第7話 女神さま事情談義

 いや、なにこれ、本当なにこれ。ロワは内心で、再び思った。


 なにがなんだか、どういう状況なのかさっぱりわからない、という困惑を差し置いても、すさまじい美女というか、神威すら感じる美貌の女性にだだ泣きされて手をつかまれてぶんぶん振り回されている現状に、なんというか理不尽さしか覚えない。


 超絶的な絶世の美女なのに、手を握られても、目の前でその豊かな胸部(大きい上に引っ込むところが引っ込んでいるので大迫力)をゆっさゆっさと揺らされても、正直ほとんど嬉しくない。傾国傾城どころか、世界そのものすら容易く手玉に取れるような美しい人が、いきなり珍獣化してしまった現状に、ひたすらに圧倒的な不条理を感じる。


 しかしそんなことを、なんかすごく喜んでるこの人に言うのもなんだし、というか神さま(本人の主張によると神の眷属なんだそうだが)は人の心が読めるんだから、言わずとも察しまくれるはずなのに、と唸るも、エベクレナはそんなロワの反応など意にも介さず、ずだだだだと怒濤のごとく喋りまくる。


「いやね、本当にね、見てる間私泣きそうでしたよ! っていうか泣きました! もうね、推せる! って思った子がいきなりこの世から消えるとか、眷属的には悪夢でしかないですからね! 実は私前にもいたんですよそういう子、落ちたすぐ後に死んじゃった子! もう本当あの時は数日立ち直れませんでしたね、あとで超溜まった仕事片付けなきゃならなくなるの承知で休み取らなきゃ生きられないレベルでしたからマジ! ハマった時間が短かったからショックも軽いとか冗談じゃないですよ、むしろ愛が始まったばかりのウッキウキ♪ キュンキュン♪ とか呑気にやってる状況でいきなり死なれるとか理不尽すぎて世の中に背ぇ向けたくなりますからガチで!」


「はぁ………」


「しかもね、今回は本当展開がね、理想すぎて……! 神さま私の脳内読んでんの!? って思っちゃうレベルで、ビビりましたよマジに! いやだってね、推しに加護を拒否られた後に、加護を与えた子がですよ? 私の神音かねで、神雷しんらいに応えてくれでですよ? 一生一度の誓いを推しを護るために使うとか、もう、ね!? もうね、もう……! ね!?」


「はぁ……え、ってちょっと待ってください。あの神雷しんらいって、エベクレナさまの働いて貯めた、神音かね、ですか? で発動してたんですか!?」


 思わず叫んでしまうと、エベクレナは我に返ったようで、わたわたと慌てうろたえ周章狼狽し始める。


「え、あ、あわ、あぼ、あばばばば……すっすっすいません私推し様ご本人になに言ってんでしょうっていうか不審人物ですよねマジに、いや本当すいません生きててすいませんこれから一生部屋の隅っこで畳のささくれ数えて生きていきますから、っていうか本当すいませんマジで! ごめんなさい正気じゃなかったんです神展開の後に推しご本人様に直接想いをお伝え出来るとかありえなさすぎる状況で我を忘れて……!」


「いやそれはいいですから、あの神雷しんらいが、エベクレナさまの働いて貯めた神音かねを使って発動したのかどうかってとこ、教えてもらえませんか。これは助けられた側としてはなんとしても知っておかなくちゃならないとこでしょ」


「え……」


 ぽかん、と口を開けてから、エベクレナは目頭を押さえた。驚くロワにかまわず、涙声で独り言? を呟いては震える。


「ねぇちょっとこんないい子世界にいていいんですか? いるわけないでしょってここにいますし! こんないい子の生存が許されている世界に感謝、圧倒的感謝……」


「いや……あの、エベクレナさま?」


「すいません、本当すいません、推しにキモい発言した自分が許されるどころか心配されているこの状況が、もはやいい子とか可愛いとか夢か? とかいうレベルを超えてひたすらに尊くて……いや質問に応えなきゃですよねすいません」


 こほん、と咳払いをしてロワに向き直り、エベクレナは説明を始めた。そういう真面目な素振りをしていると、やはり壮絶なまでの美女美少女ぶりだ(実年齢はともかく、見かけからしてもロワよりは年上に見えるが、目尻に残った赤さとかが、なんというか女の子っぽく見えるのだ)。


「……んんん、まずですね。前回もご説明しましたけれども、基本的に私たち神の眷属が、この世界に生きる方に加護を与える時には、神音かねを使うことになります。神音かねというのは、つまるところは、神の創りしこの世界を回すためのエネルギー……力の根源みたいなもので、普段は神に与えられた神音かねを動かして、私たち神の眷属は神の世界運営のお手伝いをしているわけです」


「はい」


「で、その労働の見返りというかお給料として、私たち眷属自身にも神音かねは渡されます。基本的に神の眷属が、自分の意志と都合で眷属としての力を使う時には、その神音かねが消費されます。加護する時にも使われますし、私たちが神雷しんらいと呼ぶ、神の意思と、我々眷属の想いと、加護を与えられる人の感情が、相乗した時に起こる……まぁフルバーストというかMAX状態というかそういう感じの、加護を与えられた人が超強化される現象を起こすためにも、当然消費されます」


「そう、ですか……」


 思わずうつむくと、エベクレナは少し慌てて、ばたばた手を振りながら言い訳する。


「いや、でも私たち曲がりなりにも、神の眷属ですからね! 神音かねがなくちゃ生きられないってわけでもないですし! っていうか飢えても死にませんし!」


「え……そうなんですか?」


 それは確かに神さまっぽい、と思わず顔を上げたロワに、エベクレナはホッとした様子で、にこにこ笑いながら正直なところをぶちまけた。


「まぁ神音かねで手に入れた食べ物とか水とかなかったら、飢餓感はあるし喉が渇いてしかたなくなったりはするんですけどね! 神音かねがないと生活必需品も娯楽用品もなんにも手に入りませんし! 前に水道代削って加護する神音かね絞り出した時は、いやぶっちゃけ死ぬわこれって思いましただいぶマジで!」


「駄目じゃないですか全力で!」


 心底からの突っ込みを入れると、さすがに自分の論旨の無茶っぷりには気づいていたらしく、「すいません……」と照れ笑いをしながらこめかみを掻いた。見かけは恐ろしいほどの美形なのに、そういう仕草はひどく日常的というか、生きている人っぽい。


「まぁ確かにね、飢えても死なないですけれども、飢えると頭が回らなかったり仕事が手につかなかったりとかありますからね。他にもちゃんとお風呂に入らないと、なんか自分の身体が臭い気がしてテンション超下ったりしますし、ちゃんとした生活を送れるだけの神音かねは、残しておかないと駄目だよなっていうのは、加護してる眷属の間でも共通認識としてあります」


「そうでしょう。それが当然ですよ」


「ただ、その……加護に使った神音かねが足りなくて、推しが死んじゃうっていうのも、やっぱり死ぬような思いしちゃいますからね」


「あ……」


 確かに、エベクレナはさっき言っていた。加護した人が、死んだことがあると。つまりそれは、力になりたい、助けてあげたい、そう願った人が死んでしまったということで。力になれなかったということで。


 ……自分の力が、その相手に与えた加護が、足りなかったせいで死んだのではないか、と自分を責めない方が無理な、そういう状況に陥ったことがあるということになるわけで。


「加護っていうのは……その眷属の権能というか、特性にもよりますけど、基本的にはその眷属に応じた能力の成長速度の増幅と、神雷しんらい発動確率の上昇っていう形で現れます。私なら、剣と戦の女神……的な神の眷属なので、剣の技……他の武器でも可ですけど、一番効率よく加護できるのは剣ですね……と、戦闘能力の向上の、効率と成長限界が消費した神音かねに応じて上がるって感じですかね。戦いの誇り的なものも司ってるので、剣とかにかけて誓ったことを果たすためにならば、神音かねで直接的にブースト……能力を向上させる、みたいなこともできますけど……」


「はい……」


 いや加護って本気で、使った神音かねに応じて効果が上がるのか……しかも基本的には成長速度の増幅と、強化状態発動の確率上昇のみで、限定的に能力を向上させるのにも、直接神音かねを消費しないと駄目とは……とロワはエベクレナの話を聞きながら、内心であれこれ考えを巡らせる。


 それじゃつまり、加護を与えたいと思った人間を生き延びらせる確率を少しでも上げるためには、本当に天井知らずに、日々神音かねを貢ぎ続けなくてはならないということではないか。『飢えても死なない』という神の眷属に対する恩寵も、それに拍車をかける一因になりかねない。


 見込んだ人間のために、その相手が生き延びることができる確率を少しでも上げるために、毎日の仕事で働いて貯めた神音かねをひたすらにつぎ込んで加護を与え続ける神の眷属たち――


 その事実に、ロワはこっそりと、目頭を押さえずにはいられなかった。


 えげつない。そして、物悲しい。


「………えっと、それで、ですね。今回の場合は、正直いろいろギリギリでした。何度も言ってますけど、私たちはしょせん神の眷属で、この世界を形作っている真の神からしてみれば、本当下請けも下請けって感じなので……世界情勢というか、状況の推移というか、誤解覚悟で言っちゃうと、運命とか……そういう類のものをどうこうしたりはできません。できるのは日々の仕事を除けば、見込んだ人間に加護を与えるだけです」


「………はい」


「なので当然ながら、私があなたに加護を与えさせてくれませんか、と打診して断られた直後に、あなた方が邪鬼関連の依頼を請けるなんて思ってもなかったですし、しかも依頼されていった先で邪神の眷属と出くわすなんて展開、予想外なんてレベルの話じゃなかったんです。私がヒュノくん……あなたの仲間の剣士くんに、加護を与えるって夢のお告げした直後にそれとか、もっとちゃんと前振りしてくれよ! って神に心の中で無茶振りしちゃうくらい」


「無茶振り……。というか……エベクレナさまは、やっぱりヒュノに加護を与えることにしたんですね」


 自分に加護を与えることを断っておきながら、仲間に加護が与えられたことをひがむなんて、恥知らずもいいところだという事実は理解しているし、それにも関わらず自分の中にそういうひがみが存在することも自覚している。なので、相手にそういう諸々が伝わってしまうのは仕方ないにしても(人間の考えなんてちらっと気にしただけで丸見えなのだそうだから)、見苦しくないように、できる限り冷静に、相手をうかがうような、疑うような考えを抱かないように、と自分を制しながら問う。


 が、エベクレナが真剣な顔で答えた言葉に、ロワは思わず眉を寄せた。


「ええ、私としてはやっぱり一番クるのは同級生同士なので」


「………はい?」


 どういう意味だろう。同級生? って、自分は学校に通っているわけでもないのに? どこから出てきたんだその言葉、と思わず考えてしまっていると、エベクレナははっと我に返った顔になって、またずだだだだと言い訳を並べ始める。


「いや違うんです! なんというか私が感じ入っているのはあくまで友情的なアレで! 純粋に、あなた方の絆に心打たれているというか! 実際にあなた方の間にどうこうとかそういうことを求めているのではなく! いやマジに、本気で、嘘ではなく! これからも仲間として、友達として仲良くしていってほしいな、という、あくまであなた方の意思を重視した、純粋……と言ってもたぶんそんなには間違ってないんじゃないかなーって感じの想いからそう申し出ただけで!」


「はぁ……? えっと、つまり、ヒュノに加護を与えたのは、俺の仲間だったからってことですか?」


「え? え、えぇ、まぁ……私、基本箱推しのタイプではあるんですけど、やっぱり最推しはあなたなので……あなたに加護を断られてどうしようって時に、ならハイパイ的にクる相手に加護すればいいのでは!? 成長して強くなっていく仲間に、複雑な想いを抱くところから始まる、そのなんていうか、絆的な? いわば想いの成長物語的なアレがきちゃうコレ!? って発想が浮かびましてですね」


「……ハイパイ?」


「え、えっとまぁとにかく! とにかくですね! 加護を与えたって言っても、一日やそこらじゃ実質効果はないに等しいわけですよ! なので邪神の眷属なんて代物が出てきた時には、やばいこれは推しが死ぬ死んでしまう、って恐怖に打ち震えました、正直」


「そう、ですか……。あ、あの、ヒュノは、俺と違って、素直に加護を受け入れたんですか?」


 女神エベクレナに真正面から、『自分たちが死んでしまうのではないかと恐怖に震えた』と伝えられ、ロワは内心うろたえながらできる限り無難な相槌を打った――ものの、我がことながらエベクレナの真正直さと引き比べて、あまりの無難さつまらなさに内心情けなくなり、つい聞かなくてもいいことまで聞いてしまい、なにを聞いているんだ(どう答えられても自分の情けなさがよけいはっきりするだけなのに)と、こっそりため息をつく。


 が、エベクレナが手をぱたぱた振りながらあっさり答えた言葉に、少し意表を衝かれて眉が寄った。


「いや、基本的に人次元にんじげんの存在は、神次元しんじげんの存在には逆らえないんです。その存在を認識するだけで圧倒されて、基本的には伏し拝むしかできなくなっちゃうんですね、文字通り次元が違うんで。なんで、ヒュノくんもそんな感じで、平伏したまま『は、はっ!』みたいに相槌打って終わりでした」


「え……でも、あの、俺、エベクレナさまに普通に聞き返したりとかしましたけど? 今もその、エベクレナさまが次元が違う存在だってのはよくわかってますけど、伏し拝むしかできないってわけでもないですし……」


「そうそう、そうなんですよ。それなんですよ。私これまでにそんな人と会ったことなかったですし、そんな話も聞いたことなかったんで、正直めっちゃうろたえました。でも今も私たちが話してる、託宣の間的な次元では、本当に嘘をつくこととか絶対できないんですよね、神の眷属でも。不正防止的な理由で、そういう特性をつけたらしいんですけど。なんで、まぁその、他にどうしようもなくて、あとテンパりまくった勢いで、ぶっちゃけるだけぶっちゃけちゃったわけで……いや、その節は本当にどうもすいませんでした……」


「え、いえ、謝ってもらうことじゃ。むしろこちらこそ、個人的なこだわりのために、エベクレナさまのご厚意を謝絶してしまって、申し訳ないと思ってます」


「くッ、謙虚すぎる、健気、推せる……いやええととにかく、今回のケースは非常にイレギュラーだったんだ、ってことです。私の部屋に突然あなたが出現したことも含めて。なんで、あれから私超特急でエンジニアに問合せして、お急ぎコースで端末はじめ、私関係の力の流れがおかしくなってないかって検査してもらいました」


「え……それって、その、神音かねがかかるんじゃ……?」


「いや、それはないです。端末の使用方法がわからない、みたいな個人的な理由で問い合わせたんじゃなくて、システムそのものが支障をきたしている可能性もある、重大事件の通報をしたわけですからね。私の仕事だけじゃなくて、神次元しんじげんそのものに影響があるかもしれないわけですから、料金はロハで、超速で仕事してくれました。ヒュノくんに加護を与えたのも、今こうして謁見室にお呼びしてあなたとお話してるのも、エンジニアさんの指示でもあるんですよ。なんでそんなことが起きたのか、状況を再現してあれこれ試してみよう、ってことで」


「え……じゃあ、その、今俺たちが話してることとかは、その……なんとかっていう、神々のお一人、なんですか、その方も? に監視されてたりするんですか?」


「あー、やっぱ気づいちゃいますよねー……はい、そうです、監視されてます。まぁ向こうもプロですから、個人的な会話に関してはスルーしてくれるというか、基本的には聞こえない状態にしといてくれますし、データ的に問題のない会話なら、ログも残さないし気にもしないってことになってますけど」


「いや、別に疑ってたわけじゃ……」


 単に、自分やエベクレナの恥ずかしい本音が他の人に聞かれるのは、嫌だなと思っただけで。


 と思うや、その思考はエベクレナにしっかり伝わってしまったらしく、エベクレナはにちゃっと口を照れ笑いっぽく歪めて、こめかみを掻く。ロワ自身も、我ながらちょっと恥ずかしい思考が直接伝わってしまったことが恥ずかしく、かといってそれを口にするのもできず、顔を赤らめながら微妙に目を逸らした。


「えー……と、それでですね。そういうわけで、なんであなたが私の部屋に突然現れることになったのか、とかは鋭意調査中なわけで、呼びつけといて原因不明とかホント申し訳ないんですけれども……」


「あ、いえ、それは別に……こちらが助けてもらった側なわけですし。ヒュノに加護を与えて、あいつのあの誓いに応じて神音かねをつぎ込んで能力増幅して、発動した神雷しんらい状態を維持するためにも、神音かねを使ってくれたわけですよね?」


「あー……まぁ……はい。嘘つけないのでぶっちゃけますけど、けっこうな額つぎ込みました……けど、あそこは全力で神音かね突っ込まない方が間違ってるところですよ、眷属的には」


「え……?」


「いや、マジな話。本気で、真剣に。だってですね、私、ヒュノくんに加護を与える時に、言ったわけですよ。『真の誓いは一生一度ですよ』みたいなことを」


「真の……誓い?」


「いやさっきも言ったように、私戦いの誇り的なものも司ってるので、剣にかけて誓う、みたいなのも権能的に非常に近いっていうか、もうほとんど司るものの一部なわけですよ。捧げられた祈りは基本的に神の眷属当人が神音かねって形に変換されて受け取れちゃうんですけど、それでも基本私たち眷属にどんな属性が付加されるか、っていうのは、人次元にんじげんの人々がどんな祈りを捧げるか、とか人々が私たちにどんな要素を見出すか、とかで決まってきちゃうんで、司るとされている対象と神の眷族って、やっぱりそれなりに関係深いんです」


「はあ」


「で、まぁ私も、否応なく誓いってものには一家言ある立場になっちゃったわけですけど、その立場から言わせてもらうと、誓約ってものは制約を多く、あるいは強く、背負い込むほど強力になるわけです。私が与えられる加護の限界値も、背負い込んだ制約の重さで決まるってくらいに。だから『一生一度の誓い』ってものほど強い誓いはない。自分の捧げた誓いをすべて神さまが見てくれる、誓いに応じた力を神さまが与えてくれる、って時に、一生に一度、この誓い以外は聞かなくていいから、この誓いを果たすためだけに加護を与えてくれ、っていう願いは、そりゃまー死ぬほど重くなるわけですよ」


「あ……」


 思わず目をみはるロワに、エベクレナはにやにやと口元を緩めながら教えてくれる。


「でね? そういうことをはっきりしっかり説明したのにね? ヒュノくんは、あの誓いを立てたわけですよ。友達護るために人生懸けるって言ってくれちゃったわけですよ。士官するために冒険者してるにもかかわらず、そういう自分のこの先の人生展望とか全部捨てて、自分の命を命懸けで護ってくれた相手のために、友達を助けるために人生使うって神に宣言してくれちゃったわけですよ! ね!? わかります!? わかりますかここの感情のクソデカさ! マジで人生懸けてんですよ、そのちょっと前までは特に意識とか全然してない普通の仲間でしかなかった相手に! 本気でその誓いにやましさとか下心とか全然なくて、ただひたすらに想いに応えようとしてるだけ、みたいな一途な少年同士の心のぶつかり合いがね!? もう、ね!? わかりますか!?」


「は……はぁ」


 だが途中からいつものごとくずだだだだと、髪を振り乱しながら満面の笑みで言葉を連打し始めたので、思わず気圧されて一歩下がった。そこでエベクレナもはっと我に返り、慌てまくってぺこぺこと頭を下げてくる。


「すっ、すっ、すいません、マジすいませんごめんなさい、本気ですいません、推しご本人さまにこんな、その……いや本当純粋にこの子たちを応援したいなって気持ちもあるんですよ!? 嘘じゃないです信じてください! 決して悪気があったわけじゃっていうか、あなた方の関係を貶めるつもりはマジでまったくなくてですね!」


「いや、そんなことは考えてませんけど……というか、その……あいつの気持ちというか、いきなりあんなことを誓ってみせた理由とかを教えてくれたのは、その……嬉しかったですし」


 もしょもしょと、我ながら煮え切らない態度でそう付け加えると、エベクレナはじっと真剣な眼差しでこちらを見つめてきた。凛々しさすら感じるほどの硬質な美貌と真正面から向き合うことになり、思わず顔をカッと熱くして目を逸らしかけ、突然エベクレナが瞳から一筋美しい涙をこぼしたのに仰天して、慌てて問う。


「あっあのっ、俺なんか、まずいこと言っちゃいましたかっ!?」


「いえむしろ最高です……パーフェクツ……ありがとうございます、こんな存在が世界に実在していることに感謝、ただ圧倒的感謝……」


「は……? え、ええと、とにかく……エベクレナさまとしては、後悔とかは全然、ないわけですか?」


「あるわけないです」


 涙を美しく指先で拭いながら、エベクレナはきっぱり断言する。


「むしろあそこでみなさんが全滅するとかいうことになった方が後悔しかなかったです。あの誓いを無駄にするとかマジどう考えてもあり得ないですよ。そんな神展開に私が手を貸せるんですよ? 私が神音かねをつぎ込めば、こんな神推し存在が生き延びられる確率が上がるんですよ? そんなの預金すべてつぎ込む勢いで使わなきゃ嘘でしょ。まぁ幸いというかなんというか、スムーズに神雷しんらいが発動してくれて、あなたの神サポートもあって、わりとあっさり邪神の眷属は倒せましたから、預金にもそこまで負担はかかりませんでしたけれども」


「そう、ですか……」


 やっぱり『ある程度は預金に負担がかかる』くらいには、神音かねをつぎ込んだわけか、と内心頭を抱えながら、ロワはとりあえずの相槌を打つ。実際、自分にどうこう言える話ではないのは分かっているのだ。


 この人が神音かねをつぎ込んで、ヒュノを加護してくれたから自分は生き延びることができている。いうなれば命の恩人だ。なんでそこまで自分なんぞに入れ込んでくれたのかは(顔とか言っていたがそれだけでそこまでするとは思えない)、さっぱりわからないが、それでも何より先に言うべきことがある。


「……エベクレナ、さま」


「え、ぅ、はい、なんでしょうか……?」


「ありがとうございました。俺と、俺の仲間を助けてくださって」


 そう言って深々と頭を下げるのに、エベクレナはやはり驚きうろたえたようだった。


「いや、いやいやいやなにもそんなに折り目正しく頭下げなくても。私別にそんな大したことしたわけじゃ全然」


「したでしょう。俺のこだわりというか、わがままを聞き入れた上で、俺の命を助けるために立ち回ってくださった。俺の仲間とも誠実に向き合った上に、頑張って働いて貯めた神音かねを、ほとんど縁もゆかりもない俺たちのために、つぎ込んで命を救う力に変えてくださった。そんな人に感謝を捧げないほど、俺も根性曲がりじゃないです」


「えー……いやでも、なんというか、推しに働いて貯めた神音かねをつぎ込むのは、どちらかというと私たちのライフワークですし、趣味……というよりはむしろ生き甲斐ですし、そんなに真正面から感謝しなきゃーって思うほどのことでも……」


「どんな理由があろうとも! ……あなたは、俺たちの命の恩人なんです。その言葉を……想いを。どうか、受け取ってはもらえませんか」


「あ……あ~~~………あーその、えっと、うん、その、はい、イエス……です。了解です、理解して、受け止めさせていただきます……」


「エベクレナさま……ありがとうございます!」


 ちょっと顔を上げて様子をうかがい、また勢いよく深々と下げる。垣間見えたエベクレナの様子からは、死ぬほどきまりが悪そうではあったが、拒否感や嫌悪感は認められなかった。ならばこちらとしては、感謝の言葉を捧げることになんの抵抗もない。


 損をこうむることを覚悟で、あるいは気にせず、自分を助けてくれた相手には感謝する。そして恩を忘れず、いつか必ずお返しをする。


 絶対的な規則というほど堅苦しくはないが、ロワが自分自身に課した決まりだ。これまで何人もの人に、いろんな恩を受けておきながら返せなかったのだ、返せる人には返したい。単純で簡単な、人と人……この場合は女神さまだが、との関係だ。


 なので改めてエベクレナに向き直り、「それじゃあ、なにかエベクレナさまは、してほしいこととかないですか」と問うと、なぜか一瞬エベクレナの瞳が、ぎらりと輝いた気がした。


「……今、なんでもって言いました?」


「え? ………いえ言ってないですっ、一言も言ってないです! あくまで俺にできる範囲で、エベクレナさまになにかできることがあったらなーってだけで!」


「ちっ……そこらへんの理性はちゃんと残してましたか」


「いやエベクレナさま、物語の悪魔みたいなこと言わないでくださいよ、曲がりなりにも信徒相手に」


「え? ……あの、私の思い違いとか覚え間違いかもしれませんけど……あなた、別に私の信者じゃありませんでしたよね? どっちかっていうと、神の眷属全般から距離を置いていた、っていう設定だった気がするんですけど」


「設定? ……えぇととにかく、距離を置いていたのは間違いないですし、今でも国がよくやる、神の教えを背景に国策を敷衍しよう、ってやり方は好きになれないですけど……それでも、自分の身を削って俺たちを助けようとしてくれた女神さまに、感謝の祈りも捧げられないほど、俺狭量じゃないですよ。『今日も生きていさせてくれてありがとう』って誰かに感謝する時に、あなたが相手だったなら、俺も心底迷いなく、感謝の気持ちを述べられそうだって思ったから」


 そう言って、(自分の現金さに)口の端で(苦めの)笑みを浮かべ、エベクレナにすっと(エベクレナに祈る時にはどういう作法がいいのか教えてほしくて)手を伸ばす。ロワなりに、できる限りの感謝と親愛の心を込めて。この想い(心の底からのありがとう)が伝わればいいと、祈る時のような真摯な気持ちで。


 それに対しエベクレナは、ロワを見つめたまま数秒硬直した。え、なに、俺なんか失礼なことした!? とロワがわたわた慌て始めた頃、腹の底からの声で絶叫する。


「夢女子になるわあぁぁァァ!!!」


「うひゃっ!?」


 心底からの感情的な、そして質量と熱量の籠った絶叫に、ロワはたまらず吹き飛んだ。どこまでも続く雲の海をごろごろと転がり、気が遠くなるほどの回転運動を繰り返し、一瞬浮遊感を感じた、と思うや猛烈な勢いで自分の身体が落下していくのを感じ――






「……お? おっ! おいみんな、ロワが目ぇ覚ましたぞ!」


「やっとかよもうっ、さんざん気ぃ揉ませやがってー!」


「あれだけ血を流して内臓も傷つけた状態で高位の術式を使ったんだ、命があるだけ御の字だろう」


 見上げているのは知らない天井、おそらくはリジ村の民家のひとつだろう。間近に聞こえるのは仲間たちの声。おそらくぶっ倒れた自分を心配して一人が様子を見つつ、村の中に残敵がいないか、邪神の眷属の手がかりらしきものがないか、と調べていたのだろう。


 自分が意識を失った時のことを思い出して、状況をなんとか把握しつつ、ロワは深いため息をついた。またこれか、と。


 自分のせいなのかエベクレナのせいなのかはわからないが、どっちにしろこういう別れ方はなんとかならないものだろうか。疲れるし、なんというかどうにも締まらない、などと考えながらのろのろと体を起こそうとして、小屋の中に入ってきたネーツェに止められた。


「あれだけの怪我をしたんだ、しばらくは安静にしておいた方がいい」


「え、いやでも……体には、傷が残ってる感じ全然しないんだけど?」


 そう言うと、ネーツェは心底忌々しげな顔になって、きっぱりしっかり言い放つ。


「それは僕たちが一生懸命、時間経過で回復してきた魔力もすべてつぎ込んでお前の傷を癒したからだ! お前がぐーすか寝こけてまるで起きようとしないから、なにか致命的な損傷でも与えられたんじゃないかと思って! 精も根も尽き果てかけた時、お前の体を探査魔術で精査することを思いついて、完全に健康体、単に寝こけてるだけ、っていう事実はもう理解してるけどな!」


「あ、あ~……その節は、大変にご迷惑を……」


「本当だっつーの! ヒュノの治療も後回しにしたんだかんな、ヒュノがそうしてくれって言うからさー」


「ヒュノが? そういえば、あいつは……」


「ロワが目ぇ覚ましたって!?」


 勢いよく部屋の中に飛び込んで叫んだヒュノに、全員の視線が集中する。だがヒュノ自身は強い視線でぎろぎろとロワの様子を観察していたので、自然目が合った。


 思わず身を引きながら、ロワの方もヒュノの様子を観察する。ロワが気を失ってからどれくらい時間が流れたかはわからないが、少なくとも傷を癒すだけの魔力が回復する時間はあったようで、傷も怪我も残っているようには見えなかった。残った村の施設を利用してか、着替えもしたらしく、少なくとも一見したところでは風呂から上がりたての、こざっぱりした雰囲気にすら感じられる。


「……傷は、もう治ったんだな」


 なのでとりあえずそう言うと、ヒュノはなぜかあからさまにムッとした顔になった。


「お前な、なに間抜けたこと抜かしてんだよ。お前の傷、どんだけ深かったかわかってんのか?」


「それは……わかってるつもりだけど」


「バカ。お前、もうちょっと手当てが遅れてたら死ぬとこだったんだぞ」


「だから、それはわかってるよ。賭ける価値があると思ったからやっただけで」


「は!? お前、自分の言ってることわかってんのか!? 本気で死ぬとこだったんだぞ!?」


「何度も言ってるだろ。わかってるよ。それでもあれが俺たちが生き残れる確率が一番高いと思ったから、やっただけだ」


『…………』


 しばし睨み合ったのち、ヒュノはネーツェの隣に置かれていた椅子にどすんと座り、は、と小さく息をついた。


「まぁいいや。別に喧嘩したかったわけじゃねぇんだ」


「それは……俺も、そうだけどさ」


「俺はさ、まぁ単に、なんつーか……お前に礼を言いたかったんだよ」


「礼? ……なんの?」


「って、自覚なしかよ。おっまえなぁ……俺があの、ムベなんとか? に、不意討ちで攻撃くらいそうになった時に、体張ってかばってくれたの忘れたのかよ? その後も俺が負けそうになった時、ちょうどに……英霊っつったっけ? を、召喚して俺に憑けてくれたしよ」


「ああ……それはまぁ、そうだけど。さっきも言ったように、俺はただ、全員が生き延びるために一番確率の高い方法をとっただけで……別に礼を言われるほどのことでも……」


「いいから礼くらい素直に言われとけよ。……っつかさ。それよりもさ、言っとかなきゃなんねーことがあんだけどよ」


 珍しく身を乗り出して、気迫をあらわにしながら言ってくるヒュノに、少しばかり引きながら問い返す。


「そ、そうか……まぁそこまで言いたいことがあるなら、どうぞ……?」


「俺な。女神さまの……剣と戦の女神、エベクレナさまの加護を受けることになったんだよ。神託があったっつーか、夢にエベクレナさまが出てきたんだよ、昨日の夜」


「お、おぉう……そ、そうか……」


 思わずさらに引きながら答えたロワにかまわず、ヒュノはやはり珍しく、照れくさげに笑いつつも胸を張り、他の面々も口々に羨ましがってみせる。


「ったく、運のいい野郎だぜ。どこで女神さまに見染められたんだか知らねぇが、加護を与えられたしょっぱなからあんな化け物倒してみせやがって」


「まぁ、あれはロワのおかげもあんだけどな」


「そーだよなぁ、おまけに神雷しんらいなんてさー……あれって神の信を受けた者の証? とかで、加護と、祈りと、真情? が調和した時にしか発動できないっていう、奇蹟みてーなやつだろ? そんなもん幾柱もの神の加護を受けた勇者とか、そーいう奴らぐらいの話だって聞いてたのにさ、なにがどーなっていきなりヒュノが発動できるよーになってんだか」


「まぁ、俺は別に、意識してやったわけじゃねーんだけどなっ」


「くっそこの野郎嬉しそうな顔しやがって! このっ、このっ、クッソ羨ましいぜこのクソ野郎が!」


「てっ、いっで、いてぇって、わははっ!」


「…………」


 がつがつ殴られながらも笑いっぱなしの、心底から溢れ出る幸福感に満ちた、押し殺そうとしても押し殺せないほどの勢いで嬉しさが湧き上がりまくっている様子のヒュノを眺めやる。


 まぁ、女神の寵を得ているというのは(しかも剣士として生きていくためには効果的なことこの上ない剣と戦の女神だ)悪くない気分ではあるだろうし、その寵愛が、それをよりどころにして邪神の眷属を倒すことができるほどに深いとなれば、調子に乗るのも一応、やむをえないと言えるのかもしれない。


 なにより、女神のあの神威に打たれた人間が、その寵愛を自分が受けているのだと実感できること。それはどんな人間でも、心を震わせずにはいられない、人生の一大事になるだろうことは、ロワにも理解できた。


 ――ただし、その女神の寵愛の仕方というのは、『あれ』である。


 内心深く息をつきながら、ロワは考える。あの女神さまの在り方が別に間違っているとは思わないが、加護を受ける、女神さまを崇める側からするとズレているのは確かだろうし、女神さまの側からしても、加護を受けた者が寵愛を受けたと調子に乗るのは、嬉しくない反応だろうと思う(その他の反応については、どんなものを喜びどんなものを厭うのか、よくわからないことが多々あるのも確かだが)。


 しかも現在自分たちは邪鬼――邪淫と加虐を司る邪神に深い寵愛を受けた〝邪なる者〟に関わっていく可能性が非常に高い身の上だ。女神の加護を受けて、邪神の眷属まで倒したとなれば、冒険者ギルドはどう転んでも、自分たちを邪鬼関係の依頼から解放するまい。


 つまりはこの先自分たちは、いろんな意味で感覚のずれているあの女神さまに、これからも加護を与えてもらえるよう、振る舞っていかなくてはならないわけで――


 まぁ女神さま自身のことを考えると、あんまり加護を与えられすぎても大丈夫だろうかと心配になるけど、とロワはカティフに本気の入った拳を入れられている(それでも満面の笑顔の)ヒュノを眺めつつ、小さくため息をついた。


 とりあえず、こいつが調子に乗りすぎないよう、見張っておくのも俺の役目になるんだろうな――そんなこれからの面倒くささを思っての嘆息も、それを眺める女神にとっては『嫉妬!? 嫉妬ですかコレ!?』と悶え転がる種になろうとは、さすがについぞ気づかないまま。


「おーい、なに一人で深刻ぶってんだよロワ。ちったぁ俺の幸運喜べってぇの」


「くっそ、うっれしそうな顔しやがって……女神さまってのはそんっなにいい女だったってのかよっ」


「あー、そりゃもうすんごかったぜ~、もうまさに神っつーか。女神としか言いようねーってくらい、人間の美人とかとは本気で次元が違うって感じ」


「くっそぉぉぉぉ! くっそ許せねえこのクソガキ羨ましすぎるだろこの野郎!」


「………はぁ」

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