第11話 儀式なるもの
「……はっ? え、な、なんで……」
あからさまに驚きうろたえるネーツェに、ギルド幹部たちはむしろ怪訝そうに、あるいはやれやれと言いたげな面持ちで説明する。
「いや、当たり前だろう……むしろなんでそんなことが可能だと思ったんだ?」
「常識的に考えて不可能でしょう、そんなことは」
「だっ、だって儀式魔術としては本当に難易度の低い部類に入るもので……!」
「なら、できるのか? 君は。その儀式魔術とやらをきっちり遂行できるのか?」
「ぼっ……く、一人では無理ですが、主導者を支援することはできます。儀式魔術の使用が可能な魔術師ならば、支援する術者がいるならまず問題なく発動と制御が可能なはず!」
「だから、その『儀式魔術の使用が可能な魔術師』ってのを調達するのが不可能だって言ってるんだよ、この世間知らずの小僧っ子が」
「はっ……? いや、だって! ゾシュキーヌレフの人口は一千万ですよ!? 低難易度の儀式魔術を行えるぐらいの魔術師が一人もいないなんてこと、数字的に考えてあるはずが……!」
「やれやれ……確認するけど。あんたはロヴァナケトゥルゥガ――ロヴァガの智の学院を中退してるそうだね?」
「っ……そうですが。それが、なにか?」
「あぁ~……」
「なるほど、それで……」
「っ、だから、それがなにか問題があるんですかとお聞きしてるんですが!?」
「問題があるから口にしてるに決まってるだろう。魔術師になるために――魔術を使うために、必要な能力がなにか、言ってみな」
ギルド幹部のやたら迫力のある老婆(体の半分くらいを覆う鱗の感じからして蜥蜴人種)にそう凄まれ、ネーツェは気圧されながらも、胸を反らして言い返す。
「魔術を言語として理解、構築するための言語学の素養。世界に干渉するため必要となる世界そのものの知識として、数学、物理学、生化学。魔力と世界の関わりを正しく知るための、魔力法理学。術式を発動させる際の、呪文を正しく唱える音感、魔術文字を正しく書けるだけの器用さ、状況を正しく認識し必要な術式を選択するための観察力、判断力。あとは、術法全般に必要な能力と同様、集中力と精神力、魔力制御の才能。そんなところだと思いますが」
「じゃあ、聞くが。それをすべて持ち合わせる人間がどれだけ希少かってことも、あんたはわかってるんだろうね?」
皮肉っぽい問いが、どういう意図で発せられたか判断しかねたのだろう、目を瞬かせてから、眉を寄せてネーツェは答えた。
「それは、もちろん、決して多くないことは承知していますが。そのために、魔術学院というものがあるんでしょう」
「決して多くないどころの話じゃないね。割合として考えても、はっきり言って極少だ。学問的素養がなければ学ぶための出発地点にさえ立てはしないし、広範かつ専門的な知識を学習し、会得して、実践の場で使えるだけの高い知性は絶対に必要になる。のみならず、本職の魔術師になるためには、複雑な術式を一瞬で選択して使えるほどの冷静な精神力も必要だし、音感だの器用さだのも要る。それに加えて術法に対する先天的な感覚も必要、と、一応の一人前にまでなるためにすらとんでもない才能と環境を要求するんだ。はっきり言って、魔術を使えるってことは、それだけで天才と呼ばれるにふさわしい能力を持ってるってことの証明なのさ」
「お……お、ぉう? そう、ですか……」
「あんたの通っていたロヴァガの智の学院は、術と魔の神ロヴァナケトゥの名を奉ずることを唯一神殿から許された国に建立された学院のひとつだ。実戦能力よりも研究者としての力量の方が優先されている学院ではあるが、それでもそこに通う者は魔術が使えて当然、つまり天才で当然、とされている。ロヴァガの他の学院同様、ロヴァガの誇る人材登用魔術技官が、大陸中から人材の上澄みを、選良中の選良を集めて構成している機関なんだよ。はっきり言うが、あんたも一般的な視点から見れば十分以上に天才なのさ」
「ぉ、お、え、はい……」
突然の褒め言葉に、ネーツェはうろたえながらも、懸命に冷静さを装ってまた眼鏡を押し上げる。だが幹部の老婆はそれを気にも留めず、きっぱり容赦なく言い放った。
「だから、『一般的』な現実ってものを知らない。魔術師って職業の希少さがわかってない。あんたみたいに学院を中退した連中は、ロヴァガの基準じゃ魔術師とは扱われないんだろうが、ロヴァガの外で生きている魔術師は、普通そういう奴らだ。きっちり学院を卒業して、一人前の魔術師とロヴァガに認められるような奴らは、基本的にロヴァガががっつり抱え込んで、国外に出そうとしない。実際、そいつらの魔術師としての技術や能力を、しっかり理解した上で相応の仕事を割り振って、その上で間違いなく相応の報酬を払ってくれる信頼がある、って点じゃ、ほとんどの国は、ロヴァガの半分にも及ばないだろうしね」
「え、っ、それって……」
「ロヴァガの外には、高位の魔術師っていう人材はまずいないんだよ。魔術師って呼ばれる奴らでも、学院を中退した半人前が普通だ。それでも十分以上に貴重な人材だけどね。この街の人口は一千万以上、ギルドに所属する冒険者の数も数万を超えるが、魔術をまともに使える冒険者はかろうじて二桁台にのぼる程度だ。ロヴァガの外の魔術師ってのは、絶対数が少なすぎるし、よっぽど特殊な事情がなけりゃ、一人前の魔術師としての能力を持ってるってこともない。儀式魔術なんて高位の魔術を使える奴は、いるわけがないんだよ」
「っ……」
「ロヴァガにゾヌが国家として、相応の報酬を支払って、魔術師を派遣してくれるよう頼むことはできるだろう。だが、これはどうしたって時間がかかりすぎる。大陸有数の歴史と伝統を誇る古格国家であるロヴァガは、その分緊急時に際しての動きが鈍い。大陸中の、ゾヌを含む主要国家には、ロヴァガが直通の連絡網を築いてはいるが、交渉と送る人材の決定にどうあがいても数日はかかってしまう」
「で、ですけどね!」
「ついでに言うなら、我らがゾシュキーヌレフの国府は、基本的に税金を正しく運用するための官僚の集まりで、ほとんどが豪商のひも付きだ。前面に立って他国と交渉ができるような人材は少ないし、そういう奴らはたとえ国難が間近に迫っていようとも、お互い全力で足を引っ張り合いをするくらい権力闘争に血道を上げてる。正直、こちらの陣営すら一枚岩になってない状態で、貴重な高位の魔術師を、ロヴァガが貸してくれるとは思えないね」
「っ……」
「いや、それでも交渉するよう国府に提案することは必要でしょう。十万の大軍を楽に蹴散らせるかもしれない一手だ、準備を試みるに越したことはないはず」
「……まぁね。儀式そのものに一日くらいの時間がかかることを考えると、儀式が終わる頃にはもう、ゾヌという街も国家も、崩壊してるだろうけどね」
『……………』
数瞬、重い沈黙が下りる――が、そんな中、ヒュノが「あっ」と声を漏らして手を叩いた。
「そうだ、ロワ。お前がやればいいじゃんか」
「……へっ?」
「――なんだい? まさか、まだなにか打つ手がある、と?」
「それならぜひとも聞かせてほしいものだ。私には、正直絶望的な状況としか思えなかったのでね。どうか忌憚のない意見を述べてもらいたい」
「いや、な、ちょっ……ちょっ……! ヒュノ、なんで俺……!? っていうかなんでこの状況で!?」
「いやだって、お前やったじゃん、ムベと戦った時に」
「へっ……?」
「英霊、だっけ? それをあの世から呼び出して俺に憑けてくれたじゃん。ああいう風にさ、すげぇ魔術が使える霊をネテにつけて、その、儀式魔術ってやつをやらせればいいんじゃねーの?」
「えっ……」
『あっ………!!』
パーティ面子は揃って納得顔で膝を打った。ギルド幹部たちの中には戸惑い顔の者たちもいたが、何人かは厳しい顔で資料をめくり始める。
「ロワ……パーティでは中衛を務める、精霊騎士……亡霊の扱いに長けているとは、聞いていなかったが?」
「そりゃあ精霊騎士ってのはこの辺……大陸中南部の区分だからな。こいつは東方から流れてきたっていうから、この辺の技術とは源流から異なっていてもおかしくない」
「召霊術というのは、基礎訓練の中に、『〝霊魂〟と向き合う方法や心構え』も含むそうですからね。死霊術師でなくとも、亡霊を召喚することができたとしても、決しておかしくはないと思いますよ。この街の冒険者にこれまで、そんなことができる人間がいなかったので、口惜しいことにその発想にはたどり着けませんでしたが……」
「いや、その、俺の場合は召喚っていうか、『伏し拝んで来てもらう』『祈って崇め奉ってお願い聞いてもらう』っていう段階なんですけど……」
耐えきれずに一応口にした説明も、小声だったせいかあっさり無視され、話はどんどん先に進んでしまう。
「先ほどの話に出た、英霊召喚の術式についてだが……持続時間は大丈夫なのかね? 儀式魔術は一日ほども時間がかかるものも多いそうだが?」
「え、ええと、持続時間は一応……本来はかなり持続時間の短い術式ではあるんですけど、召喚時に知識や技術を付与する術式を使ってもらう、って形ならなんとか……技術を付与する魔術は一日くらい楽に効果時間が持続させられる……んだよな、ネテ?」
「ああ。術式の難易度としても決して高くない。儀式魔術を使えるくらいの魔術師なら、普通は使えるはずだ」
「なるほど……敵軍を引きつけて殲滅する、って作戦案が現実味を帯びてきたじゃないか。ゾシュキア神官の子の風操術の一撃で邪鬼の眷属が倒せるっていうのは、確かな話なんだね?」
「ええ。邪鬼の恩寵がより強力になっている、とかそういった想定外の事態に陥りでもしなければ」
「そこは、まずやってみてから対応を考えるしかねぇだろうな。実際、駆け出し冒険者の術式一つに街の命運をゆだねるってのもありえねぇ話だ、国軍に一般人の避難誘導指令はもう出してあるんだし、うまくいかなかった場合も想定して、やれるだけのことはやっておかなきゃならねぇだろう」
「いや、あの、ですね……」
そもそも俺、まだ英霊召喚術式をまともに発動させる自信が全然ないんですけど、という事実を告げようとしつつも思いきる勇気が持てず、小声でぼそぼそ言葉をひねくり回している間に、議題は結論へとたどり着こうとしていた。
「それでは、儀式魔術に関わる面々には残ってもらうとして……残りの二人、ヒュノ・ウクレオとカティフ・キーンツの二人には、精鋭冒険者の援護を受けつつ、敵勢に奇襲をかけてもらう、ということでかまわんかな?」
「全力で戦おうとはしなくていい。長丁場になるだろうしな。奇襲でちっとでも敵の数を削れたらさっと退け。いや、むしろ削れなくとも、少しでも危険を感じれば退け。安全優先だ」
「少しでも敵の数を減らせれば儲けもの、というくらいの気持ちでいた方がいいでしょうね。無理はしないこと。あなたたちという人的資源を失うことこそが、この場合は我々にとって致命的な損害になりうるのですから」
心の底から真剣、という顔で、ギルド幹部の面々がこぞって、当たり前のように自分たちを重要人物扱いしてくるのは、正直居心地が悪かった。 ロワにしてみれば、実はそういう言葉も表情もまるっと嘘っこで、自分たちを前面に出して使い捨てにするつもりだという方が、はるかに信じられる展開だったのだが、ヒュノはそんな猜疑心などちらりとも浮かばない、という飄々とした笑顔でどん、と胸を叩いてみせ、カティフも(渋々ながらという顔だったが)うなずいて同意を示す。
「りょーかいっす。まっかしといてくださいよ」
「同じく、了解しました……と、これ聞こうと思ってたんですけど、冒険者の中には本当に、俺たち以外にその、邪鬼の恩寵の想定外、っていうんですか? そういう人間はいないんですか? 男ならともかくとしても、女の子だったら……その、普通にその、み、未経験って子もいるんじゃないかって思ったんですけど?」
「なに恥ずかしがってんだい、気色悪いね」
「きっ……」
「というか発想も言葉の選び方も考え方の根本まで気色悪いですよぉ、正直に言っちゃうとぉ」
「ぬっ……ぐっ……」
「まぁ質問には答えてやるけどね。実際、そういう子たちもいたさ。その大半は冒険者として独り立ちしてない、そこそこ以上の腕を持ってる連中のパーティで、修行中というか、面倒見てもらってるような子たちだったけどね」
「っ、じゃあその子たちと協力してってのは――」
「駄目だね。そういう子たちを使うわけにはいかない、少なくとも前面には立たせられない。たとえその子たちがそれなりの腕を持ってたとしてもね、前線には立たせられない理由ってのがあるのさ」
「理由……?」
「邪淫と加虐を司る邪神、ウィペギュロク――ウィグの授ける恩寵の中にはね、妖淫術という、女――それも未通の女によく効く行動不能術式を山ほど有する術法があるのさ。あんただってゴブリンの中には、妖術師や神官もいることは知ってるだろう。ウィグから恩寵を授けられた邪鬼の眷属が、その手の術を使えないわけがない。そんな術者を山ほど含むだろう群れの前に、格好の餌を差し出すような真似をしてどうするってのさ」
「そっ、それはっ……」
「まぁ、そういう子の大半は後衛だったから、精鋭冒険者たちに護衛させながら、弓矢や術式の射程を伸ばす術式を使ってもらって、遠距離からの長射程攻撃をしてもらう予定ではあるけどね。前線で斬った張ったをするだろう、あんたらとは顔を合わせることもないだろうけどさ」
老婆幹部のしごく真っ当な言葉に、カティフは『そんなんじゃちっとも意味ねぇだろぉぉ!』と言いたげに顔を歪め、声にならない声で慟哭する。ロワは『こいつこの状況で女の子たちとお近づきになれないか考えてたのか……』と、物悲しさすら感じながら思わず目頭を押さえてしまったが、すぐにはっとして声を上げた。
「あ、あのっ!」
「……どうした。なにか問題が?」
「も、問題、というか、ですね」
いや問題というならもちろん、そもそも自分が作戦の要となる術式を発動させる自信がない、というのが一番の問題なのだが。
「ぜ、前線に行くのは、ですね。その……ヒュノ一人にして、もらえませんか? というか……カティフを残してほしいんですけど」
『は……?』
「え、いや待て、どういうことだよ。俺も前線に行きたいわけじゃねぇが、儀式魔術なんてものに自分が役立つ気もまるっきりしねぇぞ」
「うん……そうだろう、とは思うんだけど」
「おい待てコラ」
「俺が、英霊召喚の術式を発動させる時に、手伝ってくれないかなって思ったんだよ」
「は? 手伝うって……なにを?」
「英霊を召喚する時には、全力で魔力を使わなくちゃならなくなる。その時に、カティフの生命力を貸してほしいんだ」
「………は?」
「カティフ、言ってたよな? アーケイジュミンから下賜された加護のひとつには、その……性欲を生命力に変える力があるって。そういう気持ちが盛り上がれば盛り上がるほど、心身に命の力が溢れて、死ににくくなるんだって」
「そっ……そりゃ、言ったけどよ! この状況で言うかんなこと!?」
エリュケテウレをはじめとした、若い女性のギルド職員たちをちらちら見ながら、小声で怒鳴るカティフに(そういった女性たちは実のところ、まるでカティフを気にした風もなく、真剣にロワの言葉を聞いているように思えたのだが)、ロワは緊張で震える舌を、必死に動かしながら頼み込んだ。
「生命力を魔力に変える技法は、どの術法でも普通にある。だから、カティフには全力で性欲を燃やしまくってもらって、それで溢れた生命力を、儀式の時に魔力として、いろんな術に使わせてもらえると成功率が上がるかな、って思ったんだけど……駄目かな」
「いや、駄目かな、って……んなことして、意味あんのか、ホントに?」
「……一考の価値はあるな。儀式魔術は長時間、常に魔力を消費し続ける代物だ。計算上は僕の魔力でもなんとか足りる、と結論付けてはいたが、突発事故が起きて余計に魔力を使わざるをえなくなる、という可能性はどんな魔術にも存在する。一発勝負以外選択肢のないこの状況下で、それは致命的になりかねない。そういう時に、大量に魔力を補填しうる人間がいるというのは、保険として安定感を大きく高めうる。生命力、それも他人の生命力を魔力に変えるというのは、効率が悪くはあるが……」
「あー、確かにそうかも。俺もソネィオ単位まで操る風を広げるってなると、魔力かっつかつになるし。制御しくじって魔力が足りなくなるとか、けっこうあるかもだし。っていうかそー考えると、カティフって生きた蓄魔石になれんのか! すげー便利だな!」
「人を道具扱いすんな! っつか、生命力を魔力に変えるとか……それやって大丈夫なんだろうな俺の命!? 本気で!」
「使う魔力を感覚的に数値換算する技術は、術法使いの基礎も基礎だ。他人の生命力だろうと、魔力として使うなら、限界がどれだけか、使える余地がどれだけか、なんてのは術を使う時に嫌でもわかるさ」
「えー、俺ちょっちそれ系苦手なんだけどなー」
「おいぃっ!」
「あ、いや、数字にするのが苦手なだけで、どんだけ使うとヤバいかとかはちゃんとわかるって! 心配すんな!」
「本当だろうな! 嘘だったら殺すぞ本気で! まかり間違ってそのせいで死んだとかになったら、ぜってぇあの世から乗り込んできてとり殺してやっからな!」
ジルディンの胸ぐらをつかみ、必死の形相でがっくんがっくん揺するカティフをよそに、幹部たちは厳しい顔で言葉を交わす。
「アーケイジュミンの加護にそんな力が……儀式の安定感、という意味ならば、カティフくんをここに残す以外の選択肢はないが」
「前線要員は足りなくなる、か……つまり、そこの、エベクレナの加護を受けた坊主が、どれだけ働いてくれるかにかかってくるわけだな」
「え、俺っすか?」
注視されて反射的に自分を指さすヒュノに、幹部たちは重々しい声をかけた。
「そうだ、ヒュノ・ウクレオ。君が一人で、他の冒険者たちの援護があるとはいえ、敵を斬り倒すことができる人間としてはたった一人で、敵勢に立ち向かえるか、それが問題になる」
「あんたには、その自信があるかい? 敵に突っ込めるか、ってことじゃなく、敵に突っ込んで、できるだけ多くの敵を斬り殺して、その上で自分も生還できる自信があるかい? たった一人で」
厳しい眼差しでそう問いかける幹部たちに、ヒュノはにかっと、あっさりとした笑顔で言ってのけた。
「大丈夫っすよ。なんとかやってみますって」
「……軽いわねぇ。本当に大丈夫なのぉ?」
「や、っつか、本当にできるかどうかってのはやってみないとわかんないっすけど、この状況じゃやるしかないっしょ? 儀式がうまくいきゃ邪鬼軍を一掃できるかもだけど、失敗する可能性もそれなりにある……んだよな、ネテ?」
「……少なくとも、皆無とは言えないな」
「だよな。だったら、少しでも市民の逃げる時間を稼ぐために、敵の進みを遅くする役はいた方がいいっしょ。別にゾヌに住んでる人たちに命懸けるほどの義理はないっすけど、それでもやっぱフツーに人が殺されるよか、生きてる方がいいに決まってますし。そのためにできることがあったのにやらなかった、なんて後悔抱え込むのもごめんなんで。やれるだけのことはやるっすよ」
「……ふん、言うじゃねぇか。よし、上等だ。ヒュノ、お前さんには一
「了解!」
「ネーツェ・ヤギョート・アミキス。お前さん、魔術儀式の知識そのものは持ってるんだな? その儀式、このギルドの祭事場でもできるか?」
「ええ、充分すぎるくらいです。魔術の儀式は基本的に場所を選びませんからね」
「あ……! できれば、使う前に、俺のやり方で聖別させてほしい、んですけど……」
慌ててロワが声を上げると、びしびしと指示を出していた鬼人種の男が、ぎろりとロワを睨みつけてきた。
「それにかかる時間は?」
「は、半
「それなら問題ねぇ。ジルディン、カティフ、お前らにはなにか問題あるか?」
「んー、俺は特に……あ、ロワが儀式場を聖別するんだったら、その後で俺も小神殿くらいは作らせてほしいかな。気休めくらいにはなるし」
「わかった、材料を用意させる」
「俺は……ですね。その……ですね。……ええいこんな非常時ですからぶっちゃけて言っちゃいますけどね! その……俺をやらしい気持ちにさせる美人だったり可愛かったりする女子を、一人でいいから用意してほしいんですけどっ!」
『…………』
エリュケテウレや出入りしているギルド職員の女子たちが、いっせいに冷厳とした視線をカティフに向ける。だが鬼人種の男は、あっさりうなずいた。
「そうだな、それも必要か。なら……」
「――私がその役目、仰せつかりましょう。ギルドの外に、そのような恥をさらすわけにはいきませんから」
エリュケテウレが零下の視線を投げかけながらそう手を挙げると、カティフが視線に怖気ながらも反論する。
「はっ、恥ってなんだよ恥ってよっ!」
「あなたのお言葉の客観的な倫理性について、ご理解いただけていないのでしょうか? やむをえない仕儀であるとはいえ、『男性の性欲を増進させる女性が欲しい』などという欲求を、ギルドが外部に向けて発信するなどというのは、それだけでギルドの面目に泥を塗るような仕業であることは明白かと思うのですが」
「ど、泥って……」
「エリュ。今はそんなことを云々してる場合じゃねぇだろうが」
「うちは冒険者ギルドなんだよ。泥をかぶってでも目的を果たすのも仕事の一環だ。ぬるい常識論吐いてんじゃないよ」
「っ……」
「……っつか、その、そーいうことより前に、だな。あんたは客観的な意見として、かなりの美少女ではあると思う、けど……その、男を、少なくとも俺をやらしい気持ちにさせ続けるってのには、その、だいぶ力不足かなー、と……」
「は?」
ぎぬん、と身が震えるほどの強烈な殺気を籠めた一瞥が叩きつけられる。カティフはひっ、と小さく呻き声を上げて後ずさったが、それでもめげずに自身の思惑を主張した。
「じっ、事実なんだからしょーがねぇだろぉ!? 俺がどんだけやらしい気分になったかってのは、俺の生命力に、つまりは儀式で使える魔力に直結すんだからおろそかにできねぇし! この状況だったらちっとでも上質な女がほしいってなんのは、ごくごくフツーの考え方だろうがよ!?」
「…………」
エリュケテウレは無言のままぶつける視線の温度をさらに下げたが、さすがにこの二人の会話を続けさせても時間の無駄だと考えたのだろう、幹部たちが間に入ってくる。
「落ち着きな、エリュ。こいつの性欲が儀式の成功率に関わってくるのは間違いないんだ、確かにおろそかにはできない問題だよ」
「そうねぇ、ここはこの子の性欲を煽るだけ煽らないといけないとこよねぇ。……で、あなた、どんな女の子が好みなの?」
「へっ?」
「時間もねぇし、ここは本職の連中に外注するしかねぇだろう。他の連中が避難する中街に留まってもらうことになる以上、相当金をはずむ必要はあるだろうが、そこは経理の連中が考えることだ。ことがうまく運びゃあ、国府に経費として奏上できる金だろうしな。だから金のことは考えねぇでいいから、どんな女が好みか言えるだけ言っとけ。できる限り注文には応える」
「え、本気すか? ほんとに? 嘘じゃなくて!? うおぉぉぉ……っ、ホントのホントに、どんな女でもっ!? ひゃっほぉぉぅっ!」
「いや、現実の女性の中から呼んでこなくちゃいけない関係上、限界はありますよ? なのでなにか奇矯な趣味でも持っていたら、それもきちんと申告してください。できる限り金を積んで、玄人の皆さんに応えてもらいますから。限界はありますが、あなたの満足度が儀式の成功率に大きく影響する以上、こちらとしてもできる限り、努力しないわけにはいきませんので」
「うぉぉっし! じゃあとりあえず女子は三人……いや、四人……いややっぱ三人で。あんま数が多いと一人一人を心行くまで味わえなくなるし! 年齢は俺と同年代で、ちょい若めと年上を一人ずつ入れて! 絶対条件は全員巨乳! 清純さよりは色気重視で、全身むっちりした感じの肉付きがいい子で……あ、でももちろん引っ込むとこは引っ込んでる子で! 顔は~、美人とか可愛いとかの範疇にちゃんと入ってる子ならどんなんでも! あ、でもできれその中でも平均以上の顔はしてる子が! あと肌が~……」
カティフの、同じパーティの仲間である自分たちからしても、わがまますぎるだろと思ってしまうくらいの怒濤の注文を、地精人種のいかにも事務仕事ができそうな眼鏡の男性が、さらさらと紙に書きつけて、待機していたギルド職員に渡してなにやら耳打ちする。その職員が脱兎の勢いで駆け出していくのを眺めやってから、男性はだらしなく笑み崩れているカティフに視線を戻し、すっぱり告げた。
「失念されていたら困るので、念を押しておきますが。どれだけ好みの相手であろうと、性行為そのものができるわけではないですからね? あなたがしてもらえるのは、あくまで性的な気分を盛り上げさせてもらうまでで、基本的には指一本触れるだけで禁則に触れますからね?」
「はっ!? ……っていや! その、ど……貞操を捨てるってのが無理なのはわかってますけど、気分を盛り上げるためってんなら、お触りくらいなら必要でしょ普通に!」
「契約書にきちんと記載してありますが、我々はウィグの恩寵における、『童貞』の定義をきちんと知っているわけではないために、その範囲を非常に広く取っています。万が一にも、『童貞』という立場を失われては困りますからね。なので、本契約においては、『積極的に性的な肉体接触を行う』というところから禁止しています。当然、たとえ相手が玄人の女性であろうと、体に触った時点で契約違反になります」
「は……え、はぁ!?」
「会議が終わり次第、あなた方パーティには全員、制約の術式をかけさせていただきますので、そういった行為を試みようと考えただけで、心身に激痛が走ることになるでしょうから、実際に契約に違反することはできないでしょうが。とりあえず、ご参考までに」
「………………!」
いかにもなにか言いたげに、カティフは口をぱくぱく開け閉めし、ギルド幹部たちを指さして、感情を叩きつけんと顔色をころころ変える――が、結局はなにも言えずにがっくりとうなだれた。契約に同意してしまった以上、後から契約書にあれこれ文句をつけたところで、誰も聞いてはくれない。そんな契約の恐ろしさについては、この巨大商業都市で生活している以上、嫌になるほど聞き知っているし経験しているのだ。
あーあ、と嘆息しつつ、やれやれと仲間たちと顔を見合わせつつ、まぁ仕方ないよなと自嘲しつつ、ロワはいろいろあきらめて、うなだれているカティフの背中をぽんぽんと叩いた。まぁ、海千山千のギルド幹部連中相手に、交渉で優位に立とうというのがそもそも間違っているのだろう。
――だから、ロワは、自分の真意に、ギルド幹部含めて、誰も気づかなかったことに心底安堵していたのだ。
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