第26話 風の神の好きなこと
「えーと、ですね。いろいろお話したいこともあるんですけど、とりあえず、先にこれを受け取って、いただけませんかね?」
そうおずおずと言いながらエベクレナがどこからともなく差し出してきたのは、以前にもお詫びの品として渡された(そして自分より先に他の神がそんなもの贈るのやだとエベクレナが駄々をこねた結果、先にもうひとつ受け取る羽目になった)紙箱だった。『神々が人間に気軽に贈れる贈答品』が詰められているとおぼしき軽そうな箱に、ロワは思わず眉を寄せてエベクレナを見やる。
「いや、俺さっき、お互いさまにしましょうか、って言いましたよね? 受け取るいわれがない気がするんですけど」
ロワがそう言うことがわかっていたのだろう、エベクレナは小さくなったが、それでも引き下がりはしなかった。
「もちろんそうなんですけど、私たちとしては本当、面目次第もございませんって事案なので……曲がりなりにも推し活やってる神の眷族として、わずかなりとも償わなくちゃ、本気で申し訳が立たないってくらいの話なので。ロワくん、にはかえって迷惑かとも思うんですけど、どうか受け取ってもらえませんか? 実際、役に立つとは思うんで……」
「……中身、なんですか?」
「前回同様、『幸運』と『生き延びる力』です。『幸運』については、前回……というか、今朝あなた方が戦った時に使い切られちゃったんで、補充みたいな形になりますけど、『生き延びる力』は消費してないので、二回連続で使えますよ」
「つまり……死ぬのが当たり前ってくらいの攻撃をされても、二回は生き延びられる、ってことですか?」
「そうなります」
まいったな、と思いはしたものの、ロワは結局その紙箱を受け取った。有益なことは間違いないし、エベクレナたちが本当に泣きそうになりながら、あるいは実際に泣きながら準備してくれたであろうものを、『受け取る筋合いがないから』という理由であっさり返してしまうのは、正直あまりに無残な気がする。
ほっとして笑顔になるエベクレナに苦笑しながら、目線で確認を取ったのち紙箱を開ける。前回同様、ふわりと目には見えない輝きが香りのごとく溢れ出し、ロワの体を取り巻いて、『染みつく』という言葉からするとあまりに心地よい感覚を伴いながら、心魂に染みつく。やっぱり、今朝はこれを受け取ったおかげで助かったわけだよな、と思うと意固地に拒否する気持ちも解けて、「ありがとうございます」と自然に頭を下げることができた。
エベクレナも「いえいえそんな」と恐縮しながらも、ロワが心から感謝しているのは伝わったのだろう、顔には嬉しげな照れ笑いが浮かんでいる。さっきまで泣いていた彼女の顔に、そんな表情が浮かんでいるのが素直に嬉しくて、思わずロワも笑みを浮かべると、エベクレナは本気で恥ずかしくなってきたのか、顔を赤くしつつえへんえへんと咳払いをしてみせた。
「えっと、それではその、お話ししたいこと、に入りたいと思うんですが」
「はい」
「まずその、ですね。友達として伝えておきたいんですが。前回のラストの件は、ギュマっちゃんも本当に申し訳なく思ってるんです。申し訳なさのあまり半泣きになっちゃうぐらいに。まぁ私は全泣きでしたが」
「はい……別に疑ったりしてませんけど?」
「ええはい、それはわかってるんですけどね。疑われてもギュマっちゃん自身でそれを解消できない状況なので、念のため……推しの相手役第一候補にあんな仕打ちして、自分でフォローも入れられないとか、私でもマジ勘弁なので、友達として伝えておこうかな、と」
「えっと、ご自身でそれを解消できない、というと……この部屋に呼びつける女神さまが、変わったんですか?」
「えー……っと、はい、まぁ、そうなんです。今回から人を変えるように、とエンジニアさんたちから言われまして……一応私たちもちょっと抗議とかしたんですけど、向こうは元から三回連続で呼んでできる限りデータを取ったら呼ぶ相手を変える予定だったから、ってきっぱり拒否されちゃいまして……二度目の時に勝手に休んだのはそっちだろう、みたいに言われると反論の仕様もなく……それ以外にも、ブチ切れて強制送還とかおしゃべりに夢中になっていつの間にか帰られてたとか、あれこれ問題起こしちゃったの私たちなんで、わがままを通すこともできず……」
「いや……でも、問題っていっても、こうやって俺が呼び出されてる理由って、この部屋というか、神々の世界の仕組みがおかしくなってるかもしれないから、できる限り情報を集めるため、っていうことでしたよね? それだったら、いろんな問題が起きたってことは、いろんな情報が得られたってことで、むしろ歓迎できる事態なんじゃないんですか?」
「うぅ、優しい、聖母ですか、眩しい、推せる……ええとまぁ、エンジニアの人たちもそう言ってくれて、別に叱られはしませんでしたし、補助
「そう、ですか……。じゃあ、ギュマゥネコーセさまに、伝えてください。気にすることはないって。少なくとも俺は、お二人に身近に感じてもらえたみたいで、嬉しかったですって」
「はい、伝えます。はっきりしっかりと……『そういう風に扱ってくれる人、これまでの人生で仲間しかいなかった』って……うぶっ」
「ええ、はい、まぁ、そうですけど……? エベクレナさま、なんで口元押さえてるんですか?」
「えっやっまぁその気にしないでください、単に推し欲が昂ってるだけなので! 私の女としての尊厳を守るためにも、あんまり深く突っ込まないでくれると嬉しいのですが!」
「はぁ……じゃあ、聞きませんけど……?」
「っしゃ私存在許された! この部屋の仕様に抜け道作っておいてくれた神に感謝! ……えぇととにかくですね! 新しく呼ばれる神の眷族は、ゾっさん……自由なる風の女神ゾシュキアなんです」
「そう、なんですか……」
ゾシュキア。ゾシュキーヌレフの国家としての権威を担保する女神。自分たちパーティの唯一の神官であるジルディンに、恩寵として術法を与えた存在。自分にとって、一番身近だった女神と言ってもいいだろう。
そういう存在と対話する、というのは正直緊張しないでもないのだが、エベクレナもいてくれることだし、不安は感じない。そもそもエベクレナやギュマゥネコーセもまぎれもなく女神なのだから、その二人と平気で話せるのにゾシュキアだけ特別扱いするのも変な話だ。
大丈夫だろう、と自分に言い聞かせ、ロワは顔を上げて真正面からエベクレナに告げる。
「わかりました。俺はいつでも、かまいません」
「すいませんね、ありがとうございます。ゾシュキア……ゾっさんって、いろいろ自由すぎるところはありますけど、気遣いができないわけでもないし、悪い人じゃないので。それに、私の知ってる人の中では一番の古株なので、もしかするとなにか気づいたりする……可能性もないではないんじゃないかなぁ、と思えなくもないし」
「……そこまで予防線引かなきゃならないくらいの、低い確率でしかない可能性なら、言わない方がよくないですか?」
「いや、ゾっさんって古株だけあって時々すごく頼りになる人なので。あっちこっちに人脈あって、私たちが他の神の眷族とトラブった時に、うまくことを収めてくれたこととかありますし。ただ、その……本当に自由すぎるというか……基本ちゃらんぽらんな人なので、普段は迷惑こうむることの方が多い、というか。友達やめたくなるほど大した迷惑でもないんで、普段は気にしてないんですけどね。人様に紹介する時はつい予防線引いちゃうんです」
「ああ~、なるほど……」
ジルディンと似たような性質なんだな、とロワは納得して深くうなずいた。ジルディンは基本的な性格が子供なので、深くものを考えるのが苦手だし、他人に迷惑をかけることを厳に慎む、ということも下手だ。だが戦いの時はこれ以上なく頼もしい支援役だし、いざという時大役を任せてもなんとかするだろう、と自然に思えるくらい、本番に強く、土壇場の際の度胸がある。
似たような性質だから恩寵を与える人間に選ばれたわけでもないだろうが、少し親近感が湧くと同時に、どんな対応をされるか少し心配になってきた。少なくともジルディンだったら、こういう時にはたぶん死ぬほど無礼というか、たいていの初対面の人間を怒らせるような口の利き方しかできないだろうから。
「よっすー。あたしゾシュキアね、よろー。フツーにゾっさんとでもゾっちゃんとでもゾシュやんとでも好きに呼んでちょー」
「………初めまして、ゾシュキアさま。俺の名前はロワです。どうか、よろしくお願いします」
予想以上に気軽な調子で、水晶の窓の向こうから、よっ、と手を挙げてきたゾシュキアに、ロワはとりあえず尋常に礼儀正しく答えた。ゾシュキアは予想した通りに、その口ぶりが気に喰わなかったらしく、一つ結びにした碧緑色の髪を揺らしながら、口をとがらせて文句を言ってくる。
「えー、もー、なんか固くない? エベっちゃんと話してる時はもーちょいゆるかったっしょ? フツーに話してよー、お腹ゆるくなっちゃうじゃん」
「なんでゆるく話さないとお腹がゆるくなるのか、ってこともちょっと気になりますけど……ゾシュキアさま、俺とエベクレナさまが話すの、見てたんですか?」
「うん、エンジニアさんたちに映像回してもらってたからね。入るタイミングうかがうために。まぁ話してる内容はプライベートってことで聞けなかったんだけどさー」
「いや、入るタイミングもなにも、もともと私が呼んだら来るってことになってたじゃないですか。それ単にのぞきって言いません?」
エベクレナもそう突っ込むが、ゾシュキアは翠色の瞳をきらめかせて、顔をにこにこさせながら言ってくる。
「そー、それ! のぞき! 久々にやったけどやっぱ楽しいよねこれ! しかもいろんな意味で微妙な関係の男女二人とかおいしくいただくしかないって感じ! 二人の想いがすれ違いながらお互いを求めるとことか、見てて超楽しくない!? 今回も泣きじゃくる女子を抱き起してかき口説く男子とか、もーうっへっへご馳走様ですぅ、としか言いようない、みたいな!」
「いや友達素材にして妄想はかどらせるのやめてくださいよ、っていうか今回もって、もしかしてこれまでの私たちが話してた映像とか、いちいちチェックしたんですか?」
「うっへっへ、おいしくいただけましたぜ? 次元の違う相手との形の違う想いのぶつけ合い、けれど向き合う想いの強さは同じ、みたいな? どう転んでも微妙にしか繋がれない関係の男女が、それでも相手に想いを投げかけずにはいられないとか、もうぴゅあっぴゅあな少女漫画感っていうか切なさフルバーストで、大変いいと思います!」
「いや、私もそういうのは普通に好きですけど、ゾっさん別に私たちがなんて喋ってたのか、わかってるわけじゃないですよね? エンジニアの人たちも音声までは録ってないんですから」
「うん、台詞は全部妄想だけど? 一人アテレコ楽しくない? 道行く男子がじゃれ合う中で、ふとマジ顔で話し出したりしたら、会話内容妄想するのはフのたしなみ、っていうか反射行動っしょ?」
「それには心の底から同意しますけど、それと同じこと友達にやらないでくださいよ! 普段フ話とかしてる友達相手にそんなことして、我に返って猛烈に恥ずかしくなったりしないんですか!? っていうか普通にキッツいでしょ友達で妄想とか!」
「しないよ? っていうか友達で妄想とかアレでしょ、家族のガチの恋バナとかエロネタとか聞くのと同じでしょ? あたし前世の頃から、そういうの楽しく聞けちゃう方だったからさー。酒に酔わせて兄貴とか弟の初体験話聞き出すのとか、ぶっちゃけものすんごい楽しかった」
「うわぁ……ダメだ、この人ダメだー。人としてダメだー。なんなんですかホント、その羞恥系統無効ってレベルの鋼メンタル」
「えー、女子大生の頃に古本屋の十八禁コーナーでこそこそ夜のお供を探してる男子の隣に居座って物色するフリするっていうのと、ノリ的には変わんなくない?」
「いや違いますよ方向性だいぶ違いますよ、っていうかなにやってんですかやめてあげなさいよ女子大生にもなってそーいう小学生みたいなセクハラ! 正直燃え上がるものがないとはいいませんが、人として女として年下男子にやっていい真似でもないでしょそれ! ……って、そういう話をしてる場合じゃなくてですね!」
「あーうん、この子……ロワくんとフ話をすればいいんだよね?」
「ち、が、い、ますっ!! 私たちが恥ずかしさのあまり我を忘れるような話をしろ、って言われてるだけですっ! っていうかもう私エンジニアさんにしっかりがっつりフィルタリングしてもらってますから! 謁見室だろうが私の部屋だろうが、秘密にしたいというか伝えたくないと思ったことは、ロワくんには伝わらないようになってますから!」
「えー、それだったら我とか忘れようがなくない? 伝えたくない話伝わらないんでしょ?」
「……まぁそうなんですけど、それでもこれまで何度も我忘れてるので私……まぁ私だけじゃないですけど……とにかく、そーいうのも別に無理してそっちの方に話を持ってかなくてもいいって言われてますから、まずは普通に話してあげてください! 古株の神の眷族として!」
「えー、古株っつってもあたしせいぜい四千年ちょいしか神の眷族やってないんだけどなー……まぁいいや、えっと、ロワくん」
「……はい」
「君、なんかすっごい度胸据わってる……違うか、精神成熟してない? あたしらがなんかいきなりわけわかんない話始めて、君を無視してえんえん喋ってても、嫌そうな顔ひとつしないとかさ。……伝わってないんだよね?」
「えっと、はい。なにを言ってるのかさっぱりわからないです」
ロワは、さして表情を動かしもしないまま、落ち着いた声で答えた。実際、エベクレナとゾシュキアがいきなり『自分にはさっぱりわからない話』で盛り上がり始めた時にも、自分はさして驚きもせず、穏やかな気持ちでその様子を見つめることができたのだ。
「ただまぁ、これまでも似たようなことは何度かありましたし……そうなっても特に困ったこととか、あるわけでもないし。それに、きれいな人たちが楽しそうに話してるの見るのは、見てて楽しいですから」
「ぐふっ……」
「ほっほーん。君はアレだね、天然口説き系男子だね? 別に意識しなくても、口から出る言葉が全部口説き文句になっちゃうタイプ」
「いや、別にそういうわけじゃ……だって、この部屋では嘘がつけないんだから、思ったことを素直に伝えるしかないじゃないですか。普段なら思ったとしても言いませんよ、こんなぶしつけなこと……まぁ、女神さまたちほどきれいな人たちには、これまで会ったことないですから、こんなこと思うのも初めて、っていうのもありますけど」
「ぐへぇ……や、あの、ロワくん……この部屋では確かに嘘とかつけませんし、思っていることを黙ってるってだけでも抵抗感あるのは確かですけど、思ってること全部口にしなきゃいけない、ってわけでもないですからね? 思ってることの一部でも口にすれば、ある程度思ったことを隠すくらいはできますからね?」
「あ、そうなんですか……まぁでも、とりあえず今は特にエベクレナさまたちに隠したいって思うようなこと、俺ありませんし……」
「ぐふぉ……ちょ、その、ちょっとその、当たり前のこと言ってる的フェイスできわどいセリフ言ってくるの、やめてもらえませんかね……私の情緒がガチでぶん殴られて死にそうになるので……」
「? はぁ……」
なにを言っているのかよくわからなかったが、それはいつものことなのでロワは素直に口を閉じた。まぁ確かにこんなことは言わなくてもわかりきってることなので、わざわざ口にする必要もないのも確かだ。
「ちょぉぉぉ……待ってくださいよやめてくださいよその信頼感……そういう台詞は仲間のみんなにこそ言ってほしいんですけど……!?」
「や、単純に、この子あたしらが
「わかってますけど! それはわかってますけど心臓にクるんです! この子が別に口説いてるわけじゃないこととかよっくわかってますけど、情緒がぶんぶか振り回されるんです! だって推しにこんなセリフ目の前で言われて、平静保てるほど女子捨ててませんよ私!」
「うわ、乙女じゃん」
「乙女ですがなんか文句ありますか!? すいませんねぇ前世含めてろくに経験なくて!」
「いやいや、そーいう意味じゃないって、感性フレッシュじゃんって褒めてるだけ。……んー、じゃ、ロワくん」
「はい」
「おねーさんと、ちょっとマジなお話しようか」
ゾシュキアがすっ、と瞳の温度を下げて、その美貌を鋭利な刃のごとき気迫で満たし、こちらを見つめてくる。まさに女神としか言いようのない美貌が、自分に対する攻撃的な意思に満ちた表情を向けてくるのは、ロワの精神力をがっつり削ってくるものはあったが、それでもロワは一度深呼吸したのち、真正面からゾシュキアを見返し、「はい」とうなずいた。
エベクレナは自分たちが突然醸し出し始めた雰囲気に、あからさまにうろたえておろおろと自分たちの顔を見比べ始める。
「え、ちょ……ど、どうかしたんですか二人とも……今そういう顔で話始める流れでした?」
「ま、悪いけどちょっとエベっちゃんは黙っててくれる? この子とガチで話し合おうとしてるだけだからさ」
「だ、だけって……」
「ね、ロワくん」
「……はい」
「性的に、どんな女の子がタイプ?」
どべちゃ、と鈍い音を立てて、エベクレナが唐突に雲の上に突っ伏した。
「ちょ……なんですかそれ……唐突なシリアスモード展開したあげくに聞くことですか、それ!?」
「いやだからちょっと黙っててって。答えてくれる、ロワくん?」
「え、っと……好みがどうこう、って言えるほど、俺女の人をちゃんと知ってるわけじゃないんですけど……」
「それが答え?」
「………いえ。俺の乏しい人生経験の中で探すなら、って但し書きつきになりますけど、俺が生きてきた中で一番、というか初めてきれいだな、って思った女の人は、エベクレナさまです」
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