第19話 社会生活の必須技能

「勘弁してくださいよマジでこのパターン! 私毎回毎回ガチで死にそうな気分になるんですけど!?」


「いや、申し訳ないとは思ってますけど、俺としても好きでこういう状況に陥ってるわけじゃなくてですね……」


「っていうか今日もあなたが寝たらすぐ召喚するってエンジニアの人たち言ってたんですけど! 全然連絡来てませんよ!? それでいきなり部屋来襲ってどういうことですか、え、どういうことですか!?」


「いやだから本当申し訳ないと思ってますけど俺の意思でどうこうできることじゃなくて、あと神々の間の連絡不行き届きに関しては俺に言われてもどうしようもないです」


 そんな調子で、前回同様即座に毛布にくるまったのち、エベクレナはしばらくぎゃんぎゃん喚いて怒りを発散した。こういう時の人間は(いやもう人間ではないが)、とにかく激情を発散させてやらないとどうにもならない、というか落ち着かせても腹の底に不満が溜まることを知っていたロワは、できるだけ端的に冷静に正論を短く述べつつ、当たり散らされるのにひたすら耐える。


 幸いエベクレナは、しばしの時間で冷静さを取り戻してくれた。ますます毛布の奥にくるまり、ときおりうーうー唸りつつも、「当たり散らしてごめんなさい」と頭を下げてくる(毛布にくるまったまま)。


「いや、こちらこそ、また突然ぶしつけな真似しちゃって申し訳ありませんでした。本当に微塵も俺の意思じゃないんですけど……」


「いえ、まぁ、ぶっちゃけマジでこの展開勘弁してほしいとは思ってますけど、それはわかってます……あなたも被害者ですもんね。だからエンジニアの人たちが、対策チーム組んでまで、この問題に対処しようとしてるわけで……っていうかエンジニア! あの人たち、あなたが私の部屋に現れたのわかってるだろうになんで連絡入れてくれないんですかね!?」


「いやそれは本当俺に聞かれてもどうしようもないですけど」


「すいません、ちょっと向こうと連絡取ります。ちょっと席外しますね」


「え、その恰好でですか?」


「……いや、いいか悪いかで言えば圧倒的によくないわけですけど、しょうがないじゃないですか。言っときますけど、推しにすっぴんで会いたくないっていうの、今回もですからね? 推し活してる女子は、普通一生涯、推しとすっぴんで会うとか全力拒否し続けますからね? 今も『なにこの状況推しにこんな恥ずかしすぎる姿見せまくった上に当たり散らすとかもう自分死ぬしか』って気持ち全力で押さえつけて会話してるんですよ私?」


「す、すいません……というかこういうことで死なないでください悲しいですから……俺が後ろ向いてるっていうのじゃ、駄目なんですかね?」


「まぁ……ぶっちゃけちゃうと、そうしていただけると助かります。すいません、ありがとうございます」


「いえ……」


 というわけでロワはぐるりと後ろを向き、ついでに目もつぶった。そんな状況でもエベクレナの、空気すら華やかなものに変えてしまう人外の(紛うことなき神(の眷族)なのだから当然だが)麗しさは感じ取れてしまったが、できるだけ気にしないよう心がけて、耳に入ってくる声も極力聞き流そうとする。


「……はい、チームフォイェの方をお願いします。はい、オリェーさんでかまいません。はい…………、はい、エベクレナです。あのですね、どういうことですか。今日もロワくんが寝入ったら即座に召喚するって話になってた……え? うっそ! あっ、す、すいません……いえ、はい……あの、すいません……はい……はい、そうですね……はい、申し訳ありません……」


 しかしながらエベクレナの漏れ聞こえてくる声だけで、旗色の悪さは十二分に感じ取れてしまった。まぁエベクレナのことだから、有能にてきぱき話をこちらに有利に進める、という展開が予想できなかったのも確かだが。


「は!? ……あっ、いえ、すいません、こっちの話で、はい、すいません……」


 あっまずい、心を読み取らせて怒らせちゃったのかも、とロワは一瞬うろたえる。だがこんなことを考えていること自体エベクレナには筒抜けとなると、こちらとしてはもうどうしようもない。


「はい……はい………、はい………わかりました。すいません。ご迷惑を……はい、はい、すいません……失礼します………、あ゛ぁ゛ぁ゛~………」


 呻き声と、それから床に突っ伏した音。大丈夫かなぁと思うものの、もう振り返っていいのかわからないので背中を向けながら気を揉むしかない。


「ぅ゛あ゛ぁ゛~……も~………。………すいません、もう振り返ってもいいですよ……お待たせしました……」


「あ、はい……」


 とりあえず振り向くと、エベクレナはさらに深く毛布の中に潜り込み、かたつむりのようになっていた。うわぁ、と思いつつも、とりあえず訊ねてみる。


「えっと、結局、話し合いはどういうことになったんですか?」


「………その……なんというか、ですね……もともとの予定としては、私とエンジニアさんたちは、あなたが寝入る少し前に顔を合わせて、それから私がいつもの託宣の間に入って、あなたが寝入ったら即座に召喚する、っていうように決めてたんですよ。データ解析の進捗なんかもその時に聞かせてもらう感じで」


「はい」


「で………ですね。それでですね。実は……私が、その顔を合わせる予定時刻を、完全にブッチしちゃいましてですね……」


「え……」


「いや待ってください、私にも言い分はあるんです! あのですね、私今日はちょっと仕事が詰まっててですね、がっつり働かないといけない日だったんです! なんでその、めんどくさいなー働きたくないなーでも推し活のために神音かね稼がないとなー、っていう気持ちを少しでも慰めるために、ちらちらあなたたちの旅してるとこ見てたんですけど、なんかあなたたち、英雄的な人たちのプレッシャーのせいで全然喋ってなかったじゃないですか?」


「あ……はい。確かに喋る余裕とかない感じでしたけど……」


「それが辛くてですね……もちろん顔がいいから基本見てるだけでも心慰められはするんですけど、普段わきわききゃいきゃいしてるあなたたちがプレッシャーのあまりまともに口も利けないとか、仲間と話したいんだけど話せない苦しいつまんない寂しいって顔してるのとか、切なげな顔で背中を見つめてる顔とか見てるの辛くてですね……悲しみに浸りたい時は別ですけど、今日は私もあんまり余裕なかったんで、癒しがほしくて……」


「いや……あの、俺たちそんな顔してました?」


 まったく記憶にないことを言われ、困惑気味にそう問うと、エベクレナは毛布にくるまったまま、ぼふぼふと小さく飛び跳ねて「私にはそう見えたんです」と主張した。


「はぁ……ええと、とにかく……癒しがほしかったんですね? それで?」


「なんで、あなたたちパーティ内で会話があった時に、アラームが鳴るように設定しておいたんですよ。この端末って、そういうアラーム関係、やたら種類が豊富で……基本動画アーカイブにリアルタイムで保存されてくとはいえ、やっぱり生で見るのも大事じゃないですか?」


「はぁ……えっと、つまり……あれ、今日俺たちパーティ内でまともに喋ったこと、一回もないと思うんですけど……?」


「……そーですその通りです、私全然そういう展開予想してなくてあなたが寝入る前には会話があるはずと当然のように思い込んでて、そのせいで『野営の準備』とか『寝る準備』とかにアラーム設定する発想がなくて、ちまちま過去ログ見ながら仕事してて生の映像チェックしてなくて、気づいたら約束の時間ブッチしてたんですぅっ! えーえーわかってますよ私が阿呆なんですよ申し訳ありませんでしたぁっ! ぅうぅぅっ……」


 開き直ったかのように喚いたのち、またどっぷり落ち込んできたようでずぶずぶと床の上に(毛布にくるまったまま)くずおれる。ロワは「あー……」とその働く人間としてあまりに駄目な理由に呻くしかできなかったが、エベクレナはロワのそんな気持ちもしっかり読み取ってしまったようで「ぅううぅぅう」と半泣きになりながらごろごろ床の上を転がる。


「ぅぅうぅ……だってしょうがないじゃないですか……その時は本当に、こんな展開とか考えてもいなかったんですもん! 今から考えるとなんで気づかないの馬鹿か自分って思いますけどぉ! なんか思いつかなかったんだからしょうがないじゃないですかぁっ!」


「いや……さすがにその言い訳で、納得してくれる人はいないかと……」


「わかってますぅぅそんなのぉぉ! ……っていうか、うち……フェド大陸の神の眷族として仕事してる人たちって意味ですけど、その間では約束した時間を守るって、すんごい重視されてて……基本リモートワークだから、そこらへんけじめつけないと、ぐだぐだになっちゃうからだと思うんですけど……」


「まぁ、社会生活を送ろうとするなら、絶対守らないといけないものですよね、普通……」


「ぅううぅわかってますぅう! ……そんで……仕事上での約束破ったりとか、契約破ったりとかされても、先に約束の時間ブッチしたって事実があると、人事の人たち……うちでは、眷族同士の仕事でのトラブルを解決する、的なお仕事がメインなんですけど……にも、文句言っても相手にされないって、判例がもうできちゃってる感じで……」


「あぁ、まぁ普通の組織ならそうでしょうね……」


「うぅうーっ! ……そんで、今回エンジニアの人たちは、あなたが寝入るやいきなり私の部屋に出現したの察知して、そっちでのデータ収集に切り替えたそうで……私も万一部屋に出現した時は、データ収集に協力するって契約しちゃってて……音声とか映像とかは直接見ないってことだったから、まぁいいかなって……なので、今回みたいに、私の部屋にいきなり出現した連絡とかされなくても、怒れなくなっちゃってる感じで……」


「まぁ、その程度の逸脱なら、先に時間の約束無視した方から文句をつけるのは難しいでしょうね……」


「ぐぅぅうぅ……」


 エベクレナは毛布にくるまりながら、床の上をのたうち回り、じったんばったん身をよじりまくったが、やがて力なくぱたりと足を下ろし、動きを止めた。ロワはふぅ、と小さくため息をついて、そろそろとエベクレナに近寄り、どの辺に頭があるのかよくわからなかったが、できるだけ頭に近い場所を狙って、ぽんぽんと優しく掻い撫でる。


「…………!」


「しちゃならない失敗だったのも確かですけど、取り返しのつかない失敗ってわけでもないですよ。俺なんかが言わなくても、エベクレナさまもわかってると思いますけど……こういう失敗しない奴とか、普通いませんから。何度やっても、何度もうしないぞって反省しても、うっかりする時はうっかりするし、そのせいで周りに多大な迷惑かけるんです。本当に、何度やっても、自分がほとほと嫌になっても、馬鹿さ加減に愛想が尽きても、失敗するんですよ」


「………ぁっ、の………」


「同じ失敗を何度も繰り返すし、その失敗を取り返そうと焦ればまた失敗の上塗りをする。俺たちなんかと一緒にしちゃ失礼でしょうけど、『できない』人間っていうのはその程度のもんなんですよ。他の人たちは意識せずに簡単にできたとしても、俺たちにはできない。自分はその程度の存在だ。そういう風に決めちゃうっていうか、認めちゃうのは苦しくはありますけど……できないことをできるって思い込もうとして、抱え込んで失敗するって、一番周りに迷惑じゃないですか」


「ぁ、の……です、ね」


「できないことはできない、でいいと思うんです。自分の分際ってものを、わきまえてさえいれば。自分は世間一般の人たちみたいに、人生にたくさんのものを望むことはできないって、腹の底から理解してさえいれば。それを認めずに、自分を高めて失敗をなくそうって、戦って戦って戦い続ける生き方もありだとは思いますけど……そういうのは当然めちゃくちゃしんどいですし、失敗を取り返しのつかないところまで増やすのと紙一重なんじゃって」


「あのですね!」


「え、は、はい?」


 むっく、と突然上体を起こされて、撫でていた手を離し目を瞬かせるロワに、エベクレナはぶっきらぼう、というかつっけんどんな言い方で告げてくる。


「私! 何度も何度も言ってると思いますけど! 基本夢女じゃないので! そこのところわかっていただけますかね!」


「あ、ごめんなさい……嫌でした?」


「嫌っていうか! こういう落ち込んでる時に慰められるとか、ガチでハートに効くので! 基本普段人と話さないこともあって、心の底から救われるっていうか、しかも推しが慰めてくれてるとかもう涙で溺れそうっていうか! 真面目に尊死しそうっていうか、天に召されそうっていうか! でも私がテンションぶち上げちゃうと、前にも何度もあったみたいに、あなたが人次元にんじげんに強制送還されちゃうと思うので! 今必死に自分を抑えようとしてますんで、ご理解願いたいんですが!」


「は、はぁ……えっと、つまり……嫌ってわけじゃないんですね?」


「申し訳なさで死にたくなったり身の置き所がなさすぎたり自分が推しと同じ部屋に存在することに消滅したくなったりしてますが、あなたがこの世に存在してくれることにはひたすら感謝しかないです! 神よありがとうございますと五体投地したい気分でいっぱいです!」


「そ、そうですか……」


 正直よくわからないが、少なくとも嫌ではないのだということはわかった。これまでに何度もあった、激情のままにロワを吹き飛ばしてしまうことを避けようと懸命なことも。


「えっと……ということは、なにか、俺に話したいことがあるんですか?」


「そうですね正直土下座して床に頭擦りつけながら謝りたかったりむしろこの世から消滅したかったりしますが! そういうのはとりあえず、おいておいて……ですね」


 エベクレナの声の勢いはあからさまに失速し、おずおずとした語調になる。落ち着いたというか、真面目に話さなくてはならないことらしいな、とロワは謹聴の姿勢を取った。


「えっと………まず、ギュマっちゃん……女神ギュマゥネコーセから、お詫び的なものがありまして」


「え、お詫び? なんのですか?」


「いやこの前話した時、さんざんアレなところ見せた上に、話の途中であなた強制送還しちゃったじゃないですか」


「いや、だってあのくらい、エベクレナさまもけっこうやってますよね? 女神さまって基本ああいうものだと思ってますけど……」


「ぬぐっ……た、確かに反論しにくいところはありますが……いやでもですね、私たちとしてもああいうのは、決して本意じゃないんですよ。少なくとも私たち的には、本気であなたに幸せになってほしいというか、そのための一助となるためなら全力で神音かねをぶっ込みたいと思ってるんです」


「いや、俺としては正直ご自身の生活をなにより優先してほしいんですけど……」


「でも今の状況下だと、真面目な話、加護必要でしょ?」


「まぁ……それは、確かにそうですけど……」


 加護がある前提で、ゾシュキーヌレフのギルドや国府の上層部が作戦を立てているわけだから、加護が消滅すれば戦略そのものが崩壊する、というのはわかるのだが。ロワ自身の想いとしては、やはり女神さまたちに迷惑をかけるのは嫌だった。この優しい人に、苦しい思いはさせたくない。


「………それでですね! ギュマっちゃんとしても、ああいう風にあなたにみっともないところを見せちゃって、すごく心苦しく思ってるわけですよ。最推しってわけじゃないから、よけいに人次元にんじげんの子に迷惑かけちゃった感がすごいっていうか。あの後けっこう落ち込んでました。まぁ、受け身取るのちょっと難しい勢いで恥かきましたからね」


「はぁ……」


「なんで、その失態を取り返したいというか、贈り物をあげるからどうかこのことはなかったことに、的な斟酌をしてほしいみたいなんです。ちなみにこの贈り物はギュマっちゃんの稼いだ神音かねで買ったもので、どっかから奪い取ってきたとかそういうこと一切ないです。悪性領域が起きた時なんかに、ことを収めた功労者全員に配る粗品的なもののひとつで、どんな時も余裕をもって相当数が用意されてる、神の眷族的には当たり前、かつ人次元にんじげんの相手にも気軽に渡すことが許されてる贈答品なんで」


「いや、別にそんなものもらわなくてもわざわざ蒸し返したりしませんけど……」


「まぁ、もらってあげてくださいよ。彼女的にも、こんなもので済ませちゃうのとか嫌だったと思うんですけど、今の状態じゃ恥ずかしくて、まともに顔を合わせられない感じでしたし。あんまり神音かねを使うのも、あなたの方が気を使うだろうって諫めて、このレベルにとどめたんです。ぶっちゃけ大したものじゃないので、落ち込んだギュマっちゃんの気持ちを少しでも穏やかにするためと思って、受け取ってあげてくれませんか?」


「はぁ……」


 そこまで言われるとロワとしても、気が引けるのは変わらないが、受け取らざるをえない。エベクレナが差し出した紙製の箱を受け取って、とりあえず荷物袋にしまおうとし、エベクレナに制止された。


「すいません、とりあえずここで開けてもらっていいですか? いや、持ち帰ってもらってもいいんですけど、当初の予定としては、謁見室で開けてもらってデータの変化を見るって話だったんで。今一応確認取りましたけど、こっちで開けてもらいたいってことでしたし……」


「それはかまいませんけど。……というか、これって、中身なにが入ってるんですか?」


「『幸運』です」


「……幸運、ですか」


「はい。その人間が不幸な目に遭う時にそれを防いだり、逆に幸運が訪れた時にそれにちょっと重みを足したり、ぐらいの効果なんですけど。ぶっちゃけ、一般的な加護として与えられるものを、数百分の一にまで薄めたくらいの効果しかありません」


「簡易的な加護、って感じですか?」


「はい、そうなり…………いや、ちょっと待ってください」


「え?」


 唐突に重々しい声を出され、ロワは戸惑って箱を開けようとしていた手を止めた。エベクレナは何重もの毛布に潜り込んだままで、ぐわっと顔を上げ、毛布越しに体をずいっと近づけてくる。


「それって、つまりあれですか? あなたの、ロワくんの加護初体験を、ギュマっちゃんに取られるとか、そういうことですか?」


「え? ………そういうことに、なるんですかね?」


「やだー! 冗談じゃないですよそれどういうことですか!? 言っときますけど大陸中の数十億って人間の中から、あなたを見出して最初に加護を与えようとしたの私なんですけど!? それを私が布教した、あなたが最推しってわけでもない友達相手にぽろっと加護初体験奪われるとかマジ冗談じゃないですよ!」


「えぇぇー……」


 いきなりじったんばったんのたうち回られ、ロワとしては困惑するしかない。言ってる意味がよくわからなかったし、そもそもこの贈り物を持ってきたのはエベクレナなのに。


「今の今までその陥穽に気がつかなかったんですもん、しょうがないじゃないですかー! ギュマっちゃんも初体験奪ってやろうとかそんな意識全然なかったと思うし! でも気がついちゃったら嫌ですよ、全力拒否ですよ決まってるじゃないですか! 私が見出した子の初体験横から奪われるとか、悪夢以外の何物でもないです!」


「は、はぁ……えっと、じゃあこの贈り物を返せばいいんですね?」


「いやそれはさすがに、友達として。ギュマっちゃんとしても泣きたい気持ちになりながら準備したものだと思いますし」


「えっと……じゃあ、どうしろと?」


「やはり、ここはひとつあなたにも私の加護をぎゅぎゅぅっと」


「いや、それはお断りするって前も言ったじゃないですか」


「えー、でもこの状況下なら、加護があるかどうかって、生存率にも影響してくる重要事項だと思うんですけど? 敵は強力極まりない邪鬼なんですから、加護がないよりあった方がいいに決まってますよね?」


「だけど……そもそも、エベクレナさまはもうヒュノに加護を与えてるでしょう?」


「二人分加護を与えるくらいの甲斐性はありますよ私。今他に推してる子とかいませんし。ていうかヒュノくんに加護を与えてるのは、やっぱりあなたという最推しの、お相手としてベストオブベストだからって部分が大きいので……推し剣が強くなってくれた以上は、推し盾の子にもそれに見合うくらい強くなってもらうのは、流れとして必然じゃありません?」


「それは……」


 特殊用語が多くて意味のわからないところも多かったが、少なくともエベクレナが厚意で言ってくれているのはわかる。女神の加護を受けることが、自分の生存率を上げることも間違いないだろう。


 ただ、それはわかっていても、加護を与えるという言葉にうなずくのには抵抗があった。エベクレナの神音かねを使ってしまう罪悪感や拒否感を、たとえ無視できたとしてもだ。


 だって自分は本当に、ろくな力のない、役に立てない人間で。女神の加護を与えられても、活かすことが、与えられた恵みに見合うだけのことができるとは思えなくて。


 ――あの泥を啜りながら生きてきた数年間で身魂に刻み込まれた、『自分は弱く、愚かだ』という当たり前の事実がひっくり返されるのは、正直、ちょっと、怖いのだ。自分が血を吐きながら世界から力をもぎ取ったわけでもなく、『女神が自分を見出してくれたから』という単純な幸運で、力を得てしまうのは、自分の人生の、なにかを裏切ってしまうようで。


 黙り込んだロワを、エベクレナは毛布の奥からしばしじっと見つめていたが、やがて「うん!」とうなずいてみせた。


「わっかりました、じゃあ、私も簡易的な加護を渡すっていうのはどうですか? まともな加護じゃない、お小遣いレベルの神音かねでできちゃうぐらいの! ギュマっちゃんの『幸運』はさらにその下レベルですし、それなら私的にも不満はないですし!」


「え……エベクレナさまの、簡易的な加護っていうのは?」


「私はとりあえず、『生き延びる力』ぐらいのを考えてますけど。能力が高くなるわけでもなく、神雷しんらいを起こせるわけでもないですけど、普通なら死んでるレベルの攻撃を受けても、一度くらいは大怪我するくらいで、なんとか生き延びれる、みたいな」


「あ……そのくらい、なら」


 正直、ありがたいかもしれない。女神の加護を受けた自分の仲間たちは、これからどんどん強くなるだろう。自分がついていけなくなるのは必定だが、冒険者ギルドとしては、自分たち五人をパーティと認識して作戦を立てているようなので、少なくとも邪鬼を倒すぐらいまでは、このままパーティを組んでいる可能性が高い。


 真正面から邪鬼と対峙する可能性は低いにしても、攻撃の巻き添えをくらう可能性はあるだろうし、そんな時に一人だけ勝手に死ぬ、というのは情けないことはなはだしい。足手まといどころの話ではない。


 パーティを組んでいる以上、その価値があるだけの仕事はしたい。今のロワでも、邪鬼と対峙した時に、打てる手の一つや二つぐらいは思いつく。だがそのためには、邪鬼の攻撃の巻き添えをくらっても(わざわざロワめがけて攻撃はしてこないだろう、普通)、死なないだけの耐久力を身につけなくてはならない。


 ロワとしては薬や術法を使って、一瞬でも長く意識を保つ方法を考えていたが、『生き延びる力』があればその力を他に回せる。勝つ可能性を高められる。邪鬼を討滅するため協力するのは、女神さまの仕事の一環でもあるだろうし、ロワの気分的にもほとんど抵抗はない。


「じゃあ……申し訳ないですけど、お願いできますか?」


「もっちろん! ……それじゃ、今贈り物ポチりましたんで、ちょっと待ってもらえます? 基本神次元しんじげんの買い物って、手続きが済めばすぐに送られてくるんで、数分もかからないと思いますから」


「あ、はい……お邪魔じゃなければ」

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