたように。


 内心ちらりと走る不快な思考を、わずかに頭を振って追い出し、アーケイジュミンに細かいところまで詳しく訊ねる。仲間が戦いの場でどのような働きをしようとしているかに関わることなのだ、ロワにとっても他人事ではない。


「ええと、つまり……こんな風に、敵軍すべての攻撃を引き受ける勢いで攻撃されてるのが、『敵の攻撃性を強制的に惹きつける』って、ことなんですよね。これ、やってるのがこの騎士さまのように、人外級の戦闘力を持つ人だからなんとかなってますけど……普通の人間がやったら、死にませんか、これ?」


「んー……でも、そういう系の能力の持ち主っつっても、普通はここまで大規模じゃないからねぇ。ってゆか、フェド大陸でだって最近じゃ、そんなに戦場とかないじゃん? 普通はもっと小規模っていうか、敵一体から数体のヘイトを稼いで、自分に攻撃を集中させる、ぐらいのが普通だよ」


「………? それ、なんの役に立つんですか? 集中攻撃されたら、普通あっさり倒れますよね? パーティ単位での戦いで、一人が倒れたら、そこから総崩れになると思うんですが……」


「んー、ま、だからこういうのは、タンク……高い防御力を持ってる奴がやることなんだよね。そーいう奴が、自分より防御力が低い奴に攻撃がいくのを防ぐためにやることってゆか」


「タスレクさんみたいな人がですか? タスレクさんは、こういうのはやってなかったと思うんですが……」


「んー、ま、あの人はカバーリンガーだからねぇ。フェド大陸だと防御役っていうとだいたいそっちで、あんまりヘイト管理系はメジャーじゃないってのは確かだし。でもいることはいるよぉ? 防御能力に自信がないと、わりとあっさりご臨終しちゃうから、けっこう高レベルになってからでないと、あんま役に立たないってゆか、使用者が生き残れない能力ではあるんだけど。カティくんもいろんな人の名前上げてたんでしょ、一覧表作ってたってことは?」


「それは……そうですけど」


「生まれながらにそういう能力を持っちゃってるか、戦術と防御能力を磨いた上でそれ用の術法を会得した人か、になるかな。そういう系で、名を残した人は。んでさ、敵の攻撃を引きつけた上で、その攻撃の一発ごとに的確に返し技をぶつけられたら、こっちの攻撃回数が増える、ってのはわかるよね?」


「それは……わかりますけど。普通の人間に、そんなことが可能なんですか? 敵の攻撃を捌ききれなくなって、あっさり飽和状態になりそうな気しかしないんですが」


「だからカティくんは今回、『普通じゃない人間』……死後に英霊って呼ばれるくらい、能力をとことん磨き上げた人に、そこらへんを任せようって思ったんじゃない?」


「っ……」


 笑顔で、気軽に、あっさりと返された言葉に、ロワは一瞬絶句する。


 それはつまり。カティフは、自分に、命を預けた、ということではないのだろうか。普通なら死んでしまうだろう高等技術を、自分の招じた英霊ならばこなすことができると考えた、と。自分の腕ならばそれだけの英霊を呼ぶことができると信じ、自身の命をその希望に託した、と。


 あまりに過大で過剰な期待と信頼に、体からどっと血の気が引いた。


「…………ッ! …………っ!! …………ッッ!!!」


「エベっちゃんエベっちゃん、気持ちはわかんないでもないけど端末叩くのやめて。視界が揺れるから、ブレるから」


「いやだってこれ、もうこれ、暴れずにはいられない事態じゃありません!? 命を預けられたという過大な期待と信頼に震える少年! 恐怖と不安に苛まれながらも、それでも逃げずに立ち向かわなければ、と当然のように思っている! 仲間からの期待と信頼を裏切ることがなにより怖いから、プレッシャーに打ち震えながらも頑張っちゃうんですよ、男の子が! 私の推しがッ!! これもう祀って祭って踊り狂わなきゃいけないとこじゃないですか!!?」


「や、でもカティくん本人は別にそんなに深く考えてたわけじゃないって知ってるでしょ?」


「それだからイイんじゃないですか!! 向こうは自分の期待が、信頼が、重荷になるなんて考えてない、だってその心の底からの信頼は、彼にとって当たり前のことだから! 当然のように自分の想いに応えてくれるって考えてるわけですよ彼は! このっ! この無条件の信頼ッ! もう、もう、崇めるしかッ………!!!」


「や、でもカティくんてエベっちゃんの推し剣じゃないでしょ?」


「メイン推し剣じゃなくても滾りますよここまで燃料公式に投下されたら! というかむしろ、アジュさんが猛り狂ってないのが不思議ですよ。カティくん推しなのによく平気ですね?」


「んー、あたしはやっぱりどーしても徹頭徹尾筋肉だからさぁ。メンタルよりもボディとマッシブの繋がりの方が好きっていうか……具体的に言うと『ピ―――――――――――――ッ!』」


「ちょっとぉぉぉっ!! この状況で十八禁発言ぶっこむのやめてもらえます!? 十八禁発言が嫌いなわけじゃ決してないですが、時と場合考えてくださいよ! その切なる想いに世界が打ち震える、そんな推しの前でそっち系発言とか、世界崩壊にもほどがある大罪なんですが!?」


 横で女神たちが騒いでいるのをよそに、ロワは幾度も深呼吸して、なんとか決意を固めようと試みていた。これまでにも何度も英霊召喚術式を使ってきてはいたが、それはロワとしては、『それ以外に望みがないから仕方なく、やれるだけのことをするだけ』とか『駄目でもともと、万一成功すれば儲けもの』とかいう心持ちでやってきたことで、成功を期して行ってきたものではなかった。英雄たちもそれは理解していたのだろう、冒険者ギルドの人々と異なり、『術式の成功』を前提として作戦を立てることは決してなかったのだ。


 だが、今回、カティフは、『他にも選択肢がある』状況で、当然のように『術式の成功』を前提として、作戦を立てている。自分が成功すると当然のように思い込んでいるのだと思うと、正直今にも『無理だ』『無茶にもほどが』『無謀にすぎる』『仲間の能力は正確に把握しろ』と文句を言いたくなるのだが。


「……『求められてることに集中して応えろ』っつっちゃったの、俺だもんなぁ……」


 つまり、これまでに発動を成功させてきた仲間の術式の、正確な発動成功率のような『細かいこと』は無視して、自分のやることに集中した結果のこの作戦なのだろう。勘弁してくれと思うが、自分の発言に責任を持たないなどという、人として失格とも言うべき所業を、女神さまの前でしてのけるわけにはいかない。エベクレナの寄せる信頼というか熱意を、裏切るような真似をしてしまえば、さすがにロワも自分自身にうんざりしてしまうだろうし。


「………はぁ」


 やるしかないか、他に道はないんだし、となんとか自分を納得させて(『でも今回は、カティがもっとちゃんと作戦立ててくれてたら、選択の余地はあったかもしれないのになぁ』とぶぅぶぅ文句を垂れる自分の心をなだめすかし)、気合を込めて頬を両手で叩いてから、エベクレナとにぎやかにやり合っているアーケイジュミンに向き直った。

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