第22話 魔術師回想

「まずは供給元を断つ! 最初のでかい肉塊に向けて突っ込めっ!」


 タスレクが怒鳴り声を上げるのと同時に、ルタジュレナがぱちんと指を鳴らして小さく囁く。


「〝蓮〟」


 自分たちの足が得たわずかな浮遊感に、これまでの幾度もの鍛錬時の経験から、空中歩行の術式をかけられたのだと理解する。それに半瞬刻ルテン遅れて、練り上げられた術式が連続して解放された。


「〝三番開放みかづき九番尋訪きじぶえ十四番縁生えにしだ二十七番出居だいだい〟」


 一瞬で練り上げたとは信じられないほどの精度と魔力で、自分たち全員の能力を爆発的に増幅する術式が発動した。それと同時に、中空に白色の光がともり、近くに繋いでいた馬が見えなくなる。不可侵領域――空間が断絶している、内外どちらからも影響を与え合えない結界の中に取り込まれたのだ。


 と思うより早く、グェレーテが目にも止まらぬ速さで駆け出して、先頭に立つ。


「さぁついてきな! あたしの背中めがけて走るんだ!」


「後援は俺たちに任せろ! 行けっ!」


『はいっ!』


 声を合わせて叫び返し、グェレーテの後を追って走り出す。自分たちにはそれ以外の選択肢など残されていなかった。周囲からは、すさまじい速さでいくつものばかでかい影が近寄ってきているのだ。そんな状況で英雄さまの言う通りにしないなど、それこそ自分の死刑執行の書類に署名するようなものだろう。


 ――そんな状況に追い込まれた理由も顛末も、隅から隅までしっかり理解しておきながらも、ネーツェは心の中で絶叫していた。


『いやなんでだよ! なんで僕が邪神の眷族なんてものと戦わなきゃなんないんだよ! おかしいだろ! 責任者出てこい!』


 そんな言葉に応えてくれる者など、どこにもいないことを、身に沁みるほど理解しながら。




   *   *   *




 ネーツェ・ヤギョート・アミキスは、自分を優秀だ、とは思ったことはない。冒険者ギルドのお偉方の一人に、『魔術を学ぶことができる時点で充分天才』などというようなことを言われたが、ネーツェ自身はかけらもそんなことを思ったことはなかった。


 むしろ、どこにいても、周りにいる者のほとんどに、焼けつくような嫉妬を覚えずにはいられなかった人生だった。ネーツェは、それを自覚している。


 ネーツェの生まれは、ロヴァナケトゥルゥガの辺境の山村だった。その村では随一の大地主と言ってよかっただろう豪農の三男坊。家を継ぐ必要もなく、家にくっついていれば一生食べていける、いわゆる『気楽な立場』の人間だったと思う。


 だが、ネーツェは、そういった、平凡で画一的な『気楽な立場』で一生足踏みし続ける気はなかった。ロヴァナケトゥルゥガに生まれた人間なら、誰もが一度は〝学院〟に入ることを夢見る。術の学院、魔の学院、智の学院……先人たちが築いた数多ある学院で学び、まともな成績で卒業すれば才人、逸材として国に雇われるだろう。選良として、国中から羨望の眼差しで見つめられることになるはずだ。


 幸い、ネーツェは、それを夢見ても許される程度の才知は、生まれながらにして身に着けていた。子供の頃は、家庭教師の与える問題が簡単すぎるからとさらに上級の問題を要求するだの、家庭教師の出した問題の間違いを指摘するだのなんてことはしばしばあったし、〝学院〟の試験問題を解いてもそれなりの点数は取れた。


 自分ならやれる、こんな片田舎に閉じ込められている必要なんてない、もっとすごい、すばらしいことができる、その素質がある――などと、うぬぼれと自意識を肥大させていっても、誰も口出しができないぐらいには、知識と知能を高めることができていたわけだ。


 そして十歳の時に初めて受けた、智の学院の試験になんとかかんとか合格し(当時はこんな問題わからないことを前提に出しているに違いない、だから僕は受かっている、というような謎の確信があったのだが、今振り返ってみるとせいぜいが、合格点の端っこに引っかかったくらいだったろう)、故郷の村の人々から歓呼の声と、その裏に潜む嫉妬の嵐を受けながら、学院に入学し――


 当然、立ち上がれなくなるほど打ちのめされたわけだ。


 学院で学ぶ学問は、質も量もこれまでとはまるで違う、前提とされる勉強法がそもそも違う。授業の前に完璧な予習を要求されることも、授業の後完全なまでに復習して知識と技術を自分のものにすることを当然扱いされることも、ネーツェにはなじみがない、のみならず重苦しい負担になった。


 学院では、基本的に、これまで試験に合格するために生徒たちが続けてきた勉強よりも、さらに長く、厳しく、質のいい勉学を続けることを求められる。ほとんどの人間は、その方法がわからず、誰にも助けてもらえず落伍していくが、どの学院もそれは織り込み済みで、そのためにある程度入学試験を簡単にし、かつあちらこちらから人材を引っ張ってきて、生徒数を確保しているわけだ。


 学院内で生き残っていくためには、まず自分から『どうすればいいか考えて、今の自分の知識で足りない点について知者に助けを求める』ことを始めなくてはならない。『自分で考えて動く』ということを覚えると同時に、『他の知者に腰を低くして助けを求め、頭を下げる』という謙虚な姿勢を保たなくてはならない。


 ネーツェはその思考の会得が、他の一般的な生徒より一転刻ビジン近く遅れた。


 それはうぬぼれや自尊心からではない。そんなものは最初の数回の授業を受けただけで叩き潰された。


 自分は単純に要領が悪く、『わからないことを知るために、他の知っていそうな人に、頭を下げて詳しく話を聞く』ということが思いつかず、一転刻ビジン近くひたすらに空回っていただけなのだ。


 そして、その一転刻ビジンの遅れは、自分の学問の進捗に致命的な遅滞をもたらした。そもそも正しい勉強法を会得した上で、必死になってついていこうとしても、落伍者がぽろぽろ出るほど、難しく教えることの多い授業なのだ。一転刻ビジンも後れをとっていながら、ついていくのはほぼ不可能に近い。


 それでも必死になって頭に知識を詰め込み、なんとか一学年目の昇級試験は合格した。二学年目もかろうじて。三学年目はほぼ半死半生だった。四学年目はもう、どうやっても無理だと、落第するどころか、これ以上授業についていくのも無理だと、ネーツェの頭でもわかりきってしまっていた。


 もとより学院の授業は、四学年目から応用に入り、これまでの学問とは桁が一つ違うくらいに難しくなるのだ。自分などではもうこれ以上できない、落第して、退学になって、周囲に後ろ指をさされながら、泣きじゃくりつつ故郷に逃げ帰るしかないのだ――ということを何度も何度も再確認しながら、それこそ泣きじゃくりつつ必死に昇級試験の勉強をしていた、ある日。


 故郷から送られてきた手紙で、ネーツェは、実家が没落し、あれだけ有していた土地も田畑も山林も人の手に渡り、学院の授業料などとても払えない状態に陥った、ということを知った。


 その時に感じた想いは、正直に言えば、『安堵』しかなかったように思う。実家が没落したのならば、大手を振って自分は〝学院〟を退学することができる。授業料が払えないんだから仕方がない、と誰にでも真っ当な言い訳をぶつけることができる。授業料を減免されるような特待生ほどの成績は、とても自分では取りようがない。どうしようもなかったのだ、とむしろ満ち足りた想いすら感じて、教員たちに挨拶をし、故郷に戻った。


 そしてそこで、『地主が没落する』ということが、どれほど惨めなものかを実感することになったのだ。


 常に自作のもののみならず、方々から購入した食物で溢れた食料庫をいくつも抱え、さらには代々の当主が金に飽かせて買いあさった骨董品で溢れた蔵もいくつも有していたのに、既にそこにあるのは『差し押さえ』の札の張りつけられたものばかり。それどころかほとんどの家具や財物はどんどん家から運び出されている真っ最中で、残ったのは呆然としている父や祖父だけだった。


 話を聞いてみると、要は単純な詐欺に引っかかったというだけらしかった。詐欺師に言いくるめられ、小金を増やすくらいのつもりで投資を行って、財産を根こそぎ奪われる、学院の社会学の授業で説明されるぐらいにありふれたやり口だ。


 けれど、自分は、そんな『ありふれた』『使い古された』と思っていたやり口からすらも、家族と財産を守ることができず、帰る場所であり生活のための財貨を吐き出してくれる場所である故郷を、気づきもしないうちにあっさりと失ったのだ。


 一家は離散し、ネーツェも他にやりようもなく、故郷から逃げ出した。『自分が得た知識を正しく使っていれば家族を守ることができたのに』『自分のせいで家族は、故郷は失われたのだ』――そんな果てしなく重い、そして正しい罪悪感に、押しつぶされそうになりながら。


 それから一転刻ビジン、ネーツェは必死に職を得ようと試みたが、果たせなかった。しょせんは試験のために習い覚えただけの浅薄な知識では、仕事に必要とされるだけの知性や知識への習熟度など、得られるはずもなかったのだ。


 それでも一転刻ビジンあがいて、なんとか『まっとうな』職を得られるよう試みて果たせず。ゾシュキーヌレフまで流れつき、自分にはもうこんな職しか残されていない、と冒険者ギルドの扉を叩き。そこで今の仲間たちとパーティを組み、嫌々ながら、渋々ながら、底辺の冒険者として懸命に口を糊しながら、今まで生きてきた。


 そして今、唐突に、邪鬼と戦えという使命を与えられ、大陸でも有数の英雄たちと共に、邪神ウィペギュロクの加護を与えられた邪神の眷属たちと戦う羽目に陥っている、わけなのだが――




   *   *   *




『ふざけんな! 本っ気でおい、ふざけんなよ! なんで僕が、なんで僕がこんなことしなきゃならないんだ!』


 ネーツェは腹の中で、そう必死に喚き、当たり散らしていた。この状況のなにもかもが、徹頭徹尾、ネーツェには気に入らなかったのだ。


『なんで僕が邪鬼退治なんかしなきゃならないんだよ! そりゃ僕は今のところ冒険者で、受けた仕事は完遂しなきゃならないのはわかってるけど! でも底辺冒険者にこんな仕事よこすか、普通!? そりゃ僕も自分で契約しちゃったし、やるからにはってかしこぶってあれこれ献策とかしちゃったけど! でも、好きでやってるわけじゃ、微塵も、少しも、ないんだからなぁぁっ!?』


 そう心中で喚きまくりながら、ネーツェは一瞬刻ルテンだけ足を止め、素早く呪文を唱える。後方からシクセジリューアムに、一言で発動させた脳内標示術式で、次攻撃すべき敵の群れを指示されたのだ。


 向こうは足を止めることすらなく、こちらの頭に『あっちの敵!』という、言葉にすれば曖昧な、けれど目標がどの敵か、どの位置かということをはっきり理解させられる想念を伝える(無意識に目標が叩き込まれるので、言葉で伝えられた時のような目標の錯誤が減る)、という超絶高難度の術式を使ってきているのだ、こちらもきっちり仕事を果たさなければなにをされることか。


「〝汝八十五連の蒼白、虚空より来たりて人界に散ぜよ、終末の収縮より天を覆う負にして零の力たるべし、十二より二十八の王と三より十六の帝、九より十三の女王と八より二十一の女帝、七の皇から六の女皇に至るまでの天則によりて広がれ、爆〟!」


 走りながらの術式発動だったので、呪文をある程度長々と唱えなければ発動できなかった。ある程度敵の動きを読んで広範囲に冷嵐の術式をぶちまけることはできたものの、向こうも当然こちらがどう術式を展開するか読んで不規則機動なんぞしてきたので、半分近く取り逃す。


 なにか言われるっ、と反射的に怯え縮こまるものの、英雄たちがこちらに文句を投げつけてくることはなかった。あれ、と一瞬拍子抜けと侮りと、なんでなにも言ってこないんだという理不尽な怒りを感じたものの、それが形になるよりも早く次の目標を指示される。


 こっちがどう思うかとか完全無視か、と一瞬奥歯を噛み締めるも、即座にまた走りながらの呪文詠唱を始めた。ヒュノが先頭になってパーティ全員が敵に向けて突貫しているのだ、足を止めるのは人生の終了へ突き進むのとほぼ同義。死にたくなければ英雄たちの『的確な』指示に、少しでもマシな形で従うしかない。


 この『英雄たちにあれこれ指示されながら戦う』というのも、ネーツェは嫌で嫌で仕方なかったのだ。自分の発案から生まれた作戦ではあるものの。こういう作戦に落ち着くことを覚悟の上で、英雄たちと話をつけ、勉強会と作戦会議をくり返してきたものの。自分たちの生き残れる可能性が一番高い作戦は、これ以外にありえないと理解してはいたものの。


 本当のところを言えば、ネーツェは、勝ちたいなどとは思っていなかった。『生きたい』とすら思っていなかった。実際のところは単に、苦痛を味わうのが嫌なだけ。周りに責められることのない、馬鹿にされない、無難でそれなりの妥当性を有する選択肢が、自分にはこれしか思いつかなかっただけなのだ。




   *   *   *




「僕としては、やはり、みなさんに直接指示を受けながら戦うという作戦が最善だ、と思います。僕たちは、基本的にはその指示に完全服従する。僕たちを使って、みなさんに邪鬼の眷族と戦ってもらう、と言っても間違いじゃないかもしれませんね」


 移動中の訓練を始めてから数日。食事をとりながら、今日の分の反省会を終えたのち。英雄たちに頼み込んで同席をしてもらいながら、『そろそろいざ戦いになった時にどう動くか、という打ち合わせをしておこう』というネーツェの主張が通る形で、始まった作戦会議。そのしょっぱなに、ネーツェはそうきっぱり断言した。


「えー……」


「いや、てか、いいのかよそれ? この人たちに頼りすぎなんじゃねぇの?」


「っつーか、お前、ルタジュレナさんたちに、俺たちとの相互理解が足りないみたいなこと言ってなかったか?」


「この方たちの目と頭をもってすれば、この数日で僕たちの能力……数値に換算しうる身魂の力や技術の練度も、精神の明度……その能力をどの程度活かしうるか、呑み込んだ作戦をどの程度の割合完遂しうるかってことも、ほぼ完全に理解してくれたと思うからこそ、こう言ってるんだよ。邪鬼・汪が刺客を送り込んできたのなら、それを打ち倒すのはおそらく僕たちになるだろうから、できるなら僕たち自身が作戦を立案する方が望ましい、ってことも考えた上で、な」


「……つまり、この人たちの経験と頭脳なら、俺たちがどれだけ弱くて使えないかってことも考えに入れた上で、最善の作戦を立ててくれる、って思うから、そう言ってるんだよな?」


「ああ」


 ロワの言葉にはっきりうなずきを返す。こいつはなんのかんのいいつつ勘がいいので、下手にごまかしを交えるとしっかりそれを看破してくる。だからネーツェも真正面から正直に、思うところを言ったつもりだ。


 ――『自分には、全員の命を預かるほどの、知性も覚悟も気概もない』と。


「どうかお願いできませんでしょうか。少なくとも現段階では、それが最上の選択だと思うんです」


 まだ納得していない顔で、もの言いたげに口元を揺らしているヒュノ、ジルディン、カティフをとりあえず放置し、四人の英雄たちに向き直って頼み込む。少なくとも、この人たちに断る理由はないはずだ。作戦を考えるだけの情報は与えた。こちらなりの能力と意欲と矜持も見せた。


 英雄たちの感覚なり鋭い思考なりで、こちらの思惑を見抜かれるなり感じ取られるなりして、『なんとなく気に入らない』というような、単純な反感を持たれる可能性は、あえて無視していた。もちろんそういう理由で断られる可能性はそれなりにあると踏んでもいたのだが、それを考え出すと動きようがなくなるし、なにより――そんな理由ならば、ネーツェには『言い訳ができる』。


 自分が間違っているわけではないと、自分は罪を犯してはいないと、どんな時、場所でも主張することができる。……そんな自分の薄汚い保身がいつ見抜かれるのではないかと、心の中では怯えおののいていても、その感情を抱くのはあまりにいつものことすぎて、無視するより他にやり過ごしようがなかったのだ。


 四人の英雄たちは一瞬視線を交わしたのち、ネーツェに向き直って告げてくる。


「そちらがそのつもりでいてくれるなら、こちらはかまわないけれど」


「単純に経験に比して、どっちが真っ当な作戦を立てられるかっていうと、あたしたちの方だろうしね。だが、いいね? そう自分たちから言い出したからには、しっかりあたしらの作戦に従ってもらうよ」


「作戦会議中なら疑問も反問もいくらでもしてくれてかまわないけれど、いざ実戦ということになれば、ぐだぐだ言葉で逆らうようなことをされても困る。それが、自分たちの死を前提にしているようにしか思えない作戦であっても、私たちの言う通りに動いてもらう」


「作戦を人に任せるってのはそういうことだが。覚悟はいいんだな?」


「えー……」


「俺、あんまそーいう覚悟とかしたことないんすけど……」


「や、もちろんみなさんに逆らうようなことはしませんけどね!?」


 ぐだぐだもごもごと言い訳する仲間たちをよそに、ネーツェはきっぱり、真正面から頭を下げて、言ってのけた。


「かまいません。みなさんに従います。それがたぶん、一番全員が生き延びられる確率が高い。お願いします」


『………………』


 しばし場に沈黙が下りたが、それからすぐにヒュノがひょいと手を挙げた。


「じゃ、まぁ、俺も従うっすよ。ネテがここまで言うんだから、それが一番いいってことなんだろーし」


「あ、じゃー俺も! たぶんここまで言うってことは、俺もそんなには間違ってないんだろーって思うし!」


「お前ら、流されやすい奴らだな……まぁ、俺も、もちろん自分で考えた末の結論だけどな? 今回は従うのがいいかなって思うし? 賛成で」


「…………」


 一瞬、『お前ら頭使う仕事全部僕に押しつける気か、僕は天才でも英才でもないんだから、いっくらでも間違いも勘違いもやらかすんだぞ』と怒鳴り散らしたくなったが、ぎゅっと口に力を入れて閉じきり、無言を貫く。


 これまでいつも、(ほとんどの場合自分程度の頭でも自明な状況としか出くわさなかったので、ついついいい気になって)偉そうな顔と上から目線を前面に押し出しながら作戦を立ててきて、それがそこそこ図に当たるというか、最悪の結果はなんとか避ける、ぐらいの成果は上げてきてしまった以上、脳筋連中から『こいつに任せとけば問題ない』的な評価を得てしまうのは、やむをえないことだとわかっていた。


 それが、単純にこんな大きな責任ののしかかる状況など考えてもいなかったためで、現在心の中で『なにを調子に乗ってたんだあの頃の僕は、馬鹿かっ! 一回死ね!』とか自分自身を罵ってしまうくらい後悔していたとしても。


 最後に一人残ったロワは、少し考えるように目を伏せてから、四人の英雄たちに向き直って問うた。


「えっと……作戦会議中なら、疑問も反問もしていいんですね?」


 英雄たちの顔に、ごくごくわずかに感心するような色が走り、それから揃ってうなずきを返す。


「もちろん。そうでなくては作戦会議なんて呼べないでしょう?」


「それなら、俺も、かまいません。そもそも現状が、ギルドの方針からして、ある程度の死の危険を覚悟しないと、どうにもならない代物なんですから」


「ま……それを理解してるってんだったら、こっちも文句はない」


 タスレクが笑って大仰に肩をすくめてみせる。と思うや、四人揃って真剣な顔になってこちらを真っ向から見つめてくる。ネーツェとしては正直それだけで威圧されて吐きそうだったのだが、英雄たちは遠慮会釈なく話を進めた。


「まず、最初に聞いておきたいのだけど。ロワ、あなたの使う英霊召喚の術式の精度はどれくらいなの?」


「えっ……それ、は」


「これまでの話を聞いた限りじゃ、その術式は邪鬼・汪の手の者、どころかおそらく邪鬼・汪本体に対しても、充分鬼札になりうる。お前が安定して術式を発動できるっていうんだったら、正しく使いさえすりゃあ、今回の一件はほぼ勝ち確定だ」


「……ただ、英霊召喚という術式の一般的な難易度、君の召霊術師としての技術から考えて、『そうではない』と思うから訊ねているわけだけれど。どうかな? 正直なところを答えてくれるかい?」


「……はい。正直、まともに発動させることもおぼつかないというか、どれだけ魔力をつぎ込んでも、確実に成功するとは言えない感じで……邪鬼を倒すっていう、多くの英霊の方々の共感を得られるだろう目的があっても、召喚に成功する可能性は、万全な状態でも、二割あるか、どうかってくらいで……」


「え! そーなの!?」


「そうだよ……これまで改めて説明したことはなかったけど」


「いや、だってお前、これまで何度もその術式使って状況ひっくり返してきたじゃん!」


「いやそれは単に、発動するかおぼつかない術式でも、それに頼る以外に生き残る目がなさそうだったってだけで……神々の加護とか、運とか、そういうもろもろが奇跡的にうまく働いたからなんとか成功したっていう……」


 驚き慌てる仲間たちの中で、ネーツェは一人無表情を貫き――ながらも内心では、『ウッソだろオイ! お前そんな当てにならない術式使ってたのかよ! こっちはそれが成功する前提で作戦立ててたんですが!?』と周章狼狽して喚いていた。いやだってあんな死にかけの状態でも成功させるんだから、普通にやればもっと成功率が高いもんだと思うだろう。


 当てが外れてあわわわわと内心でうろたえるネーツェをよそに、英雄たちはあっさりとうなずいてみせる。


「そうだろうね……ま、そうでなけりゃおかしいな、とは思ったよ」


「英霊召喚なんていうのは、基本神々すらが討滅すべしと総意を固める、そういう巨悪に対峙する時の専用術式みたいなものだからね。いくら邪鬼を打ち果たすためという理由があっても、技術的にはまだ熟練の域に達してもいない術者が、邪鬼の手下でしかない相手に、たった一人で、まともな儀式もしないまま発動させるなんて、それこそ奇跡もいいところだと思っていたんだ」


「だから気にする必要はねぇ。そんな奇跡を当てにして作戦を立てるってのがそもそもおかしいんだからな。お前たちが遭遇した、他に選択の余地がない、って状況ならとにかく、今は切れる札が他にもいくつもあるんだ。わかったな?」


「は、はい……その、すいません……」


「気にする必要はない、って言っているでしょう。こちらもそれを前提にして作戦を考えていたわけだしね」


「えっ……」


「そ、そうなんですか?」


「うん。というか、このパーティで、あんな加護を与えられた連中を相手取るには、正直他に手段がないって感じなんだよね」


「手段……というと?」


 顔をできるだけ引き締めて問うと、シクセジリューアムは肩をすくめ、端的、というか身も蓋もない作戦を告げた。


「全員揃って、僕たちの指示した敵に向けて突っ込む。それだけさ」

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