第45話 実務とは積み上げるもの

 英雄たちに、昼食をとったのちもみっちりしごかれてから、自分たちは天幕へ戻った。夕食も、見張りも、英雄たちに任せていいそうなので、明日の朝までになんとか作戦を形にしなくてはならない。快眠術式も使うので時間にはそこそこ余裕があるが、昨日の夜のようにまるで作戦を思いつけないまま無駄に浪費できるほどではない。


 なので、天幕の中で車座に座るや、ネーツェはじろりとカティフを見て、真っ向から訊ねた。


「それで? どんな英霊を降ろしてもらうか、見込みはついたのか?」


 そんなネーツェにヒュノは軽く肩をすくめ、ジルディンはちろりとカティフとネーツェ双方の顔をうかがう。ロワも嘆息しそうになるのを堪えて、視線を下げた。どっちの気持ちもわかるので、どっちに対しても負荷をかけたくない。


 カティフはそんな空気の中、仏頂面で端的に告げた。


「一応、今回求められてる力はこういうのかな、っつぅ目算は立てた」


「おっ! すげぇじゃん!」


「別にすごかねぇよ。できて当たり前の話だろ、こんなん」


「……なら、情報を開示してもらおうか」


「いや、別にんなあからさまに上からの態度取んなくてもよくね? あのおばさんたちじゃあるまいしさー」


「だからお前はそういうことを不用意に口にするなっ! と、とにかく。作戦の根本となるだろう情報だ、手早く、そして詳しく教えてくれ」


「難しいことさらっと要求してきやがるな、ったく……まぁ、別にんなややこしい話じゃねぇよ。単に今回は……」


 かくかくしかじかとカティフが説明する内容を聞いて、はじめは真剣だったネーツェの表情が、次第に変わってきた。いや、別に真剣じゃないというわけじゃないが、心底からの困惑を浮かべ始めたのだ。


「な、なんだよ。俺の話、そんなに変か?」


「変、と、いうか………。ヒュノ、ロワ。お前たちはどう思う? 僕が白兵戦技術に明るくないから、なにか勘違いをしたりしているのか?」


「いや、これは……」


「俺たちだってフツーに驚くぜ、これ。なぁカティ、お前、それ本気で言ってるんだよな? それが必要だからってだけじゃなくて、それができるって自分で判断して、言ってるんだよな?」


「いや俺ができるとかできないとかじゃねぇだろ、英霊を降ろして、俺の体動かして戦ってもらうわけなんだから。俺の能力とか関係ねぇだろ?」


「いや、体を動かすのはあくまで僕たちの意思だ。英霊は、その能力を一時的に貸し与えてくれるだけ。その能力をどう使うか、どう活かすかは僕たち自身で考えなきゃならない。……まぁ、能力に対する知識も、制御能力も一緒に貸し与えられるわけだから、基本的にはその英霊と同じことはできるわけではあるが……」


「っつか、これってロワの方に聞いた方がいいのか? そんなことができる英霊いるのか、って」


 視線を向けられて、ロワは困惑と気まずさと申し訳なさを等分に感じながら頭を下げる。


「いや、ごめん。英霊の能力どうこうってところまではわからない。というか、今の俺の術式精度じゃ、英霊をあれこれ選んで憑ける、なんてこととうていできないんだ。この状況をなんとかしてくれる、なんとかしようと思ってくれる方ならどなたでもけっこうなので来てください、って条件でひたすら伏し拝んで、祈りを奉じてってやって、誰か来てくれるかどうか、ってぐらいの段階にしか到達してないから。あれこれ条件をつける、とかはできない。向こうの方が条件を考慮して、見合った能力を持った人が来てくれる、みたいなことはあるだろうけど」


「ふぅん……でもこれまでは、条件に見合ったっつぅか、現状を打破? してくれる人しか来てねぇよな?」


「それは、条件の縛りが緩いというか……加護を与えてくれてる女神さまの眷族なら、だいたいそれだけの能力を持ってるだろう、ってくらいの制約しかなかったからな。とりあえず目の前の敵を倒せればいいとか、儀式魔術の知識と制御能力があればいいとか。前回はゾシュキア神官の人が来てくれるように、って祈ったけど、ゾシュキアさまの眷族なら、ゾシュキア神官の能力持ってる人は多いだろうしな」


「なるほど、な……つまり、今回のように、そんな能力持ってる人はそうそういないだろう、なんて条件をつけると、特定の英霊を狙って呼ぶだけの技術や能力が必要になる可能性が高いわけか」


「そもそも、アーケイジュミンさまの眷族に、そういう能力を持っている英霊がいない、っていう展開もありえると思う。少なくとも俺は、そんな技術を持ってる人のことなんて、一度も聞いたことないし……」


「いや、そりゃ単に、お前が聞いても忘れてるだけだろ」


 おずおずと告げた言葉をカティフにあっさり切り捨てられ、ロワは思わず目を瞬かせてから、ちょっとムッとして反論する。


「聞いても忘れてるって、なんだよそれ。俺が見聞きしたことを知ってるわけでもないのに、そんなにきっぱり言えるわけないだろ」


「いや、言えるって。だってお前、確かアユト……アユワドゥメンモト辺りの出身だっつってただろ? あそこらへんならトゥトゥォヨウン傭兵団のヤインヘオダ団長とか、ケイチャルコ騎士団長のイドゥキサレノ伯爵とか、その辺の実力者ならこれはできたはずだぜ。大陸の横半分以上離れたとこ出身の俺でさえ知ってんだ、そっち出身のお前が知らないはずねぇだろ?」


 ロワはぽかん、と口を開けた。他の仲間たちも揃って口を開けている。その全員に注視され、カティフは少しうろたえた。


「な、なんだよ。なに見てんだよ」


「いや、だって……え、誰だって?」


「は? ああ、これができる人の話か? アユト近辺ならトゥトゥォヨウン傭兵団のヤインヘオダ団長と、ケイチャルコ騎士団長のイドゥキサレノ伯爵。ゾヌ近くならそうだな、ゾヌにいるって話は聞いたことねぇけど、セミトマーゾ辺りなら英雄エミュオジとか、近衛騎士第一席のディケィとか……」


「いやいやいや、ちょっと待て。ちょっと待ってくれ。お前、それ、いちいち全部覚えてるのか?」


「いや覚えて、って……んなたいそうな話じゃねぇだろ。誰でも知ってる話じゃねぇか、こんなん。つぅか常識だろ、知らなかったら頭疑われるわ」


「いやいやいや、常識じゃないからな。少なくとも僕はそんな話知らないからな」


「そりゃ……単に、お前がこういう話に興味がなかったからじゃねぇの? 前衛職だったら普通知ってるだろ。なぁ?」


「いや俺そんなん全然知らねぇよ?」


「俺も……」


「てゆっかさ、カティはなんでそんな、他の人の能力とかどんな技持ってるとか詳しく知ってんの? 普通そんなん冒険者ギルドでも、あんまり話すことじゃなくね?」


「いや、ギルドは情報つかんでるだろ。そのネタ元にして仕事割り振ったりしてるわけだし。つーかそんなん、ちっと耳を澄ましてりゃいくらでも聞きつけようはあんだろーが。単にお前らが無頓着なだけだろ?」


「いやいやいや、いやいやいや……というかだな、カティ。お前はなんでそんなに、有名人の戦力調査に敏感なんだ? 大陸の外れの傭兵団長やら騎士団長やらの能力を詳しく知って、どこでどう、なにに役立てようというんだ?」


「あー、そこらへんはまぁ、習慣かな。騎士団の従者としての教育の一環だったんだ。上役の騎士の方々に情報を求められたらすぐ応じられるように、ってんで周辺の国のみならず、調べられるだけの強者の情報は、できる限り集めて頭に入れておく、っつーのがな」


「え、でも、冒険者になったら別にそんなん役立てる場とかなくね? 別にめんどかったらやめてもいいんじゃねーの?」


「……別に習慣になっちまってるから、面倒ってほどでもねーからな。強者ってのは、周辺国にとっては脅威に直結するし、周辺国でその手のネタを調べてる連中は、『強者の能力』って情報が洩れてもそこまで気にしねぇし。同じ国に住んでる奴なら、むしろ警戒心が高くなるってんで歓迎することの方が多いくらいだ。自国のネタが漏洩すんのは警戒するけどな」


「え? でも、別に使わねーネタなんだよな? なんでまだ頑張って調べてんの?」


「べ、別に頑張ってるわけじゃねぇって。だから習慣だっつってんだろ。それに国内でも重要視されるような強者の存在を知っとくってことは、その国の触れちゃなんねぇ部分を知ることにもつながるわけだし、危険を避けやすくなるし、知っといてまずいことなんてひとつもねぇし」


「えー? でもわざわざ調べるほどのことかな?」


「……カティ、正直に言え。つまるところ、お前はそういうのを調べるのが趣味なんだろう?」


「しゅ、みってな、お前……別に俺は道楽でそういう話を集めてるわけじゃ……実際に役に立つことはあるわけだし……」


「一つの国で冒険者をやっていて、そんな情報が役に立つなんて事態は相当限られるだろう。まぁ今回は役に立たなくもなさそうだが……」


「いや、でもすげーよ。俺けっこうあちこちを流れてたつもりだったけど、そんないちいちその辺りの強い奴とか調べなかったぜ? そういう、どこの誰がどんな技持ってるかってこと、もしかして大陸中のネタ集めて回ってんのか?」


「ま、まぁ、詳しく調べられるのは、大陸でも有名どころの奴らだけだけどな。簡単な能力査定表みたいなもんなら、一応大陸各国の、上から三十人くらいまでは……」


「なにそれすっげ! カティそんな特技あったんだー!」


「ま、まぁ別に? 特技っていうほどのもんでもねぇけど? 戦士として生き延びるために、最低このくらいはな?」


 盛り上がる仲間たちの中、ロワは一人考え込んでいた。カティフのこの知識は、確かに言ってしまえば普段の冒険の中で役に立つ機会などなさそうだが、ことによると――


「……なぁ、カティ」


「お? な、なんだよ」


「カティのその知識って、過去の英雄とかに対しても発揮されたりする?」


「へ? ま、まぁ、通り一遍の知識はな。英雄って呼ばれるくらいの人たちだったら、その能力や技術を研究してる人とか、普通にいたりするし。そういう人はたいてい本とかも出してるし。そういうのから得た、浅い知識でいいんだったら……」


「いや、それが浅い知識だったらこの世に深い知識とかそうそうなくなるだろ……個人を研究した専門書とか、僕ですらほとんど見たことないぞ。いったいどこからそんな本手に入れてるんだ」


「いや、別に買ったわけじゃねぇよ。時間のある時に、国立の図書館やら書肆連中の持ってる本やらをちょっと読ませてもらってるくらいで……」


「それで数多の英雄一人一人に対して、誰がどんな能力を持ってるか、なんてことをいちいち覚えてるのか!? どんな記憶力だ」


「まー、好きなことを覚えんのは苦になんないもんじゃね? 俺だって遊びのルールとかは一発で覚えられるし」


「それとこれを一緒にするのはカティに悪すぎるだろう。覚える情報の量が違いすぎる」


「だ、だっからよぉ、俺ぁ別にんな大したことしてるわけじゃねぇっつの。単に、好きだから覚えてるってだけでよぉ……」


「照れながら謙遜してもらっているところ悪いが、僕は本気で『大したことしてるわけじゃない』と思っているからな。費やす時間と労力に対して、得られるものが少なすぎる。せめて魔物の知識を覚えておいてくれれば、ある程度は任務の役に立っただろうに」


「っ………わかってねぇ! お前ほんっきでわかってねぇよ! 男ってもんはなぁ、暇な時間に、無駄な知識を覚えることに歓びを覚える生物なんだよっ! 仕事で使わねぇからいいんだっ! どうでもいいような話だから面白ぇんだっ! 酔狂なこだわりを積み上げて研鑽する、この楽しみがわからねぇのに男名乗っていいと思ってんのかっ!」


「心の底から思っているに決まっているだろう。役に立たない知識を覚えて、いったいなにが楽しいんだ?」


「だーっ! お前ほんっとそーいうとこは可愛くねぇしわかってねぇなぁっ!」


「あ、俺はカティにさんせー。仕事する時以外に仕事に頭使いたくねーよなー。遊ぶことだけ考えてた方が楽しいに決まってんじゃん」


「へー、そーいうもんか? 俺はあんまよくわかんねーかなー。っつぅか、暇な時間も冒険の時も、いっつも剣振ってたから、剣振れる時にそれ以外のことするとか馴染みがねーっつーか……」


「……なら、聞きたいんだけど。歴史上……とまでいかなくてもいいんだけど、英雄と呼ばれるほどの人物で、もう亡くなってる人の中で、さっき言ってたみたいな技術を持ってる人って、一覧にできる?」


「へ……?」


「お、それって……」


「……できる……は、できると思うけど。そんな一覧、なにに使うんだよ?」


 カティフのなぜか仏頂面での問いかけに、ロワはきっぱりと告げる。


「決まってるだろ。英霊のお出ましを希う、成功確率を上げるために使うんだよ」

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