第42話 神々は冒険者にあらず

「……えっと、アーケイジュミンさま?」


「えっ……いや、だって……なに?」


「その、できれば、お知恵をお借りしたいんですけど……これまで何人も英雄が育っていくところを見守ってきた神々なら、こんな作戦馬鹿馬鹿しいくらい簡単だとは思うんですけど、俺たちの能力じゃどうしてもまともなものが思いつけないので、どうか、お力を……」


『……………』


 無言になったアーケイジュミンは、すっと視線を猿ぐつわをされ縛られたエベクレナに向けた。が、それより数瞬早く、エベクレナはさりげなく(ぱっと見。縛られながらも無理やり首を動かしていたので実際にはあまりさりげなくとはいかなかったが)視線を逸らす。


 その視線の先に素早くアーケイジュミン(の顔の映った水晶の窓)は回り込むものの、エベクレナも全力ですいっふいっと視線を逸らしまくるので、しばし高速度での視線の追いかけっこをする羽目になっていたが、最終的にはアーケイジュミンが勝ち(椅子に座った不自由な姿勢ではさすがに不利だ)、エベクレナの顔に半ば乗り上げるようにして怒鳴った。


「逃げないでよぉっ!、あんたの推しでしょうが、推しが質問してんだからエベっちゃんが答えるのが筋でしょうが、ほらっ!」


「ふぎゅ……むぎゅ」


「いやあたしだって嫌だし! フツーに無理だし! あたし自分図太い女だって自覚あるけど、恥ずかしいことだってあんだからね!?」


「ふぎゅぎゅっ! ふぎゅぎゅっ!」


「むぐ……あーそーだよその通りですよ、あたしには無理だからあんたに押しつけてんのっ! しょーがないじゃんっ、どっちもまともな答え返せないんだったら、彼担のあんたが答えてよっ、推しへの愛でなんとかしてってばぁ!」


「ふぎゅ! むむぎゅっ!」


「え、ええと、すいません。あの……エベクレナさま、アーケイジュミンさま」


 声をかけると、椅子に縛られたエベクレナも、水晶の窓の向こうのアーケイジュミンも、即座に沈黙して動きを止める。なんだか申し訳ないような気分にすらなりながら、ロワは推測を告げた。


「あの……もしかして、お二人とも、作戦が全然思いつかない、んでしょうか……?」


『……………』


「そ、そう、です、けど? その通りですけどぉっ!?」


「ふぎゅぎゅぅっ!」


「う、わ、わかってるってば……えっと、そのね? あたしら神の眷族は、確かに君たちみたいな、推してる英雄候補生たちの……生き様? 人生? を、ずっと見てるわけだけど。んでまぁ、基本、何人もの推しを見守ってきた経験があるわけだけど。……別に冒険の玄人とかいうわけじゃ、全然ないからね!?」


「………はぁ」


「いっくら熱心に何度もログ見返したって。フツーは『推しの顔がいい~』とか『ここで一瞬視線交わすのヤバいわー』ってくらいの感想しか出ないからね!? 君が言うみたいに、冒険する前の準備から作戦会議中の会話まで何度も見返して研究したりして、冒険の手法とか、戦術とか戦略とか、そーいうことに一家言持ってる人もいるけど、そーいう人はほんっとーにごく一部のマニアだけだから! あたしらしょせんしがない推し活女子で、そーいうガチ方面への見識とか求められてもマジ困るんで!」


「そ、そう、ですか」


「そーなの! だからその……作戦とかすっぱりさっぱりわかんないですごめんなさい! っつかあたしらが余計なこと言って作戦がぐっちゃぐちゃになる可能性とか考えたら、怖いし申し訳ないし畏れ多いしでテキトーなこととか絶対言えんわこれマジで! だからどーか勘弁してもらえないですかね本気で! ホント、あたしらただの推し活やってる推想女子なだけなんで、プロとかじゃ全然ないんで!」


 最終的にはそんなことを言いながらぺこぺこ頭を下げてくるアーケイジュミンに(エベクレナもふぎゅふぎゅ言いながら、不自由な体勢のまま頭を下げてくる)、ロワの方が慌てた。


「あ、いえ、気にしないでください。俺の方こそうかつに失礼な質問して申し訳ありませんでした……神々だから、人間風情の考えることなんか全部お見通しで、人間が考えつくことなんか簡単に考えつける、なんて当たり前みたいに思ってましたけど……そうですよね、人間から神になった方々なんですもんね。そりゃ、そんなに簡単にはいきませんよね」


『うぅぅ……』


 やはり神として忸怩たるものがあるのか、二人の女神は揃ってうなだれる。むしろそんな思いをさせてしまったことが申し訳なくて、ロワもおろおろしてしまったが、ふとあることに気づいて、女神たちに問いかけた。


「えっと……その、神々のそういう……元人間らしいっていうか、人間の考えつくようなことでも、人間同様に研究したり勉強したりしないと思いつかないっていうところは、どんな神さまも、共通なんですよね?」


『え(ふぎゅ)?』


「……まぁ、そうだと思うけど。あたしも神の眷族全部知ってるわけじゃないから断定はできないけど、普通そうなんじゃない? あたしらって基本いろんな世界から死後に集められてるわけだけど、それでもある程度共通認識はあるっつーか、環境とか常識とかのズレはあるにしろ、決定的に種として違うとか、パラダイムそのものが違うとか、精神面が相互理解が不可能なレベルで異なるとか、そーいう人は見たことないし」


 首を傾げ、頬に指を当てつつ(色気を発散しつつ)そう答えたアーケイジュミンに、ロワはずいっと身を乗り出して訊ねる。


「じゃあその、邪神ウィペギュロクも、そういう点に関しては同様なんでしょうか? できれば、ゾシュキアさまにお訊ねくださると助かるんですが」


「あ、ウィペさんのことならたぶんゾっさんよりあたしの方が詳しいよ? ゾっさんにウィペさんのこと紹介したのあたしだし。もともとコミュであたしとウィペさんが知り合いだったんだけど、ゾっさんすんごい間口広い人だから、仲良くなれるかなって思って紹介したの」


「え……邪神ってことを承知の上で、知り合いになった、んですか……?」


「んー、えっと、どう説明すればいっかなー。えっとね、あたしら神の眷族って、基本部屋の中から出れないじゃん? 他の神の眷族と知り合うには、仕事で知り合うか、ネット……えぇっと、んー、掲示板に伝言メッセージ残したりして、そのメッセージが気になって『仲良くなれそう』って思った相手に連絡して、文通的なことから始める、みたいな感じなわけよ」


「は、はぁ」


「そん中でも手っ取り早いのがコミュ……趣味の友達同士が、『私たちはこういう趣味の集まりですよ』『同じ趣味でおしゃべりしたい方、同じ趣味の友達がほしい方、いらしてください』みたいな看板掲げて、趣味友達を誘い寄せてる集まりなわけよ。当然別に営利団体でもなんでもないし、善悪とかまるっと関係ないし。まぁあたしの前世とかには、そういう集まりを装って、詐欺やらなんやらにかけようとしてる奴らもいたけど、こっちの世界っていうか、神次元しんじげんでは人事部ががっつり仕事してくれてて、悪質な集まりとか仲違いした相手からの嫌がらせやつきまといとか、即防いでくれるから、どんなコミュでも安心なわけ」


「はぁ」


「少なくとも、そういうコミュ内では、邪神の人たちだって別に悪い奴らじゃないよ? 性癖は一般社会からズレてるかもしんないけど、そのズレを背負ってでも性癖を貫き通そう、って気概があるから邪神になったわけだし。むしろごまかしがなくて気持ちいい人も多いから」


「はぁ……」


 だからといって、信者に邪悪な行いをすべしと教義に定めるような神々が、邪悪な連中ではない、というのはさすがに受け容れがたいのだが。まぁ、邪神といえど趣味はあるだろうし、趣味の友達で語り合う分には邪悪なところを見せる必要もないだろうし、少なくともアーケイジュミンにとっては悪い知り合いではなかった、というのは理解できる。


 エベクレナがこっそり『(そのコミュが凌辱系の性癖コミュだってことは言わないでおこう……)』と遠い目をしていることに気づかないまま、ロワはアーケイジュミンに問いかけた。


「じゃあその、ウィペギュロクがどういう精神を有しているか、についてはお詳しいんですよね? ウィペギュロクも、さっき話にあったみたいに、人間の思考を超えた能力の持ち合わせはない、ってことでいいんでしょうか? あ、あと戦術とか戦略とかに一家言持ってる、とかそういうことは……?」


「あー、ないない、そーいうのはない。ウィペさんって基本自分の性癖に一途っていうか、それ以外あんま興味ない人だから。性癖が尖ってるからそこに人生が引きずられがちっていうか……仕事とか、生活面とか、そういうの全部性癖への情熱のあまりでこなしてるタイプの人っていうか。だからすんごい能力の持ち主とか、飛び抜けて有能とか、戦術戦略に詳しいとか、そういうのはないよ」


 あっさり手を振って否定するアーケイジュミンに、ロワは「そうですか……」と答えて考え込む。それを興味深げに見守りながらも、我慢しきれない様子でアーケイジュミンは訪ねてきた。


「ね、ね、それがどうかしたの? なんかウィペさんの決定的なミスとか見つけたりしちゃった? ゲーム盤をひっくり返す的な逆転の一手があったとか?」


「べ、別にそこまで大した話じゃないんですけど。単に、その……ウィペギュロクに従う者であるだろう、邪鬼・汪の作戦能力も、さして高くなかったら助かるなって思ってただけです」


「あ、そーなの? ってか、確信があるわけじゃないんだ?」


「はい。これまでの作戦の結果だけを見てみれば、戦力の逐次投入をして負けっぱなし、っていう印象ではあるんですけど、それは本当に結果だけを見てみれば、の話ですし。神々とその信徒とで得意なことが異なって当然、ってさっき知った身としては、ウィペギュロクと邪鬼・汪の作戦立案能力が同等と考える方がおかしい、と思いますし。ただ……邪鬼ってものがどう生まれるのか、その思考能力はどう発達するのか、俺は全然知らないので。そこらへんの状況によっては、作戦立案能力がウィペギュロクと同等ってこともありえるな、って思っただけなんです」


「なーるほどー。ロワくんってあったまいいねー、そんなことさらっと考えついちゃえるんだ」


「べっ、別に頭がいいわけじゃ、ないですけど」


 女神さまにそんな褒め言葉を賜るのは、さすがに過大評価としか言いようがない。自分は単に思いついたことを言っただけだし、それが図に当たったとしても、一回当たっただけで『頭がいい』とか『優秀』とか言われてしまうのは、あまりにいたたまれなさすぎる。


「ふっぎゅぎゅぎゅぎゅ、ふぎゅぎぎゅぅっ」


「いやエベっちゃんが自慢してどーすんのさ。いやま、自分の推しが優秀なとこ見せてるカッコいい! ってのを誰かに言いたくなる気持ちはよっくわかるけど」


「ふんむぎゅっ」


「いや、ですから本当、優秀とかそういうんじゃないんで……あ」


 優秀、で思い出した。あともうひとつ、アーケイジュミンには聞いておきたい、と思ったことがあったのだ。


「すいません、アーケイジュミンさま。できればあとひとつ、おうかがいしたいことがあるんですけど」


「お、なになに? まだなんかネタある?」


「はい、一応、あとひとつ。……アーケイジュミンさまは、英雄の方たち……というか、今俺たちを護衛してくれている方たちのことを、どういう風に思ってらっしゃるんでしょうか?」


「え? ……ごめん、どういう意図の質問かよくわかんないんだけど?」


「どういう意図、というかですね。ひとつには、自分とは違う、友人とも違う相手に加護を与えられている人間っていうのは、神々から見たらどういう風に受け取られるんだろうな、って思ったんです。強さや精神的成熟度については、それこそ最高位といっていいものを持つ方たちですけど、加護を与えたい、っていう気持ちにはならないのかな、って思って」


 特にタスレクなんかは、それこそ総身を鋼のような筋肉で鎧った、鍛え抜かれた戦士だ。力強い筋肉を好ましいと思うアーケイジュミンは、好感を抱いたりしないのだろうか。


 というか、そちらに加護を与えたい、という気持ちになったりしないのだろうか。一人の人間に複数の神が加護を与えることができるのかどうかは知らないが、そういう気持ちになったりしないのか、ということをまず聞いておきたかった。


「あと、その……なんていうか、その……エベクレナさまは、女性嫌いというか、人間の女性に対しては強い拒否感と嫌悪感を示されていたんですけど……」


「ふぎゅあっ! ふむっ、ふぬっ、ふぬぎゅぁあ!」


「いやすいません、エベクレナさまにとっては違うっていうのはわかってるんですけど、俺には正直そういうのとの違いがどこにあるのかよくわからなくて……そういうこともあって、他の女神さまはどうなのかな、って思ったんです。人間の女性に拒否感を覚えたりするのかな、って。特にグェレーテさんなんかは、白兵戦闘能力も、力強さも、そんじょそこらの男じゃ相手にもならない、圧倒的なものを持ってますから。加護を与えたいって気持ちになったりするのかな、と……ちょっと聞いておきたいってだけなんですが」


 ただ、できるだけ早めに確認しておきたいことではあった。他の女神さまも全員同様に女嫌いだとすると、これから先仲間が女性と親しくなることに、負の側面が生まれかねない。だからといって女性と親しくなるななどと言う気はないが、少なくとも先に覚悟ができているか否かは大きな違いではあるはずだ。


 そんな想いを込めて真剣に訊ねた問いに、アーケイジュミンはちょっと難しい顔になって、人差し指で軽くこめかみを掻いた(そんな雑駁な仕草でも、胸が揺れ後れ毛がはらりと垂れ、カティフがいたら我を失っていたであろう程の苛烈な色気が振りまかれるのだが)。


「うーん、そーだなー。まぁ聞かれたことだし、素直に答えはするけど……」


「え、なにか聞いたらまずいことでもあったんでしょうか」


「いやまずいっていうかなんていうか。その、なんていうか……エベっちゃんを見損なわないでやってねっていうか。エベっちゃんって時々暴走する時はあるけど、基本いい子だからさ、言ってることをあんまり悪くとらないでやってほしいというか……」


「それは大丈夫です。俺、エベクレナさまがどれだけひどい言動をしようと、見損なうことは絶対ありませんから」


 自分があの人に深い敬意と感謝を捧げているのは、そういうところとは別の理由に因るものだ。あの人が当たり前のように、愛でる者に身銭を削り、人生を懸けるところを、人と神というそれこそ次元の違う存在でありながら、命懸けで人間を愛おしむところを見せてくれたから、自分は心からあの女神を、神々を尊敬することができるようになったのだから。


「……だってよ、エベっちゃん?」


「……………………」


 なぜか固まって反応を返さないエベクレナに、アーケイジュミンはくすっと笑い声を投げかけてから、ロワへと向き直った。真正面から黒い瞳をきらめかせて、口早に説明を始める。


「よっし、じゃーぶっちゃけた話しよっか。えっとねー、まずはその子を推してる神の眷族がいるのに、あと自分にも他に推してる子がいるのに、推したくなるかってことだけど。これはもう、その神の眷族次第、人それぞれとしか言えないわ」


「そうなんですか」


「うん。一人の人間に、複数の神の眷族が加護を与える、ってことは別に禁じられてるわけでもないし、過去にもそういう例いくつもあるらしいんだけど。神の眷族の中には、断固として同担拒否を貫くタイプもいるし……そういう人とかち合っちゃったら、めんどくさいことになるから、やや敬遠されがちではあるんだ。まぁ問題になれば人事部が間に入ってくれるから、深刻なレベルにはなんないですむんだけど……」


「なるほど」


「ま、神次元しんじげんでも推しのここが好き! ってとこを語るのはフツーだし、それで興味を持った人が同担になってくれたり、みたいな交流は当たり前にあるけどね。ただ、なにしろ推し対象の分母が大きいからさ。休日におすすめ動画検索して、ぼけーっと流し見してるだけでもツボ押してくる子が見つかっちゃうこともそこそこあるし。なんで基本、推しとの出会いは自然に任せがちっていうか、がっつかない、探そうとしない、たまたま偶然出会うに任せる、みたいな感じが多いんだよね。だから推しとの出会いがよけい運命的なもの感じちゃう、的な部分もあったりするし?」


「そうなんですね」


「うん。だから推してる子追っかけてる時に出会った子にツボ押されて転んじゃう、ってことも確かにあるっちゃあるんだけど……そんなにそうそうあるこっちゃないし、少なくとも今回のあたしには当てはまらないな」


「あ、そうなんですか?」


「いやさ、だって大前提として、推してる子が他にいる状態で簡単に他の子に転ぶってそうそうないよ? まぁ推しとの出会いは交通事故みたいなもんで、出会っちゃうときは出会っちゃうもんだけどさ。まーあのタスレクっておっさんのガチゴリ筋肉っぷりは見事の一言だし、界隈で評判になるだけはあるなって思ったけど……別のクッソマイナーな子に推し欲がわきわきしてて、これからこの子推してくぞーってやる気になってる時に、超大作作品の超有名俳優を熱心に勧められて、食指が動くかっつーと、ねぇ? やっぱ出会いのタイミングって重要じゃない?」


「そ、ういうもの、なんですか?」


「そうそう、おおむねそう。運命の出会いって結局は、どこまでいってもタイミングだよぉ」


 そういうものなのか、とロワは首を傾げて考え込む。正直理解の及ばないところはあるが、やはり神々の思考というのは、人間とは視座そのものが違うらしい。


「で、ね。女の神の眷族が、全員女嫌いかってことだけど。これはもうきっぱり言わせてもらうけど、んなわきゃないから。女の子推してる女とか、ごくフツーにいるから」


「あ……そうなんですか?」


「そうそう。仲間内だけでもゾっさんとか、フツーに女子推してる時あるし。まぁ女子と男子どっちにより推し欲わきわきする傾向があるかってーと、男子ではあるんだけど。あたしも筋肉女子とかそれはそれで好きだし、百合も別に嫌いじゃないし。まー女子がかわいそうな目に遭うのは嫌なんで、好きな女子はフツーに一生幸せでいてほしいとは思うけど」


「はぁ……なる、ほど。つまり、加護を与えてる相手に女性が近づいたら、血相を変えてその女性に呪詛を送るような、エベクレナさまみたいな女神は、珍しくはあるんですね」


 言ってから、あっこういう言い方ではエベクレナが傷ついてしまうかも、と口元を押さえたが、口に出した言葉はもう取り返しがつかない。おそるおそるエベクレナとアーケイジュミンの様子をうかがうと、まだ固まっていて反応を返さないエベクレナにちらりと視線をやったアーケイジュミンは、重々しい表情できっぱり首を振った。


「それとこれとは別。きっぱりがっつり別の話」


「え……?」


「あたしだって推し男子に女子が近づくのとかフツーに嫌だし。むしろ呪詛送るのとか当然じゃない? 失せろ死ね消えろ、とか心の中で呪いまくるわフツーに。まぁ今回の推しっ子のカティくんはヘタレ筋肉だから、美女にデレデレして振られてがっくり、ってテンプレは大事っていうかどんどんやってほしいけど、だからこそ当て馬じゃない女が近寄るのとか、断固拒否。いやむしろ当て馬だろうと、近くに存在する時点でイラッとくる。つーか正直なとこぶっちゃけちゃうと、カティくんが高めの女によろめいて雑に扱われてるとこはおいしくいただいたけど、それはそれとしてあたしの推しを女が雑に扱うとか、今みたいな初期の妄想地盤固めの時機に、カティくんをムラムラさせるよーな美女どもがそばにいるってことにはフツーにムカついてたからねあたし!」


「ええぇぇ……?」


 意味がさっぱりわからない。理不尽だという気しかしない。それとこれとは別、ってなにがどう別なのだろうか。アーケイジュミンもエベクレナ同様、女性嫌いの女神だということなのか? いやでもさっき普通に女性も好きだと言っていたのに。


「……まーいろいろ考えちゃうのはわかんなくもないけど、あたしたちの気持ちとしては単純だよ? 『推しへ向ける妄想がその相手を許容できるかどうか』、これにつきるから。妄想の具合によってはむしろ普段はバッチコイカモン! なモブおじとか出てくんじゃねぇぇ! ってなる時もあるし、状況によってはむしろヒロインとイチャイチャしてほしい気持ちが勝って、男友達が視界に入るだけでちょっとテンション下がる場合もあるし」


「えぇぇ……? すいません、本当に、意味がよくわからないんですが……」


「いや無理してわかんなくてもいいよ。むしろわかんないでほしいと思ってるはずエベっちゃんは。あたし的にもわかんないでいてくれる方がおいしい。もともとあたし基本男好きで、前後どっちをぶち抜くのも男である方が嬉しいんだけど、今回はだいぶガチで男男タイプの妄想キてる感じなんだよね。カティくんの友達も、ぶち込み先も、ぶち込まれる棒も男であってほしいというか、むしろカティくんの人生に女とかいらない、どんだけ女にぶったてようが情け容赦なく振られまくって、涙にくれてるところを男友達に慰められてよろめいてほしい気持ちがワキワキっていうか」


「いや、その、カティとしてはそういう人生たぶんごめんだと思うんですけど……」


「むっぎゅあぁぁいぃぃぃ!!!」


「うわ!?」


「ちょっエベっちゃん顔怖いってごめん悪かったから椅子に縛られたまま無理やり飛びかかってくんのやめ」


 そこで、落下の感覚がやってきた。


 いつも通りに雲の床からずぼっと足が抜け、はるか下方の、自分たちのいる世界まで、吹き飛ばされる勢いで、落ちて、落ちて、落ちて―――






「……おい。おい」


「ん……」


 ロワはのろのろとまぶたを上げ、自分を揺り起こしている相手を見やる。や、仏頂面のカティと目が合って、思いきり顔をしかめられた。


「カティ……なに……?」


「なに、じゃねぇよ。他のみんなもう起きてるぞ。いつまでも寝てんじゃねぇっつの、とっとと起きろ。……今日は厄介な仕事が待ってるんだからな」


 厄介な仕事、というところでカティフの顔がますますしかめられたので、ロワもその『仕事』の内容を思い出した。昨日まともな作戦をまるで思いつかなかった自分たちは、英雄たちに、なんとかまともな作戦が成立するよう力をお貸し願えないか、と伏して頼まなくてはならないのだ。


「ごめん……そんなに寝過ごしちゃってた……? すぐ起きる、よ……」


 力の入らない四肢で伸びをして、懸命に身体をしゃっきりさせながら、ロワはのろのろと体を起こす。カティフはじっとロワのそんな様子を見つめていたが、あまりにじろじろ見つめてくるので、思わず問いかけてしまった。


「なに? なんか……俺に、用事?」


「いや、その。用事っつーか……」


 しばしもにょもにょと口の中で呟いたのち、「ぇえい」と小さく呟いて、覚悟を決めた顔で聞いてくる。


「もうぶっちゃけ聞いちまうけどさ! お前、さっき、寝言で俺の名前とか呟いてたんだけど!」


「……あ、そう? まぁ頭の中でカティの話してたわけだし、当然か……」


「そう、そこ! そこだよ! 俺の話してたって……それってよ! もしかして、だけどよ! そのっ……女神さまと、俺の話してた、とかそういうこと、なのかっ!?」


「え……」


 思わず勢い込んで詰め寄ってくるカティフの顔を見上げてしまう。なんでこんなに興奮してるんだ、と困惑してから数瞬後、ようやくカティフの思考を理解した。


 カティフにしてみれば、女神さまというのは超越存在であると同時に、絶世という言葉ではとうてい足りないような超絶級の美女なのだ。そんな女性が自分の話をしているというのは、カティフにとっては確かに興奮するに足ることなのかもしれない。


 だがロワは間違いのない事実である、『女神さまとカティフのことについて会話をしていた』ことを話すべきかどうか、しばし悩んで、考えて。


「……っていうか、みんな待たせてるんだろ? そういう話は仕事の後にした方が、いいんじゃないのか?」


 寝起きで頭が回らないので、とりあえずごまかすことにした。


「おいこらてめごまかすなよ!? ここ大事だろ、本気で大事にしなきゃなんねぇとこだろ! 女神さまとお話してたのかよっ、あの超絶超級絶世美女と! お前だけそんなおいしい思いするとか、本気で心底クッソ許せねぇけど、今回はそれはおいといて! め、め、女神さまがっ、俺のこと話題にしたりしてくれたのかよっ!? あの超超超とんでもねぇド色気美人が、俺のことを、わざわざ俺のことを選んで、おしゃべりの話題にっ………!!! オイどうなんだオイ正直に言えやコラァ!」


「いや……っていうか、話題にされるのが、なんでそんなに嬉しいんだ?」


「てっめふざけんなよオイふっざけんなよオイ! 美人が俺のことを話題にしてくれるとか、視界に入れてくれるとかもうお恵みでしかねぇだろうが! 憧れるしかない相手が俺を認識して、視界に入れて、あまつさえ話題にしてくれるとか……! もう死ぬ気で容赦なく祝い祭るしかねぇだろうがよっ!」


「……これからややこしい話しなきゃいけないのに、いきなり祭始められても困るんで、その件については英雄の皆さんとの会議のあとで話すことにするな」


「オイ! おいお前! ふざけんな気を持たせるようなこと言うなコラ! 生殺し状態が一番つらいんだぞわかってんだろコラ、テメェには人の情ってもんがねぇのかよぉぉ!」


 喚くカティフをあしらいつつ、ロワはのそのその天幕の外に出て行く。カティフのこういう反応は、女神たちの反応に似ているような気が一瞬したのだが、ちらりと考えただけで『それは違う』と結論が出た。カティフと女神たちという、反応する側の人格その他もろもろが違うから、というのではなく、きっぱりきっちり種別が違うというか、次元の違う問題である、という気がしたのだ。


 正確にはどこがどう違うのか、ちゃんと考えてみたくはあったが、天幕の外、設置したかまどの前には、パーティの面子も英雄たちもすでにそろい踏みだったので、とりあえず考えるのをやめる。どうしても気になるのだったら今夜女神さま本人に聞いてみればいいだろう。


 ……もし本当に聞かれたら、女神と呼ばれる者たちは揃って『勘弁してください』と頭を下げてくるだろうことには、ロワの思考はいまだ理解が及んでいなかった。

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