第5話 推しにすっぴんで会いたい女子はいない
「う゛ぅ゛ぅ゛ぁ゛あ゛あ゛~………う゛ぅ゛ぅ゛~……ひっ……う゛ぅ゛~……」
「………いや、あの……いやその……すいません、エベクレナさま。俺が悪かったですから、その……そろそろ布団から出てきてくれませんか?」
「う゛ぅ゛ぅ゛~……」
ロワは何度もできる限り穏便に声をかけるが、エベクレナは布団にくるまったまま呻き声を上げるだけで、こちらに背を向けたまま動こうとはしない。最初にロワが声をかけるや、粗布を引きちぎるような悲鳴を上げて、頭から布団をかぶり、そこからはもうただ丸くなって呻き声を上げるだけの生物になってしまっている。
これが女神か、と思うとなんというかいろいろやるせなくなるが、ロワのせいで彼女がこんな状態に陥ってしまっているのも確かなので、できるだけ穏やかに声をかける。
「あの、………突然声をかけて、すいませんでした。その、俺もなんで突然こんなところに来たのか、全然わからなかったので、エベクレナさまが呼んだんじゃないかな、と思ったんで、遠慮なく声をかけてしまって……」
「…………」
エベクレナの呻き声がぴたり、と止まった。お、この話題は脈ありか、と勇み立つ心を抑えつつ、穏やかな調子を崩さずに続ける。
「本当、突然でびっくりしたんですけど。気づいたら突然、なんだかやたら神さまっぽい雰囲気の部屋、というかベッドの上に座ってて、目の前にエベクレナさまっぽい人が寝転がって鼻歌歌ってたんで。なんだかベッドの広さからしておかしいっていうか、見渡す限り白いシーツって感じだったし、これはどう考えてもエベクレナさまががなにかなさったんだと……」
「そーいうあれこれの前に、お聞きしたいんですけど」
エベクレナの、耳が気配を察するだけで幸せを感じてしまうような声が、低く重く恨めしげな響きを伴って心身を打つ。ロワは正直怖いものを感じたが、ここで引くのはよくない、とできるだけしゃんと背筋を伸ばし、問い返す。
「はい、なんでしょうか?」
「………さっき、あなた、私の顔………その、見ました?」
「………え? はい、そりゃ見ましたけど」
「う゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛~っ! ぁ゛あ゛~っ! もぉっ! もぉっ、もぉ~っ………!」
突然狂乱的な苦悶の声を上げられびくっとするが、エベクレナはそんなロワの反応など気にも留めず、布団をかぶって丸くなったままごろごろごろごろとベッドの上をのたうち回る。えっなに大丈夫なのかこれ、と普通に心配になってしまいおずおずと様子をうかがっていると、やがて動きを止めた布団装備物体の方から、この世の恨みつらみを凝縮して煮詰めたような響きの怨声が投げつけられてくる。
「そういう時はねぇ……これ、女神がどうこうっていうんじゃなくて、女全般に言えることだと思うんですけどねぇ……とにかく、女がオフってるというか、人に見られることまったく意識してない状態のとこ見たらねぇ、見ないふりして立ち去るか、それがダメでも背中を向けて声だけかけるか、くらいの反応してもらえるとありがたいんですけどねぇ」
「え……あの……え?」
怨声の重さに気圧されながらも、言葉の内容がまるで呑み込めずにぽかんとする。なにが言いたいのかさっぱりわからない。
「あの……エベクレナさま。つまりそれって……どういう?」
「あーもう! だーもう! そーいうウブっつーか女の見栄とか全然意識してない感じのとこ、ぶっちゃけ好感度上がるっていうかむしろそうでなきゃダメでしょくらいの勢いですけどぉっ! 要するに、フツーの女はすっぴんのとこ好感持ってる男に見られるの嫌なんです! みっともないとこ見せたくないんですぅぅ!」
エベクレナの言葉に、眉を寄せつつさっき見たエベクレナの姿を回想する。できる限り細部にわたり、思い出せる限り思い出す。エベクレナの一挙手一投足はロワに鮮烈な印象を与えてくるのでさして難しくもなかった行為を終えて、やはり納得がいかずに問いかける。
「いやあの、さっきのエベクレナさまもみっともないとことか全然なかったですけど? そりゃ表情は崩れてましたけど、その崩れ方も含めて女神さまにふさわしい美しさだったっていうか……」
言ってからいやこれはかなり恥ずかしい言い分ではないのか、そりゃ女神さまだから褒め言葉なんて飽きるほど聞いてると思うけど、と赤面しそうになるロワに、エベクレナは「カーッ!」と猫が喧嘩する時のような喚き声を上げた。
「そーいうことじゃないんですっ! あーもうこれだから男子ってもう! いやそーいうとこ好きですけどっ! 女子のお洒落は戦闘武装なんですからねっ! あなただって強敵に挑む時に、いっくら勝ち確パターンが決まってたって、武器も防具も持たないまんまとか不安すぎるでしょうが!」
「……いや……そりゃまぁ、そうでしょうけど」
なんかすごく理不尽なことで叱られてる気がする、と思いながらも、ロワは「すいませんでした」と頭を下げた。ロワの乏しい人生経験の中でも、頭に血が上っている相手には、まずひたすら謝って、頭を冷やしてもらうのが、一番マシな対処方法であろうという結論くらい出ているのだ。
実際、エベクレナは、布団にくるまったままながらも、「……まぁ、私も、いっくらすっぴん見られたからって、推しとはいえ、年下相手に取る態度じゃなかったですよね」と呟き、「すいませんでした」と頭を下げてくれた。布団にくるまったままで。
「………で、あの。今回は、エベクレナさまが、俺を呼んだわけじゃあ……?」
「違いますよそんなわけないでしょ少なくとも推しと会うなんてことになったらメイクも衣装もガッチガチの完全武装するに決まってるじゃないですか! そうじゃなかったら推しに相対していることに耐えきれずに爆散するレベルですよ! いやそれ以前に、自室で完全にリラックスしてごろごろしてる時にいきなり来襲されるとか女友達でもイヤです普通に! 男子相手とかなんてもう悶死案件ですねガチで!」
「す、すいません……じゃあ、どういうわけで、俺は?」
「………さぁ………」
「…………」
思わず無言になったロワに、エベクレナは慌てたように布団の中でぴょんこぴょんこと飛び跳ねて主張する。
「あ、今『神様なのにわからないなんて、こいつすっげーアホなんじゃないか?』って思いましたね!? 違いますからそういうのじゃないですから! そもそも私たち神じゃなくて神の眷属ですし! そりゃ普段は神の眷属としての仕事してますけど、エンジニアじゃないんですからマニュアルに書いてない反応が出た時の対処方法なんてわかりませんよ普通誰だって! 単に専門が違うだけで普段はちゃんとお仕事してるんですよホントにっ!」
「いや……別に、そこを疑ってるわけじゃないですけど」
でもちょっと、『この女神さま、神さまの中じゃあんまり優秀じゃないのかな?』ぐらいのことは思った。それを察知したのだろう、エベクレナは「ぬぐぐぅ」と呻いて、ぼすぼすと布団でベッドを叩く。
「ほんっとーに仕事してたんですからね私! 今日も定時まではきっちり仕事してましたし! それに眷属の仕事ってトラブル対処のために定時ぶっちぎって仕事続けなきゃなんないとかけっこー多いんですから! 今だって仕事終わった後で時間外業務の予定があったから、疲れた体を休めてエナジー補給するために、ごろごろしつつお気に作品読んでただけですからっ!」
「いや、別に疑ってるわけじゃないですから本当……っていうか時間外業務ってなんなんですか?」
「え? あぁ~あ~あ~、えっとあーそうか、冒険者の人たちは定時とかないですもんね、時間外業務とかそういうのの経験もないですもんね」
「はぁ……まぁ、というか女神さまのお仕事っていうものがだいぶ想像を絶してるんですけど」
「まぁええと、そうですね、基本的には事務作業ですよ。基本リモートワークで、自分の分担の地域というか、領域内に、担当の
「なるほど……」
でもやっぱりどんなことやってるのか具体的には全然わからないな、とロワはうなずきつつも、『この
でもごまかそうとすることができるっていうことは、今自分たちは、最初この
「あー……ええと、もう言っちゃいますけど、すいません、託宣の場所では神の眷属も心を偽れないっていうのは本当なんですけど、基本的に神の眷属からすると、人の心ってすごい簡単に読めちゃうんです」
「え、そうなんですか」
「ええ、『なに考えてるんだろ』ってちょっとでも思ったら、無断で心を読むのは駄目云々とか、ブレーキをかける前に即全部読み取れちゃうレベルで。吹き出しの表現が違うだけで、喋ってるのと全然変わんない、みたいな。すいません」
「ああ、いえ……」
まあ女神さまなんだからそういうことできても当たり前だよな、と思っていると、エベクレナはおずおずと、布団にくるまっていなければ上目遣いになっていただろう仕草でこちらを見上げて(寝転がった状態なので)、乞い願う口調で言ってくる。
「なので、できれば、このままごまかされていただけないかなー、と……いやまぁ私がなに言っても、こんな状況で
「いや……あの、なんていうか、そもそもその、あなたがやろうと思えば、女神の御力で、俺をどうにかするなんてそれこそ朝飯前なんじゃないんですか?」
「は!? そんなことやるわけないでしょうが!」
とりあえず疑問に思ったことを聞いてみるや、そう、予想外の勢いで憤懣に満ちた声が返ってくる。それは極めて心外なことを言われた者の不本意さを主張する声そのもので、ロワは思わず目を瞬かせた。
「あ……すいません、その。でも、できるん、ですよね?」
「できるできない以前に、そんなことするわけないでしょ曲がりなりにも神を崇める端くれとして!」
「いや……でも、神を崇めてるって言っても」
自分の故郷を滅ぼした者たちは、女神エベクレナを信仰していた。ゾシュキーヌレフの擁する私掠船の中には、かなり質の悪い連中もいると聞くが、そういう奴らもことあるごとに女神ゾシュキアに祈りを捧げるはずだ。神を崇めることと、一般的な倫理を遵守することは、ロワの常識では同じではない。
だが、エベクレナは、ロワのそういう想いを察知したのだろう、『お前はまったくわかっていない』とでも言いたげにぼずんぼずん布団をばたつかせながら言い切る。
「だって、ですよ? 神の一信徒がですよ? この世の誰より崇める神が創った、この美しすぎる世界に、自分のヘッタクソな線で落書きするとか、マジで許せなすぎる所業じゃないですか!?」
「………はい?」
「しかもそれがずっと残るんですよ!? 神の創った世界の一部として、私らなんかの描いた線が残り続けて、それを他の人も見ちゃうんですよ!? もうそんなの斬首ですよ斬首! 人として絶対やっちゃいけないラインぶち破ってますよ! 神が魂込めて造り出した作品をぶち壊しにしちゃうんですよ、神を穢すとかいうレベルじゃないです、神の顔に泥や汚物ぶちまけるレベルのクッソ無礼ですよ! 私いっくらなんだってそんな真似平気でできるほど頭のネジ外れてないです!」
「…………はぁ」
言ってることはさっぱり、と言うのが言いすぎでも、半分以上意味が分からなかったが。ロワは思わず、ぷすっと笑ってしまった。
とたん、エベクレナはびくんと震えて動きを止め、おそるおそるこちらの様子をうかがうように布団を揺らし出したので、ロワは慌てて手を振る。
「ああ、あの、別に悪い意味で笑ったんじゃないです。単にその、女神さまがそんなこと考えてるなんて思いもしなかったって言うか、一般人とは違うなって実感したっていうか、人間くさいのに神さまの論理で動いてるなぁっていうか」
言い訳するように言葉を重ねながら頭の中でふさわしい文言を探し、なんとかこれだ、と思うものを見つけ、急いで舌に乗せる。
「なんていうか、可愛い人だな、って思ったっていうか」
「…………!」
布団がびくん、と震えたと思うや、動かなくなる。え、と一瞬ぽかんとしてから、自分の言い草が女神さまに対するにしては失礼この上ないものだったのではないか、と理解して慌てて布団に向けて言い訳する。
「あっいえあの、悪気があって言ったわけじゃなく、失礼な言い方だったかもしれませんが、正直な本音というか、素直な気持ちを言葉にしたらああなっちゃったと言いますか、単純に好感を持ったってことを言いたかっただけで……」
「………し」
「へ? し?」
「死亡確定イベントォォォ――――ッ!!!!」
「うわぁっ!?」
布団から放たれた、魂を揺らすような質量と熱量の籠った絶叫に、ロワはたまらず吹き飛んだ。どこまでも続くシーツの海をごろごろと転がり、気が遠くなるほどの回転運動を繰り返し、一瞬浮遊感を感じた、と思うや猛烈な勢いで自分の身体が落下していくのを感じ――
「――ぁわぁっ!」
「っと! どした!?」
「……え……あ」
飛び起きてから我に返って、現在の状況を思い出す。野営中に大声を上げるなど迷惑行為以外の何物でもないので、ロワは周囲を警戒しつつこちらを見つめているヒュノに頭を下げた。
「ごめん、ちょっと寝ぼけちゃって……他のみんな、起こしちゃったかな?」
「その心配はいらねぇよ。全員ぐっすりだ。なんのかんのでみんな疲れたんだろうな、慣れねぇ馬にも乗ったし」
下がほとんどいないくらいの貧乏人である自分たちが、貸し馬など頼めるはずもない。ロワも馬に乗ったのは数年単位で久しぶりだ。思わずふ、と嘆息して、ヒュノに言う。
「見張り、代わるよ。ヒュノだって疲れてるだろ」
「お前はいいのかよ? 交代時間までまだちょっとあるぜ?」
「まぁ……目が覚めちゃったし。昔は馬にも慣れてたから、それほどは疲れてないしな」
「そっか? なら、遠慮なく」
ヒュノはうなずいて火の番の場所を代わり、他の仲間たちの隣辺りに毛布をひっかぶって寝転ぶや、すぅすぅ寝息を立て始める。やっぱり疲れてたんじゃないか、と苦笑して、焚火の前に陣取った。
炎を眺めて、たまに薪を足しながら、ぼんやり考える。あの女神、エベクレナと、さっきまでしていた二度目の邂逅。いったい、どんな意味があるのだろう。少なくとも、女神エベクレナが意図したことでないのは、確かなようだったけれど。まぁあのベッドの上は、別に嘘のつけない空間でもなかったみたいだし、エベクレナがこちらを騙していた可能性も、否定することはできないが……。
まぁなんにせよ、女神なんてお方と邂逅するなんぞ、ロワの身の丈を超えた話だ。加護を与えるという話も一応ちゃんとお断りを入れはしたし、もうあんなことは……
「ない、とは言い切れない……」
思わずぼそりと内心を漏らす。いやだってあの女神さまめちゃくちゃ隙があるというか、いろんな部分で脇が甘すぎたし。さっきまでの夢の中での出会いも、なんであんなことが起こったのかすら本人わかってない感じしたし。似たような感じでまた呼び出されるとかめちゃくちゃありえそうだ。
別にそれが嫌、というわけじゃないのだが。あの女神さまは、いろいろわけがわからない方だったけど見てて面白いのは確かだったし、言うこともやることもいろいろおかしくはあったが、筋が通っているというか、彼女なりの倫理観を感じたし。ただ、なんというか。なんというか――
「……『星に手を伸ばす子供は、一人で馬に乗せてやるがいい』……」
ふと思い出した故郷の言葉を呟いて、小さく苦笑する。どちらにせよ――自分にはどうにもしようがないことだ。
* * *
翌朝、まだ陽もまともに上がらないうちから馬を走らせることしばし。普段なら朝食の時間を少し過ぎた頃に、連なる畑の遠景に、ぽつぽつと点在する家々を柵で囲んだ、いかにも都市近在の村らしい眺めが目に入ってきた。
出発前にすでに確認してはいたが、改めて渡された資料の中にあった、地図と村の見取り図を確かめてうなずき合う。
「……あそこ、だよな。リジの村って」
「そうだな。見たところ、そう荒れ果てた気配はないが……村の人が避難したのだって数
「ゴブリンどもは、もう寝入ってる頃だろうが……ロワ。偵察、頼めるか」
一晩むせび泣いて、それなりに気力体力が回復したらしいカティフの言葉に、ロワはうなずいた。
「うん。………―――」
数度の深呼吸。肺一杯に朝の空気を吸い込み、体中に空気中にあふれる霊気を循環させる。天は地に、地は天に、巡り繋がり螺旋を成す。それを体に実感させて、ようやくそこに在るものを在るがままに見ることができるようになってくる―――
「〝………呼び声は風に、染み渡るは大地に、地は血に埋もれ流れ、巡るものは絶えずそこに在ることを知れ………〟」
故郷で学んだうろ覚えの言葉を、自分なりに研鑽して働きやすいよう、使いやすいように整えた文言にして舌に乗せる。呪文は神に捧げる祝詞であると同時に、そこに在る〝もの〟に捧げる鎮魂歌でもある。告げるべきことを告げ、告げぬべきことを省き、耳と心に心地いいように、殷々と詠ずる。
「〝祈りと誓いよここに在れ。遠き約束は繋がり合えり。生まれる前より連なる理は、命潰えし後も結び続けられしことを思い出せ……〟」
呪文が重ねられるにつれ、地面の底から染み出るように、ぼんやりとした白い影が湧き出てくる。ロワはそれを意識しないようにしながら意識するという、言葉にするとひどく矛盾したやり方で感知しながら、最後の呪を紡いだ。
「〝……乞い願う。我が依頼、聞き届けたまわんことを〟」
白い影はわずかに揺らいだ、かと思うやすっと姿を消す。術式が無事成功したことを確認し、思わずほっと息をつくロワに、ジルディンがあっけらかんと言い放った。
「ロワの使う召霊術ってさー、いろいろできて、便利は便利なんだけどさ、なっげぇよな。呪文が」
「……いや、それは、単純に俺が未熟だからなんだけどな……」
痛いところを直截に衝かれ、思わずぐらりと身を傾かせながら答える。いつもながら、ジルディンの言葉には遠慮も容赦もまるでない。
「フツーに戦いの中で使おうと思ったらあらかじめ相手の動き読んで、きっちり呪文唱え終えとくぐらいじゃねーと使えねーもんな。敵とぶち当たってから呪文唱えようとかしたら、フツーに先に戦い終わってるし」
「というか……ちゃんと術式が発動するようにするためには、今の俺だと、『集中できる状態』に心身を切り替えないと駄目だから、遭遇戦で使うのとかは実質ほぼ不可能なんだけどな……」
自分でもそれなりに気にしていることなだけに(ロワの冒険者としての能力は半ば以上が召霊術に依るものなのに、術者としての能力が半人前以下というのは普通気にする)、暗くなりながらぼそぼそと答えていると、ネーツェとカティフがなだめるように割って入った。
「まぁ、そう卑下することもないだろう。精霊でも亡霊でも妖霊でも、この世のどこにでもいるあらゆる霊魂を、召喚して制御し力を発揮させる、という術法そのものの汎用性が高いんだから。そもそもロワに術を使ってもらう時は、充分に集中の余裕がある状況がほとんどだし」
「偵察とか、探索とか、超遠距離攻撃とか、魔力消費の少ない治療術式とかな。……つぅかな、ジル。いっつも言ってんだろうが、ちったぁものの言い方を考えろって」
だが、ジルディンはきょとん、と心底言っている意味がわからない、という顔で首を傾げる。
「え、なんで? 俺素直な感想言っただけじゃん?」
「くっわ! いっつもながらムカつくなこの天才系クソガキ! 自分が浄化術の才能あるからって!」
「え、それとこれ全然関係なくね? ……あれ、っていうか、ヒュノ?」
「えっ――な、なんだ?」
声をかけられ、はっとした顔でヒュノは自分たちの方を振り向き、きょろきょろと全員の顔を見回す。ヒュノにしては珍しく、あからさまに慌てたその反応に、自分たちは眉をひそめて問いかけた。
「なにっつーかさー、普段だったらここらへんで、ヒュノが『どっちも戦いの前に体力無駄に使うな』的なこと言ってくんのに、って思っただけなんだけど。……なんか、ヒュノ、今朝から変じゃね?」
「そうだな。なんか妙にぼぉっとしてるっつぅか、妙にニヤついたり悩んでますって顔で頭掻きまわしたり」
「最初は妙な夢でも見たのかと思ってたが、仕事本番直前までその様子が変わらないとなると、さすがに問いたださないわけにはいかん。どうしたんだお前」
「ここまで普段と違うと、さすがに心配になる。大丈夫なのか、ヒュノ?」
ロワが簡単にまとめて問うと、ヒュノは動揺した顔で自分たちの顔を見返し、がりがりと頭を掻いてしばしうんうん唸ったあと、意を決したように口を開く。
「………あのな、みんな。実はさ」
「―――! 待った!」
ロワはヒュノを制止し、きっと村の方向を睨む。仲間たちもはっとして村に向けて身構え、口を閉じて耳を澄ます。
ロワは召喚した亡霊を通じて感じ取った情報を数秒精査し、思わず拳を握り締めながら仲間たちに報告する。
「ゴブリンたちに捕捉された。すごい数のゴブリンがこっちに向かってる」
「はぁ!? この距離でか!?」
「すごい数って、具体的には?」
「察知できるだけで百以上」
「……はぁ!?」
「くっそ、こりゃ撤退しかねぇか?」
「無理だ。このゴブリンたち、異常に足が速い。馬の駆け足よりもだ。俺たちの馬術じゃどうしたって追いつかれる」
「……冗談だろおい……」
「……狙いは。僕たちで間違いないのか」
「間違いない、霊気の向きでわかる、絶対に『俺たち』に狙いをつけて襲いかかってきてる」
「………くそっ」
ネーツェは舌打ちすると、自分たちを見回して端的に命じる。
「馬を逃がす。ここで陣形を組んで迎え撃つぞ」
「~~~くっそ、それしかねぇかっ!」
カティフが喚き声を上げ、馬を繋いでいた縄をもぎ放す。他の面々もそれに続き、馬の尻を叩いて遁走させた。
それからもネーツェは矢継ぎ早に指示を飛ばし、こちらも早口でそれに答えながら死力を振り絞る覚悟を決める。
「ロワ。精霊を召喚して土壁は作れるか」
「こいつらの速さじゃ、時間ぎりぎりまで使っても、助走すれば飛び越えられる、ぐらいの高さしか」
「それでいい、やってくれ。ジル、強化系の術式をありったけ、浄化術から」
「うんっ」
「カティ、戦闘指揮はまかせた。ヒュノ、前に出過ぎるな、普段よりも引き気味で。長期戦にならざるをえない、少しでも長く耐えることを考えろ」
「わかったよっ、あぁったくっ、クソがっ」
「………おうっ」
「! 来たぞ……!」
「げっ、ホントに速い!」
村から飛び出したゴブリンたちの群れは、遠目に見た限りでは普通のゴブリンたちにしか見えないのに、本当に馬の駆け足を超える速さで、みるみるうちにこちらに近づいてくる。ロワは必死に精霊に呼びかけて防壁を造り、ジルディンは次々に呪文を唱えて術式を発動させ、ネーツェもそれに続く。カティフの指示でめいめい陣形を組み、ヒュノが防壁のすぐ後ろに一度って、剣を構え、吠えた。
「―――来い!!」
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