第43話 作戦会議は大地を這う
「は? あなたたち、正気でものを言っているのかしら?」
朝食を終えたのち、自分たちがおずおずと持ちかけた相談に、ルタジュレナは零下の視線と共にそう答えた。シクセジリューアムも、いかにも見下げきった、という面持ちでふ、と嘆息してみせる。
「作戦の立案には協力する、とは確かに言ったが。君たち、指導者に『なにをどう考えていいのかわからないから助けてくれ』と丸投げするのが、立案の範疇に入っていると思っているのかな? それでは私たちが君たちに作戦の立案をゆだねた意味が、まるでないじゃないか」
『ううぅ……』
確かにその言葉には反論のしようがない。だが、自分たちにまともな作戦立案能力がない以上、全力で英雄たちに頼る以外に方法が思いつかないのだ。取り返しのつかないひどい作戦が出来上がることを考えると、これが一番マシな手だとも思うのだが。
そんなことをおずおずと言ってみると、グェレーテに苦笑されてしまった。
「いや、あんたらの立てた作戦を、吟味もせずにそのまま実行させるわけないじゃないか。まだまだ駆け出しのあんたらに、無理やり大陸の命運を預けるような真似、するわけがないだろう? それこそ無責任ってものじゃないか」
『あ……』
「えーっ、でも、グェレーテさんさぁ。俺たちに、『自分で作戦立てろ』っていうんだろ? 『自分たちでなんとか考えつけ』っていうんだよな? それって、その『無責任』ってのと、どうちげーの?」
ジルディンが頬を膨らませてそう言うと、タスレクが頭を掻きながら、自分たち全員を眺め回してやはり苦笑ぎみに言う。
「いや、こっちはそういう意味で言ったんじゃねえんだよ。こっちとしては譲歩っつぅか、お前らの人生を尊重して言ったつもりなんだが」
『え!?』
「作戦目標、覚えてるか? 第一に、カティに英霊を降ろしてもらうってのを挙げてただろ? カティに英霊を降ろして戦力になってもらうために、まずカティに戦力としてどんな冒険者を目指すのか決めてもらわないとならない、って説明もしたよな? そこらへんはカティ本人と、パーティメンバーであるお前らが話し合って決めてもらうべきだし、カティの存在を前面に出した作戦を立ててもらわなけりゃならない以上、作戦もカティ本人の意思に大きく依存する。だからお前らに作戦の基本軸を決めてもらうのが、一番お前らの意思に沿ったやり方だろう、って普通に考えただけなんだが」
『……………』
確かに、そういうことは言われた。言われたのだが、作戦立案の期日を切られてまともな作戦を立てろよ、と威圧されて、そんなことは半ば以上頭から吹っ飛んでいた。
一応そういう思考は頭の中にあったはずなのだが、『こうしろって上の人に言われた!』『なんとかしなきゃ!』と作戦会議をしているうちに、あんまり認識できなくなっていたというか、慌てうろたえることに夢中になって、理性的な判断があんまりできなくなっていた、というか。
……当然ながら、そんな理屈が言い訳になると思うほど、自分たちは頭が温かいわけではないので、(ジルディンも含め)揃って小さくなってうなだれた。
そんな自分たちに、ルタジュレナとシクセジリューアムはいかにも呆れ果てた、という顔で鼻を鳴らしたが、タスレクは呆れた顔ながらも笑ってみせ、グェレーテは小さく肩をすくめただけで追い打ちの言葉をかけてくる様子はない。あれ、と怪訝に思ってそろそろと様子をうかがっていると、グェレーテがくすっと笑って告げた。
「あんたたち、あたしらがどれだけの数の新人の面倒をみてきたと思ってるんだい? 新人がこっちの思ってもみなかった勘違いやど忘れをすることなんざ、いやってくらいよく知ってるさ」
「呆れるし愚かしいとは思うけれど、残念ながら想定の範囲内よ」
「むしろ即日こちらに相談してきたのだから、まだ復旧が容易い範囲に入るね」
「というかな、俺らも新人の頃は嫌ってくらい似たような失敗してるんだから、偉そうな口利けた義理じゃないだろうが?」
すまして言ってのけたルタジュレナとシクセジリューアムに、タスレクが笑って指摘すると、二人の美女は揃ってムッとした顔になった。
「言っておくが、私はそんな、まともに考えれば容易に防げるような失敗をした覚えはないよ。私は少なくとも、一人前と称してもおかしくないだけの能力を勉学によって身に着けた上で、冒険に出たのだからね」
「私だって、致命的な事態に繋がるような失敗をした覚えはないわ。こうして千年の年月を生き延びている以上、それは自明でしょう?」
「なに言ってんだか。シリュ、あんた冒険に出た最初の頃は、戦いの時緊張するあまり、何度も魔術の制御に失敗したそうじゃないか。ルタの方は言い訳にすらなってないよ。あたしらが生き延びることができたのは、当然自分の努力や、それで身に着けた能力のおかげもあったけど、失敗を神のご加護やそれに伴う幸運によって助けられたおかげでもある、なんてある程度年を経た連中なら、自明のこったろうに」
グェレーテにも笑って言われ、ルタジュレナとシクセジリューアムは揃って仏頂面で黙り込む。反射的に反論したものの、実際にはタスレクの言葉の方が正しいと、二人も理解していたのだろう。
「なーんだよおばさんたち、偉そうなこと言っといてほんとは自分たちも失敗しまくってたのかよー! ずっるー、ほんとは自分たちもヘボだったくせに嘘つくとかさー」
「〝
「〝棘〟」
「いだだだだ! しびっ、しびれっ、いだいだだっ、ひりひりっ、いだだっ!」
「お前には学習能力というものが備わってないのか! まぁ少なくとも現段階ではあんまり備わっていないのは理解していたが!」
「……まぁ、もう、この際だから学習能力とか礼儀の必要性とかを、骨身に沁みさせてくれるためにお二方が頑張ってくれている、と考えた方がいいのかもしれないな……」
「いやお二方に失礼な口利いてるって時点で、もう俺たち込みで人間失格だからな! 連帯責任だからな! ジルがまずいこと口走り始めたら止めろよお前ら! 俺も頑張るけど!」
「いやまぁ止められるもんなら止めるけどさ、ジルがそういうこと言う時って、たいていうまい具合に、こっちの呼吸とか意識とかがずれた時だから、無理なんじゃね? たぶん」
こそこそ話し合う自分たちに、タスレクとグェレーテが、にやりとやや人の悪い笑みを浮かべて告げる。
「ま、そういうわけだから、別にお前らが取り返しのつかない失敗をしたわけでもなんでもないし、作戦立案についちゃあ、基本軸、というかカティをどういう風に戦力として活かすのか、ってことが決まればいくらでも相談に乗るが。それはそれとして、勘違いとど忘れをやらかしたのは事実だからな」
「うっかり間違いをすることの怖さを骨身に沁みさせるために、先輩冒険者としちゃあ、ちょっといじめてやらなきゃならないねぇ。そういうわけだから、ちょっとばかりきつい体の動かし方をしようか。心配しなくても、終わればきっちり体力も精神力も回復させてあげるから、疲れて作戦を立てる気力が残ってない、なんてことにはならないよ」
『うげ……』
最後には元気になるからといって、途中の苦痛が楽になるわけではないことを、よくわかった上で言っているだろう言葉に、自分たちは揃って苦悶の声を漏らした。
* * *
「だぁっ! つっかれたぁーっ……!」
ヒュノが半ば呻くように叫んで、革鎧をつけたまま地べたの上に寝転がる。そういうことをすると、後で鎧の手入れの時にちょっと面倒くさい思いをすることになるのだが、とりあえず今はそういうことは忘れる気らしい。
ロワもぜぇぜぇ息をつきながら、その隣によろよろ、ぺたんと腰を下ろす。英雄たちは『お前たちの邪魔にならないよう席を外してやる』『お前たちのいないところでやることがある』と、自分たちが鍛錬を無事終えた後に早々に姿を消したので、しゃんと立っているだけの気力を維持することは、さすがにすぐにはできなかった。
他の面々も、思い思いに地べたに突っ伏したり腰を下ろしたり、となんとか疲労を軽減させようとしている。グェレーテが言っていた『気力体力の回復』というのは、つまるところ術式による『回復速度の強化』であるため、鍛錬が終わったからすぐに疲労が癒される、という類のものではない。鍛錬が心身に馴染むためには、身魂の疲労が正しい循環をもって回復していく過程も重要、なのだとか。結局鍛錬が終わっても、しばらくは自分たちは相当しんどい思いを味わわされるわけだ。
しばらくそれぞれ無言で疲労と身体の痛みに耐えていたが、やがてヒュノがのろのろと体を起こして言った。
「……つぅかさ。カティ、道、決まったのか?」
「……端的に、きわどいところへ話ぶっこんでくるな、お前……まだだよ。文句あるか」
座り込んでぐったりとうなだれていたカティフがのろのろと顔を上げてそう返すと、ヒュノはあっさりと「そっかー」とだけ答えてまた地べたに寝転ぶ。
「……いや、なんだその反応。これから先、俺たちがどう動くか決めようがないから、とっとと決めろって急かしてくるところじゃねぇのか、ここは」
「急かしてもしょうがなくね? 本人が自分で決めたことに納得できねぇとしょうがねぇんだからさ。タスレクさんたちも、それがわかってるから、できる限り俺たちに時間と、余裕をくれてんだろうし」
「そう……だな。僕としても、正直な気持ちを言えば『とっとと決めてくれ』と言いたくはあるが……本当に、カティの人生に関わる問題だからな。本人が納得しなければ、意味がない、というのはわかる」
地べたに突っ伏したまま、力のない声でそう呟くネーツェに、カティフはむしろ忌々しげな表情を返した。
「そこ、引っかかるとこかよ。意味もなにも、そんなもん別に必要じゃねぇだろ。大陸の命運にも関わりかねねぇ話だぞ……それに俺たちが関わってるってのが、笑い話でしかねぇけどよ。俺の感情なんざ、後回しにしてしかるべき話だろ、これ」
「意義の大小の話をしてるんじゃない。意味のあるなしについて話してるんだ」
「はぁ? なに言ってんのかさっぱり――」
「お前がどんなに、自分のことを軽んじようと。お前が自分の『目指す冒険者』というものに、戦士としての在りように、納得がいかなければ。お前はどうしたって、戦場で死力を振り絞ることなんて、できはしない。お前がどうこうという話じゃなく、人間というものはそうできている。心の底から納得して、そのためになら命を懸けられると思い定めなければ、本当に命懸けで戦うことなんて、できはしないんだ」
「っ……」
「あー、そーだよなー……。どんなに『そうしなきゃダメだから』っつわれてもさ、自分で『こうしよう』って思わないと、やる気にとか、なれねーよやっぱ」
へばりきった力ない声ながらも、はっきり真剣さの伝わる声音で告げられたネーツェの言葉に、カティフがわずかに息を呑んだ隣で、ジルディンがぐったりと地べたに寝転んだ体勢のまま相槌を打つ。ネーツェの言葉が、どちらにもそれなりの重みを伴って響いたのがわかった。やはりネーツェは頭がいいし、勉強している分、人に伝わる言葉をよく知っている。
しばしの沈黙ののち、カティフは緩慢な仕草で立ち上がり、自分たちに背を向けた。
「どした?」
「……少し、一人で考えてくる」
そう言ってのろのろと歩を進め、木立の中へと消えていく。仲間たちと揃ってそれを見送ってしまったのち、ロワはしばし考えてから、手足に力を込めて立ち上がり、カティフの後を追って歩き出した。
「え、ロワ、カティの後追っかけんの? なんで? ここ、そういうことするとこ?」
「……ジルが状況を読むとは、珍しいが。その意見には全面的に、賛同するな。一人で考えてくると言った相手を、追いかけて、どうするんだ。今は、カティに、なにより優先して、深思してもらわなきゃならない時だろ」
「……カティ、だいぶへばってるみたいだから。倒れないかだけ見ておくよ。俺は、英雄さんたちに手加減されてる分、一番体力が残ってると思うから」
そう答えると、仲間たちはいくぶん戸惑ったように沈黙したが、ヒュノは一人、むっくりと身を起こして、あっさり気楽な調子で答えた。
「おう、行ってこい。お前も気をつけてな」
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