第20話 人間関係の基本理念

「まぁ正直邪魔っていうか推しが部屋にいるっていう、夢系としか思えない状況に、ド緊張っていうか心臓はばっくんばっくんいってますけど、いつものことですからね! 正直今すぐ土下座して私なんぞが同じ空気吸っててすいませんとか言いたくなりますけど、そういうこと言われてもあなたがかえって困るってことは理解してますし! 私なんぞのおもてなしとかかえって迷惑になるっていうか、なにやっても推しが今ここに在る奇跡を穢しちゃいそうなのでなにもできませんけど、それでもよろしければ同じ部屋に存在させていただいてよろしいでしょうか!」


「いや……あの、はい……正直、意味のわからないところはいろいろありますけど……」


 というか、元は人間とはいえ今は女神さま、エベクレナたち自身は神の眷族と呼称する存在だというのに、なんでそこまで目線が下からなのかというのが一番わからないのだが。ともあれ、ロワとしては、エベクレナと一緒にいることに異存はない。この人は、いろいろ突拍子もないところはあるけど、優しくて、可愛い人だし。


「………えーっと! せっかくだから、話、続けますね! 私としては、ギュマっちゃんのこと以外にも、お話ししておきたいことがいくつかありまして!」


「あ、はい。そうおっしゃってましたね」


「えっと、まずは……」


 とエベクレナが話し始めるや、その眼前にぽとん、とどこからともなく唐突に、さっきエベクレナに渡されたものと同じような紙の箱が置かれた。え、と思わずロワは目を見開いたが、エベクレナはまるで驚きもせず、毛布の中でぽん、と手と手を合わせたと思われる音を立てる。


「あ、来た来た。とりあえず話の前に、その箱開けてもらえます? プレゼント包装で注文出したんで、普通に紙の箱を開けるノリで開けられるはずですから」


「は、はぁ……」


 戸惑いつつも、まぁ神さまの世界の贈り物なんだからこのくらい当たり前かもな、と思いつつ突然現れた紙箱に触れる。感触も封じ方も尋常、というかどこにでもあるだろう紙箱でしかない、としか思えないのに通常の存在ではありえない代物の、かけられたリボンをほどき、紙箱らしく羽のように軽い蓋を開ける。


 とたん、ふわり、とびっくりするほど心地よい香りが、箱の外に溢れ出た。華やか、澄みきった、花のような――そんなどんな形容も似合わない、しいて表すなら眩しいとか、輝かしいとか、そんな言葉で表されるのがふさわしい――というところまで考えて、その香りが、実際に輝きを伴って存在することに気づく。


 いや、輝きといっても、視覚に光として認識できるわけではない。ただ五感よりもさらに深く、魂がそれを『輝き』と認識してしまうのだ。その目に見えない輝きは、煌めきながらロワの体を取り巻き、匂いが染みつくように――というには、あまりに心地よい感覚と共に、心魂へとなだれ込んできた。


 血まみれになるほどの戦いの後で、涼やかな花の香りが鼻をくすぐるように。ごみ溜めの中で生きてきた者が、暖かいお湯と石鹼で身体を現れて、真新しい心地よい服に着替えた時のように。体の底から浄められるような、爽やかな心地が、ロワの心魂を浸し、そしてすぅっと名残を残して薄くなっていく。


 しばし呆然とするロワに、エベクレナは「ちゃんと受け取れました?」と毛布の中で首を傾げてくる。その様子に思わず笑いを誘われ、と同時にさっきの心地いい感覚はエベクレナと相対している時はいつも感じていることだよな、ということに気づき、笑顔で深々と頭を下げる。


「ありがとうございます。大切に使わせてもらいます」


「あ……いえ、あの、使うというか、そこらへんは贈り物の方が勝手に判断するというか、『生き残るために必要』って状況になったらどっちの贈り物も勝手に消費されちゃうんで、使うってほどでもないんですけど! いや本当に大したものじゃなくてむしろ申し訳なさ感満載というか、受け取っていただけたことに感謝しつつも土下座するしかない心境というか!」


「? いえ、大したものだろうとそうじゃなかろうと、エベクレナさまが俺のことを考えて送ってくれたわけですから、普通に嬉しいですけど……」


「あぁぁあ、あ~~~っと、そう! 話の続き! 邪鬼のことなんですよね、実は!」


「は、はい」


 なぜか毛布の中ですさまじい勢いでじたばたして、猛烈な勢いで感情を昂らせているのが伝わってくるので、大丈夫かな、なにか言った方がいいのかな、と思いつつも、邪鬼のこととなれば姿勢を正して聞き入らないわけにはいかない。余計な口を挟まず、エベクレナの言葉を聞く。


「なんか、ゾヌの人たちの間でも、仮称としてちゃんと登録されちゃってるみたいなんで、邪鬼・汪って呼びますが! その、それについての、神の眷族的な見解、というか……」


「えっ。それって、話してもよかったんですか?」


 これまで微塵も話題に上らなかったので、てっきり神々は、人界のそういう問題に関しては、触れないことにしているのかと思ったのだが。


「基本的に、神の眷族が、人次元にんじげんの人間相手に隠さなきゃならないことってないんですよ。以前にも、服務規定には『人次元にんじげんの存在に対して神次元しんじげんの存在が秘匿すべきことは存在しない』って明記されてる、って話したでしょ?」


「え、いや、でも……」


 これまでさんざん自分に晒してきた醜態なんかは、口止めしなくていいのだろうか。ああいう姿を言いふらしでもしたら、神の威厳を相当損なうことになると思うのだが。


「……何度も言ってますけど、私たち神の眷族は、人次元にんじげんの人間相手だったら、基本なに考えてるかとかまるわかりですからね? っていうかあれですか、あえて口にはしないっていう形を取りながら、私たちにあからさまに駄目出ししたい的な? そーですよねー、私たちほんとーにさんざん醜態晒しちゃってますしねー、人としてそれが神のやることかぁ! とか思いますよねー」


「べっ、別にそういうわけじゃ……す、すいません……」


「……まぁ、私たちの自業自得なんで、駄目出しされるのは当然だろう、とは思ってますけども。えっと、話を先に進めますと。私たちの醜態をバラされて、神の威厳が損なわれたとしても、神次元しんじげんの運営的には特に問題ないんですよ。神音かねっていうのは、祈りからも生じますけど、一番でかい供給元は『世界の正しい運行』ってやつでして。私たちが世界を正しく運営すれば、その分神音かねが生まれる。使われた神音かねは在りようを変えて世界の中を流転し、また神次元しんじげん神音かねとなって戻ってくる。エネルギーの流れとしては永久機関というか、正しい経済活動、って感じですね」


「……な、なるほど……?」


「神に向けられる祈りというのは、祈った相手に直接的に神音を届ける、支援ポイントみたいなもんで、これがなくなっても、神の眷族は困っても、神次元しんじげんは特に困りません。まぁ、個々の神の眷族にとっては、祈りがもらえるかどうかってけっこう死活問題っていうか、推し活に使える神音かねの量に関わってきますから、できる限り多くの祈りをもらえるような活動に勤しむのが普通ではありますけど……」


「え、でもそれなら、この問題が神々に広く知れ渡ったら、方々から怒られることになるんじゃ?」


「まぁ、そういう人もいるとは思います。ただ、この問題って、神次元しんじげん的には一応、機密なんですよ。神次元しんじげんのシステムの根幹にもかかわる問題ですから、パニックとか広がりかねないですからね。なんで、あなたが人次元にんじげんでこのことを喋りまくっても、神次元しんじげんの人たちには見えないように、エンジニアの人たちが情報封鎖かけてるんです」


「そ、そうなんですか……」


「あとですね、一応、神次元しんじげんでのルール……というか、建前というか……こういう風に心がけよう、っていうモットーみたいのがありましてですね。『次元は違っても、心は変わらず』とか……『神の眷族も生まれは人の子』とか。要するに、神次元しんじげんに生きてるからって、人次元にんじげんの人たちに偉ぶれるほど、大したことやってるわけじゃねぇんだぞ、みたいな」


「え、そ、そういう考え方でいいんですか?」


「えぇ、それがモットーのひとつなんです。仕事の責任としては重いですし、何気に人次元にんじげんの人たちの命的なものを背負ってたりもしますけど、それでもしょせん、私たちは人として生まれて、特殊な仕事を受け持たされたから生きる次元が変わっただけなんだから、別に人次元にんじげんの人たちよりも偉いわけじゃないんだぞ、っていう。そーいうのがあるから、こっちの都合で呼び出された子相手に、威厳がどうこうって理由で口止め強制するとかいうのは、よろしくないって判断が下されるわけです」


「い、いいんですか? 本当にそれで……」


「ええ。私も今回初めて知ったんですけど、前に起きた事件から、そういう判例ができちゃってるそうで……まぁ、その事件っていうのは、神託の内容ミスったとか、恩寵与える相手ミスったとか、そーいう類の話らしいですけどね。でまぁ、『こっちのミスの尻拭いを、人次元にんじげんの子に、強制的にさせるのはよろしくない』って人事の人たちの間で判例ができてますし、隠さなきゃならない理由も、隠さなきゃならないほどたいそうな秘密もないってわけで、神次元しんじげん的には、こっちの知ってるどんなことをどれだけ知られても問題ない、ってスタンスなんです」


「うーん……」


 言いたいことはわかるし、強制的な口止めなんてものをされずに助かったと言えばそうなのだが。それでいいのかな、という不安もぬぐえない。


「で、話を戻しますとですね。邪鬼っていうのは、邪神と呼ばれている者の加護を受けた者なわけで。職分的には、私たちの担当するところとズレてるんですよ」


「えっ……そ、そうなんですか?」


 邪神と神々は相争う存在なのだから、邪鬼も神々にとっては殲滅対象のひとつだと思っていたのだが。邪鬼の手の者と戦う時に、あんなに力を貸してくれたし。


「あれは単に推しに全力で加神音かきぃんしたというだけで……というか、邪神って呼ばれてる人たちも、私たちからすると同じ神の眷族ですからね。職掌としては、私たちと同じなんです。担当区域に神音かねを行き渡らせて、世界を正しく運行する。……ただ、趣味がとことん相容れないってだけで」


「趣味……ですか?」


「ええ……えっと、そこらへんはまた今度で。語り始めると長くなっちゃうので……ともあれ、邪神的な人たちが邪鬼を創り出すのも、神の視点からすると、別に間違ったことじゃないんです。基本邪鬼って、周囲の人間巻き込んでえげつないことしまくるんで、普通の神の眷族的には気に入らないっていうか、敵対する子たちに手を貸すことがほとんどですけど」


「は、はぁ」


 言いたいことがわかるような、いまひとつピンとこないような。


「今回の邪鬼・汪って奴も、基本的にはその例に漏れません。一般的な神の眷族としては、気に入らなくはあるけど、正面きって敵対できる相手でもない。まぁ、私たちは敵対してる子たちが推しなんで、全力で肩入れさせてもらいますけどね!」


「あ、ありがとうございます……?」


「いえいえ好きでやってることですから、というか推しの戸惑いながらの照れ笑いありがとうございます! 眩しい、推せる! っとそれはさておきですね。その邪鬼・汪のことなんですけど。ちょっと腑に落ちないなーっていうか、おかしいなってことがあるんで、お伝えしておこうと」


「おかしい……ですか?」


「ええ。邪鬼というのは、基本的には、邪神的な人たちが神音かねを使って加護したり強化したりした存在です。なんで、邪神だけに許された裏技がいくつかあるとはいえ、持てる能力は時間とともに、鍛錬の積み重ねによって上昇していくのが普通です」


「えっ……邪鬼って、そんな地道な苦労とかしてたんですか?」


「ええ。いっくら悪の郎党だからって、そんなにお手軽にほいほい強くなれたりしませんよ、ファンタジーやメルヘンじゃないんですから。いや、おおむねファンタジーですけどこの大陸。……えーまぁさておいて、ですね。今回の邪鬼・汪の能力向上スピードが、いくらなんでも早すぎるよなって思ったんですよ、私」


「そう……なんですか?」


「えぇ。一応そーいう関係の過去ログやら、有志の情報まとめやら軽くさらってみたんですけど。最初のゴブリン退治の依頼の時、邪神の眷族……ムィベキュツノクでしたっけ、と出会いましたよね? 邪神の眷族っていうのは、邪神系じゃない神の眷族と違って、『強力な魔物』として、邪神系の人が自分で創ったものが大半なんですけど」


「え、そうなんですか」


「はい。まぁ似たようなことは私たちもできるんですけどね、『眷族を創る』っていうのは業務としては認められてないですけど、『許されたこと』ではあるんで。まぁ、ギュマっちゃんの言ってたような〝写し身〟っていう眷族の方が一般的ではあるんですけどね。眷族を保有するためのリソースには限界ありますし、それだったら推してた子の写し身を残した方が精神衛生的にずっといいですし」


「は、はぁ」


「ただまぁ、邪神系の人たちって、そこらへんがわりと私たちとズレてるんで、『ぼくのかんがえたさいきょうにつよいけんぞく』的なものをいくつも創ってるんですよ。まぁ割けるリソースにも限度ありますし、そもそも極端に強くしちゃうと、召喚するためのコストが頭おかしいレベルになったりするんで、バランス重要なんですけども。でもまぁ、基本そういう眷族って、人次元にんじげんに召喚してもらって、暴れさせるために創るものなので、わりとほいほい人次元にんじげんにも出現する代物ではあるんです」


「はぁ……」


 あんなもんにほいほい出てこられたら俺たちぐらいの冒険者はたまったもんじゃないけど、と思いつつうなずくと、エベクレナはその心境も読んでしまったのだろう、苦笑して補足する。


「まぁ、人次元にんじげんで神と呼ばれる存在の眷族にしては、ってことですけど。基本私らが人次元にんじげんに介入できることってごく限られてるんで、眷族を召喚するってことにも当然、相当な幸運と実力と後押しがいるんですよ」


「そうですよね……繰り返しになりますが、ありがとうございます」


「いえいえ、推しの生存と幸福のために神音かねをぶっこめるとか、推し活やってる人間としては本気で幸せでしかないんで! ……とにかくですね、ムィベキュツノクって眷族は、術式によって召喚される存在なわけで。となると当然術式の持続時間や、召喚したものの能力をどれだけ引き出せているかってことで、術者の能力も逆算できるんですよ」


「あ……!」


 そうか。当然、そうなる。


「……その逆算した能力が、あからさまにおかしいレベルで高くなっていってる、ってことですか?」


「そうなんです。私の計算が間違ってなければですけど。そんで計算間違ってない自信とか全然ないんですけど。でも、これが合ってたらどーにもおかしいんですよ。ウィペギュロクって人が全力で神音かねぶっこんだところで、こんなハイペースで何度も限界突破できるわけないんですよ、普通にやってたらちゃんと専用のイベントが巡ってくるのを待たなきゃいけないんですから。それなのに、わずか数日でこんな桁外れの能力アップするなんて、なんかズルやってるとしか思えないんです」


「それは……邪神、ウィペギュロクが、ですか?」


「うーん、そこなんですよねー。私的にも、邪神系の人たちが、邪鬼のためにズルまでするのって、なんか違和感っていうか、普通しないだろって思っちゃうっていうか。邪神系の人たちとしても、人次元にんじげんの人間たちが滅亡するとか、嫌なはずですし。そのギリギリ寸前限界状態ぐらいにはなってほしいにしても」


「…………」


 それも充分嫌すぎると言うべきか、邪神って人間滅亡させたくはないのか意外と言うべきか、ロワは少し迷った。そんなロワの内心も読み取ったのだろう、エベクレナは小さく苦笑してから話を続ける。


「私もはっきり誰の仕業か言えるわけじゃないんですけど、少なくともウィペギュロクって人のやったことだっていう確信は持てないんですよ。となると、ことは人次元にんじげんの問題で、神次元しんじげんに生きる者は過剰に首を突っ込むべからず、という鉄則が優先されちゃうわけで。一応、人事の人の相談窓口に連絡してはみるつもりですけど、向こうも忙しいですから、この程度の疑惑でちゃんと調査してくれるかというと疑問がありまして……」


「あー……」


「私としては基本、あなたの周りの状況はきっちり観察するつもりですから、人事の人たちが動けるだけの証拠がつかめればいいなぁ、ってぐらいの当てにならない助力しか、現段階ではお約束できないんで、申し訳ないんですけど。一応、あなたも頭には入れておいてください。邪鬼・汪は、この世界のルールを破っている存在なのかもしれないって」


「わかり、ました……」


 正直自分なんぞが警戒してもなんの役に立つとも思えないのだが、情報の共有は大事だ。それに自分たちは今大英雄たちと一緒に動いているのだから、あの四人に相談してみれば、きっちりこの情報を活かした、見事な作戦を立ててくれるはず。


「……あー、やっぱあの人たちに相談するんですか……」


「え? エベクレナさま、嫌なんですか?」


「嫌っていうか……うー……そうですね、ぶっちゃけ、嫌です……」


「え、なんでですか。あの人たちがなにか不敬な真似でも?」


「そういうんじゃなくてですね……っていうか、あの四人がっていうんじゃなくてですね……その中の一部が、どうにも気に入らないっていうか……」


「え、そりゃまたなんで。っていうか一部って誰のことですか?」


 エベクレナはしばしうーうー唸って答えなかったが、ロワが黙ってじっと問いかけの視線を投げかけていると、やがてあきらめたようにため息をついたのち、決然と(毛布の中で)体を起こし、ロワに向き直ってきっぱり断言する。


「はっきり言いますけど、私あのルタジュレナってエルフの人、嫌いです」


「え、そうなんですか。なにか嫌われるようなことでもしたんですか、あの人」


「っていうかなによりもまずですね、目障りなんです」


「は?」


 意味がわからず首を傾げると、エベクレナは堰を切ったように怒濤の勢いで喋り出した。


「っていうかですね、そもそも全員男の子のパーティに一時的に女性入れるってだけでこっちとしては全力で警戒態勢に入ってるのにですね、こっちの地雷をきっちりきれいにいくつも踏んでいきやがってくださいましてね、あの女! なんで二人っきりで話す、なんでモーションかけるみたいな台詞を吐く、なんで興味を持ったみたいなそぶりで思春期少年の心を弄ぶ、ってもー正直呪わずにはいられないくらいイラッイラしてました私!」


「え……え? いや、でもあの、あの人は単に自分の研究に有益かもしれない、って思って俺に話しかけただけで、俺個人には特に興味とか……」


「そうかもしれませんけど目障りだったらないです! 向こうの腹積もりとか透けて見えるけどムカつくんです! っていうか向こうの肚が見えるからよけいにイラッとくるところもありましてですね! だいたいなんですかあの女の、全力で上からの態度! 私の前で推しにあんな偉そうに、自分の方が上だと当然のように思い込んでる態度取るとか、喧嘩売ってるとしか思えないんですけど!」


「いや……だって、エベクレナさまはあの人と直接会ってるわけじゃないでしょ? 向こうからすれば俺は氏素性も胡乱な上に加護も得ていない、駆け出し冒険者にすぎないわけで……それにそもそも冒険者として、向こうが圧倒的に上なのも確かですし……」


「そーいう問題じゃないです。能力どうこうじゃないんです。いっくら長生きしてるったって同じ人なんだから、しょせんはただの人間でしかないんだから、同じ目線の人間として話をしろってことですよ! それをあの女は偉そうにああだこうだ、私の推しに向かって上から目線で、もーっマジイラつくしかないっていうか……!」


「いや……」


 一応人として反論しておくべきだろう、という気持ちからあまり力の入っていない反論をしようとして、あ、と気づいた。ぎゃんぎゃん喚いていたエベクレナは、それに気づいたのかびくっと震え、毛布の中で身を引く。


「あの……エベクレナさま」


「なっ、なんですか?」


「まさか、とは思うんですけど。エベクレナさまがルタジュレナさんにイラついてるのって、単に若く見える美人だから、っていうことはないですよね?」


「ふぐっ……」


 絶句して、さらに数瞬沈黙し、それからエベクレナは「ええその通りですが!?」と明らかに自棄になった調子でそっくり返った(毛布の中で)。


「私別に推しに近づく女子をどいつもこいつも嫌ってるってわけじゃないですけど、それでも若く見える美人の女に近づかれて嬉しいはずないですよ、あったりまえじゃないですか! っていうか私の妄想的に、推しに女子が近づいてくるってだけでも目障りなこと甚だしいのに、それが若くて美人とかもうっ! いきなり現実に戻されて、心地いい妄想世界に思いきり泥引っかけられた気分になるんですよ! 言っときますけど私、自分より美人の女って、っていうか基本人類女性のすべてがそうですけど、人格としてどうとか友人として仲いいかどうかとかおいといて、見るたびに心の中でこっそり『おのれぇぇ、死ねぇぇ、呪われろぉぉ』みたいなくっらい怨念育っちゃうくらいひがみっぽいですからね! 人間として最低だと自分でも思いますが!」


「え、いや、あの……」


「その上私の推しになるような子は基本みんな誠実でいい子なので、成長して実力がついてきたら、そういう近づいてきた女の一人とあっさり結婚しちゃったりすんですよ! そんで普通に幸せになっちゃうし! もちろん推しが幸せになるのは嬉しいし、それまで不幸な人生を送ってきた子ほど末永く幸せになってねと感涙にむせびつつ祝福あげちゃったりしてるんですけど、それはそれとして妄想に非常に響くんですよ! 生きる喜びに全力で右フック打ち込まれたみたいな気分になるんですよ! もちろんこっちの妄想で推しの人生捻じ曲げるとか断じて許されませんしやりたいと思ったこともないですけど、できる限り最後通牒を突きつけられるのは先に延ばしてほしいっていうか、想像の翼をはばたかせる余地を残してほしいんですよ! 私の生きる喜びのために!」


「は、はぁ……?」


「せっかくパーティ内に女がいなくて、ああ今回は野営のたびに男女夜会話の心配とか男女夜這いイベントの心配とかしなくていいんだ、ってすごく心安らかに推しの生活を見せてもらってたのに、そこにいきなり若く見えるエルフ女とか! 当然のように美人とか! イラつくしムカつくし不安になるしうろたえますよ、まだ推すようになってから全然時間たってないのにいきなり男女イベントとか! 勘弁してくださいよ! それより先にパーティ内の友情イベントを起こすのが先でしょうが――――!!」


 エベクレナの腹の底からの絶叫に、ロワはいつものごとく吹っ飛ばされた。


 エベクレナがはっと我に返って手を伸ばすも、それが届くよりも早くロワの体は宙を舞う。後方へ、そして下方へ。永遠に広がるかと思うほど続く絨毯の上をすっ飛び、床に落ちるかと思いきやその床がへこんで穴が空き、その暗い穴をえんえんと下へ、下へと――






「―――っ、え? っ、ぅわっ!!」


 目を開いた瞬間、ロワは女性の瞳から向けられた視線と正面衝突する。一瞬ぽかんとして、今自分はルタジュレナから起きた瞬間の顔をのぞき込まれているのだ、と気づき、反射的に身を起こしたのを、ルタジュレナは優雅な挙措であっさりと避けた。


 周囲を見回して、自分が天幕の中にいること、仲間たちが揃って火の前で眠そうな顔を突き合わせていることを見て取り、ルタジュレナが仲間たちを追い出して、ずっと自分を観察していたのだと理解する。


「あの、ルタジュレナ、さん………?」


 意味がわからずおずおずと名前を呼ぶと、ルタジュレナは四つん這いの、自分を押し倒していたような格好からしとやかさすら感じる動きで姿勢を整え、間近から自分を見つめ、小さな声で囁いた。


「今、あなた、神託を受けていたでしょう」


「えっ……」


「心配しなくていいわ。あなたからあれこれ聞きほじったりはしないから。そんな情報集めの段階は、もう数百年も前に終えているの。そしてそれが客観的な資料にはなりえない、という結論もとうの昔に出ているわ」


 淡々とそう告げてから、ふいに、にぃっ、と背筋がぞくりとするような笑みを浮かべ、今にも唇がロワの体に触れてしまうのじゃないかと思うほど近くから、落ち着いた声ながらもわずかに喜楽の感情をにじませて囁く。


「だから、気にすることはないのよ。私は私で、勝手にあなたから情報を得させてもらうから」


 そう言ってくすりと小さく喉の奥で笑ったのち、ルタジュレナは部屋を出て行く。ロワは半ば呆然とそれを見送ったのち、深々とため息をついた。


「勝手にって……」


 気にしない、なんてことができるわけはない。あんな美人にああも近寄られたら、たとえロワでも心臓の鼓動が早まったりはするし――そんな自分を、エベクレナが『口出しはしない』と言いながらも、むきぃとこっそり逆上して荒れ狂うのが、容易に想像できてしまうのだから。

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